※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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私の夏

 

 

——7の月29日

 

 

 本日から、ミストの夏季帰省が始まった。

 例年のごとく、住民の半数が故郷へ帰ってしまい、寂しい雰囲気が漂っている。

 

 同時に雨期も始まってしまい、朝からミストに強い雨が降り注ぐ。

 そんな中、集落の南東にあるアリサの自宅は、寂しさや暗さとは無縁。

 雨を吹き飛ばさんぐらいの勢いで、大きな笑い声や話し声が絶えない。

 

 今日と明日、リディアとライザはアリサの自宅にお泊まりすることになっている。

 現在は、食後のおやつと紅茶をいただきながら歓談の真っ只中。

 

 —— —— ——

 今年は、毎年恒例バロンでのギルバートの演奏会が帰省期間と重なっている。

 そのせいで、家族だけ故郷に帰して、ひとりだけミストに残る主婦もちらほらいる。

 もちろん、アリサとライザも、ミストお留守番組。

 ……既にアリサは、数年前から夏はひとりミストに残っているけれど。

 —— —— ——

 

「……ほんと、美味しい。今日はくるみが入ってるのね」

「やった! 褒められちゃったぁ……!」

「あんた、これだけは自慢していいわよー?」

「うんうん!」

 

 真正面に座る、栗色のおかっぱ頭のライザからお褒めの言葉。

 その隣に座る、金髪のポニーテールの女性——アリサが、ブラウニーを口の中に放り込んだ。

 

 チョコブラウニーは、リディア唯一のご自慢手作りお菓子である。

 ……分量さえ間違えなければ、材料を混ぜて焼くだけ。

 まるで、リディアやジャンヌのような、がさつな人のために考案されたようなお菓子だ。

 それでも褒められたら、素直に喜んでしまう。

 

(エッジも、これぐらい褒めてくれたらいいのになあ……)

 何を作っても、誰かさんからは未だに『まあまあ』以上の評価をもらえない。

 お得意のチョコブラウニーですら、『甘い』の一言で済まされてしまう……。

 

「明日は、朝からエブラーナに行くでしょー? 薬草園で遊んで、夕方までにバロンに着けばいいわねー」

「薬草園、本当楽しみ……」

「ライザは、ラベンダー畑見たら絶対喜ぶよ」

 

 雨降りのミストにずっといるのは、もったいない。

 明日は朝早くから、エブラーナの薬草園に向かうことにしている。

 

 —— —— ——

 エブラーナの発着場と薬草園を結ぶ直行便が、期間限定で運行を始めた。

 夏に入ってすぐ、リディアはエッジからそんなお得情報を入手した。

 これは薬草好きのライザにはもってこいだ。

 そう考えて、お泊まり会が決まって早々に、薬草園に行こうとアリサたちに提案していた。

 ラベンダーの見ごろは、7の月の半ばから8の月のはじめ。

 明日は、ほぼ確実に紫の絶景が見られる。

 —— —— ——

 

「……ねえ、リディア」

 

 突然ライザが怪訝そうな表情で、リディアをのぞき込むように声をかけてきた。

 

「なあに?」

「急にアリサのおうちに変わったから……落ち込んでない?」

「え? そんなことないよ?」

「ばっかねー。この子がいちいち気にするように見えるー?」

「わたしたちがお泊まりにくるって、すごく楽しみにしてたじゃない……」

「だからだよ。浮かれちゃって、おもてなしに何が要るか何も考えてなかったもん」

 

(いくら毛布やシーツがあっても、ベッドがひとつじゃ……)

 当初はリディアの自宅に、アリサたちが泊まりにくることになっていた。

 ところが、自宅には来客用の寝具を一切置いていないことに気付いた。

 

 リディアのベッドはひとり用で、3人では眠るには狭すぎる。

 運よく眠れたとしても、全員固い床でのお目覚めになりそう。

 そういった理由から、アリサの自宅に変更してもらったのだ。

 

「あんた、じゅーぶんおもてなししてるじゃなーい」

「してないよぉ」

「じゃーあ、エッジ様は毎月どこで寝てるのー?」

「!?」

 

 アリサがじと目でこちらを見やりながら、鋭い質問をしてきてリディアはぎくりとする。

 

(毎月毎月ベッドで一緒に寝ています、なんて言えないよぉ……!)

 リディアにとって、エッジはもはや家族のような存在である。

 おもてなしを要するお客様の範疇から飛び出している。

 

「まさか、あんた……ベッドから追い出されてるのー?」

「それは、ない……」

「じゃあ、あんたがエッジ様を床で寝かせてるのー!?」

「ち、違う……エッジは……」

 

(どうしよう……どう答えたらいいの!?)

 アリサが質問する度に、前のめりになって、こちらにじりじり迫ってくる。

 リディアは咄嗟のことで頭が回らず、うろたえるばかり。

 

「それとも……」

「あ……」

「——あの人は、お隣のソファよ」

 

 わたし、見たことあるもの。

 ライザがそう言わんばかりの断定的な言葉で、困惑していたリディアを遮った。

 

(エッジはそこで寝ていないのに、どうして?)

 確かに、リディアの自宅の寝室の隣にある洋室には、ひとり掛けのソファが置いてある。

 しかし、どこで寝ているか知らないはずなのに。

 なぜライザはそんなことを言ったのだろう? 

 

 リディアがそう驚いていると、アリサが血相を変えて、ライザにこう言った。

 

「なんで、あんたがそんなこと知ってるのよー!?」

「知らないわよ。でも、あの人はこの子を押しのけたりするような人には見えないわ……」

 

 ここでようやく、ライザが助け舟を出してくれたのだと気付いた。

 

「まあ、それは確」

「——そうよね、リディア?」

「うん、そう! エッジがね!? そこでいいって寝てくれるの!!」

「ほら、この子もそう言ってるじゃない」

「ふーん……」

 

 多少声が上ずったが、ライザに話を合わせて、エッジはソファで寝ている設定にした。

 それでも、アリサはあまり納得していなさそう。

 対照的にライザが我関せずとばかりに、ブラウニーをもそもそ口にしている。

 

「おっ、おもてなしと言えば! あんなに美味しいシチュー、お家で食べたのはじめてだよ」

「勉強になったでしょー?」

「料理教室じゃ、シチューは習わないものね」

 

 本日の夕食は、3人で一緒に作ったビーフシチュー。

 そこで、アリサやライザからシチューが美味しくなるコツを教えてもらった。

 

「はちみつの代わりに、チョコを入れてもいいのよー」

「えー? もったいないなぁ。普通にチョコ食べたい」

「1粒だけよ」

「なんだ、板のチョコレート丸ごとかと思ったぁ」

「おばかねー。それじゃ隠し味にならないでしょーがー」

 

(ありがとう、ライザ!!)

 リディアが話題を逸らすと、アリサが上手い具合に食い付いてくれた。

 こちらに向かって片目をウインクしたライザを見て、胸をなでおろす。

 

 ライザは、リディアやアリサよりも口数が少ない。

 けれど、自然と仲裁やなだめ……ふたりのフォロー役に回ってくれる。

 そして、同い年のよしみだからだろうか?

 アリサよりも、リディアの肩を持ってくれることが多い気がする。

 

「絶対びっくりするから、今度エッジ様に食べさせるといいわよー」

「ジャンヌさんにも、教えてあげたらどうかしら」

「ミゼルさんに褒められると思えば、あの人ならこれぐらいやるでしょーしね」

「うんうん!」

 

 ライザとアリサの助言に、リディアは満足げな表情を浮かべて大きく首を縦に振った。

 

(先にお肉と野菜をバターで炒めて、最後にはちみつを入れるだけで、ああも変わるんだ……!)

 ビーフシチューは帰郷後すぐに、ジャンヌから教わった料理のひとつ。

 お鍋に具材をぽいぽい入れて、単に煮込んでおしまい。

 それがライザとアリサの手にかかれば、まろやかでコクのあるシチューに様変わり。

 もちろん、リディアは、『美味しい!』を連呼しながらシチューを食べた。

 

「……それで、例の魔法は作れたの?」

「もうすぐ出来るよ」

 

 ライザが口にした例の魔法とは、『薪要らずの魔法』のことである。

 

 —— —— ——

 家庭風呂の設置で、ミストは薪の消費が多くなり、樹木の伐採が増えてしまった。

 これ以上、緑が減るのを阻止するために、ファイアを使える者向けに魔法を作る。

 先日、リディアが寄合でそう宣言した。

 

 燃料を必要としない一定の大きさの強い炎が、最長1時間燃え続ける。

 風呂、かまど、暖炉といった、家庭内で必要とされる火は、この魔法ひとつでまかなえる。

 

 一度、この村が火災で消滅しそうになった過去の反省から。

 他のものに燃え移り、火災が起こらないよう万全の対策もしてある。

 あとは人の手で一度触れたら、すぐ消えるように調整すれば完成である。

 —— —— ——

 

「うっはー、さすが黒魔法の達人ー」

「まさか、徹夜した……の?」

「二晩だけ」

「ええ……?」

「夜な夜なお湯張り巡回させられたらたまんないもの。そりゃ必死にもなるわよー」

「考えてる間、楽しかったよ?」

 

 ライザが心配そうな表情を見せるが、魔法を作るのはリディアの趣味。

 徹夜も苦にならない。

 

「ライザ、ファイア覚えにくるんだよねっ?」

「ええ、魔法が使えるなんて夢みたい……!」

 

 ライザが、うっとりとしたような表情で天井を見上げた。

 

 せっかくミストに移ってきたのだから、時間さえあれば初級黒魔法を覚えたい。

 ライザは常日頃からそうこぼしていたから、喜びもひとしおだろう。

 

 —— —— ——

 リディアはこの機会に、黒魔法講座の受講者を住民全員に広げることにした。

 『薪要らずの魔法』を使うためには、ファイアの習得が不可欠である。

 ライザのように、ファイアを覚えようと黒魔法講座の受講を望む大人はとても多い。

 

 仮に、大人がたくさん講座に押し寄せることになったとしてもだ。

 ファイアを使える子どもが何人かいるので、大人の生徒に手ほどきしてくれるだろう。

 しかも、秋になったら強力な助っ人が講座にきてくれる。

 魔法が完成したら、今度はそちらの詳細事項を考えなければならない。

 —— —— ——

 

「うちはまだ、薪にしとくわー」

「あら、意外ね」

「この時期は、散々こき使ってるのに使わせないの?」

 

 リディアやライザが首をかしげる。

 生活に魔法を活用しているアリサが、『薪要らずの魔法』を使わないとは珍しい。

 

 —— —— ——

 リディアは、アリサとライザにも飲料用の氷魔法の詠唱呪文を教えてある。

 ふたりとも魔法を使えない。けれど、ふたりの子どもたちはみんなブリザドを使える。

 暑い季節に冷たい飲み物を飲む時、子どもたちに氷魔法を使わせている。

 —— —— ——

 

 特にアリサは、お肉をはじめに痛みやすい食材を冷やすため。

 夏場になると、子どもたちにブリザドまで使わせているのに……。

 

「氷は溶けるからいいけど、火は危ないじゃない。オリバがもう少し大きくなって、物わかりよくなってからじゃないとねー」

「あっ、そういうことかあ……!」

「その理由なら、薪を使っても誰も文句言わないわ」

「4人目が生まれた頃には、使わせてるんじゃないかしらー?」

 

 アリサの長男オリバは、現在9歳である。

 分別もつかない子どもに、火を使わせるのは危険かつ教育上よくない。

 アリサのそんな考えに納得が行き、リディアとライザは互いにうなずき合った。

 

(口は悪いけど、肝心なところはしっかりしてるんだよね)

 こうして子どものことを優先出来るのだから、アリサはいい母親だと思う。

 伊達に3人も育てていないし、更に念願の女の子をと、4人目も計画しているし……。

 

§

 

「……でさぁー!」

「……」

「……!!」

 

 ライザとアリサが育児の苦労話で盛り上がっている。

 リディアはそれをぼんやり眺めながら、ここ1ヶ月近くの出来事を振り返っていた。

 

 —— —— ——

 ミゼルの村長再選が決まり、向こう4年ミストは安泰だ。

 寄合でリディアはミゼルの宿敵でもあるキロンを、ぎゃふんと言わせた。

 2週間後には、4回目の花火も行われる。

 秋から大人も魔法を覚えられるようになるし、ミストの緑も守られそう。

 

 あとは召喚士のたまごを育てて、召喚士を輩出する。

 そして、幻獣がミストに足を運んでくれるようになれば、もう言うことない。

 —— —— ——

 

 理想のミストに少しずつ近付いていることに、リディアは満足していた。

 同じように、ミストのほとんどの住民が幸先よいと思っている中……。

 

「ちょっと、リディア」

「……」

「こらー」

 

こつん

 

「っ、いたっ」

「さっきから、ぼっさーっとして、どうしたー?」

 

 アリサが額を軽く指でつついてきた。

 話題が一段落したのに、リディアがひとり思いにふけっていたのが気になったようだ。

 

「……おじちゃん。寄合の日から、元気がないの」

「新しい先生、秋から来るって決まったんでしょー?」

「そうなの。みんな喜んでるのに、ひとりだけ暗いんだよ」

 

 ミスト出身のある女性に、黒魔法講座の講師をお願いするために。

 リディアは1週間ほど前、ジャンヌ——ミゼルの代理——とふたりでバロンへ向かった。

 

 —— —— ——

 ある女性——エライアは、若き日に両親から愛のない結婚を迫られてしまった。

 それが原因で、ミストから脱走を図った。

 

 家族や、キロンなど頭が古くて固い住民——保守派先住民に見つかったら怖い。

 そんな理由から、他の脱走者との連絡を絶っていたという。

 やがて、バロンの辺境の村で伴侶を得て、子どもをもうけた。

 現在はバロンの町で家族と一緒に暮らしている。

 

 保守派先住民の存在、家事と育児の両立、通勤形態など……。

 リディアたちが、エライアの希望に出来るだけ沿った契約を提示したところ。

 彼女は快く引き受けてくれて、9の月から着任することになっている。

 —— —— ——

 

 リディアの長年の悩みであった、黒魔法講座の講師不足が、秋には解消される。

 これで、『薪要らずの魔法』さえ完成したら言うことなし。

 

 おおむね順風満帆のミストにおいて、肝心要のミゼルはその空気に染まっていない。

 リディアの推し勧める計画に反対している訳ではない。

 ミゼルに、『薪要らずの魔法』の話題を振る度に、露骨に浮かない顔をされる。

 そして、迷惑を掛けたと先日の寄合について謝られてしまう。

 

「……しょうがないんじゃなーい?」

「え?」

「ミゼルさん。こないだの寄合では、『頭の回転が鈍くて』自分じゃ収拾つけられなかったからー」

 

 —— —— ——

 かねてからキロンは、移民に敵意むき出しだった。

 ところが、先日の寄合ではミゼルにもその矛先を向けた。

 薪が足りなくなる、ミストの緑が減るなどといった苦情を、ミゼルに申し立てた。

 

 それだけではない。

 今すぐここで、『薪が足りない問題』を解決出来なければ、村長を辞めろ。

 ミゼルにそう申し渡す始末。

 

 キロンのそんな横暴さに、リディアが腹立たしさを覚えて、『薪要らずの魔法』を作る。

 みなの前でそう宣言したことで、『薪が足りない問題』はひとまず解決の方向に向かった。

 —— —— ——

 

「あ、あれは、つい勢いで言っただけだよ……」

 

(おじちゃん、頭の回転鈍くないもん)

 『頭の回転が鈍い』は、その寄合でリディアがキロンに言った言葉の一部だ。

 そんなこと、本気で思って言った訳ではないのに。

 

「ばかね。あの人が賢いことぐらい、みんな知ってるわ」

「えっ」

「ほんと、あんたって子は冗談通じないんだからー。いい加減、それなんとかした方がいいわよー?」

「うっ……」

 

(性格だもん、なんとかならないよ)

 また冗談を真に受けてしまったとわかり、言葉を詰まらせる。

 それはリディアの癖のひとつだが、とっくの前に治す努力をやめていた。

 

「そのうち、詐欺に遭っても知ーらなーい」

「うう……」

 

 とどめとばかりのアリサの一言が、ぐさっと胸に刺さる。

 リディアは恨みがましそうに、正面に座る友人を上目遣いで見つめた。

 

(もう遭っちゃったんですけど……!)

 言葉巧みに騙されて、エッジと身体の関係を持ってしまいました。

 おまけに、いつの間にか彼のことを好きになっていました。

 ……なんて言おうものなら、ミスト中にアリサの悲鳴が響き渡りそうだ。

 

「頭の回転はさておき、ミゼルさん。自分がゼロだってこと、気にしてるんじゃないかしらー」

「……そんな風に見えないけどなあ」

「でも、多少でも黒魔法を使えたら、あの時あんたと同じこと考えていたと思うわよー?」

 

 ミゼルはゼロで、生涯召喚術や黒魔法が使えない。

 そのため、魔法……それも手作り魔法については専門外だ。

 だから、リディアのように『薪要らずの魔法』を作ろうという発想が出なかった。

 アリサのそんな指摘は、まあまあ納得出来るものだった。

 

「……コンプレックスを感じているけど、人前では見せないだけなのかな?」

「たぶんねー。ダムシアンじゃ、ゼロだろうがなんだろうが関係ないけど、ミストはそうじゃないでしょー?」

「そうなの。キロンさんたちが、魔法が使えなかったり、ゼロをばかにするから腹が立っちゃって……!」

「そーね。あの時キロンさんが怒鳴ってきたのって、このゼロのアリサさまに痛ったーいとこ突かれちゃったからだもんねー?」

 

 実はアリサも、ミゼルと同じゼロである。

 よそ者かつゼロの上に弁が立ち、何かと目立つのも余計して。

 キロンたち保守派先住民から、とても目の敵にされている。

 

 リディアは彼らと顔を合わせる度に、『あんな女と仲良くするな』と小言を言われる。

 もちろん、その都度一蹴しているけれど。

 

「ミゼルさんは、間違いなく名村長よ。だから、いつも村長決めで勝つんですもの」

「うんうん」

「でも、キロンさんやあの辺の人たちの評価は真逆でしょー?」

「……ゼロの言うこと、聞きたくないからだよね」

「たかが魔法が使えるだけなのに、プライドがくそ高いのよー。魔法が使えたら悪人でもヨシってノリじゃなーい?」

 

 アリサ——ミストで暮らすゼロの率直な意見に、リディアもライザもうつむいてしまった。

 

(ほんと、変な話だよ……)

 よそ者に加えて、魔法の習得度をものさしにして測る人間が、ミストには少なからずいる。

 リディアもライザもそのことを、十二分に知っているから。

 

 ***

 

——3年前

 

 ミスト初の花火大会から数日経った、ある休日のこと。

 講師がひとりのままでは、将来的に黒魔法講座を回せなくなる。

 リディアはそう考えて、ミゼルの自宅を訪れて講師を増やしたいと相談した。

 

「きみの言いたいことは、よーくわかる。ただ、もうしばらくひとりで頑張れない?」

「でも、西区画に上級黒魔法使える人が何人かいるじゃない? その人たちなら講師になれるよ」

「確かに適性はある人はいる。ただ、やる気がね……」

「だからね。今からお願いしに行こうと思うの!」

「……いいんじゃない? ダメ元のつもりで行っておいで」

 

 そして、黒魔法が使える先住民の自宅を回ってから、ミゼルの自宅へ戻った。

 

「おかえり。どうだった?」

「『なぜ、よそ者に黒魔法を教えないとだめなのか』って、みんなに断られちゃった。それに……」

「変なこと言われた?」

「そ、そうなの! あたしは、おじちゃんに騙されてるから講師辞めろって言ってきた人がいたんだよ!?」

「……ついに、あからさまなことを言い出し始めたか」

「え」

「西区画に住んでいる人は、選民思想、なおかつ能力主義にどっぷり浸かっている。昔のミストそのまんまだから」

「なにそれ……??」

 

 初めて聞いた言葉でぴんとこない。

 そんなリディアに、ミゼルが過去のミストの話をしてくれた。

 

 —— —— —— 

 古来よりミストは、閉鎖的な環境に置かれていた。

 来るものは行商以外拒み、去るものを罰する空気——選民思想がはびこっていた。

 

 それに加えて、ミストは能力主義を至上とする村でもあった。

 能力——黒魔法や召喚術の習得度を基準にして、個人の待遇が決められていた。

 

 いくら頭がよくても体力があっても、魔法があまり使えなかったら立場は低くなる。

 知性がゼロなら、被差別の対象にされる。

 召喚士がいるだけで、その家の格が上がる……などなど、家庭にも影響を及ぼしていた。

 

 能力主義には優生思想も含まれている。優秀な血を残すため、家の格を上げるため。

 召喚士に娘息子の配偶者になってもらおうと、躍起になる親が続出した。

 純血の召喚士を増やすため、召喚士同士での結婚を余儀なくされるケースもあった。

 

 リディアの母エスタと父ニクスも共に召喚士だったが、ふたりは恋愛結婚。

 ふたりのような、召喚士同士の円満な婚姻は、当時のミストでは非常に珍しかったという。

 

 そんな歪んだ村社会も、8年前に起こった火災を境に変わった。

 ミゼルが村長について、人口増加目的で移民を受け入れた。

 その結果、偏った基準での能力主義はなくなり、現在に至る。

 —— —— ——

 

「……と、まあそんな感じで、昔はいろいろあったんです」

「信じられない! 魔法が使える使えないで、価値を決めちゃうなんて……!!」

「きみはミスト生まれでも、ミストに染まってないから、尚更ついていけないだろうね」

「うん……」

 

 リディアは7歳でミストを離れて、10年間幻獣界で暮らしていた。

 どちらかと言えば、移民と同じような価値観にいる側の人間である。

 もっとも、ミストの古き悪き思想に染まらなかったのは、母のおかげなのも大きいけれど。

 

「西区画に住んでいるのは、頭が固くて古い人たちばっかり。移民の子ども相手に魔法を教えたくないんだよ」

「ローレルは違うでしょ。カイポのきれいな人と、お付き合い始めたもん」

「そうだよ。まあ、頭が固くて古い人たちが健在なら、いつかきみが大なり小なりトラブルに巻き込まれると思ってた」

「……結果がわかってたのに、わざとあたしをお願いに行かせたの??」

「察しがいいね。その通りですよ」

 

 昔のミストはああだった、こうだった。

 そんな話を実体験なしに聞かされても、リディアはぴんとこないだろう。

 ミゼルはそんな理由から、リディアが保守系先住民と何かあった時。

 つまり、この日まで事情説明を待っていたというではないか。

 

「ひどいよ。ずっと黙ってたなんて……!」

「いやぁ、本当に悪かったっ! ごめんねっ!」

「おじちゃんなんかきらいっ!!」

「ええっ!?」

 

 その日を境に、リディアは少しずつミストの過去や裏事情を知るようになった。

 

 ***

 

 その後、カルミネの事件直後に開かれた寄合において。

 ミゼルがどさくさに紛れて、裏事情の一部を暴露したことで。

 アリサやライザたち移民も、過去のミストを知ることになった。

 

「まー、あたしの場合は、ゼロだからってばかにされようが、罵られようがへっちゃらだけどー?」

「アリサが落ち込むなら……」

「ギルバートが結婚した時ぐらいじゃない?」

「それよぉー! 永久独身でいてくれないかしらー?」

 

 アリサは、ゼロであることにコンプレックスを持っていない。

 保守派先住民から悪口を言われても、好きに言わせておけで、全く動じない。

 お口と同じように、メンタルが強いのだ。

 

 ちなみに、アリサの夫であるラルフもゼロである。

 ゼロ同士の夫婦でも、息子はみんな知性持ちで、黒魔法を最低でもひとつ習得している。

 

 特に長男オリバは、黒魔法講座の生徒の中で一番の成長株だ。

 召喚士のたまごになるのも遠い話ではないと思うが、よそ者という理由で。

 保守派先住民から邪険にされてしまう可能性が高い。

 

「でもー、何が嫌って」

「——子どもよ」

「うちの子は、西には近付かないから特に問題はないんだけどさー」

「うちもいっしょ。西は怖いって言ってるわ」

「ベスとユノは特にね……」

「ええ。花火の日は顕著ね」

 

 ベスとユノはライザの娘で、ひとつ違いの姉妹。

 ふたりとも引っ込み思案のはにかみ屋で、周囲の情報に敏感で感受性がとても強い。

 そのせいか、友人よりも姉妹ふたりで静かな場所にいることが多い。

 とてもではないが、よそ者を嫌う保守派先住民が集まる西区画には近寄れない。

 

「わたしたちには、面白く見えて楽しい花火大会も、キロンさんたちには、逆にミストを引っかき回されるように見えるんでしょうね」

「あの人たちの歳じゃ、考え変わりそうにないわー。放置が一番ねー」

 

 アリサやライザの子どもたちをはじめに、西区画に近付く移民はほとんどいない。

 現在のミストは、キロンのような保守派先住民は少数派。

 彼らの住まいが集中する西区画に近付かない限り、平穏な暮らしは保たれるから。

 

「でもねー。こういうシビアな話する度に、しみじみしちゃうのよー」

「しみじみって……年寄り臭いなあ」

 

 アリサがため息をつき、つまんでいたブラウニーを口に放り込んだ。

 咀嚼を終えてごくりと飲み込み、リディアに向かって真剣な眼差しでこう言ったのだ。

 

「だって、あんたや若い人たちがみんな、キロンさんみたいな人間だったら、すぐにダムシアンに帰ってたもの」

「アリサ……!」

「あんたのお母さんの教育は正しかったってことー」

「あなたとこうしていられるのも、お母さんのおかげね。わたしたち、感謝しなきゃ」

「へへ、ありがとう……」

 

 ライザによしよしされて、まるで童心に返ったかのように笑みをこぼした。

 

 過去があって今がある。

 今の自分があるのは、母エスタのおかげ。

 面識がないのに、母親を褒めてくれるアリサやライザを嬉しく思う。

 

 —— —— ——

 リディアは物心ついた頃から、よくエスタからこう言い聞かされていた。

 

『普通に過ごしたらいいのよ』

 

 ニクスに先立たれて、母一人子一人になったエスタを支えていたのは、ミゼルとジャンヌだ。

 ふたりは、小さなリディアにも優しく接してくれた。

 

 当時のミストは、能力主義社会だったにもかかわらず。

 火災の日まで、リディアは優しい大人たちに囲まれながら。

 小さいけれど優しい世界で過ごしていた。

 

 だからこそ、人の待遇を知性の有無や魔法の習得度で決める風潮が信じられないし、許せない。

 それが過去から続くミストの伝統だったと知ってからも、保守派先住民には同調出来ない。

 —— —— ——

 

「心配しなくても、花火が成功したらミゼルさんも立ち直るわよ。あの人、毎年あれに賭けてんだからー」

「あなたは、今やれることやっていたらいいのよ」

「秋から新しい人に手伝ってもらってさ。オリバたちを早く召喚士のたまごにしてあげてちょーだいよー」

「……そういえば、昨日オリバからね。『あのおじさんたちはどうして召喚士になれなかったの?』って、聞かれたの」

 

 『あのおじさんたち』とは、言うまでもなくキロンたちのことだ。

 

「ああ、聞いたわ-? すごーく納得させられちゃったー」

「また率直な質問ね……あなたはどう答えたの?」

「うん。『幻獣たちは、自分を喚んでくれた人と仲良く出来るか、この人の頼みなら聞いてあげてもいいかどうか見定めるの。無理だと思ったら、その人に喚ばれてもすぐに消えて二度と姿を現さないから』って」

 

 —— —— ——

 強大もしくは特殊な術を使ってもらうために、召喚士が特定の幻獣を召喚する。

 それが召喚術である。

 

 召喚士になるためには、『その幻獣を召喚するために必要な知性』『正しく優しい心』『その幻獣との親和性の高さ』

 以上の3条件が必要不可欠である。

 

 特定の幻獣を召喚して、交流を重ね続ける。

 その幻獣に認められるようになれば、契約が成立する。

 反対に、召喚しても幻獣がすぐに消えたら、幻獣から拒否されたということ。

 一度拒否されたら、二度と召喚には応じてもらえない。

 よって、その幻獣とは終生契約出来ない。

 

 知性を高めて黒魔法を習得しながら、シルフかチョコボどちらかと契約を交わせば。

 晴れて召喚士のたまごとして、召喚士としての第一歩を歩み始める。

 —— —— ——

 

「どうしてシルフとチョコボなの?」

「チョコボは人懐っこいし、シルフはアスラさま以外の幻獣と比べて、人間にちょこっと好意的だからだよ」

「その言い方だと、それ以外の幻獣は人間に好意的ではないようね」

「うん、みんなちょっと気難しくて……」

「シルフとチョコボは、召喚士になるための登竜門ってことね」

「そうそう!」

「言い方悪いけど、チョコボやシルフに拒絶されるってことはー、幻獣界そのものから拒絶されるってことよねー」

 

 チョコボやシルフは、幻獣の中で交流しやすく契約へのハードルが低い。

 そういった理由から、召喚士のたまごになる条件の幻獣にその2体が指定されている。

 その2体から拒絶されるようでは、他の幻獣と契約など夢のまた夢の話。

 召喚士には不適性とみなされる。

 

「じゃあ、キロンさんたちはチョコボとシルフどちらからも拒否されたのね」

「ぶっちゃけそういうことー。うちのオリバはあいつら超えるわよー?」

「……うちの子たち、大丈夫かしら?」

「大丈夫大丈夫。ベスとユノはシルフと仲良くなれるよ」

「ほんと?」

「ほんとだよ。シルフは基本的に女の子としか契約しないから」

「そうだったのね……」

「時間はかかるかもしれないけど、ふたりとも頑張ったらいつか契約してたまごになれるよ。心配しないで」

 

 娘ふたりの性格では、幻獣と仲良くなれない。

 そう気に病むライザに、安心させる言葉をかけてあげた。

 

 —— —— —— 

 小さな頃に、お母さんが読んでくれた絵本に載っていた。

 ベスとユノは、そんな理由でシルフに会いたいとよく話してくれる。

 ふたりはオリバに比べて、黒魔法の習得速度がかなり遅い。

 それでも、ふたりともオリバ並みに気難しい幻獣たちと仲良くなれるかもしれない。

 リディアは密かにそうにらんでいた。

 —— —— —— 

 

「それなら安心ね。……リディア先生、これからもお願いします」

「任せといてよ」

 

 頭を下げてくれた、生徒の保護者である友人に、リディアは胸を張って答えた。

 

§

 

 その後、入浴を済ませてベッドの上に移ってからも話は尽きることはない。

 そんな楽しい時間を過ごしながらも、リディアはこんな不安を抱えていた。

 

(覚悟は出来ているけど、やっぱり寂しいよ……)

 花火の裏方5年契約を終えたら、エッジには頼らない。

 先日の寄合でミゼルが、そうほのめかした。

 

 ただでさえ、訪れる回数が減ってしまったというのに。

 エッジがミストからだんだん離れていく。

 

 エッジが月終わりの夜に、リディアの自宅にやってきて、朝まで一緒に過ごす。

 アリサやライザは、そのこと『だけ』は知っている。

 しかも、未だにそれを知るミストの住民は誰もいない。

 それぐらいには、ふたりとも、とても口が堅い。

 

 —— —— ——

 面白おかしく頼もしいアリサと、おしとやかで気遣い屋のライザ。

 リディアはこのふたりが大好き。

 

 帰郷直後は、損得抜きで付き合える友人が出来ると思っていなかった。

 常に同じ環境にいるせいで、ふたりはリディアの中で大きい存在になっていた。

 —— —— ——

 

(エッジが来なくなりそうで寂しいって、ふたりに話したい……!)

 いい加減、アリサとライザにだけは秘密と悩みを打ち明けてもいいのではないか? 

 リディアがそう思いながら、ふたりとおしゃべりしているうちに、夜は更けていったのだ。

 

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