フェイクラバーズ 作:かえで
——7の月30日 夕方
ミストは本日も強い雨が、ざあざあ降り注いでいる。
明日まで雨期が続くから仕方がないのだが……。
リディアとライザは、日帰りエブラーナ観光を終えてミストに戻ってきた。
今回は精神的にも物理的にも、とても収穫が多かった。
一旦リディアの自宅に立ち寄り、荷物を置いてから。
リディアは赤い傘。ライザは青い傘を差して向かったのは。
なぜかアリサの自宅ではなく、ミゼルの自宅であった。
「暗いなあ……」
「誰もいないみたいね」
「おばちゃんたち、まだ帰ってきてないかも」
ミゼルの自宅前に着いたものの。玄関横の窓を見ると明かりが点いていない。
夏は日が沈む時間が遅いが、本日はあいにく雨模様。
夕方6時前でも、辺りは刻一刻と暗さを増していく。
先ほど自宅に寄った時も、明かりを点けようかどうか迷ったぐらいだ。
「おじちゃーん?」
リディアはいつものように大声を上げながら、扉を何度も叩くと。
玄関の扉が開いて、そこからミゼルが顔を出した。
「はーい……あれ?」
「なんだ、いたんだ」
「こんばんは」
「珍し……あっ、ちょっと中入ってよ」
満面の笑みを浮かべたミゼルから、手厚い歓迎を受けて。
リディアとライザは中へ入った。
(そうだ、この暗さじゃ……!)
なぜミゼルが、こんなに大喜びしているのか。
リディアは薄暗い部屋に入って、すぐ理由がわかった。
「ミネルバ呼びに行くところだったんだね」
「そうなんだよ。きみたちが来てくれてちょうどよかった」
ミゼルはゼロでファイアが使えない。おまけに、火傷の後遺症で炎が苦手。
火災から8年経ったが、夜空に舞い上がる打ち上げ花火を眺めたり。
ランタンの小さな炎を、恐る恐るのぞいたりするのがやっとなレベルだ。
今でも暖炉やかまどの大きな炎は、見るだけで動悸が起こり動けなくなる。
「ジャンヌさんとノアは、まだ帰ってこないんですか?」
「もっと暗くなってからじゃないかな。晩ごはんも向こうで済ませてくるから」
お隣さんのミネルバに部屋の明かりを点けてもらおう。
そう思って、呼びに行くところだったようだ。
「そうだったんだ。——ここのお部屋、全部点けていいの?」
「ええ、ええ。どうぞよろしくお願いします」
「はーい」
ミゼルが上体を前にかがめながら、もみ手してきた。
これは火事が起こってから新たに始まった、彼の癖のようなものである。
当たり前のことが出来ない自分を負い目に感じているのだ。
(気にしなくていいのに……)
みんな事情を知っている。そこまで下手に出なくてもいいのに。
リディアはそう思いながらも、8年近くもミゼルに何も言えず、彼の好きにさせていた。
「わたしも手伝うわ」
「じゃあ、あっちとこっちのスタンドお願いね」
「ええ」
ファイア習得済みのライザも、お手伝いに参戦してくれた。
部屋の三隅に立っている3本のランプスタンドを、ふたりで分け合いっこする。
全てのスタンドには、ミゼルが炎を直に見ないように大きな笠がついている。
「うわぁ、なんていい子たち……!」
「【……」
ミゼルが感動しているのをよそに。
リディアとライザは荷物を床に置いて、居間の明かり点け作業に入った。
ライザより詠唱が早いリディアは、部屋の中央に移る。
あらかじめ、ミゼルがすぐ下に置いてくれていた椅子に乗って。
天井からぶら下がっているランプに、ファイアをかけた。
ランプ4つに火を点けると、室内が一気に明るくなった。
「リディアさん。そこのランタンもぜひお願いします」
「わかっ……」
返事をしようとしたが、途中で言葉を切った。
食卓机の上に、ランタンと山積みの書籍や用箋が散らばっている。
なぜかブリキ缶のようなものふたつ。長い糸のような物体も転がっている。
書き間違えたのだろう。机の下には丸められた紙のボールがいくつか落ちている。
「なにこれ。汚ったないなあ」
几帳面なミゼルらしからぬ、食卓机の散らかりっぷり。
リディアはそれを目の当たりにして、率直な感想を述べた。
「ぼく休み関係ないもん」
「……お仕事してたの?」
「そうだけど」
「せっかくの休みなのに、もったいないなあ」
「そろそろミストの大掃除しなきゃいけないから、準備してたんだ」
村を挙げてのお墓掃除は、こないだ終わったばかりだ。
ミストの大掃除とは、一体どういうことなのか?
リディアには、ミゼルの発言の意図が理解出来ない。
「きれいにするならミストよりテーブルの上が先でしょ」
「ひっど。昔は素直でいい子だったのに……お兄さん悲し……」
「それは、こっちのセリフ。【……」
わざとらしく泣き演技をするミゼルに、冷たく言い返す。
そして食卓机の上に置かれたランタンに火を灯して、作業を終わらせた。
(なんだかんだ憎めないんだよね……)
子どもと大人では、ものの見え方がだいぶ変わるもの。
昔はとても優しいお兄さんだったのに。今はつかみたくてもつかめない、糸の切れた凧。
そんなミゼルにリディアはよく悪態をつくが、もちろん親愛の情の裏返し。
「助かったよ。ふたりともありがとう」
「おじちゃん、晩ごはんは?」
「あっ、きちんと作ってもらってあるよ」
ミゼルが自慢げに指さした台所に視線を向ける。
本日の夕食がすぐ見つかった途端、呆れ顔に変わった。
苦い真っ黒なコーヒーが入ったガラスのジャー。
その隣のお皿の上にはサンドイッチが乗っかっていて、半球状のガラスのふたで覆われている。
どちらも、ジャンヌがお出かけ前に準備してあげたのだろう。
「サンドイッチぐらい、自分で作れるでしょ?」
「ジャンヌさんのせっかくのご厚意ですしー」
「うそばっかり……」
とことん妻をパシらせるミゼルに閉口してしまう。
コーヒーはともかく、サンドイッチは具材次第で火を使わず作れるだろう。
奥さんを1日ぐらい楽にさせてあげようと思わないのだろうか?
「そういえば。ふたりとも何しに来たの?」
「おみやげ届けに来たんだよ」
「うわぁ! どうもあり」
「——はい、『おばちゃん』と『ノア』の分」
「えっ」
紙袋の中から大きな紙箱を取り出し、ミゼルに差し出した。
ジャンヌとノアの名をわざと強調し、満面の笑みを浮かべながら……。
紙箱の中身は、『おせんべい』と呼ばれる焼き菓子の詰め合わせ。
おせんべいは、お米をはじめとした穀物で作られているという。
お店で味見をさせてもらったが、歯ごたえは最高だった。
しかし、甘くないお菓子だったので自分用には買わなかった。
「またのけ者ですか……」
「おばちゃんたち帰ってくるまで開けちゃだめだよ? おばちゃん知ってるから!」
「はぁい……」
「ふふっ」
ライザがくすくす笑う中。ミゼルが残念そうな表情で、受け取った箱を見つめている。
昼間にラベンダー畑で宣言した通り。
ミストの未来、並びにリディアの平穏な日常を揺るがすようなことを言ったから。
ミゼルへのおみやげは、村長決めで勝つまでおあずけだ。
「そんなに落ち込まないでよ。実はね、おじちゃんにもおみやげあるんだー」
「ほんと!?」
「はいっ」
リディアは、自身の手荷物である紙袋の奥から。
手のひらサイズの小さな木箱を取り出して、ミゼルにぞんざいに渡してあげた。
「……何これ」
ミゼルが木箱を開けて中身を見た途端、渋い表情に変わった。
「何って、エブラーナのおみやげだよ」
「これが!?」
木箱の中には、親指大の大きさの青い石のようなものがひとつ入っている。
三角錐の形状をしているそれは、おみやげと呼ぶにはとてもあやしい。
けれど、エブラーナで入手したものだから、れっきとしたおみやげ。
リディアはそう思っている。
「うん。それ、何なのか知らない?」
ミゼルが木箱からそれを取り出すと、黒眼鏡に近付けてじいと眺めている。
「カルトロップっぽいけど……あんまり尖ってないな」
「何ですかそれ?」
「美味しそうな名前だね」
「名前だけはね……」
カルトロップとは、2つ以上の鋭いとげを持ったとても小さな兵器。
地面や床に転がしても、常にとげが上を向くような形状をしている。
それをたくさん地面にばら撒いて、追いかけてくる馬や兵の足裏に怪我を負わせるという。
「戦争で味方や自分がすたこら逃げる時に、追っ手の足止めに使うんだ」
「痛ったそう……!」
「いろんな武器があるのね」
「今は平和な世の中だから、軍の演習ぐらいでしか使わないと思うよ」
「さすが、詳しいですね」
「でも……エブラーナじゃ、別の名前なのかな……?」
青い石を見ながら、ミゼルがぶつぶつ何かを言い始めた。
ミゼルは昔から何か考える時に、独り言をつぶやくことが多い。
これはすぐ答えが出るかもしれない。そう期待をしていたが……。
「ごめん。やっぱわかんないや」
「そう……」
「ミゼルさんでもわからないのなら、ただの石かもしれないわね」
「で、これはどうしたの? 道端で拾ったの?」
「いえ。それが……」
ライザが1時間ほど前の出来事を、ミゼルに話し始めた。
***
——1時間ほど前 エブラーナ城下町
リディアとライザが、あるお菓子屋に入ろうとした時。
二軒ほど先に、お手洗い所の看板を見つけた。
荷物が多いので、交代で用を済ませることにした。
まずはライザがお手洗い所へ。その間、リディアはお店の中で荷物の見張り役。
数分後に交代してから、お菓子屋の店内で起こった出来事なので。
リディアは見ていない。
§
異国情緒あふれる美味しそうな商品を眺めながら。
ライザがリディアの帰りを待っていると、突然何者かがそばに近付いてきた。
「そ、そつじながら……」
「えっ!?」
「あなた様は、リディア様のご友人とお見受けいたしますが……」
ライザに声をかけてきたのは、青紫の短い髪をした和装姿の若い男性。
(エブラーナにも軽薄な男の人っているのね……)
ライザは一瞬そう呆れたが、すぐ考えを改めた。
なぜなら、この男性。異様に腰が低く、丁寧な言葉遣いだったから。
しかも、この国ではリディアを知らない人はいない。
もしかしたら、この男性。ツクヨミと同じ——リディアのファンかもしれない。
ライザはそう結論づけて、一応話を聞いてみることにした。
「え、ええ。それが何か……?」
「これをですな。リディア様にお渡し願いたいのです」
男性が懐から取り出した何かを、ライザの左手に無理矢理押し付けてきた。
よく見ると、それは手のひらに収まるぐらいの小さな木箱だった。
「これ、何ですか?」
「それは申し上げられませぬ」
「……受け取れません」
ライザは木箱を男性に押し返した。
「な、なにぶんお頼み申すっ」
「無理です。わからないものは受け取れません」
—— —— ——
バロンの使者が届けた箱を開けてみたら、正体はボムの指輪。
たちまち、ミストの集落は炎に包まれてしまった……。
—— —— ——
ミストの火災の経緯を知っていたら、初対面かつ正体不明の相手から。
中身不明のものは受け取れない。
「ど、どうしても受け取ってもらわないと困るのです……!」
「無茶言わないでください……」
「どうか、このことはエブラーナの者にご内密にと、お伝えくだされ」
男性は切羽詰まった表情で、口止めまで頼んできた。
「そんなこと言われても困ります。せめて、箱の中身を教えてください」
「そ、それは申し上げられないと……うっ!?」
木箱の押しつけ合いを続けていたら、突然男性が身体をびくりと震わせた。
「どっ、どうかリディア様に……失礼っ」
「あ、ちょっと待ってください!」
男性はライザにぺこぺこ頭を下げながら木箱を押しつけると。
その場から逃げるように、お店から飛び出していった……。
§
程なくして、リディアがお菓子屋の店内に戻ってくると。
ライザが呆然としながら、小さな木箱を手にしていた。
事情を聞かされて、その場で恐る恐る箱を開けてみたら。
青い石ころにしか見えないものが、ひとつ入っていただけだった。
「どこかに捨てようよ」
「ばちが当たりそうだわ……」
リディアのポイ捨て案に、ライザは後ろ向き。
「じゃあ、誰かにこれが何か聞いてみようよ」
「エブラーナの人には秘密にしてくれって言われたのよ? それがバレたら、その人どうなるかしら」
「どうして、その人のこと心配す……まさか、好きになっちゃった!?」
「違うわよ。男の人があまりにも真剣だったから……」
ポイ捨て案に続き、正体誰かに聞こう案も提示したのに。
男性の必死さを直に知っているからか、ライザが乗り気になってくれない。
「うーん……」
困った挙句、リディアはいいことを思いついた。
***
「で、これをぼくのところに届けにきた……と」
「うう……」
「ここは、ごみ処分場じゃないんだけどね」
図星を突かれた挙げ句、嫌味を言われてしまった。
たらい回しの果てに謎の物体を押しつけられた。そう知れば、不満に思うだろう。
「違います。ミゼルさんなら、これが何か知っていると思ったんです」
「そ、そう! おじちゃんエブラーナのこと詳しいじゃない!」
ミゼルはミストのかたつむりだが、各国の文化や情勢に詳しい。
特にエブラーナに関しては、リディア並みかそれ以上に物知りだ。
ミゼルなら、謎の石ころの正体を知っているかもしれない。
おみやげなしの予定だったから、ちょうどいいおみやげにもなる。
むりくりプラス思考に変換して理由をぶちまけた。
「間違いない。ぼくはミストでも屈指のエブラーナ通だからね」
「自分で言うんだ……」
「で? その男の人って、どんな人だったの?」
「若くてイケメンでしたけど……歳の割に堅苦しい言葉使いで、腰がものすごく低い人でした」
「それ、リディアさんのファンじゃないの?」
「ファンなら和菓子買って欲しいよ……」
「ははっ! それは言えてるな!」
自分のファンなら、こんな正体不明の石ではなくて。
エブラーナの甘味——和菓子を買って渡して欲しい。
リディアの本音を聞いて、ミゼルが笑ってからこう言った。
「……たぶん不審者でしょ」
「ね? わたしが押しつけたくなる気持ちわかるでしょ?」
「まあね。石の正体、調べてみるよ」
「やった!」
「今ちょっと忙しいから、花火終わってからでいい?」
「十分十分。お願いします」
「よかったわね」
「うん!」
木箱を突っ返されるかもしれない。
ミゼルが当初のそんな予想を、良い意味で裏切ってくれた。
さすがエブラーナへの知識欲が旺盛なだけある。
正体不明の石をミゼルに押し付けることに無事成功。
リディアは、肩を叩いてきたライザへ満面の笑みをこぼしたのであった。
(何にもわからないのに持ってたってしょうがないもん)
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