※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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はじまりはいつも雨 ※

 

 

——4の月30日

 

 

 どしゃ降りの雨が、自宅の窓や外壁を叩きつけている。

 規則的で強い雨音に、甘さを含んだ甲高い声と荒い息が時折混ざり込む。

 

「あ、っ……や、やだそれ、っ……ふぁっ、あああぁんっ!」

 

 左胸の尖りを男の舌先で転がされていたはずが、突然ちゅうと音を立てながら吸われてしまった。

 

 反対側も痛さ一歩寸前までつままれ、くいくい引っ張られる。

 その度に、嬌声を上げながら腰をびくびく跳ね上がらせてしまう。

 

 2ヶ月ぶりに、男と身体を重ねている。

 その間に忘れていたはずの感覚は、男によってあっさり呼び起こされてしまった。

 正直なところ、最後にヤッた夜より感度がよろしくなっているかもしれない。

 ……恥ずかしくて、そんなこと男に言えない。

 

「はぁっ……お、お願い……いい加減、っ、なにかしゃべってよ……」

 

 肩で息をつきながら、途切れ途切れで男におねだりを試みる。

 

『っ……』

 

 男が胸の尖りを口に含ませながら、ふっと笑うような鼻息をもらす。

 すると、右胸をもみしだいていた左手が離れていく。

 続けて、リディアの右手をやさしく包み込むように触ってきた。

 リディアも指を動かして、互いの指を恋人同士のように絡ませ合う。

 

 —— —— ——

 男はリディアの身体をすみずみ奥深くまで、いやらしく触ったりいじったりしてくる。

 ところが、リディアの右手に触る時だけは、いつも紳士的だ。

 

 初恋の人の仮面というフィルターを通さないから、本来の男を感じ取れる。

 男が昨夏の事件を未だ気にしてくれているように思える。

 

 右手への接触は、不健全な夜の関係が始まってから、リディアに不満をもたらしたことがない。

 この時間の中で、数少ない健全なかつ癒やし要素になっていた。

 —— —— ——

 

「ええ! まだだめなのぉ!?」

 

 きゅきゅっと再び右手を握り返されて、即座に不満の声を上げる。

 

 2回連続の握りしめは、初恋の人風に言わせると、『ごめん。でも辞めない』の合図。

 男からの言葉なき拒否だと察したのは、本日このやりとりを既に5、6回ほど繰り返しているからだ。

 

 —— —— ——

 本日、男は自宅にやってきてから、リディアに一言も口を利いてくれない。

 いつものように、物言わぬまま目隠しをされてから、寝室に連れてこられた。

 そして、口付けを交わして、服を……無言の前戯が、かれこれ30分以上続いている。

 —— —— ——

 

 ただでさえ、リディアはだんまり陰鬱状態の男が大っ嫌い。

 今すぐしゃべって欲しくてたまらないのに。

 

「黙ったままじゃ怖いって、ずっと言ってるじゃない。わたし何も見えないんだよ?」

 

(罰ゲームだとしても長すぎるよ……)

 先月の末の夜、リディアが発熱してしまってヤレなかった。

 男はその日の恨みを晴らそうと、こんなくだらないことを思いついたに違いない。

 

「それにね。女の子は無言で抱かれても、ちっとも嬉しくないの。ずっと女の人と遊んでたんだから、それぐらい知ってるでしょ?」

 

 女の子とは言ったが、実はリディアの友人のことである。

 彼女の名誉を守るため、大まかな表現に留めて存在をぼやかした。

 

 —— —— ——

 彼女は夜の営みを行う度に、『出来る限り声を出さないでおこう』と伴侶から言われている。

 

 同居の家族——娘ふたりと伴侶の母親——に配慮したのだろうか?

 何にせよ、声を押し殺さなければならず、友人は営みに集中出来ない。

 伴侶もほぼ無言で、一体何を考えているかわからない。

 毎回あまり盛り上がらないまま終わってしまい、不満でたまらない。

 以前から、そんな愚痴をよくこぼしていた。

 —— —— ——

 

「しかも、今年に入ってから変なことばっかり……やっぱり、頭おかしいよ」

 

 この際だから言ってやろう。その勢いで、夜の関係での不満を口にした。

 しかし、男は何も答えず、左胸の尖りから口を離して胸全体を手のひらで撫で回している。

 

(『頭がおかしい』って、あまり言わない方がいいんだけど……)

 ひどいことを言った自覚はある。

 けれど、男も自らのことを頭がおかしいと話していたから、気にしないことにする。

 

「普通に……抱くだけで、いいのに……」

 

 最後に、ここ数ヶ月で身をもって得た教訓を小さな声でつぶやいた。

 

 —— —— ——

 年が明けてから、ただヤるだけでは物足りなくなったのか。

 男は変わった趣向を取り入れるようになった。

 おとなの小説を強制読み聞かせられるわ。

 男のモノを口に咥えさせられるわ、口移しでチョコレートを食べさせられるわ……。

 2の月の最後の夜は、とうとう両手首を縛られてしまった。

 —— —— ——

 

 おかしな趣向を男に試されているうちに。

 リディアはセックスも、『普通』がいいと気付かされてしまった。

 

『くっ……くく、っ……』

 

 男が身体を小刻みに震わせながら、押し殺したように笑いはじめた。

 さっきのつぶやきのどこに、笑いのツボがあったのだろう?

 

「ちょっと! どうして笑うの!?」

 

 理由を聞いても、笑いを止める気配が感じられない。

 

 こちらのせいで先月ヤレなかったのは事実だから、少しは我慢してあげよう。

 そう思って、ここまで目をつぶっていたけれど、もう我慢ならない。

 リディアは堪忍袋の緒が切れて、左手を天に向かって振り上げた。

 

「——笑ってないで何か言ってよっ!!」

『っ!!』

「ばかっ! 悪趣味っ! 変態っ!」

『ぅ、……』

 

 リディアは怒鳴りながら、男の背中に何度も張り手を食らわせてやった。

 びたんびたんと大きな音が立つぐらい、それはもう強く。

 

 —— —— ——

 気が付けば、不満や暴言の矛先はセックスの内容に変わっていた。

 セックスそのものが嫌で、ごねにごねていたリディアは、ここにはもういない。

 男が本気で、『気が済むまで』辞めないとわかり、白旗を上げたというべきか。

 夜の関係をすっかり受け入れてしまっていた。

 —— —— ——

 

『……!!』

「あっ……」

 

 背中を叩き終えてから、ほんの数秒後。

 男がまとっていた、初恋の人のごとく朗らかな気配が、突如鋭く冷たいものに変わった。

 

(ああ、忘れてた!)

 セックス中の張り手は、本当に痛いから辞めてくれ。

 かねてより、男からそう切に頼まれていたのに。

 

「ご、ごめん……ちょ、っとな……!? ふぁあぁっ!」

 

 身体が一瞬宙に浮いて、四つん這いの状態にされてしまった。

 

「はっ、ああん、っ……!」

 

 すぐに腰をつかまれて、秘筒に男のモノが侵入してくる。

 ここまでの前戯で十分濡れていたようで、身体の奥にまであっさり挿入を許してしまった。

 

(後ろから、生まれて初めて……)

 これでは、罰ゲームの追加と変わらない。

 うろたえるリディアをよそに、男が緩慢な動きで抽挿を始めた。

 身体の一番奥に楔がこつりと当たる度に、甘い熱が身体の中に溜まっていく。

 

「はぁっ、ああん、っ……ああ、っ……!」

 

(枕、どこ……?)

 手探りで、ベッドの上に置かれていたはずの枕を探し始める。

 10秒も経たずに、感触で探し当てたそれを顔のそばまで引きずる。

 すぐさま、ぼすんと音を立てながら顔を強く枕に押し付けた。

 

「……ふっ……ぅ、っ……!」

 

(よかった。これで声を上げてもそんなに響かない……)

 あえぎ声を布が吸いこんでくれるおかげで、くぐもった声に変わった。

 声を出さない訳でもないのから、ルール違反にもならない。

 

「ふぁ、っ……んっ……」

 

 男の楔が身体の奥とぶつかる度に、繋がった部分からくちゅくちゅとみだらな水音が立つ。

 それぐらい、リディアの身体は快感に浸ってしまっている。

 

(……今頃、身体は嘘つかないねって言われてたのかなぁ)

 どれだけ口で文句を言おうが、無言のまぐわいでも感じているのも男にバレている。

 

「……ぁぁっ!! ふぁ……ん、っ!!」

 

 しばらくの間、男は緩やかな抽挿を続けていた。

 それが突然、覆いかぶさるようにリディアの背後から抱きついてきて、胸をまさぐってくる。

 

『はぁ、っ……は……っ』

「や、っ……あっ……」

 

(な、なにこれ……!?)

 男が仮面を外したのか。突如、初恋の人が決して持ち得ない猛々しい気配をまとわせた。

 獣めいた息を吐きながら、リディアの耳を甘く噛んでくる。

 

 秘筒全体を堪能するかのように、身体の奥にゆっくりと楔を打ちつけてくる。

 その動きは、ねちっこい蛇そのもので、カエルのように喰べられてしまいそう。

 リディアはそんな恐怖を覚えながらも、こんな錯覚に陥りそうになる。

 もしかして……男は、この自分のことが好きなのではないか、と。

 

 生まれて初めて視覚以外の五感をもって、男の激しい劣情に充てられている。

 リディアはそんな状況に戸惑いながらも、くぐもった声をあげ続けていた。

 そうしたら、シーツを握りしめている右手の甲に男の手が触れてきた。

 

 身体の動きと相反して、男の手の感触はいつもと変わらない。

 揺れる感情が少し落ち着いてきた。

 シーツから手を離すと、手のひらを回転させて男と互いの指を絡ませ合う。

 

(これは……あめ……)

 あめと言う名の男のやさしさに、ついつい嬉しくなってしまう。

 2ヶ月前も、似たようなことがあった。

 

 —— —— ——

 両手を拘束されたままいたぶられ続けて、我慢出来ずに男へ文句を言い始めた。

 すると男はリディアの口の中に、何かを放り込んできた。

 味わってみたら、前月と同じ洋酒入りのチョコ……。

 —— —— ——

 

 リディアの怒りを瞬時に収めてくるぐらいには。

 この男は、あめとむちの使い分けがとても上手いのだ。

 

(エッジは、完全な悪人にはなれないや)

 自ら悪人を名乗って、夜の関係を姑息な手で結ばせたり。

 散々抱いたり、一風変わった趣向を取り入れたりする。

 一方で、リディアの不満や怒りを緩和させる対策を怠らない。

 

(早く話しかけてくれないかなあ……)

 ついでに、本来の男の声をうっかりもらしてくれたらいいのに。

 リディアはそんな期待を胸に抱えながら、快感に喘ぐ。

 そして、枕にみだらな声をこれでもかと吸い込ませるのであった。

 

(セシルじゃなくて……エッジがいい)

 

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