フェイクラバーズ 作:かえで
ミスト初の野外集会が始まってから、2時間近くが経過した。
現在『わるい人たち』は全員、両手首を体の後ろで縛られた状態で。
広場中央に置かれた木製の丸椅子に座らされている。
前列に座っているのは、男性4名。……ミストの住民だ。
後列には、見慣れぬ男性がふたり座っている。
そんな彼らの周囲をバロン兵4名が囲み、槍を突きつけている。
これまた物騒な光景である。しかし、逃走防止の措置だから仕方がない。
—— —— ——
開始5分も経たぬうちに。親友のひとりがこう言って苦笑していた。
『これ、集会じゃなくて裁判よねー』
野外集会は、彼女の言葉通り。
『薪要らずの魔法』を勝手に広めた、『わるい人たち』の悪行晒し上げ大会でもあった。
—— —— ——
(集会が始まる前が懐かしいよ……)
その時は、アリサと酔っ払いおじさんたちが場を和ませていたのに。
今は野次も飛ぶぐらい緊迫している。
こうなったのは、決して国王さまお三方が同席にされているからではない。
全部、『わるい人たち』のせいだ。
——午前11時すぎ
キロンと、西区画の先住民2名。そして、トロイアの会社Zの社長と副社長の2名。
ここまでの間に、そんな『わるい人たち』5名の罪が順々に暴かれた。
今は最後のひとり、アドニスの番だ。彼は罪状が多すぎて一番後回しになった。
「……トードでカエルにしたライザを人質にとって』……リディア、いいかい?」
台本を読み上げていたラルフが、突然言葉を切った。
そして、不安そうな表情でこちらにたずねてきた。
「いいですよ」
(おじちゃんに伝えてあったのに……)
リディアはそう答えてから、右手をぶんぶん横に振って。
『全部ぶっちゃけていい』と、ラルフへ合図を送った。
「ちょ、ちょっとあんた」
「え?」
「みんなにばれてもいーの?」
右隣に座るアリサが、怪訝そうな表情でひそひそ耳打ちしてきた。
—— —— ——
今ラルフが手にしている台本は、ミゼルが準備した。
そこには『わるい人たち』の悪行が、事細かに書かれているらしい。
アリサからそう聞いている。
—— —— ——
この野外集会は、本当の出来事を晒す場。
だからと言って、みんなに細かな状況まで晒さなくてもいいのでは?
アリサが、そうリディアを案じてくれているように感じた。
ラルフも同じ理由で、続きを読むのを躊躇したのだろう。
「いいの。みんなやっぱりなって思うでしょ」
「……そこまで言うなら止めないけどさー」
リディアは心配無用とばかりに、アリサへ笑みを見せた。
(こっちから先にばらした方がいいもん)
仮にラルフが、ある部分を伏せた状態で話したとしてもだ。
後であちらさまが、ああだったこうだったとばらすかもしれない。
「今回は未遂ですものね……本当にやられていたら話は変わるけど」
ライザの言う通り。未遂で終わった事実を晒すぐらい、どうってことない。
昨日のアドニスの所業は、本当にひどいものだった。
それをみんなに理解してもらえたらいい。
「え、えーと……『その際リディアは、人質と引き換えに性的関係を結ぶようにアドニスから要求された』」
やはり、ラルフもアリサと同じことを感じていたらしい。
うろたえながら台本を読み上げれば、会場に大きなどよめきが起こった。
多くの住民は、「ええー!?」と驚きの声を上げた。
女性の誰かが、「やっぱり!」とやっぱり叫んだ。
「あいつならそれぐらいやるだろ」
リディアたちの近くで座っている男性が、アドニスをにらみつけながらそう言った。
「な、何にもされてないわよね!?」
「うん、大丈夫だからここにいるの」
「あぁ、よかったわぁ……」
リディアの後ろに座っていた、ある奥さんが焦ったような表情でそうたずねてきた。
このようにミストの住民は、予想通りの反応を見せてくれた。
しかし、まだ続きがある。
「『その直後、ライザが要求を拒否するよう大声で鳴き出した。アドニスはそれを聞いて所持していたはさみで、ライザの足を切ろうとしたが、現場に駆けつけたエブラーナの忍者が止めに入り、未遂で終わった』」
少々会場が落ち着いた頃合いを見計らったのだろう。
しばらくしてから、ラルフが続きを読み上げると、またまた会場がどよめきに包まれた。
仮にリディアが、カエルにされていた場合。
アドニスはあらかじめ持参していたはさみを突きつけて。
セックスを強要するつもりだったのだろう。
何にせよ、ライザの足や身体を切ろうとした。
その場面をリディアが目撃しているので、アドニスは逃げられない。
「以上は、リディアとライザの証言によるものだ。これで間違いないな」
「……なんで忍者が警察面してのさばって」
「——イエスかノーか。どっちだ」
「はい、そうです……」
ラルフに厳しい声で遮られて、たしなめられたからか。
アドニスが容疑を認めたものの。何ともやる気のない答え。
しかも、ぶすっとした表情でラルフをにらみつけている。
(ちっとも反省してない……!)
ツクヨミが来なければ上手くやれたのに。
そう言わんばかりのアドニスの態度に、憤りを感じてならない。
「いくつか質問させてもらう」
「……なんだよ」
「きみのお父さんたちは、この件に関して何も知らなかったのか?」
「知ってたぜ」
「容認していたのか……! なぜ、リディアにそんな要求をした」
「既成事実さえ出来れば、リディアを手に入れられるからだよ」
「そんなことで、リディアが婚姻に応じると思ったのか」
「応じるしかないだろ? 近しい人間が危険に晒されるんだからな」
「……その言い方だと、ライザでなくとも何かしら脅迫を企んでいたように聞こえるが」
「そうだが? ミゼルの目を潰す。ライザの家族に嫌がらせ……やりようはいくらでもある」
アドニスが悪びれもなくそう話してから、突如悔しそうな表情に変わり。
更にとんでもないことを言い出した。
「どっちみち、ライザの足は切るつもりでいたのに……あの忍者が邪魔しやがって……!」
「——故意じゃないか!! なぜ切る必要がある!」
ここまで冷静に質問していたラルフが、とうとう声を荒げた。
「分断工作だよ」
「何だと!?」
「あの女は、リディアのためなら足の1本切られても気にしないだろうがな。旦那は違うぞ? もし、そんな目に遭ってみろよ。リディアやミゼルを恨んで家族を連れてミストから出ていくぜ? そうしたら、リディアの味方が減るじゃないか」
ミストの覇権を握るために、犯罪も辞さない。
血も涙もない男の独白を聞いて、会場も静まりかえってしまった。
「それだけのために……信じられない……」
「罪悪感も良心の呵責も反省もゼロの奴って、そうそういないわよー」
「根っからの悪人だったのね……主人が聞いたら発狂するわ」
「自分たちが正しいって思い込んでるんだよ」
「もうやだぁー。頭おかしくなりそー」
モンスターや魔法使いに武器持ち……強者相手以外は、ほぼ無敵状態。
そんなアリサが、怒りを通り越して呆れ返ったかのように。
頭を抱えて髪をぐしゃぐしゃかきむしり始めた。
「魔法を漏らしただけかと思ってたら……さいあくー」
「あんなに余罪が出てくるとは思わなかったよ」
「動機が金儲けと謀略……ここの人のこと、ばかにしてるわ」
「わたしたち、アドニスのおこづかいのために働いてたみたいだよね……」
「全部計画的犯行ってのがまた性質悪いったらー」
—— —— ——
『こいつを説明書に載せたら、バカ売れ間違いなしだぜ』
アドニスは、Zの社長と副社長に無断で『薪要らずの魔法』の詠唱呪文を教えた。
その引き換えに金銭も受け取った。
犯した罪がこれだけなら、自己処罰で終わっていたかもしれないが。
アドニスは他にも罪を犯していた。
まずは、票の買収行為。
今月10日に行われる村長決めを見越して、住民数名に金を渡していた。
先々週、ある住民が罪の意識にさいなまれてミゼルに密告。それで明るみになった。
そして、先ほどラルフが話した、リディアへの脅迫並びにライザへの暴行……。
§
キロンは長年、ミストの金の管理を任されていたが。
その立場を悪用して私的に金を使い込んでいた。
表と裏2種類のミストの財務台帳が何よりの証拠。
ツクヨミとミゼルが、それをキロンの自宅で押収したという。
どちらの帳簿も、集会中に参加者全員が回し読みして確認した。
主な使い道は、アドニスの生活と娯楽資金。
この9年で十数度に渡り、息子に送金や手渡していた。
残りは、西区画に住む保守系先住民たちの集まり——酒宴代。
アドニス票の買収などに、ミストのお金が使われていた。
§
西区画の住民2名は、犯罪幇助の罪だ。
長年ふたりは、キロンの腰巾着をつとめている。
キロンやアドニスの悪事を全て黙認どころか、悪事の指南役。
『薪要らずの魔法』を利用して、ミゼルをミストから追放する知恵をキロンたちに授けたり。
エッジが魔法漏洩の犯人。ミスト中にそう言いふらしたりしたのも、このふたりだったという。
§
最後はトロイアの会社Zの社長と副社長。
ふたりはアドニスがトロイアに脱走してからの遊び仲間だったという。
アドニスの売り口に乗せられて、『薪要らずの魔法』の詠唱呪文を高額で買い取った。
結果、浴槽はバカ売れ。ふたりは後日、謝礼金をミストの『わるい人たち』4人に渡した。
ところが、謝礼金はふたりのポケットマネーではなく、Zの資金から捻出していたという。
集会に現れて、その証言とZの帳簿を見せてくれたのは。
なんと、ミストに浴槽点検にきてくれる、Zの開発部社員——通称『いつもの人』たちであった。
—— —— ——
『わるい人たち』は悪事を全て暴かれて、罪を認めるか否か問われた。
トロイアの2名はあっさり認めて、終始肩を落として後ろの席に座っている。
ところがアドニスたち4名は、全ての罪を認めても反省の色なし。
自分たちがやったことが悪いとは思っていなさげ。
「これで全員の罪状が全て明らかになりました。少々お待ちを……」
ラルフがそう言ってから長机の隣に向かう。
小さな木椅子に座っていたミゼルと何かひそひそと話をしてから。
元の場所に戻り、『わるい人たち』にこう告げた。
「15分時間を差し上げます。最後に言っておきたいことがあれば、好きに話していいです」
これから『わるい人たち』が意見を述べるらしい。
小説でよく出てくる、裁判における被告人の最終陳述と似たようなものだ。
(どうせ謝罪しないのに、そんなのいる!?)
悪人はこういった時、往々にして反省の意志を見せたり。
被害者に詫びの言葉を述べたりするものだ。
しかし、この『わるい人たち』……特に前に座る4人は、反省も謝罪もしないだろう。
左隣のライザは首をかしげているし。
右隣のアリサも、やめておけとばかりにため息をついている。
おそらく、4人が謝罪すると思っている者は、ここにはいない。
「俺は悪いことしたと思ってないぞ」
案の定アドニスが開口一番、反省の色なしの言葉を口にした。
「ここには法律はない。なぜ罪に問われなければならぬ」
「ミストをよくするために、必要不可欠なことして何が悪い」
「昔のミストでは、これが当たり前だった」
キロンも法律がないことを盾に、裁判もどきは無効と言い張る。
西区画の住民ふたりも、犯した罪の正当性を主張する。
「昔のミスト? 一体どういうことだ?」
「魔法実力主義のことだが」
「確か、魔法の習得度で住民の待遇が決まる制度だったな」
ミゼルから聞いたのだろう。ラルフが悪習とも言えるその概要を口にした。
「そなた。ミゼルから全て聞いておらぬようだな」
「何を」
「それだけではないぞ」
キロンがラルフをばかにしたような表情で話し始めた。
—— —— ——
魔法実力主義は、古き時代から続いていたミストの伝統。
魔法の習得度で、ミストでの待遇が決まる。
しかも、権力争いなど、個人的に気に入らない者を排除するために。
自身が会得した黒魔法を使っていた。
真夏の夜にブリザガで氷漬けにしたら、朝には溶けて不審死。
雨夜にサンダガで雷を落とせば、落雷で死亡に見せかけることが可能。
遺体が見つからぬように、ファイガを何度も使って骨まで燃やす……。
証拠が上がらないように相手を消すには、黒魔法はもってこいだった。
ところが、30年ほど前からミストで異変が起こった。
ゼロをはじめに、黒魔法の資質不足とみられる子どもの出生率が増えた。
そのせいで、ずっとほぼ横ばいが続いていた召喚士の数が減少に転じた。
召喚士はこの村の肝となる存在。もし誰もいなくなったら。
幻獣界と唯一つながりがあるミストの立場がなくなってしまう。
キロンをはじめ、西区画の住民を含めた当時の権力者たちは、原因と対策を話しあった。
当時、幻獣界は未知の世界とされていた。
特にミストにおいて、幻獣界は神の世界。そんな認識がとても強かった。
幻獣界が、長年続く黒魔法や召喚術の利用法に怒って。
ミストに能力のない赤子が生まれるように仕向けたのだろう。
ミストは、ばちが当たった。
そう考えた結果。『これは幻獣界からの警告』と結論付けて。
やっと、住民に人への術使用を禁止するお触れを出した。
同時にお触れを含めて、数点の決まりごとを記した書物を。
ミストの村長が所持するようになった。
—— —— ——
「……もっとも、火事が起こって書物は残っていないがな」
「ひどいことを……! 気に入らなかったら、人を殺していいのか!!」
ラルフが顔を真っ赤にして、キロンへ叫んだ。
彼はリディアをはじめに、この広場にいる住民の——怒りを代弁してくれたように感じた。
ところが……。
「証拠が見つからない以上、どうしようもないだろう」
「何を……!」
「——やられる者が悪い。よそでも、これまで国と国の戦争で人が大勢死んでいるではないか」
何食わぬ顔でキロンがそう話したのを聞いて、会場はしんと静まり返った。
(考えからして、普通の人と違う……!)
国対国。もしくは、村人対村人の違いだけ。
キロンは戦争を肯定した上に、殺人も否定しない。
「白魔法を入れたがらなかったのは、このせいだったのね」
「ゼロでも使えるもんね。……どうしたー? リディア」
「こんな話、初めて聞いた……」
「えっ、あんたも知らなかったのー?」
「うん。おじちゃんたちからは、ラルフさんと一緒のことしか……」
過去のミストは、魔法実力主義社会。
魔法の習得がミストでの待遇を決める基準だった。
それだけだと思っていたら。まさか、魔法を使って殺し合いをしていたとは……。
ミゼルたち若き先住民からも、そんな話を聞いたことはない。
「あなたに言えなかったのかもしれないわ」
「え?」
「……話聞いて、嫌な気しかしないでしょう?」
ライザにそうたずねられて、こくりとうなずいた。
(あたし、アドニスたちに利用されちゃう……)
仮に、魔法実力主義者のアドニスたちが権力を握った場合。
彼らから、『あいつ気に入らないからさ、メテオ撃ってくれよ』などと頼まれるかもしれない。
そんなの、まっぴらごめんだ。
「アドニスのことも、ぎりぎりまであなたに教えなかったぐらいですもの。気を害して幻獣界に帰っちゃうと思ったのよ」
「まー、あんたがあっち帰ったら、召喚術教えられる人誰もいなくなるしねー」
「……そうかもしれないね」
リディアは、保守系先住民との間に何かいざこざが起こる度に。
ミゼルやジャンヌたちから、昔の話を教えてもらっている。
—— —— ——
リディアがミストを離れたのは、わずか7歳。
ミストのことをよく知らない状態で大人になり、じき帰郷する。
昔のことを一気に話せば、混乱するかもしれない。
場合によっては、ミストに幻滅して幻獣界に戻るかもしれない。
過去の事情は、必要に応じて教えてあげればよい。
ミゼルがあらかじめ若い先住民との間で、そんな取り決めをしていたのかもしれない。
—— —— ——
(おじちゃん、あたしに気を使ってばっかり……)
魔法実力主義だけではない。
リディアが知らない裏事情が、他にもまだまだありそうだ。
「もっとも、リディアがずっと暮らしていたのだから、幻獣界は神の世界でもなんでもなかったがな」
「何を……あなたたちは、先月の寄合で『幻獣界は神々が住まう世界』と言っていたではないか」
ラルフから矛盾を指摘されても、キロンたちはみなどこ吹く風。
「どちらにせよ異変が起こってから、もう30年近くも経ち、禊は済んでおる。アドニスがこの秋、村長についたら以前と同じ魔法実力主義に戻すつもりだった」
「ライザにトードをかけたのは、俺が村長になって魔法実力主義を戻す予定だったからだ。即死じゃないだけマシだろ」
「せっかくの計画を、外圧を利用して叩き潰すとは……! 卑怯極まりない……!」
キロンがミゼルをにらみつけながら、恨みがましく話した。
『わるい人たち』の身勝手な計画と思想。
じきに行われるはずだった村長決めに賭ける異常な執念。
それらを知って、リディアたち観衆はあ然とするばかり。
「マシだから許される理論が通用すると思ってんのか!」
「黒魔法を人に無闇にかけるなんて非常識だぞ!」
「ミストはただの農村ではない、召喚士の村だ。武器が剣ではなく魔法なだけだ」
「今は住民同士で、殺し合いしてるとこないぞ!!」
「ミストは特別な村なんだよ。よその常識や認識とは違うから、外と断絶してたんだ!」
一部の観衆が、キロンとアドニスたちと言い争いを始めた。
それを横目に、ライザがこうつぶやいた。
「これは……若い人たちが逃げ出すのもわかるわ」
「ミゼルさんたち、よくこんなところにずっと留まってたわねー」
「お父さんやお母さんがいたから……」
特にエスタは、この村の守護幻獣——ミストドラゴンの契約者でもあった。
ミストドラゴンは他の幻獣とは違い、契約する相手はミストの女性召喚士ひとりだけ。
最も尊ばれる存在とされていた、その契約者が脱走することはミスト最大の禁忌。
契約者として村に留まらざるを得なくなった。
おまけに娘ひとりを遺して最愛の伴侶にも先立たれてしまった。
そんなエスタを、ジャンヌがほおって逃げる訳がない。
それはエスタやニクスの幼なじみだったミゼルも同じだ。
おそらく彼は、脱走する若者たちの手引きをすることで。
権力者たちへの不平不満の溜飲を下げていたのだ。
「すっ、すみません! みなさん、静かにしてください!」
言い争いはまだ続いていた。しかし、ラルフが制止したことで広場は再び静かになった。
それを確認してから、ラルフが改めてキロンにこうたずねた。
「白魔法の導入に反対していたのは、ゼロが力を持つとまずいからか」
ラルフも、リディアたちと同じことを考えていたらしい。
「もともと、ゼロはミストやその家の奴隷。魔法を覚える資格などない」
「……時代錯誤もはなはだしい」
「ミストはそれで長らくやってきたのだ。よそ者に言われる筋合いはない」
ラルフが非常に不満そうな表情を見せた。
口を挟むなと言われているようなものだ。そうなっても仕方がなかろう。
§
それから、『わるい人たち』は制限時間ぎりぎりまで。
これでもかと言うぐらい、今のミストへの不満だけでなく。
自分たちを追い込んだ張本人——ミゼルへの恨みつらみを口にし続けた。
そして、話題が途切れてからラルフがアドニスにこうたずねた。
「魔法と言えば……きみは、7の月にジャンヌさんにスリプルをかけて暴行を振るっただろう。どうしてそんなことをした」
「リディアにちょっと近付いただけで殴られたんだぞ? 昔からあいつにやられてたから、ちょっとやり返しただけだ。まあ、あいつがリディアの母親面したくもなるのもわかるけどさ」
「……何?」
「あいつは昔からリディアの父親が好きだったんだよ。エスタの後釜を虎視眈々と狙ってたんだ」
「ちょっと待て。今回の件に関してそれは関係」
「——しゃべらせてあげなよ」
ミゼルが間延びしたような声を上げて、ラルフを止めた。
集会が始まってから、彼が声を出したのはこれがはじめてだ。
「い、いいんですか……!?」
「今は好きにしゃべっていい時間だよ。——あと半分切ったけど」
「わ、わかりました」
時間を測っていたのだろう。
ミゼルが懐中時計を右手で遊ばせながら、アドニスに続きを話させるようラルフを促した。
(おじちゃん、大丈夫かな?)
本日のミゼルは、昨日の憔悴ぶりとは一転して元気そうに見える。
しかし、口端には青いあざ……。
本人からは何も聞いていないが、リディアはその原因を既に知っていた。
「ジャンヌはニクスに選ばれたエスタをねたんでた。子どもも産めなくなって、エスタに全部幸せ取られたようなもんだ」
「ひどい!」
「ジャンヌに失礼だよ! 謝んなさいよ!」
「侮辱だ!」
公の場で不妊体質を晒して、ジャンヌをせせら笑ったアドニスへ。
住民、とくに女性が怒りの声を上げる。
(おばちゃん……いなくてよかった)
ジャンヌは1時間前から、ここにいない。
リディアの自宅で、有志の女性たちと国王さまたちのお昼のごちそうを作っている。
ミゼルもこれを見越して、妻をごはん係に任命したのかもしれない。
「火事でエスタが死んでジャンヌも大喜びだ。初恋の男の娘を自分の子どもとして引き取れ」
「——全部あんたの作り話だっ!!」
リディアはその場で立ち上がり、大声でアドニスに言い返してやった。
無関係の人間が、まるで事実かのように誇張して話すとは非常識にも程がある。
『マダム』も似たようなことをしている。
しかし、彼女たちは公の場でデマは流さない。
同じ女性だから、ジャンヌの不妊体質は晒さない。
「俺じゃなくてジャンヌに怒れよ。エスタの恋敵だぞ?」
「全部おばちゃんたちから聞いて知ってる!!」
「ふーん……」
「あたしがそれで、おじちゃんやおばちゃんのこと嫌いになると思ったら大間違いだ!!」
(恋敵……!? 勝手に決めないでよ!!)
その話をジャンヌとミゼルから聞いたのは、七夕の翌日。
ジャンヌの不妊体質を打ち明けられた時だった。
—— —— ——
小さい頃。エスタがジャンヌたちに悪意や敵意を持っているように見えなかったから。
話を聞かされても、リディアは怒りを全く感じなかった。
むしろ、『負け確』とわかっていながら、ニクスに告白して見事玉砕した。
そんなジャンヌが勇ましく思えた。
セシルに思いを寄せながらも、半ば諦めたような形で。
セシルとローザを遠巻きから眺めていた、あの頃の自分と大違い。
—— —— ——
「一歩間違えたら、おまえは生まれてなかったかもしれないんだぞ?」
「たらればはどうでもいい! おじちゃんとおばちゃんは、昔からあたしの大切なお兄さんとお姉さんなの! 悪く言う人は許さないっ!」
リディアがジャンヌに失望する。自身の思い通りの展開にならないからか。
アドニスが不満そうな表情を見せている。
—— —— ——
火災の当日。母エスタは息を引き取る前に、こんなことをつぶやいていた。
『ジャンヌ……ミゼル……大丈夫……かしら……』
当時リディアはまだ小さかったけれど、この耳でしかと聞いた。
今でもはっきり思い出せる。
—— —— ——
その頃、アドニスはと言えばミストに不在。火災の難を逃れている。
そんな男に、エスタたちの何がわかるのだ。
「他人のプライベートを晒すって、畜生にも程があるぞ!」
「あんた無関係なくせに、よくそんなこと公の場でしゃべれるね」
「サイテーだぞ!」
あまりの人でなしに、怒りを感じたのはリディアだけではない。
アドニスへ、他の住民も次々に野次を飛ばしていると。
ある若い男性が、中央付近に近付いてきた。
「——ここに母さんがいなくてよかった」
男性は、2年前にカイポに移住したローレルだった。
2週間前に、ローレルは花火鑑賞のためにミストにやってきていた。
しかし、ほとんどの住民はそのことを知らない。
「ローレルっ!」
「久しぶりじゃないか!」
「嫁さんと子ども元気ぃー?」
「ばかもんっ! ここに戻るのはまだ早いわい!」
2年ぶりに姿を見せた元住民へ、みながに次々声をかける中。
ウリエルだけが、ローレルに怒鳴り声を上げた。
今ローレルに帰ってこられたら、家を追い出されてしまう。
ウリエルはそれを恐れているようだ。
「大丈夫ですよ、先生。あと5年ほど外で修行します」
「はあぁぁ、よかったわい……」
「こらぁー! そこのじじい! 祝杯にはまだ早いわー!」
家主から、無事5年保証をもらえて安心したのか。
スキットルのふたを開けて、またまた酒を口に含もうとする。
そんなウリエルに、アリサがすかさず野次を飛ばして、観衆がみんな笑っている。
(ちょっと場が和んだ……!)
アリサとウリエルのふたりが、荒れた場の清涼剤になっているように思えた。
ウリエルはミストに住んで、まだ日が浅い。
アリサも何でも口を出したがりの、お口の女王さま。
ふたりとも、いい意味でも悪い意味でも場の空気を読まない。
もっとも、そんな和んだ雰囲気がずっと続く訳もなく……。
「てめえ……何しに戻ってきやがった」
「母さんの見舞いに立ち寄っただけだが」
ローレルの母親は、キロンたちの同志。
頭が固くて古い人間で、ミゼルを信奉する息子と思想が合わなかった。
しかも、ミスト外出身という理由だけで息子の妻に嫌がらせし続けた。
ローレル夫婦がカイポに移住した元凶とも言える存在である。
「はっ、最近見ねえと思ったら、あのババア死にかけてんのか」
「……おかげで、母さんが共犯にならずに済んでよかったよ」
ローレルの母親は、息子に逃げられたことがよほどこたえたのか。
病に倒れてしまい、去年からあまりミストに姿を見せない。
今は、ほぼ寝たきり……先はそう長くない。そんな話を聞いている。
ローレルの言う通り、仮に母親が健康体のままでいたら。
『わるい人たち』の悪事を知りながら、見て見ぬふり。
下手をすれば、共犯者としてここにいた可能性もある。
(もしかして、エライアも……いた!!)
リディアはきょろきょろ周囲を見回す。
すると、東側の端っこで金髪の女性が立っているのが見えた。
普段から顔を会わせている、黒魔法講座の同僚講師だ。
しかし、今日はいつもかぶっている黒髪のかつらも、頬のそばかすもない。
偽りの姿ユライシャではなく、ミストの元住民エライアとして。
わざわざ朝早くから、集会を見にきてくれたようだ。
ローレルもエライアも、ミゼルから今日のことを事前に告知されていたのだろう。
……リディアたち住民よりも、もっと前から。
「確かにジャンヌはニクスのことが好きだったが、小説に出てくるような泥沼関係ではなかった。告白して速攻フラれてからは、エスタの父親並みにニクスを邪険にしてた」
「ほら! ローレルもこう言ってるじゃない! おばちゃんたちのことはね! あんたよりローレルの方が詳しいんだから!」
反論できないアドニスが、ローレルをぎっとにらんでいる。
ローレルは、若き日のミゼルやジャンヌたちを実際にそばで見てよく知る者だ。
彼の証言ほど信頼性の高いものはない。
「それに……エスタが死んで、誰より悲しんでいたのはジャンヌだ。ミゼルがミストにいない時、エスタの墓で一夜明かしたこともざらだった」
ジャンヌがニクスの墓を、エスタの墓の隣に移したのは聞いていたが。
ローレルの証言は、リディアにとって初耳だった。
火災が起こり、セシルと共に旅に出てから帰郷するまで、ミストで何があったのか。
リディアはその間の話を、先住民からほとんど聞いたことがない。
嫌なことをほじくり返すようで、こちらからも聞くに聞けずにいた。
(おばちゃん……)
夫はミストの外の診療所に運ばれて、しばらくミストに不在。
ジャンヌの家族も親友も、火災で命を落とした。
親友の夫も、既にこの世にもいない。
頼れる者がおらず、ミストの行く末も不透明。
親友のお墓で、一夜を明かしたくなるに決まっている。
「おまえ、ミゼルの票を減らそうとしてミスト中にこの話を言いふらすつもりだったろ」
「くっ……」
ローレルから指摘されても、アドニスは声を詰まらせただけ。
遅かれ早かれ、他人の過去の恋愛事情をミスト中にばらすつもりでいたのだ。
……それも、ミゼルに都合が悪くなるような作り話として。
「やっぱり、そうじゃないか! 最近まで、ここに寄りつきもしなかったくせに見た風な口で勝手なこと言うな!」
「じゃあ、ミゼルはどうなんだよ! 味方につければ、村長の仕事ははかどるし、身内のふりしてリディアを利用してんじゃねえか!」
「そんな訳ないだ」
「——現に今、リディアのコネ使って、ここによその国王呼んでんだろ! 俺たちと同じ穴のムジナだ!」
アドニスが叫び終えると、会場が急にしんと静まり返った。
みんな、彼の言い分を肯定しているのではない。
どれだけミゼルを嫌っているのか、呆れて閉口したと言った方がいい。
「……ちょっと行ってくる」
アリサも観衆同様、無表情に変わって腰を上げた。
「あっ、ちょっ」
「——好きにしてあげなさい」
アリサを止めようとしたら、ライザに腕を引っ張られて逆に止められてしまった。
その間にも、アリサが他の住民の間を通り抜けて、ずんずん中央に向かっていく。
「どうして止めるの?」
「アリサも……溜まってるのよ」
「あ……」
ライザが何を言いたいのかがわかり、はっと目が覚めた。
アリサはこの2ヶ月ほど、寄合を休んでいる。花火も不参加。
ここまで産褥が続き、家からほとんど出ていない。
ミストのことからとんと離れた生活を送っていたら。
昨日、リディアとライザがアドニスに襲われた。
それに腹に据えかねて、文句を言いたくてたまらないのだ。
「ちょっと、そこのコネ野郎」
「なんだと!?」
「あんた。コネでそこの会社のお偉いさまと悪いことしたんでしょー? 人のこと言えるの?」
「……」
「ねー、お偉いさまぁ? あたしの言うこと間違ってないわよねー?」
「はい」
「その通りです……」
「あらー? そういえばあなたたち、今日から『無職』だったわねー。ごめんなさいねぇ、間違えちゃったわぁー!」
(嫌味を言うために、わざと間違えたんだ……)
アリサがトロイアの共犯者2名に、嫌味ったらしく笑うと。
ふたりは、ますますうなだれてしまった。
—— —— ——
Zは社長の曽祖父の代から、陶業を営んでいる老舗の会社。
社長の父親や祖父をはじめとに、創業者一族が上層部を占めていた。
会社も国と同じように、クーデターが起こることがあるらしい。
なんと、Zの社長と副社長は、昨日付——8の月末日でZを解雇された。
おまけに上層部全員、同じ日に会社を追放か平社員に降格。
そのどちらかの厳しい処分を下された。
本日からZの社長と副社長には、いつもの人たち——開発部のふたりが就任したという。
近いうちに、Zとミストは、『薪要らずの魔法』の見返り——ギャラ交渉を始める。
そんな予想外な報告が、集会中に発表されたばかり。
—— —— ——
「……生意気な女だな! よそ者でゼロのくせに!」
「だから何ー? あたしは生意気だけど、あんたみたいな犯罪者じゃないわよ」
「だから、ゼロ」
「——顔しか脳がないから、それでしか相手にマウント取れないのねー?」
「この野郎……!」
アリサは、魔法を重視しないダムシアンで生まれ育っている。
ゼロ攻撃なんか効く訳もない。
「こうやって弾劾裁判みたいなことやってるうちにも、この世はめまぐるしく変化してんの。ミストも、まるっきり昔のままじゃいられないのよー?」
「……」
「あんた、10年近くもミストの外で何してたの? 今のていたらくぶりじゃ、単に遊んでただけだったようねー」
「う、うるさいっ……!!」
「全く、育成大失敗じゃなーい! 親の顔が見てみたい……あっ、ここにいたわねぇー!」
(すごい……! ギルバートが見てるからがんばってる!)
アリサがアドニスだけでなく、キロンまでもあざ笑った。
しかし、当の父親はだんまり。
「てめえ、覚えとけよ……!」
「こっちも大事な親友傷つけられたもの。あんたの顔死ぬまでよーく覚えておいてあげる」
その後もギルバートさまを前にして、アリサがお口の女王さまをいかんなく発揮した直後。
ミストに滞在中のアリサの母親が、娘の元に慌ててやってきた。
—— —— ——
アリサは朝も早くから、集会で不在の間にステラが飲むであろう分を搾乳。
それを母親に預けてから集会にきていた。
『あげるお乳がもうなくなった。すぐ帰ってきてちょうだい』
『えー?? これでもかと絞ったのにー』
『今日はいっぱい飲んだんだからしょうがないでしょ。次に泣かれたら、あたしじゃどうしようもないよ』
母親に泣きつかれて、アリサは仕方なく帰宅。
未練がましくギルバートをちらちら見ながら、広場を出ていった。
—— —— ——
(もう満足だよね……)
ギルバートを最後まで見れなかったのは、残念かもしれない。
けれど、アドニスたちに思う存分物申せたし。
何と言っても憧れの人の前で、かっこいいところも見せられたのだから。
§
アリサの独壇場が終わると同時に、『わるい人たち』の弁明タイムも終了。
国王さまたちは、集会が始まってから黙って一村の泥沼劇を眺めていた。
しかし、内容的にも時間的にも終盤だと思ったのだろう。
「——発言させてもらっていいかな」
「はい。どうぞ」
セシルが、ラルフへ声をかけてから立ち上がった。
すると、多くの観衆が一斉に北側の樹のそばで、傍観に徹するツクヨミへ視線を向けた。
(みんなびっくりするよね……)
みんな、バロン王の声が彼とそっくりで驚いたのだ。
もちろん、セシルたちはツクヨミの事情など知る由もない。
「今からぼくたちが話すことは個人的な意見ですが、よかったら処罰を決める参考にしていただけると幸いです」
ざわつく住民達をよそに、セシルがそう前置きしてから。
『わるい人たち』に向かって、静かな声でこう話しかけた。
「きみたちの言い分を聞かせてもらったけれど、不正を働く理由にはならない」
「先ほど、若いお嬢さんも話していたけど、時代が変われば風習や思想、価値観が変わる。何もかも一緒ではいられない。それは村や国のかたちも同じことが言える。時代に沿った対応しなければならない」
「そなたたちは伝統を盾にミストで権力を握り、自分たちが楽な生活をしたいだけのような印象を受けた」
セシルに続いたギルバートもヤンも厳しい所感を述べた。
お三方揃って、『わるい人たち』に相当悪印象を持ったことが窺い知れる。
「偉そうに……!」
ところが、アドニスが国王さまたちへ憎々しげにつぶやいてから、こう訴えた。
「力でねじ伏せてるてめえらが言っても説得力ねえぞ! こっちだってな! 力さえありゃミストを仕切って」
「——力ではないよ」
国王さまをてめえ呼ばわり。
なんとも不敬なアドニスを遮ったのは、ギルバートだった。
「このふたりは人間性と国を支える資質が備わっていたから、民の強い支持を得て、前国王の勧めを受けて即位した。たまたま聖騎士やモンクとしての素質や能力に恵まれていただけだよ」
「っ……」
「国や村を統べる者の資質で何より重要なのは、どれだけその国や村、そこに住む人たちのことを思い、真剣に考えて行動出来るかだ」
「ここまでの発言や態度から、きみたちにはその資質は全くないと感じた。きみたちが権力を握ったら、ミストは自ずと滅びの一途を辿るだろうね」
故郷やそこで暮らす民を思う心がない者が、人の上に立つ資格はない。
国王さまたちが、『わるい人たち』へ向けたそんな言葉は、処罰ではない。
しかし、ミストでの人生ほぼ終了とも言えるものだった。
どこかでひっそり過ごすか。バロンに頼んで塀の中に入れて頭を冷やすか。
何にせよ、今までの日常にはもう戻れないだろう。
§
「では、ミゼルさん。最後にまとめを」
「はい」
ミゼルが立ち上がり、席を離れて『わるい人たち』のそばに近付く。
リディアは緊張の面持ちでその様子を見ていた。
(どっちなんだろう……)
7の月の寄合で見せた、ガラの悪いミゼルになるのか。
それとも、いつものような頭お花畑のミゼルなのか。
「今から、あなたた……っ!」
ミゼルが『わるい人たち』に話しかけようとしたが。
突然言葉を切って、顔を押さえて2、3歩後ろによろめいている。
「アドニスが唾吐きやがった!」
「うそ……」
「最悪だ!」
(おじちゃんが何したって言うの!?)
ある住民が大声で叫んだのを機に、広場がざわつく中。
ミゼルが顔を押さえたまま、北へ走っていった。
手押しポンプの水で顔を洗いにいったようだ。
「俺らに説教する気か!?」
「こら、何をする!」
「暴れるんじゃない!!」
「……っ、おまえが話すだけでな、こっちは虫唾が走るんだよっ!!」
立ち上がろうとするアドニスを、兵が慌てて押さえ込もうとする。
しかし、当人は抵抗しながら、北に消えたミゼルへ大声で暴言を吐いている。
「もうアドニスの口ふさいどけ!」
「最低だ!」
あちこちから怒声が上がる中。ミゼルが元の場所に戻ってきた。
しかし、『わるい人たち』4人の悪あがきは止まらない。
「わしらの方がよほどミストのことを考えておるわ!」
「反逆者め!」
「ミストの災いそのものだ!」
「エスタや俺のおふくろに兄貴……みんな火事で死んだってのに、なんでおまえはのうのうと生きてやがんだっ!」
「おまえは疫病神だ!」
「そうだ! てめえの母親もニクスも巻き添え食らって、あの世で泣いてるっつーの!」
『わるい人たち』が次々とミゼルへ罵言を浴びせる。
特にアドニスは侮辱を通り越して、もはや逆恨み。
まるで、ミゼルが火事を起こしたかのよう。
家族もニクスやエスタをミゼルに殺されたかのよう。
「村長さんは何も悪くないっ!! 悪いのは」
「——いいんです」
「……」
セシルが勢いよく立ち上がって、アドニスに反論しようとした。
しかし、ミゼルに手で制されてしまい、納得行かぬ表情を見せながら再び座った。
「……全員、ここから退出させてください」
ミゼルが静かな声でそう告げた。その直後、周囲を警備していたバロン兵が動き出した。
『わるい人たち』の両脇をそれぞれ抱えると、身体を引きずり、広場の外に連れ出そうとする。
「ゼロは隅で大人しく生きていけばよいものを!」
「天罰が下ればよいのだ!」
「てめえがしゃしゃり出てくるから、他人が巻き込まれてんだぞ! 身の程を知れ!!」
Zのふたりは大人しく、広場の外に連れられていった。
けれど、アドニスたちは外に出るまで兵に押さえられながら。
肩越しからミゼルに向かって、大声で暴言を吐き続ける始末。
そんな『わるい人たち』の退場劇を、当のミゼルは黙って見送っている。
(おじちゃんはずっと、こうやって言われ続けてきたんだ……)
ゼロはミストから逃げるか。
それこそキロンの言ったように、奴隷として生きるしか道がなかったのだろう。
『わるい人たち』の悪あがきから、火事以前のミストの日常が垣間見えて。
リディアはものすごく気分が悪くなった。
『わるい人たち』が広場から消えてから。
ミゼルが後ろを振り返り、上座に座るセシルたちに深々と頭を下げた。
「みなさまには、一村の内輪もめをお見せしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
ミストの恥部をお見せした謝罪を言い終えてからも、ミゼルは頭を下げたまま。
「頭上げてください」
「気にするでない」
「どこでもこういうことはあるよ」
「……貴重なご意見をいただき、誠に感謝致します」
セシルたちから労いの言葉をかけられ、やっと頭を上げた。
そして、体の向きを変えて観衆に向かって大きな声でこう話した。
「大変見苦しいものをお見せして申し訳ないです。昔のミストはあれが常でして、魔法が使えない……特にゼロは、ここから逃げるか、とても肩身の狭い思いをしながら生きるしかありませんでした」
「あんた、あんな人たちと一緒によく生きてこれたね」
「もしかして、ずっと下剋上狙ってたのか?」
「いえ。ぼくは昔も今も変わらず『住民は出来る限り平等であれ』を持論としています。ゼロも召喚士も関係ないミストが理想です」
リディアには、ミゼルが下剋上を狙っていたようには思えない。
仮にそうだとしたら、村長になってすぐ保守系先住民を追放していただろうし。
9年もの間、キロンたちに好き放題言わせなかったはず。
「すごいなあ……」
「リディアの扱い見てりゃわかるじゃない」
「もしリディアが村長になりたいって言ったらどうすんだ?」
「いつもと同じで、みなさんの判断に任せます。まともなことを言えば信任して、ミストをお菓子の村にするとかしょうもないこと言い出したら、不信任突きつけて村長失格って教えてやればいいんですよ」
「お菓子の村、言いそうー!」
「みなさんもよくご存知だと思いますが、本人ものぐさですから村長にはならないでしょう」
「さすが後見人!」
「よくわかってるねえ!」
みんながげらげらと笑い出して、リディアは恥ずかしくてたまらない。
上座に座るお三方に視線を向ければ、ヤンが苦笑を浮かべていた。
セシルはにこにこ。そして、ギルバートは身体を震わせて笑いをこらえている……。
(おとぎ話じゃないんだから!)
セシルたちの前で、失礼な例えようをしてくれたものだ。
恨みがましくミゼルをにらんだが、無視された。
「村長の資質に限りません。どんな場合でも決め手は国王さま方もおっしゃられた『心』です。そこさえ抑えておけば、この先、どんな形であれ、ミストは良き村として続くと思っています」
ミゼルが話し終えると、住民たちから大きな拍手が起こる。
まるで演説のようなそれに、心にきたものがあったのだろう。
もちろん、リディアも拍手した。
(ミストや住民を思う『心』を持ってる人じゃないと、村長さんは出来ない!)
アドニスが帰郷するまで。不満を持って故郷に帰る移民はほとんどいなかった。
ミストには法律を設ける必要がなかったぐらい、平穏だった。
それは、ミゼルが村長だったからに他ならない。
§
「——それでは、最後に今後の予定を説明しまーす」
もともと魔法漏洩の犯人は、自己処罰に加えて。
ミストの全てのお宅を回って、謝罪行脚することになっていた。
ところが、いざ調べてみたら悪質な余罪が多かった。
当初の処罰を取りやめにしようと思ったが、現状ミストは裁きの場所どころか法がない。
ミゼルは悪質な犯人たちをどう扱うか、しばらく悩んでいたという。
「それでですね。こちらにあらせられるバロンの国王さまに相談したところ……なんと! 『兵も牢も貸してあげるよ』とおっしゃってくださいました!」
「すげーなあ」
「太っ腹だね!」
「ありがとう!」
なんとセシルが、裁きや償いの場所や人材の提供を申し出てくれたという。
それも無償で……。
—— —— ——
今から『わるい人たち』は、バロンに連行。処罰を下されるまで拘留される。
ミストでは本日の夜。6名の処罰を決める話し合いを行う。
村長ミゼルに加えて、くじ引きで選ばれた住民20名。
アドニスの被害者リディアとライザ。計23名で話し合う。
その際、感情に任せて過度な刑罰を下しやしないか。
バロンから法律の専門家にお越しいただき、立ち会ってもらう。
そして、明後日3日の午前中。
バロン城でセシル立会いの下、『わるい人たち』に処罰が申し渡される。
—— —— ——
「犯人最後の悪あがきを見たい人は、3日朝9時に発着場に集まって下さい。行きの交通費は村で負担します。みんなで一緒にバロン城に行きましょう」
「お、おい……! わしらも行くぞ!」
「酒場寄って帰れるな!」
「終わったら祝杯だー!」
交通費半分負担かつ、場所がバロンとわかるやいなや。
東側に座る、呑んだくれおじさんたちが目の色を変えた。
(どうせ、その日の夜もみんなでお酒飲むんでしょ……)
おじさんたちは、既に朝からスキットルに入れてきた酒を口にしつつ。
酔っ払いながらアドニスたちに野次っていたぐらいだ。
—— —— ——
今日から3日間。黒魔法講座と『学習』は特別にお休み。
4日からは通常通り。
10日に行われる月前半の寄合で、この3日間の総括と今後について話し合う。
—— —— ——
ミゼルが近日の予定を話し終えると、観衆に向かって一礼した。
「長時間お付き合いいただいて、みなさん本当にありがとうございました。最後にくじを引いてからお帰り下さい。引いて損はしませんから!」
無事にとは言えないが、最後はほぼ和んだ雰囲気でミスト初の集会が終了した。
その直後、ラルフが大きな箱を持って現れた。
「みなさーん、帰る前にこれを引いて下さい。おまけもありますよー!」
くじを引いて帰るように、みんなに声をかけている。
「いいなあ、バタースコッチ……」
住民がラルフの元に一斉に集まり、くじを引いてから。
おまけ——紙袋を手渡されて、いそいそ帰っていく。
リディアは羨望の視線で、その様子を見ながら本音をこぼした。
紙袋の正体は、バタースコッチキャンディと呼ばれるお菓子。
その名の通り、バターをふんだんに使ったあめだ。
様子を見る限り、バタースコッチはくじを引かないともらえないらしい。
リディアとライザは、話し合いの参加が既に決まっている。
くじ引きする必要がない。ということは、バタースコッチキャンディをもらえない……!
「それぐらい、お家で作れるでし」
「——自作じゃだめなのっ」
「っ!?」
「あれ……すごく有名で、美味しいあめなんだよ!?」
呆れたような表情を見せるライザの服をつかんでまで。
リディアはくじ引き除外にされた自身を嘆く。
ラルフは今、あるマークが入った紙袋をみんなに配っている。
花びら8枚のマークはバロン領内の某農場製、大人気バタースコッチの目印だ。
(自作は絶対にやだっ!)
一度このバタースコッチを食べたことがあるが。
あんな濃厚なバター風味……自作では再現出来ない。
そもそも、自作したら煮詰めすぎて鍋を焦がすオチしか見えない。
焦がした鍋を洗うなんて、面倒臭くてたまらない。
「いつもアイスは余分に発注してるでしょう……?」
「よ、夜の話し合いが終わったら分けてもらえるかな??」
「たぶんね。それまで待っていなさいな」
「はーい」
住民に配布するものは、足りないより余る方がいい。
ミゼルはそれをモットーにしている。
だから、バタースコッチも多めに購入しているかもしれない。
取り分をなんとか確保できそうで、胸をなでおろしていると。
集会に現れなかった、ある人物をふっと思い出した。
「旦那さん……」
「え?」
「旦那さんも、今日来なかったね……」
ライザの主人も不参加だった。
時折、周囲を見回したけれど、のぞきに来た気配すらなかった。
(人が多かったからかな?)
ライザの主人は『静かで平和だから』と言う理由で、ミストに移住を決めた。
それぐらいには、今日のような人の多い場所が好きではない。
ベスとユノは、音や人の気配に敏感。
それは、主人譲りだとライザから以前聞いたことがある。
「いいのよ。昨日で気が済んだし……アドニスの顔見たくないって朝話していたから」
「……そう」
「ここに来なくて正解だったわ。あんなこと聞かされて、どうなっていたかわからないもの」
主人がアドニスに何をするかわからない。ライザはそう言いたいようだ。
愛する妻を傷つけようとした。しかも、反省する素振りすら見せなかった。
—— —— ——
昨夜遅く。ライザがベスたちを寝かせてから、リディアの自宅にやってきた。
複雑そうな表情で、ミゼルが自宅へ謝罪に来た時の状況を教えてくれた。
主人が責めたのは、犯人のアドニスよりもミゼルだったという……。
もし、ライザの身体に重大な障害が残っていたら。
それこそアドニスの思うつぼ——家族を連れてトロイアに帰る——だったはずだ。
—— —— ——
(やっぱりあたしも、おじちゃんと一緒にライザのおうちに行けばよかった……)
そうしたら、ミゼルが一方的に責められることはなかったかも。
先ほどの唾吐きをはじめ、『わるい人たち』からの中傷……。
ミゼルはひとりで、いろいろ抱えすぎている。
「今から大変でしょうけど、がんばってね」
「大丈夫。おしゃべりするだけだもん。……あっ」
リディアとライザの元に、真っ黒黒の忍者が近付いてきた。
(本当に、アリサが苦手なんだな……)
アリサにはツクヨミよけの効果があるようだ。
ツクヨミは、いつもリディアひとりか。ライザとふたりの時にしか声をかけてこない。
『——おふたりとも、お疲れ様でした』
「ツクヨミさんこそ、ずっと立ちっぱなしでお疲れ様でした」
「もう帰っちゃうの?」
『ええ。夕方から仕事ですから』
「そう……」
『おふたりは、この後いかがなされるのですか?』
「わたしは夜まで家族と。リディアはこれから忙しいの。……ね?」
「うん」
ツクヨミへ、この後の予定を話してあげた。
—— —— ——
国王さまたちは、リディアの自宅でお昼ごはん。
その間、彼らの護衛には外で待っていただいてもらう。
お昼ごはんは、ジャンヌやミネルバほか数人の女性たちが。
集会を途中で抜けて、リディアの自宅で準備してくれている。
昼ごはんをとった後は、リディアの案内でミストの視察。
それが終わってから、国王さまたちはそれぞれの国へお帰りになる予定。
夜は、ライザと一緒に処罰決めの話し合いに参加することになっている。
—— —— ——
「わたしのおうちに遊びに行きたいってみんなが希望したから、ここで集会を開いたんだって」
『そうですか。旧交を温めるには良い機会ですね』
「あのぉ……」
『はい?』
先日交わした約束を、まだ覚えてくれているだろうか?
そう思いながら、ツクヨミを見上げながらこうたずねた。
「7日、ここに来てくれる?」
『ええ、もちろんですとも』
「よかったぁ、覚えててくれたんだ……!」
『忘れませんよ。僕はあなたの『恋人』ですから』
恋人の部分だけ強調したツクヨミに、リディアは晴れやかな笑みを見せた。
嬉しさと共に、もやもやとしたものが湧き上がったけれど。
偽装だろうが、何だろうが。ツクヨミはリディアの『恋人』。
その場その時で、素直に喜んでおかないでどうするの精神だ。
「じゃあ、またごはん準備して、ここで待ってる」
『はい。楽しみにしております。——では、これで失礼いたします』
リディアたちに軽く一礼してから、ツクヨミが背を翻して南の出口へと向かった。
「今日は、しゅん! って、消えなかったねぇ」
「これだけ人がいたら出来ないわよ」
いつもなら、ひとっ飛びして目の前から消え去るのに。
そう思いながら、ツクヨミを見送っていると。
ライザが怪訝そうな表情で「ねえ、リディア」と声をかけてきた。
「え?」
「朝、どうだったの?」
「——ビンゴ」
「やっぱり……!」
ライザに問われて、リディアは肩をすくめながら答えた。
今は『防音結界』を張っていないから、はっきりと言及できないけれど。
たった一言でも、ライザとは意思の疎通は可能だ。
—— —— ——
昨日、いろいろな出来事が起こったおかげで。
現在リディアとライザは、ある秘密を共有している。
集会が始まる前に、ツクヨミに観測気球を飛ばした結果。
疑惑から確定——ビンゴに昇格した。
—— —— ——
「アリサが聞いたらブチ切れちゃうね」
「話したら、今度こそエブラーナ城に乗り込みそうよね」
「ステラ連れてでも行くと思うんだ……」
「まだ当分動けないわ。しばらく様子を見ましょう」
「うん……」
アリサに話すかどうか。ふたりはとても悩んでいる。
それぐらいには、この秘密は先月の妊娠疑惑以上の爆弾内容である。
「でも、最後までここにいてくれてよかったじゃない」
「……ミストのことが心配でたまらなかったんだろうね」
「ばかね。ミストじゃなくて、あなたよ」
「ふふ、そうかも」
「っ、さっきのあなた。すごく嬉しそうな顔してたわよ?」
リディアとライザは、互いに顔を見合わせてくすくす笑った。
あの人は、リディアに関わる問題を放置して帰る訳がない。
そのことは、ふたりの間で太陽が東から西に沈むかのごとく。
決して揺るがない共通認識になっている。
「……あの人のことも、ミストが落ち着いたらまたお話ししましょう」
「そうだよ。今はそれどころじゃないも」
「——おーい! リディアさぁーん! そろそろご案内してあげてー!」
「あっ!?」
「みなさんお腹ぺこぺこだってー! 餓死させちゃまずいでしょー!?」
ミゼルから大声で呼ばれて、肩越しに見やれば。
北側に座っている国王さまたちが全員、苦笑を浮かべている。
ミゼルの茶化しに、もう寛容を示すとは……早すぎる。
「いっ、今からそっち行くからー!」
(ばか! セシルたちがぺこぺこ言う訳ないじゃない!)
まだ広場に残っている住民に笑われながら、ミゼルに大声で返事した。
「わたしもお家帰らなきゃ。——それじゃあ、また夜にね」
「うん、お疲れさま」
互いに軽く手を振り、ライザが南の小道へ向かう。
そして、リディアは自宅へご案内するために。
広場の北で待つ、セシルさまたちの元へ向かったのであった。
本日から始まった『ミストの大掃除』は、3日の処罰宣告で終わる。
それまでリディアは一住民として、ミストを最優先に考えなければいけない。
いけないのに、ついつい余計なことを考えてしまう……。
(エッジ……本当にあの子でいいの……?)
.