※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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自慰場面あり


友達でいいから ※

 

 

——10の月23日 夜9時すぎ

 

 

 明日も朝から公民館でのお仕事が待っている。今日も早く休まなければ。

 

 リディアは夜着の上にストールを羽織り、家中を往復。目視で戸締まり確認を始めた。

 ちなみにストールは、アリサからのいただき物(お古)である。

 

「……うん、掛かってる」

 

 戸締まりを終えて、外に繋がる壁にそっと触れれば。

 微弱ながらも、ぴりぴりと魔力——結界が張られているのを感じとった。

 

(これでもう安心。寝よう)

 寝室へ向かうため、居間の明かりを消そうとしたところ。

 

「リディアー! まだ起きてるー!?」

「……ありゃ」

「遊びに来てやったわよー!!」

「ええっと……【……」

 

 こんな遅い時間から大声を上げるような人物は、ひとりしかいない。

 もっとも、リディアの自宅はぽつんと一軒家。近所迷惑とは縁がない。

 

「……】いらっしゃい」

 

 自宅に張ってあった結界を解いてから、玄関を開ければ。

 アリサが、すやすや眠ったエスタを胸に抱いている。

 

「結界解いてたのねー」

「うん、遅くなってごめんね」

「いーえ。毎日張ってるんでしょー? 偉いわねー」

「『青ばら』捕まるまでは、張らないとおちおち眠れないよ」

「そうね、ギルバート様も現役引退のピンチだし、早く捕まってくれないかしらー」

 

 今をときめく(?)『青ばら』は、1点ものが大好きな窃盗団。

 リディアの服も、幻獣界製の1点ものとして有名である。

 『青ばら』に襲われないように、夜になると結界を張っていた。

 

「アリサも徘徊ごくろうさま」

「どういたしましてー」

 

 アリサの娘ステラは、生後2か月の赤ちゃん。

 夜や深夜に突然泣きだすことが多く、お兄ちゃんたちの迷惑にならぬように。

 アリサはこうしてステラを連れて、集落をよく歩き回っている。

 

「はい、こーれ」

「あっ」

 

 アリサからさっと紙袋を差し出された。

 中にはいつものように、アリサが買い占めた書籍が数冊入っている。

 

「昨日渡すの忘れてたのー」

「わざわざ持ってきてくれたんだ……ありがとう」

 

 アリサから紙袋を受け取った。

 これを持ちながら『あー、よちよち泣かないでー』と。

 ここまでミストを徘徊していたと思うと申し訳なくなってくる。

 

「どうぞ、中入って」

「はーい。おじゃましまーす」

 

 アリサはそう言いながら、リディアをよそに一目散に居間机へ。

 ステラを抱っこしたまま、椅子に座った。

 

 そんな無遠慮さを見せる親友に苦笑してから。防犯対策に、再び結界を張り直したのであった。

 

§

 

 あと1週間もすれば、11の月。温かい飲み物も飲み頃である。

 

「はい、お待たせ」

「ありがとー」

 

 紅茶を淹れてから、アリサの対面に座って一緒に飲み始めた。

 

「はぁー、美味しーわー。誰かに淹れてもらうお茶は格別ぅー」

 

 先に一口すすり終えたアリサが笑う。

 

「……毎日大変だね」

「あんたのおかげで、大分助かってるわよー?」

「へへっ、わたしもアリサ来るのたのしみにしてるんだ」

 

 アリサは自身と娘を『徘徊母娘』と称している。

 そんなふたりがよく自宅にやってくるようになったが、リディアは大歓迎であった。

 

 おしゃべりした勢いでベットに潜れば、充実感に浸りながら眠れる。

 何よりアリサやライザは、夫や子どもがいる主婦。寄合か演奏会かお泊まりか……。

 夜に会うこと自体、年に数えるほどしかないから。

 

「ほんとー? じゃあ、あたしとこれから毎晩深夜デートしてくれるー?」

「残念ー。寝てるからむりだよぉ」

 

 冗談みえみえの深夜デート——徘徊のお供のお誘いに。笑って返してあげた。

 

(口は悪いけど、要所要所でわきまえてるもん)

 アリサの言動は高飛車。一方、行動は意外にも常識的である。

 リディアが寝ている時間——深夜早朝の訪問は避ける。

 しかも、ステラが眠っている時にしかここに来ない。

 もっとも、アリサがわきまえる対象は家族か気心知れている者限定だけれど。

 

「いっそのこと、あんたを養女にしてもいいんだけどねー」

「……っ、いっしょに暮らしたらこんなこと出来ないよ」

 

 養女縁組のお誘いに、思わずぷっと吹き出してしまった。

 上から目線が、いかにもアリサらしくて。

 

「ここは離れにしとくのよ。あんたとは別居ー」

「遠くない?」

「そーかしら? ま、今すぐって訳じゃないしー。年寄りになってからでいいから、前向きに考えといてよー」

「うん、ありがとう……」

 

 最近アリサは、よくリディアに養女縁組を持ちかけてくる。

 冗談にも聞こえるが、本人はかなり本気だ。

 

 —— —— ——

 リディアは独身のまま、ミストで一生を終える決意を固めている。

 このままでは孤独な老後を迎えてしまう。

 アリサはそう考えた結果。養女縁組を思いついたらしい。

 —— —— ——

 

 残念ながら、リディアはアリサと家族になるつもりはない。

 それでも気遣ってくれることには、とっても感謝している。

 おばあちゃんになってもアリサとお友だちでいたい。

 

§

 

「ねー、リディアー」

「なに?」

「……今日ライザに会ったー?」

 

 アリサが突然、神妙な表情に変わった。

 

 リディアとアリサは、普段悩みとあまり縁がない。

 けれどふたりは、現在もうひとりの親友のことで頭を悩ませていた。

 

「ううん……アリサは?」

「だめねー。朝も鬼ばばあ来てたしー」

「ごはん作らないのに来てたの!?」

「代わりに買い物に来たのよー。あんたは公民館だけど、あたしはフリーだしー」

 

 2日に1回、野菜や食料品を売りに行商がミストの集落にやってくる。

 本日も朝から訪れていたはずだが。

 まさか、ライザの代わりに鬼ばばあが来ていたとは……。

 

(買い物もさせてもらえないなんて、ひどい!)

 昔からリディアとアリサは、ライザから鬼ばばあの愚痴をよく聞かされていた。

 アリサの話を聞いて、その光景が脳内にありありと浮かんできた。

 

「『ライザさぁん? 食材買って来てあげたわよぉ? 今日はこれ使って夕食作りなさぁい??』」

「ぶっ……! 似てるじゃなーい!」

「それで、ごはん食べながら『ライザさぁん? これ、塩気が多いんじゃないかしらぁ? 息子と孫が身体壊したらどうするのぉ??』って、ねちねち言ってたんだっ!」

「っ、あはははっ! あり得るからこわいわぁー!」

 

 リディアが、鬼ばばあの嫌味ったらしい口調を真似てみれば。

 アリサが身体を震わせて大笑いしてくれた。

 

 誰かさんほどではないけれど。リディアも身近な人の真似っこは得意なのだ。

 

「はぁ……」

 

 笑いがおさまり、アリサがため息をついてしまった。

 リディアも釣られて表情を暗くしてしまう。

 

「……まさか鬼ばばあがこっちに戻ってくるとはねー」

「旦那さん……マザコンなのかな?」

「たぶんね。どーせ、旦那がライザたち見張っててくれって頼んだのよー。鬼ばばあも息子に頼られてうっきうきでしょーよ」

 

 鬼ばばあとは、ライザの夫の母——姑のことである。

 アリサは普段、蔑称で呼んでいる。ただ、ライザの前では一応『お義母さん』と呼ぶけれど。

 

 —— —— ——

 この夏、鬼ばばあは実家のあるトロイアに帰ったはずなのに。

 10日ほど前に、またミストに戻ってきた。

 それ以来、ライザはひとりで外に出てこない。

 ベスとユノも、あれだけ仲が良かったノアと休みの日に遊ばなくなった。

 ジャンヌからそんな話を聞いていた。

 —— —— ——

 

「わたしたちと会わせてくれないってひどいよ……」

「外にもろくに出られないし、担当者も辞めさせられてさー。どう見たってあの旦那、ライザたち連れて脱出する気満々じゃなーい」

「そんなのいやだよ……!」

 

(ライザたちは、かごの中の鳥じゃないよ!)

 鬼ばばあがミストに復活して以来。

 リディアとアリサは、ライザと話が出来なくなってしまった。

 

 —— —— ——

 ライザたちは鬼ばばあに監視されている。

 そう思って、ふたりで何度もライザの自宅へ行った。

 ところが、玄関先に必ず鬼ばばあが現れて、門前払いされてしまう。

 

 ある日、鬼ばばあの背後にライザが立っていた時があった。

 泣きそうな顔で『ごめんなさい……』と言いたげ。その姿がまた胸を痛ませた。

 

 そんな中、月後半の寄合が3日前に行われた。

 もちろん、ライザは欠席。

 そこで、白魔法の担当者がライザからミネルバに替わると発表された。

 ラルフによれば、寄合の前日。ライザが『家庭の事情』という理由で辞意を伝えにきたという。

 —— —— ——

 

(あれだけ熱心に通っていたのに……)

 寄合の翌日から、ライザが白魔法講座にも来なくなった。

 リディアは本日、ミネルバからそう聞いたばかりであった。

 

「つーかさ。今時『女は黙って家のことだけやってりゃいい』ってどー思うー?」

「理解出来ないよ。そんな時代、もう終わってるもん」

 

 ライザがこんな状況に陥ったのは、夫婦それぞれ生き方にズレが出来たから。

 白魔法の担当者として、魔法を習得しながら普及につとめたい。

 ライザはそう張り切っていたが、夫は古い考えの持ち主だったようだ。

 しかも、ライザの夫は妻を過剰に束縛する人間だったから。

 リディアとアリサは、そう結論付けていた。

 

「そーよねー。あんたは働く女代表だもんねー」

「そうそ」

「——面倒くさがりで、姑と同居したら即離婚だから、理解以前の問題かもしれないもんねー?」

「うっ……」

 

 リディアは至れり尽くせりを愛する人間である。

 アリサに図星をぐっさぐさ突かれてしまい、息を詰まらせるしかない。

 

(ひ、人のこと言えないでしょ……!)

 即離婚コースに陥りそうなのは、自分だけでないはず。

 ぐっと息を呑んでから、アリサにこう言い返してやった。

 

「っ、ア、アリサも、追っかけ出来なくなるからいやでしょ?」

 

 アリサのライフワークである、ギルバートの追っかけほど。

 家庭や夫婦の間にひびが入るものはないだろう。

 

「当たり前じゃない!? 本人がそうじゃなくてもね。家族が古くさい考えの人間だったら、全員こっちから願い下げよー!」

 

 まくしたてるように話したアリサの胸元をちらりと見ると。

 ステラがすうすう寝息を立てている。

 

(一度寝ると起きない子なんだよね)

 そばで大人ふたりが、大きな声でぺちゃくちゃしゃべっているにもかかわらず。

 いつもステラはすやすや。将来大物になる予感がする。

 

「旦那さんが、あんな心の狭い人とは思わなかったなあ」

「あたしは前からあやしいって思ってたけどねー」

「ええ!? いつから?」

「……もともと、ここに住むって決めたの、旦那でしょー?」

「うんうん」

「なのに。寄合も行事も近所付き合いも、全部あの子に押し付けちゃってさー。あんたのしもべの方が、よっぽどミスト貢献度高いわよー」

「……旦那さん、花火の日以外に見たことないなあ」

「あたしもないわー。ラルフと大違いねー」

「ラルフさんの爪の垢、煎じて飲ませてあげたいね」

「それだけじゃ足りないわよー」

 

 ライザの夫はミストになじんでいても。住民と全くなじんでいなかった。

 たまに現れるあの人の方が、よっぽどなじんでいる。

 

「それで、嫁が変わったのは、あたしやあんたにミゼルさんのせいって思い込んでるんだから困ったもんよー」

 

 —— —— ——

 はじめのうち、ライザは寄合や行事に嫌々参加していたという。

 程なくして、リディアやアリサと仲良くなってから。そういったことを一言も言わなくなった。

 ついに今年、白魔法導入を思いつき、署名を集めにミストのお宅を回った。

 夫以上に、ミストに深く関わるようになっていたのに。

 

『あの子はミストのことをしっかり考えてくれるいい子だね』

 

 親密ではないけれど、住民からそう高く評価されていたのに……。

 —— —— ——

 

「わたしたち、旦那さんたちからどう見られてるのかな?」

「……そーね。妻を悪の道にそそのかす悪魔ってとこかしらー」

「っ、何それ!?」

「今の強引なやり口見なさいよ。悪魔祓いのノリと変わんないわー」

 

 ライザの夫を、アリサがエクソシストと暗に例えた。

 悪魔扱いされるなんて面白くないけれど。

 それぐらいリディアたちは、ライザの夫から毛嫌いされていると言うことだ。

 

「ライザ、お家のことサボってなかったよね」

「ないない。あの子はあたしたちとは違うものー。真面目すぎて下手したら病んじゃうタイプよー?」

「わ、わたしもアリサ側!?」

「あんたも真面目だけど、手を抜くとこはがっつり抜くでしょー?」

「っ、はい……」

「正直ね。こうなったのは旦那の自業自得でもあんの。でも、旦那は自分のせいって認めたくないから、あたしたちのせいにしてんのよー」

 

 アリサの真っ当なご意見に、黙ってうなずいた。

 ライザの夫は一方的に意見を押し付けるだけで、妻の言い分は無視。

 

 —— —— ——

 ライザの夫の身勝手な本性を、リディアたちは最近知ったばかり。

 きっかけは、先月の終わりだった。

 ステラを寝かせるため。アリサが夜、ミストの集落を徘徊していたら。

 ライザの自宅から、大喧嘩しているような声が聞こえてきた。

 

 翌日。リディアとアリサは『何か隠してるでしょ?』とライザにたずねた。

 すると、彼女はこう打ち明けてくれた。

 

 アドニスの暴行事件が起こってから。ライザの夫は、リディアやアリサにミゼルなど……。

 ライザが外へ出ようとする要因となった人物や、ミストそのものを嫌うようになった。

 

 白魔法なんか習うな。担当者も辞めろ。ライザにそう迫ってくる。

 挙句の果てに、夫は故郷のトロイアへ帰ろうと言い出した。

 

 ミストに残りたい。白魔法を覚えたい。担当の仕事も続けたい。

 当時ライザは、泣きながらリディアとアリサにそう訴えていた。

 —— —— ——

 

 それ以降、リディアとアリサの中で、ライザの夫の株が急降下。

 とどめとばかりに姑——鬼ばばあが戻ってきたものだから。

 現在は地の底を這っているような状態。いつ地面を掘り始めてもおかしくない。

 

「それにさー。夜だって、ほら……あれ……」

「『黙ってろ』?」

「それそれ。普通男って征服欲を満たすために、相手の女にあんあん言わせてんのに、なんで黙らせるー?」

 

 ライザは前々からリディアたちに、夫婦の営み中の悩みをこうこぼしていた。

 

 —— —— ——

 毎回主人から『黙ってろ』と言われる。

 だから、セックス中は声を出さないよう、必死で我慢している。

 —— —— ——

 

「お義母さんに聞かせたくないからって訳じゃなさそうだよね」

「それ聞いた時、びっくりよー」

 

 更に驚いたのが、姑がミストから去ってからもその習慣が続いていたことだ。

 

「『黙ってろ』って言われたことある?」

「ないわよ。あいつそういうタイプじゃないもーん」

「そうだよね……」

 

 ラルフは女性を大切にするフェミニスト。

 女性をないがしろにしたり、圧を掛けるようなことは言わない。

 

「あんたはどうなのー?」

「え」

「あいつに無言プレイ強要されたことあるー?」

「なっ……!?」

 

 エッジと夜の関係を結んでいた間のことを。

 不意打ちのごとくアリサがたずねてきて、かああっと顔が熱くなる。

 

「そ、そんなのある訳ないでしょっ!?」

 

 昼も夜も卑猥なことを惜しげもなく口にするアリサへ。

 声が引っくり返りながらも全力で否定した。

 

「そーでしょー? プレイの一環ならわかるけどさー。毎回それで、あの旦那が満足できてたってことは、歪んだ性癖って思ってー」

「ああ……」

 

 アリサは、性癖からライザの夫の人となりを怪しんでいたようだ。

 男性が無言はまあわかる。しかし、女性が毎回無言は、確かに変だ。

 

「ベスとユノはどう? 公民館にきてるでしょー?」

「全然元気ないよ。昨日ふたりに聞いてみたんだけど、お父さんが怖いし、ミストから離れたくないって……泣いちゃった」

 

 昨日講座が終わってから。リディアは控室でベスとユノに話を聞いてみた。

 ふたりとも、お母さんと全く同じ意見だった。

 いつトロイアに連れていかれるか恐れていて、わあわあ泣いていた。

 

「やっぱりねー。あんたとお別れなんて……あの子たちも嫌に決まってるものー」

「それもあるけど、もうすぐベスがシルフ喚べそうなの」

 

 ベスとユノの夢は、シルフを召喚すること。

 姉のベスが、いよいよシルフと交流し始めようかというところまできている。

 

「えー? ミスト離れたら覚える機会なくなっちゃうじゃなーい」

「たぶん、白魔法も黒魔法もね……」

「やだ……子どもを不幸にさせてどうすんのよー」

 

 トロイアに帰ってしまうと、あの主人や姑のことだ。

 今後は召喚術どころか、魔法なんか覚えなくていい。ベスたちにそう命令しそう。

 

「あ、そうだ」

 

 シルフと聞いたからだろう。アリサがそう口にすると。頭を軽く下げてこう言った。

 

「オリバ、たまごにしてくれてありがとーね」

「いいえ、どういたしまして」

 

 お礼を述べてくれた一保護者へ、リディアも指導者として頭を下げた。

 

 先日、オリバがやっとチョコボと契約を交わした。

 9年ぶりに、ミストに召喚士のたまごが誕生したのだ。

 

 オリバはこれからも召喚士への道を突き進む気満々である。

 次はイフリートかラムウ。どちらと交流しようか悩んでいる。

 

「いっそのこと、離婚しちゃえばいいのにねー」

「ライザに直接言ってあげたいよ……」

 

 もう離婚して、ミストに留まれ!

 リディアたちは、ライザにそう言いたくてたまらない。

 夫や鬼ばばあにも『帰りたかったら、あんたたちだけで帰んなさいよ!!』と言ってやりたい。

 

 仮にライザが離婚すれば、リディアとアリサは出来得る限りの協力を惜しまない。

 リディアも母子家庭だった。しかし、周囲の援助のおかげで難なく暮らせていた。

 働き手を失っても、ミストなら生きていけるのに……。

 

「そこなのよー。他人の家庭って、なかなか首を突っ込めないのよねー」

 

 リディアとアリサの思いと裏腹に、ライザは離婚をほのめかしたことはない。

 離婚しろと迫ろうにも、現状ライザと話すら出来ず、どうしようもない……。

 

§

 

「そういや、最近しもべ見ないわねー」

「忙しいの。来月……えっと、15日まで来れないって」

「次、何作るのよー? そろそろネタ切れでしょー」

「チーズフォンデュ。リクエストしてもらったんだ」

「へー。見た目と違って洒落たもんチョイスするのねー」

 

 アリサにうなずいてから、すっかり冷めてしまったお茶をすすった。

 

(若い頃に食べたことがあるのかな?)

 チーズフォンデュは、ダムシアンの家庭料理。

 エブラーナ出身のあの人とは、あまり縁がない。そう思っていたから。

 チーズフォンデュをリクエストされた時は意外に感じた。

 

「だったらさー。ラルフの実家からチーズ取り寄せてあげよーか?」

 

 アリサがお茶をすすってから、ステラを潰さない程度に前のめりになって、そう言った。

 

「いいの!?」

「ただし、具はそっちで揃えるのよー?」

「やった! お代金、後払いでいい?」

「そうねー……あんた、今『傘要らずの魔法』作ってんだっけ」

「うん」

「それ作ってくれたら、チャラにしてあげるわー」

「あ、ありがとう……!」

 

(大盤振る舞いだあ!)

 何とも太っ腹な親友にリディアは満面の笑みでお礼を述べた。

 魔法ひとつでチャラとは。さすが、アリサさまだ。

 

 —— —— ——

 アリサはゼロでも習得可能な白魔法も含めて、魔法を一切覚える気がない。

 リディアや息子オリバの魔法があれば十分。普段から本人はそう豪語している。

 ミストの大掃除での集会でも、観客やアドニスたち。そして、ギルバートの御前で堂々とこう宣言した。

 

『魔法を覚えないまま、ここで死ぬのが、あたしの目標なの。別に魔法使えない住民がいたっていいでしょー?』

 

 魔法がなくても生きていける。

 アリサはそんな自信を持つ、とても強い女性なのだ。

 —— —— ——

 

「ひひー」

「なによお」

「こーんな綺麗な指輪もらっちゃってー。うらやましぃー?」

 

 アリサがにんまりしながら、こちらにひょいと手を伸ばすと。

 右手をつんつんつついてきた。

 

 つつかれた先……リディアの右手の小指に彩りを添えるのは。

 緑の4粒石で模した小さな四つ葉のクローバー。

 

 —— —— ——

 ミストの大掃除が終わってからも、あの人と偽装恋人関係を続けるかどうか。

 リディアはものすごく悩んだ結果、継続することに決めた。

 

 ミネルバが思いを寄せる、アルベルトへのカモフラージュ目的もあったけれど。

 あの人とごはんをいっしょに食べる習慣を、どうしても捨てたくなかった。

 

『ツクヨミさんとわたし、どっち「も」気が済むまででいいんじゃないかな?』

 

 どっち『か』ではなく、どっち『も』なら。

 自分は気が済みそうにないし、当分一緒にいてくれる。

 そう思って、こちらにとても都合のいい条件を提示した。

 

 にもかかわらず、あの人は条件を喜んで受け入れてくれた。

 しかも、後日。継続記念にダミーリングを贈ってくれた。

 今小指につけている指輪がそれだ。

 

 リディアとは偽装恋人関係にしか過ぎない。だから、薬指ではなく小指用の指輪を。

 緑の宝石で有名なエメラルドではなく。リディアの色に近くて、夜でも輝くペリドットを。

 どうせ、リディアに断られる。そう考えて先回りして、男ひとりで宝飾店へ行って。

 サイズが多少曖昧でも問題ない、隙間が空いたフォークリングを買ってきてくれた……。

 

 配慮され尽くした指輪をいただいて、すごく嬉しかった。

 もちろん、毎日肌身離さずつけている。

 —— —— ——

 

(本当は、手の甲へ口付けしてもらいたいんだけどな……)

 偽装恋人関係でしかないから、リディアがそれを必死で我慢しているなんて。

 あの人は気付いていないはず。

 

「アリサも指輪たくさん買ってもらってるじゃない……」

「んー、今はこれしかつけてないけどねー」

 

 自身の左手の薬指を見つめながら、アリサがそう口にした。

 彼女の指を飾るのは、一粒大のルビーを埋め込んだ指輪。

 

(貢がせたなんて言ったら、怒られちゃう)

 アリサは結婚前から、ラルフにたくさん宝飾類を買ってもらっている。

 ルビーの指輪はそのひとつだ。

 

「でもさー。ダミーリングなのに、どうして薬指じゃないのー?」

「だって……薬指は恋人や旦那さんからもらうものだし……薬指だったら返してたよ」

「ばっかねー! 後で売れるんだから、遠慮せずにもらえるもんはもらっときゃいいのよー!」

 

(あ、あざとすぎる……!)

 仮にラルフと結婚していなかった場合。

 将来お金に困ったら、それまで彼に貢いでもらった宝飾類を全て質屋に入れる。

 そう言いたげなアリサに辟易する。

 

「だめだよ。ほいほい受け取ったら相手が誤解しちゃうもん」

「全く……! まどろっこしいことしてないで、しもべとさっさとなんとかなんなさいよー!」

「ツクヨミさんは友だちだもん」

 

(これでもう何回目だろう……)

 食傷気味ではあったが、アリサにいつもと同じ返事をした。

 前々からアリサは、しもべとくっつけと言ってきかないのだ。

 

 —— —— ——

 ジャンヌも、遅すぎる結婚指輪をミゼルから贈ってもらった。

 それぐらいには、小指でもダミーリングの影響は多大なものだった。

 

 偽装恋人関係だと知るアリサはさておき。

 ミストの住民は、リディアのダミーリングを目にするなり。結婚さながらに祝福してくれた。

 —— —— ——

 

(恋人になれたらいいのに……)

 リディア自身、そう思ってしまう時がよくあるけれど。

 欲張らずに、延々と偽装恋人を続けるつもりでいる。

 

「しもべ。あんたのこと好きなんでしょー?」

「断ったって前に言ったでしょ」

「諦めてないから、今でもここ来てんじゃないのー?」

「っ、何度告白されても……お断りするもん……」

「かーっ、もったいないわねー。見た目はうさんくさいけど、あんないい人いないってのにさー」

 

 アリサが不満そうな声を上げて、天井を見やった。

 

(だって、ツクヨミさんは……)

 アリサがじれじれする気持ちはわかるが。

 どうしても、あの人と本当の恋人になることは出来ない。

 

 —— —— ——

 あの人はリディアたち全員に、とても重大な秘密を隠している。

 リディアとライザだけは、そのことに気付いている。

 

 リディアはその秘密に気付いてから。あの人と一緒に過ごす時間を大切にしよう。

 そう思って、自ら偽装恋人関係——友人付き合い——の延長を申し出た。

 

 しかも、あの人。来年の秋に妻を娶ることが決まっている。

 どれだけ『本物の恋人になりましょう』と言われても。

 リディアは『偽装のままでお願いします』と答えるしかない。

 —— —— ——

 

「でも……」

「?」

「あんた。偽装始めてから、すごくいい顔してるのよねー」

「ほんと??」

 

 アリサに褒められた途端。さっと両手を頬に当てて、顔の感触を確かめる。

 

「いきいきしてるって言うか、充実してるって言うかー。いい女になったってことねー」

 

(あたしの顔から、幸せオーラがあふれてるんだ……!)

 アリサの言う通りだ。

 偽装恋人——友人のままだけど、一緒に晩ごはんを食べる。

 リディアはそれだけでも十分幸せだから。

 

「アリサに褒められるなんて、雨降りそう」

「ここは月末にしか降らないでしょー?」

「ふふ、そうだね」

「今のところは、それでよしとしときましょーかねー」

 

 運のいいことに、アリサがあの人の話題を早めに締めてくれた。

 どんな形であれ、リディアが充実した日々を送っていればよい。そう思ったのだろう。

 

(ごめんね……アリサ)

 本日もリディアは心の中で、アリサに謝罪した。

 

 —— —— ——

 ライザは、リディアの決めたことに何も言わない。むしろ応援してくれている。

 けれど、アリサはライザと違って、あの人の正体を知らない。

 

 仮に本当のことを打ち明けたら。あの人への評価は、白から真っ黒黒に変わるだろう。

 ステラを連れてでも、エブラーナ城に殴り込みに行くのは、ほぼ確実だ。

 

 それがきっかけで、あの人との関係が途切れるかもしれない。

 そう考えてしまい、アリサには本当のことを打ち明けられずにいた。

 —— —— ——

 

「……袋の中、見ていい?」

「いーわよー」

 

 紙袋から貸してくれた本を、1冊ずつ確かめるように机の上に置いていく。

 

「……うん、推理ものも入ってる」

 

(よかった! 明日から読もう!)

 事前に、読みたい本のジャンルをアリサにリクエストしている。

 今回もそれに沿って、お好みの推理小説まで貸してくれた。

 ただし、どんなジャンルでも性描写がある本だけは、お断りしていた。

 

「あんたは選り好み激しいから、チョイス難しいのよねー」

 

 だいすきな推理小説ですら、そういった描写があるものは。

 事前に『お願いだから、袋に入れないでちょうだい……』と伝えてある。

 アリサはそれが気に入らないのだ。

 

「お、っ……おとなのそういった小説がだめなだけじゃない」

 

(官能場面、エロシーンなんて恥ずかしくて言えないよぉ!)

 羞恥心から回りくどい表現で答えたら。アリサがきっとこちらをにらんできた。

 

「何カマトトぶってんのよ。エロシーンってはっきり言いなさいよー」

「うっ」

 

 リディアと違い、アリサは露骨な言葉もへっちゃらで口にする。

 

「四捨五入したら30だし、やることやってんだからさー。うぶなふりしても無駄よー?」

「ううっ……!」

 

 30歳手前かつ、処女卒業済の女が恥じらう必要ある??

 そう言わんばかりに、アリサに容赦なく突っ込まれてしまった。

 

(ま、まだ26だもん!)

 30歳手前は、アリサ(現在29歳)の方ではないか。

 そう不満に思いながら、最後の本を手に取った途端。大きく目を見開いた。

 

「あっ、『幸せの黄色いばら』だぁ!」

「今回はベストセラー入りも入れたの-」

「これ、そんなに売れてるの!?」

「感動ものなのよ。なかなか読み応えあったわー」

 

 今年の秋に出たばかりの本が、もうベストセラー入りとは。

 売れ行きがよほど好調な証拠である。

 

(『いつ如何なる時も君を護る』以来だ……!)

 某恋愛小説に続き、エブラーナ発の書籍ベストセラー入りは、これで2作目となる。

 ちなみにリディアは、性描写があるためその本を読んでいない。

 

「でも……どうして黄ばらなのかな?」

 

 ふと頭の中に浮かんだ疑問をつぶやいた。

 

「どういう意味ー?」

「黄ばらって、エブラーナじゃ人気ないんだよ。『幸せの赤いばら』にしたほうがいいんじゃないかって……」

 

 この小説を書いているのは、たぶんエブラーナ生まれの人物。

 けれど、エブラーナでは、花言葉のせいで黄ばらは不遇な扱いをされている。

 なのに、あえて黄ばらをタイトルに入れるなんて、何とも変な話。

 リディアはそう思ったのだ。

 

「ネタバレになるから言ーわなーい」

「えー? ならないように教えてよー」

 

 リディアは甘えたような声で、アリサに理由をたずねた。

 彼女は既に小説を読み終わっている。黄ばらを取り上げた理由を知っているはず。

 

「……もう、しょうがない子ねー」

 

 アリサがため息をついてから、呆れたような表情でこう教えてくれた。

 

「黄ばらは、この小説のキーアイテムになってんのー」

「それ、物語の鍵のことだよね……」

「そーよ? だから、こんな懸賞まで企画しちゃうの。——これ、見てみなさいよー」

 

 アリサに誘導されて、本に巻いてある帯をじいと見る。

 裏を返してみると、『ガラスの黄色いばらを読者20名様にプレゼント』と書いてある。

 しかも、読者懸賞応募券までついているではないか。

 

「わかったー?」

「……え、それだけ??」

「それで察しなさいよー」

「えー?」

「何よーその顔! だったら結末ここで話してやりましょ」

「——ご、ごめんっ、いいです! やめてください!」

 

 推理小説でなくとも、ネタバレは辞めて欲しい。

 きっとこちらをにらむアリサを必死で止めていたら。

 黄ばらがやけにプッシュされた理由が、ふっと頭にひらめいた。

 

 —— —— ——

 今年の夏。リディアはライザと、エブラーナの薬草園へ遊びに行った。

 園を後にしてから、ふたりは黄ばらの扱いの悪さを度々嘆いていた。

 それを聞いて知っているのは、ふたりの後ろを歩いていた、あの人だけしかいない。

 

 あの人は、エブラーナでとても強い権力を持っている。

 黄ばらが人気出るように何か考えろ。……などと、命令することぐらい、ちょろいものだ。

 —— —— ——

 

(もしかして……)

 これは、あの人による黄ばらイメージ向上作戦なのでは?

 リディアはそう結論づけてから、お茶をすすっているアリサへこんなことをたずねた。

 

「ね、アリサ。この懸賞応募する?」

「……どーせ当たんないから、送らないわよー」

「じゃあ、この帯。ライザにあげてもいい? ガラスなら枯れないもん!」

「あの子、黄ばら好きだもんねー。いいわよ、渡してやんなさい」

「ありがとう!」

 

 ライザがこれを知ったら、とっても喜ぶだろう。

 

(ライザ、当たるといいなあ……!)

 あの人はリディアだけでなく、ライザの幸せのお手伝いまでしてくれた。

 やっぱり、いい人だ。

 

 

——それから20分後

 

 

 眠り続けるステラと一緒に、アリサがリディアの自宅を後にした。

 再び防犯用の結界を張り、片付けを済ませてから寝室へ。

 ベットに入り、しばらく目を閉じていた。

 ところが、リディアを睡魔がなかなか襲ってこない。

 

『あいつに無言プレイ強要されたことあるー?』

 

 アリサのそんな質問が、頭の中でリピートしている。

 そのせいで、身体の奥のうずうずして眠れない。

 

 先ほど、アリサに言わなかったけれど。過去に無言プレイをしたことはある。

 1回きりだったから、ただのお遊びだったと思う。

 しかも、無言だったのは、あの人。

 リディアは、あらげもなく声を上げ続けていた。

 

「きょ、今日は……アリサのせいだから……!」

 

 性にあけすけな親友へ恨みごとを述べながら。白い布に隠れた両足を軽く開いた。

 その間にそろそろと右手を伸ばす。そして、自身の入り口を指で軽くいじりはじめた。

 

 この夏、あの人がミストに来なくなってから。自らを慰めるのを辞めていた。

 ところが、ある出来事をきっかけに復活……。ごくたまに、こうして慰めるようになっていた。

 

 —— —— ——

 あの人が、あたしのとがった胸先をくわえながら。

 あたしの中に、空いた手の指を出し入れしたり、入口をいじってくる……。

 —— —— ——

 

「ぁ、っ……」

 

 頭の中に浮かぶ、セックスの相手——おかずとは、決して結ばれることはない。

 どうせ、これが終わった後はむなしさに襲われる。

 自身にそんなツッコミを入れながらも、秘所をいじる手は止まらない。

 

 —— —— ——

 あの人が、入口に顔を近付けてきて……恥ずかしい場所を、ぺちゃぺちゃ舐めてくる。

 —— —— ——

 

「……っ」

 

 秒を負うごとに、頭の中で繰り広げられる妄想はエスカレート。

 秘所からも、ぴちゃぴちゃ水音が立ち始めた。

 次第にその音は高くなり、秘所をいじる指をスムーズにしてくれる。

 ここまで来たら、もう止まらない。

 

 あの人の声を頭の中で思い浮かばせながら、指を動かし続ける。

 あの人なら、リディアを抱きしめながら、耳元でこうささやいてくるに違いない……。

 

 —— —— ——

『リディアさま。声を出してあえいでもらえませんか?』

『や、だっ……!』

『どうしてですか?』

『はずかしい……から……』

『ここには僕とあなたしかいませんよ』

『それでも……い、やっ……』

『我慢する必要ございません。僕はあなたの声でも感じたいのです。——さぁ、声を聞かせてください』

 —— —— ——

 

 声を出せと促してくる、あの人の声が頭の中で聞こえた。

 

「……は、あぁっ、……!」

 

 指が敏感な部分——秘芽に触れてしまい、はしたない声を上げてしまった。

 

 —— —— ——

『あ、っ……いい声、っ……腰にきます……』

『もっと、僕に聞かせてください』

 —— —— ——

 

 あの人が、今の声を聞いていたら。そう言ってくれるかもしれない。

 

 秘所から聞こえる水音が、更に大きくなっていく。

 快感に浸りながらも、そろそろ絶頂に近付きつつあることがわかる。

 

 毎回、目隠しをされた状態——真っ暗闇の中で、あの人とセックスしていた。

 こうして自身を慰める時に、頭の中に浮かばせる光景も真っ暗。

 肝心要のあの人の姿は見えない。

 

「はあっ……!」

 

 それでも、リディアの頭の中で身体を愛でてくれる相手は。

 リディアが死ぬまで思いを捧げた、とってもだいすきなあの人。

 

 例え口調が違っていても、その声がセシルでも。

 素の荒っぽさを消して、いかに紳士的な仕草をしても。あの人には変わりはない。

 

 高みにたどりつくため。頭の中の情景を、ますます卑猥なものに。

 秘所をいじる指を、ますます激しくしていく。

 

「っ……っ、ぁあああっ……!!」

 

 程なくして、それまで以上に大きく甲高い声を上げながら。身体を小刻みに震わせた。

 

「はあっ、はぁ……っ」

 

 自らを慰め終えると、そのままの姿勢で呼吸を整えながら、むなしさに浸る。

 

(あーあ、またやっちゃったぁ……)

 何がむなしいって、親友が卑猥な言葉を口にしただけで。

 うずいてついつい慰めてしまう、我が身の浅ましさよ。

 

 アリサに責任転嫁したけれど、自分のせいと言う自覚はある。

 性描写がある小説を読もうものなら。こうなるのが目に見えている。

 だから、そういった本をずっと避けていたのだ。

 

 そんな自らのみだらな身体と頭の中を恨めしく思いながらも。

 これで眠りにつくことが出来る。そう思えば安いものかもしれない。

 すぐにむなしさから解放された途端。意識がもうろうとしてきた。

 

「おやすみなさい……」

 

 名前を呼んだら、また自分の前からいなくなってしまうから。

 あの人の名前は、決して口にしてはいけない。

 この秋、自慰を再開させる際。そんなへんてこルールを作っていた。

 

(よかった。今日もルールを破らなかった……)

 リディアは、自らをそうほめてあげながら。

 白い布を改めてかぶり直すと、すぐさま夢の世界へと旅立ったのであった。

 

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