※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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注)この章はとても長い+性描写がある話は少ないです


9年後
あなたの顔が見たい ※


 

 

9 years latar

 

 

——3の月26日

 

 

 あと1週間で4の月。新緑の季節がやってくる。

 まだまだ朝晩肌寒く、陽の入りも早い。

 分を追うごとに、外は橙から濃紫へと移り変わっていく。

 

 夜が早いミストでは、もうすぐ夕食の時間である。

 リディアも準備のために、かまどの上に置かれたお鍋とにらめっこしていた。

 

「……あれ?」

 

 ぐつぐつ煮立っていた音が急に収まった。

 しゃがんで、かまどの中をのぞいてみると中は真っ暗。火が消えている。

 

「どしたー?」

 

(ちょっとつぶやいただけなのに……)

 エッジが居間スペースから声をかけてきた。

 ミゼルから借りた新聞を読んでいたはずなのに、さすが聴覚が鋭い。

 

「うん、時間が切れちゃって。【……」

 

 独り言のような返事をしながら、かまどの中に手を入れて詠唱を唱える。

 手のひらからぼっと現れた炎を奥に転がしてあげた。

 

「よしっ」

 

 リディアは、そうつぶやいてから立ち上がった。

 そのうち、お鍋からまた音が鳴るだろう。

 

「けどよ。そいつで、家ん中の火が事足りちまうってすげえな」

「だから、『薪要らずの魔法』なんだよ」

「もうちょいかっこいい名前なかったのか」

「わかりやすいからこれでいいの」

 

 『薪要らずの魔法』は、かまど、暖炉、風呂で消費される薪の代わりの燃料魔法だ。

 昨年9の月に、ミストの村限定で詠唱が公開された。

 今では住民の大半が、この魔法を使っている。

 

 ミストの各家庭に浴室が設置されて、薪の需要が増えてしまった。

 何か対策を取らないと、緑がなくなってしまう。

 『薪要らずの魔法』は、そんな目的から昨夏考案したリディアの手作り魔法である。

 

 ***

 

——昨年 8の月上旬

 

 リディアはその日、朝から村長ミゼルの自宅を訪れた。

 前の日の夜、ファイアをベースにした『薪要らずの魔法』が、ついに完成したのだ。

 

「おじちゃーん、魔法出来上がった!」

「ご苦労さま。よくがんばったじゃない」

「あのね。昨日、いいこと思いついたんだけど……」

「何を?」

「これさえあれば、世界中のおうちにお風呂がついても、緑が守られるんじゃないかなあって」

 

 詠唱呪文さえわかれば、『薪要らずの魔法』は、ファイア習得者なら誰でも使える。

 仮に黒魔法の巡回指導が始まったと同時に、浴槽が販売されたとしたら。

 この魔法は世界的に役立つかもしれない。

 

 魔法の世界展開に思いを馳せるリディアだったが。

 ミゼルが神妙な面持ちで、こんなことを言ってきた。

 

「……申し訳ないけど、当分の間ミスト以外の人には内緒にしておくことにしたよ」

「えぇ、ミスト限定なの? どうして?」

「どうしても何も、『薪要らずの魔法』は初ものだからです」

「初もの……あっ、手作り魔法を作る人が今まで誰もいなかったから……」

 

 リディアの手作り魔法は、黒魔法を改造した新種の魔法。過去に事例がない。

 

「今、何の考えもなしに呪文をよその誰かに教えたら、嫌でも全世界に広まっちゃいます。——はいっ! それからどうなると思いますかぁ?」

「え、えっと……」

 

 ミゼルから、突然クイズのようなノリで質問されてしまった。

 回答に詰まっていると、数日前の朝の記憶がふっと脳裏に浮かんできた。

 

 —— —— ——

『なんでもそうだが、初ものってのは新発見の連続なんだよ』

『わたしが、先例を作って行くんだね』

『そういうこった』

 —— —— ——

 

「……初ものだから、『先例』が出来ちゃう」

「おぉ、いいとこ突いてきたじゃん! 今うかつに魔法の存在を知らせて呪文を広めたら、手作り魔法は無償、つまりタダで公開される、『先例』が出来てしまいます」

「だめなの?」

「いや、きみはいいかもしれないけど、世の中にはきみみたいな善人はそうそういない。これから先、手作り魔法を作る人が出てきたら、きみは、その人たちからむちゃくちゃ恨まれるかもしれないね」

「あぁ、お金儲けし辛いから……」

「そうです。あと、何も考えずに今世界に広めるとですね……」

 

 調子に乗った人たちが、世界各地からミストにいるリディアの元にやってくる。

 そして、あんな魔法やこんな魔法を『タダ』で作るよう、お願いする可能性が高い。

 

 今回は、日常生活向けの魔法だからまだいい。

 しかし、リディアは黒魔法を全てマスターしている。

 本人にその気がなくても、人を傷付ける魔法も作ることが可能である。

 ポイズンやメテオをベースとした魔法だと、兵器に利用されるかもしれないという。

 

「悪用目的で、きみはますます悪い人たちに狙われるかもしれないね」

「わたし、魔法屋さんじゃないし、なるつもりないんだけど……」

 

 元々『薪要らずの魔法』を作るきっかけは、ほぼ成り行きだ。

 キロンに対抗して作ると宣言してしまったからである。

 無償でも有償でも、リディアは魔法制作屋になる気は全くない。

 

「それはよーく知ってます。ただ、みんながそう思ってくれる訳じゃないからね」

 

(ここまでおおごとになるなんて思わなかったなあ)

 ミゼルいわく、あくまでもそれはリディアの意志でしかない。

 本人の望まずところで、手作り魔法の不当利用や悪用しようと考える者は出てくる。

 ミゼルはそれを防ぐために、現段階では大っぴらに魔法を発表しないという。

 

「じゃあ、作った人の名前を隠して発表したらどう?」

「いやいやいや。新種の黒魔法を今作れる人って、ミンウ様かきみぐらいしかいないじゃん」

「あっ、そうだった……」

 

 手作り魔法は、初ものかつ特殊中の特殊だ。

 すぐに製作者がリディアだとバレてしまうので、匿名でも意味がない。

 

「『薪要らずの魔法』もだけど、これからリディアさんが作った魔法は、何かしら見返りがない限り、世界中には広めません」

「見返りって何?」

「そりゃあ、お金ですよ。ぼったくるつもりはないから心配しないでちょうだい」

「じゃあ、『薪要らずの魔法』は、どこに見返り求めるの?」

「Zに、魔法制作費と使用料を請求しようと思ってる」

「Z……あっ、お風呂をつけてくれた会社だね」

 

 Zは、家庭用浴槽を開発したトロイアの会社である。

 その運用テスト地域にミストを選んで、家庭に浴室を無償で設置してくれた。

 

 おかげで、薪の需要と樹々の伐採が増えたことが判明した。

 魔法の詠唱呪文もセットにして浴槽を売れば、売上は上がるはず。

 それを交渉材料にして、『薪要らずの魔法』を有償提供する話を持ち掛けよう。

 ミゼルはそう目論んでいたという。

 

「たださぁ、Zから……」

 

 ミストの樹々の伐採が増えてしまった。どうしたらいいだろう。

 キロンに寄合で指摘される以前から、ミゼルはZにそんな相談を持ちかけていた。

 しかし、その件に関して、Zから全く返事がこないという。

 

「だいぶ前の話じゃない。まだ返事来ないの!?」

「どれだけ催促しても、ジャンヌさんに出向いてもらっても、『担当者不在』でおしまいでね。返事を先延ばしにされてるんだよ」

「担当者って、いつもミストに来てくれる人たちのことじゃないの?」

 

 —— —— ——

 Zで浴槽を開発した部署、略して開発部の社員数名が、定期的にミストに来てくれる。

 その人たちがミゼルに直接、家庭内浴槽の無料設置を持ちかけてくれた。

 彼らはミストの各家庭を回り、住民に浴槽や浴室の使い心地をたずねている。

 ついでに、浴槽の点検。必要ならば修理に応じてくれる。

 —— —— ——

 

 彼らがてっきり担当者だと思っていたが、違うのだろうか? 

 

「その人たちは、商品を考えてより良い品質にするのがお仕事だから答える立場じゃないんだ。でも、話したらその担当者へ掛け合おうとしてくれたよ」

「やっぱり、いい人たちじゃない!」

「でも、しょせん下っ端だからさ……」

 

 開発部の社員たちがジャンヌを伴って、問題の人物——偉い人——に物申そうとした。

 ところが、その人物は、『今、忙しいんだよ!』と言い残して逃げてしまったという。

 

「ひどい! 偉い人ならきちんと責任取らなきゃだめじゃない」

「クビにされたら身もふたもないから、それ以上強く言えないのがね……」

 

 現場の人間はさておき、Zは現時点で会社として信用出来ない。

 今後、Zと話し合いがついて見返りがもらえるまで。

 『薪要らずの魔法』は、ミスト内での秘匿事項にするという。

 

「Zが不誠実な態度を続けるようなら、訴訟も考えないとなあ」

「えっ、裁判起こすの!?」

「『先例』になってしまうから、なあなあで片付けたくないんだよ。さすがに最後の切り札だけどね」

 

(初ものだから、ものすごく慎重になってるんだ)

 リディアが魔法を作ると宣言した直後。浮き足立つミストの中でミゼルだけ暗かった。

 彼のここまでの説明で、その理由がうっすらとわかった気がした。

 

「そういう訳で、今度の寄合で今の話。全部ぶっちゃけるから、よろしくね」

「うん、いいよ」

 

 当分の間、『薪要らずの魔法』を使えそうにない、ミスト以外の人には申し訳ない。

 それでも、リディアは自身の『芯』や故郷を優先することにした。

 

§

 

 それから数日が経った、8の月10日。

 8の月前半の寄合で、ミゼルは住民に『薪要らずの魔法』の完成を報告した。

 先日、リディアに話した内容も全て打ち明けた。

 

 その上で、Zとの交渉が成立するまで、魔法の存在や詠唱呪文を、ミストの秘匿事項にする。

 罰則を設けるので、仮に呪文がミスト外に漏れた場合。漏らした者は処罰を受ける。

 9の月から、薪要らずの魔法の使用を住民に解禁する。

 それに伴い、黒魔法講座の受講者の年齢制限を外す。

 以上の内容を元に、お触れを出すと発表した。

 

「いつまでかわかりませんが、当分はミストだけの秘密ってことですよね」

「はい、そうです」

「外から来て下さってる、お医者さんはどうするんですか? 嫌でもバレると思います」

「そういえば、秋になったらバロンから黒魔法の先生もくるんだよな」

 

 昔と違って、今は『来るものを行商以外拒む』ミストではない。

 村に常時出入りする外部の人間が少なからずいる。

 

 週5日常駐する、バロンから派遣された医師。

 9の月から、黒魔法講座の講師に着任する女性——エライア。

 ふたりには、秘密厳守の誓約書に署名してもらうことになった。

 もちろん呪文を外に漏らしたら、ふたりにも罰則が適用される。

 

「エッジ様も署名してもらったらどう?」

「しょっちゅうミスト来てるし、名誉村民みたいなもんだしな」

「あの方は必要ないです。ああ見えて公の立場ですし、ぶっちゃけ、リディアさんが誓約書代わりですから」

 

 エッジは誓約書の署名対象から外れることになった。

 もし、呪文をミストの外に漏らしたら、リディアも責任を負ってもらうという。

 

「歩く誓約書! 言うねえ!」

「もしエッジ様がバラしたら、リディアも連帯責任だ!」

「一心同体!!」

 

(もうちょっと言い方考えてよ!)

 リディアがエッジの誓約書代わり——ミゼルの表現がツボにはまったのか。

 みんなから、げらげら笑われてしまった。

 恥ずかしかったが、まるで夫婦みたいで、ちょっぴり嬉しかったのは内緒だ。

 

「仮にお触れを破ったら、どんな罰を受けるんですか?」

「ああ、それはですね……」

 

 ミスト外に呪文を漏らした場合、ミゼルを伴い、一軒一軒ミストのお宅を回って謝罪する。

 加えて、しかるべき場で、犯人自ら罰を決めて罪を償ってもらうという。

 

(厳しいのかぬるいのか、よくわかんないなあ)

 自ら罰を決めるというのは、犯人の良識を試している点ではいいと思ったけれど。

 

『まあ、ここにはミストの住民の足を引っ張る悪い住民は、だーれもいないって、ぼく信じてますからぁ!』

 

 おどけながら話したミゼルに、リディアもみんなと一緒に大笑いしたものだ。

 ……そんなことをする住民はいない、と。

 

 ちなみに、この日の寄合。

 キロンたち保守系先住民は、珍しく大人しかった。

 彼らは頭が固くて古く、閉鎖的な思考の持ち主が多い。

 この村が魔法を独占するのが望ましいと考えて賛成したのだろう。

 

 ***

 

 『薪要らずの魔法』が考案されてから、半年近く経つ。

 今のところ、ミストの外に呪文が漏れたという情報は入ってきていない。

 

「エブラーナでは広まってないよね?」

「うちにゃそんなもん使う奴いねえよ」

「……そうだよね」

 

 エッジも昨年の夏に、ミゼルから直接説明を受けて秘密厳守を誓っている。

 この魔法を知ったところで、彼にはメリットがない。

 なぜなら、エブラーナは黒魔法が浸透していない。

 自国で『薪要らずの魔法』と同等の忍術を作ればいいのだから。

 

「ミスト限定は、ちょっともったいないんだけどね」

「手の内は、うかつに見せねえ方がいいぞ」

「そんなことしないもーん」

 

(魔法屋さんなんてやるつもりないもん!)

 リディアの『芯』は、召喚士の育成と黒魔法の指導である。

 ただで詠唱呪文を提供したら、『先例』が出来てしまう。

 それで『芯』が揺らいでしまうなんてまっぴらごめんだ。

 

「けど、ミゼルも太っ腹だよな。普通は村に利益ごっそり持ってくもんだが」

「ほんとだよ。でも、ミストにほとんど寄付するけどね」

「おまえがそうするってわかってたんだろ」

 

 —— —— ——

 仮に見返りとしてギルを得た場合、全てリディアの取り分になる。

 ミゼルのそんな提案を、リディアは最初固辞した。

 ところが……。

 

『一旦は受け取っておきなさい。それから何に使ってもいいから』

 

 そう言われて、提案を受け入れることした。

 もし報酬を得た暁には、甘いおやつ代や少々のおこづかい。

 それらを除いて、全てミストに寄付するつもりでいる。

 —— —— ——

 

(でも、Zが今もあの調子じゃ……)

 もっとも、未だ回答してくれないZに、見返りなんて期待していないけれど。

 

「……ありがとう」

 

 お鍋の中身をゆるりとかき混ぜながら、エッジに小さな声でお礼を口にした。

 

 昔のリディアなら、みんなの生活が楽になる一心で何も考えなしに。

 世界各地に、『薪要らずの魔法』を広めていたかもしれない。

 そうしなかったのは、エッジのおかげだと思っている。

 

 エッジは、リディアのことを『温室育ち』と指摘しながら。

 温室からの脱走をそそのかしてくれた。

 人には揺るがない『芯』があることも教えてくれたから。

 

「あ? なんか言ったか?」

「なんでもないよ」

「ふーん……そろそろ、うちも薪要らずの術を作らせるかね」

「っ、変な名前!! もっとかっこいいのにしたらぁ!?」

「うっせえ! ほっとけ!」

 

 単純に魔法を術に置き換えただけの、エッジのネーミングの適当さよ。

 先ほどのお返しとばかりに、リディアはからから笑ってやった。

 

「黒はどうでもいいが、白をいい加減な……」

「え? 忍者って白魔法いるの?」

「いろいろあってな。年内にどうすっか決めるんじゃね?」

「ふーん……」

 

(イザヨイさんが使っていた回復術があるから、白魔法はいらない気がするけどなあ)

 エッジの口から珍しい言葉が飛び出して、首をかしげた。

 しかし、ミストと同じように、エブラーナもよその人に言えない事情があるのだろう。

 そう思って、それ以上は追求しなかった。

 

「そういやさ」

「えー、なぁに?」

「『奴』がもうすぐ帰ってくるんだろ?」

「うん……」

 

 エッジの『奴』という言葉を聞いて、リディアは表情を曇らせる。

 

 来月4の月、『奴』——ミスト出身のある男性が、トロイアからミストへ帰ってくる。

 これまで復興を知って、ミストに帰郷した先住民がリディア以外にも何人かいた。

 しかし、この男性の場合、人格や出自……何かと厄介なのだ。

 

 ***

 

——1の月中旬

 

 年明けの第1回目の寄合で、男性——アドニスの帰郷が発表された。

 それから数日後。ミゼル夫妻と夕食を共にしていた時だった。

 

「きみに大事な話がある」

「なぁに?」

「アドニスのことだよ」

「ああ……」

 

(やだなあ、戻ってこなくていいのに)

 ミゼルから突然、アドニスの話題を切り出された。

 

「復興中はミストに見向きもしなかった、キロンさんの息子かつ若い独身男性が、今更戻ってくる。——それがどういうことかわかるでしょ」

「純血のわたしと結婚したいんでしょ……絶対しないけど」

「しなくていい。おまえの血しか見ないし、何より糞だからな」

 

 4の月に、キロンの息子——アドニスがミストに帰ってくる。

 

 —— —— ——

 実は、昨年のクリスマス。

 リディアは、ジャンヌから事前にそんな情報をもらっていた。

 

『アドニスはろくでもない人間だった』

『帰ってきて欲しくないなあ』

『帰ってきたら、リディアは間違いなく困るよ』

『おまえは、あいつに絶対狙われる。気を付けろ』

 

 寄合終了後。若い先住民からも、アドニスの評判を教えてもらうと共に忠告をされていた。

 —— —— ——

 

「まあ、ジャンヌさんがこうもけちょんけちょんにするぐらいの人だからさ。ミストに戻ってくるまでに、何か対策を考えたほうがいいと思うんだよ」

「でも、何かされそうになって魔法を使ったら、キロンさんが黙ってないと思うんだけど……」

「父親もだけど、春になったら嫌でもミストの住民だからね」

「いろいろ面倒だよね。どうしよう……」

 

 正当防衛のために魔法を使うとしても、相手がアドニスだと面倒である。

 息子に何かあれば、あの父親が文句を言い出すに違いないからだ。

 

「だったら、防御しかないじゃないか」

 

(防御……)

 ジャンヌが投げやりに言った言葉で、リディアはぴんときた。

 

「それなら、おうちに張れる結界魔法を作ろうかな」

「ああ、それが一番ベターだな。あと、アドニスがどういった行動するか想定して……」

 

 リディアはその日以降、アドニスが戻ってくる春までに。

 ミゼル夫妻や友人ふたりの協力の下、魔法を作ることになった。

 

 ***

 

「で? 魔法作れたのか」

「うん。一昨日、完成してね。なんとか間に合ったよ」

「……そっか。なんか困ったことあったら、いつでも言ってこいよ」

 

 好きなひとからの言葉は、ものすごく頼りがいがある。

 乗りかかりたくなるが、この先関係がどうなるかわからない。

 エッジを頼ってはいけないと自制する。

 

「……ありがとう。心配してくれる人がすごく多いから、今のところ、なんとかなると思う」

 

(そんなことより、今はシチューの方が大事!)

 ジャンヌの口癖をわざわざ用いて、話題をむりくり締めてから。

 目の前のお鍋に意識を集中したのであった。

 

§

 

(そろそろだ!)

 しばらくすると、お鍋が再びぐつぐつ煮立ってきた。

 ふと窓の外を見れば、空が濃紫に覆われている。

 

「エッジー」

「んあ?」

「机の上、片付けてくれない?」

「……はいよ」

 

 ちらりと振り返ると、エッジの後ろ姿が見えた。

 立ち上がった状態で、居間机に散らばったごみや雑誌や新聞を片付けている。

 

(ここだけ切り取ったら、国王さまにはとても見えないや)

 エッジが、まるで妻の尻に敷かれた夫のように見える。

 かれこれ5年以上もこれを続けていたら、所帯染みてもおかしくないけれど。

 

 エッジがこちらを振り返ると同時に、視線をさっとお鍋に戻す。

 ……悲しいかな。

 リディアは今もなお、エッジの顔を見ることが出来ないでいた。

 

「お、今日はビーフシチューか」

 

 エッジが片付けを終えて、リディアの隣にやってくると、鍋の中をのぞき込んでいる。

 

「そうなの。昨日アリサにファブールでお肉買ってきてもらったんだ」

「あいつ、また出かけたのか……」

「お腹の赤ちゃんに、ギルバートの歌を聞かせに行ってるんだよ」

 

 アリサは現在、4人目の子どもを身ごもっている。

 今年に入ってから、各地で行われるギルバートの演奏会へせっせと足を運んでいる。

 

 ただいま妊娠4か月で、予定日は9の月の頭。

 夏になると外出は厳しくなる。

 お腹の赤ちゃんへの胎教もあるが、今のうちにギルバート成分を補給しているのだ。

 

「女じゃなかったらどーすんだよ」

「え? その時はまた頑張るって」

「あっ、そ……」

 

 エッジが、アリサに呆れ返っている。

 子づくりに励みすぎだからか、胎教させてまでギルバートにご執心だからか。

 一体どちらなのか、リディアにはよくわからない。

 

「珍しいな。手間暇掛けて作ってよ」

「そっちの方が美味しくなるんだって」

「はっ、あんだけ適当に作ってたのに、変われば変わるもんだな」

「練習するって前に言ったでしょ? だからだよ」

 

 一度でいいから、エッジが大好きなものを作って、『美味しい』と言わせたい。

 昨年の夏。リディアがそう心に決めてから、ようやく本日チャンスが巡ってきた。

 

(やっと、この日がきたぁ……!)

 牛肉を手に入れる機会と、エッジがここに来るタイミングがなかなか合わなかった。

 アリサやライザだけならず、他の主婦のみなさまにもいろいろコツを聞いた。

 『美味しい』と言わせる自信が出来るまで、何度試行錯誤を繰り返したことか。

 

 ちなみに、ビーフシチュー以外のお料理は、以前と同じまま。

 手間暇一切掛けて作っていない。

 

「おまえ、有言実行タイプだもんな」

「そうだよ? やると決めたらやるんだもん」

『有言までにえれえ時間が……!』

「え?」

 

(セシルの声?)

 突然エッジの声が変わって、首をひねった。

 その直後、ごほんごほんと咳の音。隣からエッジの姿がふっと消えてしまった。

 

「エッジ?」

『……っ』

「ちょっ、と。大丈夫!?」

 

 後ろを振り返ってみれば、エッジが咳をしながら、こちらに背を向けて座り込んでいた。

 

『……喉、声……出ねえ……』

「風邪かも。体温計で熱測らなきゃ」

『いや……急で悪い……さ、エブラーナ帰る』

 

 ようやく激しい咳が収まり、立ち上がったエッジの声はがらがら。

 リディアはかまどの火を消して、よろよろ玄関に向かうエッジの後を追いかけた。

 

「わたしもついて行くから、巡回艇で帰ろ?」

『いい。そこまで……訳じゃねえから』

 

 安全な帰国策を提案したが、エッジに断られてしまった。

 

「じゃあ、せめて発着場まで送っていくよ」

『いや、いい。ひとりで夜道……れねえよ……っ』

 

 エッジが玄関の扉を開けると、既に日が落ちて外は真っ暗になっていた。

 

 エッジの容態を診るなら、エブラーナ城に常駐している侍医が一番だ。

 だから、エブラーナに帰ろうとするのはわかる。わかるのだが……。

 

「……本当にひとりで大丈夫なの?」

『ああ……せっかく、メシ作ってくれたのに……悪りぃな』

 

 髪をぐしゃぐしゃかき混ぜるように、頭を撫ぜられた。

 声と合わせて申し訳なさが、エッジの手から伝わってくる。

 

「お城に連絡入れておくからね」

『ああ。そんじゃ……またな』

「うん。本当に気を付けて帰ってね」

 

 ごほごほ咳込みながらも片手を上げ、エッジが暗闇の中へと消えていった。

 リディアはそれを見届けてから、扉を閉める。

 

「——お手紙書かなきゃ!」

 

 途中で運転出来なくなって帰れなかったら、お城の人たちも心配するだろう。

 エッジの体調を案じると共に無事の帰還を祈りながら、書斎兼寝室へ向かう。

 

 ビーフシチューを食べてもらえなかったことなど、すっかりどうでもよくなってしまった。

 

 —— —— ——

 エッジが突然、ミストで体調を崩してしまいました。

 危険なので巡回艇で帰るように勧めました。

 しかし、大丈夫と言って譲らず、ひとりで飛空艇を運転して帰ってしまいました。

 無事にそちらへ到着したでしょうか? 容態が心配です。

 —— —— ——

 

 そんな手紙を、ミゼルにお願いして伝書鳩でエブラーナ城へ送ってもらった。

 

 それでもエッジのことが心配であまり眠れない。

 そのまま朝を迎えたが、早々からミゼルがじいからの通信文を届けてくれた。

 内容は連絡してくれたお礼と、診断結果——ただの風邪。

 それを読んで、ようやく胸をなでおろしたのであった。

 

 

——3の月31日

 

 

 それから更に数日経った、3の月最後の夜。

 

「あっ、あ、っ……はぁ、んっ……」

『ああ……いい声だ、っ……腰にくる……』

 

(病みあがりとは思えないんですけど!?)

 全てを洗い流しそうな勢いな、強い雨の音を背景に。

 口に出来ない場所から時折立つ卑猥な水音。

 リディアはセシルを装った声で聴覚を犯されながら。

 シーツに顔を埋めた状態で、エッジに背後から抱かれていた。

 

「はぁっ……っ、あんっ!」

『リディ、ア……ね、気持ちいい?』

「う、うんっ……」

 

 ぶんぶん首を大きく縦に振りながら、小さな声で返事した。

 恥ずかしくて『気持ちいいです』なんて、とても言葉に出来ない。

 

 どこにも逃さぬとばかりに、エッジに身体を強く抱きしめられたまま。

 身体の中を緩やかに蹂躙する楔のせいで、じわじわ熱が溜まっていく。

 

(こ、この姿勢なら、目隠し外してもバレないかも……!)

 少しでもエッジの顔が見れるかもしれない。

 ぼんやりとした意識の中で、ふとそんなことを思い付いた。

 そして、顔を上げながら右手を目元を覆う黒い布へと近付ける。

 

「あっ!?」

 

 指先に布が触れた瞬間、手首を強くつかまれてしまった。

 抵抗するために動かそうとしても、びくともしない。

 

『——外しちゃだめだ』

「ひ、っ……!」

 

 耳の奥に、冷たく尖った低い声が注ぎ込まれて、全身の熱が一気に冷める。

 

『何度言ったらわかるんだ……!』

「ぁ、やだ、手ぇ離してぇっ!」

 

 続けて、右手がエッジの手に包み込まれるように、シーツの海へと戻されてしまった。

 

 リディアの右手を触る時だけ、エッジはいつも優しい。

 どんなに空気がただれていても、声や気配に怒気をはらんでいても、だ。

 

『悪あがきしても無駄だよ』

 

 怒気をはらんだ声を合図に、エッジが熱い楔で何度も激しくかき回してくる。

 ルール違反を犯そうとした罰ゲームとばかりに、身体の奥を、通り道を、入口を。

 

「ふあぁ、やっ……ま、またイッちゃう、っ……! あ、あぁああぁぁっ……!」

 

(また……イッちゃった……)

 身体の奥を、身も心も揺さぶられるぐらいの勢いで突き上げられる。

 途端に、熱が再び身体を駆け巡り、嬌声を上げて大きく身体を震わせた。

 

「はぁ、っ……はあっ……」

『イキすぎ。もう何回目かな』

「ねぇ、お願い……ちょっと、休ませ」

『——だめ』

「ふぁぁっ!?」

 

 大きく深呼吸を繰り返しながら、休憩をねだった。

 なのに、達したばかりで感度が増している秘筒を、エッジが容赦なく蹂躙し始めた。

 

(エッジのおに!!)

 これ以上同じことを続けられたら、理性が完全に吹っ飛んでしまう。

 声を上げながら、心の中でエッジに向かって吐き捨ててやった。

 

 名前も呼ばせてもらえない。目隠しも外させてもらえない。

 セシルの声をやめてもらえない。

 しばしの休息すら、だめと言われて拒否された。

 あれもだめ、これもだめ。

 今夜も、だめだめ地獄で終わってしまいそう。

 

『ぼくが、っ、イッたら……休ませてあげる』

「ふぁあ、っん! も……やめ、てえ……ぁああっ、へんになっちゃう、っ……!」

 

 エッジは、タガが外れたリディアがとってもお好みらしい。

 言葉の合間合間に、荒く苦しげな息遣いを耳元でわざと聞かせてくる。

 

『変じゃない……嫌わないから、もっと見せて』

「ああ、っ……はあ、ん、っ、ああぁああぁーあぁっ!!」

 

(もう無理……!)

 敏感な身体に快楽を与えられながら、嫌わないと確約をいただいた。

 その途端、なけなしの理性を手放して快感に身を委ねた。

 

 身体の奥で何度も楔を受け止めながら。あえぎ声を上げてびくびく身体を震わせる。

 

『ああ、いい……その調子だ……』

「ん、ああぁぁあっ……」

 

(エッジ……)

 うわごとのように、はしたなく声を上げ続ける。

 快感に悶えながら、混濁した意識の中で、エッジの名を呼びたい衝動に駆られる。

 

 恋人同士でなくても、せめて名前ぐらい呼ばせて欲しい。

 今、エッジはどんな顔で、自分を貫いているのか見てみたい。

 ルールなんか消えてしまえばいいのに……! 

 

「……イ、イク……またイク……あっ、ぁああんっ!」

『いいよ、っ……ぼくも……っ!』

「ふ、ぁ……あ、ぁあああああーっ!!」

 

 抽送が更に激しさを増し、楔が奥の奥を抉ったその時。

 リディアの身体に溜まりに溜まっていた快感が弾け飛んだ。

 

『ぅ、っ……』

 

 達する直前でエッジが楔を引き抜き、身体の中から圧迫感が消えた。

 すぐさま、背中に生温かい感触を覚える。

 リディアの背中の上に、自身の欲を吐き出してくれたようだ。

 

「は、ぁっ……はあ……」

 

(う、動いたら……シーツが汚れちゃう……!)

 リディアは荒い息を吐きながら、余韻に浸る余裕もなく。

 ベッドに突っ伏したまま、ただただじっとするしかなかったのであった。

 

§

 

『動いていいよ』

「うん。いつもありがとう」

 

(やっと動ける!)

 うつ伏せでベッドに伏せていたリディアに、エッジが声をかけてくれた。

 同時に背中を、何度も上下を往復していた動きも止まった。

 ぎしりとベッドがきしむ音を合図に、エッジの手も気配も離れていく。

 

 後処理が終わり、その場で仰向けになりながら。

 手探りで白いシーツを探し当てて、自身の身体を覆い隠した。

 

 高露出を誇る服には(一応)見えないケープがあるけれど、今は何も覆うものはない。

 裸をエッジにじろじろ見られていると思うと、羞恥でいたたまれなくなる。

 

『お礼はもう言わなくていい』

「……どうして? これぐらい言わせてちょうだいよ」

 

(至れり尽くせりだもん)

 最初の夜から一貫して、エッジがリディアの中に欲を出すことはない。

 いつも、達する直前で抜け出して、背中やお腹などリディアの身体の上に欲を出す。

 そして、すぐにこうして穢れた身体を丁寧に拭いてくれる。

 

 お風呂で身体も洗ってくれることもある。

 ……目隠しはそのまま、お湯張りはリディア。

 ただし、そのあとまた続きが始まるので、お風呂に入る意味があまりない。

 

『最低限のマナーにお礼言ってたらキリがない』

「わっ」

『お茶淹れてくるよ』

 

 不意打ちで、髪を押さえるように頭を撫でられたと思ったら。

 扉の開け閉めの音を最後に、エッジの声は聞こえなくなった。

 本人の宣言通り、水分補給の準備に台所へ向かったと思われる。

 

「……もう」

 

 ひとり取り残されたリディアは、シーツを強く握りしめてぽつりとつぶやいた。

 

(優しすぎるよ)

 月終わりの夜になると、荒っぽさや向こう見ずなエッジは、すっかり影を潜めてしまう。

 

 セシルなら、これぐらいやってもおかしくはない。

 リディアにそう思わせるぐらい、紳士的に振る舞ってくれる。

 それが余計に、『本来のエッジ』を見たい聞きたい抱かれたい。

 そんな思いを駆り立てているなんて、エッジは気付いているのだろうか?

 

§

 

 紳士的なエッジが淹れてくれた温かいお茶を飲み干してから。

 いつものようにベッドに転がり、シーツをかぶった。

 ……ここまではいつもと一緒だ。

 

「はい、どうぞ」

 

 シーツの端を高く持ち上げて、エッジに中に入って寝るよう勧めてあげた。

 

『……どうしたの』

「もう、早く入ってったら」

 

 左手を軽く振って白い布を揺らしながら催促したら。

 エッジがシーツに潜り込み、リディアの上へ覆いかぶさってきた。

 2戦目に入る素振りは感じられない。

 

(よしよし、いい感じ!)

 初の白い布の中へのお誘いが成功して、心の中でほくそ笑む。

 

 はじめは、出ていけ、入ってくるな、寝込み襲うなと思っていた。

 それがいつの間にか、エッジと夜を過ごす中で、今が一番好きな時間になっていた。

 朝まで、もしくは眠りにつくまで。

 エッジとずっとこうしていられたらいいのに……。

 

『いつもより優しいじゃない。だから、今日は雨なんだね』

「雨は毎月でしょ。また風邪引いちゃうよ?」

『……この間は悪かった』

「またそれ? 気にしてないって何度も言ってるじゃない」

 

 エッジは本日ここに来てから、1週間前に突然帰ったことを謝ってばかりいる。

 

『あんなにやる気あるきみを見たのは初めてだ。直前で帰るなんて最悪じゃないか』

 

(そんなに食べたかったんだ……!)

 エッジに謝罪される度に、手間暇シチューを楽しみにしてくれていたように感じられる。

 

 確かに、『美味しい』と言われる機会がなくなったのは残念。

 それでも、ただの風邪だったし、あれから無事にエブラーナへ戻れた。

 リディアは特に不満はないのに、エッジがひとりで気にしている。

 

「しょうがないよ。今は季節の変わり目だから、風邪引……っ!」

 

 右手がうっかり動いてしまい、指先から伝わってきた感触に、リディアはぎょっとする。

 

『どうしたの?』

「やだ……! なにこれ……!?」

 

 壊れ物を扱うかのようにモノを優しく握りしめながら、呆れ声を上げた。

 

(もうやる気満々じゃない!?)

 エッジのモノに触れてしまったのはいい。

 しかし、今からすぐに始めてもおかしくないぐらい、既に硬くそそり立っている。

 

『くくっ……』

「何よお」

『いや? 変われば変わるものだと思ってね』

「……ほっといてちょうだい」

 

 リディアはくつくつ笑うエッジがいる逆の方向に、ぷいとそっぽを向いた。

 ……モノを握りしめた右手はそのままに。

 

 一体誰のせいで、男性のモノを抵抗なく触れるようになったと思っているのか。

 一生縁がないと思っていた性を解放させられたと思っているのか。

 エッジ以外の相手なんか想像もつかないし、したくもないけれど。

 

(もっといちゃいちゃしたかったのに。これじゃあ、すぐに続き始まっちゃう……)

 右手の中でモノがどんどん硬くなっていくのを感じながら。

 リディアはエッジに気付かれぬよう、小さく息をついたのであった。

 

 

 ***

 

 

 『あなた』は、一国を背負う高貴なひと

 この先、『あなた』は『あなた』を支えてくれる

 きれいでしっかりした女の人と結婚して

 次の国王さまになるお世継ぎを残して、家族を作らなきゃ

 

 本音はそんな日、来てほしくないけど

 いずれ、あたしの日常から、『あなた』が消えてしまう日がやってくる

 こんな風に、『あなた』とまぐわうこともなくなってしまう

 

 あたしは、恋のいくじなし

 高貴な身分じゃないと理由をつけて

 ミストを離れたくない、離れられない

 普通の生き方がいいと自分を言い聞かせて

 普通を捨てて、ミストを捨てて

 なりふり構わず『あなた』を追い掛けたり

 『あなた』に告白する勇気もないから

 ただ、お別れを黙って受け入れるしかないの

 

 だから、その日が来る前に

 『セシル』じゃなくて

 『あなた』として、あたしを抱いてほしい

 

 顔が見えなくったって、仕草や声をごまかされたって

 わずかながらに見せる気遣いや、あたしに触れる右の手が

 いやでも、『あなた』だと教えてくれるから

 昔のように、『セシル』と勘違いしたことは一度もない

 

 それでも、あたしは本当の『あなた』に抱かれたい

 本当の『あなた』の声でささやかれたい

 抱いている時に、『あなた』の名前を呼ばせて欲しい

 

 思いを伝えられない代わりに

 あたしは、『セシル』じゃなくて、『あなた』に抱かれてた

 遠回しに、『あなた』にそう伝えたい

 

 あたしを抱いている時の、『あなた』の顔をどうしても見たい

 例え痛みを伴ってでも、目隠しを取っ払って

 その事実を、五感全てであたしの記憶に刻みつけたい

 

 『あなた』は、あたしのことを大事な仲間以上には思っていない

 でも、あたしは『あなた』のことが、仲間以上に大好きなの

 

 『あなた』は、わたしを守ってくれたり助けてくれるだけじゃない

 この地上で生きて行く厳しさや楽しさを教えてくれた

 あたしにとって、いちばんのひと

 そんなひと、後にも先にも『あなた』だけしかいないの

 

 このまま、『あなた』とお別れしたくない

 だから、お願い

 一度でいいから、本当の『あなた』をあたしに見せて……

 

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