フェイクラバーズ 作:かえで
花火大会の別れ際。
ツクヨミが見せてくれた善意に対して、何かお礼がしたい。
リディアからのそんな申し出を、エッジは一旦拒否したものの。
逆にこう反論されてしまった。
「人と人との関わりは、ギブアンドテイクって言うじゃないですか? 少しだけでいいから、ツクヨミさんに何かお返しさせてください」
『あの』
「——リクエストがあれば、叶えられるように出来る限り努力します。何か教えてください。お願いしますっ」
リディアが頭を下げて、ずっとその姿勢を保っている。
(お礼なんかする必要ねえのに……)
角が立たないように断るには、どう答えたらいいだろう。
黙ったまま思案を巡らせていると、エッジの頭にあることがぱっとひらめいた。
(逆、逆! 断っちゃだめだ!!)
これは、リディアにますますお近付きになれる絶好の機会。利用しない手はない!!
しかし、この日のリディアはアリサの出産で頭がいっぱい。
速攻リクエストしない方がいい。
『今度こちらにお邪魔する時までに考えておきます』
エッジは案件を持ち帰るふりをして、リディアの前から去っていた。
***
それから5日ぶりに、エッジは『ツクヨミ』としてミストにやってきた。
ようやくお礼をリクエスト出来る。
そう心を踊らせながら胸に手を当てると、目の前にいるリディアへこう告げた。
『僕の恋人になって下さい』
「えっ」
リディアは、きょとんとしたような表情を見せるだけ。
何言い出すんだこいつ。そう思っているのか。
もしくは、左の耳から右の耳へと一瞬で通り過ぎていったのか。
『僕の恋人になって下さい。——そう申し上げたのです』
再度申し渡したリクエスト内容を、脳内で反すうし終えたのか。
みるみるうちに、リディアの目が大きく開かれ……。
「えーーーー!?」
リディアの驚きの悲鳴が辺り一面に響いた。
まだ広場からそんなに離れていない。熟女軍団——『マダム』とやらの耳にも届いたはずだ。
「なっ、ないない! あたし誰とも付き合う気ないっ!」
『最後まで話をお聞き下さい。——あくまでも偽装です』
「……アドニスを騙すってこと?」
『そうです』
エッジがリクエスト内容を即座に思いついたのは。
予想外の情報を教えてくれた一部の住民のおかげでもある。
—— —— ——
花火大会の真っ只中。
アドニスが村長決めに出ると宣言しただけでなく。
村長になった暁には、リディアと結婚すると言いふらしている。
一部の住民が「ツクヨミ」へそうぼやいてくれた。
『エッジ様が来なくなったから、アドニスが調子に乗り出しちゃってねえ』
そんな話を聞いていなかったら、偽装恋人案を思いついていなかったかもしれない。
なお、彼らはみなアドニスへの愚痴と同時に、エッジを批判していた。
けれど、そちらは予想の範疇。適当にあしらっておしまい。
—— —— ——
『なぜ、あの男が好き勝手するのかおわかりですか?』
「わたしが誰とも付き合って……いないからだと……思います」
『その通りです。あなたには後にも先にも恋人がいらっしゃらない。だから、あの男は余計調子に乗るのです』
「はい……」
『エブラーナには、「敵を騙すにはまず味方から」という言葉がございます』
「どういう意味ですか?」
敵——アドニスや保守系先住民が『リディアを諦める』ための嘘をつくには。
自分の味方——ミストの住民にも、嘘をついておいた方がより安全。
ことわざを用いて、偽装の必要性をせつせつと語れば。
リディアの表情が、ぽやーんとしたものに変わっていく。
……この表情。エッジが世の中の知恵を授けた時に、よく見せてくれていたものだ。
そこまで、『ツクヨミ』が考えてくれていた。そう感心しているのだろうか。
「でも、仲のいいひとにはバレちゃうよ」
『あの方たちは、あなたの家族のような方々ではありませんか。例の方々にはもらさないでしょう』
「あ、そうですね……」
『さじ加減はリディアさまにお任せします。僕はミストの中であなたのご希望に沿った恋人を演じさせていただきます』
「それがお礼で、本当にいいの?」
『恋人として夕食をごちそうしていただくなど、随時リクエストするつもりでおります』
「ご、ごちそう!?」
『ただ、僕もこう見えて若い男です。ご自宅の中に僕を入れるのは抵抗があるでしょう?』
「ええ、男の人は入れたくないです」
リディアは自宅に異性の男性がやってきても、玄関先で対応しておしまい。
ジャンヌが同伴でないと、ミゼルですら中に入れさせないぐらいの鉄壁ぶりである。
入室を許されていたのは、後にも先にもエッジだけだ。
(ぶっちゃけ、おまえんちでメシ食いてえし、何ならキスやセックスしてえんだけどな)
エッジの中で、リディアとのあれこれについて欲が尽きることはない。
しかし知り合ってから日が浅く、くそ真面目な『ツクヨミ』である以上。
当面の間、リディアの前で謙虚でいなければならない。
『それでしたら、外で何か食べさせていただければ十分でございます』
(青臭っせえレベルからスタートしねえと、こいつは許してくれそうにねえからな……)
健全な交際をミストの中で装うだけなら、渋々でも受け入れるに違いない。
エッジは欲望を必死で抑えて案を提示した。
「あの、ひとつ聞いていい?」
『はい。どうぞ』
「もしかして、ツクヨミさん。わたしのことが好きなの?」
リディアはここにきて、『ツクヨミ』が自身に好意があると気付いたらしい。
(またストレートな質問だな……相手が『エッジ』じゃねえからか)
それでも、『エッジ』の時よりはるかに早い上に、自ら気付くことが出来た。
リディアが内面的に成長していることがわかり、嬉しくなる。
『さあ、どうでしょう?』
「さっきの……ご想像にお任せいたしますってこと?」
『そうです。僕はあの男と違います。困らせるようなことを口にするつもりはございません』
「……」
感謝を表す桃ばらを贈ったことで、関係を清算したと思っていたのに。
リディアは一向に『エッジ』を諦める気配を見せない。
Gの記事以降、手のひらを返した住民がエッジの悪口を話す度。
リディアが複雑な表情になるのを、しかとこの目で見ている。
ツキノワから届く報告書でも、似たようなことが書かれていた。
それでも、リディアが完全に『エッジ』を見限る時がもうすぐ訪れる。
その日までは、ぼやかしておくのが最適解。
「じゃあ……アドニスが大人しくなるまで……お願いします」
『契約成立ですね。今後ともよろしくお願いします』
「よ、よろしく」
リディアをはじめに、ミストの住民はまだ知らないけれど。
もうすぐ、アドニスたちはほぼ確実に大人しくなる。
そうなれば、リディアから契約を切られてしまう。
その時が訪れたら、何かしら理由をつけて契約延長にもっていくつもりでいた。
(ちょっとからかってやるか)
突然そう思い立ち、リディアの左手をとった。
「な、なに……?」
戸惑うリディアの左手をじっと見つめながら、キザったらしくこう言った。
『更に効果を上げるために、ダミーリングを贈って差し上げてもよいのですが……』
「ええっ!?」
リディアがぼぼっと顔を赤らめさせた。
(お! 知ってたか!)
恋人も伴侶もいない若者が、異性に言い寄られないようにするために。
左の薬指にわざとはめて『相手がいる』と嘘アピールする指輪をダミーリングと呼ぶ。
おしゃれと異性よけが同時に出来るため、現在若者の間で流行っている。
「い、いいっ……! そこまでいらないっ!」
リディアが手をぱっと離してから、ぶんぶん両手を振ってくる。
全力で拒否の意志を見せてくれた。
(なんだ、つまんねえな)
本気半分冗談半分だったのに、すぐ真に受けるところは昔も今も一緒。
それがまた可愛いと思わせてくれるではないか。
その後、ライザやアリサの自宅に寄り、用を済ませてから自宅に送り届けた。
去り際に、エッジはリディアにこう告げるやいなや。姿を消したのであった。
『25日の夕方5時半に、広場で待ち合わせしましょう。夕食、楽しみにしております』
—— —— ——
エッジは『リディアの幸せな人生』と言う名の舞台から、自主降板を決めた。
その後は裏方や観客に回ろうと考えたが、すぐ考え直した。
脇役や群衆でもいい。主人公リディアと同じ舞台に立ちたい。
結果、一度降板してから別人——ツクヨミになりすまして、再び舞台に戻ってきた。
……なんて、舞台の主人公や関係者は誰ひとり知らない。
—— —— ——
——それから5日後 8の月25日 午後5時半すぎ
あと1週間で、9の月。
秋に近付くにつれて、太陽が西の空に沈む時間が早くなってきた。
あと1時間もすれば、ミストを暗い闇が覆うはず。
そんな夕暮れ時の広場にいるのは、リディアと『ツクヨミ』を装うエッジだけ。
—— —— ——
つい数分前。エッジが広場に到着したら。
既にリディアが、広場のベンチにちょこんと座っていた。
10分も早く、待ち合わせ場所にやってきてしまったらしい。
元来、時間厳守を心がけるようなタイプではないのに……!
—— —— ——
ベンチに座るふたりの間には、バスケットかごとガラスの水筒が置かれている。
「……これでいい?」
リディアが、恐る恐るバスケットかごのふたを開けてから。
中を『ツクヨミ』に見せてくれた。
『これは……サンドイッチではありませんか……!』
(おい!『オレ』一度も食べたことねえぞ!?)
バスケットの中をのぞいた途端、思わず声を上げてしまった。
3分の2を埋め尽くしているのは、なんとサンドイッチ。
—— —— ——
食パンに具を挟んで、半分に切っただけのものだが。
黄色い具はたまご。ピンクと赤と緑の三色はハムとトマトに葉野菜。
なんと、2種類も作ってくれた。
残りのスペースには、くし形に切られたりんごが詰め込まれている。
—— —— ——
手間がかかるからだろう。
リディアは『エッジ』にサンドイッチを作ってくれたことはない。
「あまり出来は良くないと思います」
リディアはそう謙遜しているが、出来なんてどうでもいい。
早く食べたい。
『いただいてもよろしいですか?』
「ええ……どうぞ食べてください……」
自信なさげな表情でリディアが、食べるよう勧めてくれた。
エッジは三色のサンドイッチのひとつに手をすると。
『ツクヨミ』らしく、お上品に一口かじった。
パンの表面に、バターと少量のからしを塗っただけだが。
厚めに切ったハムに、十分味がついている。
それと一緒に食べれば、トマトや葉野菜の味気なさは気にならない。
「どう?」
『とっても美味しいです……!』
「ほんとっ?」
『ミストの夕暮れ空を眺めて、リディアさま手作りのサンドイッチを食べられるとは最高ですね……』
サンドイッチを味わいながら、幸せを噛みしめる。
ついこの間まで、想い人お手製の料理を再び口に出来る日が来るとは思わなかった。
半面のお面に変えておいて、本当によかった。
ただ、場所はリディアの自宅ではなく……ミストの広場だが。
「……サンドイッチって、料理の腕ほとんど関係ないよね」
『これをお作りになったのは、公民館から戻られてからですよね?』
「ええ、すごく大変でした……」
本日は休日だが、昼から公民館で用事がある。
先日リディアからそう聞いていた。
—— —— ——
本日からミストに、白魔法巡回指導の講師が派遣された。
その講師と、リディアやミネルバたち各指導者たちとの顔合わせ。
それが終われば、授業日程の調整するための打ち合わせ。
レベルの高き低きはさておき。
これからミストは、忍術以外の術を全て覚えられる環境になる。
—— —— ——
『これは手軽に食べられる分、準備に手間がかかります』
「そうなの。準備の方が食べる時間より長いんだよ」
『美味しいものを作ろうと思えば、更に長引くというものです。やる気だけでも味は変わりますよ』
「よかったぁ。作った甲斐があった……!」
短い時間で、『ツクヨミ』のために一生懸命作っていただいた。
そう持ち上げてみれば、リディアがぱあっと明るい表情を見せた。
(『ツクヨミ』をだませても、『オレ』はだまされねえぞ!)
リディアの反応を見ているうちに、笑いが込み上げてくるが。
サンドイッチにかじりつくことで、笑っていないように見せかける。
—— —— ——
このサンドイッチは、午前中に作ったものだと断言できる。
その証拠に、バスケットの表面がひんやり冷たく湿っぽい。
公民館に向かう直前、バスケットを覆うように。
ブリザガか何かしらの氷魔法で冷やしておいたのだ。
リディアは同じ献立が続こうが、全く気にしない。
本日のお昼ごはんも、サンドイッチだったと思われる。
所用を済ませて自宅に戻ってから、やったことと言えば。
お茶の準備とりんごを切っただけと思う。
—— —— ——
それでも、リディアがわざわざ休日の時間を割いて準備してくれた。
その事実だけで美味しく感じられる。もう嬉しくてたまらない。
「ツクヨミさん。エブラーナのひとなのにサンドイッチに詳しいんだね」
『国外の任務でよく口にしておりますから』
エッジはしれっとそう答えたが、もちろん嘘八百。
(正解は『昔よく食べてたから』なんだよなあ)
サンドイッチは、パンが主食の国や村ならいくらでも食べられる。
しかし庶民の携帯食なので、国王として国外の城を訪問しても出してもらえない。
こういった場合、若い頃の脱走経験がとても役に立つと言うものである。
「じゃあ、今度はツクヨミさんが作ってきてよ!」
『お断りいたします』
「どうして!?」
リディアが早々から、ごはんを作れとせがんでくるとは思わなかった。
もちろん、断固拒否である。
『エブラーナにパンは普及しておりません。食パンと言うものもございません』
「別にこれじゃなくてもいいの。エブラーナでもひょうろうがん? 以外に、外でお手軽に食べられる料理あるでしょ? 何ならお弁当でもいいよ?」
『……お断りいたします』
「今は女の人がごはん作らなきゃだめって時代でもないもん。逆があってもいいじゃない」
(ほんとこいつは……!)
リディアは面倒くさがりの、上げ膳据え膳上等人間。
親しき誰かを頼るか、お得意の魔法か。
……家事に関しては、とにかく楽をしようとするきらいがある。
そんなリディアから、上げ膳据え膳を頼まれると言うことは。
気心知れた相手だと認められた証拠でもあるけれど。
甘えるのが早すぎるのではないだろうか??
『それは重々承知しておりますが、早速そんなことをおっしゃられるのは、いかがなものかと思います』
「う……」
『こうして10回ほどお食事の準備をしていただいてから、僕にお願いしていただきたいですね』
「……その頃には、終わってるんじゃない?」
『先のことはわかりませんから、そうなるかもしれませんね』
「そうでしょ? だから、次はツク」
『——早くお召し上がりにならないと、全て食べてしまいますよ?』
「ああっ」
声をかけてあげれば、リディアがはっと我に返る。
バスケットの中からサンドイッチを取り出して、もそもそ口にし始めた。
こんな茶番、早く終わらせたい。
リディアがそう思いながら、サンドイッチを食べているように見える。
一方エッジは、ふたつめに手をつけながら熱意をめらめら燃やしていた。
(アドニスが大人しくなっても続けるぞ! 覚悟しとけよ?)
せっかくの習慣を、そう簡単に終わらせてたまるか。
出来るだけ長い間、この習慣を継続させてやる。
『こうして野外で食事をしていても、雨の心配を全くしなくてもいいのはうらやましいです。エブラーナやよそではありえませんよ?』
「みんなびくびくしてるの?」
『はい。特に夏場はいつ夕立が来るかわかりませんから』
「その感覚、よくわかんないなあ」
『そうでしょうね。ここの天候には突然がほとんど存在しませんから』
『うん……わたしも、おじちゃんもミネルバも、みんな雨は月の終わりにしか降らないって思ってたんだよね……」
リディアがそうつぶやいてから、黄色いたまごのサンドイッチを口にする。
—— —— ——
ミストは、月終わりの3日間だけしか雨が降らない。
今月なら29日の日の出から、月明け1日の日の出の時間までだ。
よそが晴れていようがお構いなし。
なぜか、ミストの集落『だけ』に雨雲が集まってくる。
そして3日間、ひっきりなしに強い雨が降り続く。
なぜ、そんな現象が起こるのか。先住民でも理由はわからないと聞いている。
—— —— ——
ミストの住民は、通り雨や夕立の心配をしたことがない。
洗濯物を気にする必要はないし、朝から晩まで気兼ねなく外で作業や遊べる。
『なぜ奥様は入っていないのですか』
「おばちゃんは通り雨がくるってすぐ気付けるから」
『ここでは役に立ちませんね』
「入らずの森に入った時はすごく重宝してたんだって。一緒にお出かけすると頼りになるよ?」
お墓参りの花を調達しに行っているのだろう。
ジャンヌが入らずの森に入っていくのを、エッジも見かけたことがある。
『奥様は、何かそういった能力をお持ちなのですか?』
「女の勘です」
『……あの方の場合、野生の勘と言った方がよろしいのではないでしょうか』
「おばちゃんの前で、それ言っちゃだめだよ!?」
『冗談でございます。申し上げるつもりはございません』
リディアにたしなめられて、頭を下げた。
昼間でもうっそうとした、入らずの森に足を踏み入れるのは。
あの女か、オリバたち悪ガキぐらいしかいない。
その後もサンドイッチをつまみながら、リディアと雑談に興じていると。
すっかり慣れ知った気配が近付いてくるのを感じた。
「あれぇー?」
(また、やな奴が来た……)
視界に入った人物を見るなり、心の中で舌打ちする。
「あ、おじちゃん」
ミゼルが、北に繋がる小道から広場に入ってきただけでなく。
そのまま通り過ぎたらいいのに、リディアがいるからだろう。
エッジたちがいるベンチの方へ足取り軽く近付いてくる。
「こんな時間から、ピクニックですかぁー?」
『こんばんは、ミゼルさん』
「いやぁー、どうもどうもー」
へらへら笑いながら、こちらにやってきたミゼルに。
エッジは平静を装いながら、礼儀正しく挨拶をした。
(こっち来んな! さっさと家帰れよ!)
『ツクヨミ』では、ミゼルに全く太刀打ちできない。
あっちいけしっしと、心の中で早々の帰宅を願っていたら。
「おじちゃん、今仕事終わったの?」
残念なことに、リディアが空気を読まず声をかけてしまった。
「うん。家に帰るところ」
「……最近なんか変だね」
「今更ー? ぼくはいつも変じゃん」
怪訝そうな顔でつぶやいたリディアへ、ミゼルがにっこにこでそう答えた。
自分は相当の変わり者。そんな自覚を一応持っているようだ。
「毎晩徹夜してるって、おばちゃんから聞いたよ。もう法律考えたんじゃないの?」
「うん。あとはみなさまの賛成もらうだけ」
「……じゃあ、何のお仕事してるの?」
「いろいろあるんですよ」
「前はそんなに忙しくなかったじゃない」
「たまには仕事させてちょーだいよー。後にも先にもこんなに働くことないしぃー」
「あははっ! なにそれっ……!」
ミゼルのおどけたような物言いに、リディアが吹き出し笑いを見せている。
この男。時期が過ぎれば、ぐうたら余生を過ごすと言わんばかり。
(何の仕事抱えてんだ?)
ノア——ツキノワ——をミストに派遣しているにもかかわらず。
なぜ、ミゼルが仕事をそうも抱えているのか、エッジは把握出来ていなかった。
—— —— ——
城に届くノアからの報告書は、寄合での決定事項……事後報告しか載せられていない。
報告されないように、ミゼルがノアを口止めしているのか。
ノアにも隠しているのか何なのかわからない。
—— —— ——
肝心要の法整備も、後は村長決めを経て住民の採決を待つだけ。
ミストは小さな村。徹夜しなければならないほど仕事があるようには思えないのだが。
「それより、リディアさん」
「なに」
「こんなとこじゃなくて、お家でごちそうしてあげたら?」
「むり」
「なんでぇー!? 恋人でも何でもないエドワードくんのために、お家でごちそう作ってあげてたのは、どこの誰だっけー!?」
同じ異性でありながら、『エッジ』は家の中に入れていたのに。
なぜ、『ツクヨミ』を自宅に入れないのか。
わざとらしく大声を上げながら、ミゼルがそんな質問をぶつけたら。
リディアが顔を真っ赤にして、こう言い返した。
「あ、あれとこれとは別なんだよっ!」
「ツクヨミさんは『恋人』なんでしょー? それぐらいしてやんなよー」
「……『ふり』、してるだけだもん……」
ミゼルから露骨な指摘をされて、リディアがうつむきながら、ぼそぼそと否定した。
(いちいちうるせえ奴だな! そういう取り決めなんだよ!)
どうせ、ジャンヌ経由で事情を聞いているはずなのに。
リディアをからかうミゼルに、エッジは腹が立って仕方がない。
「ねえ、ツクヨミさん」
『はい、何でしょう』
「きみは彼女いないの?」
『はい、おりません』
「歳いくつだっけ?」
『24です』
「わ、わたしより年下なの!?」
「わっかー! 30越えてるかと思ってたー」
『ツクヨミ』の年齢を知り、リディアとミゼルが驚いた表情を見せた。
『2年前に……お城勤になったばかりですから……』
(30越えじゃ、お城勤になれねえんだよ)
お城勤採用試験の受験資格は、23歳以下の者。
当初考えた設定が『新人のお城勤』だったせいで。
『ツクヨミ』は、リディアよりも若い年齢になってしまった。
「でもさぁ、誰かさん追っ払うためって言っても、ツクヨミさんからしたら時間の無駄じゃない?」
『……無生産だとおっしゃりたいのですか』
「そうだよ。大してメリットないことに時間費やして、結婚のタイミング逃しちゃったらどうするのさ」
『ツクヨミ』は将来性のない提案を持ち掛けた。
ミゼルがそう言いたいようだ。
(てめえが村長決めをやり直すから、こうなってんだろが)
あの者たちは、いずれ大人しくなる。
そうわかっていながら、村長決めのやり直しを公言したのはどこの誰だ?
偽装恋人に至った元凶でもある男が、偉そうなことをよく言えたものだ。
『……僕は誰とも結婚するつもりはございません』
心の中でミゼルに苛立ちを感じるも、平静を装って淡々と答えた。
「待ってよ。24でそんなこと決める必要な」
「——おじちゃん、もうやめて」
「えっ?」
リディアがミゼルの服を右手でつかみ、口撃を止めた。
「ツクヨミさんはいろいろあって、『今は』幸せ捨てちゃってるの」
「あ、幸薄そうに見えたのはそのせいかぁ」
「わたし別に嫌じゃないし、アドニスが大人しくなるまでの間だけだから、好きなようにさせてあげてよ」
だから、これ以上文句を言うな。
リディアがそう遠回しにミゼルへお願いしている。
(先月はドン引きしてたのに、大分変わったな)
リディアは当初、無償の善意を振りまく『ツクヨミ』に引いていた。
それが日を追う毎に、軟化の一途をたどっていたが。
今では、『ツクヨミ』のやることを容認するまでに至っていた。
花火大会が終わった後の出来事が、とどめを刺したと思う。
—— —— ——
その夜。エッジは『ツクヨミ』として、8割方作り話を交えながら。
リディアに自身の秘密を打ち明けた。
リディアは、泣き出してしまうぐらい、『ツクヨミ』を憐れんでくれた。
同じ立場のジャンヌを『ツクヨミ』に投影していたのだろう。
エッジは、リディアとの決別を決めて以来。
この時までずっと、リディアにふさわしいと判断した男になら。
リディアを託せるし、託そうと考えていた。
けれど、涙を流すリディアを目の当たりにして、考えを改めた。
リディアのそばから離れたくない。こうして言葉を交わしたい。
『ツクヨミ』だろうが、新たな泡沫の存在だろうが、なんでもいいから。
死ぬまでリディアと関わって生きていく、と。
『誰かに取られないように、首輪をつけて鎖でつないでおかねばなりませんね』
先日、広場でリディアや熟女軍団の前でそう宣言したが。
『ツクヨミ』並びに、エッジ自身の本音であることに、誰も気付きやしないだろう。
リディアですら、ペット——犬扱いしていると思い込んでいるぐらいだから。
—— —— ——
「……わかった。もう何も言わないよ」
「ありがとう、おじちゃん」
「ツクヨミさんも、てきとーに付き合ってあげて下さい」
『はい。かしこまりました』
リディアの説得に折れたミゼルが、大きく息をついてから。
『ツクヨミ』に頭を軽く下げてくれた。
よほどのことがない限り、この男もリディアには相当弱い。
「ツクヨミさん、ちょっと」
『はい、何でしょう?』
ミゼルが顔貸せとばかりに右手を振ってきたので、少し上体をかがめた瞬間。
「……」
『!?』
ミゼルから耳元でぼそぼそささやかれて、身体を一瞬震わせてしまった。
それに気付いたらしい。
ミゼルがしてやったような表情で笑ってから、その場を離れた。
「じゃ、おふたりさん。まったねー」
それこそリディアやジャンヌが常々称する、糸の切れた凧のごとく。
ふわふわ漂うように、南の小道へ向かうミゼルを。
エッジはにらみながら、殺気一歩手前の気配を送り続けた。
「今日ぐらい、早く休まなきゃだめだよー?」
「やったぁ! リディアさんに心配されちゃった。今日はいい夢見れそぉー!」
リディアから気遣いの言葉をかけられて。
ミゼルが嬉しそうな声を上げて、小道の中に入っていった。
それを見届けると、憎々しげにみっつめのサンドイッチを。
バスケットから取り出してかじり始めた。
(なんだ、あいつ……! 余計なことばっか言いやがって!)
リディアが兄のように慕っていなければ。既婚者かつ村長でなければ。
……例の禁術を使ってやるのに!
そんなことを容易に思ってしまうぐらいには。
今のエッジにとって、それこそアドニスに匹敵するぐらい。
ミゼルが鬱陶しくてたまらない存在になっていた。
「どうしたの? ツクヨミさん」
『……いえ。何でもございません』
「どうせ変なこと言われたんでしょ」
『……若いのに頭が固いとおっしゃってましたね』
「なにそれ。ツクヨミさん言葉遣いが堅いだけじゃない」
(こいつと嫁が、あの野郎をハブる訳だ)
聞かせたくないことを耳打ちされてしまい、内容をごまかした。
リディアはぷうと頬を膨らませて、ミゼルに呆れている。
『別に気にしておりませんよ』
「そうだね。おじちゃんの言うこと、気にしてたらキリないしね」
『頭の中がクリームのように柔らかい方には、大抵の人の頭が固く見えるものです』
「あははっ!!」
ミゼルを遠回しに変人と称してやれば、リディアが腹を抱えて笑い出した。
「……っ、おじちゃんに嫌なことされたらすぐ言ってね。おばちゃんにシメてもらうから」
『はい。かしこまりました』
「あっ、暗くなってきちゃった。【……」
いずれ日が沈むのを見越して、リディアが灯球魔法の詠唱を始めた。
これを食べ終わったら、エッジはエブラーナに帰らなければならない。
(ずっと、こいつとここにいられたらいいのに……)
エッジはリディアを横目で追いながら、自身の生まれ持った特殊な境遇を。
ほんのちょっぴり疎ましく感じたのであった。
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