※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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暗闇から手を伸ばせ ※

 

 

 —— —— ——

 人間が外からの情報を得るには、嗅覚や聴覚を始めとする五感が必要である。

 その中でも、最も重要とされるのが視覚だ。

 全ての情報の8割から9割近くは、『見る』ことで情報を得ていると言われている。

 

 身体を動かす度に発する、シーツのこすれる音やベッドのきしむ音。

 無意識なのかわざとなのかわからないが、時折男がもらす熱い息遣い。

 初恋の人を演じる男から降り注がれる、6年前なら諸手を上げて喜びそうな言葉の数々。

 男から繊細な手付きで施される、愛撫と言う名前の身体的接触。

 そして、至近距離で漂う男の匂いに混ざるラベンダーのかすかな香り。

 

 ……以上が、現在得られる情報の一部。それらはリディアにこう教えてくれる。

 

 今、恋人でも何でもない友人のこの男から、ゆるい快感を与えられている真っ只中で。

 最終的に『処女を奪われる』予定だと。

 —— —— ——

 

(見えなくてよかった……!)

 リディアは、現在目隠しをされている。

 視覚を遮断される不便利さを感じながらも、密かに安堵していた。

 もし視覚が有効だったら、今以上に圧倒的な情報量と濃すぎる内容のおかげで。

 あっという間に、頭も心も飽和状態に陥ってしまいそう。

 

 

——1時間後

 

 

 リディアは、目元以外全てを男に晒した状態で。

 初恋の人を演じる男から口付けをされながら、ひたすら愛撫されていた。

 

 男に触れられる度に、微量ながらも身体の熱が溜まっていく。

 しかし、知識の浅さや経験不足か、はたまた羞恥のおかげなのか。

 早く熱を解放——『イかせて』欲しいという欲求には至っていない。

 与えられる刺激を一身に受けながら、声を抑えようと努力していた。

 

「……っ!」

 

 突然、首筋から胸元までじれったくなるぐらいの速さで、何かが通り過ぎていった。

 リディアは更にぎゅうと強く下唇を噛むことで、発声を耐えた。

 

(次はどこ触られちゃうんだろう……?)

 視覚の遮断による最大の弊害は、男の行動が予測出来ないことにある。

 上半身かと思えば、いきなり下半身へ移ったりすることもざら。その逆もしかり。

 しかし、そうこうしているうちに新たな刺激が、リディアを容赦なく襲ってくる。

 

「……ゃ、っ……」

 

 男は6年前と違って、口や舌も使って刺激を与えてきていると思われる。

 この数分間、男が一言も言葉を発しないことも、それを証明していた。

 

 左右の胸の尖りを引っかかれるわ、捏ね回されるわ、つままれるわ……。

 気まぐれで緩慢な動きでいじられる度に、身をよじらせてしまう。

 

 右側に受ける湿り気のある感触は、尖りを口に含まれているようだ。

 それでも、噛むのを辞めてしまうほどの強い刺激ではない。

 これなら何とか声を出さずに済みそう。

 そう安心していた矢先、びりびりっと鋭い快感が背筋を駆け抜けた。

 

「っ!? ふぁああ、っ……やだぁぁあっ……!」

 

 男が右の尖りを甘噛みしているようだ。

 その部分がじんわり熱を帯びて、反対側は痛み寸前まできゅうとつままれてしまった。

 唇を噛むだけでは声を抑えられず、とうとうあえぎ声を上げてしまった。

(もうやだよ……)

 

『……感じてるのはわかってるんだよ。声を出してくれないかな』

「いや……」

 

 男から少し苛立ちを含めた声で要求されたが、拒否した。

 

『どうして?』

「恥ずかしい……ん、っ……からに、決まってるじゃない……」

 

 今こうしている間にも、さわさわと身体を撫で回しているぐらいだ。

 男にとって、リディアが声を出さないことは大した問題ではなさそうだし。

 

 これからも拒否し続けてやる、誰が声なんか出すものか。

 そう思う一方で、早いうちから男に白旗を上げたぐらいには。

 男の愛撫によって、思いっきり快感を得ていることは自ら認めていた。

 さすが、奔放な女性経験を自ら暴露しただけある、と。

 

(慰めたことがあってよかった。そうじゃなかったら、今頃セシルだと勘違いしてたよ)

 1時間が経過した今も、快楽にどっぷり浸かることも、錯覚に陥ることもなく。

 ほどほどに冷静さを保っていられる。

 開始直前に立てた己への誓いと、少ないけれど自慰経験のおかげだろう。

 

『前に一度見せてくれたじゃないか。今更恥じらう必要ある?』

「そ、それでもいやなの!」

 

 今のリディアは、快感よりも羞恥心の方が勝っている。

 なりふり構わず矯声を上げたり、みだらな姿を晒したりすることに大いに抵抗があった。

 あの時のローザみたいには、なれないし、なりたくない。

 

 ローザは、お相手が相思相愛の恋人だったからいい。

 けれど、リディアは違う。

 なぜ恋人でもないこの男に、痴態を見せなければならないのか。

 なぜ自分の甘ったるい声を、男に聞かせなければならないのか。

 

『触ってる時も、それぐらい声を出して』

「いやったら、いやっ!」

『きみの声が聞きたいんだよ』

「だ、抱かれるだけありがたく思ってよ! ばかっ!」

 

 リディアはつっけんどんな言葉で、男を突き放してやった。

 それからすぐに、両手で自身の口を塞いで臨戦態勢に入る。

 

『わがままだな……声を我慢しないも、ルールに追加するか』

「あっ!」

 

 男がため息をつくと、実力行使とばかりにリディアの両手をまとめ上げてきた。

 

 非力のリディアが抵抗しても無駄なのはわかっている。

 それならばと、唇をぎゅうと強く噛みしめる。

 

『また、すぐにルールを破る……いけない子だな』

「ふぁっ……やぁ、ああっ……そこでしゃべらないでぇ……!」

 

 男に耳たぶを甘噛みされた。

 リディアの一番弱い箇所——耳への責めが、罰にふさわしいとでも思ったのだろうか。

 逃げようと首を左右に振っても、男が磁石のようにくっついてくる。

 

『怖いもの知らずなのか、単に学習能力がないのか』

「や、やめ……っ、ぁ、あぁあん……!」

『たぶん両方だね』

 

 男が舌を耳の中にねじ込んだかと思ったら、耳元でささやいてきた。

 背筋がぞくぞくしてたまらない。

 口を閉じる余裕もなく、ついに嬌声を上げてしまった。

 

 いつでもルールが追加可能な上に、即時適用なんて……。

 こんな都合のいい条件を、よくもまあ考えつくものだ。そう呆れてならない。

 

「はあ、っ……はぁ……」

『噛んだらだめでしょ。綺麗な唇に傷が付いたらどうするの?』

 

 耳攻撃から解放されて息も絶え絶えのリディアへ、甘く優しい声が降り注がれた。

 ところが、その直後。

 

「っ、!?」

 

(な、なにこれ……!?)

 傷なんか付いてないはずの下唇を、まるで癒すかのように。

 男が繊細な動きをもって、端から端まで何かで何度もなぞってくる。

 そして最後に、熱っぽい吐息を口元に吹きかけられた。

 

 砂を吐くような台詞を言いながら、舌先で唇をなぞってきた。

 そんな場面がふと頭の中で浮かんできて、笑いが込み上げてくる。

 

「ふ、ふふ、っ……あはははっ!」

 

 耐え切れなくなった腹筋が崩壊して、お腹を抱えてけらけら笑い出した。

 今のキザったらしいこの男を見たら、仲間はみんな爆笑するだろう。

 

『何がおかしいの?』

「すごいねぇ。今までこうやって女の人を口説き堕としてきたんだね」

『……何を言ってるの? 意味がわからないよ』

 

 男は不服そうな声で、知らぬ存ぜぬを突き通す。

 やはり行為中、この男は仮面を外す気はないのだと悟った。

 

(だめだこりゃ、完全にセシルになりきっちゃってるよ)

 ここまでリディアは、男に対して初恋の人としてではなく、本来の男として接している。

 一方、男は6年前と同じ。ひたすらリディアの初恋の人を演じ続けている。

 

 今ここで演技をやめろと言っても、聞かないだろう。

 どうせこの1回で終わるだろうから、もういいか。

 リディアは本来の男について、これ以上言及しないことに決めた。

 

「それよりも、これ。いつ終わるの? ずっとあたしに触ってばっかりじゃない」

『大丈夫。もう半分切ったよ』

「へえ……え!? ま、まだ半分なの!?」

 

ぴちゃり ぴちゃり……

 

「あ、あん……っ!」

『こっちは、まだ終わって欲しくなさそうだけど?』

 

 下腹部、いわゆる秘所に手を伸ばされて、軽いタッチを幾度となく繰り返されてしまう。

 リディアに聞かせたくて、男がわざと水音を立てているのが見え見え。

 

 それでも、この音は自分で慰めた時によく耳にしていたから、羞恥的に耐えられる。

 リディアは口を強く閉じて、声を出さぬよう抵抗を始めた。

 しかし、ルール違反だと再び耳を責められて、単に男を喜ばせただけに終わった。

 

「はぁっ……はあ、もう、こんな罰ゲームやだぁ……」

『本当は耳、いじられたいんじゃないの? わざと抵抗してるようにしか見えないよ』

「そんなことないっ!」

『まあいいか。そろそろいい頃合かな』

 

 男の言葉を額面通りに受け取ると、次の段階へ移る気なのだろう。

 ものすごく痛い。そう有名な処女貫通の時間がついにやってきたのだろうか。

 

 リディアがこの先の展開に怯えていると、男の気配が突然離れていくのを感じた。

 なんだ、起き上がったのか。そう思った瞬間。

 

「——え!?」

 

 両腿を強い力でつかまれたかと思ったら、宙に持ち上げられる。

 あれよあれよと言う間に、男に足を強引に左右に開かされていた。

 

『ああ……ほとんど触っていないのに、もうぐしょぐしょじゃないか』

「!?」

 

 男の目の前に秘所が晒されているとわかり、足を閉じようとしたが。

 男に両腿をがっしりとつかまれていて、びくともしない。

 

「ちょっと、やだぁっ!! 汚い、っ! どこ見てるのよぉ!?」

『それなら尚更、綺麗にしなきゃね』

 

 男がもらす吐息や呆れ笑いの声が、秘所にダイレクトに響いてくる。

 

「いやぁああっ! そこでしゃべらな……やぁあああんっ!」

 

 リディアの制止を無視して、男が自身の舌で秘所をねぶり始めた。

 

(最悪だあ……)

 男が宣言通り、まるで毛繕いする猫のように蜜を絡め取りながら舐め続ける。

 綺麗にされても、すぐ快感を得て蜜をこぼれさせてしまう。

 以後その繰り返しで、ちっとも終わりが見えない。恥ずかしい。逃げ出したい。

 

「ゃあ、やだっ、離れて、っ……たら、ぁあああっ!」

 

 足を閉じようとしても男が邪魔。

 上に逃げようと腰を引こうとするが、男に先読みされて、がっちり腰を捕らえられる。

 その間にも緩急をつけながら、舌先を硬軟に交互に切り替えて男の舌が秘所をはいずり回る。

 

 快感に浸りながらも、男を引きはがそうと両手を思いっきり伸ばした。

 指先にぶつかったのは、硬めの短い髪だった。

 ここにいるのは本来の男。そう教えてくれる貴重な情報源だ。

 

 もっともそれがわかったからと言って、男は止めてくれる訳もなく。

 結局リディアが出来たことと言えば。

 必死に抵抗しても退いてくれず、あられもない場所を男に舐められて感じている。

 自身の記憶にそんな卑猥な状況を刻みつけることぐらいであった。

 

「っ、そ、そこはだめぇ……やだ、っ、舐めないでよぉ!……ふぁぁあ、ああっ!」

 

 男が、秘芽を覆い隠す皮をめくってきた。

 すぐに露わにされた秘芽をわざと避けるように、秘所全体をひと舐めされてしまった。

 二周目はその逆に、秘芽を最後に通過するように、ざらついた舌がはい回る。

 

 秘芽への刺激は、どんな些細なものでも攻撃的な快感に変わってしまう。

 ばちばちと火花を散らすようなそれに身を震わせていたら。突然、男の動きが止まった。

 

『何もしていないうちからだめって……どうしてわかるの?』

「あ……」

 

(しまった!)

 男から鋭い指摘をされて身がぴしりと固まり、狼狽する。

 自慰の経験有を、自ら遠回しに暴露していた……。

 

『やっぱり、自分で慰めてたか……!』

「な、ない! 全っ然! そんなことしてな、ふぁああ……っ!」

 

 ここ1年ほど自分を慰めていない。半分嘘で、半分本当だが、何を言っても無駄。

 そう悟って、ついに抵抗を諦めてしまった。

 

 隠したくても隠せない箇所の代わりに、両手で顔を覆い隠す。

 顔を隠すな、手を離せと男が妨害出来ないのが唯一の救いだ。

 

『また、わかりやすい嘘をつく……』

「やぁ、っ……ぁああ、あ、っ、つついたら……だめぇ!!」

 

 男が舌先で秘芽を、ちょんちょんと小刻みにつっついてくる。

 その度に、鋭い刺激が強い快感に変わって、ばちばちとリディアの背筋を走る。

 

 男に恥ずかしい箇所を見られながら、わざといやらしい水音を立てられて羞恥を煽られる。

 そのおかげで、自慰で得られる快感よりも、はるかに強い。

 

「はっ……ぁああっ……も、もう、だめ、っ……!」

 

 ここに来て、リディアの中で熱を早く解放したい、解放されたい欲求が湧き上がってきた。

 しかし『イカせて欲しい』なんて、絶対に口にしたくない。

 そのため、身をよじりながら曖昧な表現で男に意志を伝えてみた。

 

『ずっと我慢してたからね。いつでもイッていいよ』

 

 男がリディアの意図を汲み取ってくれたらしい。

 秘所全体を数回覆うように、舌でねぶり尽くしてから。

 じゅうっとわざと音を立てながら、秘芽を強く吸い込んできた。

 

「……っ、や、あっあっあぁぁーっ!!」

 

 溜まった熱が快感と化して、身体中を駆け巡ってから大きく弾けた。

 闇の中で閃光が走ったのを見届けてから。

 リディアは理性を放り投げると、嬌声を上げて絶頂に達してしまった。

 

§

 

『どうだった? 自慰よりむなしくないし、楽しかったでしょ』

「全然……楽しくない」

 

 恋人でもない男に、恥ずかしい箇所を見られた上に舌でいじられた。

 それのどこが楽しいのだろうか。

 確かに、むなしさを感じる暇はなかったのは認めるけれど。

 

「ねえ、これで終わりじゃだめ?」

『だめ』

「そう……」

『ぼくがイッたら終わり。これ、触っててもらおうかな』

「え?」

 

 右手を男に握られて、リディアは指先から伝わる感触ですぐに察した。

 誘導された先の正体は、男のモノであった。

 

「や、っ……!?」

『なんでもしていいよ』

 

 固さと熱を持った男のモノを、恐る恐る右手で握りしめてみた。

 しかし、ひどく生々しい感触に一瞬手をびくりと震わせてしまった。

 

(なんでもしていいって言われても困るよ)

 アリサやライザが時折ぼやかした状態で話してくれる、夜の営み話。

 それが、貴重な知識源というぐらいには。

 リディアは性知識が非常に浅く、技術はないも同然に等しい。

 

『恥ずかしい?』

「目隠ししててよかった」

『どうして』

「こんなの見たら気絶しちゃうよ」

『ええ? きみ、男だったら毎日気絶してるんじゃない?』

 

 絶頂に達した直後だけあって、現在リディアはとても冷静になっている。

 

(だって、本物なんて今日がはじめてだもん)

 男性のモノなんて芸術作品でしか、お目にかかったことがない。

 今握っているものは、それらとは真逆に天に向かってそそり立っている。

 触覚だけでも、ここまで強烈な情報を突きつけてくるのだ。

 もし、見えようものなら……。

 

「それに……こんな大きいのむり。中に入らないよ」

『大丈夫。今から解すから』

「ほぐす?」

『出来るだけ痛くないようにする準備だよ』

 

 男がそう言いながら、リディアの上半身を起こすと背後から抱きついてきた。

 すると、両脚を思いきり開かされた上に、左手で男のモノも握らされてしまった。

 

(さっきよりはマシかなあ)

 今の自分の姿はあられもない格好に違いない。

 それでも、男は後ろにいるのでさっきのように秘所をのぞかれる心配はない。

 あまり羞恥を感じないだろうと、ほんの少しだけ安心していた。

 

「ひゃあっ!?」

『いいね、この体勢。責め放題だ』

「……あ、ぁんっ!」

 

 男に耳の中へ舌をねじ込まれて、矯声を上げてしまった。

 弱点の耳を晒していることをすっかり忘れていた。

 

(指……入れられちゃうんだろうなあ)

 結局どうあがいても隙をつかれて攻められるだけ。そうがっかりしていたら。

 何かが下腹部を経由して秘所の辺りに近付いてきた。

 

『濡れてるから大丈夫かな』

 

つぷり

 

「うっ、」

 

 予想は的中。秘筒に指を差し込まれて、思わず背を反らしてしまった。

 どの指かまではわからないが、強い圧迫感を感じる。

 指でこれなのだから、男のアレが入った暁にはお腹が破けてしまうのでは?

 

『痛い?』

「痛くないけど……すごく、きつい……」

『初めてだからそんなものだよ』

 

 男は『ほぐし』と並行して、口付けや身体の愛撫も怠らない。

 ……そのせいだろうか。

 異物感をよそに、再びじわじわと下腹部に熱が溜まり始めた。

 秘筒の奥から、じわりと何かがにじみ出ているような感覚も覚える。

 

『おそらくだけど、リディアは好きモノだね』

 

 指で膣壁をこすりながら、男がどこか楽しそうな声で話しかけてきた。

 

「何それ……」

『浮気性の女性のことか、エッチ好きな女性のこと』

「はい!?」

『どっちでも好きな方選んでいいよ』

「ば、ばかじゃないの!? どっちも違……ふぁ、あぁあっ!」

『見つけた……!』

 

 入口の近く、腹部側のある箇所を男の指が掠めた。

 その瞬間、リディアは甲高い声を上げながら、身体を跳ね上がらせた。

 すぐに、男が耳元に近付いてきてくつくつと笑ってくる。

 

「あぁっ、はあぁ……」

『わかる? ぼくの指にリディアが絡みついて離してくれない』

 

 男による、あけすけな状況説明に耳を塞ぎたくなる。

 言われなくてもわかっている。

 まるで我が物にせんと、リディアが男の指をきゅうきゅう締め付けていることなんて。

 

「や、やだ……っ、ぁああんっ! あ、っ……もう、やめてよぉ……!」

 

 ついに我慢出来なくなり、またまた嬌声を上げてしまった。

 与えられる快感は、先ほどより激しくはないが、ずっしりと重く深い。

 まるで線香花火の火薬玉のように、身体の芯を中心にじわじわ熱が溜まっていく。

 

『だめ。ここは連続でイクことが出来るから、覚えておかないと』

 

(覚えたくないよ!)

 ねちっこい男の指が、お腹側の壁を重点的に刺激を与えてくる。

 指を壁にそってゆっくりと前後に動かされてしまえば、身体を大きくよじらせるしかない。

 

「やぁ、っ……おねがいっ、抜いてぇ……や……あぁああん……」

『う、っ……』

 

(握ってるだけなのに……感じているの?)

 男が小さくうめき声を上げた。

 リディアは左手で握っていた(握らされていた)アレに、ふと意識を向けてみる。

 

「っ!?」

 

 当初に比べて男のモノが固さを増している。そう感じ取って、ぎくりとする。

 しかも、ぬるぬると粘り気のある液体が指や手のひらにまとわりついてきた。

 

(いつの間に!!)

 その感触は男も感じていると、リディアに直球で投げ掛けてくるものだった。

 恥ずかしさのあまり、左手をぱっと離してしまった。

 その瞬間、意識が闇の中へ放り出されて理性がかき消えた。

 

『離しちゃったか……』

「ぁ、っ……ぁああんっ、く、暗いっ! まっくら……ぁぁあっ……!」

『……リディア?』

 

 一面、常闇の中にいるリディアが感じ取れるのは、男の指で与えられる刺激。

 ただ、それだけ。

 

 先ほどの秘芽への刺激とはまた違う、未知の刺激や快感は途切れることがない。

 それらは見えない渦と化して、闇の中にひとりたたずむリディアを襲ってくる。

 

「ぁ、ぁあっ、こわい……っ、あぁあんっ!……だれかぁ、たすけて……!」

 

 闇と化した快楽の渦が侵食して、身体を消し去ってしまいそう。

 次々とあふれてくる涙は、みるみるうちに目を隠す布に吸い込まれていく。

 

 6年前は錯覚とはいえ、初恋の人の存在をすぐそばで感じることが出来たから恐怖はなかった。

 けれど、今は違う。

 リディアを支えてくれるものは、何もない。

 

 気持ちはいいけれど得体の知れない感覚を、真正面から受け止めることが出来ない。

 身体をびくりびくりと快感に震わせながらも、恐怖でならない。

 

 こわい、くらい、たすけて。

 あえぎ声の合間にそう口にしながら。

 髪を振り乱して、誰にともなく助けを求め続けていた。

 

『——リディア』

「はぁ、っ……な、なに……?」

 

 宙をさまよっていた右手に何かがぶつかってきて、つかまれる。

 

 錯乱状態に陥る一歩手前にいたリディアに歯止めをかけてくれたのは。

 軽い衝撃と、ややざらつきのある感触——男の手だった。

 

『大丈夫。「ぼく」がそばにいるよ』

 

 男の手とリディアの右の手のひらが合わさり、ぎゅうと指を絡めて握りしめられる。

 耳元でささやいてきた男の声は、優しい風でリディアを包み込んでくれるかのよう。

 

「あ、っ……お願いっ! は、離れちゃ、やだぁ、ぁああっ!」

 

 怖くなくなるのなら、誰でもいい。

 リディアはすがるような思いで、男の手指を握り返した。

 決してこの手を離さぬようにと、それはもう強い力で。

 

 この男が、初恋の人のつもりで『ぼく』と言ったのか。

 それとも、本来の男として言ったのか、もしくはそれ以外か。

 『ぼく』が、一体誰のことを指しているのか考える余裕はなかった。

 

 男の指による、ある箇所を重点的に責める膣壁への刺激は。

 リディアの中にある熱を、はち切れんばかりに膨れ上がらせていく。

 

『絶対に離れないから……このままイッて……』

「っ、あぁ……!! も、もう、だめ……! あぁ、あぁっー!!」

 

 男がささやいてきた言葉は細く鋭い針と化して、破裂寸前の熱をさくっと刺してきた。

 その瞬間、甘く深い痺れがリディアの全身を走った。

 嬌声を上げ続けながら、身体を弓なりに大きく反らす。

 同時に両足をぴんと真っすぐ伸ばして、二度目の絶頂へと導かれた……。

 

§

 

 その後も『ほぐし』と言う名の膣壁への刺激は続いた。

 気が付けば、リディアの中を侵す男の指は2本に増えていた。

 

 秘芽への刺激とは違う点は、一度達してからちょっと時間を空ける。

 それから刺激を受けるとまた身体にぽっと熱が灯る。

 そのせいで、何度も絶頂に追い込まれてしまった。

 

 それでも、あれだけ怯えていた闇への恐怖は、1回経験したことであっさり克服。

 その時に感じた安心感からか。『ほぐし』の間、ずっと右手で男の手を握りしめていた。

 

§

 

『——もういいかな』

「え?」

 

 それまで散々秘筒をいじっていた男の指が、突然すっと抜けていった。

 

「もしかして……挿れちゃうの?」

『うん、いい加減こっちも我慢出来なくてね』

「……そう」

 

 男の返事を聞くやいなや、表情をどんよりと暗くさせた。

 ……ついに、痛いと名高い(略)の時間を迎えることになってしまった。

 

 こんなことになるなら、友人たちにいろいろ話を聞いておけばよかった。

 そう思っていると、横抱きの体勢から再び仰向けの状態にされてしまった。

 

 ぎしりとベッドがきしむ音に続いて、足を大きく割り開かせられる。

 上から重みを感じたことで、男がリディアの上に覆いかぶさってきた。

 見えなくても、そう察してしまった。

 

 緊張のあまり、目隠ししているにもかかわらず、目を閉じて唇を引き結んだ。

 身体もベッドに縫い付けられたかのように、かちんこちんに固まらせる。

 そんな様子がおかしく見えたのか。男が笑いながら、両手をそれぞれつかんできた。

 

『これ、ぼくの背中に回して』

「こう?」

『それでいい。痛かったら爪立てていいからね』

「……背中、傷付いちゃう」

 

 爪を立てないように、指の腹を男の背中にぎゅうと押し付けた。

 爪のひっかき傷だろうが、男にこれ以上傷を付けたくない。

 

『……挿れるから、力抜いてて』

 

 男がリディアの真意を察してくれたかどうかはわからない。

 

 やがて、秘所に男のモノを直接押し当てられて、熱く濡れた感覚が伝わってきた。

 

「ぁ、はぁっ……」

『痛くない?』

 

 男のモノがゆっくりとリディアの中に入り込んできた。

 しかし、中から押し広げられている感覚が強い。

 呼吸が上手く出来なくなってきて、息が乱れ始める。

 

「……す、ごく……きつい……っ、苦しい……」

『今だけだよ。場数踏めばどうでもよくなる』

 

(ばかず!?)

 不穏なことをさらりと言われたような気がして、どきりとする。

 しかし、入口を埋め尽くされる圧迫感と、男の動きが止まったことで疑問はなおざり。

 

「もしかして諦めた? もう終わる?」

 

 このまま男が諦めてくれるかもしれない。そう一縷の希望にすがった。

 

『いや……先に謝っておく』

「え?」

 

 なぜ謝ったのだろう。

 頭の中にぼんやりと浮かんだ疑問は、すぐにかき消された。

 

『——すまない、っ……!』

 

 謝罪と同時に、男が熱い楔と化したモノで、リディアの身体を貫いてきた。

 

「い、っ……痛ったあああいっ!!」

 

 下腹部にめりめりと引き裂かれるような、強く鋭い痛みが走る。

 あごを思いっきり引いて、大声を張り上げた。

 

 涙がぼろぼろこぼれて、目隠しの布にすいすい吸い込まれていく。

 散々男から与えられた快感なんて、どこぞに吹っ飛んでしまった。

 それぐらい、リディアは痛みを全く受け入れることが出来ない。

 

『……っ、狭っ……もう少し、力抜いて……』

「っ、無理っ!! い、痛いっ! 抜いて……! 早く抜いてったらぁ!」

 

 髪を振り乱しながら、男へ撤退するよう訴える。

 

 男のモノを抜いてもらう方が、よっぽど楽に決まっている。

 こんなひどい痛みを感じてまで、ヤラなければならないのか?

 それなら、最初っからヤラなければいい。

 

『今だけ我慢、っ……力抜いて、リディア』

「……うぅっ、やだぁ! 離してっ、! もう終わってよ!」

『ごめん……それだけはしてあげられない』

 

 男が申し訳なさそうな声で謝罪すると共に、リディアの身体を搔き抱いてきた。

 まるで、痛みに耐えろと言わんばかりに強い力で。

 

「……なにそれ、っ……ひどいよっ!」

 

 鬼、意地悪、最低……。

 知らず知らずのうちに、男へ罵倒の言葉を投げつけていた。

 

 それでも男が楔を引き抜くことはなく、謝罪の言葉を繰り返すだけ。

 中に留まったままの楔は秘筒を広げんと、ぎちぎち質量を増していく。

 

「どうして抜いてくれないの……? 男の人、ずるいよ……すっごく痛いのわかんないんだもん!」

『……ここで止めたら、また一からやり直しだよ?』

「も、いい……っ、二度とやらないっ……? あっ、はぁああぁっ……!」

 

 突然、両胸にびりびりと甘い痺れが走った。

 男が胸の尖りをいじり始めたのか、はしたない声を上げてしまった。

 

『リディア、右手離して』

「はあ、っ……はぁ、っ……あっ……」

 

 言われるがまま、男の背中にべたりと張り付いていた右手を離す。

 宙に浮かせたそれを男の左手がつかんで、指を絡ませながら握りしめてくれた。

 

『これ……潰すぐらいの気持ちで、握ってて』

「……痛っ、わ、わかった……」

 

 男に耳や胸を愛撫されながら助言に従い、右手に強い力を込めに込める。

 

『ああ、それでいい。あと少し、っ……』

 

(そうか……これなら……少し入りやすくなるんだ……)

 意識や力が右手に流れた分、身体の強張りが少しずつ緩んでいく。

 

 裂かれた痛みは治まらず、男が奥へと侵入を目指す度に、下腹部に新たに痛みが走る。

 それでも当初に比べて、次第に痛みよりも快感の割合が増えていく。

 やがて最奥に辿り着いたのか、楔の動きが止まると男が大きな長い息を吐いた。

 

『……っ、全部、入ったよ』

「はあ……はぁっ、痛、っ……う、うそつきっ! 痛くないようにしてって……」

『一番奥だけは無理なんだよ。これ以上は痛くならないから』

「っ、はあ……はぁ……う、うっ……!」

 

 嗚咽と荒い息を交互にもらすリディアの乱れた髪を、男が整えてくれた。

 まだ下腹部の痛みは残っている。

 それでも、破瓜の瞬間のひどい痛みはもうないと知って、安堵した。

 

 その途端、込み上げてくるものを抑え切れず、再び大きな嗚咽をもらし始めた。

 ここまで散々涙を流したせいで、目隠しは既にぐしょ濡れである。

 

『どうしたの?』

「っ、女の人って……すごい、ね……これだけじゃなくて、赤ちゃんも、産んじゃうんだもん……! それ、なのに、あたし……!」

 

(泣き喚いちゃって……)

 それ以上は、言葉にならなかった。

 男の背中から左手を離して、手の甲で目元を押さえながら泣き続ける。

 まるで、小さな子供みたいだ。

 そう思いながらも、しゃくり上げが治まらない。

 

 —— —— ——

 母エスタをはじめ、ローザや友人たち……。

 世の女性に尊敬の念を止まずにいられない。

 一方で、自分はなんと肝が小さく器が狭いのだろう。

 目先の痛みに耐えきれず、処女のままでいいとまで思ってしまった。

 —— —— ——

 

 泣きながら自身を恥じていると、突然目元に当てていた左手がはがされる。

 その代わりに、こつんと額に軽い衝撃を感じた。

 

『自分を卑下しちゃだめだ』

「え、っ……?」

『リディアも「立派な女性」なんだから、堂々としていたらいいんだよ』

 

 声も気配も自分の顔のすぐ間近。

 超至近距離での男からの励ましに、リディアは耳を疑った。

 

(もしかして……あの時も、あたしを気にかけてくれてたの?)

 6年前、男は今と似たような状況で、リディアに同じ言葉をささやいてきた。

 男のあの台詞は、口から出まかせ。

 その頃、少し燻っていた自分に偶然台詞がハマっただけだ。

 今の今まで、ずっとそう思っていたけれど違うのだろうか?

 

『泣こうがわめこうが暴れようが、処女を卒業出来たことには変わりはないんだ。誇っていい』

「……う、んっ……」

 

 男に頭を撫でられるうちに、心がほわほわ暖かくなっていく。

 

(これはセシルじゃない。いつものエッジだ)

 どんな状況だろうが、女性遍歴が多かろうが、姑息な手段を使おうが。

 不安やわだかまりを、いつでもこの男は和らげてくれる。

 

 処女を失う相手が(たぶん)この男でよかった。

 男からの励ましは、リディアを大いにそう勘違いさせてしまうほどの威力を持っていた……。

 

 艶かしい現実に戻ったのは、リディアの嗚咽が落ち着いてからだった。

 突然くい、と男にあごを持ち上げられる。

 すぐさま、唇に軽い感触とほぼ同時に、口内へ男が舌を伸ばしてきた。

 破瓜によるひどい痛みと、目まぐるしい状況の変化。

 それらのおかげで、リディアはもはや抵抗することなど忘れていた。

 自然と男の舌を受け入れて、自ら舌を絡ませていた。

 

「ん、ふ……」

 

(あれ? ちょっと楽になってきた)

 下腹部の鋭い痛みが、次第にじんわりとした鈍いものに変わっていく。

 

 やがて、秘所の奥に侵入して、リディアを貫いている男のモノから、どくりと脈動を感じた。

 やはり、男は相当我慢をしていた。

 リディアはそう気付いてしまい、ほんの少しだけ申し訳なさを感じてしまう。

 

 そして数分後、口付けから解放された頃には。

 痛みは何もせずとも耐えられるぐらいまで和らいでいた。

 

『楽になった?』

「さっきよりはだいぶ……これ、キスのおかげ?」

『気休め程度だけど、効果はあると言われてるね』

「じゃあ、最初からキスしたらよかったんじゃ……」

『きみに舌を噛みちぎられるかもしれないから、さすがに無理かな』

「……そうだよね」

 

 ひどい痛みに飲み込まれ、リディアは破瓜直後の記憶がほとんど残っていない。

 頭を左右に振りながら、痛いと叫んでいたことだけは、おぼろげながらも覚えている。

 

 いくら痛みを和らげさせたいと思っても、パニック中の相手と口付けする。

 それを想像したら、及び腰になってもおかしくない。

 

「他には何かないの?」

 

 一国を統べる王の身であるにもかかわらず、この男は雑学に詳しい。

 リディアもこの男からいろいろ教えてもらうことが多い。

 そんな男のことだから、知っているに違いない。

 口付け以上に効果が高い、痛みを和らげる方法を。

 

『聞きたい?』

「うん、試さないけど……」

 

 痛みをやり過ごしながら、リディアは返答を心待ちにしていた。

 

『簡単だよ。ぼくに身を任せたらいい』

「ええ……??」

 

 節くれだった男の手が、リディアの右手をやんわり包み込んで、すぐに離れた。

 

『っ、そろそろ……動くから……』

 

 余裕がなくなってきたのだろう。

 途切れがちに声をかけてきた男が、リディアの腰を力強くつかんできた。

 

 ずるりと楔がぎりぎりまで引き抜かれて、すぐに奥へ突き刺される。

 男の表現的に、中が『ぐちょぐちょ』のせいで潤滑がいいからだろうか?

 秘筒の中で何度も繰り返される、抽挿による痛みをあまり感じない。

 

『……まだ、痛い?』

「あ、あんまり……は、っ……あぁっ、激しっ……!」

 

 最初はゆるい速度だった抽挿が、次第に勢いを増していく。

 その間にも、綺麗だ、可愛い、好きだ……。

 男が吐息を挟みながら熱を帯びたような声で、リディアの耳元でささやいてくる。

 その声は快感に変わって背筋を通り過ぎると、熱として下腹部に溜まっていく。

 

『じゃあ、これは……?』

「え……? あぁっ! あぁああん! やだっ……! そこ、だめぇぇ!!」

 

 楔の先端が奥を攻めていたはずが、男が体勢を変えたようだ。

 急に膣壁の弱い箇所をこするように何度も何度も抉ってくる。

 

『だめじゃないよね?……身体は嘘がつけない』

「ち、違う……ふあ、っ、ああんっ、そんなこと……ない、っ……」

 

 深くてどろりとした快感が、リディアから甘い声を引き出す。

 加えて、秘筒の中がねじれを起こして楔をきゅうきゅう締め付けてしまう。

 

『リディア』

「……あぁ……はあっ、な……なに?」

『もう余計なこと考えない……ぼくに身を……』

「……はぁ、っ……こっち……いい……」

『ふふ、どうぞ……っ、いくらでも握りしめてて……』

 

 何の抵抗もなしにリディアが右手を差し出すと、男の手が受け止めてくれた。

 互いに指を絡ませ合って、きゅうと強く握りしめる。

 その瞬間、既に『男の手』にぐらついていたリディアは、完全にそれに堕ちてしまった。

 

 

『……たぶん……知らない……な……』

「あ、ぁっ……なに?……ぁあああ、あつい……!」

『……っ、今まで……どれだけ……こうしたかったか……っ!!』

「ふぁあぁっ!! ぁ、っ……ああっ!!」

 

 それまで以上に楔に奥を強く打ち付けられた勢いで、理性が粉々になった。

 

 肌と肌がぶつかる激しい音、男の荒々しい息遣い。

 自身が発する甘くはしたない、あえぎ声。

 未だ湧き出る蜜と熱い楔が絡み合う度に立つ、いかがわしい水音……。

 

 男に激しく揺さぶられて、何度も楔を打たれて、快感と言う名の熱に浮かされる。

 されるがままのリディアは、聴覚もみだらな音に支配されていた。

 そのせいで、男の言葉は聞き取れない。

 切なげな声だとかすかに感じ取るのがやっとだった。

 そんなことよりも、溜まった熱を解き放って欲しくてたまらない。

 

「……は、ぁっ……あ、ぁ、ああっ! あつい、ぁああん……も、う……!」

『っ、そろそろ……ぼくも、っ……先、イッて……リディア』

 

 最後に切羽詰まった声で、男に名を呼ばれた。

 その直後、秘筒の奥の奥へ熱い楔を勢い強く打ちつけられた。

 

「……は、あぁっ!! ぁ……ぅぁああっ!!」

 

 溜め込んだ熱は、風船が割れたかのように一気に弾けて絶頂を迎えた。

 快感へと姿を変えた熱は、全身を駆け巡り。身体が小刻みに痙攣する。

 熱が脳髄に到達するやいなや。リディアの意識や視界は黒から白へ彩りを変えた。

 

 ぜえはあ荒い息をついていると、右手から男の手がやや強引に離れていった。

 すぐさま、男がリディアの腰を両手でつかんで、何度も突き上げを繰り返す。

 

『く……っ!』

 

 やがて、男が短いうめき声を上げてから、自身のモノを秘筒から一気に引き抜いた。

 同時に、リディアは暗闇にふわふわ漂う意識の中。

 お腹の上に何か熱いものがかかったような感覚を味わった。

 

『……てる……リ……ィア……』

 

 どこかうっとりとした男の声と激しい息遣い。

 それが、2時間弱にも及んだ行為で、リディアが最後に得た情報であった。

 

§

 

 朦朧としていた意識は、時間経過と呼吸の落ち着きで徐々に鮮明さを取り戻していく。

 

「あれ……?」

 

 両の手のひらで、お腹を恐る恐るさすってみる。

 絶頂に達した直後、男の白液がお腹の上にかかった覚えがあるのにすべすべしている。

 まさか、何の痕跡もないと言うことは……。

(中に出されちゃったの!?)

 

『心配しなくていいよ』

「!?」

 

 少し離れたところから男の声と、かさかさ紙が潰れるような音が聞こえてきた。

 朦朧としている間に、男が懐紙か何かでぬぐい取ってくれたのだろうか。

 

『中には出してないから』

「……お腹、きれいにしてくれたの?」

『ざっと拭いただけだけどね』

「そ、そうなんだ……ありがとう……」

 

 男からの返事で、中出しされた疑惑は解消された。

 

(思ったより紳士的なんだ……)

 本来の男なら、『これで拭いとけ』と言いながら、タオルをぽい投げしてきそうなのに。

 まだ初恋の人を演じているのだろうか?

 

 男の足音と気配が近付いてきて、リディアははっと我に返る。

 手探りでシーツを探し当てて、身体を白い布でさっと覆い隠す。

 すると、男がリディアの頭を上から押さえるように優しく撫でてきた。

 

『おめでとう。これで完全に立派な女性になれたよ』

「……ちっとも嬉しくないよ」

『そうなの? お祝いにケーキでも』

「——1個じゃ全然足りないからっ!」

 

 人生で一度きりの初体験、処女を捧げてあげたのだから。

 今後1年間……いや、死ぬまで一日一甘味ごちそうして欲しいぐらいだ。

 

『わかってるよ。奮発して2個にしてあげる』

 

 くすくすと笑う男に手を引かれて、上半身を起こされた。

 

(また、いかにもセシルが言いそうなことを……)

 本来の男なら、思い切って1ホール奮発してやると言いそうなのに。

 未だ男が仮面を着けっぱなしでいることに、ものすごく嫌な予感がする。

 

「これで、もう気が済んだでしょ? だから」

『——いや、全然』

「まだ足りないの!?」

『あと2回は余裕かな。相性もよさそうだし、当分楽しませてもらうことにしたから』

「……何ですって!?」

『これからよろしくね。——喉乾いたでしょ? お茶淹れてくるよ』

「あ、ああ……まって……」

 

 リディアの呼びかけを無視して、男の気配が遠ざかっていく。

 すぐに扉の開け閉めの音が聞こえてきて、隣の台所(兼居間)に行ってしまった。

 その途端、ずっと張っていた気が緩み、疲労がどっと押し寄せてきた。

 ベッドの上で両膝を曲げて、顔を膝にくっつけると大きな息をつく。

 

「つかれたぁ……」

 

 予期すらしていなかった初めての経験で、身も心もくたくた。

 先ほど男と繋がった部分は、わずかながらも鈍い痛みを残したまま。

 腰を中心とした下半身も、まるで石のようにずっしりと重い。

 男が話したように、声を上げすぎたせいで喉もからからだ。

 

「あーあ……これから当分、エッジのおもちゃかぁ……」

 

 ……処女を奪われてしまったが、エッジを一方的に責めることは出来ない。

 条件をうかつに受け入れてしまったこちらも悪いから。

 

 ところが、1回限りだと思っていたら。

 この後、2回目が始まるわ。当分この関係が続くわ。

 あちらに都合のいいルールは、随時追加されてしまうわ……。

 こんなの、おもちゃ以外の何者でもない。

 

 遠くから、がちゃがちゃ何かがぶつかる物音が聞こえてきた。

 この家は、男にとって今いる寝室を除いて、勝手知ったるなんとやらなので別にいい。

 

(すごいな……最後までセシルになりきってた)

 男は最後の最後に、『愛してる、リディア』と口にしていた。

 前回と同じく、彼なりのお詫びで初恋の人としてささやいてくれたのかもしれない。

 

(でも……)

 左手でそっと、男の顔を傷付けてしまった右手の甲に触れる。

 男は強い力で、この手を何度も握りしめてくれた。

 まるで、『おまえは何も悪くない』と言われているみたいだった。

 

 本人には言わないけれど、ここだけの話。

 男の右手への接触は、初恋の人としてささやく愛の言葉よりも嬉しかった。

 

 ふとあることを思い立ち、目隠しをずらして一時的に視覚を取り戻す。

 さっとベッドから降りて、身体全体をシーツで覆い隠して出入り口へ向かった。

 扉を少し開いて、細長い隙間から隣の様子をのぞいてみる。

 

 男が腰に大きめのタオルを巻き付けて、こちらに背を向けたまま台所に向かっている。

 お湯が沸くのを待っているのだろう。

 他人の家の中を、全裸で歩き回るような男でなくてよかった。

 リディアがそう安堵したちょうどその時、男がふいにこちらを振り向いた。

 

「……っ!」

 

 男の顔が視界に入った瞬間。目に鋭い痛みが走り、息が出来なくなる。

 

(やっぱり治ってない!)

 慌てて扉を閉めると症状は治まった。

 すぐベッドに戻って、荒い息とくしゃくしゃのシーツを整える。

 目隠しをいじって視界を真っ暗に戻すと、その場で両足を腕で抱えた。

 

 もしかしたら、症状が緩和されているかもしれない。

 少し期待していたのに、何ひとつ変わっていなかった。

 自責の念が薄れたのは表面上だけ。心の奥底では自分は自分を許していないのだ。

 

(それでも進歩したと思わなきゃ……!)

 男の顔を見ただけでパニックに陥っていたはずが、つい先ほどヤッてしまったぐらいだ。

 顔さえ視界に入れなければ……たぶん、なんとかなる。

 

『リディアは、授業料の返済に勤しむ健気な奨学生だよ』

「ひゃあ!?」

 

 だるい身体をそのままに、今後の展望に頭を抱えていたリディア。

 突然男から声をかけられて、すっとんきょうな声と共に身体をびくりと震わせた。

 

(い、いつの間に戻ってきたの!?)

 くすくす笑う声と、ベッドがぎしりときしむ音が同時に耳に入ってきた。

 どうやら、男がベッドの縁に腰を掛けたと思われる。

 

『おもちゃだなんて、これっぽっちも思っていないよ』

「気配消したり、盗み聞きしたり……忍者ずるいからきらい」

『普通は扉の音で気付くと思うけど?」

「うっ」

『——はい、どうぞ』

 

 爪先に何かが当たって、ちりんと小さな音が響いた。

 お茶を差し出されたと気付いて、手探りで温かいカップを両手で抱えた。

 漂ってきた花の香りで、放置していたラベンダーティーだと気付く。

 

「ありがとう……」

『熱いけど大丈夫?』

「うん」

 

 夏の季節でも、この時間なら熱い飲み物も我慢出来る。

 一口すすってみると、すっきりとした口当たり。

 男との口付けの痕跡を綺麗さっぱり流してくれるようだ。

 

(これはいい消毒になるよ……)

 そう思いながら、二口三口お茶をすすっていた。

 ところが、男がお茶を飲んでいる気配が一向に感じられない。

 

「ねえ、飲まないの?」

『あの』

「どうしたの?」

『大変お疲れのところ申し訳ないのですが……ぜひ氷の魔法を』

 

 やけにへりくだった口調で、氷を要求されてしまった。

 いくら仮面をかぶっていても、中の人は男。

 丁寧語で言われても、茶化されているようにしか聞こえない。

 

「最初っから言ってくれたらいいのに。【……」

 

 リディアは詠唱を唱えて、指先から氷を数個出してあげた。

 ぼとぼととカップに氷が落ちる音と共に、小さな水飛沫が手にかかる。

 

『ありがとう。やっぱり夏は冷たい飲み物に限るよ』

「そうだね。——あたしも入れちゃお。【……」

 

 男に続いて、自分のカップにも、ぼたぼたと氷を入れて飲み干した。

 ひんやりとした液体が、火照った身体に浸透して気持ちがいい。

 氷を入れたことによって味が薄くなったが、全く気にならなかった。

 

 からっぽになったカップを渡すと、また男が隣の居間へと消えていった。

 

(お茶汲みも洗い物も、やれば出来るじゃない……)

 あれでも男はやんごとなきお方、至れり尽くせりの環境で育ってきた。

 だから、家事一般何ひとつ出来ない。

 リディアはそう思いこんで、男が自宅にやってくる度に、もてなしてばかりであった。

 それがどうだ。お茶汲みと洗い物を自ら買って出て、そつなくこなすとは。

 

§

 

 程なくして、ぎしりとベッドがきしむ音が聞こえてきた。

 男が戻ってきて、再びベッドの縁に腰掛けたのだろう。

 勝手にそう推測した。

 

『さっきから、ぼーっとしてるけど。考えごと?』

「うん……」

 

 男が仮面を外してから話を切り出そうと思っていたが、一向に外さない。

 2回目が始まるのも、時間の問題。

 ならば、今聞いてやろうと、リディアは小さく息を吸った。

 

「ひとつ聞いていい?」

『どうぞ?』

「……これからは、あたしを抱く時しかミストに来ないの?」

 

 以前のように男はミストを、この家を訪れてくれるのか。

 リディアは思い切って、ここ数日頭を悩ませていた最大重要案件を口にした。

 

 これでいい返事をもらえなければ、ただのやられ損だ。

 

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