フェイクラバーズ 作:かえで
——8の月15日 午前10時すぎ
机の端に積まれた新聞の束を、ごっそり手元に引き寄せる。
「……っし、こいつで終わりだな」
(どんだけ楽しみにしてんだよ)
弾んだ声を出してしまい、思わず苦笑を浮かべてしまった。
夜のあるイベントを前に、浮足立っているのがよくわかる。
—— —— ——
本日は、ミストで年に一度の花火大会が行われる。
昼一番にエブラーナを出発。ダムシアンのお店でアイスを引取りに行かねばならない。
そのため、朝も早くから執務室で午前の業務を片付けていた。
たまった仕事は、明日以降まとめて取りかかる予定。
本日お昼以降の信書の検閲も、事前に専用の部下に頼んである。
—— —— ——
もうすぐリディアが喜ぶ顔が見られる。そんな一心で仕事をした。
その結果、あとは本日の世界各地の新聞読みを残すのみとなった。
「あー、Bなあ……」
(セシルの悪口ばっか書いてるとこか)
一番上に積んであった新聞を手にした。
それがバロンにあるB社のものとわかった途端。渋い表情に変わる。
Bの紙面を机一面に広げて、記事を隅から隅まで追い、ページをめくる。
それを数度繰り返したところで、政治面にぶち当たった。
「次、次っと……」
読むだけ無駄なので、すぐページをめくって読み飛ばしてやった。
—— —— ——
どこの新聞だろうが、政治面は良くて流し読み。
なぜなら、各地の諜報が日々エブラーナ城に報告書を送ってくれる。
おかげで、各地の政治情勢は、記事になる前に大方入手出来ているから。
—— —— ——
特にBは、王政——セシルに批判的な政治記事が多い。
読むと気分が悪くなる。そのため、普段はほとんど無視していた。
程なくして、全て読み終えたBを足元に投げ投げると。
今度はファブールの新聞Qを、机いっぱいに広げる。
—— —— ——
どこの新聞だろうが、政治面以外は全て目を通すようにしている。
経済は現状、事前に入手する情報対象に入っていない。
社会面は、突発的に発生する事件事故の記事が数多く載せられている。
それらは、諜報でも情報を事前入手するのは厳しい。
—— —— ——
時折ページをがさがさめくりながら、新聞とにらめっこを続けていたら。
こんこん、と扉を叩く音が聞こえた。
「どーぞ」
「失礼いたします。進物をお届けに参りました」
「……適当に置いといてくれ」
声で執務室に入ってきた人物に見当がついたが。
エッジは紙面に目を向けたまま、無愛想な声で返す。
「かしこまりました」
(今日も一日二善かよ……つっても、夕方はオレいねえけど)
現在じいとは、ほぼ毎日朝と夕方それぞれ会って終わり。
会っても仕事の話をおざなりにする程度。
それぐらいには、エッジはじい、ついでにザンゲツと距離を置いている。
—— —— ——
同じ使用人でも、じいとザンゲツだけは立ち位置が少し違う。
ふたりは、前国王から仕える古株の臣下。エッジとは幼少時からの付き合いになる。
特にじいは、身内でもないのに両親以上に口うるさかった。
一方で、ためになる話もよくしてくれた。
これも人生の先輩からの助言。そう思って、長年好きに言わせておいた。
国王に即位してからも、馴れ合い防止に使用人と距離を置くようになっても。
このふたりにだけには、素を見せ続けていた。
……1年前、エッジがアスラからある宣告を受けるまでは。
その翌々日、エブラーナを世襲制から禅譲制に変える。
じいとザンゲツにそう明言してから。そのふたりとも距離を置くようになった。
その際、エッジはじいから1年近くもあることを強要させられた。
お国のためだから、仕方がないとわかっていたけれど。
日々不満に思っていたら、この夏ついにブチ切れ。
生まれて初めてじいを怒鳴りつけた。
それ以来、じいとザンゲツとますます距離を置くようになった。
若様に怒鳴られて察したらしい。
じいはそれ以降、朝夕以外は若い部下を執務室に寄越すようになった。
—— —— ——
新聞を読むふりをしながら、じいの方にちらりと視線をやる。
老齢の部下が抱えているのは、段ボール箱。
しかし、よく見ると箱前面の中央に黒抜きの大きな星印がある。
すぐに箱の中身と贈り主を察してしまい、顔をしかめてしまった。
「またタツミか」
「さようです。前回と同じ6本セットでございます」
「いちいち送ってくんなよ……」
エッジは頬杖をついて、呆れ顔でぼやいた。
タツミからの進物は星祭りの日以来。2週間ぶり2回目だ。
—— —— ——
シビエン家は、古くから農園と造り酒屋を営んでいる。
清酒『紫微宮(しびきゅう)』は、長年国内において定番醸造酒の1本。
今じいが運んでいるのも紫微宮だ。
エブラーナ建国後。シビエン家は酒造業に飽き足らず。
農園や店舗の旅館経営……他の業界に進出するようになった。
この一族は、商才に長けている者がとても多い。
そのため、ほぼ全ての新規事業を成功させて現在に至っている。
ありていに言えば、シビエン家は(王家以上の)超大金持ち。
エブラーナから独立しても余裕で生きていける。
それが『最大の部族』『王家最大の支持勢力』などと、彼らが呼ばれるゆえんである。
—— —— ——
(どうせ送るなら、新作送ってこい!)
一晩で一升びんを1本からっぽにして、やっと酔いが回り始める。
エッジはそれぐらいのうわばみ。だから、酒をもらっても全く困らない。
しかし、2週間前に届いた紫微宮がまだ4本も残っている。
去年発売されたばかりの焼酎『紫微星(しびせい)』なら、まだよかったのに。
「タツミが気を利かせてくれたのでしょう。おかげで、若様が酒に困ることは当分なさそうですな」
「……」
紫微宮6本セットは、お館様を敬愛するタツミからの定期的な貢ぎ物。
じいは、そう思い込んでいるようだが、これはお詫び品なのだ。
—— —— ——
シビエン家に関する情報は、『御伽衆』扱いという理由で、情報統制を敷いている。
詳細を知る者は、エッジ本人。シビエン家へ任務に向かった御伽衆のイザヨイ。
任務の依頼主であるシビエン家当主タツミと妻のソイ。
そしてタツミが信頼を寄せる部下4名。……10人にも満たない。
—— —— ——
リンはお館様に逆求婚する。いずれお城通いを始めるだろう。
シビエン家について、じいたちは現時点でその程度の認識しか持っていない。
「こちらに置いておきますな」
じいが「よいしょ」と声を上げながら、室内の隅に段ボール箱を置こうとしている。
(しばらく見ねえうちに、えれえ小さくなったな……)
横目だが、久しぶりにしっかり見たじいが更に老いたように見えて。
何とも言えない気持ちになってしまう。
「……ご苦労だったな」
「は」
箱が置かれた。同時に小さな声で礼を述べると。
じいがそのままの姿勢で口をぽかんと開けながら、こちらを見てきた。
「どうした」
「いやぁ……! 若様がじいにお礼をおっしゃるとは、ずいぶん久しぶりのことと思いましてなあ」
「……」
じいから感慨深げに言われて、どこか恥ずかしいような。
気まずいような気分に陥ってしまう。
まだ人として、落ちぶれていない自負はある。
この1年で態度は冷たくなったが、お礼ぐらいは言える。
横目でじいの姿を視界に入れると、その場で腰をさすっている。
一升びん6本の運搬はやはりこたえたらしい。
「……そいつ、1本持って帰っていいぞ」
「まっ、誠でございますかぁ!?」
「ああ。ザンゲツにも渡しといてやれ」
若様からのありがたいお言葉に、じいが声高らかに確認を求めてきた。
(たまにゃ、あめも与えとかねえとな)
この1ヶ月、じいとザンゲツ(だけ)にむちを与えることが多かった。
不満が溜まって、いつ何かしら反撃に出られると困る。
紫微宮で大人しくさせられるのなら、安いものである。
「若様からのお心遣い、ありがたき幸せにございます……!」
家に帰れば、晩酌は欠かせない。しかも、エッジに負けじ劣らずのうわばみ。
そんなじいが、喜ぶのは当たり前。
ちなみに、ザンゲツも酒は呑むが、エッジやじいほど強くない。
「いいから、早く持ってってやれ」
「ははっ。では失礼いたします」
じいがこちらに深々と頭を下げてから。
箱からびんを2本取り出して、足取り軽やかに執務室を後にした。
よほど嬉しかったのだろう。
再び机上に広げられた紙面に目をやると。
脳裏に一昨日の記憶が蘇り、脳内ひとり反省会が始まった。
(……ゼロ難だったな)
じいをはじめに、なぜゼロはああも厄介な人間が多いのだろうか?
***
——8の月13日 午後1時すぎ
その日は珍しく、朝から仕事の量が少なかった。
修行でもするか。姿を隠してミストに行くか……。
エッジが午後からの予定に思案を巡らせていると。
シビエンの当主タツミから急便が届いた。
エッジは、3週間前からイザヨイをタツミの元に派遣している。
ただ彼女は、現在タツミの元を離れて別の場所で調査中。
(イザヨイの代わりに報告を送ってきたか)
書状を開いてみると、乱雑な筆跡。おまけに短い。
タツミらしくない。そう首をかしげながら目を通してみると……。
—— —— ——
先ほどリンとメイが、父所有の飛空艇でシビエンを発ち、ミストへ向かいました。
会話から察するに、リディア様へけん制しに行くと思われます。
—— —— ——
読み終わるやいなや、書状をぐしゃりと握り潰した。
(あの女!! リディアの前で、未来の王妃って自己紹介するつもりか!?)
ただでさえ、あのくそ娘がリディアと接触するだけでも不快。
なのに、けん制とは……最悪極まりない。
仕事も片付けも放置して、すぐにミストへ向かった。
§
到着すると、発着場には既に見慣れぬ小さな飛空艇が停まっていた。
既知感のある、ばら交じりの悪臭を辿ってみると公民館へ着いていた。
すると、そこでリンがアリサにドス——懐刀をちらつかせているではないか。
エッジはすぐさま止めに入り、リンとメイを戒めた。
しかし、一介のお城勤——『ツクヨミ』が相手だからだろう。
ミストには法がない。だから何をやっても許されると身勝手な主張をする始末。
そこに偶然現れたのが、ミゼルであった。
お館様にチクる。そんな脅しをかけられて、リンとメイは慌ててその場を後にした。
その後、リディアが一部始終を話してくれたことで。
帰ろうとしたリンたちを煽ったから、アリサはドスをちらつかされたことが判明した。
§
ミゼルが去った後。第一のゼロ難がやってきた。
アリサによる『ツクヨミ』への、エブラーナへの苦情並びに説教が始まった。
『ここはエブラーナじゃなくて、ミストなの。誰も刃物は持ち歩いていないし、魔法使える人も限られてる。あいつらはもうここに来ないでしょうけど、あんなのにほいほい来られちゃ、外も怖くて歩けないじゃない』
この時のアリサはいつもと違い、威圧感を感じさせるような口調。
ゼロで黒魔法が使えず、腕力もない、か弱き(?)妊婦の意見は至極真っ当だった。
(それぐらいわかってるつーの! 煽ったてめえも悪いだろが!)
『ツクヨミ』としてミストに顔を出している以上、お国の代表として粛々と聞かねばならない。
表面上冷静を装っていたが、腹の中では怒りがぐつぐつ煮えていた。
以前から苦手にしていた相手だったから余計かもしれない。
リディアはともかく、ライザでもこうも腹立たしくはならなかっただろう。
そもそも、ふたりとも穏便に済ませるタイプ。
リンが刃を向けるようなことは言わないし、やらないから。
§
その後、リディアと別れたふりをしてから『隠れみの術』で姿を消した。
リディアたちが自宅に入るまで、見えない護衛を勝手につとめた。
それから、発着場に向かうとリンたちが乗ってきた飛空艇は既になかった。
最後に『エッジ』への書状を取りに行くため、公民館に再び戻った。
『失礼いたします』
「あっ、もう準備出来てるよ」
事務室の中に入れば、ミゼルがそう言って笑った。
「じゃあ、これ。エドワードくんに渡してください」
『!?』
ミゼルから差し出された書状を見るなり、驚きで固まる。
(まだ30分経ってねえぞ!?)
どうせ巻き手紙にひもを巻いただけ。そう思っていたら、とんでもない。
上質なものだと一目でわかる白い封筒に、ご丁寧に緑の封蝋が施されていた。
「あれ? 嫌だった?」
『い、いえ、何でもありません。お館様にお届けいたします』
「うん、頼むよ」
ミゼルから白い封筒を受け取りながら、心の中でぼやいた。
(焼くに焼けねえじゃねえか……)
中身を確認したら、火遁でさっさと焼き払おうと思っていたのに。
こんな手の込んだものを焼いたら、ばちが当たりそうだ。
ミゼルにしてやられたような気がして面白くない。
一難去ってまた一難もとい、ゼロ難去ってまたゼロ難がやってくるかも……。
用件は済んだ。さっさとここを立ち去るのが賢明だ。
エッジはそう考えて、軽く一礼した。
『では、僕はこれで……』
「——待って!!」
『!?』
背を翻した瞬間。コートを強くつかまれてしまった。
恐る恐る振り向けば、ミゼルが笑みを口角に浮かべている。
それを見て悟った。ゼロ難はもう避けられない、と。
『お面は外しませんよ』
ミゼルは『ツクヨミ』の素顔が見たくてたまらないらしい。
顔を合わせる度に、お面を外してとすがってくる。
もちろん、その度に丁重にお断りしている。
「あっ、今日はいいよ」
『そうですか』
この日からお面を半面に変えた。口元は常時がら空きである。
(今日に限らず、この先ずっとこれで我慢しとけ!!)
そう言いたい気分だった。……言わなかったけれど。
「その代わり、ぼくの話にちょっと付き合ってち」
『——お断りします』
「どうして?」
『奥様に話せばよいではありませんか』
「いやぁ、あの人には話せないネタだからさぁ……」
(ダチいねえのかよ!)
ミゼルが『ツクヨミ』に向かって、にたあと笑ってきた。
しかも黒いコートをつかんだままで、離してくれそうにない。
『お断りいたしま』
「——頼むよツクヨミさぁーん!」
『ええ!?』
「一生のお願いっ! 話聞いてよっ!」
折れない『ツクヨミ』に、ついに業を煮やしたのか。
ミゼルが席を立ち、背中にすがるように寄りかかってきた。
別れを告げて去ろうとする(元)恋人を必死で止める。
そんな未練がましい女の姿と、ミゼルが一瞬かぶって見えた。
『ちょっと、ミゼルさん。離してくださいっ!』
「いつでもお悩み相談に乗ってあげるからぁー!」
(誰が相談するか!)
昨年のクリスマスの夜。
顔を見せろと迫ってきた時以上のしつこさに、心の中でうんざりする。
(こういう時、『ツクヨミ』は不便なんだよな……)
『エッジ』なら、何かしらの形で断れるのに。『ツクヨミ』はただのお城勤。
強引に逃げようものなら、『ツクヨミ』の信用度はがた落ち。
下手をすれば、エブラーナとの縁を切ると言われかねない。
『か、かしこまりました! ですから、もう離してくださいっ!』
今後のことを考えた結果。仕方なく了承してしまった。
それからは、ミゼルの独壇場だ。
へらへら笑いながら、エブラーナとエッジに関する持論。
そして、今後の予測を一方的にしゃべり終えると。
「今度エドワードくんに会ったら、忠告しなきゃなぁ」
最後にそう話を締めくくり、やっと『ツクヨミ』を解放してくれた。
その後、エブラーナへの帰路中に書状を確認したところ。
『ツクヨミ』に話した内容と、そっくりそのままのことが書かれていた。
(余計なお世話だ!!)
エッジは頭にきて火遁を使い、その場で手の込んだ書状を灰と化してやった。
***
リディアが平穏無事に暮らせるよう、手助けしてやって欲しい。
エッジはそれ以外、ミゼルに何も望んでいない。
それなのに、あちらは友人面して『エッジ』や『ツクヨミ』にやたら絡んでくる。
それがまあ、うざったくてたまらない。
エブラーナ城にやってきた日に、ミゼルといろいろ話をした結果。
じいたちと手を組まれたら、非常に厄介な勢力になる。
何が何でも分断しなければならない。そう結論付けて、すぐさま行動に移していた。
—— —— ——
ミゼルがエブラーナ城に現れた翌日。
まずは、ミゼルをエブラーナ城出入り禁止、いわゆる出禁にするお触れを出した。
次にじいとザンゲツに、ミゼルとあらゆる接触を禁じる命令を下した。
更に、長年じいが持っていた信書の管理権限を奪い取った。
現在全ての信書にはエッジ本人か、金で抱きこんだ専用の部下による検閲が入る。
それでも、エッジは満足出来ず、ついに呪いの忍術——禁術の書に手を出した。
その書の中に、対象人物の半径10m以内に近付いたら、即座に気絶する術を見つけた。
エミールのように人を洗脳するものではなく、命の危険もない。
不殺主義のエッジにとって、どんぴしゃな禁術だ。
術を使うには、対象人物の毛髪3本が必要と書かれていたため。
後日、ミストに行った際。ミゼルの毛髪6本をこっそり入手。
……ついでとばかりに、リディアの毛髪6本も。
その翌日、じいたちを執務室に呼んで禁術をかけてあげた。
青いお札の結界を張っての施術で、証拠隠滅にもぬかりなし。
—— —— ——
そういった経緯から、現在じいとザンゲツは、エッジが術を解除しない限り。
リディアとミゼルのそばに一切近付けない状態である。
その日以来、じいはすっかり大人しくなったのでよし。
ザンゲツは、ずっと書庫にこもっているのでどうでもいい。
§
臨時脳内ひとり反省会を終えて、再び新聞読みに戻ってから、20分ほど経った頃。
こんこん、とまたもや扉を叩く音。
開いた扉の隙間から、またもやじいが顔を出してきた。
「今度はなんだ……」
わざわざザンゲツからのお礼を伝えにでもきたのだろうか?
「バロンからお客様がお見えになりましたが」
「っ!? そうだ……!」
(すっかり忘れてた!)
8の月が明けてすぐ、白魔法巡回指導に申し込んでいたこと。
そして本日午前中に、運営の職員が来る。バロンからそんな返事があったことを。
「通してくれ」
(1時間足らずで終わるだろ)
花火大会には余裕で間に合う。
そう思いながら、じいに声をかけて手早く机の上を片付ける。
「かしこまりました。……さ、どうぞこちらへ」
「ごきげんよう。国王陛下様」
「!?」
じいの案内で執務室に入ってきた人物を見て、目を見開いた。
(また嫌な奴が来た……)
白い長袖のロングドレスの上からマントを羽織っている。
金の髪を後頭部できっちりまとめて、品行方正なたたずまいを見せる女性。
まさか、バロン国のローザ王妃さまがやってくるとは。
「……久しぶり」
「ご無沙汰しております。お会いするのは2年……いえ、3年ぶりね」
「そうだな」
(オレの顔が見たくなってここに来た……んなわけねえよな)
そういえば、最近バロン城を訪れてもローザと会ったことがなかった。
「……失礼いたします」
ローザに続き、ポニーテールの若い女性も執務室に入ってきた。
いや、女性ではなく、まだ年端も行かぬ少女か。
少女はローザの一歩後ろに立ち、うつむき加減でこちらを見ているが。
エッジは見たことがない。どうやら運営の職員のようだ。
「なんでおまえがわざわざ来るんだよ」
「わたしも運営の職員ですから、あちこちお邪魔するようにしているの」
(だったら事前に連絡してこいよ!!)
わたしがここに来てはだめなのかしら?
そう言わんばかりに、薄い笑みを見せたローザへ心の中で叫んだ。
エッジは受け身的な行動は大嫌い。顔見知りや親しい者の訪客がとても苦手である。
しかも突然、いわゆるアポなし訪問なんてとんでもない。
「それにしても、実際目にすると痛々しいわね」
「あ、こいつか」
少し表情をこわばらせたローザが、何を言わんとしているのか。
すぐに察して、自身の右頬を指さした。
「セシルから聞いていたけど、目は見えているの?」
ローザと最後に会ったのは、カルミネの事件が起こる前日。
彼女がエッジの顔の傷跡を見るのは、これがはじめてである。
「ああ、問題ねえよ」
「よかったわね……傷だけで済んで」
ローザの反応を見て、意外だと思った。
(あいつ、話してねえのか)
カルミネの事件は数日後、世界中に知られることになった。
しかし、エッジの顔に傷を付けた人物がリディアであることは公表されていない。
それでもローザなら、リディア本人からこの傷の経緯を聞いているだろう。
エッジはてっきりそう思っていたのだ。
「どう? びっくりしたでしょう?」
「……でも、すごく綺麗ですね。舞台化粧みたいです」
「犯人が思い切りよく傷を付けたようね」
「もし、セシルさんの顔に傷が付いたら、どうしますか?」
「もちろん褒めるわよ。強敵と戦った証ですもの」
「素敵ですね……セシルさんも傷冥利に尽きると思います」
ローザたちは中に入ったが、扉の前から一歩も動かず。
エッジの顔の傷跡を物珍し気に見ながら、ひそひそ話をしている。
(おい! 全部聞こえてんぞ!)
ローザも大概だが、少女もまあ言いたい放題だ。
セシルとも顔見知りなのか。えらく親しげに名を呼ぶ。
彼女の服装にも、眉をひそめてしまう。
—— —— ——
上半身を覆う半透明のケープと白いマントに長い靴下……。
それらで肌の露出を抑えているようだが、じっと見れば、ただの水着。
カモフラージュがなければ、リディアより露出度が高い。
—— —— ——
(こいつもリディアと同じ大物だな)
もっとも、どんなに若い娘が高露出の服を着ようが。
リディア以外の異性は眼中にないので、興奮する訳もなく。
「おいローザ」
「どうかした?」
「そいつ誰だ。事務員か?」
「……確かに、事務も手伝ってもらっていますけど」
「なんで、おまえらの名前馴れ馴れしく呼ばせてんだ。『さん』じゃなくて『さま』付けるよう言えよ」
「……」
ローザに説教を交えて、少女の正体をたずねた途端。
少女が悲しそうな顔でうつむき、ローザも信じられないという表情に変わった。
「……あなた、わからないの?」
「だから誰だって聞いてんだよ」
「相変わらず無神経な人ね。この子、今すごく傷付いているわよ?」
隣の若い娘がうつむいてしまった理由はさておき。
ローザが呆れたような顔つきで、こちらを見てくる。
わからないものはわからないと言って何が悪いのだ。
「いいんです。エッジさんも気付かないと思っていましたから」
「謙遜しなくていいの。こういう偉そうで失礼な人には、がつんと言ってあげないとだめなのよ」
「でも……」
「さあ、挨拶してあげなさい」
「ご、ご無沙汰しています……ポロムです」
「え」
ローザに促されて、少女が頭を下げて名を名乗った。
エッジはそれを耳にするやいなや、ぽかんと口を開けたまま。
改めてその少女をざっと見た。
エッジが知るポロムは、もっと背が低かった。
髪は茶色。ひっつめにしていたが、ちょろっと頭の上で垂れる程度の長さしかなかった。
服装も弟とお揃いの、もこもこつなぎ服。
それが今はどうだ。
髪形も、顔も、露出も……何もかもすっかり様変わり。
「——ポロム!?」
「はい」
「おまえマジでポロムか!?」
「そうよ? 誰ってかわいそうなことを言うんだから」
「いや、悪りぃ……マジで気ぃ付かなかった」
「気にしないで下さい。ローザさん以外の方はみなさん同じ反応でしたから」
「そんだけ変わったら、誰もわかんねえって」
あのポロムが、こうまで別人に成長するとは信じられない。
もっとよく見せろとばかりに、席を立って机から身を乗り出した瞬間。
「——この子に近付かないで」
「!?」
ローザが素早い動きで、どこかから弓と矢を出すと。
すぐさま矢じりの鋭い先端をこちらに向けてきて、エッジは息を詰める。
「お、おい……気でも触れたのか」
「それはあなたでしょう?」
「ちょっと席立っただけだぞ!?」
どうやら背中に弓矢を忍ばせており、マントでそれを隠していたらしい。
(シドに護身用の弓を作ってもらったか?)
弓は以前に使っていたものより、ずいぶん短い形状。
一見おもちゃ用にも見えるが、名手が使えばそれなりに威力は出る。
ローザは白魔道士だけでない。弓の名手としても名を馳せている。
狙った獲物は確実に射抜くことを、エッジはよーく知っている。
少しでも動けば頭をぶち抜かれること、間違いなし。
「ポロムに触ろうとしたのではなくて?」
「しねえよ!!」
(リディア以外の女に誰が触るか!)
ローザが弓をきりきり引き絞り、エッジの顔に狙いを定め続けている。
「この子が穢れでもしたらどうするの? ミンウ様に合わせる顔がないわ」
「オレはばい菌じゃねえぞ!?」
(相変わらず、ひでえ女だな……!)
言葉通り、汚いものを見るような目で、ローザが弓を引きながらにらんでくる。
—— —— ——
ローザもポロムも気心知れた仲間でもあり、数少ない友人。
エッジはそう思いながらも、唯一ローザに苦手意識を持っていた。
旅をしていた頃。何かと羽目を外す行動を起こす度。
カイン以上に冷たい視線をびっしびし感じた。
それぐらいには、ローザは典型的な風紀委員長タイプの女だ。
……以前着ていた露出度高い服装。そして、魔導船でのセシルとの乱れっぷりを除けば。
—— —— ——
エッジは生粋の王族だが、世俗にまみれている。
ローザはその真逆。ありていに言えば、お互い相性が合わない。
「いいから、早く座りなさい」
「……立っただけだろが。なんで威嚇」
「——ぶつぶつ言ってないで早くしなさいっ!」
「!!」
鬼より怖いローザさまから一喝され、渋々席に着いた。
あのセシルですら、ローザに逆らえないのだから仕方がない。
「ポロム。そちらに座らせていただきましょう」
「は、はいっ」
ローザが監視のごとく、エッジをにらみながら弓矢を片付けながら。
ポロムとともに応接席に向かう。
「では、打ち合わせを始めましょ??」
先ほどまでの恐ろしさはどこへやら。
にっこり笑いながら、ローザがソファに座ると、ポロムも隣に腰を落ち着けた。
「おい待てよ」
「あら、どうかした?」
「打ち合わせはいいが、オレはどうしたらいいんだよ」
「あなたはそこで座ったままでいいわよ」
「なんだそれ!?」
「わたしたちは何も気にしません。あなたも気を使わなくて済むでしょう?」
(どんだけ信用ねえんだよ!)
よほどエッジをポロムに近付けさせたくないようだ。
少しでも席から離れようものなら、またローザから矢を向けられてしまう……。
程なくして、ローザたちにお茶が運ばれるやいなや。
エッジが青いお札で結界を張ったのは言うまでもない。
『お館様が何かやらかす度に、バロン王妃から矢で射抜かれそうになっていたよ』
そんな話が城内に広まり、笑いものにされたらたまったものではない。
§
「エブラーナに白魔法を広めるおつもりだと伺っていますが……」
「ああ。忍者が減ってきてんだよ。とくにゼロのな」
「どうしてですか? 飛んだり跳ねたり強いのに……」
「ゼロでもそれは出来る。けど、忍術はほとんど知性依存だからなぁ」
「……あぁ、そうでしたね」
「城でなかなか雇ってやれねえからさ。はなっから修行諦める奴が最近増えてんだよ」
ゼロでも修行を積めば忍者になれる。
ただし、知性に依存する忍術を使うことが出来ない。
そのため、仕事——警護や戦闘——が限られてしまう。
—— —— ——
ゼロの忍者は、お城勤の条件から外れる。
今は平和な世の中。戦闘員としての忍者はあまり需要がない。
ゼロでも出来る警備警護の仕事も主に男性が従事する。
そのため、そうそう入れ替えは発生しない。
じいのように、他分野で秀でていないとエブラーナ城で働くことも厳しい。
—— —— ——
結果、将来に不安を感じて進路選択の機会が訪れると。
忍者と違う道を選ぶゼロの者が増えてきた。
ここ数年の間で、ゼロという理由で子どもに修行させず。
早々から、忍者以外の道を選ばせる親も増えてきている。
「ゼロの出生率が増えてるから、この先は減ってしまう一方ね」
「兼業でいいから少しでも忍者増やしておきてえし……白魔法入れた方がいいって、前から考えてたんだよ」
「白魔法はあっても困らないわ。ぜひ普及をお勧めします」
「回復系の忍術はないんですか?」
「あるっちゃあるが、アイテム使うのと変わんねえからなぁ……」
—— —— ——
回復や治療、蘇生……。
白魔法のそれと同じの効果がある忍術はあるにはある。
がんやく、きつけやく、せんじやく、りょうやく。以上4種類だ。
りょうやくを除く3種の術は、その名の通り薬草を配合したアイテム。
ゼロの忍者が貴重な使える忍術でもある。
これらのアイテムは、すべて一口大サイズ。
身に忍ばせておいて、必要に応じて口の中に入れておしまい。
ポーションやフェニックスの尾を持ち歩くより、たくさん所持出来る。
せんじやく以外は、修行で投擲術を磨いておけば、
遠距離から、ぽいっと口の中にほおり込める。
—— —— ——
「エブラーナ限定のアイテムなんですね」
「持ち運びや戦闘中のことを考えたら、普通のアイテムよりも便利だけど……なくなったら終わりよね」
「りょうやくって術だけは、精神依存なんだよ」
「白魔法と同じですね」
「どれぐらい回復できるの?」
「あれは、ケアルガと変わんねえな」
4種のうち、りょうやくは精神を消費する術。イザヨイがよく使っている。
—— —— ——
りょうやくは、ひとりにしかかけられない。しかし、効果はケアルガ並み。
おまけに、この術。魔法反射——リフレク状態を貫通出来る。
白魔法はリフレク状態を反射してしまう。
回復魔法を使う前に、先にデスペルを使ってリフレクを解除しなければならないが。
りょうやくは、その必要がない。
リフレク状態の味方にすぐ使える、非常に便利な術でもある。
—— —— ——
「すごい術……!」
「デスペルも高度だから、そう簡単にみなが解除出来ないのよね」
「でもな。遺伝的特性のもんで、使えるのがうちでひとりしかいねえんだ」
現在りょうやくの使い手は、御伽衆のイザヨイひとりだけ。
彼女はその点について、もはや神か何かに選ばれし者と言っていいと思う。
—— —— ——
ルビカンテの襲撃に耐えて、城に残っていた記録によれば。
りょうやくを開発したのは、初代国王その人であった。
ところが、開発した当の本人はなぜか使うことが出来なかった。
部下たちに指導した結果。この術を習得出来たのは、たったふたりだけ。
どちらも建国前に滅びた、東の某部族の生き残りだった。
初代国王は、遺伝的特性のものだと断定した。
しかし、りょうやく対策を練ろうとした矢先に、この世を去ってしまった。
—— —— ——
しかも、この術。某部族の血を引く者全員が使える訳ではなかった。
現在、その部族の末裔はイザヨイを含めて3人しかいない。
うちふたりは、イザヨイの両親。どちらもりょうやくを習得出来なかった。
「その方がお亡くなりになったら、誰もいなくなるのね」
「その方にお子さんはいらっしゃらないんですか」
「独身宣言された」
今年の6の月。御伽衆に昇進する前に。
イザヨイに今後の身の置き方についてたずねてみたら、即座にこう答えた。
『終生お館様に仕える所存でおります』
彼女は一生結婚せず、現場忍者として生きていくということだ。
だから、今後りょうやくを使える者は二度と現れない。
「あぁ、それでは……」
「仕方がないわ。本人が望んでいないのに強制させられないもの」
「遺伝なんか関係ねえって思ってさ。試しに他の奴らに数年修行させたが、やっぱ無理だった」
実は検証と称して、3年間。数名の忍者にりょうやくの修行もさせていた。
結局、誰も使える者が現れないまま。先月末で検証は終了。
その結果をもって、エッジはエブラーナに白魔法を普及させることを決断したのだ。
「それでこちらに連絡を入れてくれたのね」
「そういうことだ」
ローザとポロムは、神妙な顔つきで互いの顔を見合わせている。
「『講師は2、3人、全員エブラーナ城か城下町に在留が望ましい』……ね」
「うちで住まいを準備するし費用も出す。深夜以外みっちり指導してやってくれ」
以前エッジが運営本部に送った申込書を覗き込むポロムとローザに。
指導者を育成するため、城の者たちや大陸全土から希望者を募って。
その者たちに白魔法を指導してもらう旨もしっかり伝えた。
「お急ぎかしら」
「そっちの都合に合わせるが、早えに越したこたねえな」
「少しお待ちいただいてもよろしい?」
「どーぞどーぞ」
「……ミシディアはどう?」
「えーと、来週以降なら2名動員出来ますね」
「バロンは……」
ローザとポロムが応接席で、書類を見ながら話している。
エッジはそれを視界に入れながら、心の中で別のことを考えていた。
(ローザの奴……昨日の新聞読んでここ来たんじゃね??)
何の予告もなしに、ローザがエブラーナ城に来たことが不思議でならない。
—— —— ——
運営側は、2週間以内に3名の講師をエブラーナ城に派遣。
エブラーナ側は、講師の住居を準備すること。
講師の深夜勤務を要する場合は、運営に事前連絡すること。
他にも契約期間や更新などを盛りに盛り込んだ契約書を交わして、打ち合わせは無事終了した。
—— —— ——
「それでは、わたしたちはこれで。——行きましょうか」
「はい」
契約締結後、10分ほど雑談を交わしてから、ローザとポロムが席を立った。
話が落ち着き、キリがいいと判断したのだろう。
エッジもせめてもの見送りとばかりに、その場で立ち上がった。
もう帰るからか、何なのか知らないが。
ローザが弓矢を構える気配は見られず、ほっと一安心である。
「久しぶりにこちらへお邪魔しましたが……やっぱりいいところですね」
「なんならおまえが、ここの講師やってくれてもいいんだぜ」
「えっ?」
「いけません。この子はまだ修行中なの」
「あっそ……」
「派遣日が正式に決まり次第、すぐこちらに連絡をさせていただきますね」
「ああ、わざわざ来てくれてありがとな」
まだ思春期真っ盛り年頃なのに、大人と変わらない振る舞い。
そんなポロムを見て、エッジは感心する。
(パロムと大違いだ……)
今は、巡回指導運営の実務をこなしながら、ローザに師事して白魔法の修行を続けている。
先ほどそんな近況報告を聞いたばかり。
自由奔放思春期こじらせ中の、双子の弟を反面教師に生きていたら。
こうなるのも必然といったところか?
「もうバロンに帰んのか?」
「薬草園に寄り道してからね」
「薫衣草は刈り取っちまったから、畑は見れねえぞ?」
「いいのよ。こちらの薬草のお勉強も兼ねて寄るだけですから」
このまま平和にお別れした方が、お互いのために絶対にいい。
ですから、早く挨拶してください。
ここから早く出て行ってください。どうかおねがいします。
……などと、エッジが身勝手なことをつらつら祈っていると。
「ポロム、ここで待っててね」
「はい」
扉の前に立っていたローザが、ポロムに声をかける。
そして、エッジがいる執務机の前に近付いてきた。
「なんだよ……」
(今からきっつい質問してくるぞ……!)
これからローザが何を言おうとしているのか。すぐ察してしまった。
「帰る前に、あなたにどうしても聞きたいことがあるの」
「何を」
「あんな綺麗な方にあれだけ惚れられて、あなたも男性冥利に尽きるわね?」
ローザは口元に笑みを浮かべているだけで、目が全く笑っていない。
扉のすぐそばに立っている、ポロムをちらりと見れば。
神妙な面持ちで口を両手で押さえている。
これは、彼女が一切口出ししないと言う意思表示だ。
ローザから、事前にそんな指示を出されていたのだろう。
白魔道士ふたりの振る舞いを見て、平和なお別れはもう無理だ。
エッジはそう悟った。
「……へえ? 王妃さまも大衆紙に目ェ通してんのか」
Gは世界でふたつしかない、大衆紙と呼ばれる新聞である。
大衆紙はその名の通り、民衆向け。
世界各地の娯楽芸術の記事を中心に載せている。
有名人のうわさ話や、スキャンダルもよく報じている。
「セシルも毎日Gを読んでいます。あなたも大好きでしょう?」
「うっ」
「あの人も驚いていたわ。あなたが女の人に興味があるようには全然見えなかったって……」
セシルは、エッジのことを同性愛者だと思っている。
ローザがそう言いたげで、思わずかっと頭に血が上る。
「オレは○モじゃねえ! 帰ったらセシルにそう言っとけ!」
「大丈夫よ。記事を読んで安心していましたもの」
もともとセシルは、心の機微——恋愛に疎い。
仕方がないとは言え、さすがに同性愛者はない。
そんなセシルはさておき、仲間はみな驚いているだろう。
これまで一度も、艶っぽい記事を書かれたことない。浮いた噂ひとつもなかった。
あのエッジを愛慕する女性が現れるとは……。
—— —— ——
昨日ダムシアンの大衆紙Gの一面に、こんな見出しがついた記事が掲載された。
『エブラーナの名家の御令嬢が独占告白! 「わたし、国王さまを愛しています!」逆プロポーズは成功するか?』
昨日これを見た瞬間。してやられたと思った。
一昨日、リンとメイはミストを追い出されて、すぐシビエンに帰った。
そう思っていたら、ダムシアンに寄り道していたのだ。
一昨日の昼間。タツミの書状には、リンたちがGに行くとしか書かれていなかった。
過去にそれをほのめかすような報告が届いたこともない。
おそらく、リンとメイのふたりでイヌイにも知らせず。
タツミの部下やイザヨイの監視の目を盗んで、秘密裏に計画を立てていたようだ。
『エブラーナの名家のうら若き令嬢、リン・シビエン嬢がエブラーナ王妃候補に名乗りを上げた。今月13日、当社の独占インタビューに応じたリン嬢は、エブラーナ国王との良き思い出と国王への熱い思いを——』
シビエン家——特に直系特有の王族への異常な愛慕。
リンとメイがGにそれを暴露したようで詳細が載せられていた。
『100年越しの悲願は達成なるか?』とも書いてあった。
よくもまあ、ここまで晒したものだ。
エッジは気分が悪くなり、途中で記事を読むのをやめた。
—— —— ——
タツミはこの記事を読んですぐ、本日紫微宮を送ってきたと思われる。
なお、記事にはリンの肖像画も載っていたが、よほど大金を積んだのだろう。
実物よりも10倍増しに綺麗に描いてもらってあった。
ローザは、シビエン家の末娘(実物)を一度も見たことがない。
だから、リンを『綺麗な方』と言ったのも仕方のない話である。
「……で? おまえはオレに探り入れるために、ここに来たってか」
「今日はもともと予定に入っていたの。——もちろん、ギルバートみたいに、Gに抗議するわよね?」
(ギルバートも、火消ししてたな)
1年前。ギルバートが美少女秘書ハルを雇った直後。
Gが『ダムシアン国王、ついに恋人現る』と報じた。
すぐギルバート自ら、それを否定したコメントをGや他の新聞に掲載したけれど。
「しねえよ」
「……どうして」
「昨日は、Gが憶測で書いた記事じゃねえぞ。抗議しても意味ねえだろ」
リンがわざわざ新聞社にやってきて、自らネタを提供してくれたのだ。
Gも喜び勇んで、翌日の一面に載せるに決まっている。
「それなら、あの方の発言を否定もしないの?」
「ああ」
「もしかして、あなた。あの方と」
「——婚約するつもりだ」
「嘘でしょう!?」
(嘘じゃねえんだよなあ)
ローザが信じられないといった表情に変わった。
ポロムも目を大きく見開かせているが、嘘は一言も言っていない。
—— —— ——
シビエン家で、リンの成人の儀が8の月20日に執り行われる。
それまでリンたちは、お館様に会いにエブラーナ城には来ない。
エッジはそう予測して、ここまでリンたちの動向を監視するだけに留めていた。
ところが、台本を勝手に書き換えられた。
途中のイベント——婚約——は同じだが、とても腹立たしいので別で報復を考えている。
—— —— ——
一昨日ミゼルは、リン母娘がミストに現れた時点でこうなることを予測していた。
だから、腹が立って仕方がなかったのだ。
「正式に発表するまで黙っててくれ。セシルにも言うなよ」
「言いませんけど、あなたの言うことも信じません」
「はあ?」
「あなたはリディアのことが好きだから、別の方と結婚する訳がありませんもの」
弓で獲物を射るようなまなざしで、ローザがきっぱりそう言い切った。
リディアのことが好き。エッジは仲間の誰にも、それを打ち明けたことがない。
この事実を知るのは、エブラーナとミストに住む者しかいない。
そう思っていたのに、ローザだけはごまかせなかったようだ。
それでもエッジは、この場で認める気はさらさらない。
この先『エッジ』はリディアと関わらない。
リンとの婚約が既定路線なのに『はい、好きです』と言えない。
「何言ってんだおまえ。きつい冗談言うなよ」
「わたしは本気よ」
「あいつはおまえらと一緒で、大事な仲」
「——とぼけないで。わたしは昔から気付いていたわ」
「何を」
「ルビカンテに手も足も出なかった時から、あなたはリディアをそういう目でずっと見ていたもの」
「……!」
思いもよらぬローザの指摘に衝撃を受けた。
リディアのことが好きならまだしも。
まさか……最初の最初っから、気付かれていたとは思わなかった。
—— —— ——
9年前。エブラーナ城が襲撃された数日後。
エッジはエブラーナの洞窟で、両親の仇——ルビカンテを見つけた。
仇討ちを申し込んだが、見事に返り討ち。
生死の狭間をさまようエッジを、旅の一行のひとり、ローザが回復術を施してくれた。
死にたくないと、生にすがる。
その一方で、別にこのまま死んでもいいと、死もやむなし。
心身共々、生死のせめぎ合いの真っ只中。
エッジの視界に、翠色のぼんやりとした影が入ってきた。
目を凝らせば、綺麗な女——リディア——が自分のために泣いてくれている。
エッジは、その姿に心を奪われているうちに。
生を諦めることを諦めて、一命を取り留めていた。
—— —— ——
「あなたは、わたしの後ろにいたリディアに一目惚れして、みとれていた。だから、わたしと視線を合わせようともしなかったわ」
ローザが淡々と当時の出来事を話している間。
エッジは終始、平静を装いながら話を聞いていた。
どうやらエッジから『オレはリディアが好きだ』という言葉を引き出すまで。
ローザは一歩も引き下がる気がなさそう。
「綺麗な女にみとれてたらだめなのか?」
「あの子のことが好きだから、ずっと独身を貫いているんでしょう?」
「だから、違うって言ってるだろ……」
「今更諦めて別の方と婚約だなんて、ばかげているわ。あなたのリディアへの思いはその程度でしかなかったの?」
こちらは『リディアが好き』と認めるどころか、否定しているのに。
一方的に『リディアが好き』と決めつけて話を続ける。
そんなローザに、いらいらが募る。
—— —— ——
セシルに恋するリディア。ローザに思いを寄せるカイン。
ローザはそのふたりをものともせず、意志を貫いてセシルと結ばれた。
そのセシルとの間に、息子セオドアも生まれた。
白魔法の第一人者となり、弟子——ポロムも出来た。
—— —— ——
(おまえにゃ、オレの気持ちはわかんねえよ……!)
ローザは理想的な人生をもぎ取り、今を生きている。
人生の成功者としての妬み。
それもローザを少々苦手としている一因であった。
「こっちはおまえの自説に付き合ってる暇はねえんだよ」
「わたしは本当のことが知りたいだけなの。あなたはリディアを」
「——いい加減にしろ」
「!?」
エッジは低く重い声でローザを遮り、ぎっとにらめば。
ローザが驚いたような表情に変わり、手で口を押さえた。
「親しき中にも礼儀ありって聞いたことねえのか」
「そ、それは知ってるけれど……」
「仲間相手でも言えねえことや言いたくねえこともあるんだよ」
吐き捨てるようにローザに言い返した。
白状しろとばかりに、他人から責め立てられたのは、生まれて初めてだった。
リディアからプライベートに関して、矢継ぎ早に質問されたことはない。
あのミゼルですら、『ツクヨミ』相手や手紙で持論をぶちまけただけなのに。
「……わかりました。それなら、これ以上は聞かないでおきます」
「そうしてくれると助かるぜ」
ローザがため息をつきながら、引き下がってくれた。
どうあってもエッジは心情を吐露しそうにない。
婚約も取り下げそうにないと察してくれたようだ。
ローザも常識ある女だ。節度はそれなりにわきまえている。
これ以上何も言わず、バロンに帰ってくれ。心の中でそう必死で願う。
「ローザさん。そろそろ……」
「ごめんなさいね。あと少しだけ待ってちょうだい」
「……わかりました」
緊張した空気に包まれたからだろう。ポロムがローザに退室を促すも。
逆に優しい声で諭されてしまい、残念そうな表情でうつむいてしまった。
「あなたのことですから、表立った式は挙げないと思うの」
再びローザが話しかけてきたが、今度は作り笑いを浮かべている。
「そーだな。ここはバロンみてえに金はねえしな」
「……だったら、今ここでお祝いを贈っておくわね」
そう言い終えたローザから、きっとにらみつけられる。
これはろくでもないお祝いに違いない。そう思った瞬間。
ローザが一歩前に踏み出すと、右腕を後ろに大きく振りかぶり、宙で一瞬止めた。
ばちん!!
「っ……」
何かが破裂したような音が、部屋中に響き渡る。
ローザの平手打ちが、エッジの左頬、それも口布で覆われていない部分に見事に炸裂した。
「ローザさん!?」
ここまでやるとは思っていなかったのだろう。
ポロムが慌てて、ローザのそばに駆け寄ってきたが。
止めるなとばかりに、手で制されている。
「あなたは本当に良い国王よ。民から慕われて、昔以上にこの国を繁栄させて……バロンでも悪い評判は一度も聞いたことがないもの」
「……お褒めの言葉、どうも」
「だけど、あなたは男の風上にも置けない。——最低の男よ」
まるでごみを見るような目で、こちらを見据えながら。
芯まで凍る冷たい口調で話すローザに、エッジは察した。
—— —— ——
リディアが抱える、エッジへの思いも。
エッジがリディアのことをずっと好きだったと言うことも。
月に一度の薄暗い関係も。あの魔導船での一夜の出来事も、全て……。
—— —— ——
(ウルキの話を聞いてから、リディアが全部ぶっちゃけたんだろうな)
恋人ではない異性とセックスする——セフレは、ローザが最も嫌うものだ。
ここまで怒ると言うことは、もうそれしか考えられない。
「言いたいのはそれだけか」
「……リディアに、もう近付かないでちょうだい」
「おまえに言われなくても、全然会ってねえよ」
「っ!」
「オレもそうそうヒマじゃねえからな」
エッジはじんじん痛む頬をそのままに。
ローザに悪びれもなく答えながら、部屋の隅に向かう。
床に張られた青いお札をびっとはがせば。
残りの床と天井四方に張られていたお札にひびが入り、ぱりぱりと音が鳴り始めた。
「音が消えたら、出てっていいからな」
「……」
音が鳴り止まない限り、結界は解除されない。
それまでローザたちは外に出られない。
エッジははがした札を、くしゃくしゃに丸めながら席に戻ると。
ローザがその場で唇を噛みしめながら、こちらをにらみつけている。
エッジの振る舞いが、よほどしゃくにさわったらしい。
エッジはローザにほとんど嘘をついていない。
ごまかしているのは、リディアをどう思っているかに関してだけだ。
そして1分も経たぬうちに音が鳴り止み、結界が解除された。
「……どうぞ、あの方と末長くお幸せに」
「ああ」
「行きましょう。ポロム」
「は、はい」
ローザが声を震わせながら、全く心がこもっていない祝福の言葉を送ってくれた。
それからくるりと背を向けて、ポロムに退室を促して出口に向かう。
「気ぃ付けて帰れ……」
ばたん!!
見送りの挨拶を言い終えぬうちに、扉を強く閉められてしまった。
「ちっ……!」
苦々しげに舌打ちしてから椅子に座り、未だじんじんする左頬を手で押さえた。
(おまえに嫌われるぐらいへでもねえわ!)
ローザから浴びせられた罵言は、予想範囲内。
全く心は痛んでいないが、平手打ちされた頬の痛みはまだ消えない。
—— —— ——
たかが平手打ちと侮るなかれ。
腕を振り下ろす前に一時、溜めを作ってから指をくっつけた状態で相手の頬をぶつ。
それらが上手く重なれば、相手に相当の痛みを与えることが出来る。
どうやらローザもこの方法を会得していたらしい。
—— —— ——
「……ん?」
平和にお別れ出来なかったが、やっと帰ってくれた。
心身の緊張から解放されて、しばらくぼんやりしていたら。
扉の向こう側から、ある人物——本日覚えたばかり——の気配を感じた。
エッジは首をかしげながら、出入り口へ向かい扉を開ける。
「っ!」
「おまえ、まだいたのかよ」
扉の前にいたのは予想通りの人物、ポロムだった。
「……す、すみません」
ポロムがこちらを見上げたものの、すぐにうつむいてしまった。
周りを見渡したが、ローザはどこにもいない。
「ローザは」
「先に行っていただきました」
「ここに忘れもん取りに来たか?」
「違います」
ポロムがうつむいたまま、エッジの問いに答えた。
ローザを先に行かせてまで、ここに残る理由が見当たらない。
「だったら何だ。今から薬草園行くんだろ? ローザに置いて」
「——お、お願いしますっ!」
「え」
「ローザさんを恨んだり怒ったりしないでくださいっ!!」
(あ、そういうことな)
深々と頭を下げた状態でポロムから直訴された。
その理由に気付いたが、ポロムは腰を折ったまま、なおもこう続ける。
「ローザさん……何が何でもリディアさんの味方でいたいと思って……ですから……」
「もういい。頭上げろ」
「は、はい……」
エッジは諭すように優しく命じると、ポロムが頭を上げた。
「なんも怒っちゃねえよ。昔からあいつはそういう奴だって知ってっからさ」
「エッジさん……!」
エッジは怒っていない。そうわかった途端、ポロムの表情が一気に緩んだ。
この少女は、幼少の頃から非常に聡い子どもだった。
ローザに弟子入りして5年足らずで、もう師の人となりを理解している。
—— —— ——
ローザは仲間意識がとても強い女である。
仲間が傷付けられたと知ろうものなら、その相手に対して全力で敵意を向ける。
お互い死線を共にした女同士だからだろう。
ローザにとって、最も思い入れがある仲間はリディアだ。
セシル以外のことに関しては、リディアの肩を持つ。
例えリディアに害をなした相手が仲間——エッジだろうが容赦しない。
—— —— ——
(ローザは幸せもんだよなあ……)
ポロムもそれを察して、ローザを怒るな責めるな。
エッジにそう言いたくて、師を先に行かせたのだろう。
師匠思いの弟子からのけなげな訴えに、ふたりの師弟関係を微笑ましく思う。
「やなもん見せて悪かったな」
「いえ、弟でもう慣れてますから」
「ここにサボりにくんなって。パロムに言っといてくれよ」
「わ、わかりました。それでは失礼しますっ」
ポロムが一礼してから早足で廊下を走っていく。
それを見送ると席に戻り、執務机に突っ伏してため息をついた。
(朝っぱらから疲れてどーすんだよ……)
—— —— ——
大衆紙Gは、どこの新聞よりも売上数を稼いでいる。
嘘八百の記事もたまにあるが、世界各地の文化芸術の記事には定評がある。
昨日の一面記事で、リンの存在が世界中に知れ渡ったと言っても過言ではない。
ただ、当のエブラーナ国内は醒めた反応だ。
『ついにシビエンのお嬢さまが腰を上げたか……』
かねてより、シビエン家の習性は有名な話。
大半の民がやれやれと呆れている。
—— —— ——
「ローザであれだと、ミストもやべえな……」
エッジはこのあと、ミストへ行く予定になっている。
ミストでも、Gを購読している住民は多い。
『ツクヨミ』へ、あれこれたずねてくる住民が出てくるかもしれない。
『エッジ』に怒り、誹謗中傷する。
そんな住民も現れるだろうが、エッジは一向に構わない。
なぜなら、これはリディアが幸せになるための通過儀礼だから。
(あいつが『オレ』を諦めるなら、オレはいくらでも悪者になってやる……!)
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