フェイクラバーズ 作:かえで
——それから約1週間後 11の月11日
本日は快晴なり。
見上げれば、青い空が一面広がっている。
リディアは、ルカの運転する飛空艇ファルコン号に乗せてもらっている。
これから、幻獣界の洞窟まで送ってもらうことになっている。
「ごめんね、急に予定早めちゃって」
「いーよいーよ」
初めてリディアの送迎役をつとめるだけあって、ルカはやる気満々。
突然、帰郷予定日を前倒ししたにもかかわらず。難なく応じてくれた。
元々ファルコン号は、ドワーフ国所有の飛空艇。この度、ルカの個人所有に切り替わった。
たった2ヶ月で、運転免許皆伝した娘への父王からの贈り物だと聞いている。
ルカとこうして空の旅をするのは初めて。
ルカに続き、リディアが近況報告を終えると。ルカが舵を握りながらこう言った。
「どうして、今日たまご持ってこなかったの?」
「それは……みんなで話し合ってそう決めたから」
一昨日、幻獣界へたまごを持っていくか。持っていかないか。
リディアやミゼルやラルフ……幻獣界に詳しい住民が集まり、話し合った。
—— —— ——
ピクニックの翌日。
ミストドラゴンのたまごだと思われるそれを、ラルフが西区画の住民にも見せた。
しかし、彼らもリディアたちと同等のことしか知らなかった。
ここ数日ジリアンも寝込んでおり、ろくに話が出来ないという。
あとは、幻獣界を頼るしかない。
—— —— ——
このたまごは、ミストの貴重な生きる財産になるかもしれない。
例え、幻獣界が相手だとしても『どーぞどーぞ』と渡せない。
リヴァイアサンから、『たまごを献上せよ』と命じられるまでは持って行かない方がいい。
そんな意見が多かったため。本日、たまごを持ってこなかった。
「でも、たまごのために、里帰り前倒ししたんでしょ?」
「そうだけど……」
たまごが本当にミストドラゴンのものなのか。早く知りたい。
もうひとつ。3日後に会う予定のツクヨミに、たまごのことを報告したかった。
そういった理由から、リディアは予定より早く幻獣界に帰ることに決めた。
……もっとも、後者の理由は誰にも話していないけれど。
「たまごは、ミストの宝物になるかもしれないもん。そうそう持ち出せないよ」
「えー? 幻獣界の人に見てもらったら、すぐわかると思うけど?」
ルカからの怒涛の質問攻撃に、リディアは及び腰。
(ルカの言う通りなんだけどね……)
リヴァイアサンにたまごを見せたら、一発で正体は判明するだろう。
「……でも、もしルカがわたしだったら」
「うんうん」
「幻獣王様から『たまごはここに置いてからミストに帰りなさい』って言われたら、どうする??」
「あ、そういうこと。たまごを取られるのがいやなんだ!」
「はい……」
「へーきへーき。大事な大事なリディアが持ってきたものを取り上げる訳ないって」
「だと思うけどね……」
超プラス思考——ドワーフ精神全開のルカに、リディアは苦笑してしまう。
(いいなあ、楽観的で)
仮にたまごを、幻獣界に持っていったとしよう。
『ミストに持ち帰って、大事にしなさい』と、言ってくれる者は、アスラぐらいしかいない。
—— —— ——
たまごは、現在ラルフの家で保管されている。
アリサによると、悪ガキオリバもたまごの重要性を察したのか。
さすがにたまごを割ろうとしたり。ボールのように投げたりする様子はないという。
—— —— ——
「ねえ、リディア」
「なあに?」
「今日、朝早かったでしょ?」
「うん……いつもより少し早かったかな」
「もうちょっと時間あるから。寝てていいし、好きなことしていいよ?」
「……それなら、海見てきてもいい?」
「どうぞどうぞ。いってらっしゃーい」
ルカに運転を任せて、リディアは運転席を離れると。
ベランダに寄りかかって、下をのぞいてみた。
こちらも碧い海が一面広がっている。上も下も右も左も青だらけ。
「……♪」
「ふふっ」
ルカの鼻歌が耳に入ってきて、思わずくすりと笑ってしまう。
(楽しそうだなあ)
ファルコン号には自動操縦機能がついていない。それでも、ルカはこれでいいという。
彼女やシドは、舵を握っている方が落ち着くらしい。
本日は、久しぶりに飛空艇を利用したお出かけでもある。
2ヶ月ほど、『青ばら』のために外出を自粛していたが。
正直ミストから出ない生活が、精神的にくたびれていたところだった。
ふと思い立ち、さっと右手を顔の前に出してみる。
四つ葉のクローバーの指輪を陽の光に当てて、きらめかせていたら。
頬が緩み切って、にやけていることに気付いた……。
「あと3日かあ……!」
(ツクヨミさんに、やっと会える!)
リディアは、エブラーナのお城勤ツクヨミと偽装の恋人関係。
……友人として、お付き合いを続けている。
ツクヨミとは、ここ1ヶ月ほど会っていないが、あと3日の我慢だ。
—— —— ——
3日後、とろけたチーズにくぐらせたパンやお肉を食べながら。
たまごの話をツクヨミに教えてあげたら。
『幻獣が復活されるかもしれないのですか。よかったではありませんか……!』
嬉しそうな声で、そう言いながら喜んでくれるかもしれない。
—— —— ——
(ビーフシチューは来年作ってあげよう)
あの人はミストが大好きで、何かと気にかけてくれている。
それこそ、ライザの夫以上……。
「わ、わっ」
「地底入るよー」
あの人に思いを馳せていたら。がくがくっと飛空艇が大きく揺れた。
アガルト近隣の火山口から地底に入るため。飛空艇が急降下を始めたのだ。
とても手放しで立っていられず。咄嗟にベランダにしがみつけば。
辺りもみるみるうちに暗くなっていく。
程なくして、青のサンドイッチ状態から一転して。
赤いマグマに照らされた薄暗い地底の中を。ファルコン号が前進を始めたため。
リディアもベランダに身体を寄りかかる態勢に戻した。
§
ドワーフ城より更に西に、ぽつんと浮かぶ小島。そこに幻獣の洞窟の入口がある。
(きれいだなあ……『夜のエメラルド』って呼ばれるだけあるよ)
右手をベランダの向こう側に伸ばして、赤くゆらめく地底の海に指輪を反射させた。
マグマの光によって、四つ葉のクローバーがきらきら輝いている。
こんな素敵な宝石を選んでくれてうれしい。そう思った途端、またまた頬が緩み始める。
あの人に思いを馳せているうちに、自然とこうなってしまうのだ。
—— —— ——
あの人と出来る限り、一緒に居続けたい。
その秘訣を、ギルバートが秋にバロンで披露した新曲。そして、親友ライザが教えてくれた。
ライザは、ツクヨミの秘密をリディアと共有していた唯一の人物だった。
ミストを去る前に、リディアに届けてくれた絵本は。その秘訣を文字に表したものだった。
秘密を追及したり、ルールを破ると、あの人に逃げられてしまう。
リディアは新曲や絵本から、そう学習することが出来た……。
「——リディアー! もうすぐ着くよー!」
「はーい」
3日後に迫った、あの人との再会に期待を募らせていたが。
ルカの声で、目の前に思考が切り替わった。
ベランダから離れて、舵を握るルカのところへ戻ると。
近くに置かせてもらっていたかばんを肩にかけたのであった。
§
それから5分もかからないうちに、ファルコン号は小島に着陸した。
「はい、とーちゃーく」
「ごくろうさま」
(運転ほやほやには思えないなあ……)
ルカにそう言いたくなるぐらい。スムーズかつ静かな着地ぶりに感心してしまう。
「滑らないように気を付けてね」
「平気だよ」
ファルコン号は旧式のため、はしごを使って降りなければならない。
ルカに続き、リディアもはしごを降りて。地底の大地に降り立ち、洞窟の入口に向かう。
(今日も熱いなあ……)
地底の地面は、どこもかしこも地底の海——熱いマグマの影響を受けている。
歩く度に足先から、じわじわ熱気を感じる。
見えないケープのおかげで、リディアの上半身は涼しいけれど。
それ以外は他の人と同じ。熱の影響をもろに受けてしまう。
「あーあ。わたしも一緒に行きたかったなあ」
暗い空を見上げながら、ルカがそうぼやいた。
本当はリディアと一緒に幻獣界へ向かいたくて、うずうずしているのだ。
「たまには里帰りしなきゃだめだよ」
「帰っても、カルコとブリーナ触って終わりだもん」
—— —— ——
カルコとブリーナは、精巧な造りで出来た2体の西洋人形。ルカの大事な宝物だ。
カルコは男の子。ブリーナは女の子。
ふたりとも、お目目ぱっちりで、まつげと頭髪は金色。
品の良い西洋服を着せてもらっており、貴族のお坊っちゃんとお嬢ちゃんに見える。
—— —— ——
ルカの夢は、そんなカルコとブリーナを自動人形にすること。
ただのお人形ではなく、動いて話せるようにしたくて。
バロンでの空き時間やドワーフ城では、西洋人形の自動化に明け暮れているらしい。
「実家にいるってだけでも大分違うよ?」
「変わんないよ! ああ、わたしも幻獣界行きたぁーい!!」
「だめだよ。おじちゃんにお城帰れって言われたんでしょ?」
「う」
「怒られても知らないよ?」
「はぁ……師匠には逆らえないんだよね」
リディアに同行して城をそっちのけにしたら。お師匠様から叱られる。
ルカは、どうしてもそれだけは避けたいようだ。
—— —— ——
10の月。シドはルカに翌月から飛空艇単独運転を許可した。
それと同時に、こんな条件を出していた。
『リディアが幻獣界に帰る日に、おまえさんもドワーフ城に帰るんじゃ』
ルカはシドに弟子入りしてから、バロン城滞在率が大幅に上がった。
逆にドワーフ城の滞在率は、1年の3分の1程度まで下がった。
ひとり娘がバロン城に入り浸り、自城に寄りつかなくなってしまったため。
父親のドワーフ王が寂しがっているという。
—— —— ——
シドはひとり娘を持つ父親としてドワーフ王を気の毒に思い、ルカにそんな条件を出したのだろう。
「帰りはどうしたらいい?」
「ここに戻ってきたら、サンダガ1発飛ばしてよ」
「……それだけでいいの?」
「十分十分。見張りがいるから」
ルカが遠くにそびえる建物——ドワーフ城を指さした。
サンダガの威力なら、ドワーフ城に常駐する外の見張りが余裕で確認出来るという。
「すぐに、ぱーっと飛んできて迎えにきてあげるよ」
「わかった……それじゃあ、行ってくるね」
「うん。気をつけてねー」
時間はかからないし、とても便利。
ルカ並びに、ドワーフ国のありがたさを。そうひしひしと感じながら。
リディアはルカに見送られて、幻獣の洞窟の中に入ったのであった。
§
洞窟の入口。そして、転送盤が置いてある地下3階奥のエリア。
広い幻獣の洞窟の中で、この2ヶ所のみモンスターは出現しない。
「……あれ?」
洞窟に入るなり、リディアはきょろきょろ首を振る。
いつもなら、洞窟に入ったすぐそばにある人物が立っているのだが。
今は辺りを見回すも、がらんどう。
「ミトラさん……いないのかな」
—— —— ——
ミトラは、幻獣界の門番。
よからぬことを企む人間が、幻獣界に入り込まないように監視している。
ちなみにミトラは、洞窟内では自ら特殊な術をかけているため。
リディア以外の人間には見えない。
—— —— ——
リディアは、里帰りの度にここを訪れると。
ミトラに幻獣界の住居区域——幻獣の町まで瞬間転送してもらっている。
リディアも自力で洞窟を通過しようと思えば出来るが。
レビテトが使えず、歩く度に体力が嫌でも削がれてしまう。
出来ればミトラに、町まで転送してもらいたいのだけれど……。
「ミトラさー」
「——おかえり」
「わっ」
名前を呼んだ瞬間。赤いローブを羽織った人物がぱっと現れて、思わずのけぞってしまった。
「久しぶりだね。リディア」
「やだもう……びっくりさせないでよぉ」
デジョンやテレポを使って、瞬間移動するのは慣れている。
けれど、相手がぱっぱぱっぱと姿が消えたり、現れたりするのはどうも慣れない。
「いい加減、慣れてもいいんじゃないかな」
「まだまだだよ」
「それより、ごめんね。遅くなって」
「いいよ。お仕事してたの?」
ミトラは、頭から大きな赤いフードをかぶっている。そのため、顔はほとんど見えない。
声も若く、見た目は男性に近い人型。しかし、彼には性別はなく、無性と呼ばれている。
「お客さんの相手をしてたんだ」
「そうなんだ。繁盛してるんだね」
「全然? 相変わらず物好きしか泊まりに来ないよ」
ミトラの本業は宿屋の主人。
それと並行して、門番とリディアの転送役をリヴァイアサンから仰せつかっている。
—— —— ——
ミトラは感知能力が高く、瞬間移動術が使える。
両方の能力を兼ね揃えている住民はミトラだけしかいない。
宿のお仕事をしながら、洞窟に入った者を感知して、すぐ駆けつけることが出来る。
だから、リヴァイアサンから見張り役を頼まれたと思われる。
—— —— ——
「2割引きにしてあげるから、泊まってよ」
「高いよぉ。せめて500ギルまで下げてちょうだい」
幻獣の町にある宿屋は、一泊1200ギル。
地上にある宿屋の最高値——トロイアの宿屋の400ギルを知っていたら、もはやぼったくり。
「頑張っても3割引かなあ」
「それでも高いよ」
「それじゃ利益が出ない。商売にならないよ」
そもそも宿屋と言っても、普段の幻獣界ライフに飽きた住民が。
非日常を味わいたい時に利用するぐらい。
ミトラの言う通り、それぐらいの値段設定でないと、割が合わないのだろう。
「うう、半額になるまで泊まらないっ」
「残念……また交渉決裂だね」
ミトラとの値段交渉は失敗に終わったが、毎回恒例となった冗談の掛け合いだ。
リディアは日帰り。宿に泊まる気はないし、ミトラもそれを承知している。
(別にもうからなくても生きていけそうだけど……)
なぜ、幻獣界が地上の通貨——ギルを使っているのか?
幻獣界で商売する必要があるのだろうか?
それらは幻獣界専門家さまも感じている、素朴な疑問であった……。
「ねえ、ミトラさん」
「何かな?」
「最近、ここに誰か来た??」
幻獣界のお宝(そんなものはない)を奪おうと。ごくまれに欲深い人間がここにやってくる。
もっとも、ダメージ床で体力を削がれるわ。強いモンスターと遭遇するわで。
すぐ引き返して、逃げるように洞窟から出ていってしまうと聞いている。
「いや……君が前に来てからは誰も」
(こ、これは……ラルフさんの本効果だ!!)
ミトラの答えを聞いて、リディアはぱあっと顔を明るくさせた。
「あのね。それはたぶん——」
なぜ人間がここに来なくなったのか。大方の経緯をミトラに話した。
—— —— ——
つい最近まで、地上では幻獣界に関するおかしな知識がはびこっていた。
幻獣界には、お宝が眠っている。住民の身体の一部は薬や呪術に使える。
幻獣の血を飲めば、不老長寿を得られる……などなど。
自称幻獣界専門家や自称異世界研究家が広めた、そんなデマもいくつか混ざっていた。
よからぬ輩が幻獣界に侵入しようとしていたのは、それに影響されたから。
そういった間違った知識を上書きするために。
ラルフが今年、ミストの支援をもらって『異世界への誘い』を出版した。
それをきっかけに、正しい知識が地上に広まったことで。
欲深い人間たちは、幻獣界に来るメリットがなくなったと思ったのだろう。
—— —— ——
「……だから、お宝狙いの人はもう来ないと思うよ」
「愚か者が来なくなったのは、いいことだね」
「それでね。その本を書いた人が幻獣界に来たいって言ってくれてるの」
「へえ……だったら、その人には洞窟を通ってもらわないとね」
「え?」
「私は君以外転送しないよ」
「待ってよ。前はみんな一緒に送ってくれたじゃない」
9年前。リディアはセシルたちを連れて何度もここを訪れた。
その時はミトラの術で、全員簡単に幻獣の町へ向かうことが出来たのに。
今はそれが出来ないという。
「幻獣王の命令だから、逆らえないよ」
「そんなぁ……」
「仮に他の人間が向こうに行っても、すごく居辛いよ? 君と聖騎士以外の人間のことは、信用も信頼もしていないから」
ミトラからそう言われて、脳内によぎったのは、9年前の出来事だった。
—— —— ——
ゼロムスを倒すために、幻獣王さまの力を借りよう。
リディアがそう思いつき、セシルたちを連れて幻獣の町へ帰ったら。
『どうして、ここに人間がいるの?』
『早くここから出て行ってよ』
幻獣界の住民がセシルたちへ向ける視線は冷たく、彼らを邪険にした。
ところが、リディアに対する態度や言動はセシルたちとは真逆。
住民と顔を合わせる度に、こんなことを言われた。
『リディアがいないと寂しいよ』
『早くこっちに帰ってきてちょうだい』
……顔なじみとそれ以外では、対応が変わるのは仕方がないにしてもだ。
住民が、セシルたち——人間を露骨に毛嫌いしているのが、丸わかり。
セシルがリヴァイアサンから実力を認めてもらっても。住民の態度は変わらなかった。
リディアは申し訳なくなり、帰り際にセシルたちへ謝った。
みんな『気にしないよ』と言ってくれたけれど。
当時の思い出は、幻獣界への数少ないもやもやとして。今もリディアの胸に残ったまま。
—— —— ——
「君以外の人間が、何を言われるか想像出来ないほど、君は愚かではないでしょ?」
「……」
ミトラの口調は優しい。けれど、内容は辛辣だ。
仮にラルフが、運よく幻獣の町に入ることが出来たとしても。
住民から『早く帰れ』『出ていけ』……厳しいことを言われるのがオチ。
ミトラはそう言いたいようだ。
「ミトラさんも、みんなと一緒のこと思ってるの……?」
「もちろん。——その人が、君を騙しているかもしれないからね」
「!?」
ラルフは幻獣の町に入りたいから。いい人を装い、リディアに近付いている。
ミトラがそう言いたげで、リディアは動揺を隠せない。
ミトラも、リディア以外の人間を拒絶しているのは知っていたけれど。
これはさすがにない。ラルフにとても失礼だ。
「そんなこと言わないで! ラルフさん悪い人じゃないよ!」
「見張りの仕事は、他者を徹底的に疑うことでね。何かあってからでは困るんだよ」
「……」
「申し訳ないけれど、ここに来た人間は全員、洞窟を通ってもらうよ」
「わたしとセシル以外?」
「違うよ。君以外『全員』」
「セシルもだめなの!?」
ミトラの言葉に、リディアは耳を疑った。
—— —— ——
人間が幻獣の町には入るには、2種類方法がある。
ひとつは、ミトラに町まで転送してもらう、自動コース。
しかし、リディアしかその方法が使えないとなれば。
人間は、幻獣の洞窟の一番奥深くにある転送盤に乗って、町へ移動する。
いわゆる自力コースを、嫌でも選ばねばならない。
§
幻獣の洞窟の床は、人間が容易に幻獣界に入れないように。特殊な加工が施されている。
ダメージ床と呼ばれるそれは、歩けば歩くほど体力が消耗する。
これを回避するには、浮遊魔法レビテドを使えばいい。
しかし、レビテドは比較的高度な白魔法。使える人間はそうそういない。
更にこの洞窟には、とても強いモンスターがうろついている。
よって洞窟を通過出来るのは、よほど実力がある者に限られる。
ただし、帰りは行きと大違い。よくぞここまでやってきた。そんなごほうびとばかりに。
全員、幻獣の町のはしっこにある転送盤に乗れば。今リディアたちがいる場所まで転送してくれる。
—— —— ——
洞窟を難なく抜けて、無事地上に帰ってきた……。
そんな人間。ここ数年では、エッジぐらいしかいないだろう。
「聖騎士は、幻獣王様に認められた実力者じゃないか」
「そ、それはそうだけど……」
(あたしは、幻獣界に選ばれし人間って言ってるようなものじゃない……)
幻獣界から見た、自分と自分以外の全ての人間。その間には激しい温度差がある。
改めてそう思い知らされて、ミトラに何も言えばいいかわからない。
「何度も言ってるけど、これは幻獣王様のご意志だから、私は命に従うだけ……厳しいこと言ってごめんね」
「ううん、いいの……」
ミトラから謝罪と共に肩を叩かれて、うつむいたまま首を振った。
ほぼ全ての幻獣界の住民は、感情優先で物を言ってくる。
けれど、ミトラは客観的な事実をもとに冷静に話してくれる。
何よりこうして謝ってくれるだけで好感が持てる。
—— —— ——
幻獣界で唯一、リディアに理解を示してくれる者は幻獣王妃アスラだけ。
リヴァイアサンには当面の間、幻獣界とミストの交流に関しての話題を出さないように。
アスラからは、そうきつく申し渡されている。
人間の幻獣界に対する認識は、正しいものに修正出来つつあるのに。
幻獣界の住民の、地上や人間に対する認識はと言えば。
リディアが幻獣界に暮らし始めた時から何も変わっていない。
—— —— ——
(おじちゃんもああ言ってくれたもん! 時間かけるしかないや……!)
幻獣界とミストの交流は、リディアのライフワークのようなもの。
夏の寄合でミゼルがそう言っていたが、言い得て妙だと思う。
今、ミストで出来ること——召喚士育成をやり続けるしかない。
オリバが、今後ラムウかイフリートと契約前提で交流させてもらえるといいのだけれど。
「それじゃあ、あっちに送ってあげようね」
「……お願いします」
「【……」
ミトラが転送の詠唱を始めると、次第にリディアの身体が透き通っていく。
姿が完全に消えれば、幻獣の町に到着する。
「ありがとう。いってきま……」
「……】」
お礼と共に手を軽く振ると、ミトラが手を振り返してくれた。
しかし、どこか辛そうな表情を浮かべているようにも見えた。
(気のせいかな?)
そう思っていたら、一瞬にして視界がミトラの姿や暗い洞窟内から。
濃灰色の空に覆われた、地上と似通った町並みへ変わったことで。
もうひとつの故郷、幻獣界——幻獣の町に到着したのであった。
——それから2時間後
里帰りと言うけれど。最初から最後までリヴァイアサンやアスラと話をしている訳ではない。
リディアに与えられた部屋は、そのまま残してもらってある。
ちりやほこりがひとつないベッドにごろーんと寝転がり、くつろいだりもする。
外に出て、知り合いや友だちと話したりもする。
その度に『もうこっちの住民に(略)』と不老不死化を勧められると。
苦し紛れに笑いながら、うやむやのままお別れ。その後、複雑な思いに駆られることもしばしば。
「——『呪いのコロネット』って覚えてる??」
「ああ……」
「よかった」
「それがどうしたんだ」
里帰り真っ只中のリディアは、幻獣の町のはずれで。
巨体の住民——幻獣オーディンと向き合い、お話をしているところだ。
なおオーディンの相棒の馬は、隣で立ったまま眠っている。
—— —— ——
オーディンは無愛想だが、リディアにとってすごく気楽な相手だった。
なぜなら、この幻獣は『こっちの住民に(略)』『人間って奴は……(略)』などと。
リディアに一言も言ってきたことがないから。
—— —— ——
「こないだバロンがね。『呪いのコロネット』を囮にして、窃盗団をおびき寄せて捕まえたんだよ」
「そうか……」
現在は、先月末に起こったバロンでの大捕り物を。オーディンに報告しているところである。
こうしてオーディンへ、セシルやバロンの現況を伝えるのも。恒例行事となっている。
「でも、本当に盗まれたら困るから。シドおじちゃんが作った偽物を展示したんだけど、窃盗団には全ー然ばれなかったんだって!」
昨日もCに、『青ばら』の続報が載っていたが。
先月展示されていた『呪いのコロネット』は、シドが作った贋作だったと書いてあった。
シドの手先の器用っぷりには、感服ものである。
「ほう、なかなかやりおるな……!」
シドの名を聞いた途端。明らかにオーディンの食いつきもよくなり、胸を躍らせる。
(シドおじちゃんのことも覚えてるんだ!)
オーディンの前でシドの名を出したのは、本日がはじめて。
覚えていたのは、セシルやローザのことだけではなかったようだ。
—— —— ——
元々オーディンは、バロンの前国王。
孤児のセシルを可愛がり、暗黒騎士に育て上げて。赤い翼の隊長(歴代最年少)に任命した。
セシルにとって、恩人の中の恩人とも言える人物であったが。
ゴルベーザの手下の手にかかり、命を落としてしまった。
前国王はセシルの身を案じるあまり、魂と化してもバロン城の地下に留まり続けた。
その思いは幻獣界にまで届くぐらい強く、リヴァイアサンが感銘を受けた。
彼は前国王の魂を拾い上げて、幻獣オーディンとして生まれ変わらせた。
オーディンは、幻獣の中で最も新入りの存在である。
幻獣界にまだまだなじめないのか。町のはずれで隠れるように過ごしていることが多い。
常に大きな馬と行動しているから、他の住民に迷惑がかかる。
そう思って町に足を運ばないのかもしれない。
—— —— ——
「お客さんもみんな騙されちゃって、セシルがチケットの半券と引き換えに、わざわざ入場料を返金するんだって! すごいでしょ!」
「……懐が深い奴よのう」
傍から見れば、リディアがオーディンに一方的に話しているように見えるが。
オーディンは軽くうなずいてくれるし、終始穏やかな気配を漂わせている。
「あっ、それじゃあ、もう行くね」
「……リディア」
「なあに?」
「わざわざ教えてくれて……感謝する」
「へへっ、どういたしまして。——またね」
挨拶しながら立ち上がると。オーディンの前から走り去った。
人間が幻獣に変わると、人間でいた時の記憶が消えてしまうことが多い。
全て忘れてしまう者も多い中。オーディンは死ぬ間際が間際だったせいか。
人間だった頃の記憶——特にバロンとセシルのこと——が強く残っているようだ。
§
「次はアイテム屋……あ、まだメモ見てないや」
ミゼルから預かった小さな財布の中から。ギル札に挟まれたおつかいメモを取り出した。
幻獣の町にあるアイテム屋の品揃えは、たったの5品。
けれど、どれもこれも地上では入手困難かつ便利なアイテムだ。
「スケープドールが5個と、銀の砂時計……2個??」
メモに書かれた品名と個数を読み上げていたら。最後だけ疑問形でになってしまった。
(スケープドールは、わかるけど……)
スケープドールは、分身魔法ブリンクの効果がある。
ミゼルは村長を辞めてから、外出がとても増えた。
防犯用に携帯したいのか。もしくは、妻からの腹パン対策か。
スケープドールはいい。謎なのが、銀の砂時計だ。
既に去年の秋。ミゼルのコレクション用としておつかいが済んでいる。
このアイテムは、時間停止魔法ストップと同等の効果を持つ。
ミゼルは銀の砂時計で、一体何をしようとしているのだろう。
そう考えていたら、ふと昔の出来事——魔導船での一夜——が脳内によぎって。
思わず立ち止まってしまった。
(ま、まさかおばちゃんを!?)
ミゼルは夫婦の営みの際に、ストップ状態にした妻の身体を触ったりいじったり……。
睡眠姦ならぬ、ストップ姦をやるつもりで、砂時計を買うのだろうか??
「——あたしのばかっ」
自身を戒めてから、何度も左右に首をぶんぶん振ることで。
頭の中のただれた思考を吹っ飛ばす。
(おじちゃん、そこまで変な人じゃないったらっ!)
仮にも兄代わりの存在を、変人を通り越して変態扱いするとは!
自分という人間は、何と不埒なことを考えるのか!
「はぁ……」
この1ヶ月。あの人と会えていないから。こんなばかなことを考えてしまうのだ。
もっとも、あの人に会えたからと言って。セックスはしないし、させないけれど。
「アイテム屋さんが終わったら、あとは図書館……」
なんとか不埒な思考を追い出すことが出来た。
折りたたんだメモを財布に戻しながら、再び歩き始める。
近年は、幻獣図書館の利用も増えた。
もっとも、こちらもリディア自らの意志と言うよりも。
村長兼幻獣界専門家のラルフに頼まれたからなのだけれど。
ラルフは来年の冬を目処に、2冊目の本をおこす予定を立てている。
今度のテーマは幻獣界の成り立ちだと聞いている。
ミストドラゴンのたまごにつながるような資料に加えて。
幻獣界の歴史書や記録書を借りてきてほしい。そう頼まれていた。
§
しばらく歩き続けていたら、ようやくアイテム屋の建物が視界に入ってきた。
「——リーディアっ」
「久しぶりね」
目の前に、幻獣の子どもがふたりひょこっと現れた。
竜を模した男の子と、人を模した女の子。どちらも顔なじみである。
「こんにちは。久しぶりだね」
「ねえ。幻獣王様たちにお会いした?」
「まだだよ。アイテム屋と図書館に寄ってからね」
リヴァイアサンとアスラの面会は、いつも最後と決めている。
さもや当たり前のように答えたら、子どもたちの表情が途端に暗くなった。
「そう……」
「それが終わったらまた帰っちゃうのぉ?」
「うん……っ!?」
子どもたちが突然、リディアの身体にぎゅうとしがみついてきた。
この後ふたりが何を言うか、すぐに予想出来るというもので。
「やだよ、帰っちゃあー」
「……ごめんね」
「ここにいてよお」
「明日も用があるの。だから、今日中に帰らないと……」
予想通り、子どもたちに悲しそうな声で帰るなとせがまれて。
リディアはふたりの頭を撫でてなだめる。
—— —— ——
こんなことは一度や二度ではない。
里帰りしたら最低1回は、誰かに『帰らないで』とせがまれる。
—— —— ——
本日、黒魔法講座をエライアひとりにお任せして、幻獣界にやってきた。
明日からまたいつものように、講座や『学習』の指導が待っている。
「はあ、やっぱりだめみたいだね」
「そうだね」
子どもたちがリディアの身体から離れて。お互いの顔を見合わせてうなずき合う。
「……ねえ、リディア」
「なあに?」
子どもたちが明るい表情に戻ってくれて、リディアがほっとした矢先。
男の子がこんなことを言った。
「もう用を済ませる必要ないよ?」
「……どうして?」
「それはねー!」
「リディアは、これからずっとここで暮らすから!」
(これからずっとここで暮らす……??)
頭の中で言葉を反すうしているうちに、顔から血の気が引いていく。
なぜなら、地上に帰れないと言われたようなものだから。
「な、何言ってるの……?」
「リディアは、今日からまたここで暮らすの。だから帰る必要ないよ」
「幻獣王様が、やっと決めてくれたんだよぉ」
「みんなも大賛成なんだよねぇ?」
「ねぇー?」
からから笑う子どもたちと対照的に。リディアは背筋が凍り付く思いでしかない。
子ども特有の無邪気な言葉や笑いが、ある意味残酷に感じたのは生まれて初めてだ。
「待ってよ! そんなのアスラ様もお許しになら……」
「——大丈夫。もう帰ったって伝えておくから」
「それ……」
どういう意味!? と、リディアが続けようとした瞬間。
男の子が足元に何かを投げつけてきた。
ぱりーんと割れた音と共に、きらきら輝く銀色の砂が舞い上がる。
「っ!?」
(ぎ……)
男の子が投げてきたのは、銀の砂時計(1個9800ギル)。
今からアイテム屋で買おうと思っていたもの。そう気付いたものの、既に遅し。
リディアの身体や意識は、ぴたりと止まってしまったのであった。
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