※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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エッジ視点


おまえが求めるオレなんか全部ぶっ壊してやる

 

 

 —— —— ——

 高飛びひとつでリディアの前から姿を消して、国有艇に乗り込んだ。

 運転スペース付属の椅子の上に、いただいたばかりの白い紙袋をそっと置いた。

 役柄に沿って静かでご丁寧に、自動操縦の目的地——祖国を設定してミストから離れた。

 —— —— ——

 

 

——エブラーナの国有艇内

 

 

 さして明るいとは言えない運転スペースの床に、ひとりの男が壁にもたれて座っている。

 両手で頭を抱えて打ちひしがれているのは、エッジ、もといエドワード・ジェラルダイン。

 彼は、たった数分前に、『ツクヨミ』の演技を終えたばかりだ。

 

(くそ! 計画通りなら、今頃裏庭であいつらが帰るの待ってたのに!)

 ミゼルたちが帰ってから、リディアへ直接ケーキを届けるつもりでいたはずが。

 今年は計画が狂いに狂って、予測不可能な出来事が続いた。

 その結果、こうしてエブラーナに帰らざるを得なくなってしまった。

 

(最初から、『隠れみの術』使っときゃよかったぜ。来年からそうすっか)

 クリスマスの夜に、ミストの住民が出歩く訳がない。

 頭ごなしにそう決めつけて、姿を見せたまま集落に入った直後。

 偶然ミゼルと顔を合わせたことが、全ての始まりだった。

 

 まさか、ミゼルがお面を外せとせがんでくるとは思わなかった。

 突然だったから、その場で言い訳が思いつかなかったが。

 後でリディアに、『肌が弱いから』と事情説明した。

 いずれ、その話がミスト中に広まるはず。

 今後、あの男がお面を外せとせがむこともないだろう。

 

 そして、『ツクヨミ』の見送りをリディアが申し出てくれるとは思わなかった。

 ふたりきりになれたことは嬉しかったけれど。

 

「くそっ……!」

 

 それでも、うかつなことをしでかしたせいで、なかなか頭を上げられない。

 

(演者失格だろ……!)

 発着場でしばらくの間。リディアと『ツクヨミ』として話していた。

 すると、知らず知らずのうちに、強制的にお城勤にさせられた設定の『ツクヨミ』。

 そして、エミールによって望まぬ人生を歩かざるを得なくなった自分を同一視していた。

 そのやるせなさを吐露するのは、まだいい。

 何がだめかといえば、『エッジ』さながらの乱暴な言葉遣いで声を荒げたこと。

 

「——ま、いいか。バレてねえし」

 

(今度から気を付けたらいいや)

 しょせんリディアにとって、『ツクヨミ』はただのお城勤。

 現時点では群衆役だから、気にしていないだろう。

 

 短時間で自省を終えて、頭を上げたエッジの顔には白狐の面がかぶせられたまま。

 左脚を伸ばして、立てたままの右膝に肘を置いて頬杖をついた。

 それから、滅多に見られないリディアの瞳と同じ色の夜景をぼんやりと眺める。

 

「……ほんと、セシルの声って役得だよなあ」

 

 リディアは、『エッジ』には話さないことを、『ツクヨミ』になら話せるらしい。

 くそ真面目な上に、初恋の男とそっくりな声がそうさせているのかもしれない。

 

 —— —— ——

 『エッジ』が嫁取り問題に手をつけているかなんて、聞かれるとは思わなかった。

 『エッジ』には妃を娶り、世継ぎをもうけて幸せになって欲しい。

 リディアはそう口にしながらも、『エッジ』がいない日常がくることについて。

 うっかり寂しさもこぼしていた。

 

 それを聞いて、一体何を思ったのか。

 『エッジ』は、どのような存在なのか。リディアにたずねてしまった。

 

『エッジは……仲間でもあるし、友だちでもあるし……お兄さんでもあるし、家族のようなひとです』

 

 それでも、リディアはきちんと答えてくれた。

 ……エッジが聞きたいけれど、聞きたくない答えだけを絶妙に避けて。

 —— —— ——

 

 手を伸ばして、椅子の上の白い紙袋を自身の元に引き寄せる。

 すると、中から象牙色の無地の封筒を取り出した。

 

 それは、ケーキを届けに来たお城勤に託そうと、リディアが書いたエッジへの手紙だ。

 風遁で封を開けて、中の便せんをまるで壊れ物を扱うかのように恐る恐る両手で開いた。

 

 —— —— ——

 親愛なるエドワード・ジェラルダイン国王陛下殿

 

 いかがお過ごしですか?

 気分転換出来ないからと言って、お城のみなさんに八つ当たりして困らせたりしていませんか?

 

 今年もケーキを届けて下さって、本当にありがとうございました。

 エブラーナはクリスマスに何もしないし、エッジもちっとも興味ないのに。

 ケーキが大好きなわたしのために、毎年気遣ってくれて、とても感謝しています。

 これはもう、来年も再来年も期待しちゃってもいいのかな? 

 

 年が明けたら、またミストに息抜きにくることを楽しみにしています。

 よいお年をお迎えください。 リディア

 

 追伸 思った以上に世話焼きなエッジのために、わたしが何か出来ることってあるかな?

 —— —— ——

 

 読み終えると、両手でつかんでいた便せんを、愛しそうに胸に抱え込む。

 

「……何もねえよ」

 

 くしゃっと音を立てた便せんを好きな女に見立てて、追伸への回答をつぶやいた。

 

(あったとしても、オレのために……何もしなくていい)

 そんな暇があったら、リディアは自分のために時間を費やせばいいのだ。

 例えば、自身の手で幸せをつかみ、幸せにしてくれる男を手繰り寄せる、とか。

 

「……いろいろタイミング悪りぃよな……」

 

 くしゃくしゃになった便せんを折りたたみながら、ぽつりとそう口にした。

 

 —— —— ——

 リディアはひた隠しにしているつもりでいるようだが。

 2年も昼夜の関係を続けていれば察してしまう。

 ……身を引くと決めたエッジと反比例するかのように。

 リディアがこちらに好意を寄せ始めたことを。

 —— —— ——

 

 カルミネの事件の前にそうなっていたら、諸手を挙げて喜んでいたはずだ。

 しかし、今のエッジにとっては嬉しい誤算でもあり、何とも皮肉な話でもある。

 

 —— —— ——

 あの時、リディアが決して口には出さなかった答え。

 ……『好きな人』が、リディアの真の気持ちかもしれないなんて。

 身を引く前提で始めた薄暗い関係が、リディアをほだしていたかもしれないなんて。

 だから、『エッジ』がいなくなっても、恋愛する気がないと言い切ったなんて。

 エッジと同じように、リディアも『好きな人』を胸の内に抱えたまま。

 一生を終えるつもりでいるかもしれないなんて。

 —— —— ——

 

(オレは決してそれを認めちゃいけねえ……!)

 この先リディアからも、そんな言葉を引き出してはならない。

 もし、それを引き出してしまったら。

 エッジはたちまち狂って、リディアを強引にエブラーナにかっさらってしまいかねない。

 

 リディアの日常から、物理的に『エッジ』を消す準備は着々と進んでいる。

 物理的に距離を置けば、リディアの心も離れると思っていたが、認識が甘かった。

 

(このまま他の野郎になびかねえなら、『ツクヨミ』で……)

 リディアはこれ以上、自分を好きになってはいけない。

 『ツクヨミ』は、エッジ自らの意志でいつでも消去出来る。

 これからは、そんな泡沫の存在を使ってでも。

 リディアが求める『エッジ』をぶっ壊して、嫌うように仕向けた方がいいかもしれない。

 

§

 

 自問自答と独り言を繰り返すだけの、脳内ひとり反省会はもうおしまい。

 

「っし、つまみ食いの時間だ」

 

 去年と同様、いただいたお菓子をつまみながらエブラーナに帰ることにする。

 

 しわが残ったままの便せんを封筒に納めて、そばに置かれた紙袋の中に入れる。

 続けて、顔から外した白狐の面も、紙袋の中に投げ入れてやった。

 

 紙袋から手のひらサイズのお菓子をひとつ取り出す。

 雑多に包まれている紙を開き、「……」いざお菓子とご対面から、数秒後。

 

「……っ、はははははっ! なんだこれっ! 手裏剣パイじゃねえかっ!!」

 

 エッジは腹を抱えて高らかに笑い出した。

 

(星にゃ見えねえ!!)

 パイには、雪のように粉砂糖が満遍なく振りかけられている。

 どうやら、ジャムを中央に乗せたパイ生地を折り畳んで、星に見立てたようだが。

 どうしてもそれが、忍者特有の投擲武器にしか見えない。

 

「あー、面白えなぁ……」

 

 ようやく笑いが収まり、一口かじるとパイ特有のさくさくした食感。

 粉砂糖のおかげで、ほんのりとした甘さが口に広がる。

 

 —— —— ——

 エッジはある時期を境に、喜怒哀楽をほとんど出さなくなった。

 声を出して笑ったのは、最後にリディアと会った、11の月最終日以来だ。

 リディアの存在は、エッジの中で消えかけている人間らしさを取り戻してくれる。

 —— —— ——

 

 リディアは、エッジがいなくてもやっていけるが。

 エッジには、リディアがいない人生はあり得ない。

 この先、細い蜘蛛の糸のようなつながりに変わっても、なんとかやっていけそうだ。

 

「……来年再来年だけじゃねえ、これからもずっとおまえに届けてやるよ」

 

(来年からは、『オレ』じゃねえけどな)

 手紙の返事をつぶやくと、エッジは甘い手裏剣を再びかじり始めた。

 

 リディアが終生幸せに過ごせるように。

 影のように姿を黒く覆い隠しながら、いくらでもそのお手伝いをしてやる。

 

 それがこの先、リディアのそばにいられなくなるエッジが出来ることだから。

 

 *9年後につづく

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