※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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エッジ視点


見えない人質

 

 

 バロンを発った巡回艇は、30分ほどでミストに到着。

 『隠れみの術』を使って姿を消していたエッジは、甲板から飛び降りた。

 すぐに乗降口のそばに移り、そこでリディアを待ち構えることにした。

 

 その間に、巡回艇の甲板で乗降時限定のタラップが設置された。

 スロープ状となっているそれを通って、ミストの女性たちが次々と降りてくる。

 

 そして、お待ちかねのリディアが友人ふたりと一緒に降りてきた。

 エッジは遠からず近からず、一定の距離を保った状態で彼女たちの後をつけ始めた。

 

 —— —— ——

 近年、世界中で『ストーカー』が問題になっている。

 ストーカーはまちぶせや押しかけを繰り返す、行動を監視をするなど。

 特定の相手に対して、異常行動を見せる人間のことである。

 

 ストーカーに陥る原因は、主に相手に対する好意の過ぎた恋愛感情。

 もしくは、拒絶された相手に対する怨念の感情が多いと言われている。

 執着心や支配欲に基づく異常行動は、ストーカーと呼ばれる当人ですら自制が利かない。

 最悪の場合、相手を殺めてしまうこともあり、実際に犠牲者が出てきている。

 

 そんなストーカーが、近年世界的に増加している。

 セシルたちとの年1回の会合でも、話題に挙がったことがあった。

 

『平和な時代だからこそ、このような問題が起こるのかもしれませぬな……』

 

 当時ヤンが締めくくった言葉に、セシルやギルバートに共にエッジも同意した。

 

 それから数年経った今。エッジは全く気付いていない。

 現在進行形で、自身もストーカーのような異常行動を起こしているなんて。

 —— —— ——

 

 リディアと友人ふたりの帰り道での会話を盗み聞きした結果。

 ゲッコウから簡易的にしか聞かされていなかった縁談話の詳細。

 そして、その後の顛末を知ることが出来た。

 

 リディアの自宅は集落の南にあり、発着場から一番近い。

 友人ふたりと別れて慎重に自宅に向かう様は、先日の事件を反省しているように見えた。

 自宅へ入ったリディアの姿を見届けてから、エッジは術を解除して姿を取り戻した。

 しかし、ここですぐに扉を叩いたら尾行していたことがバレてしまう。

 

 早くリディアの顔が見たい、声が聞きたい……。

 湧き上がる衝動をぐっと我慢しながら、息をこらして玄関そばの外壁にへばりつく。

 そして、音と気配で彼女の室内での動向を探り始めた。

 

 それから10数分後。

 がちゃがちゃ金属がぶつかるような音が聞こえてきた。

 

 気配の位置からして台所にいるようだ。寝る前にお茶でも飲むのだろう。

 寝てしまったら元も子もない。

 玄関の扉を叩くため、拳を持ち上げたその時。

 

「たのしかったなあ」

 

 リディアの声を耳にして、エッジはがんと頭を殴られたような衝撃を受けた。

 誰もいない場所で口にした独り言は、どこか幸せに満ち足りている。

 

 これが現在のリディアのまごうことなき本心なのか?

 巡回艇で姿を見つけた時からここまで、リディアは一度もエッジの名を口にしていない。

 エッジが一切介在しない生活に切り替えて、なじもうとしているのか?

 いや、もうなじんでいるのかもしれない。

 

「そんなことさせるかよ……!」

 

 現在のエッジは、身勝手かつ狂暴な思いがだだ漏れである。

 

 救済措置候補だった文通では、やっぱりだめだ。

 顔を会わせて話が出来なければ、満足出来ない。

 ……リディアに、この自分の存在を再度植え付けてやる。

 

 黙ってこの場から去り、エブラーナに帰る。

 そんな選択肢は薄汚い感情にかき消された。

 そして確実に扉を開けてもらうため、『わざと』軽く扉を2回叩いた。

 

「はい、どちら様……っ!?」

 

 扉を閉められないよう、すかさず右足を出したが、その必要はなかった。

 無言のエッジを見るなり、リディアが息を呑む音が聞こえた。

 

 すぐにリディアははあはあと荒い息を吐きながら。

 2歩、3歩後ずさりすると、その場にうずくまってしまった。

 

「おい、リディア。大丈夫……」

「いやあっ! 来ないでっ!」

 

どん!

 

「っ!」

 

 エッジは室内に入り、リディアのそばに近付こうとしたが。

 両手で身体を強く押されて、足をふらつかせる。

 すると、時計の針が逆戻りするかのように冷静さを取り戻した。

 

 夜遅くに突然誰かがやってきた驚きや怒りとは違う。

 リディアはエッジそのものを恐れて、怯えている。

 

 ここまでリディアの気分や感情は安定していたのに。

 エッジが姿を見せたせいで地の底まで落として、取り乱させてしまった。

 

「リディア」

「……ご、ごめんなさいっ!」

「どうしておまえが謝るんだよ」

「やっ……近付かないでっ!!」

「おい、落ち着けって」

「やだっ……! 離してっ!」

 

 リディアの抵抗ぶりから、まるで絶交を突きつけられたような気分に陥る

 

 これではろくに話もできない、この先もう会ってもらえない。

 例え、そこに色恋の情がなくとも、互いの国や村を訪れたり、遊ぶことも出来ない。

 紫が一面広がる薫衣草畑に、まだ連れて行っていないというのに。

 

(だからって、このまま置いて帰れねえ)

 暴れそうな勢いのリディアを押さえながら、思案を巡らせる。

 ……リディアを落ち着かせて、互いに話が出来る方法が何かないか。

 

(くそっ!!)

 額に巻いていた濃紺の布を器用にも片手で外した。

 素早い動作で、リディアの目元を覆うように二重、三重に巻くと。

 突然視界を遮られたからか、リディアの身体の動きがぴたりと止まった。

 

『……リディア』

「セシル!?……っ、ごめん……」

『……ちょっと深呼吸しようか』

 

 『セシル』の声に切り替えたエッジに促されて、リディアが深くゆっくり息吸いを繰り返す。

 

 夏場とは言え、この時間から薄い布で覆われた夜着姿はさすがに目の毒。

 エッジは羽織っていた黒いマントを外す。

 それをリディアの上半身を隠すように、両肩からふわりと掛けてあげた。

 

『どう、少しは落ち着いた?』

「……うん」

『よかった』

 

 『セシル』として、両手で軽く押さえるようにリディアの頭を優しく撫でてあげた。

 

 初恋の男のふりをすることで、リディアが落ち着きを取り戻してくれた。

 そう安堵しながらも、顔に自嘲の笑みを浮かべた。

 『エッジ』では、リディアを落ち着かせることが出来なかったからだ。

 

『リディアは、操られてた間のことを覚えているんだね』

「うん。全部見てた……あたしが……エッジの顔を切り裂いた瞬間も……」

『ずっとイザヨイのそばにいたのは、ぼくの顔を見たくなかったから?』

「……ちょっとでも顔を見ちゃうと、息苦しくなって目もずきずきして……見るのがすごく怖いの」

『その様子だと、医者には診てもらってなさそうだけど』

「話してない……おじちゃんと一緒だと思ったから……」

『心理的な問題だからか』

「うん……」

 

(こればっかりは医者や病院じゃ、治せねえからな)

 症状を引き起こす要因は、エッジの顔というごくごく限られたもの。

 病院では何も異常がないと言われて終わりだ。

 

「エミールに何を命令されたの?」

「覚えてない。目の前が海の底みたいな碧一色になったと思ったら……」

『そうか……』

 

 リディアが一度経験した、再度同じ場面に直面してトラウマを覆すか。

 もしくは、時間経過で寛解を待つか。

 このどちらかぐらいしか、心の傷を治す手立てはなさそうだ。

 

(同じことをさせても余計ひどくさせちまうかもしれねえな……)

 どうしても覆さないとリディアは明日死ぬ。覆せないと世界滅亡する……。

 それぐらいの緊急に迫られない限り、トラウマを覆す方法は有効ではないだろう。

 

「エッジは……」

『ん?』

「どうしてこんな時間にミストに来たの?」

『それは……』

「あたしに恨みごとを言いたくて、我慢出来なかったの……?」

『違うよ。アスラを喚んでぼくを助けてくれたじゃないか。きみには感謝しかない』

 

(さすがに1回じゃ効かねえか)

 リディアは、ぶんぶんと首を横に振った。

 自責の縛りから解放させるまでには至らなかったようだ。

 

「……あたしがエッジにできることってなに?」

『きみは何にも悪くない。だから、自分を責めちゃいけない。それだけだよ』

「無理だよ、傷を付けたことは絶対に消えない……過去に遡れないのはエッジも知ってるでしょ?」

 

(だめだ、自分の言葉に縛られちまってる)

 人が発する言葉には音に加えて、魂が宿っていると言われている。

 自ら口にした言葉が、大なり小なり自身の心や身体などに影響を与える。

 人生を変える力になることもあるという。

 

 あの時、リディアがイザヨイに叫んだ言葉にも、きっと魂が宿ったのだ。

 感情を込めて大声で発したそれは、強固な鎖と化して彼女自身を縛った。

 更に自身の行いを忘れぬよう、記憶に深く刻み付けてしまったのだろう。

 

『確かに過去は変えられない。でも、こないだのことに関してはきみは被害者だから気にする必要ないんだよ』

「同じこと、おじちゃんたちに何度も言われた……ギルバートも気にしないでいいって言ってくれた」

『それなら』

「気にするなって言われたら、ますます気にしちゃう。それに目も……」

『目のことは心配しなくていいよ。見えなくなることはないから』

 

 どこまで視力が低下するかまでは予測不可能だが、今のところ失明の危険はない。

 侍医からそう診断を受けている。

 傷付いた右目が炎症を起こして悪化しないように。

 アスラが毒の浄化と同時並行で処置を施してくれていたらしい。

 

「でも……あたしの……この手に残ってるの」

 

 リディアがゆるゆると掲げた右手を、両手でそっと握りしめた。

 

『まさか』

「エッジに……斬り付けた、時のこと……」

 

 小刻みに震えるリディアの右手は、肉を抉った感触を未だ残している。

 エッジにそう教えてくれた。

 リディアの目元に巻かれた濃紺の布も、じわじわと色濃くなっていく。

 

「刃物、持てなくなっちゃったんだよ!?」

『っ!?』

「あたしは被害者じゃない! 加害者なのっ!」

 

 リディアが強い力でエッジの両手を振り払うと。

 エッジの身体にしがみついて、わぁっと泣き伏した。

 

『あれはきみの意志じゃない! 操られてたんだ!』

「頭ではわかってるけど……心はそうじゃない。思い出す度……あたしの意志でエッジを……震えや痛みはその罰なんだって……」

『リディア……』

 

 これは相当根気と時間を掛けないと、リディアから自責の鎖を外せそうにない。

 

(あの野郎……!)

 運よくエッジが助かった場合を想定して、エミールは第二の罠を仕掛けていたのだろうか。

 そこまで、リディアと分断させたかったのか?

 

「顔を見たくないなら、ミストにもう来なくていいっ! 王妃になれって言うなら、ミストが落ち着いたら絶対なるからっ!」

『な、何ばかなことを言ってるんだ!?』

「だから、お願い……あたしを許してっ!!」

 

 リディアがエッジにすがりついて、泣きながら許しを乞うてくる。

 

 今のリディアはまるで、神に懺悔する哀れな子羊のようだ。

 その姿が、行き場を失いかけていたエッジの欲や衝動を蘇らせる。

 

(……れ)

 灰色まで戻りかけていたリディアへの思いが、一瞬にして黒く染まった。

 もうひとりのエッジの声と化して、エッジの脳内にささやいてきた。

 

 —— —— ——

 今のリディアは自責に駆られて、ずたずただ

 手っ取り早く、楽にしてやりてえなら

 オレが憎まれ役を買って出て、リディアの身体を手に入れたらいい

 

 どうせ奇跡でも起こらねえ限り、こいつとは添い遂げられねえんだ

 三行半突きつけられる前に、他の野郎と結婚する前に

 思う存分、リディアを貪り尽くしてやれよ

 —— —— ——

 

 リディアのすすり泣きが止まらない。

 エッジは平然を装い、リディアを支えながら内面で葛藤と戦っていた。

 

 数日前に、『リディアを抱きたい』という願望があふれ出てきた。

 この数年間、心の奥底に抑圧し続けてきた反動からだろう。

 その願望は重くて荒々しいものに変わってしまっていて、ここで今すぐ再び抑えられない。

 

『条件を飲んでくれたら……許すよ』

「ほんと……?」

 

 絞り出すような声で口にした言葉に、リディアがゆるゆる顔をあげる。

 

(おい! 何言ってんだ!?)

 わずかばかりに残されたエッジの理性が、ぎりぎりで止めに入った。

 そのおかげで、今ここで押し倒すことはしなかった。

 それでも強引に合意をもぎとって性的行為しようとするなんて、凌辱と変わらない。

 

『ぼくの言うことを、なんでも聞くこと。——これが条件だ』

「え」

 

 リディアが口を開けたまま、目隠し越しにこちらを窺っている。

 

(今すぐ、そんな条件取り下げろ!)

 良心がそう声を上げるが、欲望には勝てず。発言の撤回には到底及ばない。

 約束するなんて答えるな。頼むからこれ以上自分を暴走させないでくれ。

 リディアの良心にすがる思いも、理性や良心と一緒に砂のように散り散りとなって。

 エッジは自身の薄汚い欲に呑み込まれてしまった。

 

『約束してくれたら、全部許してあげる』

「……」

 

 じっとリディアを見つめて、期待に胸を躍らせていた。

 

 ここまで弱っているなら、判断力が相当鈍っているはず。

 そして、エッジの言葉を鵜呑みにして色よい返事を。

 ……言葉の人質を、こちらに渡してくれるに違いないと。

 

 いつまでそうしていただろう。

 静の空間を、ごくりとリディアが唾を飲み込んだ音が打ち破った。

 

「わかった。エッジの言うこと、なんでも聞く」

 

 凛とした声で放たれたリディアの言葉は、見えない人質——言質に形を変えた。

 

 エッジはそれを受け取るやいなや、リディアの左肩に自身の右手をそっと添える。

 そして、リディアの顔にゆっくり近付いて、自身の唇で彼女の唇にそっと触れた。

 

 視界を遮られているリディアは、すぐに気付かないだろう。

 そんな確信を持てるぐらい、かすかに触れるだけの軽い口付けだった。

 

「……エッジ?」

『今すぐきみの身体が欲しい。——抱かせてくれ』

 

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