※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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エッジ視点


ポーラスタア

 

 

——午後8時半すぎ

 

 

 ミストの発着場から更に南にある樹海。

 ここは、通称『入らずの森』と呼ばれている。

 

 入らずの森は、24時間365日生い茂る樹々に阻まれている。

 そのせいで昼間は薄暗く、夜は静寂と闇が一面広がっている。

 

 木の上に登らない限り、夜空はろくに望めない。方向も分からない。

 昼夜問わず、この森を自由に徘徊できるのは、夜行動物か夜目が利く忍者ぐらいだ。

 特に夜間に好き好んで、ここに入る住民はいない。

 

§

 

 そんな入らずの森のど真ん中で。

 ひとりの若い男——アドニスが、大樹に寄り掛かって座っていた。

 

「くそっ、今日は雨降りじゃねえだろ……!」

 

 アドニスの言葉通り、本日ミストは雨が降らない。

 それなのに、この男の周辺はバケツをひっくり返したような激しい雨が降っている。

 

 ちなみに、この男は今、手持ちの灯りを持っていない。

 動けば迷うしかなく、朝が来るまでここに留まるしかない。

 

「まっ、まさか! 亡霊の仕業か……?」

 

 アドニスがぼそりとつぶやいた瞬間、雨が止んだ。

 代わりに一瞬だけ青白い閃光が走り、辺り一面を照らす。

 

ばりばりばりっ!! 

 

「ひぃぃぃぃ!!」

 

 雷鳴が鳴り響き、アドニスが悲鳴を上げながら、大樹から離れた。

 両手で頭を抱えながら、地べたに這いつくばって怯えている。

 

 生粋の遊び人と聞いているが。

 今の情けない姿を見れば、女もたちまち幻滅するだろう。

 

§

 

 アドニスのそんな無様な様子を、エッジは『ツクヨミ』の姿のまま。

 少し離れた樹の枝の上から、醒めた目で眺めていた。

 

(『変化の術』を使いこなせたら、亡霊で現れてやったのによ)

 アドニスは、この現象を幽霊の仕業と思っているようだ。

 だったら、大いに怖がれ。畏れろ。

 ……そして、リディアに二度と近付くな。

 

 そう念じながら、懐から懐中時計を取り出す。

 現在の時刻を確認してみると、あと20分ほどで午後9時になるところであった。

 

 —— —— ——

 実はこの雨や雷は、全て作為的——エッジの忍術によるものである。

 本音を言えば、アドニスに直接雷を落として天罰を下すか。

 首をへし折ってやりたいぐらいだが、外道に落ちてしまうのでやらない。

 

 しかも、アドニスが逃げられないように、結界も張っている。

 これはリディアやミストの住民を不安にさせないための配慮でもあった。

 晴れなのに雷鳴が鳴り響いていたら、彼らも怪しむだろうから。

 —— —— ——

 

 最低でもあと1時間ぐらい、雷混じりの水責めの刑を続けたいところだが……。

 

(今日はこれぐらいにしといてやるか)

 夜の10時から、日課であるツキノワとの夜間修行が待っている。

 今から国有艇を飛ばして帰れば、その時間には城に着くはず。

 

 悲しいことに。立場上、リディアやミストのことばかりに、時間を割くことは出来ない。

 

『自身の責任も果たさず、好きなことばかりに興じていると、痛いしっぺ返しを食らう』

 

 ……七夕伝説の教訓が、実に身に染みる。

 

 懐中時計を再び懐に納めて、両手でささっと印を組んだ。

 再び閃光が走り、先ほど以上の轟音が鳴り響く。

 今度はアドニスのそばにある大樹目がけて、雷——雷迅を叩き落とした。

 

「うわああっ!! たっ、助けてくれえぇぇ!!」

 

 アドニスが悲鳴を上げながら、再び泥まみれの地面に突っ伏した。

 辺り一面、ほぼ暗闇に包まれている。

 そのせいで、アドニスは全く気付いていないが。

 この落雷により、大樹の幹が真っ二つに割れてしまった。

 

「……ゲスが」

 

 エッジは捨て台詞を残して、ある樹木の上に向かって跳躍する。

 向かった先の枝に、べったり貼られていた青いお札をはがした。

 これで、青いお札8枚を使った結界を解除出来た。

 

 野外は基本的に天井がない。

 天井と壁を設定する必要がある、この結界を作るのは難しい。

 しかし、森の中は別だ。大樹の上を天井に見立てられる。

 

§

 

 目にも止まらぬ速さで、発着場がある北へ向かって、枝から枝へと飛び移りながら。

 1時間ほど前の出来事をつらつら思い出す。

 

(あいつらもいろいろ抱えてんだな……)

 リディアに星空鑑賞を断られていたら。今日は、胸糞悪い1日で終わっていただろう。

 

 ***

 

 7の月が明けた朝。

 エッジは、リディアの部屋に1枚の用箋を置いてから帰った。

 そこに書いた『授業料完済』は、『もう気が済んだ』と言うことだ。

 リディアはあれを見て、『エッジ』がミストにもうやってこないと気付いただろう。

 

 しかし、エッジはそれ以降も『ツクヨミ』に扮した状態で。

 『隠れみの術』を駆使しながら、こっそりミストへ通い続けていた。

 本日リディアが、バロンで暮らすユライシャ(エライア)の自宅に遊びに行く。

 そんな情報も抜かりなく入手済であった。

 

 

——遡ること、本日の夕方

 

 

 エッジは、シビエン家の内輪もめを目の当たりにしてから、ミストへ直行した。

 到着するなり、『隠れみの術』で姿を隠して、向かった先はリディアの自宅。

 あいにく、バロンから戻ってきていなかった。

 仕方なく、再び国有艇に戻ってリディアの帰りを待つことにした。

 

 夜7時を過ぎて、陽もすっかり落ちてしまった。

 リディアの双眸を彷彿とさせるような、満天の夜空を眺めていた時。

 巡回艇から、お目当ての女性——リディアが降りてきた。

 

 灯球を頭上に浮かばせて、氷球をある方向に飛ばしてから、発着場を出ていった。

 今度は『ツクヨミ』に扮して、再び姿を隠す。そして、リディアの後を追った。

 

『なんだこれ』

 

 集落の入口に差し掛かった時。路上で紙袋をふたつ拾った。

 どちらも中には、冷え冷えの焼き菓子が4つずつ入っている。

 先ほどリディアが手にしていたものだ。

 

(まさか……!?)

 あの激甘党のリディアが路上に甘味を放って、どこかへ行くとは思えない。

 嫌な予感がして、リディアの気配を辿ろうとした、その時。

 

「……さすが『魔力の持ち腐れ』。状態異常も使えねえなんて終わってんな」

「っ……卑怯も、の……!」

 

 男女の話し声が、かすかにエッジの耳に届いた。

 

 氷球は、リディアの現在地までミゼルかジャンヌを誘導する仕様になっている。

 そのおかげで、ジャンヌがリディアの居場所をつかみ、アドニスと鉢合わせしたらしい。

 

 エッジは紙袋を片手に、声を辿って現場に向かうことにした。

 その間も、容赦なく言い争いは続く。

 

「大人しくしてやってたら、殴るわ蹴るわされたんじゃな。いい加減俺もキレるっての」

「……リディアに……スリプル……使っ」

「リディアは倒れてた。俺ん家で介抱するつもりだったんだよ」

「嘘付け……っ……だった、ら、ウリエルんとこ……」

「一旦様子見でいいじゃないか。いちいち医者に連れてく方がどうかしてるぜ」

「っ……くそっ、たれっ……」

 

 これまでアドニスは、リディアにほとんど無視されている。

 ジャンヌに出会えば、鉄拳を受けるか一喝されてから逃走していた。

 

(作戦変えてきやがったか!!)

 会話の内容で、今日はいつもと何か違うと感じた。

 状態異常魔法を使って、リディアを眠らせている。

 苦しそうなジャンヌの声から、何かしらの方法で動きを封じているようだ。

 

「あんた、人のこと言えねえだろ? リディアを母親ごっこの道具にしてるくせに」

「あ、あいつは……妹……」

「言い聞かせたって無駄だ。そんなに母親やりたけりゃ、毎晩旦那と頑張」

「——そっ、それ以上、言うなっ!」

「あぁ、忘れてた。いくら頑張っても無駄だったな……っ、ははははっ!!」

「く、っ……」

 

(やっぱりそうだったのか!)

 アドニスの高笑い。ジャンヌの落胆したような声。

 エッジはそれを聞いて確信した。

 ……ジャンヌには子どもを授かる能力が欠けている。

 

 —— —— ——

 前からおかしいと思っていたのだ。

 ジャンヌとミゼルは、エッジと同い年。リディアの両親と同時期に結婚した。

 リディアからそう聞いている。

 

 それなのに、ふたりの間には未だ子どもがいない。

 これまで一度も、子どもを作るとほのめかしたことすらなかった。

 —— —— ——

 

 普段ジャンヌは、リディアを実の娘のように可愛がっている。

 その理由は、『亡き親友の忘れ形見だから』以外に、子どもが作れないからだったのだ。

 

 ようやく、エッジが現場に駆けつけると。

 ふわふわ浮かぶ灯球と氷球の真下で、リディアが倒れていた。

 諍いとは無縁とばかりに、すうすう寝息を立てている。

 

「あの旦那でよかったなぁ。普通、半人前の女なんか結婚出来ねえか、すぐ離婚されてるぜ」

「……」

「半人前が生意気なんだよっ!!」

 

がつん! がつん!

 

「がぁっ!」

 

 アドニスが、地に伏せているジャンヌに罵言を飛ばしながら。

 今まで妨害され続けた恨みを晴らすかのように。彼女の身体を何度も蹴った。

 

 不細工な風貌や既婚女性は人以下。ゼロは落ちこぼれ。

 農牧業は、きつい汚い格好が悪い。あんな仕事、よく出来る……。

 

(この野郎!!)

 この男も父親と同じように、特定の者を異様に見下している。

 エッジも話を聞いて知っていたが、これはさすがにひどすぎる。

 

 堪忍袋の尾が切れて、諍いの場に向かって駆け出した。

 親指を噛み切り、指から流れる血をリディアとジャンヌの腕につけてから。

 懐から取り出した青い撒菱を、アドニスの足元に向かって投げつけた。

 

「うあああああ……!」

「え、っ……!?」

 

 ジャンヌが呆然とする中。アドニスが大声を上げながら、撒菱の中に吸い込まれていった。

 

 —— —— ——

 青い撒菱には、秘伝忍術書の封印術が施されている。

 リディアとジャンヌが、撒菱に封印されるのを防ぐために。

 あらかじめ、ふたりにはエッジの血を付けておいた。

 —— —— ——

 

「う、っ……はぁっ……はぁ……」

 

 アドニスが消えた安堵か。それとも、毒による体力消耗か。

 荒い息をつきながら、ジャンヌが地面に顔を伏せてしまった。

 

(先にこっちか)

 大声が響いたにも関わらず、リディアは起きそうにもない。

 やはり、睡眠魔法スリプルを使われたらしい。

 

 状態異常の睡眠は、通常の眠りと少し違う。

 治癒アイテムや白魔法エスナを使うか。

 物理攻撃——身体に強い衝撃を与えなければ、目が覚めない。

 

 エッジは、『隠れみの術』を解いて撒菱を回収する。

 それから、弱り切っているジャンヌの元に駆け寄った。

 

『奥様、しっかりしてください』

「な……なんで、あんた……ここに」

『それより、あの男に一体何をされたのです』

「た、たぶん……リディア……すい……ん……あたし、ポイズ……」

 

(リディアに万能薬が使えるな!)

 シビエン家での不測の事態を考慮して、各種アイテムを懐に入れておいてよかった。

 自身の運の良さに感謝しながら、ジャンヌに毒消しを使ってあげた。

 治癒された途端。ジャンヌが上体をすっと起こして頭を下げた。

 

「助かった。……兄さん、本当にありがとう」

『いいえ。お身体は?』

「どうってことない。次に会うまでに、お礼を準備しとくからね」

『そんなもの必要ございません』

「それより、アドニスは……どこに行ったんだ?」

 

 エッジは、ジャンヌに撒菱について簡易的に説明した。

 入らずの森で封印を解除。そのままアドニスを置き去りにして帰る予定だとも伝えた。

 

「そうか……そのまま野垂れ死にしてくれりゃあいいのにね」

『お気持ちは、非常によくわかります』

「……」

 

 エッジが何気にそう言った途端。ジャンヌの顔色がみるみるうちに青ざめていく。

 

『あの、奥様?』

「あんた……さっきの話聞いてたのか!?」

 

(ああ、やっちまった!)

 しまったと思った時には、もう遅かった。

 『ツクヨミ』は、アドニスとまだ一度も会ったことがないのに。

 ついつい、『エッジ』の立場でものを言ってしまった。

 

『申し訳ございません。職業柄どうしても聞こえてしまうのです』

 

 弁明すると、ジャンヌが大きなため息をついた。

 それから両膝に顔をつけて黙り込んでしまった。

 

 どれぐらい、そうしていただろうか。

 ジャンヌが顔を上げると、すがるような表情でこちらを見てきた。

 

「……あんたを見込んで、大事な頼みがある」

『僕に出来ることでしたら、何なりとお申し付けください』

「……この後、リディアの介抱と自宅の送迎をお願いしていいかい」

『はい、かしこまりました』

「あと……さっきのやりとり……あいつには黙っといてくれ。——頼むよ」

 

(この様子じゃ、『ツクヨミ』に後を託したくもなるか……)

 憔悴しきった表情で、ジャンヌがそう言ってから深々と頭を下げた。

 とても、リディアに普通に接する余裕がないように見える。

 

 —— —— ——

 ジャンヌが口止めを頼んできた理由を、エッジはすぐ察した。

 アドニスに暴力を振るわれた。

 リディアがそれを知ったら、周囲を巻き込んでしまったと。

 ひとりで抱え込んでしまうおそれがあるから。

 

(子どもが作れないから、おまえのことを可愛がっていた……なんて、自分から言い辛れえよな)

 もうひとつ、ジャンヌは自身が不妊体質であることを。

 リディアに知られたくないのもあるから。

 仮にリディアが気付いていたとしても、後ろめたくて言えないのだろう。

 

 住民がジャンヌ本人へ、不妊をののしる。

 長年ミストに通っているエッジだが、そんな場面を見たのは、今日が初めてだった。

 案外エッジが知らないところで、さっきのアドニスのように。

 ミゼルを嫌う西区画の年寄りどもが、ジャンヌのことをけなしているかもしれない。

 —— —— ——

 

『かしこまりました。奥様のお望み通り、リディアさまのことは僕にお任せ下さい』

「……悪いね、いろいろ面倒かけて」

『いいえ。とんでもございません』

 

 ジャンヌが力なく立ち上がったが、表情もやはり暗いまま。

 

 浮かんでいた氷球をつかむと、リディアの手に当ててそれを消した。

 続けて、地面に置かれていたふたつの紙袋の中をのぞいてから。

 うちひとつを抱えると、エッジにこう告げた。

 

「みやげ……持って帰ったって伝えといてくれ」

『はい。かしこまりました。お気を付けてお帰り下さい』

「リディアのこと……頼んだよ……」

 

 ジャンヌが最後にそう言い残して、がっくり肩を落として帰っていった。

 

 よほど、心が傷付いたのだろう。

 すすり泣く声が、かすかに聞こえてくる。

 そんな中、エッジはリディアの腕につけた自身の血を消してから。

 万能薬を使って起こしてあげた。

 

 互いに気分転換を兼ねて、リディアを星空鑑賞に誘い、自宅に送っていってから。

 南の入らずの森で、水遁を使って撒菱を洗いアドニスを解放した。

 水遁を使って雨に見せかけて、水をばしゃばしゃアドニスの頭上目がけて掛け続けた。

 雷迅を使って、雷を落としたように見せかけて。

 先ほど、鬱蒼とした入らずの森にアドニスを置き去りにしてきたばかり……。

 

 ***

 

「1回じゃ、懲りねえよな……」

 

 アドニスがリディアに執拗につきまとう場面を見かけたら。

 これまで峰打ちで気絶させるだけだったが、今日は違う。

 

 あの男は、リディアに不意打ちで魔法を使い、眠らせて自宅に連れ帰ろうとしていた。

 ジャンヌが、とても他人事とは思えなかったのも余計して。

 徹底的に痛い目に遭わせないと気が済まなかった。

 この先も、諦めるまで、この手法を使い続けてやることに決めた。

 

§

 

「……よっ、と」

 

 枝を渡り飛び続けていたが、ようやく出口だ。

 入らずの森を抜けて、発着場に続く草原に着地した。

 

 ふと夜空を見上げると、ななつの星で構成されたひしゃく星が目に止まった。

 ひしゃくの延長線上を辿れば、北極星が黄色く輝いている。

 

(……オレもこいつといっしょかもしんねえな)

 幾多あまたの星々が、エブラーナの民ならば。

 常に真北で輝く北極星は、国王であるこの自分か。

 

 国王は民の心の支えでもあり、道しるべにならなければいけない。

 不安定に動いて、違う場所に逃げ出すことは決して許されない。

 

 だから愛する女のそばに、ずっといてあげられなかった。

 身分や国を捨てて、愛する女の元にも走れなかった。

 良くも悪くも、自分は祖国に縛られる星の下で生まれたに違い……。

 

「くだらね……」

 

 そうつぶやいて、首を小さく横に振ってから。

 小さく見える国有艇目がけて一気に駆け出した。

 

 過ぎたことを悔やみ、感傷に浸っていても仕方がない。

 早くエブラーナに帰り、祖国の未来を担う幼子に修行をつけてやらなければならない。

 

 暗闇に包まれたミストの発着場を駆けながら、エッジは思う。

 

 —— —— ——

 リディアへの思いは、真北で輝く北極星のように決して揺るがない。

 死ぬまでリディアを陰日向で支えていく。

 何も得られず、狂い死んで行ったあの男とは同じ道を歩まない。

 —— —— ——

 

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