※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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おわりのはじまり

 

 

 たくさんの飾りで華やかに仕立て上げたお部屋の中で、ジングルベルを歌い終えると

 メリークリスマスの声を合図に、クラッカーをみんなで鳴らす

 お母さんが作ったごちそうと、いちごのホールケーキを、みんなでいっしょに食べる

 

 最後にサンタさんの代わりに、お父さんからプレゼント

 それがクリスマスのお約束

 毎年この時期になると、子どもたちがうれしそうな顔で、あたしに教えてくれる

 

 クリスマスは、子どもたちだけのものじゃない

 恋人たちにとっても、この日は愛を深めるにはもってこい

 いつもより高級なお酒をたしなみながら

 ごちそうを食べて、ケーキをふたりでつついて

 いちゃいちゃしながら一夜を過ごす

 

 この日に結婚を申し込む男の人も多いらしい

 いつもと違うムード、いつもと違う特別な日に

 プロポーズと一緒に指輪を渡されちゃったら、はいって答えちゃうものなのよ

 友だちがはにかみながら、実体験をあたしに話してくれたこともある

 

 そんな聖なる一夜も、家族や恋人がいないあたしにとって

 最初はバレンタインデーと同じで他人事だった

 

 それでも、月日が経つにつれて

 表向きは関係ないふりをして、実はほんの少しうらやましく思いながら

 準備に勤しむおとなたちや、浮き足立つ子どもや恋人たちを

 遠巻きにこっそり眺めるようになっていた

 

 毎年クリスマスの日は、友だちからおすそ分けしてもらった

 クリスマスならではのお菓子をつまみながら、普段と変わらない夜を過ごしていた

 

 転機が訪れたのは去年のクリスマス

 ただ、その日のことはあたしだけの秘密

 

 ……なぜかって?

 

 お相手は恋人でも家族でもないひとだし

 クリスマスと呼べるものは、その人が持ってきてくれた甘い甘いケーキだけ

 

 おまけに、その人と一晩どう過ごしたかなんて

 クリスマスを抜きにしても、とても他人に話せる内容じゃないから……

 

 

 ***

 

 

——11の月30日

 

 

 本日で、11の月が終わる。

 今夜もエッジは、セシルの仮面をかぶってリディアの自宅にやってきた。

 

 強い雨音を背景に、リディアたちは一度目の絶頂に達した。

 今は小休止とばかりに、エッジが淹れてくれたお茶を飲んでいる。

 

『今日で、年内最後だから』

「え」

『次は1の月。来年もよろしくね』

「……」

 

(今年は来ないの??)

 エッジから連絡事項を申し渡されたが、思ってもみない内容にリディアは呆然とする。

 

『それもらうよ』

「あ、うん……」

 

 エッジに呼びかけられて、手にしていた空っぽのカップを渡した。

 

 —— —— ——

 どこの国も、年の暮れと新年は特別な行事が多い。

 年末年始を挟んだ2週間、エッジは一度もミストに現れたことがない。

 

 昨年の夏から新たに始まった、エッジとの夜の関係は、毎月最後の日と決まっている。

 ただし、12の月の末日は多忙でミストに訪れることが出来ない。

 そんなエッジが代替日にあてたのは、クリスマスの夜だった。

 

 当時は、夜の関係が始まって間もない頃で、エッジに恋情のかけらもなかった。

 欲望に忠実過ぎないか? どれだけ飢えてるの?

 リディアはほとほと呆れながら、エッジにモノにされていた記憶がある。

 クリスマス要素は、エッジが持参してくれた甘い甘いケーキぐらいだった。

 —— —— ——

 

(セシルの演技していても、別によかったのに……)

 今は、人生初好きな人と過ごしたクリスマスの夜——記念日になっていた。

 去年がそんな感じだったから、今年もエッジと一緒に過ごせるだろう。

 そんな淡い期待を持っていたら、当のエッジによって消されてしまった。

 

「クリスマスも、お仕事……」

『エブラーナはクリスマスが浸透していないからね。あと、他にも年末行事がたくさん増えて……』

「これからもっと忙しくなっちゃうんだね」

『そうなんだよ。12の月は、ここに来れないと思う』

『……うん、わかった』

『ごめんね』

 

 エッジに頭を上から押さえるように一度撫ぜられる。

 すると、ぎしりとベッドがきしむ音を合図に、気配が遠ざかっていった。

 カップを片付けに、エッジが隣の台所兼居間へ行くのは、もはやお約束となっている。

 

 扉を開け閉めする音が聞こえたことで、リディアは寝室にひとり取り残された。

 すぐベッドに横たわって、手探りでシーツを探し当てると、口元まで白い布をかぶった。

 

「……しょうがないよね」

 

 鋭い聴覚を持つエッジに聞かれぬように。

 シーツに口を当てながら、小さな声でつぶやいた。

 

(12の月、まるっと来ないって言ってた……)

 クリスマスに来ないのもだが、1ヶ月もエッジと会えないのもつらい。

 けれど、毎年会えない2週間が、1カ月に伸びただけだと割り切るしかない。

 

 —— —— ——

 国王さまは悠々自適に暮らしている。

 世間ではそんなイメージを持たれがちだが、現実は違う。

 セシルやギルバート、ヤンは日々多忙を極めている。

 

 もちろん、エッジも国王さまとして国政を担っており、とても忙しい。

 それでも、多忙の合間を縫って何年にも渡って、ミストにやってきてくれている。

 —— —— ——

 

(やっぱり、嫌でも終わりはきちゃうんだ)

 何とも表現しがたいエッジとのお付き合いが終わる日が、いつか確実に訪れる。

 これまで漠然としていた終着点が急に鮮明に見えてきて、不安に襲われる。

 それをやり過ごそうと、身体の向きを変えてシーツを強く握りしめた。

 

 エッジが昼夜問わずミストを訪れる回数は、この先増えない。

 むしろ少しずつ減っていき、いつかなくなってしまう。

 いずれは、セシルのようにリディアの思い出の中の人として、懐かしむ存在に……。

 

『——どうしたの、急に大人しくなって』

「……っ!!」

 

 セシル特有の穏やかな声で呼びかけられて、身体をびくりと震わせた。

 

 あまりよろしくない未来に、憂鬱な気分に陥っていた。

 おかげで、エッジがいつの間にか戻ってきていたことに、全く気付かなかった。

 

『ぼくと当分会えないのが、そんなに寂しい?』

 

 ベッドがきしむ音が聞こえた後、長い髪を上から毛先まで何度も何度も撫でられる。

 エッジがベッドに腰を掛けて、リディアの乱れた髪を手ぐしで整えてくれているようだ。

 

「別に……」

 

 リディアはそっぽを向きながら、そっけなく答えることで強がってみせた。

 

(寂しいなんて言えないよ)

 年末年始を除いて、ほぼ毎週ミストに来てくれていたエッジが当分来なくなる。

 1ヶ月も会えないのは生まれて初めて。

 そんな長い空白期間に耐えられるのか、不安でたまらないけれど……。

 

 —— —— ——

 エッジのことは好きだ。

 しかし、思いは伝えていないし、この先も伝える予定はない。

 

 ないとは思うが、エッジから告白されても、本心を隠して断るつもりでいる。

 召喚士育成真っ只中のミストを捨てて、エッジの元に走る気はない。

 そもそも、一介の村娘が一国の王妃なんて身分不相応にも程がある。

 

 恋愛の進化形や最終形態——恋人や結婚に対する明確なビジョンが持てない。

 だから、エッジとの間に、これ以上の進展は考えられない。

 —— —— ——

 

 本音を明かそうものなら、エッジに恋情を持っている——告白するのと変わらない。

 だから、寂しいなんて口に出来ない。

 

『本当? ぼくは全部さぼりたいぐらいなんだけど』

「そんなこと、これっぽっちも思ってないくせに」

『そんなこと……』

「お仕事はしっかりやらなきゃだめだって、自分が一番よくわかってるはずだよ? みんなが困っちゃうし、ほっとけないでしょ?」

『……一本取られちゃったな』

 

 それでも、リディアが寂しさを表に出さずにいられるのには理由がある。

 

 —— —— ——

 エッジとの関係の変化、もしくは終焉を受け入れなければならない。

 リディアはずっと前から、そう覚悟している。

 

 そして、エッジに惹かれた一因でもある、彼の祖国愛も我慢出来る要因だった。

 見た目や話し方からは想像つかないけれど、国や民のために身を尽くす。

 そんな彼の姿が、リディアは好きだ。

 もし、エッジが1ヶ月の国務を全て放り出したら、途端に幻滅するだろう。

 —— —— ——

 

『それより、夜が問題だね』

「夜?」

『2ヶ月も空くけど、我慢出来る?』

「……出来るに決まってるじゃない」

『いや、待て……リディアなら自慰でやり過ごせるか』

「わっ、わたしより、自分の心配したら!?」

『その通り。気遣ってくれてありがとう』

 

(ああ、もう! また嘘ついちゃったよぉ!)

 絶対に自分で自分を慰めない。リディアにはそんな自信、全然ないくせに。

 エッジの方が慰め——性欲解消対策が必要と、無理くり矛先を逸らした。

 

 —— —— ——

 エッジは私財を投じてまで、男性を悦ばせる——おとなのお店に行くような男ではない。

 しかも、リディアと関係を築いている間は、他の女性と一夜を共にしないだろう。

 よって、彼が溜まった欲を解消するには、自慰しか方法がなさそうだ。

 —— —— ——

 

(でも、あのお札があれば……)

 エブラーナ秘伝忍術書には、結界術が記されてあった。

 それを使えば、誰にも見られず聞かれず入って来れずの、自分だけの空間が作れる。

 見えない護衛の視線も気にせず、自慰し放題だろう。

 

『そういえば、女性向けのおとなのお店がトロイアに出来たって話。知ってる?』

「前に新聞で読んだけど、それがどうかしたの?」

 

 —— —— ——

 トロイアで昨年、お金を払えば一晩女性と過ごせるお店が開店した。

 経営者は大繁盛にご満悦で、今度はその逆のお店を作ろうと考えた。

 そして先月、女性がお金を払って男性と一晩過ごせるお店がオープンしたばかり。

 

 リディアが、そのお店の存在を知っていたのは、他でもない新聞のおかげである。

 

『女性が堂々と店に入って行く訳がない。間違いなく失敗に終わる』

 

 世界初の試みを真っ向から否定する、そんな記事を読んだことがあったから。

 —— —— ——

 

 なぜ、今ここでその話題を出すのか。

 リディアが不思議に思っていると、エッジがこう言った。

 

『リディアも我慢ができないようなら、そのお店に行けばいいね』

「!!」

 

 聞き捨てならない言葉を耳にして、頭にかっと血が上る。

 

 エッジだから、自分は身体を許しているのに。

 時折うずいてしまう身体を、エッジをおかずにして慰めているだけなのに!

 

 さっと半身を起こすと、頭のそばに置かれているはずの枕を手探りで探す。

 すぐに枕を探し当てて、それを両手でぐっとつかんだ。

 

「——絶対行かないっ!」

 

ばしん!

 

 エッジがいる気配に向かって、力の限り枕を叩き付けてやった。

 

『っ、ちょっと、リディア……!』

「何よっ! あたしのことばかにしてっ!」

『冗談で言っただけ……痛っ!』

「うそつきっ! こんなので痛がる人じゃないでしょっ!」

 

 何度も何度も、エッジにばしばしばしっと枕を叩き続ける。

 

(冗談でも言わないで欲しかったよ!)

 感情が高ぶっているせいで、一人称が昔に戻ってしまったこと。

 シーツがめくれて、何も身につけていない上半身を晒していること。

 エッジなら余裕で避けられるはずなのに、叩かれるがままなこと。

 

 ……リディアは全く気付かないまま、無駄に体力を消耗し続けた。

 結果、ぜえはあ息をつきながら、最後にエッジがいると思われる方向に枕をぶん投げる。

 

「ばか! もう、最っ低!」

 

(エッジにしか抱かれたくないのに、誰がそんなお店に行くもんですか!!)

 捨て台詞を吐くと、勢いよくシーツを頭までかぶった。

 何も見えないので、枕がエッジに直撃したかどうかはわからない。

 

『また、「かたつむり」か……』

「いいのっ! ほっといてよっ!」

 

 —— —— ——

 『かたつむり』とは、リディアがセックス中に時折見せる、癖のようなものである。

 見た目が殻の中に引きこもる虫とそっくりだからと、エッジが勝手に命名した。

 エッジの冗談を本気と捉えたり、いたずらやおちょくりをされたり。

 頭に血が上ったりした時に、エッジを徹底的に拒否する意思表示のポーズだった。

 —— —— ——

 

『しょうがないなあ』

「きゃっ!」

 

 身体全体に重みがのしかかり、思わず声を上げてしまった。

 エッジが『かたつむり』中のリディアの身体に覆いかぶさってきたようだ。

 

(誰が殻から出てやるもんですか!)

 エッジに負けないとばかりに、白い布を強く両手で握りしめたものの……。

 

「ちょ、ちょっと、重い……っ」

 

 だんだん上からの重みが増してきて、苦しくなってくる。

 ただ乗っかっているだけでなく、上からわざと圧を掛けているらしい。

 

『リディアは、「立派な女性」でしょ?』

「……ぅ、っ!」

『子どもじみた真似は似合わないよ』

 

 『立派な女性』……リディアの泣き所でもある言葉に、思わず身体を震わせた。

 

 —— —— ——

 リディアも本当はわかっているのだ。

 エッジの指摘通り、『かたつむり』は、駄々っ子のようにすねている現れでもある。

 

 よく考えたら『そんな店、高くてわたしには無理だよ』と軽い冗談で返せばいいだけ。

 もし冗談を冗談で返していたら、頭に血が上ることもなかった。

 無駄に体力を消耗することもなかっただろう。

 

 しかし、からかいや冗談を本気にする癖は、持って生まれた性格のひとつだからか。

 一向に治りそうにないのだから、仕方がないではないか。

 —— —— ——

 

 既にリディアは、からかいや冗談を真に受ける癖を治す努力をやめていた。

 そもそも、自分を怒らせるような冗談を、エッジが言わなければよかったのだ。

 

「何よ……!」

『ん?』

「『かたつむり』にさせたの、誰のせいだと思って……」

『——はい。殻破れたり』

 

べりっ

 

「あっ!?」

 

 エッジに白いシーツを強引にはがされてしまった。

 両手の力がゆるんだ隙を狙われていたようだ。

 

 どうせ今、この男はにやにやしているに違いない。

 そして、次に仕掛けてくるとしたら……口付けしかない。

 

『それはだめ』

 

 唇を強く噛んで防御に出ると、エッジが両手で頬を挟み込んできた。

 

「っ……うう、っ……」

 

 エッジが攻めとばかりに、時折熱い息をもらしながら。

 真一文字に結んだリディアの口を、自身の口や舌で何度も左右に舐めてくる。

 早く口を開けろ、口付けさせろとばかりに、それはそれはもうねちっこく。

 

「……ぅ、っ……ふぁあっ!?」

 

 しばらく必死で耐えていたが、ついに声を上げてしまった。

 エッジが無防備だった胸の尖りを突然きゅうとつかんできたのだ。

 しかも、矢継ぎ早に舌を口内に滑り込ませてきて、リディアもそれを許してしまった。

 

「……ん……!」

 

 エッジの舌が口内でうごめき、歯茎まで舐められてしまう。

 とどめとばかりに、舌を絡め取られてしまい、身体から一気に力が抜けていく。

 

「は、あんっ……」

 

(弱い! 弱すぎる……!)

 甘い声が出てしまえば、完全に堕ちたも同然である。

 『かたつむり』で抵抗しても、結局いつもこれだ。

 見えない上に非力、おまけに相手は好きな人。

 夜の関係では、エッジに全くかなわない……。

 

「……はあ、っ……もうっ! これでわたしが許すと思ってるの!?」

 

 エッジの口から解放されたが、リディアの両頬には手を添えられたまま。

 

『思ってる。リディアは好きモノだから』

「っ、違う違う! 全っ然、違うったらぁ!!」

 

 必死で否定しているのに、くすくすと笑い声が聞こえてくる。

 

 エッジは全く信じていないようだが、リディアは決して好きモノではない。

 ぎりぎり妥協して、やっと『エッジ限定の好きモノ』になるかならないかだ。

 

『また逆のこと。少しは素直になったら?』

「……ちがうもん」

『あ、それからもうひとつ。——今日は朝まで』

「う、うそでしょ……!?」

『2ヶ月分貯めなきゃいけないでしょ? だから、今夜はがんばろうね』

「……っ!!」

 

 今度は両腕をがちりとつかまれて、正攻法で唇を奪われてしまった。

 

(あたしのばか……どうしてこんな人、好きになっちゃったの!?)

 やっぱり、エッジはただヤリたいだけ。最低な男かもしれない。

 心の中で、男の見る目のない自分を愚かだと罵るも。

 本来の姿から到底想像もつかない、甘い甘い口付けを与え続けられたら。

 そんなこと、どうでもよくなってしまう。

 

 エッジと昼夜問わずの関係の終わりが見えてしまった。

 だから、今のうちに惜しみなく、甘い蜜を吸っておいた方がいいかもしれない。

 リディアはそう考えて、自身の舌をエッジのそれと積極的に絡ませようとするのだった。

 

(それでも朝までなんて出来っこないよ……)

 

.

 

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