フェイクラバーズ 作:かえで
——12の月
とうの前に日が暮れて、辺りは一面真っ暗である。
エッジは黒い布に覆われた荷物を抱えながら、ミストの集落へと続く道を歩いていた。
(どこもかしこも、ガキが浮かれてんなぁ)
本日はクリスマスだからだろう。
あちこちから子どもの騒ぎ声がかすかに聞こえてくる。
これでもミストはまだ静かな方だ。
先ほど寄ったダムシアンなんか、町を挙げてお祭り騒ぎだった。
「うああ、寒みぃ……」
見上げれば、冬の夜空には雲ひとつなく星々がきらきら輝いている。
昨年とは違い、今年は雪が降ることはなさそうだ。
§
エッジは本日、『ツクヨミ』に変装してミストにやってきた。
その場合、否が応でも国有艇に乗ってくることになる。
愛用する自家用艇の運転機会は、今後ますます減るだろう。
そうなったら、シドに返却するか。それとも、薬草園への直行便として利用するか。
自家用艇の今後の運用法を考えながら、集落の入り口を通過して、数秒経った時だった。
「ねえ、そこのきみ」
「!?」
「もしかして、エブラーナの人ですか?」
男性の声で呼びかけられて、どきりとしながら声の方を見る。
すると、東方面から黒眼鏡を掛けた男が小走りで駆け寄ってきて、心の中で舌を打った。
(よりにもよって、こいつかよ……)
男の正体は、村長のミゼルであった。
ぱっと見ただけで、即座にエブラーナの人——忍者と気付くことが出来る。
そんな人物、ミストではリディアかミゼルしかいない。
「あれ……? ツクヨミさんじゃないか」
『どうもご無沙汰しております。村長さま』
『ツクヨミ』らしく深々と頭を下げて、黒眼鏡の男へ挨拶した。
「……」
頭を上げると、ミゼルが口を半開きにしてこちらを見ている。
(失礼な奴だな。先に声をかけてきたのそっちだろ!)
まるで鳩が豆鉄砲を食ったように見えて、いらっとする。
それでも、今は『ツクヨミ』の演技中。
いちいち感情を露わにしていたら、正体がバレてしまう。
『あの』
苛立ちを表に一切出さず、ミゼルに声をかける。
「えっ!?」
『どうかなされました?』
「……あ、いやぁ、ははっ! ごめんごめん!」
ミゼルが我に返ったようで、頭をかきながら謝罪してくれた。
「花火の日以外は来ないと思ってたから、びっくりしちゃって……」
『そうでございましたか』
「あと、ぼくのことは呼び捨てじゃなくて、ミゼルさんと呼んで欲しいな」
『……では、ミゼルさん。この時間から散歩ですか』
「違うよ。お菓子を届けに行った帰り」
『お届け?』
「うん。クリスマスだし、ひとり暮らしのおじいさんのお宅にね」
『それは、どうもご苦労さまでございます』
「——きみもね」
黒眼鏡を掛けていても、ミゼルがどこを見ているか一目瞭然である。
……エッジが右腕で抱えている黒い包みだ。
それを見ただけで、『ツクヨミ』がここに何しに来たか察したようだ。
(あいつから聞いて知ってたか)
黒い包みの正体は、クリスマスの必需品とも呼べるもの。
これをリディアに届けるために、本日は仕事を適当に切り上げて。
ダムシアンに寄ってから、ここミストにやってきた。
「エブラーナから、わざわざご苦労さま。ぼくもリディアさんの家に行くところなんだ。一緒に行こう」
『はい……』
エッジはミゼルのことが嫌いではないが、どうも苦手であった。
(ここから、あいつん家が近くてよかったぜ)
ミゼルはどんな相手にもべったべた。要は他人に馴れ馴れしい。
緩衝材——リディアかジャンヌがいないと、やりとりするのに疲れるのだ。
「ほらほら、早く行こうよ」
「……はい、かしこまりました」
ぽんぽん軽く肩を叩かれて、エッジは面の下でため息をつきながら。
ミゼルと共に歩き出したのであった。
「今年もエド、あっ、国王さまに頼まれて、リディアさんにケーキを届けにきたんだね?」
『はい。さすがに伝書鳩では運べませんから』
「相変わらず、エ……国王さまは、あの子の胃袋と心をつかむのが上手いなあ」
ミゼルは普段、エッジのことを本名で呼んでいる。
国王さまと呼び慣れていないのがバレバレだ。
「エブラーナは、クリスマスの代わりに年明け早々大騒ぎするんだよね』
『はい、そうです』
「1の月1日は、お正月。おせちやお雑煮を食べるんでしょ?」
本日はクリスマス。
世界のあちらこちらでお祭り騒ぎな中、エッジの祖国は通常営業であった。
エブラーナは年末年始に最も重きを置いているので、自然とそうなる。
そんな国の王であるエッジも、実はクリスマスにあまり興味がない。
リディアがいなければ、総スルーしていただろう。
『ええ、そうです。エブラーナのことをよくご存知ですね』
「いやぁ、そう言ってくれるとうれしいなぁ」
『リディアさまから影響を受けたのでしょうか?』
「きっかけはあの子だね。それからは独学。Xや本でしか知らないけど、海も山もあるし、遊ぶところも多くていい国だよね」
『はい、その通りです』
Xは、エブラーナ唯一の新聞である。
エッジ自ら情報統制することもしばしばで、実質広報紙と化していた。
『お時間がございましたら、エブラーナにぜひお越しください』
「あー、そうしたいのはやまやまなんだけどさ。これじゃ、ちょっとねえ」
(やっちまった……ほとんど外に出てかねえって聞いてたのに)
ミゼルがうつむいて、自身の身体を見ながら軽く笑う。
それを見て、余計なことを言ってしまったと後悔した。
—— —— ——
ミゼルはミストを襲った火災で、全身大火傷を負った。
身体だけでなく、顔にも火傷の跡が残っている。
『おじちゃんは、自分の姿を他の人にあまり見られたくないから、ミストにひきこもってるの』
リディアからそう聞いたことがある。
この男が、近年ミストの外に出たのは、過去にたった3回。
支援協力のお礼に、バロン、ファブール、ダムシアン、それぞれのお城を訪れただけ。
国王さまの集まりでミストが話題に出た際、セシルたちからもそんな話を聞いていた。
—— —— ——
「エド、あっ、国王さまは、素晴らしい人だよね。国外で悪い評判聞かないし、ミストにもよくしてくれてすごく助かってるよ」
『お褒めいただき、ありがとうございます』
「国内でも国王さま嫌いな人、いないでしょ?」
『はい』
「今のミストってさ。移民が人口の大半を占めてるんだけど、エブラーナ出身の住民だけはひとりもいないんだよ」
『そうなのですか?』
「うん。ついでに調べてみたら、やっぱり他の国もエブラーナ出身の移民は少なかった」
『……初めて聞きました』
「そこまでは教えてもらわないか。まあ、エ……おたくの国王さまは、『王族』という立場に甘えない人だからさ。みんなもそれをわかっているから、エブラーナを出てよそに住もうって思わないんだろうね」
(どんだけ名前言い間違えそうになってんだよ……)
普段本名で呼んでくる男から、何度も『国王さま』と呼ばれてこそばゆく感じる。
『どうなのでしょう。僕にはよくわかりません』
「それだけ、国王さまが安定した国治めをしてるってことだよ。きみもエブラーナの民として誇っていい」
ミゼルが国王さま——エッジのことを、まあ褒めること褒めること。
けれど、それを素直に喜べない。
(おまえが言うほど、オレはいい国王じゃねえぞ)
もちろん国や民のことを考えて、自分なりにがんばっているつもりだ。
それでも私利私欲——リディアのことに関して、国王の権限を大いに利用している。
だからいい国王ではない。エッジはそう思っていた。
『なぜ、僕にそんな話を……』
「お城勤の人が今日ケーキを届けにくるって、リディアさんから聞いてさ。その人に、おたくの国王さまは本当によくやってるって直接伝えたかったんだ。まさか、きみだったとはねぇ」
『……そうでしたか』
ミゼルは、他のお城勤がここに来ると思っていたようだ。
しかしミストはエッジの専有場所のような村である。
ここに来るお城勤は、『ツクヨミ』しかいない。
「という訳で、これからも国王さまを助けてあげてね」
『はい。そのつもりでございます』
(ああ、やっと終わった……)
そう答えると、リディアの自宅の前に到着。左手で玄関を指し示した。
『あの、着きましたよ』
「あっ、リディアさん呼んで来なきゃね」
ミゼルがリディアの自宅の玄関に向かう。
「……と、思ったけど」
『え』
「その前にー」
なぜか、ミゼルが途中で引き返してこちらに戻ってきた。
(ばか野郎! なんで戻ってくんだよ!)
やっとリディアと会える。
そんな期待に満ちあふれていたエッジの心を、見事に裏切ってくれた。
『あの……』
それだけだったら、まだよかったのに。
ミゼルがにんまりと口元に笑みを浮かべながら、こう言った。
「お面、外してくれない?」
(今日は化粧してねえんだよ。見せられる訳ねえだろ!)
本日はケーキの配達。
それを終えたら、リディアの自宅の裏で、彼女の気配を感じてリディア要素を補給。
それだけのためにミストに来ただけなので、変装は即興に近い。
フードやお面を外せば、すぐエッジだとバレてしまう。
『お断りいたします』
「えー? 顔ぐらい見せてくれたっていいじゃない」
『いいえ、外しません』
即座に断ったのに、しつこく食い下がってくるミゼルに苛立つ。
「ほんのちょーっとだけでいいから! ね、お願いっ!」
挙句の果てには、両手を合わせて頭まで下げられてしまった。
リディアがやるなら可愛く見えるが、同い年の男からそれをされても不快でしかない。
『無理です』
「ふーん。このぼくに顔を見られると、不都合なんだ」
『……何をおっしゃっておられるのか、よくわかりません』
「だって、おしゃれでかぶってるのなら、すぐ外してくれるでしょ? そうじゃないなら、断る理由ってそれぐらいしかないじゃん」
『別の理由です』
「そう……別に理由はなんでもいいや」
『でしたら、早く』
『——エブラーナに行けないからバラしようないし、ぼく誰にも言わない。だから、一度でいい。お面外してよ!」
(おまえにバレたくねえから外せねえんだよ!)
頭を下げてまで、再度お願いをしてきたミゼルをにらみつける。
誰にも言わない。そんな保証どこにもないのに、よく軽々しく約束出来るものだと思う。
知人や友人からしつこく迫られ、はじめは拒むが、最終的に打ち明けてしまう。
そういった小説お約束展開には持って行かせない。何が何でも。
『いくらミゼルさんの頼みでも、断固お断りいたします』
「そんなぁー!!」
(さっさとリディア呼んでこい!)
ミゼルが落胆の声を上げてから、がっくりと肩を落とした。
エッジは、心の中でしっしと手を振ってミゼルを急かす。
「仕方がないなあ……」
ミゼルがやっと諦めてくれたようで、胸をなでおろす。
ところが……。
「——じゃあ、これなら見せてくれる?」
ミゼルが突然、黒眼鏡を外した。
エッジは不意打ちを食らい、視界に彼の顔を入れてしまった。
『……!!』
(こいつはひでえ……)
暗い夜の闇の中でも夜目が利くせいで、はっきりと顔が見える。
向かって左半分は、端正な顔立ちをしている。
しかし、反対側はこめかみから頬に向かって焼けただれており、原型を留めていない。
あまりの凄惨さに、言葉がなかなか出てこない。
それでも相手に失礼だと思い、顔から視線を逸らさないように必死でつとめる。
「これはね、ここの火事で火傷して跡が残っちゃったんだ」
『左目は』
「もうないよ」
(目がなくなったってのに、なんでけろっとしてんだよ!?)
ミゼルが笑いながら、黒眼鏡を再び掛けてくれた。
向かって、右半分——左の眼球がない。
この男が、火災によって隻眼になっていたことを、エッジは今初めて知った。
(そういや、リディアも顔だけは見せてもらえねえって言ってたな)
ミゼルは、大っぴらに自身の傷跡を見せるような男ではない。
自らそれを晒した勇気は認める。認めるが、こちらにも事情がある。
今日だけは、お面を外す訳にはいかない。
「……!?」
「……!!」
ここから逃げるか。殺気を飛ばして気絶させるか。
ミゼルの対処に頭を悩ませる。
すると、自宅の中から話し……叫び声が聞こえてきた。
(助かった……!)
ミゼルの相手をするには、やはり緩衝材が必要。
エッジはそう改めて痛感しながら、人知れず安堵の息をついたのであった。
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