※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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オリキャラ視点


(幕間)とある夫婦のダイアローグ

 

 

 駆け足で自宅から去っていく、リディアの翠の後ろ髪が大きく揺れる。

 その度に髪で隠れていた背中が、ちらちらっと見える。

 リディアが新しい服に変えてから、その背中を拝むのは、これで2回目だ。

 

「うわぉ! やっぱり、後ろは布がない!」

 

 ミゼルは思わず感嘆の声を上げてしまった。

 

 髪が風に吹かれる。走って髪が揺れたらほぼ白い肌の背中を晒してしまう。

 にもかかわらず、公衆の面前を堂々と歩くリディアの度胸のよさよ……。

 

「おまえがリディアに堕ちてどうすんだよ」

「え? 嫉妬してるの? ぼくはジャンヌさんひとすじですよ?」

「よく言うよ。……全く、ストールで隠そうともしないんだから」

「ここのみんなもジャンヌさんといっしょのこと思ってるよ」

「からかってるだけじゃないか」

「面と向かって本人に言えない代わりだよ」

 

 妻のジャンヌは、見た目にそぐわず貞操観念がかなり高い女性だ。

 未だにリディアの身を案じ続けている。

 

 —— —— ——

 約2週間前の夜。

 新しい服を着て自宅に現れたリディアを見るなり、ジャンヌはそれはもう激怒した。

 日付が変わるまで、リディアと喧嘩のごとく言い争った。

 結果、リディア可愛さから渋々折れたけれど。

 

§

 

 それ以降、帰り道で会ったローレルをはじめに。

 ミストの住民はリディアをからかうようになった。

 

『エッジ様は喜んでただろ?』

『気合入れるために、その服にしたんでしょ? エッジ様、早く堕とさなきゃ』

『いやあ、それでも色気が足りんかもしれんぞ?』

 

 もっとも、住民の多くの本音は『水着みたいな服で、よく外を歩けるな……』だけれど。

 —— —— ——

 

「今から、またガキどもにからかわれちまうじゃないか」

「もういいじゃん。ぐちぐち言わない」

「家の中だぞ? 別にあいつに言ってる訳じゃなし」

「口に出すのが問題なんだよ。——きみは、アスラ様には勝てません」

 

 現実を改めて突きつけてあげたら、ジャンヌの表情にかげりが差した。

 

「っ、それとこれとは」

「——あんまりしつこいと、リディアさん幻獣界帰っちゃうかもしれないね」

「……!」

「ほら、中入ろう」

 

(帰らないと思うけど)

 未だ諦めきれない妻の肩を叩いて、中に入るように促した。

 

「いい加減あきらめなよ。もうあの子は、ミストだけのリディアさんじゃないんだから」

「……わかってんだけどねえ」

 

(未練たらたらだな……)

 ジャンヌが肩を落としながら居間のソファに座る。その姿は、普段とはほど遠い。

 7年前の火災で、いろいろなものが変わってしまった。

 いい加減に諦めたらいいのに、妻にはそれが出来ない。

 

 —— —— ——

 ジャンヌの数少ない泣き所は、亡き親友のエスタの娘リディアの存在だ。

 

 リディアは小さな頃から、ジャンヌを姉のように慕っている。

 しかし妻はエスタと同様、リディア好き好き病にかかっているため。

 姉と思われることに不満を持っている。

 

§

 

 火災の日に行方不明。もう死んでいるかもしれない。そう思っていたリディアが生きていた。

 ジャンヌはそれを知り、真っ先にこう考えた。

 地上にリディアが帰ってきたら養女にしよう、と。

 

 その数ヶ月後、待ちに待ったリディアがミストに帰郷。

 すっかり大人の女性に成長した彼女は、ジャンヌに嬉しそうにこう話した。

 

『幻獣王さまとアスラさまが、あたしの義理の両親になってくださったの!』

 

 その夜、妻は日付が変わるまでさめざめと泣いていた。

 たった1年足らず離れていた間に、リディアは変わってしまった、と。

 —— —— ——

 

 リディアが幻獣界に染まっている。

 そんな現実を目の当たりにする度に、ジャンヌはへこんでしまう。

 アスラお手製の新しい服装はその代表例とも言えよう。

 

「心配しなくても大丈夫だよ。あの子から、ずっとここで暮らすって言質もらった」

「……は? あいつ、怒っただろ?」

「ええ、それはもう」

「ばっかだなぁ、試すようなことして。信用されてないって怒るに決まってるじゃないか」

「まさか、6年もここに居続けてくれるとは思ってなくて……ちょっと怖くなったんだよ」

 

 —— —— ——

 ジャンヌほどではないが、ミゼルにとってもリディアは娘のような存在である。

 しかし、今は小さいながらも村の長にある。

 大なり小なり公的な立場にいる者は、私情をあからさまにしてはならない。

 そう思っているから、幻獣界に帰るな、ミストから出て行くな……。

 妻と違って、村長でいる間はリディアには本音を言わないようにしている。

 —— —— ——

 

 常日頃からそういうスタンスでいるものの、感情はそう簡単に割り切れるものではない。

 少しの不安といたずら心で、本日リディアから言質を引き出してみた。

 そうしたら、ミストの住民で居続けたいと言ってくれて、どれだけ嬉しかったか。

 

「いい人ぶってたばちが当たったんだよ。ざまあみろ」

 

 ジャンヌから、にやりと意地の悪い笑みを向けられて、思わずむっとする。

 

「きみはいいよね。お姉さんお姉さんって懐かれちゃって、まーまー、うらやましいったら」

「あたしは、それじゃ満足出来ないんだよ」

「まだ言ってるの? お姉さん以上は、もう無理だよ」

「はっ、諦めきれないから死ぬまでこのままだ」

「ジャンヌさぁん……」

「あいつは何も悪くない。こっちの感情が追いついてくれないんだよ……」

 

 その言葉通り、どこかに置き去りにされたのか。

 ジャンヌの表情から、感情がすっぽり抜け落ちているようにミゼルには見えた。

 

(あの人が、『時間が特効薬』って言ってたな……)

 エッジの言葉通り、妻のリディア好き好き病の完治までには相当時間がかかりそうだ。

 

「そういえばね。リディアさん、今日の記事読んでびっくりしてたよ」

「さっきの様子じゃ、ぶちギレてたようには見えなかったな」

「実名記事じゃなかったからね」

「そうなのか」

「普通の人でいるってずっと言い続けて……本当、欲がないというか」

「——甘いもんに全振りだ。いいことじゃないか」

「はは、それは言えてる」

 

 ミゼルとジャンヌは、リディアの親代わりにはなれなかった。

 けれど、生前彼女の母エスタがよくこう口にしていた。

 

『リディアには、出来るだけ普通の生き方をさせてあげたいの。ふたりには、それを手伝って欲しいのよ』

 

 普通の生き方は、亡き幼なじみの願いかつ、リディアの望みでもある。

 それを叶えてあげるための協力なら、いくらでも出来る。

 

「コーヒー飲む?」

「ああ」

「淹れてあげる。ちょっと待ってて」

「頼む」

 

 単に作り置きのコーヒーをグラスに注ぐだけだが……。

 ミゼルはつい最近から、火を使わないことについては自ら率先してやるようにしていた。

 

「しかし、あんな記事まで出してもらっちゃって。リディアさん、エドワードくんにますます頭上がんなくなっちゃったね」

「王様が、あいつの尻に自分から引かれに行ってんだろ」

「まあね」

「全く……夜な夜なリディアの家に通うなんて信じられないね」

「夜な夜な? 夜は、月に1回って聞い」

「——どっちでも変わんないよ!」

「っ!?」

「それさえなかったら、王様を信用できるのに……!」

 

 ジャンヌがそう言って頭を抱えてしまった。

 貞操観念が人並み以上に高いと、いろいろ気苦労が多いようだ。

 

 —— —— ——

 毎月毎月、月終わりの雨の夜。

 エッジがリディアの自宅を訪れて、一夜を明かしているらしい。

 ジャンヌからそんな話を聞いてはいたが、ミゼルは信じていなかった。

 

 ところが、あの夜。エッジ本人がこの自宅を訪ねてきた。

 本当だったとわかり、とても驚いた。

 なぜなら、リディアが恋情の目でエッジを見ていないのは、誰の目にも明らかだったから。

 —— —— ——

 

「こないだは看病してたでしょ? 夜にお邪魔しても、何もやってないかもしれないじゃないか」

 

 ジャンヌもミゼルも、あのふたりが毎月、月終わりの夜に何をやっているか知らない。

 ミゼルは興味はあるが、そこまで詮索する気はない。

 

「おまえも、そこらへんの男と一緒だね」

「え……?」

「やってようがやらなかろうが、遅い時間から付き合ってもいない男と女が、夜に一夜を過ごすのが問題なんだろ!?」

「そうですね……ジャンヌさんが正しいです」

 

 そこまで言うなら、面と向かってリディアに言えばいいのに。ジャンヌはなぜか言わない。

 怒鳴られるから、その理由は聞いていない。

 

「リディアさんは、いつ無償の愛に気付くかなー」

「気付いたところで、何も変わりゃしないよ」

「それ、いつもの勘?」

「違う」

「あ、そう……」

 

(よかった)

 ジャンヌの言葉が、あくまでも彼女の推測だとわかり、ほっとした。

 仮にジャンヌが『王様が、別の女と結婚式挙げた』みたいなことを言い出したら。

 勘という名のランダム予見……確実に別れが見えている。

 

「今日、エブラーナの城下町で、店回ってたらさ……」

 

 —— —— ——

 ジャンヌがお店巡りをしていると。

 お館様——民からエッジはそう呼ばれている——と、リディアの未来を案じる民の会話が聞こえてきた。

 

 それも一度二度だけではない。

 お館様は推しが弱い。プロポーズしろ。

 リディアが王妃になれば申し分ないのに、なぜいつまでも結婚しないのか。

 会話のほとんどが、ふたりの恋愛成就に期待を寄せるものだったという。

 —— —— ——

 

 ミゼルは、リディア並みにエブラーナに詳しいと自負している。

 しかし、あいにく現地を一度も訪れたことがない。

 ジャンヌの話から、エブラーナでもエッジの恋愛事情が筒抜けだと初めて知った。

 

「王様とくっついたら、王妃まっしぐらだ。あいつが普通を捨てられると思うか?」

「うん……無理だね……」

「たぶん王様は、それに気付いてるんだよ。で、下心隠して、ずーっとダチ面してんだ。 距離はなかなか縮まらないさ」

 

 エッジもリディアと同じだ。

 生まれながらにして、特別扱いされる人生の『台本』を与えられた者である。

 

 本人の努力や、周囲の協力など……。

 リディアはそういった条件付きだが、『台本』の書き換えが出来る。

 一方のエッジは、ほぼ『台本』に沿った人生を過ごさなければならない。

 将来の肩書きや使命はおろか、伴侶の女性も……。

 

(あの人は、エブラーナや民を捨てることが出来ないからな)

 エッジはいくらミストで庶民的に振舞っていても、一国の王であることに変わりはない。

 道理を重んじ、責任感が強い男性だから、『台本』を破り捨てることも出来ない。

 だから、リディアが普通の生き方を望めば望むほど、ふたりの距離は離れていくだろう。

 

「これからどうなるんだろうね……」

 

 ガラスのジャーに入ったコーヒーをグラスに慎重に注ぎながら、 思いを馳せる。

 

(あの人は『台本』から、もがいているように見えるんだよな)

 とうにエッジの気持ちを知っている上に、同い年だからか。

 おまけに、同性かつ集合体のトップ同士だからか。

 ミゼルは恋愛面のみ、リディアよりもエッジの肩をついつい持ってしまう。

 

「知らないよ。言ってるうちになんとかなるんじゃないのか?」

「またそれ言うの?」

「なるようにしかならないんだから、しょうがないじゃないか。考えたって無駄無駄」

「確かに、それは身に染みて思います。——はい、どーぞ」

「悪いね。【……」

「ちょっ!?」

 

 ジャンヌが以前、リディアに教えてもらったブリザドの応用魔法の詠唱を始めた。

 大粒の氷が、ぼちゃんぼちゃんとグラスに落ちていく。

 乱暴に入れたおかげで、机の上は黒い水しぶきが飛び散ってびしゃびしゃだ。

 

「あーあ、普段氷なんか入れないのに……」

「今日は暑いし、喉も乾いたからね」

「せめて、先に入れておきなよぉ……」

「さすがに、半日で2カ国は疲れたなあ」

 

 ジャンヌがそう言ってから、コーヒーを飲み始めた。

 机の上の惨状を意に介さない妻の自由っぷりに、眉をひそめながら台所へ布を取りにいく。

 

(リディアさんも、この人の影響受けちゃったからな……)

 そう思いながら、ソファに戻って机の上を拭きはじめる。

 神経質なミゼルは、ジャンヌのがさつさについていけない。

 もう1名もジャンヌとそっくりだから、身の置き所がない。

 

「あーあ、びしょ濡れの机で、よくコーヒーなんか飲め」

「——拭けば、なんとかなるだろ!」

「っ!」

「現におまえが、今こうやって拭いてるじゃないか!?」

「はいはい……」

 

 『なんとかなる』は、ジャンヌの口癖である。

 火傷で身も心もぼろぼろだったミゼルが、今こうしていられるのはその言葉のおかげ。

 妻の存在には本当に感謝している。よき伴侶を得てよかった。

 ……がさつさは、死んでも見習いたくないけれど。

 

「あのね、ジャンヌさん」

「なんだい」

「……ローレル、カイポに引っ越しちゃった」

「ああ、発着場で会った。あのばばあは、あいつに悪影響しかないから逃げて正解だ」

「だからさ。これからもローレルと連絡取りたいから、カイポ用の伝書鳩も育てようかなって思ってるんだ」

「何だって!?」

「これからも鳩のお世話、ふたりで一緒にがんばろうねっ」

「……!」

 

(あーあ、久しぶりに腹パンされちゃうな)

 優しく頼んだつもりなのに、なぜか妻が両拳をぷるぷる震わせている。

 それを見て、ミゼルは顔をひきつらせながら臨戦態勢で身構えたのであった。

 

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