※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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長文注意


希望と言う名のたまご

 

 

——11の月3日

 

 

 ミストの洞窟の中はとても暗い。

 常に霧が立ち込めているせいか。ひんやりとした空気も漂っている。

 

 そんな洞窟の中を、ミストの一部のおとなと子どもたちが縦並びで。

 バロン側の出入り口へ向かって、ゆっくりと進んでいた。

 おとなたちがそれぞれランタンを持つ中。リディアだけは灯球を頭上に浮かばせていたけれど。

 

「こわいよ……」

 

 ノアが怯えたような声でそう言った。

 リディアたちの前の集団にいる彼は、身体を縮こまらせながら先を歩いている。

 

「どこがだよ」

「なんか寒いし、暗い……」

「ははっ、震えちゃってるよ」

「ここは雑魚モンしか出ねーよ。俺がぽいぽいってやっつけっから平気だって」

「そうだぞ。オリバにまかせときゃいいんだよ」

「う、うん……」

「ほら、行くぞ」

 

(よかったね、ノア)

 オリバたち3人の悪ガキが、ノアの肩を叩いて励ましている。

 何とも微笑ましい光景が目に入ってきて、うすらと笑みを浮かべた。

 

 ノアは、この洞窟を通るのは初めて。不安かもしれないが、オリバがいればなんとかなる。

 オリバは、黒魔法をそこそこ使える。しかも、先日チョコボと契約して召喚士のたまごになったばかり。

 このミストの洞窟も、ゴブリンなど弱いモンスター——雑魚モンしか現れない。

 そのため、初心者冒険者向きのダンジョンという評判が立っている。

 

「……大げさだなあ……」

 

 隣を歩くジャンヌが、何かぼそっとつぶやいた。

 

「え? 何か言った??」

「別に」

 

 よく聞こえなかったから、ジャンヌに聞き直したけれど。そっけない返事。

 ……ただの独り言だったようだ。

 

 ジャンヌは手荷物とは別に、ランタンを吊るした身の丈より長い棒を肩に担いでいる。

 雑なスタイルだが、長い棒は護身用でもある。

 彼女は棒さえあれば、雑魚モン(スター)なら余裕で倒せるのだ。

 

「ねえ、先生」

「なあに?」

 

 女の子ふたりが不安そうに、リディアの見えないケープを後ろから引っ張ってきた。

 

「いつここから出られるの?」

「30分ぐらい歩いてる気がするよ……」

 

 ふたりはノアのように怯えてはいない。それでも、早く外に出たくてたまらないように見える。

 

「あとちょっとだよ」

「ほんと?」

「洞窟出たら、すぐ着くから。がんばろうね」

「うんっ」

 

 リディアが振り向きながら励ましの声をかけてあげれば。

 女の子たちの表情が明るくなったように見えた。

 

 —— —— ——

 朝から夕方まで、公民館で勉強したり魔法を習得している。

 ミストの子どもたちは、休みの日以外そんな日々を送っている。

 本日は、それらをお休みして野外でお昼ごはん。

 いわゆる、ピクニックに向かっているところである。

 

『花火以外にも何か、子どもたちの行事があればいいと思います』

 

 9の月後半の寄合で、ミネルバがそんな提案をしたことがきっかけで。

 次に開かれた10の月前半の寄合では、住民から多数の企画が持ち込まれた。

 おゆうぎ会、ミストマラソン大会に星空鑑賞会。公民館でお泊まり会、牛の乳搾り体験会……。

 その中から、多数決で選ばれたのがピクニックであった。

 —— —— ——

 

 ピクニックの責任者は、村長のラルフ。

 引率者は、ミネルバをはじめとした教師数名と黒魔法講座の講師リディア。

 そして、ジャンヌを含めた20人近くの有志。

 大半はノリのいい者で、新しい行事に自ら進んで参加してくれた。

 

「うわー」

「出口だあ!」

 

 程なくして、前からうっすら光が差して明るくなった。

 やっとバロン側の出入り口が見えてきて、みんな口々に歓声を上げる。

 

「よかったね。もう外だよ」

「うん!」

「もうすぐごはんの時間だぁ」

「おなかぺこぺこだよー」

 

 リディアも後ろを振り向き、女の子たちに声をかけると。

 既に到着したと勘違いするぐらい、満面の笑みを見せてくれた。

 

(ミストの女の子は、みんな素直でいい子ばかりだなぁ)

 男の子も、こういう子どもばかりなら申し分ないのに。

 リディアはついついそう思ってしまう。

 

「先生おやつ持ってきた?」

「お弁当なあに?」

「え……」

「聞いても無駄だよ。——こいつは、おやつもごはんもみんーな一緒くた」

「ちょ、おばちゃん。余計なこと言わないでよっ!?」

「はちみつトーストとゆで卵じゃ、おやつと変わんないぞ」

「りんご切ったもんっ!」

「先生。りんごはデザートだよ」

「やだぁ、おやつばっかり!」

 

 ジャンヌに本日のお弁当の中身をばらされてしまった

 女の子たちにも笑われたが何も言い返せず、ぐっと唇を噛みしめるしかない。

 

「先生、栄養バランスもっと考えよう??」

「野菜も食べなきゃだめだよ」

 

 食生活を考えろ。子どもからそう説教される大人もそうそういない。

 

「……はい」

 

(おばちゃんのばか!)

 してやったりの表情で、ジャンヌがこちらを窺っている。

 彼女を軽くにらみながら、女の子たちに小さな声で返事をしたのであった。

 

§

 

 洞窟を抜けると、一面木々に囲まれた草原が広がっていた。

 そこには、矢印と『バロン国立緑地公園』が描かれた看板がぽつんと立っている。

 目的地——昼食場所まで、あと少しだ。

 

「なんだよぉー」

「ミストと変わんねーし!」

「公園って大げさ!」

 

 ミストの洞窟に入る前と、さして変わらない光景を見て。

 オリバたちが口々にぶうを垂れながら、看板の矢印に沿って先を進む。

 

 —— —— ——

 2年前。バロンがミストの洞窟の出入り口周辺を調査した。

 結果、バロン側の出入り口周辺はモンスターが現れないことが判明。

 バロンはその場所を、自然に戯れながら遊んだり、ごはんを食べる場所。

 ……バロン国立緑地公園と定めて一般公開を始めた。

 —— —— ——

 

 公園は現在、バロンの学校や家族連れを中心に利用されている。

 なんと、国外から遊びにくるお客さんもいるらしい。

 

「こら、あんたたち。減らず口叩かないで、さっさと歩きなさい」

「ほんとのこと言って何が悪いんだよ」

「公園にはね。ボール遊びやかけっこで遊べる広場があるわよ」

「そんなのミストのはずれにもあるじゃん」

「っ……あ、浅瀬の川もあるから水遊びも出来るしぃ?」

「それもミストにあるよね」

「くっ!」

 

 オリバたち悪ガキの不平不満に、ミネルバが必死で対抗している。

 しかし、ああ言えばこう言う攻撃にやや押され気味。

 

「ね、ねえ……もうやめようよ」

「何言ってんだよ」

「ミネルバ先生が困ってるじゃないか」

「いい子ぶってもだめだぞー? おまえも俺たちと同罪だ!」

「それはいいけど。先生はいじめちゃだめだ。今日のために下見や準備してくれたんだから……」

 

 ミネルバに失礼だと、ノアがオリバたちを諭している。

 ノアは諸事情で悪ガキ軍団に加入した(させられた)が、今や軍団の良心的存在である。

 

「ノアぁ……! あ、あんたって子は……!!」

 

 かばってくれたノアに感極まったのか。ミネルバがもう泣きそう。

 ところが、世間はそう甘くない。

 

「ばっかだなあノア。苦情は必要だぞ?」

「それをもとに来年の励みにするんだから」

「……別に明日でいいと思うけど」

「生々しいリアルな感想がいるだろ?」

「俺らが事実を述べてやらなきゃ誰が言うんだよー」

「先生が世間の荒波にもまれる、せっかくのチャン」

「——外でごはんやおやつを食べるのが、ピクニックの醍醐味なのっ! 絶対美味しいから、覚悟しておきなさいっ!!」

 

 屁理屈をこねるオリバたちに、とうとうミネルバがキレてしまった。

 リディアもよく悪ガキたちにからかわれているため。彼女に同情してしまう。

 

「うわぁー」

「せんせー怖ーい!」

「あっ、ちょっと……!!」

 

 オリバたちが叫びながら、ノアを無理くり引っ張って。

 ミネルバから逃げるようにばたばた足で駆けていく。

 

(かわいそう……)

 ミネルバは、言い出しっぺが率先しないとの精神で。

 ノアの指摘通り、お休みを利用して下見や準備を自ら進んでやっていたのに……。

 

 せっかくの努力を踏みにじられたら。たまったものではないだろう。

 ところが、ミネルバの受難はそれで終わらなかった。

 

§

 

 程なくして、公園にミストご一行が無事到着。

 

「じゃあ、今から自由時間です。みんな忘れずにごはん食べてね」

「はーい」

 

 公園内の広場にある樹々の木陰に、参加者全員が集まる。

 その中央で、ミネルバが昼食を兼ねた自由時間を告げると。

 子どもたちどころか、大人も元気よく手を上げて返事をした。

 

「2時間後にここに集合。あと、ふたつだけ注意があります。公園の外には決して出ないように。もうひとつは何かあっ」

「——メシ食ったら探険行くぜえぇぇっ!」

「いやっほう!」

「ああっ、ちょっと……!」

「探検探検ー!」

 

 ミネルバが注意事項の説明をしているにもかかわらず。

 オリバたちがノアを連れて、集まりの輪から一目散に飛び出してしまった。

 

「こら、おまえたち! 最後まで話を聞」

「——つよがんなよ、親父ぃ! 早くメシ食いたいくせにぃー!」

「おなかぐうぐう鳴ってたもんねー」

「うっ……!」

 

 ラルフが制止しようとしたが、オリバたちに弱点を突かれた上に。

 せせら笑われているうちに、逃げられてしまった。

 

「な、何かあったら……先生やおとなを呼ぶこと……それでは、解散……」

 

 ミネルバが呆然としながら解散を告げると、みながてんでばらばらに散っていく。

 ほとんど誰もいなくなってから、彼女はその場にうずくまってしまった。

 

「ミ、ミネルバ……」

「う、っ……もう、教師やだぁ……」

 

 打ちひしがれる女教師の元に、リディアとジャンヌが駆け寄る。

 オリバたちに散々やりこめられて泣いていると思われる。

 

「注意しただろ。何か起こるまではほっときゃいい」

「そうだよ。気にしたら負けだよ」

 

 オリバたち(ノアを除く)は、『マダム』とは違う意味でミストを牛耳っている。

 彼らには、ミネルバだけでなくリディアを含めて他の指導者も、ほとほと手を焼いている。

 

「あいつら、誰の言うことなら聞くのよぉ……!」

「誰って……」

「そりゃあ、奴しかいないだろ」

 

 奴と聞いた途端。ほーっほっほっほと高らかに笑う親友の姿が脳裏によぎった。

 

(数日経ったら、また元に戻っちゃうけど……)

 悪ガキたちのリーダー、オリバの母親アリサだけが、彼らを御することが出来る。

 アリサがオリバをシメれば、他の悪ガキもリーダーにならうため大人しくなる。

 

 うずくまったまま、くやしさを噛みしめているミネルバをそのままに。

 リディアが辺りを見回すと、視界に既知感のある男性が入ってきた。

 

「ちょ、ちょっと、ミネルバ!」

「え……?」

「ほらあそこっ、アルベルト先生来たっ!」

「!?」

 

 リディアに肩を叩かれて、アルベルトと耳にするなり。

 我に返ったかのように、ミネルバが思い切りよく顔を上げた。

 目元は潤み、鼻が少し赤くなっている。やはり泣いていたようだ。

 

「しっかり慰めてもらうんだよ」

「うん、そうする……ふたりとも、ありがとう……」

 

 ミネルバが潤んだ目をぐいぐいこすってから。

 こちらに近付いてきた金髪男性——アルベルトの元に駆けていった。

 

 本日アルベルトは、ラルフの計らいで休暇をもらっていたが。

 独身だし、暇だから。そんな理由でここで合流することになっていた。

 

「あの先生もよくやるよ。エライアは休みだってのに……」

「エライアはお母さんだもん。休ませてあげなきゃ」

 

 リディアやジャンヌが口にしたエライアは。

 黒魔法講座の講師をつとめていたユライシャのことである。

 

 —— —— ——

 ミストの大掃除が終わると共に、キロンたちが消えた。

 西区画の保守系先住民も、みんなものすごく大人しくなったことで。

 ユライシャを演じる必要はない。

 そう考えたエライアは、黒魔法講座の講師を一旦辞めた。

 そして翌々日から本名と本来の姿に戻して、引き続き講師を続けてくれている。

 —— —— ——

 

 ユライシャ時代と声は一緒だが、見た目と口調が全く違うため。

 子どもたちは、エライアがあのユライシャ先生だと気付いていない。

 

「ミネルバはね。ここの下見も先生に付き添ってもらってたんだよ」

「何だ。もう付き合ってるのか」

「まだ告白してないよ」

「あれでまだなのか……?」

「本気で先生をミストに引き込もうとしてるから、すごく慎重なの」

 

 ツクヨミと偽装恋人関係を継続した結果。あっさり諦めたのか。

 アルベルトは、リディアに見向きもしなくなった。さすが、アドニスとは人の出来が違う。

 

(早くタルト食べたいなぁ……!)

 気が付けばリディアは、ミネルバから度々恋愛相談されるようになっていた。

 もしアルベルトと恋人になることが出来たら。

 相談料としてバロンの超有名フルーツタルトを、1ホールごほうびする。

 ミネルバからそう言われている。

 

「……ああ見えて、あいつもミストだいすきだからな」

「だから、お婿さんじゃないと嫌なんだって」

「あの先生が受け入れるかね」

「大丈夫だよ。先生もツクヨミさんと似てるもん」

 

 ミネルバもリディアと同じく、故郷に骨を埋めるつもりでいる。

 アルベルトへの下心も多少入っているけれど。

 ライザの後任——白魔法担当者の要請を受け入れたぐらいだし。

 

§

 

 ミネルバの動向を気にしていても仕方がない。リディアとジャンヌは、お昼ごはんをいただくことにした。

 広場の片隅に陣取り、ジャンヌが敷物を引いた上に、ふたり並んで腰を下ろす。

 

「いただきま……あっ」

 

 お弁当の箱を開けた瞬間。中に入っていたはちみつトーストを、取り上げられてしまった。

 隣をさっと見ると、ジャンヌが勢いよくトーストを縦半分にちぎっている。

 

「……おばちゃん、お弁当足りないの?」

「違う」

 

 ジャンヌが自身のお弁当箱から何か取り出している。すると、それをこちらへ差し出してきた。

 

「代わりに、これ食べな」

「……ベーグルサンドだ! ありがと!」

 

 ジャンヌから受け取ったものをよく見れば。ベーグルに具が挟まれているサンドであった。

 ベーグルはパンの一種。真ん中に小さな穴が開いているのが特徴である。

 

「いただきまーす。あーんっ……」

 

 ベーグルサンドを一口かじり、もぐもぐ咀嚼する。

 

「っ!?」

 

 ベーグル特有の固いパン生地。それに交じり、トマトととろけるような食感が口に広がる。

 味付けは燻製のサーモンとオニオンマリネだけだが。程よい塩加減。

 

「どうだ?」

「……なにこれ、っ……すっごく美味しい!」

 

 がさつの師匠らしからぬ手の込んだ味付けに。思わず舌鼓を打った。

 

「今日はアボガドを入れてあるんだよ」

「『森のバター』……わざわざ、バロンに買いに行ったの?」

「昨日な。こうなると思って余分に作っといてよかったよ。——手抜きにもほどがあるぞ?」

「……」

 

 ジャンヌに指をさされて、リディアは口を尖らせる。

 

「ゆで卵作ったし……りんご切ったもん」

「それは胸を張って自慢するほどのもんか?」

「う……」

「あの兄さんに食べさせるつもりで作りゃよかったんだよ」

 

 リディアは『適当でいい。作らない、食べないよりマシ』の精神の持ち主。

 そのため、食事は基本手抜き。ピクニックという行事でも、それは変わらない。

 手抜きではないのは、他人……ツクヨミや、ジャンヌたちと夕食を共にする時ぐらいだ。

 

(気合い入れて、ノアにもベーグルサンド作ってあげたんだろうなあ)

 一方ジャンヌは、この夏から料理のスキルが上がるばかり。

 がさつの師匠たる存在が、ここまで変化を遂げたのはノアのおかげだろう。

 ノアがいなかったら、オニオンマリネなんか作らない。水に晒した玉ねぎの薄切りだ。

 

「……来年は気合い入れる」

 

 ぼそっと来年の抱負を口にしてから、ベーグルサンドをもさもさ食べていると。

 きゃあきゃあと、子どもたちの楽しそうな声が聞こえてきた。

 

 リディアとジャンヌがふたり揃って、その方向を見やれば。

 ごはんを食べ終わったのか。食前の腹ごなしなのか。

 広場の中央で、ミストの子ども数人が持参したボールで投げ合いっこしている。

 

「みんな楽しそうだね」

「いいことじゃないか。ピクニックなんざ昔じゃ考えられないね」

 

 ジャンヌが感慨深げに言った言葉に。リディアもベーグルサンドを頬張りながらうなずく。

 

 昔の子どもたちは、ミストの集落とその周辺で遊んでおしまい。

 ピクニックなんて発想もなかったと言われている。

 惨劇——火災に遭ったことは、必ずしもマイナスばかりではなかったのだ。

 けれど、はつらつとした子どもたちを眺めるうちに。リディアの表情は暗くなっていく。

 

「どうした」

「……今頃、わたしたちと……お弁当食べてたのに……」

「ベスたちか」

「うん……」

 

 ノアが、オリバたちとつるむ(つるまされている)ようになったのは。

 大の仲良しだったベスとユノが、ミストからいなくなったから。

 

「今、何してるかなあ……」

 

(またお義母さんにいじめられてるのかな……?)

 先月の下旬、ライザは家族総出でミストから去ってしまった。

 ライザと主人の故郷、トロイアに帰ったと思われる。

 

 ***

 

——10の月25日

 

 この秋からリディアは、バロンの新聞Cを購読するようになった。

 ただ、エブラーナの情報はXが一番詳しい。

 そのため、引き続きC以外の新聞をミゼルから借りて読んでいる。

 

 この日の早朝。自宅玄関そばの投函箱に、新聞を取りにいった。

 すると、新聞の下に手紙と平たい大きな紙袋が入っていた。

 

 手紙の差出人の名前を見るなり。ものすごく嫌な予感がした。

 なぜなら、そこにはライザの名前が書いてあったから。

 

 —— —— ——

 10の月中旬。ライザの姑、通称鬼ばばあがミストに戻ってきた。

 その翌日から、ライザやベスとユノはほぼ自宅に縛り付け状態。

 

 ライザは白魔法担当者を辞めてしまい、講座も欠席するようになった。

 どうやら、夫と鬼ばばあから圧力をかけられたと思われる。

 

 娘のベスとユノは、いつもと同じように公民館に通っていた。

 しかし、公民館と自宅を往復するだけ。

 友だち——ノアと遊ぶことを禁じられた。ふたりはこっそりそう教えてくれた。

 —— —— ——

 

 紙袋には『お礼』と書かれており、中には絵本が2冊入っていた。

 ベスとユノがよく読んでいたものだった。

 慌てて中に戻り、手紙を開いてみたら。走り書きのような文字で、こう綴られていた。

 

 —— —— ——

 突然ミストを去ることをどうか許してください。

 わたしもベスもユノも、引っ越しに納得していません。

 いつか必ずミストに3人で戻ってきます。

 それまでアリサと一緒に待っていてくれたら嬉しいです。

 

 追伸 黄ばらの応募券ありがとう。あの人、わたしたちの話を聞いていたのね。

 —— —— ——

 

 リディアは、小説『幸せの黄色いばら』をアリサから借りた翌日。

 公民館で、ベスに『ガラスの黄色いばら』の懸賞応募券がついた帯を託していた。

 結果的にその帯は、ミストを離れるライザたちへのせんべつになってしまった。

 

 リディアはすぐに着替えて、自宅を飛び出した。

 向かった先はアリサの自宅。扉を叩くと、彼女が悔しそうな顔で玄関に現れた。

 

「今から、あんたの家に行くつもりだったのよー……」

 

 ライザからの手紙が投函箱に。玄関のそばには、大きな袋が置かれていたという。

 

(ステラ用の服、あまり買わなくて済むように置いていってくれたんだ)

 中を見せてもらったら、ベスたちのお古の女児服が20着ほど入っていた。

 

 ふたりでライザの自宅へ行き、玄関を何度も叩いた。しかし、返事はない。

 窓をのぞいてみたら、中はがらんどう。

 

 巡回艇は24時間営業。便は減るが、深夜も運航している。

 どうやら、ライザの夫と鬼ばばあは、深夜に少しずつ家具や荷物を運んでいたようだ。

 そして最後に、ライザとベスたちを連れてミストから引き揚げたと思われる。

 

「あの子、いつかここからいなくなるって気付いてたのねー……」

「わたしたち……何もしてあげられなかった、っ……!」

 

 親友とその娘たちとの突然の別れに。悲しみと無力感でいっぱい。

 リディアはアリサの胸にすがりつき、わあわあ涙を流したのであった。

 

 ***

 

『あの女は、リディアのためなら足の1本切られても気にしないだろうがな。旦那は違うぞ? もし、そんな目に遭ってみろよ。リディアやミゼルを恨んで家族を連れてミストから出ていくぜ?』

 

 皮肉なことに、集会でのアドニスの暴言通りになってしまった。

 

「ノアもだいぶ寂しがってたからねえ」

「オリバがいてくれてよかったね。悪ガキだけど……長男力発揮してるもん」

「新鮮なんだろ。弟とは全然タイプが違うからな」

「ミストじゃ、あんな大人しい男の子いないもんね」

 

 ノアはミストにやってきて早々。ベスとユノをいじめていたオリバと大喧嘩。

 それ以来、悪ガキ軍団と距離を置いていたが、ベスとユノが去ってから。

 公民館の行き帰りを共にしたり。休日に一緒に遊ぶようになった。

 

「おまえ、もうすぐあっち帰るんだっけ」

「うん」

 

 今月の終わり。リディアはいつものように里帰り——幻獣界に帰る予定でいる。

 

「誰がおまえを送り迎えするんだよ」

「あ、今度からね。バロンで飛空艇技師の見習いしてる子にお願いするの」

 

 たった2ヶ月で、ルカはひとりで飛空艇を運転出来るようになったという。

 師匠と同じように、機械との相性は抜群なようである。

 

「そりゃよかった。——婚約解消したが、どうせ奴は別の女娶るだろうしね」

「……そうだね」

 

 ジャンヌの吐き捨てるような言葉を聞いて、胸がちくりと痛む。

 相変わらず、彼女のエッジへの心象はとても悪い。

 

 —— —— ——

 昨日の朝。ごはんを食べてから新聞Cを読んでいたら。

 見出しに『エブラーナ国王、婚約解消』とついた記事を見つけた。

 

(やっぱりそうなるよね……)

 記事を読んだが、驚きはなかった。

 この記事よりも、その前日——一昨日の記事がよほど驚いた。

 

 一昨日、Cは一面全てを使って、こう報じていた。

 先月31日の未明。『青ばら』がバロン国立博物館に侵入。

 『呪いのコロネット』を盗みに入るも失敗し、犯人は全員逮捕。

 世界各地にアジトが見つかったと——。

 

 何に驚いたかと言えば、捕まった者たちの名前と詳細だ。

 以前ミストに現れた母娘の名前が載っていた。

 エッジに逆求婚宣言したお嬢様は、『青ばら』のメンバー。

 けばけばしかった彼女のお母様は、なんとそのボス……。

 

 エブラーナ以外の国は、『青ばら』の被害に遭っている。

 Cだけでなく、どこの新聞も大きく取り上げていたようで。

 一昨日と昨日ミストでも、『青ばら』の話題でもちきりだった。

 

『ざまぁって、こういうことを言うのよー!』

 

 アリサも毒々しい笑みを浮かべながら。諸手を挙げて喜んでいた。

 

 彼女も母娘と会ったことがある。しかも、お嬢様に刃物を突きつけられた。

 それをずっと根に持っていたから、喜ぶのも当然だ。

 —— —— ——

 

(悪いことした人が、王妃さまになれる訳ないのに……)

 あの母娘も、よく悪事を働きながら王家入りを狙えたものだ。

 ふてぶてしいにも程がある。

 

「しかし、王様も人を見る目がないね。あんなしょうもない女と婚約して」

「……おじちゃんも言ってたじゃない。あれはわざと婚約してたかもって……」

 

 エッジに容赦ない所感を述べたジャンヌへ。

 リディアはミゼルの名を出してまで、エッジの擁護に回った。

 

 昨日ミゼルに、婚約解消に対する感想を聞いてみたら、こう話してくれた。

 

 —— —— ——

『エドワードくんは、解消前提で婚約してたんじゃないかな』

『じゃあ、エッジやエブラーナは「青ばら」の正体知ってたってこと?』

『そこまではわからないけど……あの母娘、エブラーナでむちゃくちゃ評判悪かったんだって』

『うん。ツクヨミさんも言ってた……』

『私利私欲むさぼるような人たち、王家入りさせられないじゃん。たぶん自分が囮になって、その間に部下の人があの母娘に探り入れてたんじゃない?』

 —— —— ——

 

 唯一の理解者だったライザがミストから去った今。ミゼルは貴重な存在であった。

 そんな彼の『青ばら』についての見解は、リディアにとって救いでもあった。

 

「……で? それが何だってんだい?」

「うっ」

 

 ジャンヌがこちらをじと目でにらみながら。ドスのきいた声で言い返してきた。

 

 —— —— ——

 エッジに関することでは、ミゼルはミストの中で極めて少数派。

 多数派——ジャンヌをはじめ、ほぼ全ての住民の反応はと言えば……。

 

『あの「青ばら」母娘に騙された』

『リディアをヤリ逃げした天罰が下った』

 

 みんなまあ、ひどいことを言う。

 —— —— ——

 

「あいつもおまえと同じ。王様のこと慕ってるから、肩持ってるだけだよ」

 

(催促しても、お手紙の返事がこなかったから、文句を言ってたぐらいかなあ)

 ジャンヌの言う通り。ミゼルの口からエッジの批判をろくに聞いたことがない。

 

「でも、忍者なら『青ばら』の人たちのこと、簡単に調査出来るよ……?」

「調査関係ないよっ。おまえにゃ悪いが、こっちはおまえが邪険にされたってだけで腹立ってしょうがないんだっ」

 

 この夏、ミスト内でエッジの評価が大幅ダウンした。

 原因はリディアやミストをないがしろにしたから。

 そのため、婚約解消の報道が流れても、評価は元に戻らなかった。

 

「いつも言ってるじゃない。わたし、エッジに邪険にされた覚えな」

「——はいはい、おわりおわりっ」

「えー、ちょっと待ってよ!?」

「王様の話、これでおしまいっ」

 

 ジャンヌがぶんぶん両手を振って、話を強引に打ち切った。

 そして、ふてくされたように、その場に寝そべってしまった。

 

「もうっ……!」

 

 リディアがぶうと頬を膨らませて、抗議の意を見せても。ジャンヌは意にも介さない。

 

(話、打ち切られちゃったし……)

 話題を変えよう。そう思って別の質問を振ることにした。

 

「ねえ、おばちゃん」

「何だ? おやつは持ってきてないぞ?」

「違うったら。おじちゃんに今度、変なおつかい頼まれないよね?」

「うーん……」

 

 ジャンヌは寝そべりながらうなっていたが、しばらくしてからこう言った。

 

「……スケープドールは欲しいって言ってたが、大人買いはしないだろ」

「あぁ、よかったぁ……!」

「ミゼルもばかな奴だよ。しょうもないことに金使いやがって」

「光のカーテンだけで140000ギルだもん。信じられない」

「……指輪みっつは買えたな」

 

 ジャンヌがぼやきながら、自身の左手を空に高く上げた。

 この秋、夫から初めて買ってもらった記念すべき結婚指輪。

 ……ヒスイの指輪を眺めているように見える。

 

(おばちゃん、かわいそう)

 光のカーテン大人買いさえなければ。他にも指輪やアクセサリーを買ってもらえただろうに。

 リディアは、心の中でジャンヌを憐れんでしまう。

 

 —— —— ——

 1年前。幻獣界へ里帰りする日が近付いてきた頃。

 ミゼルから分厚いギル札の束を渡された。

 

『これ、何?』

『もうすぐ幻獣界帰るでしょ? それで光のカーテン20個買ってきて欲しいんだ。あ、ジャンヌさんには内緒で頼むよ』

『……20個も何に使うの??』

『いいからいいから。——お釣りはきみにあげるから、おつかい頼むよ』

 

 仕方なく、幻獣の町のアイテム屋でおつかいをこなした。

 それから半年後——今年の春も、また同じおつかいを頼まれた。

 この時も、理由を聞いたが何も答えてくれなかった。

 

 そしてこの秋。集会中にキロンが不穏な発言をしたことから。

 光のカーテン大人買いの理由を察してしまった。

 

 後日ジャンヌとふたりでミゼルに詰め寄ったら。彼はやっとこさ理由を話してくれた。

 

『キロンさんは、サンダガが得意なんだよ』

『それって、人に向かって……』

『そうです。雷雨に見せかけて殺されるかもしれないと思ったら怖いじゃん。だから、毎月最後の3日間だけ寝る前に光のカーテン使ってた』

『なにそれ!?』

『おまえ、1年でどんだけ金使ったんだ!?』

『えーと、毎月3個で1年間だから……136800ギルだね!!』

 

(もったいない!)

 自己防衛はいい。何が問題ってお金だ。

 1年で140000ギル近く使ったことになる。

 

『でもさ、キロンさんたちが予想以上に早く捕まって、まだ余ってるんだよ。他に何か使い道な』

『——ばかっ!!』

『何の相談もなしに無駄遣いするな!!』

 

 にへらと笑いながら、他の使い道をたずねてきたミゼルに。

 リディアが怒鳴り、ジャンヌが腹パンチしたのは言うまでもない。

 —— —— ——

 

「ミゼルもばかだが、ミストもな」

「そうだね……」

「人が魔法で殺すって何やってんだか。殴り合いで解決の方がよっぽど健全だ」

「……あの話、おばちゃんたちも知らなかったんでしょ?」

「西の奴ら以外はな。真似する奴が実際に出てきたからね」

 

 —— —— ——

 昔のミストは、魔法実力主義がはびこっていた。

 しかも、権力争いの一環として、黒魔法を使った証拠なき殺人が行われていた。

 —— —— ——

 

 集会でキロンがそんな事実を暴露していたが、先住民全員が知っていた訳ではなかった。

 知っていたのは、キロンたち西区画の保守系先住民とアドニス。そして、ミゼルだけ。

 

 ミゼルは、リディアの父ニクスから聞いたと話していた。

 ニクスは逝去する1年前から、キロンたち権力者側に近い立場にいた。

 その間に非道な事実を知り、ミゼルにだけ打ち明けていたらしい。

 

「おじちゃん。本当にばか……」

「ばかと天才は紙一重っていうからね」

 

 ジャンヌも夫への物言いがまあひどい。それでも、間違ったことは言っていないと思う。

 ミゼルはとても賢いが、どこか抜け……ズレているのだ。

 

「どうしておじちゃん、頼ってくれないんだろう?」

「どういう意味だ」

「キロンさんの雷弾く魔法……作れたのに」

「確かに、おまえなら楽勝だな。経費削減にももってこいだね」

「それなのに、アイテム大人買いしちゃって……」

 

 リディアに雷を無効にする魔法を作ってもらえばよかったのに。

 ミゼルはお金の無駄遣いを選び、リディアにはおつかいを頼んだだけだった。

 

「……負い目があるんだろ」

「負い目?」

「ただでさえ、おまえにミストのこと押し付けてる。これ以上頼りたくないのさ」

 

(おじちゃん……あたしに隠してることまだまだありそう)

 そもそも、なぜミゼルはそんなにお金持ちなのか。

 リディアはミストの大掃除が終わるまで、その理由すら知らなかった。

 

「村長辞めた今だから言うけどな」

「え?」

「……あいつもあたしと一緒。おまえのことを娘だと思ってんだよ」

 

 ジャンヌがむくりと上体を起こすと、水筒を開けてお茶を口にした。

 

「妹じゃなかったんだ……」

「親が子どもを頼るのは、じじいやばばあになってから。——これが世の常だ」

 

 親は老いるまで、子に弱音を吐かず、子に頼られる存在。

 ジャンヌが最後に口にしたことは、リディアの胸にすとんと落ちた。

 

 リディアはミゼルやジャンヌを兄姉として見ているが、逆は違う。

 ふたりは娘同然のリディアには、弱いところを見せたくない。頼りたくないと思っているらしい。

 

「心配しなくても……わたし、おばちゃんやおじちゃんの老後の面倒見るよ?」

 

 兄姉だからといって、家族のような存在には変わりはない。

 ましてや、ミゼルとジャンヌには子どもがいない。

 ふたりが老いたら、リディアは家族として、ふたりの死を看取るつもりでいる。

 

「ありがとな」

「おばちゃん……」

 

 ジャンヌは水筒を地べたに置くと、珍しく表情を柔らかくして。

 リディアの頭をぽんぽんと軽く叩いてくれた。よほど嬉しかったのだろう。

 

 もう一叩きばかりに、ジャンヌは手を上げて振り下ろしたが。

 リディアの頭にぺたんと手をつけたまま。目を細めてこう続けた。

 

「おまえはあたしらの妹だ。面倒見なくていい」

「……妹は面倒見ちゃだめなの?」

「ははっ、そんな心配しなくても、あたしらそこまで生きてやしないよ!」

 

 頭から手を離しながら、豪快に笑うジャンヌを。何とも言えない気持ちで見つめた。

 

(そんなこと言わないでよ……)

 人生は太く短くでいい。無駄に長生きしてもしょうがない。

 普段からジャンヌは、よくそう口にする。

 ミゼルもミゼルで、火事で生き残っただけでありがたい。

 いつ死んでもいいと思っている節が見られる。村長を辞めてからは特に。

 

「縁起でもないこと言っちゃだ」

「——リディアせんせー!」

 

 リディアの名を大きな声で呼びながら。ある子どもが、こちらに駆け寄ってきた。

 

「どうしたの?」

「ミネルバせんせーが呼んでる。ちょっとあっちきて」

 

 子どもが指さした方向——広場の片隅には、人だかりが出来ていた。

 ……全員ミストの関係者だ。

 子どもの誘導で、リディアも人だかりに向かうことにした。

 何やらただならぬ状況だと感じたのか。ジャンヌも後をついてきてくれた。

 

§

 

 先導の子どもが人だかりをかき分けて、リディアを誘導してくれた。

 みんな、リディアを見るなり。やっときた、これでわかるぞ、などと口にしている。

 

「ミネルバせんせー。リディアせんせーたちきたよー!!」

 

 人だかりの中央には、ミネルバがひとりしゃがんでいた。

 

「ああ、ごめんね。ジャンヌまで……」

「いいよ。それよりどうしたの?」

「……これ見てよ」

 

 ミネルバが、しゃがんだまま身体を横にずらした。

 すると、彼女の身体で隠れていたものが、リディアの目の前に現れた。

 

「うわっ、何これ!? でっか-い!」

 

 驚きの声を上げたのは、他でもない。

 そこには、とても大きなたまごが置かれていたから。

 

 —— —— ——

 この世で一番大きい、ダチョウのたまごの倍はある。

 たまごの見た目も、この世界の生き物的にしては。

 ちょっとその色大丈夫? そう思われがちな、紫色が入ったまだら模様。

 —— —— ——

 

「オリバたちが変なもの拾ってきちゃって……」

「変なものじゃないよー」

「どっからどう見てもたまごじゃん?」

 

 ミネルバが、困惑した表情で肩を落としている。

 本日はオリバたちに散々やりこめられているため。

 また余計なことを……と思っているかもしれない。

 

 一方オリバたちは自慢げに、みんなへ獲物を見せびらかしている。

 

「どこで見つけたの?」

「へへっ、それがさー。洞窟で拾っ」

「——こら、おまえたち」

「ひっ!」

「親父!?」

「勝手なことをして……! こっちに来なさい」

 

(また巻き込まれちゃって……)

 ラルフがオリバを叱ってから。悪ガキたちを全員、人の輪の外に連れ出した。

 その中には、やはりと言うべきか。ノアも入っていた。

 

 公園内から出ないように、子どもたちには前々から注意を促していたのに。

 注意を破ったのだから、お説教されて当然である。

 

 リディアはミネルバの隣でしゃがみ、たまごをじっと見つめる。

 こんなに大きいたまごなら、さぞや黄身の部分も大きいに違いない……。

 

「これひとつでケーキたくさん作れそう……!」

「ちょっと、何言い出すの!?」

「だって、むかし絵本で読んだことあるもん」

 

 小さい頃。こんな美味しそうな絵本をエスタに読み聞かせてもらった。

 

 —— —— ——

 どこかで拾った大きなたまごを使って、人が寝っ転がれるぐらいの大きなフライパンで。

 甘くて黄色いふわっふわケーキを焼いて、みんなで分け合いっこ……。

 —— —— ——

 

(これなら、バケツ大のプリンも作れるかもしれない!)

 リディアが、たまごの今後の可能性に思いを巡らせていると。

 

「——ばか」

「っ、痛っ!」

 

 後ろから、ジャンヌにこつんと軽く頭を叩かれてしまった。

 

「もう、おばちゃん手加減してよっ」

 

 咄嗟に被害個所を両手で押さえて、不満たらたらの顔で後ろを振り向いた。

 

「なんでもかんでも、甘いもんに結びつけんじゃないよっ」

「つーか、俺たちが見つけたんだぞ!」

「なんで、リディアせんせーのもんになってんだよ!?」

「横取りずるいー」

「そうだね、ごめんごめん」

 

 お説教が終わったのか。

 戻ってきたオリバたちから苦情を申し立てられてしまい、素直に謝った。

 すると、彼らと一緒に戻ってきたラルフがこう言った。

 

「オリバたちのものにも、ケーキの材料にもならないと思うよ」

「え??」

「どーしてー?」

「——これは、ミストドラゴンのたまごじゃないかな」

「えええっ!?」

「うっそだぁー!」

「ミストドラゴンって死んだんじゃねーの??」

 

 ラルフの予想を聞いて。その場にいた全員、口々に驚きの声を上げた。

 この時は、何言ってんだこの人とばかりに。

 リディアもみんなも、ラルフのことを信じていなかった。

 

「ラルフさん、発想飛び過ぎですよ」

「見つかった場所が場所だし、そう思ったんだけどなあ……」

「ねー、ミストドラゴンって子ども産めるのー?」

「相手いねえよ?」

「幻獣界には、性別がない住民もいるの。その人たちは、子どもが欲しいと思ったら、ひとりでたまごが産めるのよ」

 

 疑問を口にする子どもたちに、ミネルバがわかりやすく説明した。

 

 —— —— ——

 幻獣界には、雄雌に加えて性別がない。いわゆる、無性の住民もいる。

 彼らはひとりでたまごを宿すことが出来る。

 ラルフの著書『異世界への誘い』にも、そう記されている。

 —— —— ——

 

「ひとりでぇ!?」

「すげー幻獣界!」

 

 オリバをはじめとした子どもたちが驚きの声を上げた。

 彼らは『異世界への誘い』を読めと強制されていない。知らなかったのは無理もない。

 

「このたまごは、ミストドラゴンが死んでしまった原因でもあると思うんだよ」

「そうね。幻獣は死なないって聞いてるもの」

「確かに、バロン国王ほどのお方なら……厳重を倒せるとは思うんだよ。でも、どうも納得が行かなくてね」

 

 幻獣をはじめ、幻獣界に住む者はみんな不老不死である。

 もちろん、ミストドラゴンも不老不死だと思われていた。

 

 —— —— ——

 火災発生当時、ミストドラゴンの死を予想していた者はいなかった。

 リディアはおろか、火災で生き残った先住民もみんな……。

 

 なぜ死んだのか、皆目見当つかず。後年、若い先住民を中心に話し合った結果。

 セシルとカインが、不老不死を破るほどの実力を備えていたのだろう……。

 そんな結論に落ち着いていた。

 —— —— ——

 

「幻獣王様やアスラ様に、不老不死でない人もいるかどうかたずねたことはあるんです。でも、答えて下さらなくて……」

「時間のズレもそうだが、あちらでもわからないことはあるかもしれないなあ」

「寿命だったからじゃないのー??」

「ばかだなあ。不老不死は寿命かんけーねーって」

「あっ、そうかあ」

 

 これは本当に、ミストドラゴンのたまごかもしれない。

 ここにいる全員が、ラルフの予測を信じようとしている。

 

(ラルフさんは幻獣界専門家の立場で、たまごを見ていたのに……)

 そんな中。リディアは生まれて初めて、自身の類まれなる甘味狂いを恥じていた。

 これでケーキが作れる。そうわくわくしていたなんて、情けない。

 

「ね、リディア」

「え?」

「ちょっと触ってみてくれない? あなたなら何かわかるかも」

「そうだな。何か感じ取れるかもしれない」

「わかった……やってみるよ」

 

 ミネルバやラルフから勧められて。意識を集中して両手でたまごにそっと触れてみた。

 

「……」

 

(すごく懐かしい……!)

 とくん、とくんと、かすかに鼓動を感じる。

 手のひらから伝わる感覚にも既知感を覚えた。

 

「どうかな?」

「生きてる?」

「うん……! ね、おばちゃん、おばちゃん!」

 

 リディアは振り向きながら、背後にいたジャンヌの服をぐいぐいっと引っ張る。

 

「何だい、うるさい奴だね」

「これ、おばちゃんも触ってみてよ!」

「あ、あたしがぁ!?」

「おばちゃんなら、ぼーっと触ってるだけでわかるよ!」

 

 ジャンヌがぎょっとしたが、彼女は『魔力の持ち腐れ』と呼ばれていた。

 それぐらいには、内に秘めた知性は高い。触っただけで、この感覚に気付くはず。

 

「っ、しょうがないねえ……」

 

 やれやれとばかりに、ジャンヌがリディアの隣に腰を下ろすと。

 目を閉じて両手でたまごの表面に触れた。

 

「こいつは……!!」

 

 しばらくそのままの状態で固まっていたが。何か感じ取ったのだろう。

 突然身体をぴくりと動かして、そうつぶやいた。

 

「どう??」

「エスタが時々漂わせてた気配とそっくりじゃないか……!」

「でしょ? 懐かしいよね」

「ああ……」

 

 亡き親友の名残りを身近で感じられるからだろう。

 ジャンヌがたまごを触ったまま、感慨に浸っている。

 

「ねーミネルバ先生ー。エスタってだーれー?」

「リディア先生のお母さんで、ジャンヌさんの大のお友達。ミストドラゴンを召喚出来る最後の召喚士だったのよ」

「へえ、すごいねえ」

 

 ジャンヌに触ってもらったのは他でもない。

 ジャンヌはリディアに次いで、エスタを身近に知る人間だから。

 

「どうだろう、リディア」

「おばちゃんもわたしも、お母さんがミストドラゴン喚んでるところ、何度かそばで見ていたことがあるんです。その時、お母さんがこんな気配漂わせていたから……たぶんラルフさん、当たっています」

 

 —— —— ——

 エスタがミストドラゴンを召喚するところを。

 ジャンヌは、小さなリディアと一緒に何度も見ていた。

 その度に、ふたりで『すごーい、でかーい』と歓声を上げていた。

 —— —— ——

 

「ほ、本当に!?」

「リディアのお墨付ききたー!」

「こりゃ間違いないな!」

「さすが幻獣界専門家だ!」

「すごーい!」

 

 まさか、的中するとは思わなかったのだろう。面食らったように驚いているラルフを。

 周りの大人がやんややんやと、はやし立てている。

 

「でも、10年もたまごのままって長すぎるよね?」

「うん……普通はすぐ割れちゃうよ……」

「地上の常識は幻獣界の非常識。その逆もしかりだと思うよ」

 

 首をかしげるミネルバとリディアへ。

 ラルフがこほんと咳をしてから、常識を疑えと暗に諭した。

 ニワトリと一緒にして考えない方がいい。そう言いたいのだろう。

 

「それで、リディアに頼みがあるんだけど」

「はい?」

「今度幻獣界に帰ったら、生殖事情に関する本があれば借りてきてもらえないだろうか」

「ええ。わたしも気になるし、探してみます」

 

 ラルフからの頼まれごとを、リディアは難なく受け入れた。

 以前から、本を借りてきて欲しいと頼まれている。たまごに関連するものも追加のようだ。

 

 —— —— ——

 10年もの間、幻獣界に暮らしていた。

 そのせいでリディアは、異世界の知識に精通していると思われがち。

 けれど、地上の人間に比べたら詳しいと言うだけで、実は知らないことがまだまだ多い。

 

 幻獣界で暮らした10年間は、修行修行アンド修行の日々。

 セシルの助けになるために、いかに強くなれるか。そのことばかり考えていた。

 図書館に足を運んでも、魔法の本ばかり読んでいたと記憶している。

 —— —— ——

 

「すまないね。本当は僕もあっちに行ってみたいんだが……」

「村長さんですもん。しょうがないですよ」

 

 今のミストで、あっち——幻獣界に行きたいと言い出した人物は。ラルフが初めてである。

 はじめはミゼルの押しに負けて、専門家になっただけ。

 そのはずが、次第に幻獣界の魅力に惹かれていったのだ。

 

「アリサも怖いからね」

「あはは……」

 

(普通は、あたしに嫉妬するところなのに)

 アリサは、ラルフとリディアの幻獣界ふたり旅に猛反対している。

 理由は、リディアが夫を独占するから。ではなく、夫が親友を独占するから。

 

「なー、親父。このたまごどうするんだー?」

「今から割る?」

「だめよ! ミストの貴重な財産になるかもしれないのよ!? そんな扱い出来る訳ないでしょ!?」

「そうだなあ……」

 

 ミネルバが悪ガキたちを怒鳴りつけた。

 その一方でラルフがそうつぶやいてから。しばしの間、頭を悩ませていたが。

 意を決したかのように、ふっと顔を上げてこう言った。

 

「——ミストに持ち帰ろう。西の人にも見てもらうよ」

「西の人ですか?」

「昔は権力持ってたんだもの。キロンほどじゃなくてもいろいろ詳しいかもしれないじゃない?」

「……そうだね。何か知ってるかもしれないね」

 

 ミストの大掃除が終わってから西区画の先住民は、とてもおとなしくなった。

 しかも、前任とは違い、新しい村長にラルフにとても従順だ。

 

 —— —— ——

 現在、西区画の先住民は、ラルフとおとな数名へ交代交代で古代語を教授している。

 大掃除が終わってから、彼らは肩身の狭い思いをしていたのだろう。

 そんな矢先、新しい村長が仕事を与えてくれた。

 ミストに居場所が出来たから、ラルフが恩人に見えるのかもしれない。

 —— —— ——

 

「あと、誰が知ってそうな人はいないかな?」

 

 洞窟で暮らしていたドラゴンに関して、これ以上詳しい者がここにはいない。

 リディアも詳しいことまではわからない。母エスタが突然亡くなってしまったから。

 

「えぇと……」

「ジリアンおじいちゃんかな?」

 

 ミネルバと互いに顔を見合わせて、ジリアンの名を口にした。

 すると、ラルフの表情にさっと陰がさした。

 

「ジリアンさんか。困ったなあ……」

「何がですか?」

「いやね。あの人の家に村長交代の挨拶に行ったんだけど、会ってもらえなかったんだ」

「おじいちゃんは、おじちゃんに丸投げしたら大丈夫ですよ」

「そうね。ミゼルとしか口利かないもの」

 

 ジリアンは、ミスト最高齢。

 最近体調を崩しており、ミゼルがウリエルを連れて彼の自宅を頻繁に訪れている。

 だから、ミゼルに任せておけばいい。

 

(……そうだ!!)

 ここで、名案をぴんと思いついたリディア。

 ラルフやミネルバたちに向かって、こう言った。

 

「それなら、予定より早く幻獣界に帰るよ。アスラ様にたまごのこと、たずねてみる!」

 

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