フェイクラバーズ 作:かえで
床や天井、壁が一面、石畳で構成されている。
窓の向こうを見れば、太いいばらで埋め尽くされている。
そんな薄暗い部屋のベッドの上に、リディアがぶすっとした顔で座っていた。
「王子さま、迎えにきてくれないのかなあ……」
くらいくらい闇の中にいたはずなのに。
目の前に一筋の光が差し込んで、つい10分ほど前に目が覚めた。
—— —— ——
寂しいことに、部屋には自分ひとりだけしかいなかった。
部屋にある家具や調度品は、がっつりほこりをかぶっている。
それでも、自宅にあるものよりは、はるかに質が高そうに見える。
先ほど、ベッドの下に置いてあった赤いハイヒールを履いて。
ほこりを取っ払った鏡で姿を確認してみた。
ティアラと呼ばれる銀色の冠が、頭にちょこんと乗っかっているわ。
緑色のドレスを着ているわ。
まるで、絵本に出てくるお姫さまのような姿をしていた。
—— —— ——
これは、童話『眠れる森の美女』のラストシーンと同じ、『夢の中』に違いない。
ただし、誰も助けにきてくれる気配がないけれど。
リディアがそう確信を持つのに、時間はかからなかった。
「あの時は、王子さまが起こしてくれたのになあ」
(……エッジでもなんでもなかったけど)
あの時、リディアを起こしてくれたのは。
名前も顔も同じ、エッジそっくりさんの王子さまだった。
結局、彼の正体は魔物でした。そんなオチがついたけれど。
今回はリディアひとりしかいないので、オチのつけようがない。
「逃げちゃお!」
(待っててもしょうがないもん)
早く夢から脱出しよう。そう思ってベッドからぴょんと降りた。
「ああ、やだなあ……」
降りた拍子に視界に窓が入ってきて、げんなりしながらつぶやいた。
やはり前回と同様、窓を覆ういばらの太いこと太いこと。
取っ払うのも面倒だし、とげが刺さったらものすごく痛そう。
(それでも、こんなところにいたくないよ)
ここから脱出するため、ブリザドの詠唱を試しに唱えた。
……氷一粒現れない。
どうやら、夢の中では魔法が使えないようだ。
「何かいいものないかな、っ……?」
数秒考えた結果。書机やたんすの引き出しをかたっぱしから開けていった。
ほこりが立つのをものともせず。
「あった!」
数分かけて、高貴なお方が所持している、礼装用の短剣を見つけた。
素手で太いいばらを割いたり、魔物が現れた時を考えたら、ないよりマシだ。
「外に出たら目も覚めるでしょ」
(夢だから死なないし!)
じっとしていても何も動きがないのなら、自分から動けばいい。
途中で魔物に出くわしたり、階段で転んだ拍子に起きるかもしれない。
そして、いざ外に出ようと部屋の扉を開けた瞬間。
「きゃっ!」
扉の隙間からまばゆい光が現れて、リディアの身体を包み込む。
(なんだ、最初っからこうしていたらよかった……)
今度はまた同じ夢を見たら、扉に直行すればいい。
……少し小賢しいことを考えているうちに、意識は再び遠のいていった。
***
——7の月7日 午前6時すぎ
朝の光が部屋を照らしている。目を閉じていても、そう感じ取れる。
小鳥のさえずりの音も聞こえてきた。
(朝だ……!!)
両目をぱちり開けると、ベッドの中でシーツにくるまっている。
夢の世界から無事に脱出成功。真なるお目覚めがやってきた。
「はあぁー、疲れたぁ……」
もぞもぞ上体を起こして、その場で大きく伸びをしてから。
ベッドに両手をついて、ぼんやり天井を眺める。
(変な夢だったなあ)
一般的に目が覚めてから、あれは夢だったと認識する。
今日見たものは夢の中にいる時点で、これは夢だと気付いた。
自由に動けた。それも、夢の中でも起きている時とほぼ同じ感覚で。
動きにくい服装で、武器を探すために部屋を散らかした。
そのおかげで、こうして起きてからも、疲れを引きずっている感じがする。
(ミストにはもう来ないから、お城にも来なかったんだろうなあ)
何かの本で読んだことがある。夢は潜在意識からのメッセージだと。
あの夢は、お姫さまが自力で道を切り開いて幸せを探しに行く。
そんなお話だったのかもしれない。
『エッジがいなくても、あなたはひとりで生きられるよ』
心のどこかに潜んでいる自分が、そう励ましてくれたのかもしれない。
—— —— ——
エッジが置き手紙を残してから、早6日が過ぎた。
やはり、一度もミストに姿を現さない。
わあわあ泣いたのは、その日の朝だけだった。
それ以来、夕食のおかずを一品減らして、代わりに甘いものを作る。
ジャンヌから各国の観光本を借りて、ご当地名物銘菓店をリサーチ。
寂しさや哀しみを紛らわすために、大好物の甘味に走る日々が続いている。
エッジに宛てて、『ありがとう』の手紙を送ろうと考えたが、すぐ辞めた。
手紙よりも、直接エッジにお礼を伝えたい。
もしかしたら、あれは間違いだったかも。
花火の日にひょっこり顔を出すかもしれない。
そう考えて、しばらく様子見することにした。
—— —— ——
そして、休日でもある本日。
リディアは、ひとりでバロンにお出かけする。
朝から行列に並ばないと買えない、超人気お菓子をゲットするのが第一の目的。
それが終われば、エライアの自宅へ遊びに行く予定だ。
(アリサからストールと手作り催涙スプレーを借りたし、防犯対策もばっちり!)
以前は、仲間が住むお城へ遊びに行く以外、ひとりでミストの外に出ることがなかった。
その頃から比べれば、今日は壮大なお出かけである。
「あっ、洗濯しなきゃ」
(早くバロンに行かないと!)
リディアはベッドから降りて、さっさと服を着替え始めた。
—— —— ——
時間は止まってはくれないし、戻ってもくれない。
エッジがいてもいなくても、容赦なく日常は続く。
いつまでも、エッジのことを引きずっていても仕方がない……。
—— —— ——
.