※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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エッジ視点


Missing

 

 

 12の月は忙しい?

 そんなの真っ赤な嘘に決まってるだろ

 

 おまえがミストに戻ってきてから

 オレはずっとおまえの日常に紛れ込んでた

 けど、これからおまえは『オレ』がいない日常に

 少しずつ慣れていかねえとだめなんだ

 

 ただしオレの日常からは『おまえ』は絶対に消さない

 おまえにいい男が出来て、見向きもされなくなっても

 三下り半を突きつけられて、もう会わないと言われても

 

 おまえのいない日常や人生なんか死んだも同然

 考えただけで気が狂いそうだ

 

 だからオレは、おまえの知らないところで

 おまえと繋がり続ける

 

 嘘まみれの事前予告の翌日から、12の月が始まった

 もちろん『オレ』は、一度もミストに現れなかった

 ……表向きは

 

 おまえもミストの誰も気付いちゃいねえが

 オレは『隠れみの術』を使って

 数日おきにおまえの様子をこっそり見にきていた

 

 オレがいない日常に加えて、ひとりで過ごすクリスマスも

 憂鬱さに拍車を掛けているのか

 ミストに来ると、おまえはいつも肩を落として外を歩いていた

 家の外から感じる、慣れ親しんだおまえの気配からも明るさが少しずつ消えていく

 

 周りから元気ないね、寂しいんでしょ

 そう声をかけられると

 おまえは背筋をぴんと伸ばしてそんなことないよと笑う

 そんな姿を見て、オレは胸を痛ませた

 そうさせてるのは身勝手極まりない、このオレだというのに

 

 それでも

 

 これはおまえが幸せになるために必要な経験だ

 おまえなら寂しさを乗り越えて、オレ以上のいい男と一生を共にして

 自分の血を引く子どもをなすことが出来る

 幸せな生をつかみ取ることが絶対出来る

 

 オレは自分自身にそう言い聞かせながら

 姿を見せたい衝動を我慢し続けたが、いい加減耐えられなくなってきた

 

 今日はクリスマスと呼ばれる異国の催し

 会う理由を考えなくて済む

 

 今月のお詫びとして、おまえの大好きなものを届けるために

 おまえの顔をそばで見たくて

 声が聞きたくて

 直接言葉を交わしたくて

 今日もオレは城を飛び出して——

 

 

 ***

 

 

 ひとりの男が、ミストのある家屋の外壁にもたれながら。

 寒さで手がかじかまないように、両腕を組みながら両手を脇に挟んで座っている。

 

『……寒っむ』

 

 地声と程遠いお上品な声でつぶやきながら、男が身体をぶるっと震わせる。

 両手以外は何かしら覆われているが、やはり寒いものは寒い。

 

 ミストと同様、エブラーナの城周辺も全く雪は降らない。

 月終わりでなければ、ミストの空は雲ひとつない青空のはずなのに。

 明るいうちからどんよりとした雲に覆われていたのは、降雪の予兆だったようだ。

 

 男は、フードがついた黒いロングコートを羽織っている。ズボン——たったか袴も靴もみんな黒。

 白い狐面をつけている以外、全身真っ黒黒である。

 

 黒色は、夜の暗闇に同化する。

 気配を消して、大声さえ出さなければ『隠れみの術』を使わなくて済む。

 暑い季節だと拷問でしかないが、今の季節は防寒にもってこい。

 

§

 

 クリスマス——聖なる夜にもかかわらず。

 ミストに現れたエブラーナのお城勤、『ツクヨミ』は架空の人物である。

 その『ツクヨミ』を演じているのは、今ここに座っているエブラーナ国王。

 ……エドワード・ジェラルダイン、その人であった。

 

 花火大会の日、ミストに現れた『ツクヨミ』はダミー、いわゆる偽物。

 『ツクヨミ』の真の正体に誰も気付かぬように、部下に演じさせていた。

 

 —— —— ——

 夕方、エブラーナ城を飛び出して、まず立ち寄ったのはトロイアだ。

 そこで購入した焼き菓子——ケーキの箱を抱えながら、ミストにやってきた。

 そしてリディアの自宅裏で息を潜め続けていたら、空から雪が降ってきた。

 

 みるみるうちに積もっていくのを眺めながら、1時間ぐらい経ってから。

 やっとこさ、来客——リディアが兄姉のように慕う知人夫婦が帰っていった。

 ひとりになったのを見計らって、自宅の扉を叩いてリディアにケーキの箱を直接手渡した。

 ただし、エッジではなくて『ツクヨミ』として。

 —— —— ——

 

 そんなせせこましい小細工をしてまで、エッジはリディアに会いにきたのだ。

 現在はリディアの自宅の外で座り込み、脳内ひとり反省会の真っ只中である。

 

 —— —— ——

 

『村長さん、言ってましたよ。片付けの時、ツクヨミさん泣いてたって』

 

 先ほど、リディアがそう話してくれたが、こちとら寝耳に水の話。

 思わずしかめっ面を浮かべてしまった。

 お面をかぶっていたので、表情を見られずに済んだけれど。

 

 夏、いわばダミーの『ツクヨミ』と整合性を保つために。

 リディアにどう答えたらいいのか、どれだけ頭を悩ませたことか。

 

(ザンゲツの野郎……! 覚えとけよ!)

 空気を読んで上手く振る舞うだろう。

 そう思って、奮発してギル札2枚を前払いしてやったのに。

 あの中年の部下は、『黙って仕事しろ』では足りなかったらしい。

 

 彼には、あと数回『ツクヨミ』を演じてもらわねばならない。

 お館様に手間を掛けさせた罰として、来年から報酬を1枚に減らすことに決めた。

 

 ついでに、今度からは愚痴をこぼすな、泣くな。

 お館様を大尊敬する、謙虚でくそ真面目な若い忍者を演じろ。

 住民、特にリディアと極力接触するな……などなど。

 あれこれ口を酸っぱくして言っておかねばならない。

 —— —— ——

 

 ひとり反省会を終えて、空を見上げてみた。

 暗いねずみ色の空から氷の粒が次々と重力に従って落ちてくる。

 時間を追うにつれて、漆黒の林や地面にこの家の屋根を白く染め上げていく。

 その様を眺めながら、エッジはがらにもないことを思う。

 

 雪が積もる前の地面が、どうしても思い出したくない記憶なら。

 それらを思い出させぬように、降り注ぐ雪が真っ白に上書きしてくれているのだと。

 

(よかったな、リディア)

 リディアから『エッジ』へ、伝言を届けるように依頼された。

 もちろん、すぐに意味を察することが出来た。

 刃物類を持つことで生じていた、右手の震えが消えたということだ。

 

 —— —— ——

 人の肉——エッジの顔を斬った生々しい感触。

 約1年半前、リディアの右手にそれが植え付けられてしまった。

 

 現在の医療事情では、心の傷は時間でないと寛解や解消は出来ない。

 傷を抱えながら死んでしまう者も多い。

 

 それでもリディアなら時間を掛ければ、心の傷を解消出来る。

 エッジはそう信じていたが、治るのに早いに越したことはない。

 

 事件に巻き込み、心の傷を負わせた罪を償うために、他の強い感触や記憶で上書きしたり。

 一見、刃物には見えない子ども包丁を代用するよう勧めたりして策を講じた。

 その結果、たった1年半で解消出来たなら言うことはない。

 —— —— ——

 

 あの伝言は、リディアからのクリスマスプレゼント。

 エッジにはそう思えて、嬉しくてたまらない。

 

 ふと、脇に差していた左手を離すと、手のひらを見つめる。

 そこには傷がついて血がにじんでいる。

 

(大して血ィ出てねえな)

 伝言を受け取った瞬間、あまりの嬉しさにリディアを抱きしめたくなった。

 その衝動を抑えようと拳を握りしめていたら、手のひらに爪が食い込んで傷が付いていた。

 もしあの場で血が滴り落ちていたら、リディアに怪しまれていたかもしれない。

 

 再び左手を脇に戻してから、身体をぶるると振って頭や肩に積もっていた雪を振り払う。

 すると、室内からかりかりとペンで字を書くような音が耳に届いた。

 

(日記でもつけ始めたのか……にしては、時間長げえな)

 ちょっと前から、時折そんな音がエッジの耳に入ってくる。

 リディアが寝室兼書斎で書机に向かって、何かを書いていると思われる。

 

 この1ヶ月近くの間、リディアは気配にかげりのようなものを漂わせていた。

 けれど、本日ここを訪れた時からそれが一切感じられない。

 

 もう少し、そんなリディアの近くで気配を感じていたくて。

 祖国に帰るふりをして、再びリディアの自宅裏に舞い戻ってきた。

 外壁にへばりつくように座り込んでから、かれこれ30分は経っただろうか?

 

(終わったか?)

 壁の向こう側から聞こえていた、物書きの音が途絶えた。

 それでも、リディアの気配は同じ場所に留まっている。

 まさか、机に突っ伏して寝てしまったのだろうか?

 

「はぁ……しあわせぇ……」

 

(そこでなんか食ってんのかよ)

 セックス中でもあまり聞かない、うっとりとしたリディアの声。

 こんな声を出す理由は、たったひとつしか思い当たらない……甘い物だ。

 もしかして、渡したばかりのケーキをもう口にしているのだろうか? 

 

「うそ、もうなくなっちゃった……! おかわりしようかな」

 

 おかわりという言葉を耳にして、エッジはぎくりとした。

 

(そんなに肥えたいのか!)

 さっと後ろを振り返るも、エッジには止められない。

 なぜなら、リディアはエッジがここにいることを知らないから。

 

 もし気付かれたら、偏執狂とみなされるわ。『ツクヨミ』の正体もバレてしまうわ……。

 この夏に立てた計画が、何もかもおじゃんになってしまう。

 

「……やっぱり、後にしとこう」

 

 リディアがそうつぶやいてから、がたがた椅子が動く音が聞こえてきた。

 それに続いて。

 

「だって、クリスマスだしー♩」

 

 ……自作と思われる謎歌の後に、扉が閉まる音。

 リディアの気配が、部屋から方角的に浴室の方へとぐんぐん遠ざかっていく。

 

 約1年前に、世界に先駆けてミストの各家庭に風呂が設置された。

 今ではミストのどこの家庭も薪を焚べて、時間を掛けてお湯を沸かす。

 そんな中、リディアは密かにお湯を即座に出せる魔法を考案。

 そのため、あらかじめ風呂の準備をする必要がない。

 

「いい加減帰るか……」

 

 あの調子では、1時間は戻ってこないだろう。

 最後に歌まで披露してくれたぐらい、ご機嫌なリディアを確認出来たことだ。

 どうせこの後ケーキをおかわりするだろうが、明日以降本人なりに食事調整するだろう。

 

 エッジはおもむろに立ち上がり、両腕を組みながらリディアの自宅から離れた。

 

§

 

 白い大地をさくりさくりと踏みしめながら、発着場へと向かう。

 自宅でクリスマスの宴を開いて、騒いでいるのだろう。

 今の時間、この自分以外ミストで外を出歩く者は、誰もいない。

 

 空から次々に舞い降りてくる、氷の粒を右手をかざして受け止めてみた。

 しかし、手の温度によって、粒は一瞬で水滴へ形を変えてしまった。

 

 氷の粒——雪は、落ちた先がまずければ一瞬で溶けてしまう。

 例え積雪として形に残っても、陽の光や春の季節が遅かれ早かれ存在を消してしまう。

 コートの端で手をこすり、水滴に形を変えた雪の残骸を消し去るとまた両腕を組み直す。

 

 人の記憶や過去に起こった出来事も、今こうして空から降り注ぐ雪のように。

 内容を上書きか、出来事そのものを消去……どちらか出来ればいいのに。

 

 —— —— ——

 エミールに誘拐されなければ、リディアが心の傷を抱えることもなかった。

 

 例え王妃として迎えることができなくとも。

 リディアが恋愛のそれで、エッジのことを見ていなくても。

 リディアさえ望めば、生を終えるまで健全な友人として交流を続けられたかもしれない。

 もしかしたら奇跡的に、リディアと結ばれる未来もあったかもしれない。

 —— —— ——

 

(あいつのことになると、てんでだめだな……)

 過去を悔いて、たらればの仮定を考えるなんて、らしくない。

 自らにそう呆れるも、もはやこれは心の癖となっている。

 呆れるのを諦めろとばかりに、首を大きく左右に振った。

 

 過去の消去や改変は不可能。

 この世界だけでなく、おそらく宇宙の摂理でもあるそれに何者も逆らえない。

 それがわかっていたから、両親との永遠の別れや祖国滅亡の危機を迎えた時。

 悲しみや怒り、憎しみに震えて、後悔しながらも、現実を受け入れてから。

 前を向いて、ここまでなんとかやってきた。

 

 そんな経験から得た、気付きや確固たる信念は。

 なぜか、リディアのことになると砂上の楼閣と化してしまう。

 あわよくば、この2年ほどの互いの記憶を消せないか。

 ……なんて、無謀なことまで考えてしまう。

 

(あれがなかったら、あんなことしなかったのに)

 カルミネの事件の直後、卑怯な手を使いリディアを穢した。

 おまけに身体の関係を続けるよう、強要させて今に至る。

 

 リディアが昼の関係を切らしたくなくて、夜の関係を嫌々受容するとは思わなかった。

 しかも、月を追うごとにリディアが嫌々に見えない反応を見せることが増えていく。

 エッジはいずれ、リディアを手放すつもりでいたのに。

 リディアさえよければ、ずっとこのままでもいいかもしれない……。

 そう思い始めた矢先、エブラーナ城にエミールの助手の遺体が運ばれてきた。

 

 エミールの真意を探るために記憶透視術を使い、女の記憶をのぞいてみた。

 真意は大方把握出来たが、知りたくなかったものまで見てしまった。

 そのことは、あの雨の夜、リディアたちには一切話していない。

 

 —— —— ——

 リディアのそばに、オレみたいな奴がいちゃだめだ。

 オレはリディアと共に生きて行く資格はない。

 『エッジ』では、あいつに幸せな人生を送らせてやることが出来ない。

 あいつの日常から、『エッジ』を少しずつ消して行かないと。

 あいつの前から、完全に姿を消さないと……。

 —— —— ——

 

(……なんて、オレに改めて決意持たせやがって)

 女の記憶は、今でも容易に思い出せる。

 特に、エミールが勝ち誇ったような顔でこちら——助手の女に向かって話す場面を。

 あんなもの、見なければよかった。

 

「くくっ……」

 

 エッジは歩きながら、突然上体を丸めた。

 そして、身体を小刻みに震わせながら本来の声で笑い始めた。

 

「っ……はははははっ……」

 

 自らを嘲笑い続けるも、生気は全くない。

 

(雨だけだと思ってたら、雪もかよ!)

 『ツクヨミ』として、リディアと話していたら、ふいにいたずら心が湧いてきた。

 少しリディアを驚かせてやろう。

 そう思って、『エッジ』の声で、冗談を口にしようとしたが、全く声を出せなかった。

 まさか、雪夜でもこうなるとは思わなかった。

 

 —— —— ——

 リディアと夜の関係を始めて、しばらく経ってから、エッジはあることに気付いた。

 それは、ある条件に合致すると、本来の声や自分が出せなくなることであった。

 

 条件は、ミストでの雨夜かつリディアの前という、ごくごく限られたものだった。

 これはリディアを穢したことで、無意識で自分自身に課した罰だろう。

 エッジはそう考えて放置したまま、リディアとの関係を続けていた。

 

 ところが、エブラーナ城で記憶透視術を使い、エミールの助手の記憶をのぞいた直後。

 エッジはその代償で、高熱を出して倒れてしまった。

 

 目が覚めると、衝立1枚を隔てた向こう側から、リディアに声をかけられた。

 返事をしたが、すぐに言葉を切った。

 なぜなら、自分の声がミストの雨夜と同じ、セシルのそれだったから……。

 

 その直後、外から聞こえる雨音を耳にして気付いた。

 この日は、朝からエブラーナはずっと雨。

 どこの場所でもリディアの前では、雨夜だとセシルの声になってしまうのだと。

 

 その場では機転を利かせて、以前リディアに朗読した小説の登場人物の声でごまかした。

 だから、今もリディアは何も知らない。

 —— —— ——

 

 自分という人間は、リディアのことになると知らぬ間に内罰的になるらしい。

 それも、異常なほど。

 おそらく、彼女を愛しすぎるせいだと思うが、厳しすぎやしないだろうか?

 

 近い将来、リディアの前では晴れだろうが昼だろうが……。

 四六時中、自分の声を出せなくなってしまうのではないだろうか?

 ただでさえ、リディアはエッジの顔を見ることが出来ないというのに……。

 

がさり

 

 突然、紙袋が大きく潰れるような音が懐から聞こえてきた。

 エッジは我に返ると笑いを止めて、その場に立ち止まる。

 そして、コートの胸部分の留め具を外して懐の中をのぞき込む。

 

 視線の先には、リディアから手渡された配達のお礼のお菓子が入った紙袋がある。

 それが、過去から今へ、エッジの意識を戻してくれた。

 そんな紙袋をリディアに見立てて、慈しむような笑みを浮かべながら、こうつぶやいた。

 

「……ったく、もったいねえことしやがって」

 

(甘いもんだってのに、後悔しても知らねえぞ)

 リディアが、せっかくの大好物を分けてくれた。

 例えそれが、『ツクヨミ』に向けられたものでも、嬉しいに決まっている。

 同じ過去を振り返るなら、嫌なことより嬉しかったことの方がいい。

 

 頭を上げて前方を見やると、数時間前に乗ってきた国有艇が遠くにたたずんでいる。

 ……いつの間にか、目的地に辿り着いていた。

 

(あいつも勧めてくれたし、お菓子つまみながら帰るか)

 コートの留め具を付けてから、前方を振り仰いで白い大地を勢いよく蹴り上げると。

 飛空艇の甲板を目掛けて、止む気配がない氷の粒に逆らい、空高く舞い上がった。

 

 —— —— ——

 おまえのそばにはいられねえが、オレにはおまえのいない日常や人生は有り得ねえ。

 だから、オレはおまえを影で支えながら生きていく。

 

 どんな手段を使ってでも、この命尽きるまで。

 例え命と引き換えにしてでも、おまえの盾になり、守り続ける。

 —— —— ——

 

 *8年後につづく

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