※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

5 / 160
エッジ視点


吉辰良日

 

 

——幻獣界を訪れてから8日後

 

 

「若様」

「なんだよ」

「追加の書類をお持ちしましたぞ」

「……そこ置いといてくれ」

 

 指示通り、じいが真新しい書類をサイドテーブルにどんと積んでくれた。

 エッジは横目でそれを視野に入れると、再び手元の書類に視線を戻した。

 

「す、素晴らしい! 今、目を通されているもので終わりですか!」

「なんもやることねえからな」

「病気様々ですなぁ。公務に励まれる若様のお姿を、父上様と母上様が見たら……う、ううっ……」

 

(普段から真面目にやってるっての)

 突如泣き出したじいに一切目もくれず、書類をばさりと床に放り投げた。

 

「泣くのはいいが……終わった奴、全部持って行ってくれよな」

「はっ」

 

 じいがぐずぐず鼻をすすりながら、床に散らばった紙の束を集め始めた。

 年齢にしては素早い動作から、忍者の端くれだと思わせられる。

 

「……今日はもう持ってくんなよ」

「かしこまりました。また明朝お持ちいたします」

 

 部屋を後にするじいを見送ると、上体を寝かせて目を閉じた。

 書類の見過ぎで相当酷使しているのだろう。じんわりと目が染みる。

 

 思えば真っ昼間から寝室で休むなんて、一体何年ぶ……一体??

 記憶をさらっと振り返るも、全くかすりもしない。

 

(……生まれて初めてだ)

 エドワード・ジェラルダイン。齢28にして人生初の療養生活の真っ只中である。

 

 —— —— ——

 5日前。いつものように執務室で書類とにらめっこしていた時だった。

 

『若様』

『……あ?』

『何か顔が赤いようで……』

 

 じいがそう言いながら、エッジの額をちょんと触ってきた。その数秒後。

 

『こ、これは一大事っ!!——おーい! 誰かここへ!!』

 

 じいの大声を皮切りに、執務室の空気は一変した。

 若い使用人が部屋に入ってくるわ。みんな血相を変えているわ。

 体温計で熱を測ったら、なんと40度近くあった。

 

 そこで意識がぷっつり途切れてしまい、それから2、3日ばかり記憶がない。

 無自覚だったから公務を続けていられた。そう気付けば、ぶっ倒れて当たり前。

 

 侍医による診察の結果、現在エブラーナで流行っている『夏風邪』であった。

 身体能力を極めて怪我を回避することは出来ても、病気には勝てない。

 —— —— ——

 

 2日前に意識を取り戻してから、こうして寝室で書類を片付けるようになった。

 当初は溜まった書類にげんなりしていた。しかし、他にやることもなく逃げることもままならない。

 おかげで、予想以上に早いペースで書類を捌くことが出来た。

 

(明日から早起きして修行しよ)

 身体がなまって仕方がない。体力もがた落ちだ。

 自分を死に追いやりたい暗殺者がいたら、今が狙いどきだ。

 

「さあて、ちゃちゃっと片付けますか」

 

 小休憩はもうおしまい。上体をゆっくりと起こすと。

 サイドテーブルに積まれた書類をまとめて手元に引き寄せた。

 

(なんか楽な奴ねえかなあ)

 早く片付けられそうなものがないか書類をめくっていく。

 重要性の高くないもの、興味のある分野から手を付ける。

 これは書類格闘時におけるエッジ独自の手法であった。

 

 残り3分の1ほどに差し掛かったところで、手を止めた。

 書類と書類の間に手紙が紛れ込んでいる。

 手紙も書類のひとつ。混ざっていてもおかしくはない。

 

(もしかして……)

 予兆めいたものを感じて、封筒をさっと抜き出した。

 象牙色の無地の封筒の裏を返せば、差出人は無記名。飾り気ひとつない紅い封蝋が施されている。

 

 右手で宙を切るように印を組めば、風遁を応用した術が発動。

 封筒の上部分がぺらりと開き、中から便せんを取り出して内容に目を通し始めた。

 

 —— —— ——

 親愛なるエドワード・ジェラルダイン国王陛下殿

 

 いかがお過ごしですか?

 気分転換と称して、お城を抜け出して皆さんを困らせたりしていませんか?

 

 あれから無事にお許しをいただきました。

 幻獣王様は、ひどく落ち込んでいるようです……。

 そちらはどれほど時間が進んでいるのか、すこし不安ですが、まずはご報告。 リディア

 

 追伸 どうやってミストに帰ったらいいか思案中。

 —— —— ——

 

 読み終えた便せんをくしゃりと握りしめてから。

 前かがみに突っ伏すと、安堵と脱力感から大きく息を吐いた。

 

「やーっと、決まった……長かったな……」

 

 —— —— ——

 魔導船でのセクハラ以降。

 ろくに口も利かないまま、リディアと別れてしまった。

 エブラーナに帰って国の立て直しに着手し始めたが、予想以上に多忙を極めた。

 

 そんなエッジの元に、ある日セシルから1通の書簡が届いた。

 政治的な話題が大半を占める中。最後にこう綴られていた。

 

『これからミストの復興に取り組むことにするよ』

 

 その一文を見た瞬間、エッジは人知れず決意した。

 リディアをミストに戻してあげよう、と。

 

 ただし、これはリディアの問題。本人が帰郷を望まないと意味がない。

 部外者に出来ることはといえば、帰郷への緩やかなレールを敷くことだけ。

 リディアが知ったら、ずる賢いと言われるかもしれない。

 しかし、多少小細工や根回しを行った甲斐はあったと思う。

 —— —— ——

 

 こっちに戻ってこい。どれほど本人にそう言いたかったか。

 無理矢理エブラーナに連れて帰ってやろうか。どれほどそう思ったか。

 隙あらば湧き上がる衝動を抑え続ける日々に、ようやく終止符が打たれた。

 

「……よしっ!」

 

 余韻に浸っていられない。

 上体を起こしてから、サイドテーブルの引き出しの中に手紙をしまい込むと。

 放置していた書類の束を引っ張って格闘を再開した。

 明朝、城を抜け出してリディアに会いに幻獣界へ行くために。

 

(頼むから、ばばあになってんじゃねえぞ……!)

 

 *3年後につづく

.

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。