※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

50 / 160
エッジ視点 
注)次から性描写回はしばらくお休みです


さばきのいかづち ※

 

 

——6の月30日

 

 

 険しい山々に囲まれた、召喚士の村ミスト。

 この村は不思議なことに、月終わり3日間だけしか雨が降らない。

 今、降雨量を稼がずしてどうする。

 そんなノリで、月が明けるまで強い雨が降り続く。

 

 エッジはいつものように、国有艇を発着場の片隅に停めた。

 黒い雨合羽を着込み、雨が叩きつける暗闇の中。

 リディアの自宅へ向かって一目散に走った。

 

 雨に打たれながら、玄関の前に辿り着く。

 目を閉じて例の男の気配を辿ったが、この周辺にはいないようだ。

 

『……へっ、雑魚な奴だ』

 

 鼻で笑ってから苦々しくつぶやく。声は激しい雨の音にかき消された。

 

 例の男は、この自宅や公民館でリディアを頻繁に待ち伏せしている。

 どうやら雨の日は休んでいるようだが、どんな天気だろうが、ここに来るな。

 そもそもリディアに寄るな触れるな。直接そう言ってやりたい。

 

 エッジは息を吸い、思考を切り替えてから拳を上げた。

 

どんどんどん

 

 玄関の扉を三度強く叩く。

 この叩き方で、リディアは自宅にやってきた人物が誰なのかすぐわかる。

 椅子から立ち上がり、こちらに早足でやってくる。

 そんなリディアの足音と気配を感じていると、扉が開いて室内の光が差し込んだ。

 

「いらっしゃい」

『……』

 

 リディアがうつむいたまま、更に大きく扉を開けてくれた。

 なぜなら彼女は、未だにエッジの顔を見ることが出来ないから。

 

(……目隠しするまで我慢しろよ)

 リディアが気を利かせてくれたにもかかわらず、何も答えない。

 なぜならエッジはリディアが近くにいると、セシルの声しか出せないから。

 

「早く入って。風邪引いちゃう」

 

 リディアに催促されて中に入ろうとしたら。

 雨合羽の裾や袖から、ぼたぼた水滴が床へ流れ落ちる。

 

「それ、脱いだらこっちにちょうだい」

 

 玄関のそばで雨合羽を脱ぎ終えると、びしょ濡れのそれをリディアに渡してあげた。

 

「もう、どうして傘使わないのかなあ……いっつも言ってるのに……」

 

(忍者は傘使わねえって言ったろ……)

 心の中で、リディアの独り言へぼやき返した。

 リディアは傘派、エッジは合羽派。

 雨具については、リディアと噛み合う日は永遠に来ないだろう。

 

 リディアが雨合羽の首根っこをつかんで、壁上に付けられたフックに引っ掛けた。

 

(そんな干し方じゃ、朝になっても乾かねえぞ)

 なんともまあ雑な干しように、笑いを必死で我慢する。

 リディアなりに気を遣っているのはわかる。わかるのだが……。

 雨合羽に手を伸ばした、その時。

 

「ちょっと!?」

 

 リディアが、信じられないといったような声で叫んだ。

 

「わたしきちんと掛けたでしょ!? どうしてわざわざ直すの!?」

『っ……!』

 

 まくしたてるように文句を言われた。

 それでも、笑いをこらえながら、水滴が全て落ちるように。

 手早く雨合羽のしわを伸ばして、フードの天辺をフックに引っ掛け直した。

 

(我ながら素晴らしいな)

 リディア以上に綺麗な見栄え。しかも、この掛け方ならすぐ乾く。

 惚れ惚れしていたら、隣から不穏な気配が漂ってきた。

 自身の不器用さを見せつけられたからだろう。

 リディアがめちゃくちゃ悔しがっている。

 

(どうせ来月、また同じことやらかすんだ。悔しがっても無駄だぞ)

 この雨合羽干し合戦は、月終わりの夜恒例の寸劇と化していた。

 リディアが今、感じているであろう悔しさを干し方と一緒にすぐ忘れるせいで。

 

「はい」

 

 今度は背後から声をかけられた。

 エッジは振り返らず、後ろ手で大方の位置を把握する。

 布の感触を得るやいなや、それ——タオルをつかんだ。

 手元に引き寄せたそれで、濡れた膝下部分をごしごし拭いていく。

 

「ね、身体冷えてない? あったかいお茶でも飲む?」

 

(ヤッてるうちに身体はあったまる)

 リディアの気遣いは嬉しい。しかし、時間がとても惜しい。

 部屋の隅に置かれた洗濯かごに、タオルをぽいっと投げ入れてから。

 背を向けたまま、黙って首を横に大きく振った。

 

「っ、ですよね……」

 

 リディアがそう言って、ため息をもらす音が聞こえてきた。

 少しだけエッジの心が痛む。

 

(悪りぃな……)

 ただでさえエッジの顔を見れないのに、肝心の本人はだんまり。

 おまけに、気遣いも断られてばかりではきついだろう。

 

 好きな女が、ここまで気を利かせてくれたのだ。

 めちゃくちゃ嬉しいに決まっている。

 普段なら、『喉乾いた、早く茶ぁ淹れてくれ』とか言って、逆に急かしている。

 

 しかし、月終わりの夜だけは別だ。

 そんな時間があるなら、早くリディアとヤリたくてたまらない。

 

 エッジは横目で背後を見やり、リディアの下がった肩をちょんちょんつついてやった。

 

「はいはい」

 

 渋々といったような声で、リディアが返事をしながら背を向けた。

 そして、彼女の背後から、懐から取り出した黒の細長い布を頭部に巻き始める。

 

 ずれを起こさぬように、きつく二重三重に巻くだけではない。

 横や後ろの髪を上げ下げしながら。

 長い翠髪が布で潰れぬように、くるくると布を巻いていく。

 

 目隠しを終えるまで、かなり時間がかかる。

 リディアも時折いらだっているような気配を漂わせている。

 にもかかわらず、エッジは毎月ほぼ無言。

 そして、慎重かつ丁寧に作業に取り組んでいた。

 

 仕上げに結び目を後ろ髪に隠す。これで無駄に手が込んでいる目隠しが完成。

 リディアの両肩をぽんと叩いてあげる。

 

『よし出来た。隣行こう』

 

 ここでようやく、エッジは口を開いた。

 ただし、自身と似ても似つかぬ、少し高めの柔らかな男性——セシルの声で。

 

「うん」

 

 リディアの身体をふわりと持ち上げて、横抱きにしてやる。

 いわゆる、お姫様抱っこの状態で隣の寝室に移動する。

 

(されるがまま状態、本当に大好きだよなあ)

 リディアは気付いていないだろう。

 至れり尽くせりのお姫様気分に浸れるからか。

 にんまり笑みを浮かべながら、抱えられていることに。

 

(そろそろおねだりだな)

 甘えられているようで、とても嬉しくてたまらない。

 しかし、エッジは心の中で油断大敵と気を引き締める。

 

「ねえ」

 

(きたきた……)

 2、3歩進んだところで、リディアから声をかけられた。

 エッジはその場に立ち止まり、優しくこう答えてあげた。

 

『何だい?』

「いい加減、演技や声を変えるの、もうやめ」

『——だめ』

「けち!」

 

 リディアを遮ってまでおねだりを断った。

 

『ルールだからだめだって、毎月言ってるじゃないか』

「うっ……」

『あ、名前を呼ぶのもだめだから』

 

 大抵のお願いは聞いてやれるが、これは無理である。

 その理由をリディアには話していない。これから話す気もない。

 こうやって『だめ』と断り続けてから、1年近くが過ぎようとしている。

 

「知ってた? 今の時代、なんでもだめだだめだって自分の子どもに言っちゃう人は『毒親』って呼ばれてるんだって」

 

(へえ……そう来たか)

 親友のどちらか——どうせうるさい方——から助言されたか。

 何かの本を読んで知ったか。そのどちらかに違いない。

 

『そうしてほしいから』

『1回ぐらい、いいじゃない!』

 

 いつもなら、そんな感じで感情に訴えてくるのに、今日は珍しく変化球。

 リディアに感心するも、こちらも折れる訳にはいかない。

 

『知ってるけど、リディアはぼくの子どもなの?』

「……ちがう」

『全然関係ないよね』

「う……」

『じゃあ、この話はもう終わり』

 

 理屈で論破して話題を強制終了させてから、再び歩き出す。

 

「ああん、もうっ!! ちょっとぐらいわたしの言うこと聞いてくれたっていいじゃないっ!」

 

 残念ながら、どれだけ大声を上げても無駄である。

 

『毎月毎月、懲りないね。罰として今日は朝までぶっ通しだな』

 

 容赦なく、『朝までヤる』を通告してあげた。

 

「な……!? 無理だよ! 身体保たない!」

 

 一昨年11の月末日に、朝までヤリ続けたことがある。

 リディアはその夜、よほど懲りたらしい。『朝までヤる』と言われるとこうして反発する。

 もっとも、反発イコール嫌とは限らない。

 

『腰が立たなくなるぐらいでしょ。それにさ、実は楽しみにしてるくせに』

 

 最後に、『違う?』と耳元で優しくささやいてあげた。

 すると、リディアが恥ずかしそうに小さくうなずいた。

 

 セシルの声はこういう時、とても役に立つ。

 誠実さにあふれた声質と声調が、リディアから本音をするする引き出してくれる。

 

「ちょっと……! 今、笑ってるでしょ!」

 

 いじらしい仕草がまた可愛くて、笑いを必死でこらえていた。

 そのはずが、知らぬ間に身体を小刻みに震わせていたようだ。

 

『いや?……ははっ! 身体は正直だから、仕方がないよねっ……あははははっ!!』

 

 エッジは我慢するのを辞めて、声を上げて笑った。

 次第に、笑う対象がこんな時でもセシルを演じてしまう自分に変わっていたけれど。

 

ぱたん

 

『はい、着いたよ』

 

 隣室に移り、ベッドの上にリディアをそっと降ろした。

 両肩をとんと軽く押してやると、後ろに倒れながらシーツの海に沈んでいった。

 後を追うように、長い翠の髪が白い布の上にさらさらと散らばる。

 

 ここまで来るとリディアは、9割方大人しくされるがまま。

 なんだかんだ言いながら、1ヶ月ぶりのセックスを楽しみにしていた。

 エッジにそう思わせてくれる。

 

『——じゃあ、始めようか』

 

 友人同士なのに恋人同士と偽って、快楽を共有する時間を。

 

 顔を徐々に近付けると、気配を感じたのか。

 いつでもどうぞとばかりに、リディアが唇を薄く開けてくれた。

 エッジは『好きモノ』な想い人に甘えて、口内を貪り始めたのであった。

 

 

 ***

 

 

 おまえの望みは叶えてやりたくても、叶えてやれない

 ルールをなくしても意味がないから

 

 目隠しも外してやれない

 セシルの声で愛をささやきながら

 おまえを抱いている惨めったらしいオレを

 おまえに死んでも見られたくないから

 

 あのエブラーナでの雨の日をきっかけに

 オレがいない日常に、少しずつ慣れさせてやらないと

 おまえが望む、温室からの脱走の手助けをしてやらないと

 そんな慣らし期間を始めたまではよかったが

 おまえと過ごすうちに、おまえを抱いているうちに

 オレはおまえの前で少しずつ、『オレ』でいられなくなってきた

 

 夜は完全に無理

 例え昼間でも、雨や雪でお天道様が隠れていたら無理

 おまえの近くにいるだけで、オレは自分の声が出せない

 

 いざ、おまえを抱こうとしようとしたら

 オレらしさの欠片もない、身の毛がよだつ物言いや

 上品な仕草しか取れない

 

 お天道様が明るいうちでも

 いずれ、オレは『オレ』でいられなくなるだろう

 

 突然終わりが来ても、おまえならひとりで乗り越えられる

 おまえならひとりで温室を余裕で抜け出せる

 そんなこと、とうの前からわかっていたのに

 オレがそれを味わいたくなくて、だらだら先延ばしにして

 おまえの貴重な時間を無駄にしてしまった

 そのばちが当たったのかもしれない

 

 愛してると思いながら、みっともない姿をおまえに見せたくない

 そんなちっぽけなプライドを捨てきれないオレなんか

 おまえは愛しちゃいけない

 

 それでも、オレは死ぬまでおまえを愛し続ける

 おまえは何者にも代えがたいたったひとりの女

 

 だから、もう少しだけ、あと少しだけでいい

 偽りの恋人同士として、おまえと繋がらせてくれ

 

 いつでもどこでもおまえの前で

 『オレ』でいられなくなる、その日が来るまで

 

 

 ***

 

 

——7の月1日

 

 

 東の空から日が昇った。それまでミストを覆っていた雨雲はどこかへ流れていった。

 

 エッジは、その1、2時間ほど前から起きていた。

 とうの前に『短眠の術』は切れている。

 

 薄暗い寝室でリディアが、目を閉じてシーツにくるまっている。

 一糸まとっていない姿で寝息も立てず、ぴくりとも動かない。

 なぜなら、隠し持ってきた『金の砂時計』で、睡眠中にストップ状態にしてあるから。

 

 ヤッた翌朝は、エッジは一足先に起きて洗濯や後片付け……。

 リディアの知らぬ間に、昨夜の痕跡を消すのが通例となっていた。

 それも、つい先ほど終わってしまったけれど。

 

(ストップ解けるまで、あと30分ぐらいか)

 エッジは床に膝をついて、ベッドにもたれかかる。

 リディアの目元を覆う布を取り外しながら、こう語りかけた。

 

『……シチュー食ってやれなかったな』

 

 作り笑いを見せながら、黒い布を外し終えた。

 シーツからはみ出た白く細い右手を、両手でそっと包み込む。

 

『……すまねえ』

 

 エッジは苦渋に満ちた顔で、動かぬリディアに謝罪した。

 ただし、声は昨夜と同じセシルのまま。

 

 本当はこんな日、来てほしくなかった。

 けれど、この先『エッジ』はミストには来ない。

 リディアとの関係は昼夜どちらも、今日で終わり。

 

 ***

 

——昨夜

 

 あれは、2回目の睦事の真っ只中だった。

 強い雨音の中に遠くからごろごろ轟く音が混ざり始めた。

 

 長年にミストに通っているが、ミストでの雷雨は生まれて初めてだった。

 ミストは雷とほとんど縁がない。雷が落ちない年もざらだと聞いていたから。

 

 エッジは雷が身近な国に生まれ育ったから、どうでもよかった。

 それよりも、リディアと甘く激しい快楽を共有することの方がよほど大事だ。

 

 何もかも洗い流すような激しい雨音。時折遠くから響く落雷の音。

 それらとは対照的に、室内はみだらでただれた音と空気が充満する。

 

 時折くちゅ、くちゅ音を立てて、互いの舌を絡ませる。

 リディアが身体の奥から蜜をあふれさせながら。

 エッジが腰を引く度に、逃さないとばかりに内壁をも締め付けてくれる。

 

 身体の奥深くに、情痕を刻みつけて絶頂に導いてあげれば。

 やがてリディアは、タガが外れる。

 エッジの情欲を受け止める度に矯声を上げて、身体を震わせるだけだ。

 

(目隠しがなけりゃ言うことねえのに……!)

 目元だけ覆われた状態のリディアが快感にあえぐ。

 その顔を目に焼き付けながら、何度も腰を打ち付ける。

 

『く、っ……今度は……一緒に、っ……リディア……!」

 

 いい加減、リディアと一緒にイキたい。

 その一心で、腰を振り続けた。

 互いの肌がぶつかり弾ける音が聞こえるぐらい、それはもう強く。

 

(あ、っ……もう、イっちまう)

 リディアの奥を抉るように貫いた瞬間。

 エッジは全身がびりびり痺れるような快感を得た。

 それと同調するかのように、稲妻がかっと光って雷鳴が轟く音が響き渡る。

 

「ああぁ……! あ、あたし、すき、エッジが……ぁああ、だ、だいすきっ!……あぁああああっ!」

『——っ!!』

 

(しまった!)

 リディアの声に身体が真っ先に反応した。

 気付いたら、時すでに遅し。

 ここ1カ月で溜めに溜めた欲の塊で、リディアの胎内を穢していた。

 

 こんなことは初めてだった。

 毎月雨期真っ只中の最後の夜。この家を訪れて、リディアを抱く。

 安全日と言っても、何があるかわからない。

 だから、いつもいつも果てる寸前で逃げ出していたのに。

 

『はあ、っ……はぁっ……!』

 

 上半身をさっと起こし、すぐさま自身を引き抜く。

 入れ違いにリディアの入口に、あらかじめ枕元に置かれたタオルを当てた。

 ゆっくり離すと、自らぶちまけた白い欲がタオル一面に広がっていく。

 

 荒い息を整えながら、その場で後処理を済ませる。

 そして、意識を飛ばして力なくベッドに横たわるリディアを、上から見下ろした。

 

『リディア……』

 

 リディアの両頬を、震える両手でそっと包み込む。

 

『なあ……?』

「……」

『さっきの……嘘じゃねえよな……!?』

 

 当分意識は戻らないだろう。

 心がそう認識したのか、エッジはセシルの声のままでも。

 仮面を外した状態で、物言わぬリディアに問いかけることが出来た。

 

『エッジが』『だいすき』

 

 リディアが絶頂に達しながら、真の名と一緒に口にした言葉。

 エッジはそれを頭の中で、何度も何度も反すうする。

 

 —— —— ——

 3年前、姑息な手を使ってリディアの身体を手に入れた。

 エッジはその代償として、身を引く決意を固めてから。

 色恋抜きにした友情関係と並行しながら、決して思いを伝えず。

 毎月、偽りの姿でリディアを抱いていた。

 —— —— ——

 

 今宵もいつものように、リディアを抱いて互いに達した。

 その瞬間、決意が揺るぎそうになるぐらいの事実を。

 聞きたくても怖くて聞けなかった事実を聞かされるとは。

 それも、リディア本人の口から。

 

『っ、リディア……!』

 

 歓喜に打ち震えて、胸がじりじりと熱くなる。

 その勢いに任せて、エッジは細く白い身体を強く搔き抱いた。

 

 朝までヤると通告したが、それどころではなくなってしまった。

 エッジも後を追うように眠りについた。

 ……リディアの身体をずっと抱きしめたまま。

 

 ***

 

 いつもなら日が昇ると同時に、エッジはセシルから解放される。

 この時間、自身の声で話しかけていたはずが、もう出来ない。

 

『……そろそろ、来るとは思ってたんだがな』

 

 告白と同時に、どこかに落ちた闇を切り裂くような稲妻が。

 リディアの前で『エッジ』を完全に晒せなくしてくれたようだ。

 

(もしかしたら……)

 エッジの心に棲まう、過度に自罰的な『エッジ』を。

 いるはずのない神とやらが、手助けしたのかもしれない。

 

 時間が止まったままのリディアの右手を握りしめているうちに。

 思いが、望みが、まるで湯水のように胸に湧き上がってくる。

 

 —— —— ——

 帰りたくない、ここを離れたくない。

 こうして、ずっとリディアのそばにいたい。

 

 何ならリディアをこのまま連れて帰りたい。

 誰も近付くことが出来ない檻の中に閉じ込めて、自分だけのものにしたい。

 

 いっそのこと、この身体を檻にしてリディアを中に繋ぎ止めておきたい。

 例え嫌がられても、泣き叫ばれても。

 愛していると甘い言葉をささやきながら……。

 —— —— ——

 

『……あいつを不幸にしてどうすんだよ』

 

 いつのまにか、思いが汚らわしい独占欲に変わっていた。

 エッジは我に返り、そうつぶやくことで自らを戒める。

 

 思いが通じ合ったところで、エッジはリディアを幸せにしてあげられない。

 だから解放してあげなければならない。

 

 代わりに、これからリディアには『エッジ』がいない世界で。

 もっともっと幸せになってもらう。

 

 自分自身にそう言い聞かせながら、リディアの耳元に口を近付ける。

 

『オレは、おまえを……愛してる。それだけは……死ぬまで変わんねえから』

 

 意識がないのをいいことに。エッジなりの表現で身勝手に愛の言葉をささやいた。

 ただし、エッジと似ても似つかぬ、男性にしては穏やかな少し高めの声で。

 

(このまま連れ去りてえ……!!)

 自ら戒めたばかりなのに。またもや衝動が湧き上がってきた。

 そんな胸中渦巻く欲望をぐっとこらえながら。

 触れるか触れないか程度に、リディアと唇を合わせてすぐに離れた。

 

『……「また」、来るから』

 

 『エッジ』を忘れさせるために。

 リディアの持つ純血にしか興味がない、あの男からリディアを守るために。

 リディアが、『エッジ』抜きで幸せになれるよう、お手伝いをするために。

 今度からは、泡沫の存在である『ツクヨミ』として。

 

『……今まで、ありがとな』

 

 最後にそう言い残して、エッジは寝室を後にした。

 そのままリディアの自宅に続き、ミストから去っていった。

 ……最後の最後まで、リディアの前で自身の声を出せぬまま。

 

.

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。