※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

2 / 160
FF4終盤~
真夜中の戯れ ※


 

 

0 years

 

 

 暗い宇宙にたたずむ星々は、まるできらきら輝くちりのよう。

 生まれ故郷——青き星が、みるみるうちに小さくなっていく。

 今乗っている魔導船が、恐ろしいスピードで月に向かっているのがよくわかる。

 

「おい」

 

 窓から宇宙を眺めていると、背後から声をかけられた。

 振り返ってみれば、扉の前に銀色の髪を持つ忍者の男性が立っている。

 

「ああ、エッジ……」

「べったり張り付いて何見てんだ? あいつら、みんな眠ってるぞ?」

 

 エッジと呼ばれた男性が、リディアのそばに近付いてきた。

 

 エッジはいつも顔の下半分を口布で覆っている。

 そのせいで、もともと鋭い眼光がますます尖って見える。

 一見怖そうに見えるが、人当たりはよく陽気で明るい。

 

「あれ……固いし、狭いし。なんかいやなの」

 

 あれとは、中央のフロアに備え付けられている個人用睡眠装置のことである。

 

「機械に管理されるって考えたら、いい気しねえわな」

「エッジも同じでしょ?」

「オレそのものが便利だからな。あんなの要らねえ」

「ふふっ、そうだね」

 

 ほんの1時間前の出来事を思い出し、くすくすと笑った。

 

 —— —— ——

 魔導船に乗り込んだ直後。カプセル形状の装置を発見した。

 装置は全部で5台。偶然にも月探索メンバーと同じ数である。

 

 みんなで、恐る恐るその装置をいじってみたら。

 入眠と覚醒を自動で行ってくれることが判明した。

 

 睡眠薬いらない。途中覚醒や寝坊を心配しなくていい。素晴らしい機械……。

 セシルやローザが感嘆の声を上げて、カインも感心する中。

 エッジが装置を称賛する雰囲気をつんざくように、こう叫んだ。

 

『くっだらねぇ。オレはこんなもん絶っ対使わねえぞ!』

 

 それを聞いてセシルたちがみな、あ然としたような顔を見せたのが面白かった。

 —— —— ——

 

 エッジは『短眠の術』と呼ばれる、忍者特有のスキルを会得している。

 術を使って2時間ほど眠ったら、1日で必要な睡眠時間をほぼ確保出来るという。

 そんな便利な術が使えるのなら、装置使わない宣言も当然とも言えよう。

 

「そういや、おまえさ」

「何?」

「ゼロムス倒したら、どうすんだよ?」

「え、幻獣界に帰るけど?」

「っ、わ……マジかよ……」

「ミストはもうないもん。どこに帰れって言うの?」

 

 帰るなら、生まれ故郷のミスト。もしくは、10年以上過ごした幻獣界のどちらか。

 前者は、焼き討ちに遭い滅亡したので、必然的に後者になる。

 

「うち来いよ」

「……エブラーナ?」

「ああ。めっちゃいいとこだぜ? 今、ちょっとやべえけど」

 

 悲しい出来事があったにもかかわらず。エッジの表情にかげりは一切見られない。

 

 このいささか無鉄砲で口が悪い忍者。実はエブラーナという国の王子さま。

 戦いが終われば、国王に即位することが決まっている。

 

(エッジはいい国王さまになるだろうな。エブラーナの未来は明るいな)

 王子なのに偉ぶらない。民を思いやれる、祖国愛の持ち主。

 それはリディアが、エッジを尊敬する唯一と言っていい要素であった。

 

「うーん、エブラーナはいい国だと思うけど……」

「やっぱバロンがいいか」

「そっちも、別に……」

 

 エッジの気持ちはありがたいが、エブラーナで暮らす気はない。

 もちろん、バロンも。

 

「まあ、バロンはやめといた方がいいな」

「どうして?」

「おまえのだいすきなセシルな」

「!?」

「ゼロムス倒したら、ローザと結婚するぞ」

「ちょ、ちょっと!! どうしてあたしがセシルを……」

「そんなもん見てたらわかるって」

 

 想い人をエッジに見抜かれていたとは。

 それは到底叶いそうにない恋の結末予想より、リディアを驚愕させた。

 

「バロンに住んでたら、好きな野郎が別の女を王妃に娶るとこ、嫌でも見せられるんだぜ? おまえそんなの耐えられる?」

「……」

「だったらさ。オレの王妃になって、あいつらに対抗し」

 

ばちーん!

 

 リディア渾身の平手打ちが、エッジの頬に炸裂した瞬間だった。

 

「あ、あんたみたいなデリカシーのない男なんか、大っ嫌いっ!!」

 

 

——3日後 夜

 

 

 現在リディアたちは、操縦席と乗降口を兼ねたホールで作戦会議中。

 地べたに広げた未完成の手書きの地図を囲むように、みんなが座っている。

 

「今日でおおむね半分……明日はこっちを探索しようか」

 

 セシルが地図にマークや図形をさらさらと記入していく。

 

「1週間後にはゼロムスの元に突入出来るか」

「そこまでかからないと思うよ。……4日か5日かな」

「しかしまあ、さすがボスの本拠地だな。迷路みてえ」

「『ゼロムスは一番奥に潜んでいる』しか情報がなかったと言っても、ここまで複雑とは思わなかったわ……」

「正直なところ、一から地図を作るのは面倒だね」

 

 早朝から拠点である魔導船を出発して渓谷へ向かう。

 内部を探索しながら、モンスターと遭遇したら戦闘。時間がきたら魔導船に戻る。

 夜に作戦会議を開き、地図に情報を書き足してから就寝。

 それを毎日積み重ねて、ゼロムスの居場所を探している。

 場所を特定出来次第、全員で一気に突入する予定になっている。

 

「もう終わったろ。外行っていいか?」

「あぁ、構わないよ」

「……今から月の探検ごっこか。さすが王子様は考えることが違う」

「ばぁーか。ごっこじゃねえよ。修行だ」

「明日もあるから、ほどほどにね」

「わかってる。——おまえら、先休んでていいからな」

 

 カインに嫌味を言われても、セシルの少しばかりの忠告も何のその。

 エッジがさっと立ち上がると、外へと飛び出していった。

 

「なんだあれは。何度も戦闘不能に陥ってたくせに……」

「毎日続けないと身体がなまるって、前に言ってたなぁ」

「……それは強迫観念というものではないか」

「さすがにそれは大げさだよ」

「全く。何を考えているか、さっぱりわからん」

「彼は自己管理能力が高そうだし、大丈夫だと思うけどな」

 

 エッジの行動が理解出来ない。そう呆れ顔でぼやくカインに。

 セシルが苦笑しながら何度もフォローを入れた。

 

 やはりセシルも、カインと似たような感想なのだろう。

 このふたり。いろいろあったが根っこの部分は似ているかもしれない。

 ふたりのやり取りを黙って聞いて、リディアはそう思った。

 

「自己管理と言えば……あの人、もったいないことしているわよね。あの装置を使わないなんて……」

「ローザの言う通り。ほんと、何考えてるんだかわかんないよ」

 

 呆れたような顔を見せるローザに、明後日の方を向きながら同意を示した。

 何事もなければ、エッジを擁護していたと思う。

 しかし、今は嫌悪感の方が勝っている。とても擁護する気になれない。

 

「ねえ、リディア」

「え?」

「エッジと喧嘩でもした?」

「してないよ?」

「そう? 最近、ろくに口利いていないよね」

「話すことないもん」

「それならいいけど……」

 

(さすがセシル。みんなのこと観察しているんだ)

 平手打ちをぶちかました、あの日以来。リディアはエッジとの接触を露骨に避けていた。

 ローザの側を片時も離れず、エッジの発言にもいちいち反応しない。

 

 隠し続けていた、好きな人の存在を暴かれてしまった。

 エブラーナの王妃になれという、性質の悪い冗談まで飛び出す始末。

 

 以前からエッジによくからかわれていたが、今回は到底許す気にはなれない。

 それでも、今は世界滅亡を阻止する大事な戦いの真っ只中。

 戦闘に支障をきたさないように、必要最小限の会話だけはしていた。

 

「俺も奴と話したいことなどない」

「あら、カインはエッジに限らず話したい人なんてほとんどいないでしょう」

「……うっ」

「ぼくたちとも、あまり会話らしい会話しないしね」

「そんなことは、っ……!」

「ははっ、ローザに一本取られちゃったな」

 

 図星を突かれたのだろう。うろたえるカインの姿を見て、その場が笑いに包まれた。

 

 エッジは旅の一行に加わった最後のメンバー、いわゆる新参者。

 そんな彼に対して、残りのメンバーはこんな共通認識を持っていた。

 悪い人ではないと思うが、ちょっと変わってる、と。

 

§

 

 その後も雑談が続き、ふたつ目の話題が終わりに近付いた時。

 突然カインが立ち上がった。

 

「そろそろ休ませてもらう」

「じゃあぼくも。明日もあるしね」

「リディア。わたしたちも休みましょう」

 

 セシルとローザもカインに続き、立ち上がろうとする。

 一方、リディアは座ったまま。他人事のように3人の様子を眺めていた。

 

「ええ……? みんな今日も早く寝ちゃうんだ」

「リディア」

「何?」

 

 セシルが心配そうな表情でリディアの前に立ち、膝を折った。

 

「きみも、もう休んだ方がいい」

「あたしは……まだまだ元気だよ?」

「だめよ。あなた、知らないうちに無理をしてるのよ」

「今はいいかも知れんが、油断は禁物だ」

「ね? ローザもカインもこう言ってる」

「う……」

「ぼくたちと一緒に休もう?」

 

 カインとローザからの矢継ぎ早の説得。

 とどめにセシルから頭を撫でられたら、もう折れるしかない。

 

「……はーい」

 

 不満げな返事と共に、リディアも渋々と立ち上がった。

 セシルがローザに何か耳打ちするのを、視界に入れながら。

 

「おやすみ、明日も頼んだよ」

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 中央のフロアに移動した面々は、挨拶と共にそれぞれ自動睡眠装置に向かった。

 リディアは装置に入ったものの、身体を横にしただけ。

 セシルたちが装置に入り、全員すぐカバーを閉じたのを見届けてから。

 装置から降りて、そそくさと隣の収納庫に移動した。

 

「おやすみー」

 

 収納庫に入るやいなや、一目散にダッシュ。

 中央の壁にある黄色い物体——デブチョコボにどすんと寄りかかり、目を閉じた。

 デブチョコボは四六時中居眠りしており、よっぽどでないと起きない。

 

「あー、気持ちいい……チョコボだいすきぃ……」

 

 月を訪れてから、リディアは毎晩この生き物を寝床にしていた。

 こんな便利な装置があるのに。

 そう言われそうで、セシルたちには内緒だ。

 

(もふもふに包まれて寝た方がぐっすり眠れ……あれ??)

 デブチョコボは身体がでかく、ふわふわな毛並みをしている。

 ところが、今日はやけにざらざらして肌触りがあまりよろしくない。

 体調でも悪いのだろうか?

 リディアは違和感に首をひねりながらも、目視や手で感触を確かめなかった。

 

「はぁ……もう、くったくたぁ……」

 

 実は戦闘に次ぐ戦闘で疲れが溜まっていたが、セシルたちの前では強がっていた。

 結局、違和感をなおざりにしたまま。リディアは疲労を口にしながら夢の世界へ……。

 

§

 

『——っ、あああっ!!』

 

 女性だと思われる甲高い叫び声のおかげで、意識が沼底から急激に引き上げられた。

 

「な、なに……」

 

 目を開けば、視界は真っ黄色一色。寝ぼけていたのか、デブチョコボが態勢を変えたらしい。

 リディアは、大きな黄色い羽で包み込まれるように横たわっていた。

 

 さっきの声は、目覚まし時計並みかそれ以上の大きさだった。

 これは緊急事態かもしれない。そう思い、起き上がろうとした時。

 

『はあっ……だめ、ぇ……き、気持ち……いい……! っ、ああ……』

『っ、ぼくも……っ、いっしょ……ローザの、なか……』

 

 荒い息をつきながら艶を帯びた男と女の声が耳に届き、ぴしりと固まってしまった。

 なぜなら、それだけで好きな人が、女性と愛し合っている真っ只中だとわかったから。

 

 セシルとローザは恋人同士なのだろう。

 幻獣界で暮らす前から、リディアはうすうす気付いていた。

 

 恋人同士なら愛し合うのは当然。

 それがわかっていても、じくじく胸が抉られるような痛みを覚える。

 

(に、逃げなきゃ……)

 セシルとローザが二言三言、言葉を交わしてから、ようやく我に返った。

 体勢を変えて四つん這いで進み、デブチョコボからにゅっと顔を出した。

 

 ところが、そのまま一目散で隣のフロアに向かえばよいものを。

 うっかり声が聞こえる方向へ顔を向けてしまった。

 その瞬間、視界に入った光景にひゅっと息を呑んだ。

 

 収納庫の一番奥で、セシルとローザが一糸まとわぬ姿で向き合って座っている。

 床に乱雑に散らばった服で、ふたりが衝動的にこの行為を始めたとわかる。

 

 ……しかもだ。

 あの清廉潔白なローザが嬌声を上げながら、自ら両足を相手の身体に絡ませている。

 セシルも白くて細い女性の身体を強く抱きしめながら、腰を振っている。

 近くに誰かいる。ふたりは、そう気付かないほど戯れに没頭している。

 

「……あああ……あっ!……も、もう……っ!!」

「く、っ……ぼくも……そろそ」

 

 目を見開き、口をぽかんと開けたまま。

 しばらくの間、視線の先で繰り広げられる光景を凝視していたが。

 突然リディアの視界が暗闇に包まれた。

 

「っ!?」

 

 身体が大きくびくっと痙攣したと思ったら、目の前は黄色一色。

 なぜか、デブチョコボの大きな羽の中に戻っていた。

 

「あれ? ゆめ……?」

「おっ、解除されたか」

 

 背後から男の声が聞こえた。

 ぶっきらぼうで荒っぽい声の持ち主が誰かなんて、顔を見なくてもわかる。

 しかも、今その男に背後から抱きかかえられている。

 

「エッジ!?……っ、ひゃっ!?」

「あー、よかった……!!」

「やだあっ! くっつきすぎっ!」

 

 意識が戻った安堵からなのか、エッジに強く抱きしめられた。

 ぎゅうぎゅう圧迫されて苦しい。

 

「20分経っても動かねえし、めっちゃびびったぜ……!」

「ちょっと……離れて、よっ……!」

 

 エッジの身体を引きはがそうとするも、リディアは非力。身動きすら取れない。

 

「これぐらいちったあ許せ。オレは恩人だぞ?」

「恩人?」

「そ。いいことヤッてんのに悲鳴上げたら、のぞき見してたのあいつらにバレちまうぞ」

「っ!? セシルたちは?」

「もう寝てんじゃね」

「そ、う……」

「あいつらにバレたら、おまえ明日から顔を合わせづらくなるだろ。だから、そうなる前にこいつ使った」

 

 後ろから差し出されたのは、ガラスで構成された中空の管。

 エッジがそれを軽く振ると、管の中に入っている鈍い銀色の砂がさらさら揺れた。

 

「銀の砂時計……」

「影縛りだと声が出ちまうからな」

 

(なるほど……)

 砂を振りかけられた生物の時間が止まる戦闘アイテムを使ったようだ。

 どおりでいやらしい光景から、一瞬で場面が切り替わった訳である。

 

「銀は使ったことねえから、いつ解除されるか知らなくってさ」

「だったら、デスペル使えばいいじゃない」

「どうやってローザに頼むんだよ。あいつしか使えねえだろ」

「あっ、そうだったね」

 

 あははと笑ったが、ある光景がリディアの脳内をかすめる。

 眠りにつく寸前、デブチョコボの肌触りに違和感を覚えたのは……。

 

「まさか……エッジ、ずっとここにいたの?」

「ああ。修行早めに済ませて、明日持ってくアイテム入れ替えててな」

「さっきまで、エッジと一緒に眠ってたってこと?」

「オレは一睡もしてねえけどな」

「銀の砂時計使ってから、ずっとこれ?」

「そういうこった」

「……」

「心配すんなって。オレはなーんもしてねえから」

 

 そう言い切る割には、リディアを抱える力は強くなるばかり。

 

 上機嫌そうなエッジとは対照的に、リディアの顔からみるみるうちに血の気が引いていく。

 顔も見たくない。口も利きたくない。出来れば一緒の空気、吸いたくない。

 それぐらい大嫌いな男に密着されていて、不快でならない。

 

「い、いやーっ!! 離してーっ! 最低っ! 変態っ!」

 

(どうして、よりによってエッジなんかと!)

 リディアはエッジへ嫌悪感に満ちた罵声を浴びせたけれど。

 悲しいかな。セシルたちは防音も備えた装置のおかげで、今頃ぐっすり眠っている。

 大声を出しても気付いてもらえない。

 

「ひっでー言い草。先客に気付かねえおまえが悪いんだろが」

「う」

「すぐ寝ちまうしよ」

「うう……」

「こっちは動くに動けねえってのに、最低? 変態? なんなんだよ」

「……うう」

 

 まくし立ててくるエッジに、何も反論出来なかった。

 

 確認を怠って、すぐ眠りについてしまった自分が悪い。

 ふたりが絶頂する場面を見なくて済んだのだから、むしろ感謝しなければならない。

 

「ごめん……言いすぎちゃった」

「あ?」

「……あと、助けてくれてありがとう」

「お、おう……」

「もう寝るから。おやす……」

 

(今日は我慢して装置で寝よう)

 お礼を言ったことが、よほど珍しかったのだろう。

 少し戸惑ったような表情を見せたエッジをよそに、起き上がろうとした。

 

「『影縛りの術』」

「あっ!!」

 

 ぴりりと軽い電流のようなものが全身に走り、四肢の力が一気に抜けていく。

 大きく傾いた身体は、背後にいたエッジに受け止められて横抱きにされた。

 

 『影縛りの術』は、対象者を一定時間麻痺状態にする忍術。

 忍者独自の術なので、エッジしか使えない。

 

「戦闘以外で忍術使うなんて、何考えてるのよっ!? 卑怯者っ!! 」

「何とでも言え。もともと忍者は卑怯なジョブだ」

「じゃあ、何とでも言ってあげる!——ずる賢くてくずで卑劣、ゲスくて下劣に姑息に最悪で、凶悪で最低っ!!」

「……凶悪だけ撤回しろ。あり得ねえ」

「やだっ!」

 

 これでもかと言うぐらい罵倒の言葉を浴びせたが、エッジが動じる気配はない。

 

(あたしたち、ここで何やってるんだろう……)

 リディアはエッジへの憤りとは別に、遠くで呆れを感じていた。

 言い争いするにしても、狭くて真黄色なデブチョコボの羽の中はないだろう。

 

「ま、いいや。それよりおまえさ」

「え」

 

 突然エッジの顔が眼前に迫ってきて、一瞬怯んだ直後。

 

「なんですぐ逃げなかった」

「ひゃっ!?」

 

 右耳のすぐ近くで低く冷たい声でささやかれ、背筋に悪寒のようなものが走った。

 

「大好きなセシルが、他の女をあんあん言わせてたってのによぉ」

「っ……!」

「普通は、さっさと逃げ出すもんじゃねえのかぁ?」

「に、逃げる、寸前だったのっ!」

「とか言って、続きが気になってしょうがなかったんだろ?」

 

 エッジが鋭い目つきで、じいとこちらをにらんでくる。

 まるで尋問されているかのよう。せめて視線から逃れようと思いきり首をひねる。

 

「き、気になってなんかないっ……たら……」

「気持ちわかるぜ。他人のセックスなんか、滅多に拝めねえしな」

 

 全力で否定しているのに、エッジは話を聞いていない。

 もっとも、その否定が完全なる事実とは言えないのだが。

 

「っ、人の話聞い」

「——おまえは好奇心に負けて、ローザに自己投影しながら、のぞき見してたんだよ」

「っ……!」

「ほら、やっぱ図星じゃねえか」

「っ、そうだよ? エッジの言う通りだよ!? あたしだって大人の女だもん。興味持つなっていう方がおかしいでしょ!?」

「そーだ。おまえは健全だ」

「なのに、みんな……『7歳のあたし』しか見てくれない。そしたら今のあたしは一体なんなのよっ!」

 

 半ば八つ当たりのような自白と共に、日々燻っていた小さな不満を訴えた。

 同時に昂った感情が限界を超えて、視界が潤いを増してゆらゆら揺れ始める。

 

「なにって、リディアはリディアだろ」

「他人事だと思って、適当なこと言わないでよっ!」

「ああ、そういやオレもあいつらと同類だったな」

「そうだよ、みんなよりひどいよ! いつもガキだガキだってばかにして」

「——おまえ、あれ全部真に受けてたのか?」

「え」

「言っとくけどな。オレはおまえのことガキだなんて一度も思ったことねえぞ」

「うそ……!?」

「嘘じゃねえよ。オレはガキの頃のおまえ知らねえし」

 

 そうなのだ。子ども時代のリディアを知らないのは、エッジだけ。

 

 —— —— ——

 リディアは、わずか7才でミストを離れて、セシルと共に各地を旅するようになった。

 その後ローザやカインをはじめに、複数の者が旅の一行に加わった。

 ところが、ある程度日数が過ぎると、様々な事情からみんな一行から離れていく。

 リディアも例外ではなかった。

 一行どころか地上を離れて、幻獣界で暮らすことになった。

 

 リディアが幻獣界ですっかり大人の女性に成長した頃。

 ようやく黒魔法と召喚術の修行が終わり、セシルを助けるために地上に再び戻った。

 

 次元の違う異世界は、地上と時間の流れが違う。

 リディアが幻獣界に居を移してから、地上に戻ってくるまでの間。

 地上は3ヶ月ほどしか時間が経っていなかったけれど。

 セシルたちと無事に再会し、一行に再合流をした。

 

 それから数日後。偶然立ち寄った異国でエッジと出会い、現在に至る。

 —— —— ——

 

「でも、あいつらは違う。セシルも、ローザもカインも、みんなおまえの保護者面だ」

 

 セシルの名を耳にした途端。脳裏に先ほどの光景が浮かんだ。

 周りを一切気にすることなく、恋人に衝動をひたすらぶつけるセシル。

 どこか満たされたようなローザの恍惚とした表情……。

 

「う、うっ……っ……! くやし、い……せっかく、セシルと同じ大人になれたのに……!!」

 

 誰に言うともなく、リディアは涙を流しながら心情を吐露していた。

 

 年の差を縮めることは出来たが、心の距離は変わらなかった。

 結局セシルにとって、リディアは今も昔も変わらず庇護すべき存在。

 

 嫉妬に狂ってローザを憎み殺したいなんて一度も思ったことはない。

 過去のトラウマを覆せと、リディアを導いてくれたローザのことが大好きだ。ただ……。

 

「あんな風に愛されるローザが、うらやましいっ……! あたしだって……セシルに」

「『抱かれたい』んだろ?」

 

 最後に見たのは、したり顔で布のようなものを取り出したエッジの姿。

 

「ふぇっ!?」

 

 ぼろぼろこぼしていた涙は、それ以上頬に落ちることはなかった。

 なぜなら、エッジに目元を布でくるくるっと巻かれてしまったから。

 

「何これ……」

 

 辺り一面真っ暗闇になり、目隠しを外そうと試みる。

 しかし『影縛りの術』により、麻痺状態にされていて動かせない。

 

「損はしねえから、それ付けとけ」

「な、何するの……」

「おまえ、ほんと運がねえよな。あんなエゲツないもん見ちまって、エッチな本なんか可愛いもんだぜ」

「……どういう意味?」

「これからおまえはあれをおかずに、毎晩人知れずオナニーするんだよ」

「げっ……下品なこと言わないでよっ!!」

 

 エッジの口から卑猥な(リディア比)言葉がぽんぽん飛び出し、開いた口が塞がらない。

 とてもではないが、この男が一国の王子とは思えない。

 

「ねえ、おねがい。目隠し外してよ……」

「自分で自分を慰めるって、すげえむなしいぞ?」

「ちょっと、話聞い」

「——だからさ」

「ふぁあっ……!?」

 

 エッジが愛おしむような手付きで、首元をすっと撫でてきた。

 普段の姿と程遠い撫で方に驚いていると、耳元に何かが近付いてくる。

 

『今日だけ、ぼくが手伝ってあげるよ』

 

(セシル!?)

 ゲスい男の太くて低い声が、男性にしては少し高いふんわりとした声に変わっていた。

 

§

 

「ぅ、っ……!」

 

 リディアの首筋や胸の上を、エッジの手指が撫でまわしている。

 

(どうしよう、変な声出ちゃう……!)

 当初はくすぐったさを感じながらも、言葉で抵抗していた。

 しかし、愛撫されるうちに、お腹の奥にぽっと火がついたような感じがして。

 今は極力声を出さぬように、唇を噛み続けている。

 

 次から次へと予測不可能な刺激に襲われ、次第に下腹部がじわじわと熱くなる。

 生まれて初めての感覚に戸惑うばかり。

 

『どう? リディア、気持ちいい?』

 

 リディアをもうひとつ戸惑わせるのが、エッジの声だ。

 この男は目隠しが終わってから、なぜかセシルの声で話しかけてくる。

 

「い、いい加減に、してよっ……! あなた……エッジでしょ……っ!」

『まだそんなことを言うの?』

 

 あなたはエッジ。いいや、違う。

 そんなやり取りが、ここまで何度繰り返されたことか。

 

 —— —— ——

 驚きなのが、声質や微妙な言い回しまでセシル本人と相違ないこと。

 よほど普段から観察していないと、ほぼ完璧な再現は不可能だと思う。

 

 エッジが旅の一行に加わってから、そう日が経っていないのに。

 いつの間にセシルの特徴をつかんだのだろう?

 —— —— ——

 

 今のリディアは視界が閉ざされており、聴覚が鋭敏だ。

 目の前にいる人物もエッジだとわかっている。

 それでもセシルの声で話しかけられると、『セシル』と勘違いしてしまう。

 

 声だけでない。愛撫され、名を呼ばれ、ささやかれ、耳元で息を吹きかけられているうちに。

 セシルに愛されている。そんな『錯覚』が少しずつ大きくなっていく。

 

(これが狙いだったんだ……)

 『エッジ』という要素をぎりぎりまで抹殺し、リディアの初恋の人を演じる。

 目隠しをしてきたエッジの真意を、ぼやけた意識の中で悟った瞬間。

 

「ゃ、っ……あっ、あぁあ、あああんっ!!」

 

 それまでただ触れるだけだった『セシル』の指が、突然動きを変えた。

 きゅうと胸の突起をつままれて、今まで感じたことのない刺激に襲われる。

 しかも、ずっと我慢していた変な声をとうとう上げてしまった。

 

 何度も息をつきながら、羞恥でいたたまれない気持ちになる。

 しかし、時間経過で『影縛りの術』の効果が薄れてきたようだ。

 先ほどまで動かせなかった四肢が、わずかに動かせることに気付いた。

 

 これ以上、変な声を出したくない。

 リディアは口を塞ごうとして、両腕をゆっくり上げようとした。

 

『押さえちゃだめだ』

「っ、ああっ! や、やめて……ぇ」

 

 両腕を『セシル』に押さえつけられて、試みは失敗に終わった。

 それで終わる訳もなく、続けて胸元をいやらしくまさぐられる。

 

『我慢しないで声出してよ』

「い、いや……」

『どうして?』

「だ……って……あっ、は、恥ずかしいっ……からっ、あああっ……!」

『みんな装置の中で眠ってる。思う存分出せばいいよ』

「ん……はあっ、あっ……! でもっ……」

『リディア』

「え」

『——声、もっと聞かせて?』

 

 何かを切願するような。すがるような『セシル』のささやきは甘い蜜のよう。

 その直後、愛撫を施されながら息を耳元でふっと吹きかけられると。

 リディアの意識から、『エッジ』の存在が完全に消えてしまった。

 

「や、っ……はああっ……せっ、『セシル』っ……!」

 

(あ、あたし……セシルに愛されている……!)

 あえぎながら、初恋の人の名を呼んでいた。

 

『ね? リディア、聞こえる?』

「ふぁっ……!?」

 

 ぴちゃぴちゃというみだらな水音の出処は、リディアの脚の間。

 いつの間にかそこに侵入した『セシル』の指が、小刻みなテンポを刻んでいる。

 水音は次第に大きくなり、聴覚をみだらに刺激して羞恥を煽られる。

 

「あああっ……い、や……セシルっ……! そ、そこ!……さ、触らないでっ、ぁあああっ……」

『ふふっ、どんどんあふれてくるね……感じてくれているんだ』

「や、だあっ! やめてぇ……こんなの、っ……! き、聞かせ、ないでぇ……!」

『じゃあ、これはどう?』

 

 ふっと耳元に息を吹きかけられた。そう思ったら、今度はぬるりと濡れた感触。

 

「……ひっ……あ、あぁん! く、口、やだあっ!……は、はなして……!」

 

ぴちゃり

 

 リディアを無視して、『セシル』が耳の中に音を立てながら舌をねじ込んできた。

 

「や、だっ……も、っ、お、おかしく……ふぁああぁあ!」

『リディアは子どもじゃない。立派な女性だよ』

「……えっ……? ぁあ……そ、それ……っ……ほんとぉ? ああぁあ……」

『っ、本当だよ。ちょっと……世間に慣れていないだけ、っ……もっと自信、持って……』

 

 時折息を吹きかけられながら、『大好きなセシル』にささやかれているうちに。

 みんな大人の女性として見てくれない。

 心の片隅にこびりついていた、そんな不満が寛解されていく。

 

「……あ、あたしっ、う……うれしいっ、あぁぁあああ……!!」

 

 歓喜と快楽の入り混じった声を上げながら、腰がひとりでにがくがく揺れ始める。

 

「ふぁ、あ、ああっ……なに……ぁあああっ……なにか、っ……くる……っ!!」

 

 胸と秘所、そして耳。弄られている箇所から熱が湧き上がってくる。

 今にもそこが弾けそう。弾けたくなるような不思議な感覚に陥る。

 

『うん、イッていいよ。大好きだよ、リディア』

「ふぁああ、セ、セシル……あたしも……あ……っあああああっー!!」

 

§

 

 リディアは後ろにもたれかかり、はあはあ息をつきながら余韻に浸っていた。

 頭の後ろで、しゅるりと布が解かれた音。

 同時に太ももの上にぽたりと何かが落ちた。目隠しが外れたようだ。

 

 目元にひんやりとした空気を感じて、ゆっくり目を開けば。

 視界は一面、黄色い羽で埋め尽くされていた。

 

「おつかれさん」

「!?」

「どうだった。すげえ気持ちよかったろ?」

 

 ひどく楽しそうな声が聞こえて、ゆるゆる後ろを向いた。

 目を細めたエッジの顔があった。

 途端に現実に引き戻されて、つい先ほどまでの痴態が頭の中で駆け巡る。

 

(や、やだ……あたし……!)

 セシルの声に騙されて、この男にあんなことを……。最悪だ!!

 エッジをぎりりとにらみ据えて、こう叫んだ。

 

「ひっ、人の弱みに付け込んで、最低っ!! ローザに言いつけてやるからっ!」

「言いつけるって、どう説明すんだよ」

「えっ? そ……そりゃあ、エッジにセクハラされたって」

「あんだけ感じまくってあえいでたくせに、何がセクハラだよ」

「うう……」

「つーかセクハラされましたじゃ、ローザもわかんねえだろ。『セシルとローザがヤッてるとこ見てしまいましたー』『セシルのフリしたエッジにイカされましたー』って、言えんのか?」

「……言えない」

「そうだ。ってことでこれはオレたちだけの秘密な。——誰にも言うんじゃねえぞ」

「っ、言うわけないじゃない!」

 

 乙女の最大危機案件は、エッジの一方的なペースで収束一歩手前。

 あまりの上から目線と身勝手さに、リディアはわなわなと唇を震わせる。

 

「まあ、あんだけあんあん言えるんだ。これでまた大人の女にぐっと近付いたぞ。——よかったな」

 

 エッジに頭をぽんぽんと叩かれたが、ちっとも痛くなかった。

 それでも条件反射的に、被害箇所を両手でさっと押さえた瞬間。

 『影縛りの術』の効果が切れていると気付いた。

 

(は、はやくここから逃げなきゃ!)

 見えない拘束から解放されたが、だるさが抜けない腰をゆっくりと上げる。

 

「……もう寝る」

「今日はあれ使って寝ろよ」

「言われなくたってそのつもり」

「またやりたくなったら手助けしてやっからさ。いつでも声かけ」

「——ばかっ!」

 

 おなじみの捨て台詞を残して、収納庫を後にしたリディア。

 フロアに戻り、一目散で自分に充てられた装置の中に潜り込んだ。

 

 中からカバーを閉めてつたない手付きで、ボタンをふたつ、みっつと押していく。

 その度にぴっ、ぴっとボタン音が鳴る。

 

(まさか、あれは……エッジの本心!?)

 ふと先ほどの『セシル』の言葉が頭をよぎり、どきりと胸が高鳴る。

 

 —— —— ——

 目隠しされてからのことは、よく覚えていない。

 それでも、この言葉だけははっきり記憶に残っている。

 

『リディアは子どもじゃない。立派な女性だよ』

 

 本物に言われた。そう錯覚して、思わず感極まってしまったが……。

 —— —— ——

 

「ないないないない! 絶対違うんだから!」

 

 ただ若い女に触りたくて、あんなお世辞を言っただけだ。

 

 一瞬でも浮かんだ、ありえない仮定を打ち消すかのように。

 最後のボタンをこれでもかと言うぐらい強く押した。

 

ぴー!

 

 長い機械音が鳴り響けば、睡眠導入が始まる。

 たちまちリディアは猛烈な眠気に襲われた。

 

 ゼロムスを倒したら、リディアはひとりだけ幻獣界に帰る。

 わざわざ異世界を訪れる物好きはいないだろうし。

 卑怯で最低な男とは、この旅の終わりをもって縁を切らなければ。

 

「……早く……倒さ……なきゃ」

 

 改めて、打倒ゼロムスの誓いの言葉をむにゃむにゃつぶやきながら。

 高度な文明を誇る月の民の技術力によって、夢の世界へと旅立ったのであった。

 

.

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。