フェイクラバーズ 作:かえで
路上に連なる街灯が、バロン城下町の大通りを明るく照らし出している。
夜遊びはほどほどに、とばかりに。今の時間、通りを歩いている人はいない。
——10の月31日 未明
深夜の追いかけっこを始めてから、数分が過ぎた。
お遊びはこれでおしまいだ。
『やっと追いついたぜ。——「青ばら」さんよぉ』
赤髪の男が若者数人と共に、路上で複数の者たちを取り囲む。
(また、わかりやすい格好しやがって……)
『青ばら』と呼ばれた者たちは、いかにも泥棒ですと言わんばかりの風貌。
全員黒のつなぎ服を着て、黒い目出し帽もかぶっている。
一方、赤髪の男やその仲間は、全員洋服を着た丸腰の男性。
ぱっと見、どこにでもいるようなバロンの若者だ。
唯一、赤髪の男は言葉遣いが汚く、ガラが悪い。
ちんぴらと大差ないが、本人はちっとも気にしていなかった。
だんまり状態の『青ばら』に気付かれぬように。赤髪の男が、懐から何かを取り出す。
それ——青いお札を後ろ手で上空に放り投げると、『青ばら』や若者たちを取り囲むように。
お札が8枚、周辺の建物や路上にぺたぺたっと貼りついた。
『もう逃げられねえぞ!』
「やべえ……」
「ボス、どうするよ」
『青ばら』のふたりが、ボスと思われる者に話しかけている。
ボスは小柄な体型。唯一晒している目元に化粧を施している。
もうひとり、ボスと似たような体型をした者が、黒い布で覆った包み——獲物を胸に抱えている。
このふたりは、どこからどう見ても女だ。
『どうせ、明日から死ぬまで牢屋暮らしだ。作戦会議したって無駄だぜ』
「……」
『能力悪用しやがって、忍者のイメージガタ落ちじゃねえか』
「っ!?」
赤髪の男が苦々しい表情で吐き捨てた。
それを聞いて、図星を突かれたのだろう。『青ばら』たちが、ぎょっとする。
「……おまえたち、エブラーナのお城勤か」
やっとボスが口を開いた。更に、こちらの正体をずばり言い当てた。
しかし、赤髪の男は意に介さず、声でボスの正体を察して口を歪ませる。
『ああ、よくわかったな』
赤髪の男や彼の仲間は、バロンの若者ではない。
全員、『変化の術』を使ったエブラーナ城所属の『忍者』だ。
それも、相当修行を積んだ実力ある者ばかり。
「なぜ、お城勤がここにいる」
『同業者じゃねえと、てめえらを捕まえられねえから』
「……」
『今までエブラーナだけ襲わなかったのは、手の内読まれてすぐ捕まっちまうからだろ』
赤髪の男はにんまり笑みを見せながら、ボスにそう言い返した。
『いい加減諦めて、お縄につけ』
赤髪の男がそう言ってから、仲間と共に『青ばら』に、じりじり詰め寄る。
「……プランW」
突然ボスが、小さな声でそうつぶやいた。
すると、『青ばら』の男が目出し帽を上げて、筒のようなものをさっと口にくわえた。
『っ、来るぞ!!』
『青ばら』の男が、ぷ、ぷっと音を立てながら。くわえた吹き筒から何かを飛ばしてきた。
赤髪の男の号令と共に、お城勤がみな一斉に宙を舞う。
『うぁっ!?』
お城勤のひとりがうめき声を上げて、路上に倒れてしまった。
(やられたか!)
荒い息をつきながら、身体をぶるぶる震わせている様子を見る限り。
吹き筒から飛び出した薬。もしくは、毒が塗られた針を食らっただようだ。
『青ばら』の4人が散り散りになって逃げ出すが。結界のせいで先に進めず、右往左往している。
『そいつら全員、ひっ捕らえろ!!』
『御意!』
『はいっ!』
赤髪の男は、他のお城勤へ『青ばら』を捕獲するよう命じた。
それから、5分もかからず『青ばら』は全員、麻痺状態にされて拘束された。
本気になったお城勤には到底敵わない。
『封印なされますか?』
『ボスとそいつ以外、あっち連れてけ』
お城勤たちが、『青ばら』のふたりの身体をずるずる引きずる。
屈強な体型から男性と見られるそのふたりを、結界の端まで移動させた。
『おまえら全員、オレの血ィ付いてんな!』
赤髪の男が、懐から青い撒菱を取り出しながら。
自身の血液が身体に付着しているか、お城勤たちへ確認した。
赤髪の男の血が身体についていないと、彼らも『青ばら』と一緒に撒菱に封印されてしまう。
『大丈夫っす』
『いくらでもどぞー』
赤髪の男は確認を終えると、青い撒菱を結界の端にぽいっとほおり投げたら。
そこにいた『青ばら』のふたりだけが、撒菱の中に吸い込まれていった。
『どうぞ』
『ああ』
お城勤から手渡された青い撒菱を、再び懐にしまい込むと。
赤髪の男は、地面に這いつくばっている『青ばら』のボスに近付いた。
(さぁて、どうやって追い詰めてやろうかね)
今の彼は、残るふたり——特にボス——に物申すことで頭がいっぱいだ。
『二兎を追う者は一兎をも得ず、って言うだろ』
「く……っ!」
『強欲が身を滅ぼしたな』
赤髪の男はそう言いながら、片膝をついてボスの目出し帽の端をぐっとつかむ。
それから、荒っぽく引っ張ってそれを脱がした。
『メイ・シビエン』
「っ!!」
ボスは黒い髪をひっつめており、けばけばしい化粧をしている女性。
正体は、シビエン家前当主イヌイの後妻メイであった。
『んで、そっちはリン・シビエンだな』
もうひとりの身体を押さえていたお城勤が、その者の目出し帽を脱がす。
すると、長い黒髪をひとつのおさげにまとめた、イヌイの三女リンの素顔が現れた。
忍者同士で追いかけっこしたにもかかわらず。リンは息ひとつ切らしていなかった。
箱入りお嬢さまのふりをして、密かに忍者の修行を積んでいたようだ。
「……どうして、あたしたちだとわかった」
『てめえの部屋の奥から「青ばら」のカードのストックが見つかってな。それから今日まで、おまえらの動向と別宅を事細かに探ってた』
「だっ、誰もうちに出入りした形跡なかったわよ!?」
リンが、信じられないといったような表情で反論してきた。
自身の住処が捜査されていたことをまだ疑っているようだ。
『そんなもん、隠密使って忍び込んだに決まってんだろが』
「っ……」
赤髪の男が早口で言い返すと、リンが黙り込んでしまった。
どうやら、『青ばら』には隠密術を使える者が誰もいないらしい。
『別宅の増築に見せかけて、盗品保管用に地下室まで作りやがってよ。おまえら毎朝そこに出入りして、うっとりしながらアクセサリー着けたり眺めてたんだってな』
—— —— ——
約2ヶ月前。イザヨイが、シビエン家別宅内のメイの私室から。
青いばらが描かれた小さな白い用紙を発見した。
それは、『青ばら』が盗みに入った証。
毎回、犯行現場に置いて帰るか。店主や主人へ投げつけるカードであった。
その翌々日から、ゲッコウとお城勤数名がシビエン家へ追加派遣された。
大掛かりな調査に変えた甲斐あって、数日後に地下室を発見。
地下室には、ガラスケースがたくさん並べられていた。
その中には、ダムシアン国王が愛用するリュートなど。
これまで『青ばら』が盗んだ品が全て収められていたという。
—— —— ——
『別宅だけじゃねえ。バロン、ファブール、トロイア、ダムシアンにも「青ばら」のアジトがある。それも、イヌイ名義で買い取ったでっけえ工場ばっかな』
「……」
『イヌイの飛空艇なら、工場の隅っこに余裕で停めておけっからなぁ。そっから目的地に直接向かうか、「青ばら」所有の飛空艇に乗り換えて盗みを働いてた。だから、なかなか足がつかなかったんだよ』
「あたしたちをはめたのね!?」
調査内容を淡々と語る赤髪の男に、リンが噛みついた。
一方メイは、無表情で男をにらむだけである。
『その通り。——今年の呪いのコロネットの展示は、「青ばら」捕物大作戦だったんだよ』
—— —— ——
リンとメイが『青ばら』のメンバーと判明した直後。
エブラーナ国王エッジは、バロン国王セシルへ書状を送った。
内容は、『呪いのコロネット』を囮に『青ばら』を捕まえよう。そんなお誘いであった。
『呪いのコロネット』は、『青ばら』が大好きな1点もの。
しかも、赤いダイヤモンドのおかげで値段がつけられない。
これまで『青ばら』は、三度もバロン城に侵入しているが。他のお宝に目もくれずに逃走している。
そのことから、『呪いのコロネット』が狙われているかもしれない。
セシルはそうにらんでいたらしく、エッジの誘いにすぐ乗ってくれた。
—— —— ——
「……卑怯者が」
『それはこっちの台詞だ』
「もともと忍者は卑怯な存在だ。おまえらも、あたしらと同類のくせに善人ぶるんじゃないよ」
メイが屁理屈をこねて、立場の正当性を主張してきた。
典型的な、ああ言えばこう言うタイプの人間らしい。
『オレらは善人じゃねえが、何も悪いこたしてねえ。どこもかしこも、てめえらにうんざりしてっから、こうやってエブラーナ直々にお出まししてやったんだよ』
—— —— ——
10の月明けすぐ、エッジはバロン城を訪問してセシルと打ち合わせした。
結果。バロンは展示場所の提供。
エブラーナは展示期間中、博物館での警備。並びに『青ばら』捕獲を担当することが決まった。
その数日後。セシルは大々的にこんな発表をした。
10の月、最後の3日間。バロン国立博物館で4年ぶりに『呪いのコロネット』を展示すると。
バロンとエブラーナは、それぞれ用意周到な準備を行い、ついに展示が始まった。
エブラーナのお城勤十数名は、国立博物館と周辺にて、常時『青ばら』を待ち構えていた。
初日と2日目の展示は、つつがなく終了。
日付が変わり、本日深夜1時すぎ。『青ばら』が、地下から国立博物館に侵入。
堂々と『呪いのコロネット』を奪い取っていった。
—— —— ——
彼らの手癖の悪さと逃げ足の早さは、まさしく忍者であったが。
忍者のエリートには敵わない。お城勤は、難なく『青ばら』に追いつき、現在に至る。
『今頃シビエン家の別宅とアジトで、証拠や盗品を回収してんだろうな』
「何だと!?」
『ばかな奴らだな。エブラーナ王家の外戚入り狙ってたなら、大人しくしてりゃよかったのによ』
「くそっ……!」
『つっても、ケイコク家の血ィ引いてる奴は、もれなく強欲傲慢で自己顕示欲の塊だ。1年後まで我慢出来ねえよな』
「何の話だ」
「あたしたちはシビエン家よ? ケイコクなんて聞いたこと」
『——寝言は寝てから言えっ!!』
「っ!」
『都合のいい時だけシビエン面しやがって!! 兄貴が聞いたらどう思うかわかってんのか!?』
シビエン家の者をアピールするリンに、虫唾が走る。
赤髪の男に一喝されて、リンが怯えたような表情に変わった。
母親は悔しそうな表情で、こちらをにらみつけている。
(正体バラしてやる!)
赤髪の男は、両手で複雑な印を結び、呪文を唱える。
どこからともなく現れた白い煙を、その身にまとわせた。
「リン・シビエン。——おまえとの婚約を、今ここで破棄する!」
白い煙が立ち消えて、元の姿を取り戻すなり。
赤髪の男ならぬエッジは、リンに指をつきつけて婚約破棄を宣言した。
「お、お館様!?」
「エブラーナ王まで出張っていたとは……!」
お館様の姿を目の当たりにして、リンが驚愕の表情に変わり、メイが顔を歪ませた。
「誰が『青ばら』と結婚するか! こっちから願い下げだっ!!」
「そんなぁ……?」
お館様直々に破棄をつきつけられても、リンはまだ納得出来ていない様子。
—— —— ——
『なんと! お館様に求婚したシビエン家のお嬢さまは、「青ばら」のメンバーでした! おまけに、その母親は「青ばら」のボスでした!』
婚約解消に、こんなもってこいな理由もなかろう。
さすがに異を唱える者も、リンとメイぐらいしかいないはず。
—— —— ——
『お、お館様ぁ……』
青髪の若者が怯えたような表情で声をかけてきた。
若者の正体は、ザンゲツ。今回の任務では『変化の術』を使って若者に姿を変えている。
「なんだよ」
『もう十分満足されたでしょう? 早く封印を……』
「あ、そうだな」
早急にリンとメイを封印するよう、ザンゲツがエッジに進言してきた。
かねてより、メイとリンの目の前で勝利宣言——婚約破棄したくてたまらなかった。
だから、メイたちだけ封印を後回しにした。
ザンゲツだけは、エッジのそんな目的に気付いていたようだ。
「……っ!!」
「なんだよ、まだ抵抗すんのか」
エッジに髪の毛をつかまれているにもかかわらず。
メイが歯を食いしばりながら、リンがいる方向に首を向けた。
麻痺状態は四肢に力が入らないだけで、首から上は動かせる。
「いやよぉ!! 牢の中なん……!」
離れた場所で抵抗していたリンが、突然言葉を切った。
「へぇ……」
そちらに視線を向けると、リンがにんまり人の悪い笑みを浮かべている。
(何のつもりだ……?)
母親から何かメッセージを受け取ったのだろうか。エッジがそう不審に思った矢先。
「くっ、くくっ……あはははははははっ!!」
「何がおかしい!」
メイが、突如大声で気が狂ったように笑い始めた。
黒く長い髪を改めて強くつかみ上げて怒鳴ったが、全く応えない。
それどころか、蔑んだ目つきでエッジをにらみながらこう叫んだ。
「っ、ジェラルダインはぬるい!! ぬるすぎるわっ!! 100年近くもよく王制が続いたもんだね!!」
「何だと?」
「100年前にケイコク家を全て根絶やしにするのが嫌で、シビエン家に汚れ役を押し付けた結果が今なんだよ! おまえらジェラルダイン家の自業自得だっ!!」
「……」
勝ち誇ったような笑みを浮かべるメイへ、何も答えなかった。
彼女の言ったことは間違っていないから。
「あたしたちも、ジェラルダイン家の血を引いているからね。王族に入る資格はあるはずだよ」
「おまえらはジェラルダインとは認めねえ。シビエンもおまえらを追放するぞ」
「全く……せっかく、正規の手続きで王家の外戚入りしてやろうしたのに……!」
誇らしげな笑みを見せるメイへ何も言わず、髪をつかんだままにらみ続ける。
メイとリンは、ジェラルダイン家の血も引いている。
以前からそんな仮定が浮かび上がっていた。だから、驚きはしなかった。
そもそも、このふたりはケイコク家の血が圧倒的に勝っている。
シビエン家はさておき、ジェラルダイン家の血はほとんど受け継がれていない。
「——エブラーナはあたしたちのもんだ!!」
メイがそう叫ぶと、ぷっと口から何かを吹き飛ばしてきた。
「っ!」
(含み針か!!)
口の中に針を仕込んでいたらしい。
エッジは咄嗟に両腕で顔をかばったが、右腕にちくりと痛みが走る。
「……呪淫】!」
「!?」
すぐ太い針を引き抜いた瞬間。リンの声が辺りに響き渡った。
その直後、エッジの右手が赤い霧のようなものに覆われ始めた。
「っ、ぐああああぁぁぁぁっ!!」
赤い霧は右手に留まったまま、それ以上大きくならなかった。
しかし、手のひらが焼きごてをつけられたかのような強い痛みに襲われる。
「あははははっ!! ざまぁないねえっ!!」
『お、お館様!?』
大笑いするメイや、そばに近付いてきた誰かの相手をする余裕はない。
しばらくの間。身体を縮こまらせて、痛みを必死にこらえるも。
1分も経たないうちに、赤い霧や痛みはすっと消えていった。
(くそ! 最初っから封印しときゃよかった!!)
メイたちに悔しさを悟られぬように。エッジは背を向けて唇を強く噛みしめる。
メイが首を動かした時。読話——口の動きで、『呪淫』を使うように指示を出していたようだ。
エッジが、ジェラルダイン家を煽るメイの相手をしている間。
リンはひそかに呪言詠唱を行っていたと見られる。
「ねえ、どうしたの、お館様ぁ?? 早くこっちを向」
『——この野郎っ!!』
「きゃあぁっ!」
甘ったるいリンの誘い声を聞いて、エッジが頭を上げた瞬間。
お城勤のひとりがリンに飛び掛かった。
『よくもお館様に変な術かけたなっ!』
「っ、離せ! くそ野郎っ!」
『うるさいっ!! 黙れ!』
お城勤が、リンの首根っこをつかんで頭を地面に押し付けている。
「触んじゃねえよ! あたしを誰だと思っ……っ!?」
汚い言葉を使うリンの目元を、お城勤が細布で覆ってから口を塞いだ。
別のお城勤も、メイの顔を地面に押し付けてから。ひもで目隠しと猿ぐつわを掛けている。
(帰ったら褒めてやらねえとな……!)
何も指示せずとも、適切な処置を行ったお城勤たちに感心する。
事前に情報共有しておいて正解だった。
『お館様、大丈夫ですか……』
「平気だ」
ザンゲツへぞんざいな返事をしてから。おもむろに立ち上がり、メイのそばに近付く。
「——この野郎!!」
「ぐぅぅ……っ!!」
「しょうもねえ術使いやがって!! 誰がてめえらの傀儡になるかっ!!」
右足でぎゅうぎゅうひねるように、メイの背中を踏みにじった。
メイの身体に右足が沈んでいくのではなかろうか。
傍から見たらそう思ってしまうぐらい、それはもう強く。
「『呪淫』を食らっても、女の目ェ見なきゃ発動されねえ。ついでに、ケイコクの女はてめえらしかいねえから、エブラーナの乗っ取りは失敗だな」
「っ……」
メイが何か言い返したいようだ。しかし、反論は一切要しない。
そもそも、口を塞がれているので、くぐもった声しか出せないでいる。
エッジは引き続き、メイの背中を踏みつけながら話を続ける。
「ジェラルダインはケイコクを恐れててな。てめえらのやり口、書物にしっかり残してたんだよ」
「……!?」
「ヤッてねえのに『呪淫』使ってくるとは、さすがに予想してなかったがな」
—— —— ——
『呪淫』はケイコク家独自の薬と呪法の複合術である。
術を食らってから最初に目を見た女性に対して、性的興奮や性欲を高めてしまう。
男にとって屈辱とも言えるこの術を穏便に解除するには。
ケイコク家の女以外の女性の目を見て、その女性とヤるか。
術を食らってから。3年間全世界の女性の目を見ずに過ごし続けるか。
このどちらかしかない。
仮に『呪淫』を食らったすぐ、ケイコク家の女の目を見たら、人生は詰む。
なぜなら、その女と性的関係を持ったと同時に。
3年もの間、『ケイコク家の女全員』の傀儡にされてしまうから。
タツミの父イヌイは、この術を食らったと思われる。
『呪淫』は、建国前まで続いていた部族同士の争いに利用されていた。
ターゲット数人——敵部族の上層部に『呪淫』をかけて、セックスする。
その後、傀儡状態にした者たちへ謀反を起こすように命じれば。その部族はあっという間に自滅……。
ケイコク家はそんなやり方で、各地の部族を次々と滅亡させたという。
—— —— ———
(まともに相手してたらドツボにはまるだけだ)
姑息で狡猾な母娘は、また何かを仕掛けてきそう。これ以上、付き合っていられない。
エッジはそう考えて、懐から新品の青い撒菱ふたつを取り出した。
「じゃ、明日から死ぬまで牢獄生活楽しんでくれよなっ」
まるで、家族を学校や職場に送り出すような軽いノリで。
メイとリンに声をかけながら、青い撒菱をぽいぽいっと放り投げてやった。
「っ!?」
「ぁぁ……!!」
無抵抗状態のふたりが、青い撒菱に吸い込まれて封印されていく。
エッジはそれを見届けてから、撒菱を拾って懐にしまい込みながら。
お城勤へ、『邪淫』と『呪淫』の針を回収するよう命じた。
それから、離れた場所に転がっている黒い包みを拾いに行く。
拾い上げた包みの布をべりっとめくれば、『呪いのコロネット』が現れた。
金の土台には、様々な色の小さな宝石。そして、でかい赤石——ダイヤモンドがあしらわれている。
「……偽物と本物の区別も出来ねえようじゃ、泥棒の資格ねえっつーの」
エッジは小冠に向かって笑いを浮かべながら、そうつぶやくと。
若いお城勤が『お館様ー!』と、大声で呼んできた。
「どうした?」
『こいつ、どうしましょうか』
「あー……」
そばに近付いてきたザンゲツに、『呪いのコロネット』を預けてから。
路上で倒れている、お城勤のそばへ向かった。
『はぁ……はあ……!』
このお城勤。吹き針——おそらく『邪淫』——を食らって以降。
路上に倒れた状態で、荒い息をつきながら身体を震わせている。
ありていに言えば、発情している。
(若えから、ザンゲツみてえに耐性ねえもんなあ)
この男性は、お城勤として働き始めてから5年も経っていない。
媚薬類に一切耐性がないため、すぐ発情してしまったと思われる。
「おい、大丈夫か」
『ぁっ……申し訳、っ……ございませんっ……』
「ヤルだけヤッたら治る。後で娼館連れてってもらえ」
『い、いやです……! か、彼女じゃないと……ああっ……』
『お館様ー。こいつ、今婚約中なんですよー』
「……明後日まで我慢出来るか」
『む、無理、っ……はああ、っ……我慢……できま、せん……』
お城勤が顔を真っ赤にさせながら、エッジに答えた。
息も絶え絶え。嫌でも湧き上がる性欲に耐えているのが見て明らか。
『邪淫』は、そよ風並みの刺激でも感じてしまうと言われている。
快感を通り越して、苦痛でたまらないだろう。
「だったら、しばらく撒菱に封印されとけよ」
『あっ、そ、それで……っ、お願い……します……』
撒菱に封印されている間の意識は睡眠と変わらない。
これなら性欲や性的衝動を耐えなくても済む。
お城勤は、エッジの案を即座に受け入れた。
「出合茶屋ただで使えるよう手ぇ回しといてやる。代わりに特別ボーナスはなしな」
『っ、は……いっ……』
『えー、ずるい』
『いいなぁー』
「おまえらもボーナスカットでいいなら、そうして」
『——ごめんなさい! 嘘です!』
『冗談ですよ、冗談!』
出合茶屋無料利用をうらやましがる、他のお城勤と話しながら。
『邪淫』で苦しむお城勤についている自身の血をぬぐうと。
新品の青い撒菱を転がして中に封印してやった。
『回収全て終わりましたよ』
「よし。こっから撤収すっか」
『バロン城ですね』
「ああ」
バロン城にメイたちを連れて行くため、結界の端に貼られていた青いお札をはがした。
ぱりぱりぱり……と、結界が解除されていく音が聞こえる中。
ザンゲツが何とも弱弱しい声で、声をかけてきた。
『あ、あの、お館様……』
「なんだよ」
『じゅ……『呪淫』の効果は、3年経つと……消えると言われておりますが。お、お館様は……』
おどおどした表情で質問してくるザンゲツに、いらっとする。
(いい歳したじじいが、今更恥ずかしがってどうすんだよ)
『変化の術』で若い男性に扮していても、中身は50代半ばの中年男性。
未だ枯れていない男が恥じらう様は、見ていて気分がいいとは言えない。
「そこらの女とセックスするか我慢するか、どっちか聞きたいのか」
『そ、その通りですっ、どうなされるおつもりですか?』
ザンゲツへすぐ答えず、自身の右の手のひらを見つめる。
その中央に、二重丸の中を塗りつぶした記号が刻まれている。
……コイン大ほどの、赤い蛇の目の紋章。『呪淫』をかけられた証だ。
(どうするもこうするもねえっつーの!)
リンとメイにやられた証でもあり、恥でもある紋章を隠すように。
ぎゅうと右手で拳を作ると、振り向きながらこう言った。
「たった3年ぐらい我慢する」
『さ、さようですかぁ……!』
ザンゲツが安堵したような表情を見せた。
手早くリディア以外の女とヤるかもしれない。そう不安に思っていたらしい。
(露骨だな)
ザンゲツはエブラーナ城内において、リディアと結婚しろしろ派の筆頭格。
不安になるのはわからないでもないのだが……。
「おい」
『はい……?』
「ちょっと、そのまま立ってろ。【……」
首をひねるザンゲツに向かって、右手を宙に規則的に動かしながら呪文を唱え始めた。
「……解】」
『っ!?』
呪文を唱え終えると同時に、ザンゲツの額をとんと指でついた。
すると、ザンゲツの首筋から赤黒い光が宙に放たれて、次々と消えていく。
『あの……何をされたのでしょうか?』
「あとで鏡で首見とけ」
『あ、ああ……!』
まるで水を得た魚のごとく。ザンゲツがぱあぁっと顔を輝かせた。
禁術の証——黒い逆五芒星の紋章——が跡形も残らず消えている。
エッジのそっけない返事で察したようだ。
「特別ボーナスの代わりな」
『十分でございます。寛大なお計らいをいただき、誠にありがとうございます!』
「じいにも礼言っとけよ」
『も、もちろんであります!!』
ぺっこぺこと何度も頭を下げるザンゲツを見て苦笑してしまう。
(どんだけ嬉しいんだよ)
お館様に、禁術『禁・人よけ』をかけられた。
ザンゲツはそれをとてもとても不満に思っていたらしい。
『禁・人よけ』を解くと、その対象者の身体情報を二度と体内に取り込むことは出来ない。
今後ザンゲツに、リディアやミゼルとの接触を禁止させる場合。
『禁・人よけ』以外の手段を取らなければならない。
「おまえ、今から博物館な。他の奴らに連絡してからバロン城来い」
『ぎょ、御意っ!』
ザンゲツが慌てて博物館のある方へ駆けていった。
その姿を見送っていると、想い人の姿が頭に浮かんできた。
(オレもあいつの顔……見れなくなっちまった)
向こう3年間、リディアの宇宙色の双眸を見ることが出来ない。
『エッジ』は無理でも、お面をかぶった『ツクヨミ』でなら可能だったのに。
それでも手早く解術したいという理由で、リディア以外の女とヤるつもりはない。
リディアにそんな役目をさせられる訳もない。
結局エッジ自身が3年間、女性の顔を見ぬように何とかするしかない。
(そんな生活、本当に3年も続けられるのかね……)
そんな少々の不安を抱えながら、部下たちの後を追うように。
エッジもバロン城へと向かったのであった。
——それから数時間後 早朝4時
バロン城に到着後。『青ばら』を全員バロン側に引き渡した。
夜通しだったこともあり、エッジたちは城内で仮眠を取らせてもらった。
『短眠の術』を使えば、2時間ほどで十分睡眠は確保される。
現在エッジは、セシルと共にバロン城の牢へと向かっているところである。
ザンゲツや他のお城勤も、エッジたちから少し離れて後をついてきている。
「……」
隣を歩くセシルが、目をごしごしこすりはじめた。
「おい、セシル」
「……何だい?」
「眠いなら部屋戻れよ」
「ああ、大丈夫だよ。寝不足には慣れてるから……」
「ローザひとりにしといていいのか」
「前もって話してあるよ」
エッジたちがバロン城に着いてから、セシルはずっと起きていたらしい。
(くそ忙しくても、こいつは『短眠の術』使えねえもんな……)
戦いがない平和な世の中でも、山のような仕事や寝不足と戦わねばならない。
そんなセシルが、少々気の毒に思えてきた。
「シドももう起きてるかもしれないな」
「へっ、年寄りは無駄に朝早ええからな」
「……それ、シドが聞いたら怒るよ?」
「けどよ。今回の功労者はあいつだぜ」
「うん。ぼくもそう思ってる」
「『青ばら』の奴ら……まんまと騙されてやがって、ざまみろってんだ」
今回、博物館に展示された『呪いのコロネット』は、贋作である。
目につくところにあれば、『青ばら』が盗みにくるだろう。
そんな予測を立てていたセシルが、シドへ作成を依頼した。
シドは手先が器用。ぱっと見そっくりなものを作るぐらい、どうってことはない。
(普通そんなとこに置いてるとは思わねえ。そら『青ばら』も失敗するっつーの……)
ちなみに、本物の『呪いのコロネット』は城の宝物庫ではなく。
セシルとローザの私室の床下に保管されているらしい。
「あの偽もん。博物館にずっと展示しておいたらどうだ?」
「……」
冗談半分本気半分で言ったら、セシルが怪訝そうな表情でこちらを見てきた。
「なんだよ、急に怖い顔しやがって」
「……ぼくに詐欺をしろと言うのか」
「ぱっと見わかんねえだろ」
「専門家にはバレるよ。それにね、きみが寝ている間にもう壊したよ」
「うわ、もったいねぇ」
「シドはそれを条件に、仕事を引き受けてくれたんだ。ああ……お客さんにも……」
セシルが、ぶつぶつ独り言を口にし始めた。
お金を払って偽物と知らずに博物館を訪れた、多数の客が気がかりでならないようだ。
『今回「青ばら」を捕まえるために、偽物を展示していました。チケットと引き換えに入場料を返金いたします。お手数ですがチケットを持参の上、博物館にお越しください』
セシルは根っからの生真面目な男だ。そんな発想しかしない。
それがバロンの民から、彼が絶大な信望を集めるゆえんでもある。
「そうだ。後始末で思い出したよ」
「何を」
「エブラーナの名前。表に」
「——だめだ。そういう約束だったろが」
エッジはセシルとの打ち合わせの段階で、こんな条件を提示した。
—— —— ——
今回の作戦で、エッジやエブラーナのお城勤が『青ばら』を捕まえても。
バロン兵が捕まえた。世界にそう周知しろ。エブラーナの存在を表に出すな。
—— —— ——
条件を呑まない限り、エブラーナは作戦に協力しない。
エッジがそう圧を掛けたら、セシルは渋々応じてくれた。
その上で、バロンと共同で計画を実行したのに、セシルはまだ納得していなかったようだ。
「確かに、あの時は受け入れたけど……エブラーナが何も得しないまま、終わらせるのは納得いかない。せめて、きみたちが『青ばら』を捕まえたことだけは公表すべきだ」
「いーや、だめだ。あん時の借り返すためにそうするつっただろが」
—— —— ——
数年前に開かれた、国王さまたちの集まりの中で。
エッジはセシルたちへこうたずねていた。
『おまえらの国は、カルミネと変なことで関わってねえよな』
その後、自国とカルミネが裏で死刑囚の身柄取引をしていた。
セシルたちがそれぞれ、エッジにそう情報提供してくれた。
エッジは、今回の『青ばら』捕獲をバロンのお手柄にすることで。
セシルにその時の借りを返すつもりでいた。
—— —— ——
セシルの人となりからして、ヤンやギルバートと同じように。
薬草園無料招待券を大量に渡した方が喜ぶ。
それぐらいわかっていたが、あえてそうしなかったのには理由がある。
—— —— ——
エッジは、世界に忍者の手の内を晒したくない。
たまたまエッジが目立とう精神の持ち主なだけで。
忍者というものは、もともと影で暗躍する職業。
特に世界各地に派遣している諜報は、忍者スキルを駆使した代表的な仕事だ。
姿を変えられる。姿を隠せる……。忍者は便利な術が使える。
世界中にそれが広まったら、忍者はどこにでも潜んでいると怪しまれてしまう。
下手をすれば、忍術とは縁が薄い一般のエブラーナの民まで敬遠されてしまいかねない。
—— —— ——
「借りを返すにも大きすぎる。他にいくらでも返す方法はあ」
「——いいっつってるだろ」
「っ……」
まだぶつぶつ言うセシルを、ぎろりとにらみながら低く重い声でさえぎった。
もちろん、本意でそうしている訳ではない。
「エブラーナのエの字、絶対出すんじゃねえぞ……!!」
最後にそう言い残して、ひとり早足で牢へ向かう。
「あっ、ちょっと待って……」
セシルが頼りない声を上げながら、すぐ後を追ってきた。
正直に『忍者の手の内、晒されたくないから』と話しても。この男は納得しないだろう。
ならば、多少圧を掛けてでもねじ伏せるしかない。
§
エッジは牢に入り、真っ先にリンが入れられている檻へ向かった。
リンは両手を後ろ手で縛られて、目隠しと猿ぐつわをされていた。
檻の中に入り、エッジ自身の毛髪を使って『禁・人よけ』をかけてやると。
対象者——エッジが至近距離にいるせいで、すぐ術が発動。リンは気絶してしまった。
続けて、隣の隣の檻へ移動。
そこにいたメイに同じ術をかけようとしたら、暴れて抵抗する。
ザンゲツたち数人がかりで押さえつけて、やっと術をかけることが出来た。
「これで、よし……と」
明日から11月。この程度の作業で汗をかく訳がないのに。
一仕事終えたとばかりに、額の汗をぬぐう……ふりを見せた。
「すごいなあ……! これ、ストーカーに有効じゃないか」
セシルは、『禁・人よけ』の施術場面をずっと興味津々で眺めていた。
「10メートルってのが、ちょっと微妙でな」
「エッジも術作れるよね。100メートル用作ったらどう?」
「くそ忙しいのに、作ってる暇ねえっつーの」
「……残念だなあ」
「そんじゃ、ちゃちゃっとのぞくか」
まだ仕事は残っている。
エッジは腰に提げていた村雨を手に持ち、さやから抜いた。
抜いた刀身は銀色ではなく、全体が青色の紋様で染まっている。
『青ばら』を捕まえたら、バロン城でメイの記憶を透視させてもらおう。
そう決めていたため、あらかじめ村雨に紋様を施した状態で、バロンにやってきた。
何かあれば、もう1本腰に提げている正宗を使えばいい。
そう思っていたが、結局刀を使う機会は一度もなかった。
「セシル」
「何だい?」
「オレが消えたら、上戻ってろ」
「……どうして」
「どうしてって、いつ終わるかわかんねえからだよ」
(下手したら深夜までかかるかもしれねえし)
リンの記憶は透視しない。代わりにメイの記憶をじっくり時間をかけて透視するつもりでいる。
幼少時から、つい最近まで——40年近くの長い時間を透視するのは初めて。
確実に半日以内には終わらない。
ここにいても、セシルは何もやることがない。
今から少し仮眠をとるか。仕事を大量に抱えているなら、それを片付けた方が効率がいい。
「おい……!」
上に戻るように勧めたら、セシルが苦笑を浮かべながらその場にしゃがんだ。
「気にしなくていいよ。ここで待ってる」
「ばか。やめとけって」
(リディアみたいなこと言いやがって……!)
セシルの姿は、2年前のエブラーナでの記憶を思い起こさせた。
あの時リディアも、記憶透視しようとするエッジにずっと付き添ってくれた。
しかも、透視が終わってぶっ倒れてからもずっと……。
「後でここに仕事持ってきてもらうよ」
「こんな物騒なとこで仕事??」
「今回、ぼくは何もしていないから……これぐらい、させてもらえないかな?」
セシルは、エッジのように動き回っていた訳ではない。
その負い目と仲間意識から、付き添いを申し出た。それが見て明らかだった。
「……そこまで言うなら、好きにしろ」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
セシルの好意をありがたく思いながらも。
無愛想に、ぼそっと返事をするだけに留めた。
男の友情に感動したのか、ザンゲツがすすり泣く声が聞こえてきた。
エッジはそれをよそに、セシルに見守られながら、メイの記憶透視を始めたのであった。
.