フェイクラバーズ 作:かえで
「おい、起きろ」
くらいくらい闇の中。
誰かが何やらぶつくさつぶやきながら、身体をがしがし揺らしてくる。
「起きろって!」
「……」
「ったく、どんだけ眠りゃ気が済むんだよ……」
(うるさいなあ……ほっといてちょうだい)
起こすなら、もっと優しくしていただきたい。
ぼんやりそう思っていたら、揺れが一層激しくなってきた。
やがて、視界に一筋の光が差し込んできた。
起こされてしまったと気付いて、とってもがっかりした。
「う……ん」
「よっ、やっと目ぇ覚めたか」
(セシルやギルバートは似合うけど……)
目が覚めたら、目の前に頻繁に自宅にやってくる、友人の男の顔があった。
今は絵本に出てくる、いかにも王子さまの衣装を着ている。
元王子さまで現国王さまだから、そういう衣装を着てもおかしくはない。
そう思いながらも、正直全然似合っていない。
しかも、その格好でも口布をするのはどうなのだろう?
「エッジ……? どうしてここにいるの?」
いつものように愛称で呼ぶと、男が眉を寄せて不満げな表情を見せた。
「誰だ、そいつ。おまえの恋人か?」
「違うよ!……え、エッジじゃないの?」
真っ先に恋人ではないと否定したが、問題はそこではない。
目の前の男が、自身が友人の男ではないとほのめかしたことだ。
格好は違うが、声も顔も全部、友人の男と同じなのに、おかしなことをいうものである。
「オレの名前は、エドワード。おまえは?」
「リディアだけど……」
「そっか、よろしくな。リディア」
(名前はいっしょなんだ)
別人か、はたまた記憶喪失か。
目を細めた王子さまから、「ほれ」と左手を差し出されて、そろそろと右手を添える。
その瞬間。ぐっと握られて、引っ張られて、やや強引に上体を起こしてくれた。
起き上がった拍子に部屋の内装が視界に入ってきて、きょろきょろ首を振る。
窓の向こうは、いばらが覆い尽くしていて陽光が遮られている。
床、天井、壁一面は全て石畳で構成された、暗く殺風景な部屋だ。
「ここ、どこ?」
「どこって、おまえの城ん中だよ」
「何言ってるの? あたし、お城に住んだことないよ」
「うっわ……! ぜんぶ忘れちまってんのかよ……!」
王子さまが頭を抱えて困惑している。
忘れるも何も、お城で暮らしたことは一度もない。
そう答えるしかないのだから、仕方がないではないか。
「忘れてないよ。あたしはミス」
「——おまえは、100年前からずっとここで眠ってたお姫さまだ」
「ひゃ、100年!?」
100年前に、王女は魔女に呪いをかけられてしまった。
いばらに囲まれながら、今しがたまで、延々と眠り続けていた。
当然ながら、その間に城の使用人や、両親——王様と女王様。
全員あの世に行ってしまったという。
「おい、話聞いてんのか?」
「はい……」
これは夢に違いない。真剣に聞くのもばかばかしいぐらいだ。
それでも、よく見れば今の服装はお姫さまのそれと同じだった。
リディアがドレスを着たのは、セシルとローザの結婚式以来だ。
王子さまの発言が本当なら、ここはある童話の世界なのだろうか?
「よし、とっととこっから逃げるぞ」
「ふぁあ!?」
身体を強引に抱えられて、気が付けば横抱きにされていた。
王子さまがリディアをお姫様抱っこしたまま、すたすた窓の方に向かう。
思いつきで行動するところも、お上品とは程遠い言葉遣いも本物そっくりだ。
(この話の終わりって、確か……)
「今からどうするの? あなたのお城に、あたしを連れて帰るの?」
「そのためにここに来たんだぞ? 連れて帰らねえでどうすんだ」
「そう……」
「嫌そうな顔しやがって、ひとりでここで暮らしてえのか?」
「いやよそんなの」
リディアは即座に拒否した。
ここの窓を覆う、いばらのまあ太いこと。
……取っ払うのも面倒だし、とげが刺さったらものすごく痛そう。
夢だろうが現実だろうが、こんな鬱屈としたところで暮らしたくない。
とりあえず、ここから脱出するために、王子さまを利用してやろう。
童話のエンディング通り、彼と結婚させられそうになったら、自力で逃げ出せばいい。
(なんだ、楽勝じゃない)
「そんじゃ、帰るとしますか」
リディアの小賢しい思惑に、王子さまは全く気付いていなさげ。
しめしめほくそ笑んでいると、王子さまが外に出るために窓枠に足をかけた。
その瞬間、彼の顔がぐにゃぐにゃと大きく歪んでいく。
「うそ……!?」
数秒後、王子さまが悪魔のような見た目をした魔物に変貌を遂げた。
そして、リディアの顔に近付いてきて、神経に障るような声でこうささやいてきたのだ。
『オレの城へなぁ……!』
「い、いやあああぁぁっ!!」