※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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3年後
お宝を探せ


 

 

 —— —— ——

 住み慣れた幻獣界を離れて、リディアは生まれ故郷のミストに帰ってきた。

 新しいミストになじむまで、大して時間はかからなかった。

 どんなことでもいいから、復興のお手伝いがしたい。

 それを胸に、雑用を含めた作業を積極的に励む日々を過ごした結果。

 他地域出身者、いわゆる移民を中心に親しい知人友人が出来たから。

 —— —— ——

 

 

3 years later

 

 

——午前7時

 

 

 帰郷から2年の月日が経った、ある夏の日。

 リディアは、朝から居間に置かれたテーブルに腕を投げ出して突っ伏していた。

 

 ゆるゆる視線を窓に移せば、外は雨。

 再び視線を戻すと、取り留めもなく指で机をいじりはじめた。

 

「今日は何しようかなあ……」

 

 昨日からミストは3日間の休暇に入っており、本日はその2日目である。

 

 既に朝食をとり、適当ながら掃除も済ませた。

 雨降りの中、村の周辺を散歩する気にはなれない。

 2週間前、もうひとつの故郷である幻獣界へ帰ったばかり。

 あとは手作り魔法の開発ぐらいしかやることがない。

 

 昨日は充実した1日だったのに、2日目でこれとは……。

 休暇最終日となる明日も、こうやって暇を持て余しているのだろうか?

 

(でも、あたしも成長したよ。ヒマだからってあれを全然やる気になれないもん)

 リディアの現在のお仕事は、子どもたち相手の黒魔法講座の講師。

 いい意味で精神的にも時間的にも余裕がない。

 そのおかげで自身を慰めることもあまりない。

 そもそも、大人の女性は早朝から不毛で無生産な行為はやらない。

 

 いじいじしているうちに、意識がうつらうつらとしてきた。

 運のいいことに睡魔が襲ってきてくれたようだ。

 

(おやすみ……)

 これで少しは時間が消費できる。そう安堵しながら、目を閉じ……。

 

どんどんどん

 

「っ!?」

 

 扉を叩く荒っぽい音が聞こえてきた途端。

 まどろみから一気に覚醒へ。眠気が吹っ飛んでしまった。

 

(せっかく朝寝出来ると思ったのに!)

 リディアも荒っぽい来客に負けじと、がたがた音を立てながら立ち上がる。

 ずかずか荒々しい足取りで玄関へ。扉の前に立つと、一度大きく息を吸った。

 

「どちら様?」

 

 お上品な口調で話しながら、静かに扉を押した。

 大人の女性は、感情に任せて扉を乱暴に開けるような真似はしないのだ。

 

「出てくるの遅っせえなぁ。寝てたのか?」

「……」

 

 ある男が視界に入るやいなや、目が点になった。

 目尻が下がっているから、よほど上機嫌なのだろう。そう思うまでに少々時間がかかった。

 

「おい」

「……ああ」

「まだ寝ぼけてんのか」

 

(忘れてた)

 まとまった休暇のどこかで、必ず一度はここにやってくる人間がいたことを。

 

 いや、休暇に限った話ではない。

 まさか、こちらの予定をこそこそ調べているのではないか? 

 そう簡単に邪推出来るぐらいには、絶妙なタイミングをもって。

 

「おはよう……エッジ」

「はよ。久しぶりに宝探しすっから、迎えにきた」

「えっ」

「大好きだろ?」

 

 エッジが口にした宝探しは、ダンジョン探索ではない。

 エブラーナ城に眠る品々を、使えそうなものと不用品に選り分けることだ。

 不用品は業者に買い取ってもらう。それで得たお金は、エブラーナの復興予算に回される。

 リディアも過去に一度だけ、そんな宝探しに付き合ったことがあった。

 

「前に探し尽くしたって言ってなかった?」

「それがな、また隠し部屋を見つけ……」

「——行くっ! 絶対行く!」

 

 リディアは大声を上げて即答した。

 自宅の片付けはやりたくないが、他人のそれは別である。

 隠し部屋という、何か出てきます的な表現にもわくわくする。

 

 そして数分後、エッジと共にエブラーナへと旅立ったのであった。

 

 —— —— ——

 少し高台にあるエブラーナ城。

 その奥の左側、西の塔にある地下室の奥壁に姿見が取り付けられていた。

 姿見は、殺風景な場所に似つかわしくない大人ひとり分の大きさ。

 エッジが少し癖をつけながら、それを横にずらすと細長い通路が現れた。

 

 通路を抜けると目的地。無機質な石造りの部屋があった。

 多数の木箱が天井近くまで積まれており、床にも乱雑に置かれていた。

 換気目的で、天井近くに横に細長い格子付きの高窓も設けられている。

 壁に数本立てかけた、松明の炎がゆらゆらと揺らめく部屋の中。

 リディアとエッジは、それぞれ奥と出入り口付近に分かれて、選別作業を始めた。

 —— —— ——

 

 

——午前11時

 

 

 木箱が天井に届くほど高く積まれていて、一面の壁が隠れている。

 昔の人は、よくこんなものを積み上げたものだ。

 リディアはででんと積まれた箱を見上げながら、そう感心していたが。

 突如あることを思いつき、思いっきり背伸びをした。

(軽いものなら降ろせるかも!)

 

「ん、ん……っ!」

 

 一番上の箱を取ろうとした。しかし、指先が底にやっと届くか届かないか。

 身長が足りず、失敗に終わった。

 

「ねえ、エッジ」

「あ?」

 

 床に置かれていた箱は、全て仕分けを終えている。このままでは作業が進まない。

 出入り口付近で作業していたエッジを呼んだ。

 

「悪いんだけど。この箱、降ろしてくれない?」

「……あ、それはさすがに無理だな」

 

 リディアの要請に応えて、エッジがそばにきてくれた。

 

「ほらよ」

 

 リディアが示した箱をひょいと持ち上げて、床に置いてくれた。

 ついでとばかりに、天井近くまで積まれていた他の木箱も全ておろしてくれた。

 

「ありがとう」

「どーいたしまして」

 

(こういう時、男の人って便利だなあ)

 背も高いし、力もある。

 元の場所に戻って行くエッジを見送りながら、うらやましさを覚えた。

 

「さすがに、今日中には終わりそうにないね」

「また時間見つけて、ちょっとずつ片付けていくさ」

 

 宝探しは、普段エッジが時間の合間を見つけて、ひとりで行っている。

 

「……この仕分け作業、そろそろ誰かにお願いしたら?」

「なんで」

「手の空いた人、ひとりぐらいならいるでしょ?」

 

(いくら身体が頑丈で、『短眠の術』で睡眠確保出来ても……そのうち倒れちゃうよ)

 エブラーナの事情はそれなりにわかっているつもりだ。

 それでも、エッジの身体が心配で申し立てをした。

 

 —— —— ——

 エブラーナは領土が広い割には、人口が意外と少ない。

 しかも、数年前の惨劇で人口が七割近くに減ってしまった。

 そこから復興に必要な人員を差し引いたら、城に配置出来る人数は、ごくわずか。

 この宝探し作業に、人員を割り振れる余裕はほぼない。

 —— —— ——

 

「いるにはいるけどさ。城外のあちこちでまだ復旧作業やってっから、そっちに回ってもらってんの」

「どうして?」

「こっちは、オレが捨てるか残すか判断してる。効率考えたら、オレひとりで片付けたほうがいいだろ」

「そう……」

「わかったか?」

「わかったよ……」

 

 この国の最高権力者兼当事者の言い分に、反論の余地すらない。

 部外者が何を言っても変わらない。そう思って、渋々ながら白旗を上げた。

 

「ところでよ」

「え?」

「昨日何してた。今日みたいにぐだってたのか」

「えーと。朝、お母さんのお墓参りを済ませて、バロンに遊びに行って、セオドアと遊んで。昼からポロムも合流して……あっ、今ポロム、ローザに弟子入りしてバロンに居候してるんだって。それで、みんな」

「——ケーキや菓子つまんでくっちゃべってたんだろ」

「どうしてわかるの?」

「女は甘いもんとおしゃべりさえありゃ、ご機嫌だから」

「っ、普段は我慢してるもん」

「太っても知らねえぞ?」

「太らないよっ。そのまま夕食もごちそうになってミストに帰ってきたら、すぐに寝ちゃった」

 

 こちらを見ながら、ごそごそ箱の中を漁っていたエッジが急に背を向けた。

 

「……セシルは」

「会えなかったなあ、忙しいんだって」

「ふうん」

 

(……まただ)

 会話の途中で、突然後ろを向く。

 エッジのそんな癖にリディアが気付いたのは、ここ1年ぐらい前からである。

 話せないのか、話したくないのか、話を聞きたくないのか。

 何にせよ、知らないエッジが垣間見えて、どうも苦手であった。

 

(そうだ!)

 セシルと聞いて、思い出した。

 エッジに報告しようと思っていたことがあったのだ。

 

「ね、エッジ。あたしね」

「なんだよ」

「セシルのこと、やっと諦めることが出来たの。エッジが前に時間が特効薬って言ってくれたけど、本当だったよ」

 

 ミストに戻った直後、リディアは久しぶりにバロン城を訪れた。

 セシルとローザに帰郷の報告とミスト復興支援のお礼をしたかったのだ。

 そこでふたりから、生まれて間もないふたりの子ども、セオドアを見せてもらった。

 

 それ以降、ローザへの嫉妬は少しずつ女性としての『憧れ』へと変化した。

 セシルの存在は、『初恋の人』という特別かつ思い出ポジションに昇格した。

 ……今も、時折『おかず』として、利用させていただいているけれど。

 

「今は、好きな奴いんのか?」

「え、誰もいないよ」

「ふーん……」

「あっ、そうそう! 今ねえ、ミストの女の子の間でギルバートが大人気な」

「——どこが女の子だ!? 旦那いる奴ばっかじゃねえか!」

 

 ようやく、エッジがこっちを振り返ってくれた。

 

「ええ? 女の子には変わりないじゃない」

「おばさんだろ。そいつらの旦那もオレと一緒のこと考えてると思うぜ」

「ひどい……!」

「だったら聞いてみろよ」

 

 エッジは、リディアの自宅によく遊びにやってくる。

 おかげで、ミストの住民と互いに軽口を叩くほど仲がいい。

 リディアの交友関係もとうの前から熟知している。

 

「でもね。みんな、すごいんだよ。ギルバートがバロンで演奏会をやるって聞いたら毎回観に行くんだもん」

「オレほどじゃねえけど、あいつも見てくれいいからな」

「あたしだけぼーっとしてるから、何やってんの! って怒られちゃった」

 

 ミストの女性たちは演奏会から帰ってくる度に、みなこぞってこう口にする。

 自分に笑いかけてほしい、あの声でささやかれたい、あわよくば抱かれたい……。

 それはもう、うっとりとした表情で。

 

「そういや。今日はミスト静かだったな。みんな里帰りか」

「うん、せっかくのお休みなのに。つまんない……」

 

 —— —— ——

 現在のミストは、人口の7割以上を移民が占めている。

 移住してきた理由は、人それぞれ違う。

 諸事情で村を離れていた、ミスト出身の人。

 復興作業で派遣されて、そのままミストを気に入った人。

 召喚術や幻獣界に興味を持った人……。

 家族を伴い、移住してくれた人たちも少なくない。

 —— —— ——

 

 ミストではそんな移民に配慮して、夏と年末年始に帰省期間が設けられている。

 帰省期間中のミストはがらがらの状態。リディアの友人もこぞっていなくなる。

 だから、まとまった休みをもらえても手放しで喜べない。

 

「そんだけ充実した休日過ごしゃ、『今日は何しようかなあ』って、朝からぐだるわな」

「やだ、聞いてたの!?」

「嫌でも耳に入ってくるんだから、しょうがねえだろ……」

 

 リディアは驚きのあまり、持っていた箱を落としそうになった。

 

「何よ、もう。あたしの声まで覚えちゃって……!!」

 

 驚いたのは、爆弾発言の内容だけではない。

 エッジの話し声の中に、とても既知感のある女性——リディアの声が混じっていた。

 それがまた、そっくりだったのが腹が立つ。

 

「おまえだけじゃねえから心配すんな。ローザやカインも真似出来るぞ」

「ええ……?」

「他の奴らも、時間の問題じゃね?」

 

 忍者は、修行次第で感覚が冴えわたる。

 夜目が利く、聴覚は犬並み、かすかな気配も察知出来るという。

 これでは、うかうか独り言も出来ない。

 他人の声を真似る能力も極めて性質が悪い。何かに悪用出来るではないか。

 

「もう! 忍者って本当嫌」

 

ざあー!!

 

 叩きつけるような雨の音が聞こえてきて、言葉を切った。

 さっきまで、しとしと染み入るような静かな音だったのに、気になる。

 リディアは作業の手を止めて、細長い高窓の方を見やった。

 

「……村雨だな」

「むらさめ?」

「ああ。雨の強さが急に大きくなる、にわか雨のことを村雨って言うんだよ」

「エッジの刀と同じ名前だね」

「こっちはエブラーナ王家代々の家宝。初代国王がどっかの有名な鍛冶屋に作らせたんだと」

 

 エッジが腰に差していた二本刀のうち。片方——村雨を抜いて、横向きに構えた。

 ぎらりと光る鋭い刃先に、少しリディアの背筋が冷える。離れた場所にいてよかった。

 

「それ、月で真竜やっつけた時に見つけたものじゃない」

「いや、一緒のもん。40年ぐらい前に、そん時の国王が手放しちまって、ずっと行方不明だったんだよ」

「……月に流れ着いたの?」

「なんでかわかんねえけどな。歴代の国王が聞いたら、みんなあの世でびっくりするんじゃね」

 

 エッジが話し終えると、村雨を再びさやに収めた。

 

「どうして手放しちゃったの? まさか、お金に困って……?」

「怖くなっちまったんだとよ。お家騒動、暗殺、自殺疑惑……こいつ持ってた間、王家じゃろくなことがなかったみてえでな」

「ええ……!?」

「最後は妖刀って呼ばれてたらしいぜ」

「そ、そんなの持ってて怖くないの?」

「全然? こいつがなくたってろくなことなかったからな。ただの偶然だろ」

 

 そうだった。つい数年前、あんなことがあったばかりではないか。

 余計なことを口走ってしまい、リディアはぐったりと首を垂れる。

 

「……ごめんなさい」

「気にすんな。それよかまだお宝が眠ってるかもしんねえし、続きやろうぜ」

「うん」

 

 エッジが別の木箱の中に手を入れて、作業に戻ったようだ。

 リディアもそれにならって足元の木箱に視線を戻すと、外からの音が耳に入ってきた。

 

 あれだけ強かった雨音が、いつの間にかしっとりとした優しいそれに変わっていた。

 

 

——午後2時

 

 

 両手に抱えた箱から、時折かちゃかちゃと陶器のぶつかる音が立つ。

 

「割れものは……別にしておいといた方がいいよね」

 

 よいしょ、と言いながら、その箱を空っぽの木箱の中に納めると、元の場所に戻った。

 

 —— —— ——

 宝探し昼の部から、1時間が経過した。

 今回も掘り出し物がなかなか多い。

 先ほどしまった箱には、5客分のカップソーサーセットが入っていた。

 保存状態は極めて良好。しかも、備え付けの金色スプーン5本は全て純金製だった。

 『金になる!』と大喜びするエッジの姿が目に見えるよう。

 —— —— ——

 

「次は……あ、これは不用品行きかな」

 

 木箱の中から冊子を手に取ると、分厚めの古いノートだった。

 念のため、中身を確認するためにねずみ色の表紙をめくってみた。

 

 —— —— ——

 XX年6の月30日

 いよいよ明日から若様の教育係だ。

 おおせつかったからには、任務を全うしなければ。

 しかし、ここ1年の間に教育係が5人も担当が変わっていると聞いた。

 拙者につとまるのだろうか。

 —— —— ——

 

「ちょっと、やだ。これって……!」

 

 1ページ目の頭を読み終えると、リディアは目をらんらんと輝かせた。

 これは、自分的に本日一番の掘り出し物だ。

 

 相当値の張る物や変わった道具。そして、こういった意外な記録。

 何が出てくるかわからない、スリルを体感出来る。

 片付けが苦手なくせに、リディアが宝探しを好む理由はこれである。

 

 どうやら、エッジの幼少時代に教育係をつとめていた人物が残した日記のようだ。

 記名は見当たらないので、持ち主が誰かはわからない。

 

 普段からエッジにしてやられてばかり。

 そんなリディアにとって、この冊子は絶好の餌である。

 あの男の弱味を握れるヒントが、この中に隠されているかもしれない。

 

(あたしにこれを読みなさいって、神様の思し召しに違いない!)

 エッジは30分ほど前から所用で、この部屋にいない。

 今盗み読みしても、自分を咎める者は誰もいない。

 リディアは上機嫌で壁に背を預けて座り、改めて冊子の表紙を開いた。

 

 —— —— ——

 XX年7の月2日

 早速やられた。授業を始めて10分足らずで、隙を見て逃げられてしまった。

 話を聞いたのか、自分もやられたことがあると前任者たちがなぐさめてくれたのが救い。気晴らしに城の周りを……。

 

§

 

 XX年8の月20日

 本日の若様は、珍しく大人しく話を聞いてくださる。

 そう思っていたら意識を突然失ってしまった。

 次に目が覚めた時には、すっかり日が暮れようとしていた。

 

 後で話を聞いたら、若様は拙者に『クアールのひげ』を使って逃げた。

 拙者は部屋に放置されたため、発見と回復に時間がかかったと聞いた。

 それにしても若様は、希少価値の高いアイテムをどうやって入手したのだろう。

 

§

 

 XX年10の月8日

 部屋に向かうとやっぱり若様はいない。これで3日連続だ。

 みなで手分けして探した結果、ようやく昼過ぎに発見。

 若様は、毎度逃げる場所を変えてくるところが厄介である。

 これでは傾向と対策のしようがない。

 

 お館様も王妃様も拙者のことを責めない。

 それどころか、我が息子が申し訳ないと頭を下げてくれた。

 それが、お二方に大変申し訳なく思う。

 やはり、拙者も過去の者と同じく、教育係失格なのだろうか?

 嗚呼、今日も夜のエブラーナ城の周りを気晴らしに……。

 —— —— ——

 

「……かわいそう」

 

 一旦読む手を止めて、ため息をもらしてしまった。

 日記の持ち主に同情せずにはいられない。

 

 約3ヶ月分の記録に目を通した。

 エッジ(幼少)は、ほぼ毎日好き勝手やりたい放題。

 日記の持ち主は、その度に無力感を覚えて、夜に散歩でストレス発散していた。

 

 —— —— ——

 XX年12の月6日

 若様は以前に比べて、ずいぶんと落ち着きを見せるようになった。

 それでも、忍術や武術と関係のない授業は興味関心がなく、脱走を図ってしまう。

 せっかく若様に理解していただけるように噛み砕いた解説も考えたのに、無念である。

 —— —— ——

 

 ……日記はここで終わっていた。

 

「5ヶ月『も』続いたんだ。すごいなあ、この人」

 

 よほど根性のある持ち主だったのだろう。リディアならきっと3日で降参だ。

 1年の間に、教育係が5人も代わってしまうのも仕方がない。

 

(続きはもうないのかな?)

 引き続き、ページをぱらぱらめくっていると、途中で手が止まった。

 また何か書かれている。

 

「わあ……!」

 

 およそ10ページにわたって、文字や図形がびっしりと並んでいる。

 日記の持ち主が、噛み砕いた解説とやらを書き綴ったようだ。

 

 当時10歳前後のエッジに向けて書かれたものだからだろう。

 部外者のリディアでも理解出来る内容が多い。

 当時のエッジには、この熱意が伝わらなかった。

 そう思うと、持ち主がなんとも不憫でならない。

 そんな熱の入った資料の中で一際目についたのが、昔の出来事を綴った文であった。

 

 —— —— ——

 今から80年ほど前のお話です

 エブラーナ王国の祖である初代エブラーナ国王には

 エヴァンとエミールという名の双子の息子がいました

 

 ふたりは、時同じくして生を受けたため、兄弟の分別はありません

 勉学や忍術の才もほぼ互角

 空のような青色の瞳を持つ、控えめな性格のエヴァンに対し

 海の底のような碧色の瞳を持つ、外向的な性格のエミール

 彼らを見分ける方法は性格と瞳の色ぐらいしかありませんでした

 

 ある日、国王はふたりにこんな質問をしました

 もし、我が国の統治下に入ることを拒む部族がいたら

 おまえたちはどうするのか、と

 

 エヴァンはこう答えました

 統治下に入るメリットを相手に説明しながら、粘り強く交渉を続けます、と

 そしてエミールはこう訴えました

 言っても聞かないのなら、力でねじ伏せるだけです、と

 

 初代国王はふたりの答えを聞いてすぐに、エヴァンを次期国王に指名しました

 そして今後、王位継承者は自身の名であるエドワードを名乗るように

 代々国王の証として、自身が愛用する名刀村雨を受け継ぐように命じました

 

 数年後、初代国王はエヴァン改めエドワードに国王の座を譲りました

 村雨を携えた二代目の、民から歓迎と祝福を受けた華々しい即位式には

 エミールの姿はありませんでした

 

 なぜなら、エミールはエヴァンが次期国王に決まった次の日に

 妻子と自身の部下数名を連れて、エブラーナ城から消えてしまったからです

 彼らがどうなったのか、誰にもわかりません

 —— —— ——

 

 読み終えると、リディアはほうと息をついた。

 

「……カインとアベルみたい」

 

 聖書という読み物に載っていた、双子の遺恨エピソードを彷彿とさせた。

 

(エミールは人を殺めなかっただけ、カインよりマシなのかな)

 エヴァンは父親と考えが父親と似ていた。

 しかも兄弟のエミールが好戦的な人物だったから、次の国王に指名されたのだろう。

 

 村雨の妖刀伝説なるものも、別のページにわかりやすく記載されていた。

 しかし、消えた双子の片割れ——エミールは結局どうなったのだろう?

 聖書のカインのように各地をさまよい、新たな居場所を見つけたのだろうか?

 読み進めても、リディアの疑問を解消するものはなかなか見つからない。

 

「……おい」

 

 見開きのページを大きな黒い影が覆い尽くすと同時に、地の低い声が聞こえてきた。

 リディアが見上げると、目の前でエッジが仁王立ちしている。

 

「ふぁっ!?」

 

 驚きのあまり、身体を大きくびくつかせた拍子に日記をばさばさと落としてしまった。

 

「何さぼってんだよ」

「お、おかえり……すごく……早かったね」

「そうかあ? 30分ぐらい抜けてた気ィするけど」

「ちょっと休んでたの。あっ、さ、作業戻るね」

 

 リディアは立ち上がろうとした際、落としてしまった日記を拾おうとした。

 

「なんだこれ」

「あっ! それはだめっ!」

「んだよ。見られたらまずいもんでも見てたのか?」

 

 リディアより先に、エッジがひょいと日記を手に取って表紙をめくり始めた。

 

「……ふーん」

「う……」

「こんなもんよく残ってたな」

 

 何ともばつが悪く、リディアは目をつむってうつむいたまま。

 かさかさと手早くページをめくる音を、黙って聞いていることしか出来ない。

 

「宝探しの目的はこれかよ」

「そんなことない……」

「ったく、野次馬根性丸出しじゃねえか」

 

ぱこん

 

「いたっ」

 

 エッジに日記で頭を叩かれた。

 本気で怒っていなかったようで、ちっとも痛くなかった。

 それでも、ついつい条件反射で痛いと口にしてしまった。

 

「片付け嫌いなくせに、どおりでやる気満々で手伝ってくれてた訳だ」

「……エッジも逆の立場だったら喜ぶでしょ?」

「ああ。若い女の家探しってロマンの塊だからな」

「お願い。もしこの日記を書いた人がご存命なら、黙っててあげて」

 

 リディアはすがり付くようにエッジを見上げながら懇願した。

 

「なんで」

「『オレの悪口ばっか書きやがって、余計なもん残してんじゃねえ』って……エッジに叱られちゃう」

 

(そんなとばっちり、かわいそう)

 こんなところに埋もれてたなんて、日記の持ち主も思っていないだろう。

 しかも、当時の教え子に読まれてしまった。持ち主が報復されやしないか心配である。

 

「……しょうがねえなあ」

 

(何か思いついたんだ)

 エッジの眼光が、突然ぎらりと鋭くなった。

 こういう時、この男は往々にしてろくなことを言わない。

 それを身をもって経験しているリディアは嫌な予感しかしない。

 

「だったら、今日ここ泊まってけ」

「ええっ!?」

「そしたらそいつに黙っといてやる」

 

 エッジが提示した条件に、不意打ちを食らったかのように大声を上げた。

 

「どうせ明日も暇もて余すんだ。ぎりぎりまでこっちにいりゃいいだろ」

「エッジは、明日お仕事じゃない」

「んー、1、2時間ぐらい抜けるかもしれねえな」

「……邪魔しちゃ悪いよ」

「はあ? おまえ、今まで誰かの仕事の邪魔したことあんのか?」

「ないけど……いるだけで、邪魔になるかもしれないじゃない」

「あのなあ、邪魔ってのはな。イフリートとか喚んで城ん中で暴れたりすることを言うんだぞ?」

「あたしがそんなことする訳ないでしょ!?」

 

 暴れたいという身勝手な理由で、誰が召喚するものか。

 幻獣たちが、かわいそうじゃないか。

 ぷいと明後日の方向を向いて、頬を膨らませた。

 

「それみろ。邪魔したことも、するつもりもねえじゃねえか」

「……」

「決まりな。今日は公賓として丁重に扱ってやる」

「公賓に普通こんなことさせないと思うけど……」

「楽しそうに、箱の中漁ってるくせに」

「してません……」

「鏡で顔見せてやりてえぐらい」

「しなくていいです……」

「明日もここで作業出来るぞ?」

「ううっ……」

「わかったか? 野次馬精神旺盛なリディアちゃん?」

「わ、わかったよ! 泊まっていけばいいんでしょ!?」

 

 何か言えば、2倍返し。下手すれば、3倍返し——エッジには勝てない。

 結局、あの日記は何の足しにもならず、むしろその逆だった。

 リディアは、悔しさを噛みしめるしかなかった。

 

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