※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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エッジ視点
長文注意


ゲームセット

 

 

——11の月1日 早朝

 

 

 目が覚めるなり、光が射す方へ首を動かしてみたら。

 とてもよく見慣れた白ひげの側近がこちらを窺っている。

 その背後に見える、部屋のカーテンも開けられており、窓から陽の光が射していた。

 

「じ、い……」

「おはようございます。若様」

 

 かすれかすれの声で名を呼ぶと、じいが穏やかな表情で挨拶と共に頭を下げた。

 

「うなされていたようですが、夢見が悪うございましたか?」

「覚えてねえ……」

「さようですか」

 

 目覚め直後で意識がぼんやりしながらも、じいに返事をした。

 何か嫌な夢を見た気がする。けれど、内容は覚えていない。

 

「……オレら、いつ帰ってきた」

「昨夜遅くです」

「……月変わってんのか」

「はい。11の月1日です」

 

 サイドテーブルに置いてあった水差しから、グラスへ水を注ぎながら。

 じいがここまでの経緯を話してくれた。

 

 —— —— ——

 31日の未明。エッジとザンゲツ、お城勤数名が、バロン城下町で『青ばら』を捕獲した。

 その日の早朝。エッジはバロン城の牢でメイの記憶透視を開始。

 

 夕方、透視を終えてすぐに高熱を出してぶっ倒れた。

 そんなお館様を、ザンゲツや他のお城勤が抱えてバロン城を後にした。

 エブラーナ城に帰還したのは、日付が変わる直前。

 エッジはすぐこの私室へ運ばれて、侍医の診察を受けてから。

 医療部渾身の新作、解熱剤(改良版)をぶちこまれたという。

 —— —— ——

 

「……という訳で、今は一時的に熱が下がっておられる状態です」

 

 じいはエッジが知りたかったことを、一度でわかりやすく話してくれた。

 

(じいも昨日から、城に缶詰めだもんな)

 昨日は月の終わり。事務方は1ヶ月で一番忙しい日だ。

 じいは侍医の診断に立会い、ザンゲツやお城勤たちから事情を聞いたのだろう。

 

 エッジは、ややだるさを感じながら自身の上体を起こすと。

 足元に置いてあった羽織を手に取って肩から掛けた。

 11の月に入ると、一気に寒くなる。そう思ったのか、じいがあらかじめ置いてくれていたようだ。

 

「どうぞ」

「おう……」

 

 じいからグラスを手渡されて、やけ酒を煽るように一気に水をぐいぐい飲み干した。

 おかわりを要求して、また一気飲みを繰り返す。それで水分はひとまず補給出来た。

 

「解熱剤、バロンにも持ってきゃよかったぜ……」

「侍医を連れていくとは、また無茶なことをおっしゃられますな」

「注射ってのがネックなんだよ。粉薬や錠剤にしてもらうか」

「若様の命なら改良に応じるでしょうな。しかしながら、今後記憶透視する機会はないと思われますぞ」

 

 記憶透視を使った後にエッジが寝込むのは、これで三度目。

 2ヶ月連続ともなれば、じいも落ち着いたものである。

 

「食事はどうされますか」

「あー、なんか食っとかねえとな」

「では、すぐに手配いたします」

 

 食事を届けろ。そう天井裏にいる護衛経由で連絡するために

 じいが、サイドテーブルに置かれていた鈴を数度鳴らした。

 その様子を見て脳裏に、2年前の記憶が蘇ってきた。

 

 —— —— ——

 エミールの助手をつとめた女の記憶透視を終えてから。

 エッジは高熱を出して意識を失った。

 

 次に目が覚めたら、リディアがそばにいてくれたが。

 この時だけは、彼女にミストに帰って欲しくてたまらなかった。

 

 なぜなら、透視した記憶は得も言われぬ内容。

 しかも、リディアに返事しようとしたら。セシルの声しか出せなかった。

 ひとりになりたくて仕方がなかったのだ。

 

 そんなエッジに対して、リディアは今晩は城に一泊させてもらう。ミストには帰らない。

 そう言って聞かず、渋々ながらお願いを受け入れた途端。

 

『それじゃあ……これ。水分摂ってね』

『これ、じいやさんから。身体冷やさないように肩に掛けてって』

『じゃあ、ぞうすい? 届けてもらうように頼むね』

 

 リディアがそう言いながら、くるくるお世話してくれた。

 それに併せて仕切りの障子に映る影も、ぐるぐる右往左往する。

 

 リディアが病人の介助をするのは、この日が生まれて初めて。

 がんばって面倒を見なければ。彼女はそう意気込んでいたのだろう。

 

 そんな姿が何ともいじらしく見えて。次第にささくれだった感情は和らいでいった。

 —— —— ——

 

 じいが鈴を鳴らしてから、10分もかからないうちに。おかゆが私室に届けられた。

 10分もしないうちに、ベッドの上でベッド机の上に載せられたそれを全て平らげた。

 

 ベッド机は、またの名をベットテーブル。

 その名の通り。ベッド上での物書きや食事に適した机である。

 寝込む際に、これがあるとベッドでの書類作業が捗る。

 そんな理由で昨年のはじめ、じいが購入したという。

 

§

 

「体調の方はいかに?」

「今は楽。薬効いてねえと、いつもと変わんね」

「先月と同じですな」

 

 先月の半ば。エッジは、ザンゲツの20代から40代までの記憶を透視していた。

 目的は『青ばら』——メイとリン——対策である。

 その後、お約束の副作用でぶっ倒れて、5日間高熱が続いた。

 

 以前ザンゲツの記憶をのぞいたことはあるが、ただの実験だったため、全て早送り。

 じっくり拝むのは、今回が初めてであった。

 

 ザンゲツの記憶で目立った行動は、おおむね3パターンに分かれていた。

 焼失した旧書庫の中で、だいすきな歴史の書物を読んでいるか。

 愛する妻といちゃついているか。

 お館様への不平不満をじいと一緒に愚痴っているか……。

 

「……二度と人の記憶なんか読まねえぞ」

 

 まごうことなき本音をほろりとこぼす。すると、じいが食事のトレイを片付け始めた。

 

(あーあ、じいがリディアだったらなあ……)

 甲斐甲斐しいじいの世話っぷりに、思わず心の中でぼやいてしまった。

 そんなぼやき。一度や二度だけではないけれど。

 

「あとは、ザンゲツに丸投げしておけばよいのです」

「今すぐあいつにエブラーナ史の編纂作業やらせっか」

「それはいい考えですなぁ……!」

 

 隠居したら、エブラーナの歴史書の編纂作業をするように。

 エッジはかねてからザンゲツに、そう申し付けてあった。

 その前倒しを提案したら、じいも賛同してくれた。

 

「いつ死ぬかわかんねえし。じじいになりゃ忘れちまうからな」

「そうなると一番困るのは、若様ですからのう」

 

(城に縛っておけるし、休みが明けたら早速始めてもらうか)

 ザンゲツが隠居するまで、あと10年ほどかかる。それまで彼が生きている確証はない。

 その間に、この国の歴史を次々と忘れてしまうかもしれない。

 そうなると、エッジがまたザンゲツの記憶を読まなければならない。

 

 過去を振り返り、延々と書き留める作業をやらされるぐらいなら。

 さっさとザンゲツに編纂作業をやらせるに尽きる。

 

「ところで……『呪淫』をかけられたと聞いておりますが」

「紋章付けられただけだ」

 

 赤い蛇の目の紋章が刻まれた、右の手のひらを見せれば。

 じいが悲しそうな顔に変わった。

 

「何ともおいたわしい限りで……」

「女の目ェ見なきゃどうってこたねえよ」

「まあ、確かにそうですが……」

「『禁・人よけ』もかけてきたし、二度とあいつらにエブラーナは乗っ取れられねえよ」

 

 罪状が罪状だけに、メイとリンは檻の中で一生を終えるだろう。

 念のため、バロンの牢の中でふたりに『禁・人よけ』をかけてきた。

 仮に数年後。檻から出てきて遠距離から『呪淫』をかけられても。

 エッジが、リンないしはメイの目を見なければそれで済む話だ。

 

「メイたちはさておき。3年も女性の顔を見ぬように出来ますかな」

「いけるだろ?」

「確かに城の中は大丈夫でしょう。それ以外はどうされるのです」

「あっ……!」

「いくら若様が感知に優れているとは言ってもですなぁ。不慮の事故が起こらぬとは限りませぬし、術の内容もアレですから事情を公にする訳にも行かぬでしょう」

「……無理だな」

 

 —— —— ——

 城内は女性使用人を避ければいいだけ。告知しておけば、エッジを避けてくれる。

 ただし、それ以外の場所となると話は変わる。

 相手の不意な動きに、こちらが完全に対応出来るとは言いがたい。

 

『エブラーナ国王は、「呪淫」と呼ばれる特殊な術をかけられました』

 

 術の詳細を含めて、国内外にそんな公表でもすれば。地獄だ。

 王妃になりたい! お館様とヤってみたい!

 ……物好きな女どもが近寄ってきて、わたしの目を顔を見て見て攻撃が始まる。

 —— —— ——

 

(とにかく目ェ合わさねえようにしねえと……!)

 しばし思案を巡らせた結果。いい考えがぱっと頭に浮かんだ。

 

「……サングラス掛けるか」

 

 黒眼鏡——サングラスなら、視線が明後日に向いていても、色付きレンズが隠してくれる。

 

「それは名案ですなぁ。若様なら黒眼鏡でも許されます」

「なんでオレだけなんだよ」

「この国には、黒眼鏡文化は全く定着しておりませぬ」

「あぁ、そうだった……!」

 

 黒眼鏡を掛けた状態で相手と接するのは、大変失礼な行為。

 エブラーナではそんな風潮が根強い。

 

 —— —— ——

 相手の表情を読み解く際に、目は必要不可欠な身体部位。

 この国の忍者は視線を交わして、意志の疎通を図ることが多い。

 肝心要の目を遮るのは、相手を拒絶している。エブラーナではそう認識されてしまう。

 —— —— ——

 

(たまにここでも見かけっけど、最近移住してきた奴ばっかだもんな)

 黒眼鏡を掛けている者は、移民ぐらいしかいない。

 それぐらいには、この国では黒眼鏡は受け入れられていない。

 国王が黒眼鏡を掛けていても、誰も文句を言わないだろうけれど。

 

「面は流行ってんのにサングラスはだめって、なんか変だな」

「お面は目元が開いておりますからなぁ」

「……見た目よりマナー重視か」

「そういった国があってもよいではありませぬか。他の国に同じ真似をするよう迫る訳でもありませぬしな」

 

 お面は、デザイン次第でうさんくさく見えることもある。

 しかし、目の部分が必ず開いており、視線を交わすことが出来るから許されているらしい。

 

(国外発注か……)

 じいとやりとりしているうちに。この国には、黒眼鏡を取り扱う店や会社はない。

 エッジはそう気付いた。

 

「取り寄せまで、どれぐらいかかる」

「若様が快癒される頃には準備出来ると思います」

「よし。すぐ手配しろ」

「かしこまりました」

「だっせえの注文すんじゃねえぞ」

「もちろん、いくつか取り寄せてお持ちいたします」

 

(寝込んでいる間は、この部屋に女の使用人を入れなきゃいいな)

 エッジの要請を受け入れると、じいがこう言った。

 

「黒眼鏡も気に入らず、早めに『呪淫』を解かれたくなりましたら、いつでもじいにお声をかけてくだされ」

「……」

「すぐお好みの女性をご用意いたします」

 

 じいをじと目でにらみながら、ばーかばーかと心の中で罵倒した。

 

 リディアのそっくりさんだろうが。変化の術でリディアの姿に変えた忍者だろうが。

 リディア以外の女とセックスなんか、死んでも嫌だ。

 うさんくさいと言われようが、黒眼鏡を掛け続けた方がよっぽどまし。

 

「何にせよ、若様がご無事で、じいは安心しております。これもザンゲツの記憶を透視なさったおかげですな」

 

 ザンゲツという名を耳にした途端。あることをふと思い出して。

 エッジは小さな声で「『禁・人よけ』……」とつぶやいた。

 

「はて? それがいかがなされました?」

「……あいつの禁術……解除しといた……」

 

(わかってたくせに、いちいち聞いてくんなよ……)

 じいがとぼけたような表情で首をかしげた。

 老齢の側近から視線を逸らして、ばつが悪そうに報告した。

 

 現場でザンゲツや若いお城勤たちが、冷静に対応してくれた。

 おかげでエッジは『呪淫』を食らっても、メイとリンの傀儡にならずに済んだのだが。

 元を辿れば、ザンゲツの『記憶』のおかげと言ってもいい。

 

 —— —— ——

 ザンゲツは無類の本好きである。

 特にエブラーナの歴史については、彼の右に出る者はいない。

 ルビカンテの襲撃で、多数の歴史書が燃やされたことも余計して。

 いまやエブラーナの歩く歴史書と化している。

 

 そんなザンゲツの記憶の中を、先日エッジがのぞいたところ。

 若き日のザンゲツが、旧書庫でケイコク家の各種記録が載せられていた書物を読んでいた。

 その中には、『呪淫』『邪淫』など『色』の詳細も記されていた。

 なお、それらの書物も襲撃によって焼失。今は現存していない。

 

 シビエンでの強制捜査。バロンでの『青ばら』おびき寄せ作戦。

 これらに参加するお城勤全員に、『色』の詳細情報を公開した。

 

『「呪淫」を食らってすぐ、ケイコクの女の目を見てはならぬ。それをするぐらいなら、自身の目を潰した方がよい』

 

 そんなことが書物に記されていたとわかれば。

 誰が好き好んで、メイやリンの目を見るかと言う話である。

 —— —— ——

 

「それでしたら、ザンゲツから聞いております。ありがたき幸せにございます」

「じいは解除しねえからな」

「じいは先が見えております。解除する必要はありません」

 

 ようやく念願叶ったからだろう。

 じいが満足げな笑みを浮かべながら、エッジに頭を下げた。

 

 ***

 

——2か月前

 

 タツミの元に、イザヨイだけでなくお城勤も派遣しろ。

 じいのそんな進言を、エッジが受け入れたまではよかった。

 

 ところが、それからほぼ毎日。

 じいがしつこくこう頼んでくるようになった。

 ザンゲツにかけた『禁・人よけ』を解除しろ、と。

 

 はじめは『だめだ』と答えたら、じいもすごすご引き下がってくれた。

 しかし、9の月下旬のある日。事態は変わった。

 

 —— —— ——

『ザンゲツにおかけになった「禁・人よけ」を解除してくだされ』

『だめだっつったろが! 何度同じこと言わせんだよ!』

『でしたら、ザンゲツの……そうですなぁ、ここで働き始めてから9年前までの記憶をのぞいて下されば、解除していただけますかな』

『何??』

『あの者は昔から暇を持て余せば、書庫に入り浸っております。以前の書庫が焼失する前に、ケイコク家に関する書物を読んでおったかもしれませぬ。思い出したつもりでいても、忘れていることなどいくらでもありますしなあ』

『……てめえ、同僚売るつもりか』

『滅相なことをおっしゃらないで下され。ザンゲツもエブラーナのためだけでなく「禁・人よけ」が解除されると知れば、喜んで記憶を見せてくれますぞ?』

 —— —— ——

 

 じいの話を聞いて、エッジはこう考えた。

 ザンゲツの記憶を読むと、しばらく寝込む。ミストに行けなくなる。

 しかし、それを我慢してでも、記憶透視するメリットはあるかもしれない。

 

(逮捕出来たら、メイの記憶ものぞいてやっか)

 エッジはそう思い立ち、逮捕前にザンゲツ。逮捕後にメイ。

 ふたりの記憶透視を行うために、約1ヶ月もの間、リディア断ちすることを決めた。

 

 その後、ザンゲツの記憶をのぞいて有益な情報を得ることが出来た。

 それでも、どうしても『禁・人よけ』を解除したくなくて。

 エッジは今日の今日まで、じいからのお願いを無視し続けていた……。

 

 ***

 

「あいつには、特別ボーナス絶っっ対つけんなよ」

「重々承知しております」

 

 無事に『青ばら』——メイとリンの捕獲に成功したら。

 この作戦についた者には、特別手当を支給してやろう。

 エッジは前々からそう決めていた。

 

 結果『青ばら』の捕獲に成功。メイとリンの傀儡にもならなくて済んだ。

 ザンゲツには、特別手当の代わりに『禁・人よけ』を解除してあげた。

 ここで解除しておかないと、じいがわあわあうるさい。

 

「では、こちら。本日のXです」

 

 話が一段落ついて、じいが本日の地元紙Xの朝刊を渡してくれた。

 

「おお……! でっかでか載ってんじゃねえか……!」

 

 本日の一面記事は、もちろん『青ばら』逮捕。

 記事は『婚約解消は、ほぼ確実』と締めくくられていた。

 しかも、リンとメイの肩書きは『容疑者』。それを見ただけで、ついついにやけてしまう。

 

「シビエン家前当主の後妻とその娘が『青ばら』なら、こうもなるでしょう」

「明日、婚約解消を報じるように手はずついてるよな」

 

 逮捕を受けて、エッジがリンと婚約解消した。そんな記事が明日のXに載るであろう。

 

「そのことですが、Xには『お館様の一存で婚約解消が決まった』と報じるよう手配いたしましたので、どうぞご了承下さい」

「……は?」

 

 じいの一言に、エッジの顔つきが渋いものに変わった。

 

「おい、じい」

「何でしょう?」

「なんで、オレが破棄したことにすんだよ。逆だったろ」

 

 不満たらたらな表情で文句を言う。

 

 メイたちが捕まれば、『シビエン家から辞退の申し出がありリンと婚約解消した』。

 Xがそう報じる段取りになっていたはずなのに……。

 すると、じいはしれっとした表情で、こう答えた。

 

「タツミたっての希望です」

「……何だと?」

 

 —— —— ——

 エッジがバロンに滞在していた、先の月の終わり。

 敬愛するお館様が不在にもかかわらず。タツミが突然エブラーナ城に現れた。

 

『「シビエン家からの辞退の申し出」なんてとんでもない話です。どうか、お館様から婚約破棄するように報じて下さい! これ以上、お館様からの温情は必要ございません!』

 

 タツミが泣きながら、じいに頭を下げに下げてきた。

 じいが受け入れると、前祝いならぬ前お詫びとばかりに。

 紫微宮と紫微星をそれぞれ10ケース、城に置いて帰っていったという。

 —— —— ——

 

 リンとメイ対策をはじめに、タツミとは様々な情報を共有していた。

 もちろん、バロンでの『青ばら』おびき寄せ作戦も知っている。

 

「ばかな奴だな。しょうもねえことで、ここ来やがって……!」

 

 逮捕後、『シビエン家から申し出があった』。そんな理由で、リンとの婚約解消を発表する。

 タツミには、そう伝えてあったのに。

 それを不服として、お館様不在を狙ってじいに頭を下げにきたのがバレバレだ。

 

「それだけではございませぬぞ?」

「……何だよ」

「タツミは、自身の監督不行き届きで、自身やシビエン家も何かしら処分を受けるべきだと考えておるようです」

 

(誰がそんなことさせっかよ!!)

 タツミのことだ。一族取り潰しするように、申し出るつもりでいたのだろう。

 

「どうなされますかな?」

「却下。——あいつにゃ、これからも北でエブラーナを支えてもらわねえと困んだよ」

「それならタツミの意を汲んで、たかが新聞の見出し記事の表現ぐらい目をつぶってあげて下され」

 

 じいからそうぴしゃりと言われてしまい、それ以上反論するのは辞めた。

 そして、タツミの意志を受け入れることにした。

 

§

 

 その後、あるお城勤への今後の対応をじいに命じた。

 彼は『邪淫』をかけられて、今も撒菱の中に封じられたままである。

 婚約者の了承をもらえたら、『邪淫』が解除されるまでヤレるように。

 城下町の出合茶屋を提供するよう手配はしたものの。

 婚約者と連絡がつくまで、撒菱を保管しておくしかない。

 

「あとはそうだな……書くもんここに持ってきてくれ」

「メイの記憶ですな。こちらに準備してあります」

 

(早っ!)

 これに書けとばかりに、じいがベッド机の上にペンと用箋を置いてくれた……。

 なんと気が利く。一瞬そう思ったが、いつものことなので褒めなかった。

 

「どうせ全員、白状しねえだろうしな」

「逃げられぬ証拠がございます。バロンの拷問部隊も優秀との噂ですし。落ちるのも時間の問題でしょう」

「そういや、イヌイはどうしてんだ」

「昨日こちらに移送されてきましたが……やはり、会話もままならない状況ですな」

 

 『呪淫』をかけられた傀儡は、リンやメイの命令次第で人間らしく振る舞える。

 逆にリンやメイがそばにいなかったり、これといった指示がないと表情は途端に無に変わる。

 自ら言葉を発することもほとんどなくなるので、会話などもってのほか。

 

「『呪淫』の効果が切れるまで、このままかと思われます」

「そういや、イヌイの奴。最初は『邪淫』しかかけられてなかったな」

「では、いつから『呪淫』を?」

「9年前。——親父が死んでからだ」

「……さようですか」

 

 メイの記憶によれば、当初メイは『邪淫』を使って。

 愛妻を失くしたばかりの、イヌイの心の隙に入り込んだ。

 

 その後、エッジの父親——前国王が亡くなった報を受けて。

 メイはすぐにイヌイに『呪淫』をかけて、以後10年近く傀儡として利用していた。

 

「前国王は、先妻を亡くしたイヌイを御せる唯一の存在でした。メイは前国王が生きておられる間は、イヌイを傀儡にするのは早計と考えたのかもしれませぬな」

 

 じいの言う通り。タツミがエッジの犬なら、イヌイは前国王の犬。

 イヌイが前国王の在位中に、不審な動きを見せる訳がない。

 そのためメイは、イヌイに『呪淫』をかけるのを、エッジの即位まで待っていた。

 

「そんで、今年『呪淫』をかけ直されたばっか」

「正気を取り戻すのは3年後……イヌイは生を終えるまで地獄の日々を味わうでしょうな」

「そうだな」

「前国王が、生きておられたら……」

 

 じいが言葉を途中で切って、沈痛な面持ちで目を伏せた。

 

 イヌイも若い頃、お城勤として前国王の下で働いていた。

 これから元同僚に待ち受ける悲惨な末路に。じいは憐憫の情を抱かずにはいられないのだろう。

 

「……検査も兼ねてしばらくイヌイの面倒見てやるように、医療部へ伝えといてくれ」

「かしこまりました」

 

(……散々だな)

 イヌイは前国王だけでなく、国への忠誠心も高かった。そう記憶している。

 タツミですら一族取り潰しを考えていたぐらいだ。

 自身が傀儡にされていた間のメイやリンの所業を知ったら。自責に苦しむのが目に見える。

 

§

 

「して、若様。書類がずいぶん溜まっておりますが、いつから手をつけられますかな?」

 

 エッジは、先月29日——『呪いのコロネット』の展示前日——にバロンへ向かってから。

 今日まで公務はおろか、書類に一切手をつけていない。

 

 国王が休んでいても、国は動いている。こうしている間にも、書類は溜まっていく。

 

「薬、いつまで保つ」

「……あと3時間ほどですな」

「全部持ってきてくれ。こいつ書いたら手ェ付ける」

 

 エッジはベッド机に置かれた用箋を指でとんとんつついた。

 書類作業に入る前に、まずメイの記憶を書き留めておかねばならない。

 

「かしこまりました。では、今からこちらにお届けいたします」

 

ばたん

 

 じいが私室を後にするのを見届けてから。ペンを手に取る。

 そして、用箋にメイの記憶を乱雑に綴り始めた。

 

 『犯罪者の経歴情報』。そんな名目で事務方で清書してからバロンへ送る。

 その写しもエブラーナ城で保管する予定になっている。

 

「……っ、気分悪りぃなあ」

 

 記憶内容を書いている最中に、思わずそうこぼしてしまうぐらい。

 あんな記憶見なければよかったと、後悔してしまうぐらい。

 メイの記憶は、人として、エブラーナの国王として不快なものばかりであった。

 

 —— —— ——

 幼少の頃からメイは、ケイコク家に代々伝わる『色』の使い方や薬の製法。

 忍者の修行に加えて芸事の作法を、元花魁の母親や祖母から伝授された。

 人間性さえ良ければ、お城勤にスカウトしたいぐらいである。

 

 おまけに、こう言われ続けながら育った。

 

『いつかあたしたちが教えたことを利用して、シビエンやジェラルダインを乗っ取ってやりな』

 

 代々ケイコク家の血を引いているから、国家反逆したくもなるだろう。

 メイは後年、娘のリンにも自身が母親から受けた同じ教育を施していた。

 —— —— ——

 

 そして、祖母や母親はメイにこう言い残して息を引き取った。

 

『あたしたちにはジェラルダイン家の血も流れてる。にっちもさっちも行かなくなったらそれを盾にして、王族に入り込んでやればいいさ』

 

 ***

 

——約2か月前 9の月5日

 

 この日の午前中——バロンでギルバートの演奏会が開かれる直前。

 じいが執務室に現れた。

 

 ザンゲツが『邪淫』にやられた。

 じいがそう報告した直後、何やら古い巻物をエッジに見せてきた。

 巻物の正体はエブラーナ王家の古い家系図。ただし、訳アリで差し替えられたものだという。

 

 ところが、提示する条件を呑んでもらえない限り、中は見せない。

 じいはそんな無茶を言う。

 条件のひとつは受け入れたが、もうひとつは拒否した。

 それも呑んでくれ、絶対呑めない。しばらくの間、そんな応酬が続いたが。

 最終的にじいが折れてくれたため、巻物の中身を見せてもらうことになった。

 

「そんな古い巻物、どこで見つけた」

「この数日間、ザンゲツに書庫と文殿に出入りしてもらいましてな。文殿の奥の奥にしまいこまれておったようです」

 

 リンとの婚約が決まった直後。ザンゲツに文殿をすみからすみまで漁ってもらった。

 結果、この巻物——エブラーナ王家の古い家系図——が見つかったという。

 

 —— —— ——

 文殿は、エブラーナ国王代々が受け継ぐ秘伝忍術書や禁術書など。

 重要書物や宝具が収められている倉庫である。

 村雨も売りに出されるまで、この中に保管されていたらしい。

 

 武具庫や書庫より、更に深い地下にあるおかげで。

 9年前のルビカンテの襲撃による被災から免れていた。

 —— —— ——

 

 ただし、文殿に入れる者は国王のエッジとじいだけ。

 それ以外の者の立ち入りは禁止されている。

 

「何やってんだよ!! 他の奴入れたらだめって決まりだったろ!!」

 

 禁を破ったじいを怒鳴ったが、老齢の最側近は意に介さない。

 

「若様も、秘伝忍術書をザンゲツに見せたではありませぬか!?」

「っ……」

「あの書は、代々の国王以外は閲覧不可と言う決まりがあったはずですぞ!」

「あっ、あん時は緊急事態だったから、しょうがねえだろ!」

 

 じいのもっともな指摘に、うろたえながらも言い返した。

 エミールにさらわれたリディアを救出する作戦を立てるために。

 国王自ら禁を破り、エブラーナ秘伝忍術書をザンゲツに見せていた。

 

「あの時と同様、これもエブラーナの一大事に関わることなのです!!」

「っ!」

 

 頭の血管が切れそうなぐらいな勢いで、じいが叫んできた。

 

 禅譲制や御伽衆設立。信書の権限を移行した時。

 ……都合の悪い命令をされた時以上に。この時のじいの表情は真剣そのものであった。

 

「ザンゲツには罪はありませぬ。咎めるなら、この老いぼれだけにしてくだされ……いかなる罰をも受ける覚悟でおります」

 

 数秒ほど、エッジと老齢の側近のにらみ合いが続いた。

 若様に歯向かい、取引も持ち掛けるのだから。よほど重要な情報なのだろう。

 

「……わかった。今回だけ目ェつぶってやる」

「ありがたき幸せでございます」

 

 エッジが折れると、じいは「では、こちらを……」と言いながら。

 やっとこさ机の上に、巻物を縦方向に広げてくれた。

 

 やはり、中身は家系図であった。

 エブラーナ王家のものなので、初代国王から始まっている。

 おまけに、配偶者——姻族の系図も載っていた。

 

「つーか、エヴァンの代で終わってんじゃねえか」

「これはエブラーナの歴史の闇。ですから続きはございませぬ」

「……は??」

 

 建国当初の歴史の闇——黒歴史と聞いて、まず思いつくのがエミールの脱走だ。

 しかし、まあまあ有名な話なので黒歴史ではない。

 

「ここを見て下され」

 

 首をかしげていると、じいがある人名を指し示した。

 その周辺を見るやいなや、エッジは大きく目を見開いた。

 

「あの野郎……ふたりも嫁がいたのか!?」

 

 なんと、エミールは側室を設けていた。

 

 初代国王の血族——王族の者は、みな一夫一妻。エミールも同じ。

 この時までエッジはそう思い込んでいたのだ。

 

「エブラーナが一夫一妻制になったのは、50年ほど前です。当時は珍しくありませぬ」

「助手の記憶のぞいた時、エミールそんなことしゃべってなかったぞ?」

「エミールにとって葬りたい過去だったのかもしれませぬ。そういった出来事は、胸の内に留めておくものですぞ」

「もうひとりの嫁は、こいつの黒歴史か」

「おそらく。——それにですな、人の脳には限界があります。普通は加齢により、記憶が薄れていくものです」

「……じいがおかしいだけだな」

「さようです」

 

 エミールの正妻は、ジェラルダイン家の末席の女性。

 側室はラゴウとのみ書かれている。

 ところが、このラゴウ。他の配偶者たちと明らかに違う点があった。

 

「こいつ、親父やじいさんはいなかったのか」

 

(兄弟や叔父もいねえ……)

 ラゴウには、母親と祖母の名前だけしか記載されていない。

 

「身元が定かではないので、載せようがなかったのです」

「はぁ?」

「ザンゲツが若き日に読んだ書物に、こう書かれておったそうです」

 

 じいがそう前置きしてから、建国より30年ほど前に書かれた書物の内容を話してくれた。

 

 —— —— ——

 ケイコク家では、男は奴隷兼種馬にしか過ぎない。夫や父親、兄や弟は存在しない。

 一族に生まれた赤子が男であった場合。当主の身内でも名前ではなく番号を付けられる。

 

 ケイコク家にまつわる逸話はいくつか後世に残っている。

 しかし、この逸話ほど恐ろしいものはない。後世に言い伝えなければならない。

 —— —— ——

 

 書物が残されてから程なくして、その逸話が大陸全土に広まった。

 それをきっかけに、ケイコク家は悪名高き一族と呼ばれるようになったという。

 

「ですから、ラゴウの系図には男性の血縁者の名前がないのです」

「マジかよ……!」

 

 ラゴウだけなぜ、女性血縁者しか記されていないのかは、すぐわかったが……。

 これまで、じいが条件を提示してまで、情報をほいほい見せなかったか。

 その理由に気付いてしまった。

 

「どうされましたかな?」

「これじゃあ、メイとリンがエミール……ジェラルダインの血も引いてるってことじゃねえか!?」

 

 ひょうひょうとした表情で、こちらを窺うじいに向かって。

 エッジは両拳でどん!! と机の上を強く叩いた。

 

「ケイコク家滅亡時の当主はラゴウの母親。エミールの側室ラゴウは、唯一の生き残りでしょうな。もっとも、血族関係は調べようがありませんので断定はできませぬが」

「下手したら、リンかメイのどっちかが『深海の碧』をだったかもしれねえってことじゃねえか!?」

「どちらもそうでなくてよかったですなあ」

 

 じいがのほほんとそう話した。けれど、冗談でもそんなことを言わないで欲しい。

 

(エミールの野郎……! どんだけ迷惑巻き散らしてくれたんだ!)

 人を操る『深海の碧』と『呪淫』どちらも使える。

 しかも、強欲で目的のためなら手段を選ばない。

 そんな性質の悪い人間が生まれてきたら、エブラーナは終わりだ。

 

「この巻物には、まだ続きがございましてな」

 

 じいがそう言いながら、巻物をくるくると開いていく。

 

 エヴァンの代で家系図が途絶えており、それより下は空白が続いていた。

 すると、途中から『以下に記す理由により、この家系図は無効とする』

 そんな冒頭に続いて、無効の理由が長々と小さな文字で書かれていた。

 

 —— —— ——

 エブラーナが建国される数年前。

 初代国王が各部族に和平を持ち掛ける直前。ケイコク家はシビエン家に滅ぼされた。

 

 当時の当主の娘ラゴウも捕まり、処刑されようとしていた。

 ところが、その直前になりラゴウは女当主に泣きながら命乞い。

 結果、処刑を免れてシビエン家で捕虜として生きることになった。

 

 建国から数年後のある日。

 初代国王の息子エミールが、ひとりの女性をエブラーナ城に連れてきた。

 

『このラゴウに求婚して受け入れてもらいました。シビエン家の当主からも許可をもらったので、ここに連れて参りました。本日から側室として、この城に住まわせることにいたします』

 

 エミールの報告を聞いて、彼の父や双子の兄弟をはじめに。

 ジェラルダイン家の血縁者——王族はみな一斉に反発。全員ふたりの婚姻に猛反対した。

 しかし、エミールは周囲の反対を押し切り、ラゴウを側室に迎え入れた。

 

 更にそれから約2か月後。初代国王が王位継承者にエヴァンを指名した。

 その夜、エミールは自身の部下と家族を連れてエブラーナ城から逃亡した。

 

 ところが、エミールの側室にもかかわらず。ラゴウだけはエブラーナ城に残っていた。

 なぜ止めなかった。なぜついて行かなかった。

 初代国王や王族から口々にそう問われると、ラゴウはこう自慢気に話した。

 

『しょせん、あの男は負け犬ですもの。「逃げるなら、てめえらだけで逃げろ。負け犬が」と唾を吐いてやりましたの。その時の奴の顔ったら……いい気味でしたわぁ!』

 

 その場にいた者たちは、勝ち誇ったように高らかに笑ったラゴウを見て。

 このまま彼女を王族に置いておくべきではないと考えた。

 

 その後、初代国王はラゴウをエブラーナ城から追放する勅命を下した。

 王族や城で働く者など。王家に関わる全ての男性全員に近付くことが出来ないように。

 考案したばかりの術『禁・人よけ』をラゴウにかけてから、城から追い出した。

 —— —— ——

 

 追放と同時に、エブラーナの国史からエミールの側室ラゴウの存在そのものも抹消された。

 その代わりに、経緯をここに記しておく。

 巻物の文章は、そういった一文で締めくくられていた。

 

「禁術書の編纂は、この直後です。初代国王はラゴウ追放を機に、危険な術をまとめて禁術書に遺したと思われます」

「悪いことやってねえのに、禁術かけて追放か……初代国王にしちゃずいぶん思い切ったな」

「それだけケイコク家を恐れていたと言う証ですな。実はシビエンがケイコクを滅ぼしてくれて、初代国王も当時の王族の方々も、みな心のどこかで安堵したやもしれませぬ」

 

 じいの言葉は一理ある。エッジはそう思った。

 

(オレも今こうして生まれてきてなかったかもしれねえ……)

 不殺主義ゆえに、無血で大陸統一を目指していた初代国王のことだ。

 シビエン家の女当主が、ケイコク家を滅ぼしていなければ。

 彼女たちの扱いに手をこまねいて、建国するまでに時間がかかっていた。

 もしかしたら建国出来ぬまま、この世を去っていたかもしれない。

 

「なんでエミールはこんなしょうもねえ女と結婚したんだか……」

「エミールは、ケイコク家の術を利用したかったのだと思われます。ラゴウはラゴウで、エミールが国王に即位できなければ、他の王族を影から操る気でいたのでしょう」

 

 ケイコク家の血を引く女は、みな好戦的。しかも強欲で非人道的なことを平気でやる。

 対してジェラルダイン家は戦いを好まず、情に厚く質素を好んで不殺主義を貫く。

 

 エミール以外のジェラルダイン家の者は、みなケイコク家に拒否反応を示して。

 エミールとラゴウの婚姻に真っ向から反対したのだろう。

 以上はザンゲツの推論。じいがそう話した。

 

「お互い、最初から愛も情もねえ打算にまみれた結婚か」

「ある意味、お似合いの夫婦ですな」

「メイたちに関しちゃ、イザヨイたちに悪事の証拠を見つけさせりゃいい。婚約解消どころか、一生檻ん中にぶちこんどけるぜ」

「おっしゃるのは簡単ですが、そううまく話が転がりますかのう……?」

「忍者なめんなよ。オレを怒らせたらどうなるか、恐ろしさを見せてやるぜ」

「そこまでおっしゃるのでしたら、今後は婚約をはじめに、勝手に事を決めるような真似はお辞めくだされ」

「ぐっ……!」

 

 最後に単独行動を咎められて、じいとの話し合いがやっと終わった。

 

 その夜。イザヨイがシビエン家の別宅で『青ばら』のカードと、そのストックを見つけた。

 

 じいの先行き不安と裏腹に、リンと婚約解消するだけでなく。

 メイやリンを公然と檻の中にぶち込める理由が出来たのであった。

 

 ***

 

『あたしたちも、ジェラルダインの血を引いているからね。王族に入る資格はあるはずだよ』

 

 あの日、メイが誇らしげにそう口にした言葉は正しい。

 メイはケイコク家と王族の血を引いている。リンはそれにシビエン家まで加わる。

 

 しかし、約1年に渡って窃盗団として世界各地で大暴れしたから。

 死ぬまで牢屋暮らしは避けられず、子を設けることも不可能。

 今後、ケイコク家とエミールの子孫は現れないだろう。

 

 ジェラルダイン家もエッジの代で終わる。さすれば、シビエン家も愛慕敬慕対象がいなくなる。

 これ以上、エブラーナには血に振り回される者は現れないはず。

 

(もしかしたら、オレは特殊な血の清算を行うために生まれてきたのかもしれねえな……)

 そんなことをぼんやり思いながら。メイの記憶を用箋にしたためていた時。

 記憶の一場面——若い男に触れられ、メイが喘ぐ——が脳内にふと蘇ってきた。

 

「うわぁ、気持ち悪りぃ……!!」

 

 ペンを叩きつけるように机に置くと、両手で髪の毛をぐしゃぐしゃかきむしる。

 そうすることで脳内に浮かんだ、みだらで不愉快な記憶映像を吹き飛ばした。

 

 —— —— ——

 花魁時代はさておき。イヌイの愛妾になってからつい最近まで。

 メイは不特定多数の男性と不貞を働き続けていた。

 

 メイの記憶は、男とセックスする場面がとても多かった。

 しかも、彼女や相手が快楽に浸っていたのはよくわかったが。

 そこには愛が存在していないように見えて、不快極まりなかった。

 

 多数の不貞の相手の中には、エッジたちが捕獲した『青ばら』の男もいた。

 

『今度トロイアにアジトが出来るんだ。おまえも手伝わないかい??』

 

 そうスカウトされていた男もおり、メイは相手をとっかえひっかえしながら。

 見込みのある男を何かしらの『色』で堕として、『青ばら』に勧誘。

 実働メンバーか、各地のアジトの常駐員として雇っていた。

 

 一方、イヌイとのセックス回数はごくわずか。

 『呪淫』を使った時と、その効果が切れる前に『呪淫』をかけ直す時ぐらいだ。

 

 メイは最初に『邪淫』を使っただけで、前妻を失くしたイヌイを堕としていたため。

 必要以上にイヌイと閨を共にする必要がなかったと見える。

 —— —— ——

 

「はぁ……」

 

 ため息をつきながら、髪をかきむしっていた手を止めて。

 再びペンを取ると、用箋に筆を走らせる。

 そろそろじいが書類をどっさり持ってくる。

 くそ女の記憶にいちいち反応していたら、きりがない。

 

(他の野郎がメイの記憶透視したら、今頃びんびんに勃っておさまらねえんだろうな)

 エッジは、どれだけエッチな本を見ようが。他人のセックス映像を見ようが全く勃たない。

 リディア相手にしか身体が反応しないのだ。

 

 しばらく下世話なことをふつふつ考えながら、筆を走らせていたら。

 ふと、ある可能性がぱっと頭に浮かんできた。

 

「……リンの奴、イヌイと血ィ繋がってねえかも!」

 

 メイはリンを妊娠した前後に、イヌイだけでなく他の男とも閨を共にしていた。

 リンの父親はイヌイ。そういうことになっているが、実は違うかもしれない。

 

 しかし、イヌイとリンが本当に血縁関係にあるかどうか。

 この世には、それを確認する方法は存在していない。

 

「『血縁関係ではない可能性が非常に高い』……って書いとこ」

 

 独り言めいた言葉を、そのまま用箋に書き終えると一旦休憩。

 鼻の下にペンを乗せて頬杖をつき、ぼんやりと天井を見上げながら。

 忠誠心が無駄に高い、元部下の一族に思いを馳せる。

 

(皮肉なもんだよなあ)

 ケイコク家にせよ、シビエン家直系にせよ。ジェラルダイン家にせよ。

 血に振り回されず、生きようとすれば生きられると思うのだ。

 実際に現在進行形でタツミの姉ふたりが、身をもって証明している。

 

 —— —— ——

 タツミの姉たちは、愛慕対象だったエッジと離れたことで。

 シビエン家の外で伴侶を得て、新しい家族を設けることが出来た。

 

 披露宴の翌々日。タツミがソイと新婚旅行で国外を回る際。

 父親イヌイから勘当された詫びを兼ねて、ふたりの姉それぞれの自宅を訪れた。

 しかし、どちらもタツミとの面会を拒否した。現在も全く連絡が取れないという。

 

 披露宴の時は、軽いノリでエッジを食事に誘っただけだったろうに。

 それで勘当されてしまったのだから、姉ふたりも腹も立つだろう。

 

 今頃、姉ふたりは『青ばら』——メイとリンが捕まったことを知って。

 それ見たことかと、笑っているのかもしれない。

 —— —— ——

 

(シビエンの血ィ断ち切った姉どもに比べて、タツミやオレは……)

 タツミにはソイがいる。それに、愛慕ではなく敬慕だからいい。

 ……問題は、エッジである。

 自身に流れるジェラルダイン家の血——愛念対象のリディアにどっぷり浸かっている。

 

「何を今更……」

 

 そうつぶやいてから、ふっと自嘲めいた笑いをこぼす。

 すると、鼻の下に引っ掛けていたペンが用箋の上にぽとりと落ちてしまった。

 それを気にも留めず、続けて小さな声でこうつぶやいた。

 

「オレはこれで満足してんだ……」

 

 血の影響がなくとも、リディアを愛していただろう。

 けれど、エッジは現状にとても満足している。

 普通の恋愛をしろ。周囲からそう言われても出来ない。

 

 仮に今、目の前に神とやらが現れて。

 

『そなたの異常な愛念対象を消して、普通の恋愛をさせてやろう』

 

 そう命じられても、エッジは断固拒否する。

 例え結ばれなくとも、リディアに心を囚われたまま死んでいったほうがマシだ。

 

 

§

 

 記憶をだらだら綴り終えてから。しばらくして扉を叩く音が聞こえてきた。

 

「どーぞ」

「失礼いたします。手つかずの書類をお届けに参りました」

 

 女中から借りたのか。じいが配膳ワゴンを押して私室の中に入ってきた。

 ベッドまで運ばれてきたワゴンの上には、書類が山のように積まれている。

 

「っ、こんなにあんのか……!?」

「月末の3日間。まるっと抜けておられましたからな」

 

 山積み書類を目にするなり、思わず不満の声を上げた。

 

 各部署が慌ただしくなる月末締め。そして、不在の3日間。

 それらが合わさって、普段の3日分以上の量となったようだ。

 しかし、この作業は、誰も代わりにやってくれる者がいない。

 これからエッジが少しずつさばいていくしかない。

 

「このままワゴンと共に置いておきます。どうぞごゆるりと作業して下され」

「ああ」

「して、若様」

「……なんだよ」

 

 じいが凪のような穏やかな笑みを見せながら、こう言った。

 

「若様が若様らしさを取り戻されて、じいは嬉しゅうございます」

「……!」

 

 エッジは後ろめたさを感じて、じいから視線を逸らしてしまった。

 

 1年近くも、若様から距離を置かれて寂しかった。

 じいからそれがびしびし伝わってきたから。

 

 —— —— ——

 1年ほど前。禅譲制に移行する話を打ち明けてから。

 エッジはじいとザンゲツのふたりと距離を置いていた。

 

 しかし、ザンゲツがメイから『邪淫』を食らってから。

 ふたりへの口調や態度は、元のくだけたものに戻っていた。

 『御伽衆』の任務に関する、情報遮断も辞めてしまった。

 —— —— ——

 

 夏からのシビエン家と『青ばら』に関する一連の出来事は。

 エッジが独善で突っ走っていた自身を省みる、いい機会でもあったのだ。

 

「ザンゲツへの慈悲深き計らい、大変感謝いたします」

「……」

「それでは」

 

 物言わぬエッジを意に介さず、じいが深々と頭を下げて私室を後にした。

 

(じいはまだ解除してねえのに……)

 ザンゲツにかけた『禁・人よけ』を解除してもらえたことを。

 じいが心の底から喜んでいるように見えた。

 

「あーあ」

 

 じいが消えてすぐ、エッジは気が抜けたような声をあげながら。

 両手を頭の後ろに組んで、ごろりとベッドに寝転がった。

 

 —— —— ——

 上司が王妃適性マイナスの女と婚約したが、なんとか婚約解消することが出来た。

 上司にかけられた、ザンゲツの『禁・人よけ』が解除された。

 上司から1年ほど距離を置かれていたが、元に戻ってくれた。

 —— —— ——

 

 この件で一番得をしたのは、あの年寄りふたり。……特にじいではなかろうか?? 

 

「やっぱ、じいにゃ勝てね……」

 

 年の功に加えて、常人以上の頭の良さを持つじいにしてやられた気がするが。

 婚約や『青ばら』に、シビエン家の家庭問題……。

 この数か月の間、抱えていた問題は上手く収まったから、それで良し。

 

 過ぎたことを考えていても仕方がない。

 先月に続いて、これから高熱にうなされながら。

 解熱剤が効いている時間帯に、書類をベッドでさばくの繰り返し……。

 しばらく、城にひきこもらなければならない。

 

「……ちゃちゃっと片付けてやっか」

 

 エッジはそうつぶやきながら、むくりと起き上がると。

 ベッド机で、書類の片付け作業に取り掛かり始めたのであった。

 

(15日までに動けるようにしねえとな!)

 11の月15日にミストへ行くことにしている。約1か月ぶりにリディアに会える。

 エッジは、その日をとても心待ちにしていた。

 ……予期せぬ便りがエブラーナ城に届いた、あの日まで。

 

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