※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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終
エピローグ


 

 

 幾多数多のさくらの花びらが、リディアとエッジを取り囲むように舞い散っていたが。

 次第に風がおさまり、桃一色からいつもの墓地の風景に戻っていく中。

 突然エッジが呆れたようにこうつぶやいた。

 

「なんだよ、一番乗りにしちゃ早すぎだろ……」

「どうし」

 

ばらばらばら……!

 

 声をかけようとしたが、大きな音が聞こえてきて途中で言葉を切った。

 上空を見上げれば、大きな飛空艇がミストの発着場へ降りんとしている。

 

 左回りは青、右回りは赤。

 視界に入る飛空艇の側面の色は、そのどちらでもないから、巡回艇ではないのはわかる。

 

(珍しいなあ)

 ミストは未だのんびりモードを優先して、観光客招致をする気がない。

 よってここを訪れる異国人は、夏の花火大会以外はほとんどいない。

 飛空艇の出入りも巡回艇か、エッジが運転するエブラーナの国有艇ぐらいしかない。

 

「誰か用事で来たのかな?」

「エブラーナだ」

 

 エッジが上空を見上げながら返事してくれたが。

 頭の中でまたまた疑問符が浮かび上がり、首をひねる。

 

(エブラーナ……?)

 ツキノワが新しい国王さまに即位したばかりで忙しないだろうに。

 なぜそのお国の飛空艇が、ミストにやってくるのだろう?

 

「……どういうこと?」

 

 リディアに不審な視線を向けられても、何のそのとばかりに。

 エッジが得意げな笑みを見せてから、親指を上空の飛空艇に向けた。

 

「クオレとツキノワ、御伽衆やタツミだろ? ついでにソイもあれに乗ってる」

「はいっ!?」

「どうせ、ザンゲツとその嫁も便乗してるだろ」

「ザンゲツさん!?」

「——昼前になったら、セシルやギルバートたちが、みんなここにやってくるぜ」

「ど、どうして……?」

 

 娘のクオレだけでなく、エブラーナのそうそうたる関係者や。

 セシルをはじめとした戦友たちが、なぜこのミストにやってくるのか??

 

「どうしてって……」

 

 何が何だかわからず、おろおろするリディアに向かって。

 エッジが口布を引き上げて顔を再び隠しながら、続けてこう言った。

 

「挙式に招待されたら来るに決まってるだろ」

「えっ、だれの」

「おまえ、まだわかんねえの!?——おまえとオレの挙式だよっ!」

「っ、な、何ですってぇぇーーー!?」

 

 エッジの叫び声を聞くなり、すっとんきょうな大声を上げてしまった。

 

(あたしたちの挙式……!?)

 これが、昨年末からエッジが進めていた計画の着地点だったとは!

 昨日の演説以降、めくるめく急展開についていけない。

 

「んだよ、また『ぎゃふん』って言わ」

「——驚いて『ぎゃふん』って言う人いないよっ!」

 

 またまた『ぎゃふん』と言ってもらえず、渋い表情を見せるエッジへ怒鳴ったら。

 苦笑しながら、挙式が行われるまでに至った経緯を話してくれた。

 

 —— —— ——

 『当分の間』がはじまって間もなく。

 エッジはミゼルを通じて、アリサとラルフに計画の全てを打ち明けて協力を要請。

 ふたりは了承し、アリサが年明け初のミストの寄合でこうぶちまけた。

 

『4の月の2日に、エッジ様とリディアが出会って25周年を記念してここでパーティーを開催することになりましたー』

『ただー。その日までリディアには内緒にしろって、エッジ様から口を酸っぱくして言われました。そういう訳で、みなさん! エッジ様から報復されたくなければ、内緒で準備しましょうねー』

 

 アリサからの要請を受けて、ライザをはじめとしたミストの住民は。

 みんな意気盛んに、リディアに気付かれないよう式の準備を進めていたという。

 —— —— ——

 

「ひどい……あたしに黙って、みんなぐるって……!」

「つっても、ここの奴らでオレが国王辞めて、おまえと結婚……全部知ってたのは、アリサとラルフだけだぞ?」

「っ、そういえば……!」

 

 よくよく思い出してみれば、昨日の演説。

 エッジが国王譲位すると宣言して、ライザがとてもびっくりしていた。

 本日ただの記念パーティー行われる。そう思っていたから、ああも動揺していたようだ。

 

「パーティーのつもりが、いざ始まってみたら本物の挙式やるってばらしてみろ。——みんな『ぎゃふん』って言うかもしれねえよなぁ」

 

 計画が上手くいったからか、さぞや楽しそうに話すエッジの表情が。

 まるでいたずらを仕掛けた子どものようなそれに見えたが。

 ふと頭の中で疑問がぼつぼつ浮かび、思わずうつむいてしまった。

 

「おい、どした」

「……」

「挙式やりたくねえのか」

「違う……」

「だったら何だよ」

「おじちゃんとおばちゃん……今日、お仕事……」

 

 お隣の旦那さん——ミゼルの施術所は本日開院。

 奥さんのジャンヌは、本日そのお手伝いをすると聞いている。

 

 ふたりは早くに両親を亡くしたリディアにとって、ほぼ身内同然。

 せっかく挙式をやるというのに、そのふたりがいないなんて寂しい。

 心にすうと、すきま風が吹きかけた瞬間。

 

「あっ、それうそ」

「え!?」

「あいつらも式に呼んだ。もうここに来てるだろ」

「お墓掃除……!」

「ああ。ザンゲツたちと一緒に来りゃいいのに、朝っぱらからご苦労なこった」

 

 今は大量のさくらの花びらがくっついているが、先ほどまできれいだったお墓。

 お掃除してくれたのは、やはりジャンヌだった。

 

(後でお礼言わなきゃ……!!)

 いつまでも亡き幼なじみを大事にしてくれる、姉代わりの存在に感謝しかない。

 

 ジャンヌはリディアに次いで、エスタとニクスの墓守り人をつとめてくれている。

 本日エッジが両親の墓前で求婚する。事前にミゼルから話を聞いていたのだろう。

 その妨げにならないよう、早めにミストにやってきて、お墓掃除をしてくれたようだ。

 

「もしわたしがプロポーズ断ってたら、ただの記念パーティーだったの?」

「ああ。みんなで景品分けてケーキ食って、はい解散だな」

「っ、ケーキ!?」

「でっけえの作ってくれって頼んどいたぜ?」

 

 大好物のワードを耳にして、リディアはぱああっと表情を輝かせた。

 

(大きいってどれぐらいだろう……!)

 バロンで行われる結婚式で用意されるウェディングケーキは、人の身長並みの大きさ。

 それに『夫婦初の共同作業』と銘打って、花婿花嫁がナイフを入れる余興もある。

 

 ケーキに目がない妻を喜ばせるために。エッジが住民にそんな依頼をしていてもおかしくない。

 人の身長ともったいぶらずに、その2倍の大きさであれば……。

 

「——おめかしよりケーキか」

「ぶ、っ……」

 

 エッジの両手がリディアの眼前に伸びてきたかと思ったら。

 両の頬をそれぞれ軽くつままれてしまった。

 

「う゛……」

「こういう時まで花より団子たぁ、相変わらずだなぁ?」

 

 エッジが意地悪そうな顔でそう言いながら、つまんだリディアの両の頬を。

 びよーんと横いっぱいに伸ばしてから、ぱっと手を離してくれた。

 

「挙式って言っても、おめかしする必要な」

「もしかして、ドレス白がよかったか?」

「あ、っ……!!」

 

 エッジの言葉で、自宅の収納庫に眠る1着のドレスが脳裏によぎった。

 

「あのドレス持ってきたの!?」

「ああ」

 

 ゼロムスとの戦いが終わってから執り行われた戦友ふたりの結婚式で。

 リディアが身に着けていた深紅色のドレスを。

 エッジは本日のウェディングドレスに選んだらしい。

 

「いつの間に……?」

「1ヶ月前にクオレがドレスへちって、アリサんとこに送った」

「!?」

 

 クオレが自宅の収納部屋に保管しておいたドレスを盗み、お城にお持ち帰り。

 そのままミストのアリサの自宅へ送付した。

 その後、ミストの有志が時間の合間に、ドレスと同じ色のベールを作ってくれたという。

 

「ダミーのドレス準備して、それと入れ替えといたらしいがな」

「そこまで!?」

「おまえ、普段から収納庫チェックしてねえのな」

「そんなのしょっちゅうやらないよ……!」

 

 ぷうと膨らませた頬を両の手で押さえながら、エッジをにらんでやった。

 

(これだから忍者って……!)

 クオレも修行を積んだエブラーナの忍者。偶然、収納庫チェックしないように。

 偽物のドレスを仕込むぐらい、ちょちょいのちょいだろう。

 こういう時、非忍者のリディアは忍者の姑息なスキルを恨めしく思うのだ。

 

「嫌なら、その服で構わね」

「——だめ! エッジとの思い出のドレス着るもんっ!!」

 

 花嫁衣装は白色。世間一般的にそんな風潮が強いが、リディアは気にならない。

 

 —— —— ——

 リディアがはじめて深紅色のドレスを身にまとって。

 戦友ふたりの挙式に参列したのは、エッジと出会って間もなくの頃だった。

 

 馬子にも衣裳でもなく似合っている。

 エッジが当時にしては珍しく、リディアにそんな本音を見せてくれた上に。

 数年経ってから、それを着た姿を『ツクヨミ』に見せびらかせてあげたぐらい。

 このドレスには深い思い入れがある。

 —— —— ——

 

「ベールダウンも出来るね」

「別にやらなくてもいいぞ」

「おばちゃんにやってもらう!」

「まさか、エスコートは……」

「おじちゃん!」

「マジかよ」

「わたしのお兄さんだもん。それに……お父さんの代わりだよ」

 

(エッジもあの世のお父さんもきーって怒るかもしれないけど……)

 ベールを下ろしてくれる女性がジャンヌなら。

 エッジの元にエスコートしてくれる男性はミゼルしかいない。

 

「他の奴にしとけ」

「どうして?」

「逆エスコートじゃねえか」

 

 ミゼルは目が見えない。

 そのため、リディアがミゼルをエスコートする形で入場するだろう。

 

「見えないからって、別の人にするの? おじちゃん泣いちゃうよ?」

「……感動よか笑い優先になっちまうぞ? いいのか?」

「だめ? 何か悪いことでもある?」

「滑り倒して、場が冷えても知らねえぞ?」

 

 よほどミゼルに、エスコート役をやってもらいたくないのだろう。

 エッジがこれでもかとリディアに反論してくる。

 

 未だに邪険にする割には、ミゼルが一体何をやらかすか。

 大方の行動パターンに見当がついているのは、ある意味感心してしまう。

 

 —— —— ——

 リディアはエスタやニクス以上に、ミゼルたちと長く付き合うようになったこともあって。

 この数年で、ミゼルという男の人間性をこう察するようになっていた。

 

 ミゼルは道化師のような男。

 妻のジャンヌや旧知の友ローレル。そして、今は亡き幼なじみのエスタとニクス。

 ……この4人以外の前では、頭にお花がついたふりをして。

 本音を見せずに死んでいくのだろう、と。

 —— —— ——

 

「ないない」

「あいつくそ面白くねえぞ?」

「それはエッジだけだと思うよ」

「……」

 

 ミゼルは道化師だから、観客を笑わせようと何か演出めいたことをやる。

 当たりが良ければ、神聖なはずの挙式入場が笑いに包まれるのは間違いなし。

 

「みんなに笑ってもらえるなんて、楽しい結婚式になりそう」

「……好きにしろ。オレ関係ねえし」

 

 エッジが先に折れてしまい、呆れたような顔で何かぼやいている。

 

 エスコートされた花嫁を待つ立場から、エッジは無関係を貫くつもりでいるようだが。

 ミゼルに名指しで茶化され、子供じみた口論を繰り広げるのが目に見えている。

 それもまたご愛嬌。笑いがあればそれでいい。

 

「つーか、ケーキと会場の飾り付け以外なんも決まってねえの。今から打合せしねえとなあ」

「ミストの挙式がなんでもありでよかったね。即興でも許されるもん」

「そうだな……」

 

 真月の戦いを終えて、しばらく経ってから。

 ミネルバとアルベルトが、やっとミストで挙式をあげた。

 

(ミネルバたちに感謝しなきゃ!)

 その日の挙式は、自身たち——花婿花嫁の希望に沿った、人前式と呼ばれるもの。

 なおかつ、ミストが火災を乗り越えて以降、はじめての挙式だったため。

 以後ミストで執り行われる挙式は、人前式ばかりである。

 

 —— —— ——

 花嫁衣装は純白ではなく、深紅色のドレス。

 そのドレスと同じ色のベールをおろしてもらう。

 本来花嫁をエスコートする男性を、花嫁がエスコートして広場に入場。

 

 新品ではなく、数年前にいただいた結婚指輪を使っての指輪交換。

 既にふたりだけで交わした誓いの言葉やキスを、みんなにお披露目。

 何ならキスは2、3分くらい見せびらかせてあげてもいい。

 

 そして、本当ならみんなで分けっこするウェディングケーキを花嫁がほぼ独占……!

 —— —— ——

 

 一般的な挙式と、かなり色合いが違うものになるかもしれないけれど。

 そんな式があっても別にいいではないか。

 なぜなら、ミストの挙式は『なんでもあり』……これが『普通』なのだから。

 

「そろそろ行くか」

「あ……わぁっ」

 

 本日の挙式をどんな風にするか、リディアが胸を躍らせていると。

 身体が宙を浮いて、またまたエッジに横抱きにされた。

 今日は1日、リディアをお姫さまのように扱ってくれるらしい。

 

「……ひとつ聞いていい?」

「なんだよ」

「わたしたちのこと。エブラーナの人たちに……」

「あ? なんでエブラーナが出てくんだよ」

「エッジのお国の人たちなのに……あんないい加減な紹介でよかったの?」

 

 エッジの首に手を回しながら、ためらいがちに気になったことをたずねた。

 

 —— —— ——

 確かにエッジの狙い通り、エブラーナでは『ぎゃふん』レベルで通行客が大騒ぎしていたが。

 なぜ祖国の民に向けて、きちんとした形で結婚を公表しないのか?

 昨日の演説で不妊体質を明かしたぐらい。エッジは道理を重んじる男なのに……。

 —— —— ——

 

「エブラーナはあれでいいんだよ」

「でも」

「——オレたちが今こうしてられるのは、ミストの奴らのおかげでもあるだろ?」

「……!!」

 

 エッジはもろもろの事情から、リディアとクオレと家族になったにもかかわらず。

 ふたりとの関係を一切公表しなかった。

 

 —— —— ——

 エブラーナ国王陛下には、事実上の妻と養女がいる。

 それを知っていたのは、数人のエブラーナ城の使用人。そして、ミストの住民だけだ。

 

 エッジの意を汲んで、どうか黙っていて欲しい。

 ミストの住民は、リディアからのそんなお願いを受け入れて、一切外に情報をもらさなかった。

 そのおかげで、今日まで10数年もの間。

 エッジの家族関係は、この世界に広まることはなかった。

 —— —— ——

 

「ここの奴らにしょっぱなから祝ってもらいてえと思ってな」

 

 今まで黙っていてくれたミストの住民に筋を通すのが当然。

 彼らへのお礼も込めて、本日ここで挙式を挙げよう。

 エッジの真剣な眼差しと物言いから、そう考えていたとわかり、胸に熱いものが込み上げてくる。

 

「っ……!」

 

 双眸からぽろぽろ涙がこぼれ落ちてきて、エッジの胸に押しつけるように顔を埋めた。

 

「おい、そんなんで泣くなよ……」

「っ、だって……ミストのみんなのこと……ここまで思ってくれてたってわかったら……泣きたくっ、なるよ……っ」

 

 愛する人がリディアの故郷に深い思い入れを持って。

 ここまで取り計らってくれたことが、嬉しくてたまらない。

 

「名誉村民にしろって、アリサに金積むか」

「わいろ、だめ……」

「なら、ここに家建てて週替わりで暮らすか」

「それだと……パン屋さん……出来ない」

「まあ、ここで言っててもキリねえから、先のことは明日からゆっくり考えようぜ」

「う、ん……っ」

 

(ありがとう、エッジ……!)

 手の甲で目元をごしごしぬぐいながら、心の中で夫へ感謝の言葉を送り続けた。

 

 これから正体を隠すことなく、一緒に外を歩くことが出来る。

 責任が付きまとうけれど、いろんなことが出来る。

 エッジが重大な決断をしてくれたおかげで、人生の幅が広がった。

 

§

 

「落ち着いたか」

「なんとか……」

 

 数分後、ようやくリディアの泣きがおさまった。

 

「この調子じゃ、挙式の間もぴーぴー泣いてばっかだな」

「もう泣かないもん」

 

 泣いてばかりでは、化粧をしてもらっても落ちてしまう。

 何よりケーキが食べられない。

 

 挙式で泣かないように、笑いでいっぱいになるような演出を考えるように。

 後でアリサにお願いすることに決めた。

 

「……そんじゃ、みんなにじゃんじゃん祝ってもらうために、おめかししにくぞ」

「はいっ!」

 

 笑みをこぼしたリディアから、思い切りのいい返事をされると。

 エッジが片足をぐっと踏み込み、一目散に駆け出した。

 

§

 

 エッジがリディアを抱きかかえながら、花嫁の待合室場所——公民館に向かって走り続ける。

 

 中央広場を避けるため、集落の外れに沿ってひょいひょい跳ねるような走り方からして。

 『シャバ』の空気を満喫しているのがありありと見て取れる。

 

 そんなエッジに運ばれながら、リディアはさくらに囲まれた故郷の風景を眺めていた。

 

 ふと見上げたら、雲ひとつない青い空が一面に広がっていて。

 まぶしそうにそれを見ながら、しばし物思いにふけるのであった。

 

 —— —— ——

 雨は嫌いじゃない むしろ好き

 今日のお天気は晴れだけど ミストの雨に感謝したい

 

 昔はお互いに気持ちや姿をごまかしながら不健全な戯れを続けていた

 そんなわたしたちを ミストの月終わりに降る雨が

 暗く分厚いカーテンのように隠してくれていなければ

 こうして結ばれることはなかっただろう

 

 『過去』があるから『今』がある

 今までも そして これからも 

 エッジとふたりで『今』を生きていく

 —— —— ——

 

*おしまい

 





 大変長い話にお付き合いいただきありがとうございました
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