※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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エッジ視点


未来の破片

 

 

 —— —— ——

『そんな変なルールで抱くなら、最初からエッジのままで抱けば済む話じゃない』

『セシルのふりして抱いて、エッジはそれで本当に気が済むの?』

 

 セシルに成りすましたのは

 リディアの弱味に付け込むという卑怯な手を使って

 身体を手に入れた自分への罰だ

 

 綺麗だ、可愛い、大好き、愛してる……

 

 リディアに面と向かって伝えられない言葉も

 セシルとしてなら、いくらでもささやくことが出来る

 言葉で伝えられない本音を

 セシルの声と仕草に混ぜ込んで届けたらいい

 

 それでもセシルの名を叫んで、喘ぐリディアの姿なんか見たくない

 だから、リディアいわく『変なルール』を設けて封じ込めてやった

 

 リディアは不満を露わにしていたが、何があろうと撤回しない

 

 何せリディアにとって、セシルは初恋の男

 どうせ6年前と同じように、ぎりぎりまで追い込まれたら

 セシルに抱かれている錯覚に陥るのだから……

 —— —— ——

 

「……これからは、あたしを抱く時しかミストに来ないの?」

 

 声と気配で大まかに位置取りしたのか。

 リディアがシーツをかぶったまま、四つん這いでそばに近付いてきた。

 

 6年前と違って、妙に馴れ馴れしいリディアにどこか調子が狂う。

 そう思っていたら、突然リディアが右腕を大きく振り上げた。

 

ばちん!

 

『っ!』

「もう! せっかく質問したのにだんまりってなによ!」

 

 リディアがエッジの右上腕部に思いっきり張り手を食らわしてきた。

 それも、何も身につけていない直肌へ。

 おまけに見えないおかげで、力加減一切無視。ものすごく痛い。

 

『ここに来るのは夜だけだよ』

「なんだ……」

 

 ようやく答えを返したが、さっきまでの威勢はどこへやら。

 リディアの表情が、まるで風船が萎んでいくかのように、みるみるうちに暗くなっていく。

 四つん這いから姿勢を正すと、両足を抱えこんで背を丸めてしまった。

 

『どうして落ち込むの? ぼくに会いたくないだろう?』

「抱かれるのはいや」

『そうだろう? 幻獣界への送り迎えだけは続けるから、それでいいじ』

「——ここに遊びに来なくなるのは、抱かれるよりも、もっといやなの」

『!?』

「ひとりで……晩ごはん食べなきゃ……」

 

(まさか、こいつ……)

 自分から許しを得るだけではなく、これからも通い婚ごっこを続けたい。

 そのために、こちらに都合のいい条件を飲んだのか?

 リディアも、あの日常を手放したくないと思っていたのか?

 

「でもね、晩ごはんは今よりもっと適当になっちゃうし、顔も見られない。これじゃ、一緒にいたってつまんないから、嫌がるのもわかるの……」

 

 リディアがベッドの上で両足を抱えながら、そうぽつりともらした。

 その姿はひどく寂しげで、今にも消えてしまいそうだ。

 

 リディアを心底大事に思い、彼女の幸せを優先する。

 それなら、身体の関係のみに留めて嫌われ役に徹しなければならない。

 こんな男に決してほだされぬよう、どう言い伏せたらいいだろう。

 リディアの姿は、そんな思案を巡らせていたエッジの胸を痛ませて、決意を揺るがせる。

 

(さっき、のぞき見してたのはそれか)

 台所でお茶の準備をしていたら、気配を感じた。

 振り返ってみれば、リディアがこちらをのぞいていた。

 扉を強く閉めてから、大きな足音を立てていたのも聞いている。

 結局、症状は何ひとつ緩和されていなかったのだろう。

 

「やっぱり、言うこと……聞かなきゃいけないんだよね」

 

 この先、『身体だけの関係』が始まる憂鬱さからか、リディアが首を垂れる。

 おそらく、彼女は他人と夕食を共にする機会がなくなることを恐れている……。

 

 —— —— ——

 幼少時に、唯一の血縁者である母エスタを亡くし、新しい家族は異世界に住む人外の者。

 帰郷後のリディアは直後を除いて、この家でひとりで暮らしている。

 

 エッジが不定期ながらも、彼女の自宅を頻繁に訪ねるようになってから、5年ほど経つ。

 その間に、リディアの意外な一面に気付くようになった。

 

 リディアは人当たりがよく社交的な女性、ミストでも友人が出来た。

 しかし、他人の家族の輪の中にだけは混ざろうとはしない。

 他人の家にお泊まりや、晩餐の誘いに応じない。

 それどころか、自ら行きたいとも口にしない。

 

 リディアが誘いを断る場面を、実際この目で何度も見たことがある。

 何度夕食に誘っても、やんわりと断られてしまう。

 リディアの友人が、エッジにそうこぼしたこともある。

 バロンを訪れてもよほどでないと、日が明るいうちにミストに帰っていく。

 ローザからも先日、そんな話を聞いたばかりだ。

 

 なぜ、リディアが他人との食事——もっぱら夕食——を避けているのか。

 エッジは、その理由に大方の見当がついていた。

 —— —— ——

 

(このままひとりにさせられねえ……!)

 リディアもだが、エッジも家族がいない。

 月に数度だけでも、ふたりで夕食をとる時間は貴重な機会だった。

 リディアがこれからも、その時間が欲しいと望んでいる。

 そうとわかれば、嫌われ役には徹し切れない。

 

『……長い付き合いだ』

「え」

『特別に、きみの言うこと聞いてあげる。さすがに日数は増やせないから、今までと一緒でいいよね』

 

 本音を嘘で塗り固めて、セシル特有の優しい声色で言葉を乗せて届けてあげた。

 

「……それ、ほんと?」

 

 リディアがゆるゆると顔を上げた。

 狐につままれたような顔で、ぽかんと声の方向——エッジを見ている。

 

『本当だよ。夕食はもともと期待していないから、気にしなくていい』

 

 エッジが何よりも重要視するのは、『リディアと食卓を囲む』ことだ。

 料理の味や出来映えなんか、どうでもいい。

 

 少し汗ばんだ翠髪を、セシルさながらに上から押さえるように何度も撫でてあげた。

 その度にリディアの暗い表情が、みるみるうちに明るさを取り戻し……。

 

「よかったあ……! それじゃあ、これからまたよろしくね」

 

 目元は覆われているが、リディアがほころぶような笑顔を見せてくれた。

 エッジは嬉しさがじわじわと込み上げてくる。

 同時にリディアへのよからぬ黒い思いが、わずかながら昇華されていくのを感じた。

 

『こちらこそ』

「お願いだからさっさと気が済んで、あたしを早く解放してね」

『ああ、努力するよ』

 

 やり口はさておき、リディアを喜ばせて、念願の笑顔を引き出すことも出来た。

 ここまで6年近く築き上げてきた関係は、決して無駄ではなかった。

 エッジは満足する一方で、こんな薄暗いことを考えていた。

 

(努力なんかするか。死んでも、気が済みそうにねえんだから……)

 ここまでの言動で、リディアが昼の関係しか望んでいないのがよくわかる。

 しかし、エッジは昼、夜どちらの関係も自ら手放す気はない。

 特に、セックス込みの夜の関係は、リディアに恋人が出来たとわかるまで続ける。

 

「だから、早いうちに薬草畑に連れてってね」

『……覚えてくれてたんだ』

「ずっと楽しみにしてたのに、自分だけ香水使ってずるいなあ。それ新商品でしょ?」

『あ……』

 

(しまった!)

 香水の残り香が、まだ残っていたなんて……。

 

 エブラーナ城には、薬草畑で開発された商品が消耗備品として置いてある。

 視覚を奪われた分、嗅覚が敏感になったからだろう。

 リディアが嗅ぎ取ったと思われる香水も消耗部品のひとつだ。

 

「あれ? 忍者は香水はつけないって前に言ってたよね?」

『……それは』

「しかも、男の人がラベンダーだもん。どういう風の吹き回し?」

 

 リディアが興味深々で質問責めしてくるが、エッジは即答出来ない。

 

 彼女の指摘通り、ラベンダー——薫衣草の香りはもっぱら女性向きだと言われている。

 しかも、嗅覚で位置や動きが悟られないように、忍者は香水の類を一切付けない。

 もちろん、エッジもそのひとりなのだが……。

 

 本日、脱走するために女装しました。そのついでに香水使ってみました。

 そんなこと、死んでも言えない!

 

 やはり、ここは一夜を明かした女に香りを移されたと嘘を言うべきか?

 言い訳を考えていたエッジをよそに、「あ、わかった!」と、リディアがぽんと手を打った。

 

「加齢臭だ!」

『ぼくはまだそんな歳じゃないっ!!』

「ええ? もう33歳でしょ? いつ始まってもおかしくないよ」

 

 あははと腹を抱えて、無邪気に笑うリディアを憎々しげににらむ。

 いくらリディアだからと言っても、年寄り扱いは聞き捨てならない。

 

 地雷を踏んだ罰だ。

 朝まで、快楽をその身に徹底的に叩き込んでやる。

 エッジはそう心に誓う一方で、リディアに気付かれぬように、含み笑いを浮かべた。

 

(こんなムードの欠片もねえ睦言交わすの、この世でオレたちぐらいだろ……)

 

 

——1時間後

 

 

「もうだめぇ……身体、動かない」

『……』

「これじゃあ続き、出来ないよ。だからもう終わ」

『——だめ』

 

 こちらを見上げながらしがみつくリディアを、じと目でにらんでやった。

 

(また仮病使いやがって……!)

 リディアは事あるごとに、眠い、だるい、腰が痛い、身体が痛い……。

 ありとあらゆる症状を訴えてくる。

 そのくせ、口だけはぺらぺらぺらぺら動く。おかしいだろう。

 

「うそつき! 『2回で』終わるって言ってたじゃない!」

『都合にいいように解釈しないでくれるかな? 「2回は」余裕だと言ったんだよ』

「うっ……」

『ぼくの言うこと、「なんでも聞く」んじゃなかった?』

「うう、っ……もう、最っ低!!」

 

ばちん!

 

『痛っ!』

 

(手ぇ出すなら、せめて拳で殴れよ!)

 リディアから、力加減無視の平手打ちを左胸に食らって、思わず声を上げてしまった。

 直肌は本当に痛い。

 

 それでも数時間前と打って変わって、リディアは文句を言いたい放題。

 やたら手も出るようになってきた。

 『昼の関係継続』の確約をもらえたからだろう。精神的に余裕が出てきたと見える。

 

 めそめそ泣くことを思えば、これぐらい強気の方がいい。

 むしろ、いつものリディアが戻ってきてくれて嬉しくて仕方がない。

 

「ただのつなぎに何回もさせるなんて、頭おかしいんじゃないの!?」

 

 大声で叫んでから、ぷいとそっぽを向いて頬を膨らませている。

 そんなリディアを眺めながらほくそ笑む。

 

(おまえのことになると頭おかしくなっちまうんだから、しょうがねえだろ……)

 むしろ、この自分がリディアのつなぎだというのに。

 妃や世継ぎを含めて、エブラーナが今後どう転んでもいいように。

 少しずつ国の在り方を変えている最中だというのに。

 リディアと出会って以来、女遊びも恋人探しもとっくに辞めたというのに。

 

『……ぼくがおかしいのは認める』

「ひゃあぁっ!?」

『でも、嘘つきには言われたくないな』

 

 リディアの両頬を両手でつかんで、半強制的にこちらを向かせてあげた。

 『大人の女性』らしからぬ叫び声を上げたリディアに、必死で笑いをこらえる。

 

 リディアが子供じみた表情や仕草を見せても、エッジにはいい女に見えてしまう。

 

『張り手を食らわせる元気があるんだ。身体が動かないなんて大嘘じゃないか』

「あ、っ……!」

『嘘を吐いた罰として……朝まで、可愛がってあげる』

「ひっ——!!」

 

 口は災いの元。

 これ以上余計なことを言わないように、口で塞いであげなければならない。

 エッジは、身勝手な大義名分を心の中で掲げてから。

 リディアに口付けを落とすと、彼女の口内に舌を潜り込ませたのであった。

 

 —— —— ——

 文句を散々口にしながらも

 魔法や召喚を一切使わず抵抗することもなく

 卑怯で愚かなオレに身体を明け渡してくれた

 おまえが愛しくてたまらない

 

 おまえの身体を手に入れる代償に

 オレはおまえに愛される資格を手放した

 心まではとって食いやしないから安心していいぜ

 

 その代わりっちゃあ何だが

 おまえにふさわしい野郎が現れる日まで

 おまえには擬似恋人としてオレに付き合ってもらう

 

 そんなことをしてでも

 オレは時間の許す限り、おまえのすぐそばにいてやりたいし

 おまえと身体の奥深くで繋がりたくて仕方がねえんだ

 —— —— ——

 

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