※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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エッジ視点


ひまわりの約束

 

 

——7の月30日 午後3時過ぎ

 

 

 国内外の観光客や地元エブラーナの民に城で働く使用人など。

 北のエブラーナ城と、南の発着場を結ぶ長い大通りは人の往来が激しい。

 

 『ツクヨミ』の姿をしたエッジも、かすみ草に包まれた桃ばらの花束を抱えながら。

 大通りを北へ向かって歩いている。

 

 上品に歩いているが、頭の中はせせこましいものだ。

 なぜなら記憶を振り返り、自問自答を繰り返す恒例行事。

 ……脳内ひとり反省会の真っ只中だから。

 

 —— —— ——

 昨日、ミストにいるツキノワから報告書が届いた。

 

『リディア様は、明日ご友人の方と薬草園にお出かけになる予定。帰りに城下町へ向かうと話していました』

 

 その一文を目にした瞬間、リディアたちを薬草園に連れていこう。

 エッジはそう決めて、即座に計画を立て始めたが、大きな問題にぶつかった。

 ……お面をかぶっているのに、どうやって食事する?

 

 この時期の薬草園は客が多い。当たり前だが食堂も混雑している。

 そこはテーブル席のみで、カウンター席はひとつもない。

 

 ひとりだけ別の席にしろ。そんな要求しようものなら。

 お城勤が強権をかざしている。周囲にそう誤解されるかもしれない。

 噂が広まれば、お城勤のイメージダウンにつながりかねない。

 

 ならば、リディアたちだけ食堂で食事をとっている間。

 ひとり外で、兵糧丸をつまんでやり過ごすか?

 一瞬そう考えたが、それを取り下げてひとつ実験をすることにした。

 

 そして本日の朝。衣装庫から白狐の半面を。

 倉庫から国有艇の鍵をかっぱらって城から脱走した。

 発着場でリディアたちを待ち伏せして、無事薬草園へご案内。

 食堂に入るなり、エッジはひとりお手洗いへ行き、お面を半面に交換した。

 

(もし反応されたら、正体バレっかもしれねえな……)

 戦々恐々としながら席に戻り、リディアたちに顔を見せてあげたら。

 なんと、無反応であった。

 —— —— ——

 

 カルミネの事件から、もう3年が経つ。

 知らないうちに、反応する範囲が顔全体から傷を付けた箇所に狭まったのだろうか?

 

「わかったぞ……!」

 

 無反応だった理由を思い至り、小さくつぶやいた。

 リディアは、エッジの口元だけは『エッジの顔』として認識していないのだ。

 

 普段エッジは、口布で顔下半分を覆い隠している。

 顔に傷を付けられた時も、エッジは口布をしていた。

 さすがにリディアと夕食を共にする時は外していたけれど。

 そんなもの口布を当てている時に比べて、時間も回数も知れている。

 

(これから『ツクヨミ』は半面でいいや!)

 いずれリディアお手製ビーフシチューも食べられるかもしれない。

 そんな期待を持ちながら、しばらく黙って歩いていた。

 

 —— —— ——

 他の通行人が、『ツクヨミ』を後ろから抜かしたり、すれ違ったりする中。

 どこからともなく現れた、若い男性が『ツクヨミ』とすれ違った。

 すると、男性はリディアたちが向かった城下町西方面へと姿を消した。

 

 男性の首筋には、米粒ふたつほどの小さな黒い逆五芒星の紋章が刻まれていた。

 しかしこの時、エッジは視線を花束に向けていたせいで。

 そんな男性が通り過ぎていったことに、全く気付くことはなかった。

 —— —— ——

 

 突然あることを思い出し、足取りが重くなった。

 胸に抱える可愛い色花とは対照的に、お面の下の表情は苦渋に満ちていく。

 

「なかなか諦めねえな……」

 

(『オレ』のこと)

 お面の下でつぶやいてから、心の中でそう付け加えた。

 

 —— —— ——

 『ツクヨミ』は、リディアの味方。必死でそうアピールしても。

 昼間の『エッジ』でろくに見せたことがない、紳士的な立ち居振る舞いを見せても。

 

『これ好意あるよね!?』

 

 今のリディアなら、そう気付いてもよさげな接触を試みたり、言動をとったりしても。

 彼女は『ツクヨミ』を、自身のファン程度にしか思ってくれない。

 —— —— ——

 

(しかも、『オレ』を諦めるどころか……)

 左手で抱えていた花束を苦しそうな表情で見つめながら。

 誰にも聞こえぬぐらい小さな声で、こう吐き捨てた。

 

「こんな花……『オレ』に渡してきやがって……」

 

(普通なら恨みごと垂れるとこだぞ!? 何考えてんだ……!)

 花と本数を組み合わせて、『あなたに会えて本当によかった。ありがとう』。

 リディアはそんな花言葉を添えた、桃ばら5本とかすみ草の花束を。

 大至急、『エッジ』に届けるよう『ツクヨミ』へ頼んできた。

 

 —— —— ——

 リディアが理想とする良い国王と反して、『エッジ』は民の意志を伏せていたのに。

 国を挙げて、『エッジ』に隠しごとされたくせに。

 告白の返事も、別れを告げぬまま。

 『エッジ』は逃げるようにミストに現れなくなったのに。

 

『お館様は私情を国政に持ち込み、民の自由を縛ったのです』

 

 薬草園で『ツクヨミ』として、いくらそう進言しても。

 リディアは『エッジ』を擁護し続けて、感謝の言葉まで述べた。

 しかも、これ以上『エッジ』のことは悪く言うなと頭まで下げてきた。

 

 あのくそ大人しいリディアの親友——ライザも余計な助言をしてくれたものだ。

 ライザは母娘揃って、リディアのファン。

 未だ『エッジ』を好きなリディアのために、あれこれ手を焼く。

 

 城下町での荷物持ちを経て、ミストに送っていこうと思っていたのに。

 邪魔されたのも、あの女が何か吹き込んだから決まっている。

 —— —— ——

 

 ライザは口うるさいアリサと比べて、とても人が出来ている。

 大いに認めてやってるのに、これ以上変なことをしないでほしい。

 

§

 

 エッジが歩きながら、脳内ひとり反省会を続けていると。

 

「やぁ、ツクヨミさん。お疲れっすー」

 

 前から歩いてきた若いお城勤から、明るい声で挨拶された。

 彼は、以前から『ツクヨミ』と顔見知り。

 仕事の帰りのようだが、今は相手をする気にはなれない。

 

『……お疲れ様です』

 

 『ツクヨミ』として、小さな声で挨拶しながら頭を下げるだけに留めて。

 そのままお城勤の横を通り過ぎようとした。

 

「あれー? どうしたんすか、それ」

 

 ところが、若いお城勤が『ツクヨミ』が抱える花束を指さしながら声をかけてきた。

 男性には似つかわしくないものを抱えていたのがまずかったようだ。

 

『……お館様にお届けするように頼まれたのです』

「お、女っすか!?」

『はい、綺麗な女性でした。お館様も喜ばれるでしょうね』

 

 リディアの名を出さなかっただけで、一切嘘は言っていない。

 本日も、相変わらず美しかった。

 花を『エッジ』に贈ってくれたことも、めちゃくちゃ嬉しい。

 

 ただ、リディアから感謝やお礼を言われる資格はないのに。

 花言葉を伝えるために、この花を贈ってくれたことが不満だっただけで……。

 

「お館様、昔はモテたっておやじから聞いたことがあるっすけど。今も健在ですかぁー」

『そのようですね』

 

(こいつは確か、東の部族出身……なら、知らねえか)

 この若いお城勤の両親は、城下町に住んでいた者ではない。

 それゆえに、若き日のエッジをよく知らないようだ。

 モテたには、実は続きがある。

 

 —— —— ——

 エッジは、エブラーナの若い女を全く相手にしなかった。

 ほとんどの女が、将来の王妃の座を欲しがっているのがみえみえだったからだ。

 

 その代わり、国の外では軽々しく女に手を出した。

 当時エブラーナは世界的に知名度ゼロ。誰もエッジの素性を知る者はいない。

 

 美丈夫を自負していたエッジに、言い寄ってきた女も多かった。

 しかし、どの女と付き合ってもすぐにお別れ。

 城が襲撃されてリディアに出会うまでは、その繰り返し……。

 —— —— ——

 

「お館様が、昨今類に見ない玉の輿物件って、国外でもよく耳にしますよ」

『ダムシアン王がいるではありませんか』

「あの方は、若い美人秘書が当確って噂っす」

『そうですか……』

「お館様もいい加減、リっ……!? お、お先に失礼しまーす」

 

 お城勤が、はっとしたような表情で言葉を切ってから。逃げるように去っていった。

 

 城内とその周辺では、どこでお館様が聞いているかわからない。

 そのため、いつでもどこでもお館様の女性関係を話していけない空気が漂っている。

 

 若いお城勤の一言が引き金となり、怒りがふつふつ湧き上がってきた。

 それでも今は、『ツクヨミ』の姿。平静を装いながら再び前を向いて歩き始めた。

 

「くそったれが……」

 

(繁忙期だぞ!? ばらの世話以外に仕事腐るほどあったろ!)

 ……リディアに思いを知られてしまった。

 そのために、この国全土に敷いていた箝口令の存在までもだ。

 あんな形で知られるとは、想定外にも程がある。

 

 —— —— ——

 ばら園の中は、濃厚な花の香りが充満する。

 もともとエッジはその香りが好きではなく、星祭りの日からは忌避していた。

 北で暮らす自称お妃候補の女を嫌でも思い出して、吐き気がするからだ。

 

 そんな理由から、ばら園に入ろうとするリディアたちと共にせず。

 エッジは、園の出入り口のそばでふたりを待つことにした。

 

 ところが、30分以上待ってもふたりはなかなか帰ってこない。

 そんな中。突然ウルキの名を呼ぶ、リディアの叫び声がかすかに耳に届き、驚愕した。

 

 薬草園は、薫衣草が見ごろの今。1年で最も客が多い。

 食堂や売店、案内所の接客に他の畑の手入れ……。

 毎年何かと忙しく、管理人夫婦も各所の応援に回っているはずなのに。

 なぜウルキは、今日に限ってばら園にいるのだ!

 

 エッジは急いで園内に入り、黄ばらエリアに差しかかった時。

 かすかに聞こえてくる会話に耳を疑った。

 

 出会ってすぐから、エッジがリディアに思いを寄せていること。

 リディアの薬草園初訪問の日に、エッジがウルキを気絶に追い込んだこと。

 それらをウルキが、リディアたちにバラしている……。

 

 現場に駆けつけたものの。『ツクヨミ』の姿では何の手立ても打てない。

 ウルキが怒られないよう、エッジには黙ってて欲しい。

 リディアにそうお願いされたら、言いなりになるしかなく。

 終始平然を装いながら話を聞いていたが、心の中は荒れ狂っていた。

 

 ウルキは過去に城下町で暮らしており、若き日のエッジをよく知っている。

 使用人数名とも面識がある。伴侶と違って、非常に口が軽く何より前科持ち。

 

 何度、ばら園をぶっ壊したくなるぐらいの衝動に駆られたか。

 『ツクヨミ』でなければ、間違いなくそうしていただろう。

 —— —— ——

 

 思いを直接告げない代わりに、密かに赤ばら4本に思いを託したのに。

 リディアに全て白状してしまった、ウルキを恨んで仕方がない。

 そのせいで、エッジの今の表情はひどく歪んでいる。

 お面を外せば、さながら悪人。とても民に慕われている国王とは思えない。

 

『ウルキに……いや、いっそのこと……』

 

(エブラーナの民全員に禁術をかけりゃよかったな)

 エッジは憎々しげにぼそりとつぶやき、脳内に黒い逆五芒星を浮かばせた。

 

 禁術は、呪いの忍術。

 その名の通り、国王ですら使用が禁じられている。

 

 禁術は2種類に別れている。

 ひとつは、被術者が命を落としてしまう場合があるもの。

 そしてもうひとつ。命に別状はないが、被術者の何かしらの自由を術者が縛るものだ。

 

 エッジは殺生を嫌う。禁術をはばからず使うなら後者一択だ。

 それでも、呪いには変わりない。

 危険な術に手を出そうとするような、危ない思考に陥っている自覚はある。

 

 —— —— ——

 かねてよりエッジは、リディアのことに関しては、自身を棚に上げて他者を責めがちだった。

 それが、ジェラルダインの血の習性……自身の愛念対象は、リディア。

 そう気付いてからは、他責思考がより顕著になっている。

 加えて、人の道を外れるような危険なことをよく考えるようになった。

 

 自身の思い通りにならず、邪魔しようとする人物が現れたら。

 平気で城内ルールを変更する。

 更には禁術を使ってまで、動きを封じ込めるようにもなった。

 

 そんな危うい自身の心の癖や行動を、エッジはある程度許容している。

 国を統べる立場。一族特有の不殺主義。初代国王ほどではないが、高い愛国心……。

 それらはリディアと別つ原因にもなった一方で、良くも悪くも自身の枷として。

 道を外すような思考を行動に移さぬよう、歯止めを掛けてくれるから。

 —— —— ——

 

『エッジはみんなのために、一生懸命国王さまやってるの。みんなそれを知ってるから尊敬してるんです』

 

 相変わらずリディアは、国王としてのエッジを過大評価している。

 

 愛する女とほんの一筋でも繋がっていたくて、手段を選ばなくなった。

 箝口令を敷いて、民を縛った。

 にもかかわらず、更なる縛りを掛けておけばよかった。

 そう悔いている、この自分のどこが良い国王だと言うのだ。

 

 エッジは国王として、国を守り、民に安定した暮らしをさせる責任がある。

 それを果たすために、今でも努力を続けているつもりだ。

 しかし、それは上に立つ者として当たり前にすべきこと。

 良い国王と呼ばれることには繋がらない。

 

§

 

 エッジは不意に立ち止まり、両手で花束を抱え直すと。

 濃桃の花を好きな女に見立てて、愛おしみながら顔を寄せる。

 『ツクヨミ』の姿はこういう時、人の目も気にする必要がないから都合がいい。

 

 大嫌いな香りが鼻腔をくすぐっても、直近の記憶のおかげで。

 自然とエッジの脳裏に浮かんできたのは、いつものあのくそ女でなく。

 無人の展望所で『ツクヨミ』に話しかけてくれた、リディアの姿だった。

 

『今のあたしがあるのは、エッジのおかげがすごく大きいの。嫌いになんかなれないし、恨んでもない。だから責める気も起こらないよ』

 

 前向きな言葉が脳内を駆け巡り、負で染まっていた思考が、瞬く間にリディア一色に変わった。

 怒りや、やるせない感情も幸福感で満たされていく。

 

「やっぱ、おまえはオレの太陽だ……」

 

 うっとりした表情で、桃ばらにささやくようにつぶやくと。

 少し顔を上げて再び城へ向かって歩き始めた。

 先ほどまでと一転して、足取りが軽くなっているとは気付いていない。

 

 まるで太陽を追いかける日輪草のごとく。エッジはリディア以外の女には全く関心がない。

 

 自分のせいで泣き出したリディアを見ていられなかった。

 気が付けば、売店で日輪草を買って元の場所に戻ってきていた。

 日輪草の花言葉のひとつに『あなただけを見つめている』がある。

 花の特性が由来となっている、ちょっと怖い花言葉だ。

 

「……幸せにしてやるからな」

 

(『ツクヨミ』だろうが違う姿になろうが、何がなんでも)

 エッジは日輪草のもうひとつの花言葉で誓いを立てると。

 城門に向かいながら、早速ある事案について思考を巡らせ始めた。

 

(母の日みてえに、ダチの日でも作るか)

 もしくは、国王の勅命で悪い花言葉を無効にするか。

 何なら、誰かに黄ばらをテーマにしたの恋愛小説を書かせるよう仕向けるか……。

 それも間接的だが、リディアを幸せにするお手伝いだ。

 

 黄ばらのイメージを向上させて、エブラーナ国内での需要をもう少し上げれば。

 くそ大人しいリディアの親友は喜ぶだろう。

 リディアも黄ばらの不遇に納得していないように見えたし、親友と一緒に喜ぶに違いない。

 

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