フェイクラバーズ 作:かえで
——9の月6日 正午すぎ
エブラーナ城の奥には、東西にそれぞれ高い塔が建っている。
東の塔は、城で暮らす使用人の寝床。
一方、西の塔は暗号部や武具開発部など一部を除く内勤部署の拠点。
その塔にある一室でザンゲツも只今、お昼ごはんを食べている。
机の上に置かれた竹かごの中から、最後の塩むすびを取り出して一口かじった。
「……美味でござるなぁ」
控えめな塩と、お米の味。握ってくれた、妻の愛情……。
それらを口の中で堪能してから、至福の声をもらすと。また塩むすびにかじりつく。
—— —— ——
この部屋は、2年前からザンゲツの仕事場兼食堂兼テリトリーと化している。
室内は日が射して明るく、お館様もやってこない。
エブラーナ城の使用人歴30年近く。
この部屋は、そんなザンゲツがようやく職場内で見つけた安寧の場であった。
—— —— ——
ただし、ここにいるのはザンゲツだけではなかった。
「ごちそうさまでした」
「……」
手を合わせて、挨拶を口にすれば。対面に座る青年が、こくこく首を縦に2回振ってくれた。
青年——タタラも、昼食の真っ最中。白兎のお面を外している。
彼の顔は、口元しか見えない。大きなフードを頭からすっぽりかぶっているから。
「タタラ殿のそれもおいしそうですなぁ」
「……」
タタラが、今度は首を3回強く縦に振った。
タタラが手にしているのは、サンドイッチと呼ばれる携帯食である。
パンに具を挟んであるらしいが、この食べ物はエブラーナに浸透していない。
それでも、彼はいつもお昼ごはんにそれを持ってきている。
—— —— ——
タタラは小さな声しか出せない。
ザンゲツとは、うなずきや身振り手振り。場合によっては、筆談で意思の疎通を図っている。
—— —— ——
タタラは『ぼくのお昼ごはんも、ザンゲツさんのおむすびに負けず劣らずおいしいです』と言いたいようだ。
「今度、妻に同じものを作ってもらうとするか……」
「……!!」
ぶぶんぶんっと、タタラが何度も勢いよく首を縦に振っている。
彼は『ぜひ奥様に作ってもらってください!』と言いたいようだ。
「はははっ。今度、手順書を貸していただけたら幸いでござる」
タタラのメッセージを受け取り、ザンゲツは笑った。
いずれ彼は、手順書——料理本を持ってきてくれるだろう。
—— —— ——
この部屋は、歴史編纂室。名前の通り、エブラーナの国史をまとめている。
ザンゲツは、現場実働のトップ『御伽衆』の一員にもかかわらず。
約2年前、歴史編纂室が新設されたと同時に、お館様から歴史書編纂を命じられた。
それ以来、ずっとここで働いている。
歴史編纂室に所属する使用人は、たったふたりしかいない。
ザンゲツと週に4日、手伝いに来るタタラだけだ。
タタラは、Xの求人広告を見て応募してくれた。
これが人生初の雇われ仕事だが、とても真面目な仕事ぶり。
給与が、すずめの涙なのが気の毒だ。恨むなら、どけちなお館様を恨んで欲しい。
兎にも角にも、縄張りをゲットした。気の置ける部下も出来た。
だいすきな歴史にもどっぷり浸れる。
……リディア様が幻獣界に幽閉されたことを除けば。
この2年近くの間。ザンゲツはとても充実した日々を送っていた。
—— —— ——
ザンゲツが口直しに茶をすすり、タタラがサンドイッチを全て食した直後。
「邪魔するぞ」
扉が開く音に続いて、じいが部屋に入ってきた。
じいは昼食をすませると、残りの時間はここで休憩をとる。
休憩時間だけだが、彼もこの部屋の常連であった。
「ああ、早いですなあ」
「!」
じいの姿を見るなり、タタラが勢いよく席を立った。
「よいよい。座っておりなさい」
「……」
じいに優しく諭されて、タタラがためらいながらも再び席に着いた。
タタラはいつも、じいに出すお茶を汲みにいこうとするが、ご本人に制止されている。
「早飯は芸の内と申しますがなぁ、のどに詰まらせたら終わり」
「——ばかもん!!」
「っ!」
「わしがそんなもので死ぬ訳なかろうが!!」
「……」
ほんのささいな冗談を口にしただけなのに。じいから怒鳴られてしまった。
じいに同意を示すかのように。タタラが、首を大きく2回縦に振ってから白兎の面をかぶった。
「はぁ……」
じいがため息をつきながら、タタラの隣の席に座ると。
机の上に、手にしていた新聞を投げ捨てるように置いた。
「大分お疲れのようですな」
「あぁ、若様が荒れておってな……」
「たしか、御前会議でしたな? 何かもめごとでも」
本日は午前中、御前会議なるものが開かれていた。
じいはその会議に、毎回司会進行役として出席している。
—— —— ——
御前会議は、エブラーナ国の最高会議である。
国王出席の下、各地の有力者が集まって国事に関する重要な話し合いをする。
以前は年に4回開催していたが、1年半前から毎月開催になった。
—— —— ——
「いいや。心ここにあらず……不機嫌極まりなかった」
「殺気を飛ばしておったのですな」
「みな恐れおののいておったわ。タツミなど……」
—— —— ——
お館様の不穏な様子が気になったのだろう。
会議が終わってから、タツミがお館様に声をかけた。
ところが、『てめえにゃ関係ねえ!』と一喝されてしまい。
タツミは泣きながら、シビエン家に帰っていったという。
—— —— ——
(気の毒に……少し声をかけただけで怒られてしまうとは)
何がここまで、お館様の機嫌を損ねたのか。
じいの話を聞いて、ザンゲツはその理由を察してしまった。
「もしや、本日もまた……」
「そうよ」
「……」
「どうした、タタラ殿」
タタラが机の上に置かれた新聞を、ザンゲツに差し出してきた。
受け取ってみれば、バロン三大紙のひとつCであった。
「おぉ、タタラも読んできおったか」
「……!」
ぶんぶんうなずいたタタラに、じいが感心しているのは他でもない。
タタラは各地の新聞を全て購読。毎朝それらを読んでから出勤しているのだ。
「何面でしょうか」
「今日は社説だ。早う読め」
じいに急かされながら、ザンゲツが紙面を開けば。
件の社説は二面に載っており、こう書かれていた。
—— —— ——
ミストの召喚士リディア嬢が、幻獣界から帰ってこなくなってから、もうすぐ2年が経つ。
しかし、未だに幻獣界と地上世界の往来は不可能。幻獣界も、地上世界へ何の意思表明しない。
§
実は以前からリディア嬢は、幻獣界が地上と断絶することを知っていたのではないだろうか?
一時的な帰郷ではなく、永住するために幻獣界に帰ったのではないだろうか?
彼女の帰郷をもって、幻獣界は地上世界と断絶したのではないだろうか?
『召喚士リディア嬢が幻獣界から未帰還。現在、幻獣界に入れず、連絡すら取れない状況』
約2年前。当社をはじめ各新聞社は、バロン国のそんな公式発表のみを報じた。
しかし、2年経っても何の進展も見られない。
そのため、以下に当社の現在の見解と主張を掲載させていただくことにする。
§
バロン国の公式発表は間違いである。リディア嬢が帰還する可能性はない。
なぜなら、この地上世界はリディア嬢と幻獣界に見捨てられたからだ。
今後我が国の王には、それを踏まえた上で国費の使い道を考慮していただきたい。
—— —— ——
社説は、その新聞の主張や意見が混ざった論説文のこと。
大衆紙を除いた新聞には、毎日二面か三面にそれが載っている。
「何ですか……これは……」
紙面をつかむ手を震わせながら、そうつぶやいた。
リディア様は、幻獣界によって幽閉された。
当初からそう思っていたザンゲツには、Cの主張が全く理解出来ない。
「理由がようわかったろう」
「いやはや、これまでで一番露骨でしたなぁ……」
「バロンの国王夫妻がどれだけ幻獣界と交渉しようとしているか、Cはいつも報じておったのに、これよ。全く、調子がよすぎるわい」
(これはご機嫌を損ねても仕方がない)
ザンゲツは肩を落として新聞を折りたたむと、じいに手渡した。
じいの隣に座るタタラも、大きく首をうつむかせている。
この月に入ってから、昼休憩がこうしてお通夜のように暗くなることが多い。
—— —— ——
お館様は、もちろん。ご友人の方々、並びにミストの住民は、リディア様の帰還を諦めていない。
時折バロン国王夫妻が、自国の飛空艇軍団——赤い翼に同乗して。幻獣の洞窟へ様子を見に行っている。
ファブール国王も、定期的にシルフの洞窟に足を運んでいる。
その度に幻獣シルフたちへ、幻獣界への潜入を試みてもらっている。
—— —— ——
Cはバロンの地元紙。国王の動向を日々掲載している。
国王夫妻が幻獣の洞窟に足を運ぶ度に、それを報じていた。
それなのに、公式発表は間違い。Cはそう断言しただけでなく。
リディア様の意志を勝手に決めつけた論説を載せている。
「リディア様がいないからと言って、勝手がすぎます」
「そうだな」
「なにゆえ、どこもかしこも突然こんな主張を始めたのでしょう……」
この月に入ってから、新聞各紙が揃いも揃ってリディア様の帰還はない。
そう断言する社説や記事を載せるようになった。
本日のCは、どこの新聞よりもひどい内容だった。
友人——私的理由のために、我が国の軍費や人件費を無駄遣いしているのではないか?
バロン国王夫妻までも、そう遠回しに批判していたから。
「今まで空気を読んで大人しくしておったのだろうな」
「どういうことですか」
「リディア様が消えた直後に、こんな主張してみよ」
「あぁ……!」
「あの方のご友人を真っ向から敵に回すことになる。時期が時期だけに、読者も不謹慎と感じたであろうな」
高貴な方々。特定分野においての第一人者など。
リディア様のご友人は、各方面において影響力が大きい方々ばかり。
—— —— ——
仮に、バロンの公式発表と同時に。憶測でしかない主張を紙面に載せたら……。
『消えたばかりだってのに、よくそんなこと書けるな!』
お館様をはじめ、リディア様のご友人から。そういった批判が殺到するかもしれない。
下手をすれば、読者からも。
—— —— ——
どこの新聞社も、批判を恐れた。
よって、約2年前はバロン国の公式発表を報じただけで留めた。
じいはそう言いたいようだ。
「しかしながら、今でも十分不謹慎だと思いますが」
「最初のバロンの公式発表も、『可能性が非常に高い』と言うだけであって、確定ではないぞ?」
「そんな……」
「残念ながら、リディア様がこちらにお戻りになり、真実を口にされぬ以上。全ては憶測の域を超えぬのだ」
「……新聞社どもは、時効とみなしたということですか」
「さよう。あやつらは言論の自由を盾に、自分たちの憶測を報じ始めたのよ」
現時点では、生死不明。それなのに、新聞社どもはリディア様を亡き者のごとくの扱い。
じいに厳しい現実を突きつけられて、ザンゲツは胸が痛い。
(まるで死人に口なしではないか……!)
仮にリディア様が、今日か明日にでも戻ってきたとしよう。
ご自身の記事を読んだら、どんなに傷つくか。新聞社どもは何も考えていない。
「タタラ殿は……」
「??」
ザンゲツの呼びかけに、タタラがさっと顔を上げた。
「タタラ殿はどう思われましたか?」
「……」
「さようですか……」
タタラが隣のじいをちらりと見てから。こくりとうなずいて返事をしてくれた。
じいの意見は至極真っ当だと言うことだ。
「まあ、今日でそれも打ち止めよ」
「……まともなのは、我が国のXだけでしたなあ」
「大衆紙もな」
エブラーナの地元紙Xは、お館様が圧力を掛けた。そのため、他紙に追随することはない。
大衆紙は娯楽一辺倒。政治や事件は報じない。
「お館様は、今後どうされるのでしょう」
「そのうち、ミストに赴かれるはずよ」
「……いや、それは覆面忍者ででしょう?」
「当たり前よ。若様はミストの村長と書状を交わす程度だからのう」
「なぜ、ああもお隠しになりたがるのでしょうか……?」
「わしにもさっぱりわからぬ」
ザンゲツは、じいと互いに首をかしげた。
一時期ふたりは、お館様と距離を置かれていた。
禁術も使われたこともあったが、現在お館様との関係は良好。
そんなふたりには、どうしても解せぬことがあった。
—— —— ——
なにゆえ、お館様は覆面忍者に扮して、定期的にミストに顔を出すのか?
そこまで『エッジ』の存在を隠し続けるのか?
—— —— ——
お館様ご本人に、理由を問いただそうものなら。また禁術を使われてしまいそう。
それを考えたら、ザンゲツたちはよほどのことがない限り、傍観しているしかない。
「……」
「どうされました? タタラ殿」
突然タタラが立ち上がり、部屋の隅へ向かう。紙とペンを取りにいったようだ。
すぐ席に戻ってきて、紙に何かを書き始めた。
「……うーむ」
タタラが書いた文を読み終えてから。じいがうなり声を上げて、難しい表情を見せた。
ザンゲツもだが、じいにとっても想定外の内容だったようだ。
「じい様。お館様に伝えた方がよいのでは?」
「……そうだな。昼一番で執務室に向かうとするかのう」
タタラは、じいに匹敵するほど賢い。
そんな彼が記した内容は、お館様にとってよくない情報だが。前もって知らせてあげた方がよい。
「……」
「あぁ、消さねばなりませんな」
タタラから紙を渡されて、ザンゲツは立ち上がった。
部屋の隅に向かい、証拠隠滅のために風遁を使って紙を小さく切り刻む。
下に置かれたごみかごの中へ。力尽きたかのように紙片がはらりはらりと落ちていく。
その様が他者には決して見せない、お館様の真の心境に見えて。
ザンゲツは改めて、リディア様の早期帰還を祈るのであった。
(このままでは、お館様が潰れてしまう……!)
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