※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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エッジ視点


新しい酒は新しい革袋に盛れ

 

 

 日の入りの時間はとうに過ぎた。辺りは暗闇に覆われている。

 どこのお宅も、晩ごはんを食べている時間にもかかわらず。

 エッジは雨に打たれながら、あるお宅の玄関の前でしゃがみ込んでいた。

 もちろん、『ツクヨミ』の姿で。

 

 

——8の月31日 夜

 

 

 針金を玄関の小さな穴に差し込み、くねくね動かす。

 程なくして、かちり、と音を立てながら……鍵が開いた。

 強い雨音がその音を上書きしたからだろう。

 中にいる人物が、こちらに気付いたような気配は感じない。

 

(今日が雨でよかったぜ)

 心の中でそうつぶやきながら、静かに玄関を開ける。

 そして、懐から取り出した青い撒菱を隙間からぽいっと投げ入れてやった。

 

 1、2分ほど息をひそめていたが、中から反応がない。

 安全だと判断して、玄関を大きく開けて中に入った。居間には、人っ子ひとりいない。

 

「お疲れさま」

 

 エッジがやっていることは不法侵入。なのに、咎める者は誰もいない。

 それどころか、ミゼルが玄関先から労いの声をかけてきた。

 

 これは不法侵入——犯罪ではない。

 ミストの村長公認、悪い奴を捕獲するための強制突入である。

 

『これで全員ですね』

「そうだね……」

 

 エッジは部屋の中央へ向かい、床に転がっている青い撒菱を拾い上げた。

 撒菱は先ほど投げ入れたもの。中には、この家に住む男性——キロンが封印されている。

 ミゼルも傘を折りたたみながら、家の中に入ってきた。

 

(医者んとこで、服借りりゃよかったのに)

 1時間ほど前に起こった出来事のせいで、ミゼルは泥まみれ。

 髪もべったべたのぐしゃぐしゃ。ただでさえうさんくさい風貌に、より拍車を掛けている。

 左手の甲にも赤い筋が入っているが、これは傷ではない。

 青い撒菱に封印されぬように、エッジの血液をつけてある。

 

「たしか……あぁ、これだな」

 

 あらかじめ、ノアから場所を聞いていたのだろう。

 ミゼルが居間の片隅にある本棚から、1冊の帳簿を手に取った。

 

 帳簿に目を通していたが、すぐ居間机の上にそれを置くと窓際の壁へ。

 そこに掛けてあった花の絵画を外して、裏向けた状態で床に置いている。

 その場でしゃがみ、絵画の裏側についている4点金具を全て外して裏板を持ち上げた。

 中には、先ほどの帳簿と見た目が同じそれが入っていた。

 

 ミゼルがその帳簿を開いた。今度はゆっくりページをめくり、目を通している。

 

「ノアの言った通りか……」

 

 今ミゼルが手にしている帳簿は、裏台帳と呼ばれるもの。

 ミストのお金の動きが、嘘偽りなく記録されている。

 先ほど、居間机に置いたのはミストの表台帳。

 村長ミゼルへ定期的に見せるために、虚偽の内容が記されている。

 

 キロンは長きに渡って、ミストの金銭管理を任されていた。

 そんな彼の自宅に、裏と表の帳簿があると言うことは。

 ……ミストのお金を横領していたということである。

 

「だめだ。請求しても踏み倒される」

『そんなに使っていたのですか……?』

「ずっと前からだからね。『ちりも積もれば山となる』……知ってるでしょ?」

『はい』

 

 ミゼルがエブラーナのことわざを用いた。しかし、相づちを打つだけに留めておいた。

 どうせ、明日になれば金の使い道をキロンが白状するだろう。

 

 —— —— ——

 キロンがミストの金を私的流用している。

 理由は定かではないが、ミゼルは火災発生前からそうにらんでいたという。

 

 火災発生後——9年前の村長決めで、キロンはミゼルに敗れた。

 にもかかわらず。結果を不服として、再度村長決めのやり直しを訴えてくる。

 渋々ミゼルが、金の管理をキロンに頼んだら、訴えをすぐ取り下げた。

 それが、かねてから抱いていた疑念を更に濃くさせたらしい。

 

 ミゼルは『薪要らずの魔法』の漏洩をきっかけに。

 エッジから忍者を借りて、その件についても証拠探しに乗り出した。

 先月の半ば。ノア——ツキノワが、この自宅の家探しをしていたら。

 不正の揺るがない証拠となる、この裏帳簿を発見した。

 ……以上が、『ツクヨミ』にミゼルが説明してくれた内容である。

 —— —— ——

 

(こいつの性格からして……)

 泳がせるためか。もしくは、試したか。

 この男は、どちらかの理由でわざとキロンに金銭管理を任せた。

 エッジはそう予測している。

 

 いずれ不正の証拠をつかもうとして、妻にすら何も言わず。

 たったひとりで、キロンの自宅を訪れる。

 そして、キロンからののしられながら、村で要する金をいただいて帰る……。

 よく9年もの間、そんな習慣を続けられたものだ。

 

「火事の前は知らないけど、アドニスは働いたことがほとんどなくてね。遊んでばっか』

『なぜ、そう断言できるのですか』

「ジャンヌさんに消息調べてもらったから」

 

 帳簿に目を通しながら、ミゼルが平然と答えた。

 

『そうなのですか』

「さすがに、あの人ひとりじゃ無理だからね。トロイアに逃げた人にも手伝ってもらったけど」

 

 エッジは平静を装うも、心の中では驚きつつ疑問を感じていた。

 

(こいつ、どんだけ根に持ってたんだ……!?)

 外出好きの妻。トロイア在住のミストの元脱走者……。

 他人を利用するやり口は、外に出辛いミゼルならではだ。

 しかし、ゼロで冷遇された怨みだけで、ここまでやれるものなのか?

 

「でも、ただの遊び人だと舐め切って……あんなことに……」

 

 ミゼルがそうつぶやいてから帳簿を閉じると。

 両手で頭を抱えながら、その場にうずくまってしまった。

 

 —— —— ——

 リディアの支えになりたい。

 ただそれだけで、ライザは自身の思想——白魔法導入——を引き継いでくれた。

 ミゼルにしてみたら、彼女は理想の住民だろう。

 しかし、ミゼルを敵視している者たちからすれば、ライザも敵にしか見えないだろう。

 —— —— ——

 

(医者んとこでは、虚勢張ってただけか)

 ミゼルの様子を見る限り。妻のジャンヌや妹同然のリディアだけでなく。

 ライザまで巻き込まれたことが、精神的にこたえているようだ。

 

「……行こうか」

『はい』

 

 うずくまってから2、3分ほど経って、ようやくミゼルが立ち上がった。

 

「いい加減……きみを帰さなきゃエドワードくんに怒られちゃうから……」

 

 そう言い残してから、ミゼルが先にキロンの自宅から出ていった。

 

 —— —— ——

 以前より『ツクヨミ』は、ミゼルからこんな頼みごとをされていた。

 

『31日に、アドニスたちをまとめて捕まえて欲しいんだ』

 

 そして本日。まずはトロイアで、Zのお偉いさん2名を捕獲。

 ふたりは、魔法漏洩の共犯者である。

 

 捕獲後、トロイアからミストへ。

 ミゼルの自宅で、いつアドニスたちを捕まえるか打ち合わせしていたら。

 料理教室に出かけていたジャンヌとミネルバが、慌てて家に駆け込んできた。

 

『アドニスの奴が、リディアとライザを尾行し始めて……様子がおかしかったぞ』

『雨の日はいつも大人しいのに、雨合羽着てたよね』

『何か変なこと企んでいるかもしれない』

 

 ジャンヌたちからそんな話を聞いてすぐ、エッジが先に自宅を出た。

 

 リディアたちを探していたところ。

 リディアが、はさみとカエルを持ったアドニスと対峙していた。

 すぐさまアドニスを気絶させてから。

 カエルを抱いて泣いているリディアが、封印範囲に入らないよう。

 離れたところにアドニスを移動させて、彼を捕獲した。

 

 その後、リディアから事情を聞いてみれば。

 アドニスが、カエルにしたライザを人質にして身体を差し出す……。

 いわゆる性的関係を結ぶように、リディアを脅したと言うではないか。

 —— —— ——

 

§

 

 本日の『ツクヨミ』の仕事は、これで終わり。

 帳簿を置きに、一旦自宅に帰るミゼルと肩を並べて歩く。

 キロンの自宅から発着場へ行くには、ミゼルの自宅の前を通るのが早い。

 

『撒菱はいかがいたしましょう』

「きみに預けるよ。明日必ず持ってきてね」

『はい。かしこまりました』

「Zは、これからまともになるだろうね。いいお付き合いが出来るといいけどな……」

 

 現在青い撒菱には、アドニスとキロンに西区画の住民ふたり。

 そして、Zの元お偉いさんがふたり。計6名が封じられている。

 

『これから、また外回りですね』

「そうだね。ラルフくんに任せっぱなしは悪いし、ライザくんのお家にも行かなきゃ……」

 

 ミゼルは一度自宅に戻り、表と裏の帳簿を置いてから。

 『ミストの大掃除』第1弾、明日の緊急集会を告知するために。

 現在、ミストのお宅を一軒一軒回っているラルフと合流。

 その途中で、ライザの自宅に詫びに行くのだろう。

 

『……大変ですね』

「ここは国じゃないから、ラルフくんが助けてくれるだけでもありがたいよ」

 

 ミストは小さな村。村長以外の役職がない。

 何をやるにしても、村長自ら動かないといけない。

 

(村と国の違いがあるが、こいつに比べたらオレは……)

 大勢の部下に囲まれており、大抵の仕事を彼らに丸投げ出来る。

 自身の恵まれっぷりを痛感していると、ミゼルの自宅の前に辿り着いていた。

 

「よかったら、うちでごはん食べてく?」

『え……』

「リディアさんもいるし。そのお面なら、ごはん食べられるでしょ?」

『あの』

「ジャンヌさん、きみならお家に入れてくれるよ」

 

 今晩リディアは、自宅でノアとジャンヌと一緒に夕食をとらせる。

 ミゼルからそう聞いていたけれど……。

 

『お断りいたします。みなさんの邪魔をする訳には参りません』

「そう……」

 

 エッジは丁重にお断りした。

 

 本日は昼からエブラーナを飛び出してきたので仕事がまだ残っている。

 明日も朝早くからここにやってくる。

 事務室に忍び込み、明日用の書類をかっぱらって出来る限り片付けておきたい。

 

「……じゃ、明日も頼むね」

『はい。それでは』

 

 ミゼルがこちらに軽く手を振り、自宅の中に入っていった。

 

 いつもならしつこく『なんでぇー? 遠慮しないで食べてきなよぉー』と迫ってくるのに。

 今日は、あっさり引き下がった。

 

(しばらくヤマが続くし、今日はいろいろあったしな)

 昼間の出来事以降。よほど、自身を責めているのか。

 目の前の用件を片付けることに必死なのか……。

 普段の道化師のようなミゼルの姿は、見る影もなかった。

 

§

 

 ミゼルと別れてから、エッジはそのまま南へ突き進む。

 程なくして、想い人——リディアの家が見えてきた。

 

 無人の家屋の前を家主に見立てて、『エッジ』として、こう声をかけた。

 

「いい加減……『ツクヨミ』に幸せにしてもらえよ」

 

 毎月いつもこの時間に、この家でリディアと朝まで過ごしていた。

 リディアは最初嫌がっていたのに、月日が経つにつれて。

 エッジを受け入れてくれるようになった。

 

 偽りの姿で抱かざるを得なかったのは、とても不本意だった。

 しかし、毎月1回では足りない。

 それぐらいには、今まで生きてきた中であれほど幸せな時間もなかった。

 ……2ヶ月前に、自ら終止符を打ってしまったけれど。

 

 未だにリディアは、『エッジ』への思いを引きずっているようだ。

 しかし、夜が明けたら三行半を突きつける出来事が起こる。

 ミストのいざこざが落ち着けば、現実を直視せざるを得なくなるだろう。

 

 

——翌日 9の月1日 午前8時半すぎ

 

 

 本日から9の月。秋の季節の始まりでもある。

 暦上ではそうでも、夏はまだ完全に終わっていない。

 雲ひとつない青空から、強い日差しがミストを照らしている。

 

 ミストの集落から遠く東に広がる草原に、国有艇を停めて駆け足(忍者仕様)で約5分。

 エッジは『ツクヨミ』の姿で、ミストの発着場に辿り着いた。

 

 2ヶ月前にリディアとの関係を終えた区切りとばかりに。

 9年近く乗り続けてきた自家用艇をシドに返した。

 それ以来、エッジの移動手段は国有艇に変わっている。

 

 ただ、しょっちゅう国有艇を貸し切るお城勤なんかいない。

 そのため、ミストにやってくる時は極力発着場に停めないようにしていた。

 

§

 

 珍しいことに発着場には、飛空艇が三隻も停まっている。

 それぞれの艇の周囲で、近衛兵と見られる者が徘徊していることから。

 バロン、ファブール、ダムシアンの国有艇だとわかった。

 

「みんな、来んの早えなぁ……」

 

(時間ぎりぎりでやってくると思ってたら、30分前行動かよ)

 エッジは小さく地声でつぶやいた。

 お三方全員、本日のミスト来訪をよほど楽しみにしていたようだ。

 

 重々しい光景を横目に、早足でミストの集落に向かう。

 広場への小道を進んでいると、バロン兵の姿がちらほら視界に入ってきた。

 彼らは、9時から広場で行われる緊急集会で警備をつとめると思われる。

 

 —— —— ——

 緊急集会は、ミストの歴史上初の試みだと聞いている。

 本日集会を行う。そう決まったのは、つい2日前。

 昨夜、ミゼルとラルフが手分けして全家庭を回り、告知は済んでいる。

 

 実際は弾劾裁判と言った方がいいだろう。

 ミストの広場で、『薪要らずの魔法』を漏洩した犯人どもが白日の下に晒される。

 バロン、ファブール、ダムシアン国王は、その立会い人として招ばれたのだ。

 

 本当はミスト以外の場所で、自己弁明と犯人自ら罰を下すことになっていた。

 ところが、他にも余罪があることが判明。

 予定を大幅に変更して、犯人はミストで自己弁明を行うだけ。

 無作為で選ばれた住民十数名による話し合いで、処罰を決めることになった。

 何事もなければ、明後日には処罰が決まるらしい。

 処罰が下される場はバロン城。その際、セシルが立ち会うらしい。

 

 火災発生以前のミストは極めて閉鎖的。

 その反動からか、ミゼルはたかが村の一問題でも他国を絡ませようとする。

 —— —— ——

 

 広場に入ると、告知した甲斐があったようだ。

 既に大勢の住民が、石畳の床や端の草原に座っている。

 

 子どももたくさん集まっている。興味本位でのぞきにきたようだ。

 よほど暇なのか。犯人が誰なのか気になっているのか。

 多くの住民が、この件に強い関心を持っているのがよくわかる。

 

「あー! リディア先生の恋人だぁー!」

「おはよう。ツクヨミさん」

「今日もやっぱり来てくれたんだね」

 

 エッジの姿を見るなり、住民が次々と声をかけてきた。

 『ツクヨミ』は、リディアの『恋人』。

 ミスト中にすっかり周知されているのは、嬉しい限りである。

 

(これが『オレ』なら、もっと手放しで喜べたのによ……)

 面の下で苦笑を浮かべて、彼らに軽く頭を下げながら。

 中央でひとりぽつんと立っている、ふくよかな男性——ラルフの元へ向かう。

 

『おはようございます』

「やあ、おはよう」

 

 ラルフはゼロな反面、器用で何でも仕事が出来るタイプ。

 幻獣界専門家を名乗っていい。だからそれに関する本を1冊書いてくれ。

 ミゼルからそんな無茶を頼まれたことがきっかけとなり。

 現在はミストの仕事を、自ずと手伝うことが増えている。

 

「朝早くからご苦労さま。今日もよろしく頼むよ」

『とんでもありません。僕は最初だけです』

「謙遜しないでいい。昨日から手伝ってくれてると聞いてる」

『……ラルフさんには到底及びませんよ』

 

 ラルフが笑いながら肩を叩いてきたが、嫌悪感は全くない。

 彼は温厚な人格者で話しやすい。

 恰幅のよさと嫁を除けば、弱点はなきに等しい。

 

「解除したらすぐに帰るのかい?」

『いいえ。最後まで見学させていただきます』

「偉いじゃないか……! ここの住民になってもらうなら、きみみたいな人がいいなあ」

 

 ラルフが『ツクヨミ』に感服しているようだが、何も答えられない。

 

(『オレ』も『ツクヨミ』も、ここの住民になりたくてもなれねえんだよ……)

 国王として、エブラーナとその民を守る。エッジはそんな使命をもって生まれてきた。

 リディアがミストを捨てて、よそに移住する気がないのと同じように。

 よその国や町村に移り住むつもりは全くない。

 

 時折祖国と民を捨てたくなる感情が湧き上がってきても。

 もしリディアから、『ミストで暮らさない?』と誘われたとしてもだ。

 

『……ところで、ミゼルさんは』

「こっちに向かってきてると思うよ」

『そうですか。ラルフさんは本日、何かお仕事を任されているのですか?』

「それが……司会を……」

 

 ラルフが懐から恐る恐る小冊子を取り出して、こちらに見せてくれた。

 

(台本まで作ってたのかよ!)

 昨夜ミゼルから、『明日はこれを読み上げてくれたらいい』と手渡されたという。

 

『意外ですね。てっきりミゼルさんが司会をされると思っておりました』

「それが、集会の間は一切発言しないってきかなくてね……」

 

(最後にこれでもかってぐらい不満言わせる気だな)

 犯人どもがいくら自己弁護しても。この先ミストにはいられない。

 ミゼルは、犯人どもに本日言いたいことを言わせてから。

 ミストから去っていただいてもらうつもりでいるのかもしれない。

 

『大抜擢ではありませんか。がんばってください』

「いや……どうせアリサは……あの方しか見ないだろうし……」

『奥様もお越しになってるんですか……!?』

「あそこにいるよ」

 

 ラルフが困ったような表情で指さして、その方向に視線を移すと。

 なんと、ラルフの妻がリディアやライザと並び、西側の石畳に座っているではないか。

 

「あの……お子さんは?」

「ステラは、お義母さんたちにお願いしてきた。あとはみんな手が離れているから大丈夫だよ」

 

 ラルフがそう話してくれた。しかし、エッジには理解出来ない。

 

(何考えてんだよ!?)

 アリサは2週間ほど前に、4人目の子供を出産したばかりだ。

 現在彼女の両親が、産褥期が終わるまで孫たちの面倒を見るためにミストに滞在中。

 確かに祖父母でも、赤子の面倒は見ることは出来る。

 しかし、肝心のアレはどうするつもりなのか??

 

『あの、授乳は……どうされるのですか』

「家を出る前に大量に絞ってお義母さんに預けてきてるよ」

『……すさまじい執念ですね』

 

 妻の異常行動に慣れっこなのか、ラルフは苦笑している。

 アリサのギルバート偏愛は、ミストでは超有名。

 『ツクヨミ』としても、リディアや住民から聞いて知っている。

 

(産後ぐらい大人しく出来ねえのか!)

 エッジが呆れを通り越して、憤りを感じていたら。

 ラルフが急に表情を曇らせて『ツクヨミ』にこう話した。

 

「ギルバート様を見たいのもあるだろうけど……」

『はい?』

「アドニスたちに何か一言言わないと、アリサも気が済まないんだよ」

『あぁ……』

 

 アリサが意気込んでいるのは、昨日の一件があったせい。

 親友ふたりに危害を及ぼしたアドニスに物申すつもりでいるようだ。

 

 ラルフの話を聞いた途端、アリサへの憤りが鎮まった。

 あの女は意外にも親友思い。

 リディアとライザをないがしろにされて怒りが収まらないのだろう。

 

§

 

 その後もしばらくラルフと話をしていたら、ミゼルが北側の小道から広場に現れた。

 

「はいはい、みなさぁーん! 国王さまがご入場されますよぉー!」

 

(テンション高っけえな……)

 愉快な声が広場に響き渡り、住民はみな静かになった。

 昨晩はひどく憔悴していたミゼルだが、一晩寝たら元に戻ったようだ。

 

 ミゼルの後に続いて、国王さま——セシル、ヤン、ギルバートが広場に入ってきた。

 

「うわー!」

「本物だ!」

「本当に来てくれたー!」

 

 3人の姿を目にするなり、住民が口々に歓声を上げている。

 

(3人とも、さすがだな)

 セシルたち自身の意識はどうあれ。三者三様、強烈な存在感を放っている。

 3人の周囲だけ、いろんな意味で異質な空気が漂っている。

 

 警備をつとめるバロン兵10数人もやってきた。

 東西南北の出入り口などに分かれて配置につくと。

 普段は素朴な雰囲気の広場が、少し緊迫した空気に変わった。

 

「ささ、どうぞこちらにお座りください」

 

 ミゼルにすすめられて、セシルたちが南側の特別席に着いた。

 少しでも見栄えをよくするためか。特別席の長机には、白い大きな布が掛けられている。

 

 ミストは国王や偉い人が、頻繁に訪れる場所ではない。

 もてなすような場所もないし、道具も揃っていない。

 この長机は、今のミストで出来る精一杯の国王たちへのおもてなしだろう。

 

「いいのかな……?」

『何がですか』

「国王様だよ。外にずっと座りっぱなしで気を害されないか心配でね」

 

 一田舎の行事に参加する国王さまたちに、ラルフが不安な表情を見せた。

 

『どうでしょうね』

 

 『ツクヨミ』では何とも答えようがなく、言葉を濁したが。

 エッジは何も不安を感じていない。

 

(大丈夫だ。誰も気にしちゃいねえよ)

 ギルバートさまは、生まれながらの王族。この場と全く合っていない。

 けれど、薄い笑みを浮かべて座っている。

 セシルさまは、にっこにこ。ヤンさまは厳めしい表情だが、いつもこんな感じだ。

 

 そもそもセシルとヤンは、軍人上がりの国王さま。

 野宿や野営も含めて、各地を旅した経験が多いと聞いている。気なんか害していない。

 

「エッジ様だけなら、楽だったろうなあ……」

『なぜでしょうか』

「あの人は、ああいう対応されるの嫌がるよ。リディアの隣に座って、他の人と話したり野次を飛ばしてただろうね」

『……』

 

 不意打ちを突かれたかのような、ラルフの鋭い指摘に。

 エッジは『ツクヨミ』として、何も答えられなかった。

 

 ラルフの言う通りだ。うやうやしい対応をされるのは、国内だけで十分。

 

「どうした? 何かまずいこと言ったかな?」

『い、いえ。そんなことございません。ただ、どうお答えすればよいのか……』

「部下には、本音を隠すタイプなんだね」

『かもしれません。少なくとも僕は見たことはないですね』

 

 『ツクヨミ』として、ラルフとよく話をするようになったが。

 『エッジ』としては一度も会話したことがなかった。

 その割に、この男は物事を冷静に見る目が備わっているようだ。

 『エッジ』を邪険にする嫁とは大違いである。

 

(そういや、こいつから『オレ』の悪口聞いたことねえなあ)

 Gの記事を読んだ住民のように。『あんたのとこの国王(略)』と質問されたことはない。

 エッジが魔法を広めた犯人。『学習』中にそう疑っていた息子たちもたしなめていた。

 

「まあ、エッジ様が来るなら最初から机は」

「——きゃぁぁー!! ギルバートさまぁー! 素敵ぃー!!」

 

 ギルバートに向かって、アリサが黄色い声を上げた。

 久方ぶりに姿を拝んだからか、それはもう大きな声で。

 しかも、わざとラルフを遮ったかのように絶妙なタイミングをもって。

 

 事情を知らないからだろう。ギルバートも笑みを見せて、アリサに手を振り返している。

 

「くううっ……」

 

 妻の声を耳にして、ラルフが泣きそうな表情で肩をがっくり落としている。

 

(なんであんな女と結婚したんだよ……)

 目の前で、妻が他の男にきゃあきゃあ声を上げていたら。

 例え国王が相手でも心が抉られるに決まっている。

 

「はわわぁ……! 手ェ振ってもらっちゃったわぁー!」

「おめでとう」

「よかったわね」

 

 リディアとライザが、興奮冷めやらぬアリサに適当な返事をしている。

 

(やっとこいつらも学習したか)

 ギルバートのことに関しては、何を言っても無駄。

 そう思ってふたりとも、アリサを適当にあしらうことにしたようだ。

 

「うっせえぞアリサー!」

「旦那にそれ言ってやれよー!」

「朝っぱらから色めきだって何やっとるんじゃい!」

「うっさいのはそっちでしょー! アル中じじいどもっ!」

 

 対面となる東側に座る男性数名から、野次を飛ばされて。

 ギルバートの面前にもかかわらず。アリサが負けじとばかりに大声で言い返している。

 

(朝っぱらから酒!?)

 野次った男性の中には、老医師ウリエルまで混ざっている。

 おまけに、全員携帯用の酒容器——スキットルを手にしている。

 何かのお祭りと勘違いしているのか。

 朝も早くから、酒持参で参加とは……とんだ大物たちがいたものである。

 

「何だとー!?」

「わしらはアル中じゃないぞ!」

「だったら、今すぐそのスキットルの中身全部、そこに捨ててみなさいよー!」

「ぐっ……」

「それは……」

「ほら、出来ないじゃなーい! だからアル中じじいって言ってんのよっ!」

「ばかもんっ! わしゃまだ58だぞ!?」

「四捨五入したらじじいでしょー!」

 

 口論ではほぼ無敵のアリサに、ウリエルたちが応戦している。

 住民はみな、それを見てげらげら笑いだす始末。

 

 とても集会と言う名の裁判が始まる直前とは思えないが。

 重い雰囲気を一掃するには、これもアリかもしれない。

 

「さすがに朝から飲酒はまずいだろう……」

「あの先生は、お酒を飲まないと何かとやる気が起こらないんだ」

「そ、そうなんだ……」

「さすが、ここに移住を希望しただけあるよ。ウリエル先生選んでよかったなあ」

「楽しいのが何よりですからなあ」

 

 ヤンやギルバートと話しながら、セシルがウリエルの様子をにっこにこで眺めている。

 

(相変わらず、戦闘以外は能天気な奴だぜ……)

 セシルが、新しいミストの定住医にウリエル夫婦を選任したと聞いている。

 ミストでのなじみぶりを目の当たりにして、安心仕切っているようだ。

 

「やめてよ……酔っ払ってる人たち相手にしても無駄だよ」

「朝っぱらから喧嘩しないで……」

「はいはい、わかりましたぁー」

「もう、大人げないんだからぁ」

「それはあっちでしょー? 全く、朝から酒あおってんじゃないっつーの」

 

 リディアとライザにたしなめられて、アリサがようやく大人しくなった。

 

 エッジは、この仲良し3人を眺めるのが嫌いではなかった。

 なぜなら、リディアの普段の立ち位置は、アリサやライザの妹分。

 それが時折、こうしてアリサに姉のような振る舞いを見せるのが。

 新鮮かつおもしろく見えるからだ。

 

「あっ、おはよー。ツクヨミさん」

 

 ミゼルが軽く手を上げながら、ツクヨミたちの元にやってきた。

 

(嫁に殴られたか)

 よく見れば、ミゼルの口の右端が青く染まっている。

 昨日の別れ際の時点では、そんなものついていなかったはずだが。

 当の本人がどうでもよさげなので、無視することにした。

 

『おはようございます』

「……?」

 

 エッジは『ツクヨミ』として、ご丁寧に挨拶したが。

 なぜか、ミゼルがぽかんと口を開けて固まってしまった。

 

『どうされました』

「いやぁ……改めて聞くと、きみとバロン王って声がそっくりだと思ってさぁ」

『!』

 

 ミゼルからおどけたように指摘されて、はっと我に返る。

 

『そうなのですか』

「偶然ってすごいね。バロン王のお声聞いたら、みんなびっくりするよ?」

 

(すっかり忘れてた……!!)

 『ツクヨミ』が、セシルの声なことを。

 それでも、リディアですら偶然と信じているから、余裕でごまかせる。

 今後住民に何かしら言われようが、知らぬ存ぜぬを突き通せばいい。

 

「封印ってすぐ解除できる?」

『いえ。水洗いが終わってから、5分ほど見ていただけると助かります』

「……5分か。前説明で時間つなぎしておくよ」

『それでは、準備して参ります』

「頼んだよ」

 

 ミゼルとラルフの元を離れて、広場北西寄りの隅っこにやってきた。

 

 ここには地下水を汲み上げるための、手押しポンプが設けられている。

 ポンプの下に置かれている水受けの器に、青い撒菱を5つ転がすと。

 その場にしゃがみ、右人差し指をすいすい動かして。

 水遁の応用で器の中に転がる撒菱にばしゃばしゃ水を掛けた。

 

 それから撒菱同士をこすり合わせながら、青い塗料を落とし始める。

 エッジは、本日このためだけにミストに来たようなものである。

 

「……ミさん」

『……』

「——ツクヨミさんっ」

『!?』

 

 突然背後から声をかけられて、肩越しにゆるゆる振り返ると。

 ある女性が、長い翠の髪を風にゆらゆら揺らせながら、こちらを見つめていた。

 

『リ、リディアさま……!』

「おはよう」

『おはようございます』

 

 エッジは慌てて身体を向き直して、片膝をつく姿勢に変えた。

 ……水洗いに集中していて、気配に全く気付かなかった。

 

「今日もおつとめご苦労様です」

『い、いえ。とんでもございません……』

 

 エッジはうろたえるも必死で平然を装い、リディアへ挨拶した。

 

(どうしたんだよ!? 何があった!)

 挨拶するのは『ツクヨミ』から。

 それが常と化していたのに、逆は生まれて初めてかもしれない。

 

 しかし、まだ水洗いは終わっていない。

 エッジが仕方なしに、ポンプの方に身体を向き直せば。

 リディアも『ツクヨミ』と向き合うように、ポンプのそばにひょいっと移動してきた。

 

『……あの、どうかされました?』

「うん。何してるのかなぁって、ちょっと見にきたの」

『あぁ、これですか』

 

 まだ青い塗料が残っている撒菱を手のひらの上に乗せて。

 水受けに視線を向けていたリディアに見せてあげた。

 

「そう、っ……ふふ、あははっ……!!」

 

 リディアがぷっと吹き出して笑い始めた。

 『ツクヨミ』らしからぬ、生活臭あふれることをやっているからだろう。

 

『何かおかしいことでも?』

「しょ、所帯じみてて……奥さんみたい、っ……!」

『……見栄えは決してよくありませんね』

 

(広場のど真ん中で、水洗いなんかやれっかよ)

 未だにリディアが、からから笑っている。

 この封印解除作業。別に広場の中央でやれないことはない。

 けれど、多くの住民が見ている前で水洗いはやりたくない。

 

「ふつう忍術って、指でこう……くいくいって」

 

 リディアが胸元の前で、両手の人差し指をくねくね動かし始めた。

 

(そんないい加減な結び方じゃ、どの術も発動されねえぞ)

 印を結ぶ素振りを見せてくれているようだが、あまりにも適当すぎて。

 エッジは心の中で笑いをかみ殺す。

 

『印ですか?』

「そう、それ。印を結ぶかと思ってたの」

『それならここには来ておりません』

「……珍しい術なんだねぇ」

『そうですね……他にも髪の毛や血液を媒介としたり、物を使った術もありますが』

 

 リディアも秘伝忍術の存在を知っている。

 しかし、彼女が実際で目にしたものは、記憶透視と空間移動術だけ。

 封印術の存在は全く知らない。だから、こうして不思議がるのは当たり前。

 

 自身の血を犠牲にしなければならないわ。

 術に要する道具を準備する手間暇がかかるわ。

 こうして、お皿洗いもどきの作業を要するわ……。

 秘伝忍術は便利な術が多い反面、エッジが元来好む、かっこいいものはない。

 

「集会が終わったら、また術を使うの?」

『いえ。後はバロンの方々におまかせいたします』

「バロン?」

 

 撒菱を洗いながら答えてあげると、リディアがきょとんとした表情を見せた。

 

『集会が終われば、犯人は全員バロン城に護送されて勾留されることになっております』

「……知らなかった」

『最後にミゼルさんが説明されるでしょう』

 

 リディアの様子を見る限り。やはり、住民は犯人どもの当面の処遇までは聞かされていないようだ。

 

 最後にもう一度、人差し指を振って水を掛けてすすいでやれば。

 水受けの中の撒菱が青く淡い光に包まれはじめた。

 

 これで、封印解除作業はおしまい。

 青く光る撒菱を拾い上げてから、水受けにたまった水をその場に流して立ち上がった。

 

『これで、5分後に犯人たちがここから現れます』

「うわぁ、きれい……!」

 

 再度、手のひらに乗せた撒菱を見せてあげれば。

 リディアが青い光を見て、うっとりとしたような声をもらした。

 

『じきに集会が始まります。元の場所にお戻りを』

「あのお……」

『何でしょう?』

「もうエブラーナに帰るの?」

 

 こちらを見上げるリディアの、夜空色の双眸が揺れている。

 表情もどこかさびしげに見える。

 

『いえ、最後まで見物させていただくつもりでおります』

「あ……」

『なぜ、そのようなことを』

「えっ?? べ、別になんでもないっ」

 

 エッジが『ツクヨミ』として、淡々とした声でたずねると。

 リディアがはっと目が覚めたような表情に変わった。

 そして、慌てたように顔の前で両手をぶんぶん振る。

 

『あの……』

「それじゃっ」

 

 リディアが背を翻して、その場を去ってしまった。

 エッジは戸惑いを覚えながら、彼女が元の場所に戻るのを立ち止まったまま見届けた。

 

(どうしたんだ、急に??)

 まさかリディアから、声をかけられるとは思わなかった。

 しかも『ツクヨミ』への態度が、いい意味でいつもと違ったように感じた。

 

§

 

「……という訳で、ぼくからの説明は以上。ここからはラルフくんと交代します」

 

 エッジが撒菱を手にして広場の中央に戻ると。

 ミゼルの前説明が、ちょうど終わったところであった。

 

「ありがとう。ここに置いてちょうだい」

 

 ミゼルが『ツクヨミ』へ、撒菱の置き場所を指で示してきた。

 エッジはその場所に、青く輝く撒菱をころんと転がした。

 

 バロン兵4人が近付いてきた。彼らはアドニスたちの監視役だろう。

 何にせよアドニスたちが姿を現しても。逃走防止を徹底するのは良いことだ。

 

 これで『ツクヨミ』は、お役御免。

 エッジはその場を離れて、西の隅っこに移動した。

 

「……」

「……??」

 

 リディアを後ろから見守ることが出来るように。

 広場を囲む樹木に寄りかかり、集会を見届けようとしたら。

 ジャンヌとミネルバの話し声が聞こえてきた。

 彼女たちは、エッジのすぐ右前方に座っている。

 

「ね、今日のG見た?」

「ああ」

「1年後に挙式って……エッジ様、何考えてるのかな?」

「さあね」

 

(アレ読んでから、ここに来たか)

 怪訝そうな声のミネルバと、不穏な気配を漂わすジャンヌに。

 エッジは心の中で苦笑いした。

 

 —— —— ——

 本日付のダムシアンの大衆紙G。そして、エブラーナの新聞X。

 それぞれの一面には、このような記事が載っている。

 

『エブラーナ国王のご婚約が内定。来年の9の月初旬に挙式を挙げる予定』

 

 お相手は、もちろんシビエン家の三女リンである。

 昨日の午前、エブラーナ城に現れたシビエンの親子どもに。

 国王(ただし影武者)直々に良返事してあげた。

 

 Xはエブラーナの地元紙なので、翌日の記事になるのはわかる。

 なぜ、他国のGがすぐに報じることが出来たかと言えば。

 リンとメイが婚約決定直後。わざわざGに連絡しに行ったからに他ならない。

 —— —— ——

 

 大衆紙と言うだけあって、ミストでもGの購読率は高い。

 エッジの婚約を知った住民は、ジャンヌやミネルバだけではないだろう。

 

「バロンやファブールの国王さまは、好きな方が王妃なのに……生まれながらの王族の結婚って難しいんだね」

「しがらみにゃ勝てないんだろ」

「エッジ様はそういうのお構いなしってイメージあったけどね」

「全く……長い間、あいつのこともてあそびやがって……!」

 

 ジャンヌが最後に吐き捨てるようにそう言った。

 

(まあ怒るだろうなあ)

 自分のことをぼろくそ言われているにもかかわらず。

 エッジはお面の下で苦笑を浮かべた。

 妹のような存在のリディアをないがしろにされたようなものだ。

 ジャンヌがいい気になる訳がない。

 

「リディアかわいそうだよ。ちょっと期待してたところもあったでしょうに……」

「ほっとけ。あの兄さんが幸せにしてくれるよ」

「そうだね」

 

 昨日『ツクヨミ』に、助けてもらったのもあるだろうが。

 先ほど、リディアが見せた、『ツクヨミ』へのわずかな態度の変化は。

 エブラーナ国王の婚約を知ったからに違いない。

 

(いい傾向じゃねえか。ま、オレは『誰とも』結婚しねえけど)

 さすがに婚約ともなれば、リディアも『エッジ』を諦めざるを得ない。

 星祭り前に、シビエンの三女がじきに成人すると知って以降。

 密かに仕組んでいた計画が、ようやく実を結びそうで。

 エッジはしてやったりとばかりに、口の片側を歪ませた。

 

「出て来たね」

「あいつら何言うかわかんないよ?」

「まあ、ミゼルはけちょんけちょんにされるだろうね」

 

 ミネルバもジャンヌもミストの先住民。

 キロンやアドニスの人となりをよく知っているからか。

 これから彼らが見せるであろう振る舞いに、予想がついているようだ。

 

「ジャンヌも覚悟しておいた方がいいよ?」

「……もうすぐ飯作りに行くだろ」

「あ、そうだったね」

 

 国王さまたちは集会終了後。リディアの自宅で昼食をとってから。

 リディアの案内でミストを視察してからここを去る予定だ。

 

(そういや、こいつら飯炊き係だったな)

 ジャンヌとミネルバ、他数名は昼食の調理を任されている。

 リディアの自宅で昼食は、国王さまたちからのリクエスト。

 それが原因で、自己弁明の場がミスト以外からミストに変わったと聞いている。

 

 昼食を他人が作るのは少し変な話。しかし、あえてそうしたと、昨日ミゼルが話していた。

 あの男は、リディアひとりに何もかも押し付ける気がない。

 リディアも調理は好きではないので、楽が出来たと喜んでいるだろう。

 

「最後だからな。好きに言わせてやりゃいいさ」

「そういえば、ノアは?」

「ベスとユノと広場の外にいるはずだよ」

「へー、今日もナイトさま役なんだー」

 

 ノア——ツキノワは、ライザの娘ベスとユノと仲がいい。

 今日は、『ツクヨミ』がいる間、休暇時間を与えられた。

 こういった密集空間がとても苦手なベスとユノと一緒に。

 離れた場所から、集会の様子をのぞくつもりでいるようだ。

 

「それでは、今からこの者たちの犯行の状況を——」

 

 司会のラルフが、集会と言う名の裁判の開始を告げたことで。

 ついに『ミストの大掃除』の幕が開いたのであった。

 

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