フェイクラバーズ 作:かえで
——9の月9日
『挨拶はどうでもよいです。僕に何の用ですか?』
「君を幻獣界へ連れていく」
『え……!?』
(まさか、リヴァイアサンのところに連行されるのか!?)
男の言葉を聞いて、エッジは焦る。
すると、目の前に広がる光景が一瞬にして、神殿のような内装に変わった。
(ここは……!)
瞬間移動によって、アスラの私的空間に連れてこられたようだ。
空間の主も、既に中央奥の玉座に座っている。
「どうしたのです、ミトラ。あなたが客人を連れてくるなんて初めてですよ」
「それが……アスラ様に大事な話がございまして」
「そちらの客人も関係しているのですね」
「ええ」
「……わかりました。お話を伺いましょう」
エッジ——『ツクヨミ』を見るなり。
アスラが穏やかながらも、凛とした声でこう言った。
「遠い世界からようこそ。わたくし、幻獣王妃アスラと申します」
『初めまして。名乗るほどの者ではございませんが、ツクヨミと申します』
この世界で数少ないリディアの理解者、アスラに会わせてもらえるとは。
何にせよ、男——ミトラは味方だとわかり、心の中で嬉しさを覚えながら。
『ツクヨミ』らしく、片膝をついておじぎしたのであった。
§
「それで、大事な話とは一体何でしょう?」
「リディアは現在、地上ではなく、幻獣界におります」
「……どういうことですか」
「こちらに帰郷した際、一部の住民によって身柄を拘束されました」
「何ですって!?」
「現在、幻獣王の私室内に囚われております」
(やっぱり、あいつか!!)
その後ミトラが、リディアと幻獣界の現状を詳しく話してくれた。
聞けば聞くほど、主犯格——リヴァイアサンへの怒りが込み上げてくる。
2年『で』済んでよかったと思うか。2年『も』ズレたと捉えるか。
エッジは、もちろん後者を選ぶ。
人の生において、2年は決して短い時間とは言えない。
「あれほど言ったにもかかわらず、また勝手なことを……!」
アスラも、落胆と夫への怒りないまぜの声をもらしている。
リディアが帰郷していたことすら知らなかったぐらいだ。怒るのは当然。
「……ミトラ」
「はい、アスラ様」
「幻獣王は、リディアに永遠の命を与えていないでしょうね」
「ご安心下さい。そのような形跡は一切感じられません」
「それは確かですね?」
「ええ。逐一感知しております」
「そうですか。よかった……」
ミトラの報告を聞いて、アスラが安堵したような息をついた。
リディアには『人』として生きて欲しい。
かねてからそう考えていたエッジも、心の中でほっとした。
「ミトラ、わたくしに協力してもらえますね?」
「もちろんです。こちらから申し出るつもりでおりました」
「ありがとうございます」
「今回は、『あの方』にも協力をお願いされた方がよろしいと思います」
「そうですね。『あの方』がいれば、すぐリディアは解放されるでしょう」
(あの方って誰だ??)
ミトラとアスラの会話を聞きながら。エッジは首をかしげる。
幻獣界の女王様が、夫以外に『あの方』と呼ぶ存在がいるのをはじめて知った。
「では、今から連れ」
「——お待ちになって」
「何でしょう?」
「その前に、客人と少しお話を。あなたも同席願います」
「……かしこまりました」
アスラが玉座の椅子から立ち上がった。
エッジの目の前にやってくると、右足を後ろに腰を下ろしながら頭を深々と下げた。
「幻獣王並びに、住民がご迷惑をお掛けして、大変申し訳ございません。心より深くお詫び申し上げます」
『……謝罪すべきは幻獣王や他の方々です。あなたではありません』
「わたくし、こうなる可能性も予想していたのです。それなのに何も手を打たなかった責任がございます」
沈痛な声ながらも、堂々たるカーテシーを見せながら。こちらに謝罪したアスラへ。
心の中で、お互い様とつぶやいた。
—— —— ——
リディアを引き取った経緯からして。リヴァイアサンなら、無茶なことをやってもおかしくない。
エッジとアスラは数度の密談で、お互いそんな認識を共有していた。
『当分里帰りはやめておけ』
『幻獣王は危険です。しばらくこちらには帰ってこないように』
ふたりは、リディアにそう忠告出来たはずなのに。リディアの意志を尊重しすぎた結果がこれだ。
—— —— ——
『それよりも、リディアさまを一刻も早く地上に帰していただきたいのですが』
「お時間は取らせません。どうぞご安心ください」
『ありがとうございます』
ここに来ることが出来た。何としてでもリディアを連れて帰りたい。
そう思っていたエッジは、アスラから満足の行く回答をもらえてほっとした。
「……」
(お礼言ったろ? 何ぼさっと突っ立ってんだ)
ところが、アスラは何も答えず、その場に立ったまま。威圧の気配を漂わせている。
氷のような冷たい視線もびしびし感じる。
『あの……』
「あなたにひとつたずねたいことがございます」
『はい』
アスラは『ツクヨミ』の存在を知らない。
リディアとの関係を問われたら『友人』と答えておくか。
そんな心構えをした矢先。アスラが厳しい声でこう言った。
「なにゆえ姿を偽るのですか。——エブラーナ王」
『!?』
アスラに正体を見破られてしまい、わずかながらも身体を動かしてしまった。
(なんでバレてんだよ!?)
エッジは不思議に思えて仕方がない。
アスラは千里眼——透視能力を使って、相手の身体の内部を読める。
それは知っていたが、ぱっと見ただけで使えるものなのだろうか?
『……何のことでしょうか?』
「とぼけても無駄だよ。アスラ様は、一目で真の姿をお見通しになられる」
しらを切ったものの。隣に立つミトラから、ぱっと見で千里眼を使えることを示唆された。
「私も本来の君と、これまで何度も会っている」
ミトラがそう言ってから、羽織っていた赤いローブを消した。
『!?』
エッジは面の下の双眸を大きく見開かせた。
なぜなら、ミトラの真の姿は、この世界では一応顔なじみの存在。
……宿屋の主人と同じ風貌をしていたから。
—— —— ——
アスラに会うために、幻獣界を訪れる度。エッジは宿屋に立ち寄り、主人に面会を申し込んでいた。
幻獣界は、エッジ——人間へ辛辣な視線を向けてくる者ばかり。
そんな中、宿屋の主人だけは、客商売しているからか。毎回チップを渡していたからか。
まあまあ愛想がよく、どちらかと言えば好印象を持っていた。
—— —— ——
(だから、オレにどう挨拶しようか悩んでたのか!)
驚いているエッジをよそに。ミトラは再び赤いローブをまとい、胸に手をやった。
「自己紹介が遅れてすまない。私はミトラ。——幻獣界の門番だ」
「ミトラは、宿屋の主と並行して、幻獣の洞窟で侵入者を監視しているのです」
「私は以前、リディアが連れてきた聖騎士たちを幻獣の町に転送したことがある。その中に君もいたはすだ」
『……』
ミトラから追及されても、エッジは何も返事をしない。
まだ白旗を上げたくない……。
—— —— ——
ゼロムスの戦いの最中。エッジはリディアたちと、幻獣界へ足を運んだことがあった。
初回だけは、幻獣の洞窟に現れるモンスターを倒しながら。
一番奥にあった転送盤に乗って、町に移動した。
2回目からは、洞窟に入るなり。
自分たち以外誰もいないのに、リディアが『お願いしまーす』と言っただけで。
エッジたちは瞬時に町へ移動していた。
その時、転送してくれた人物がミトラだったようだ。
—— —— ——
古来より幻獣の洞窟の入り口には、門番が姿を隠した状態で立っている。
リディアからはそう聞いていた。
けれど、その門番が宿屋経営しているとまでは聞いていない。
「それからも、君は洞窟を通り抜けてから、私を介してアスラ様と何度も面会していた。リディアが閉じ込められた後も、何度も洞窟にやってきて、転送盤の跡地に向かって、地上の様子を話し続けていた。その時の君は、まるでリディアに近況報告しているように見えた」
「まあ……!!」
この2年に渡る、エッジの洞窟内での所業を。門番の男が流暢な語り口で暴露してくれた。
それを聞いて感動したのだろうか。アスラが驚き喜び混じりの声を上げた。
「姿は違うけれど、口調でリディアの知人……きみだとすぐにわかったよ」
『……』
暴露されているほとんどの時間。羞恥に耐え切れず、唇を噛み続けていた。
(くそっ! 降参だ!!)
ミトラの手のひらの上で踊らされていたようで、悔しくてたまらない。
しかし、このままシラを切り通して黙秘を続けても意味がない。
「……しゃあねえ、おまえらには敵わねえや」
「全く……! わたくしたちを騙そうとしても、そうはいきませんよ」
立ち上がりながら、面を外して口調も本来のものに戻した。
呆れるアスラをよそに、隣——ミトラへ視線を向ける。
「あんたも大変だな。仕事掛け持ちさせられて」
「宿屋は趣味でやってるんだ。客はあまり来ないから楽だよ」
「ミトラは感知能力も高く、誰よりも瞬間移動を使いこなせます。ですから、門番に選ばれたのです」
幻獣界で金儲けしたところで、どこで何に使うのだ。
そもそも、この世界で地上の通貨ギルがなぜ通用するのか……。
そんな素朴な疑問を抱いたが、今ここで聞くのは辞めておいた。
今は謎を追及している場合ではない。
「それより、エブラーナ王」
「なんだよ」
「なぜ、姿を変えているのです。リディアは、その姿があなただと知っているのですか?」
「……」
「あの子から『ツクヨミ』という方の話を一度も聞いたことがありませんよ」
真の姿なら、みっつある顔のうち、怒りの顔を見せるであろう。
それぐらいには、アスラから不信と呆れまぜこぜの声で追及された。
もちろん、言い訳など準備しているはずもなく。急ぎ思考を巡らせてから、こう答えた。
「何かと動きやすいからさ。あいつやミストの奴らの前ではずっとこれで通してんだ」
「一国の王のままで行動するには、不都合とおっしゃりたいのですか」
「そんなとこだ。——話が早くて助かるぜ」
「……」
「あいつには、絶っ対言うなよ」
一国の王は関係ない。自ら、『エッジ』のままでは動けない環境にしたくせに。
嘘八百を並べて、アスラに口止めを要求した。
「そうしてさしあげたいのですが、あなたから前回の返事をいただいておりません」
「っ、まだ覚えてたのか……?」
「当たり前です。あれから幻獣界は、2ヶ月も経っておりませんもの」
(これだから、時間の流れが違う世界は嫌なんだよ!)
2年前の出来事を蒸し返されて、エッジは渋い表情を見せる。
***
——2年前 9の月3日。
その日の午前中。エッジはバロン城へ向かった。
謁見の間で行われたキロンたちへの処罰言い渡しの場を、姿を隠して傍聴していた。
それが終わってから、今度は幻獣界へ。1年ぶりに、アスラの元を訪れた。
ミストの大掃除の話を報告してから。幻獣界の相変わらずな現状を聞かされて。
エッジが辟易していたら、突然アスラがこんなことを言い出した。
「あなたに、ひとつお願いがあります」
「なんだよ」
「これから先、リディアを守り支えていただきたいのです」
「……オレが?」
「そうです」
「オレはおまえの代わりに、あいつにふさわしい野郎を見極める係だったんじゃねえのか」
自身の代わりに、リディアにふさわしいお相手を見極めて欲しい。
昨年エッジがここを訪れた時。アスラがそんな頼みごとをしてきた。
「それはもう結構です。先ほどミストの現状を聞かせていただき、リディア自身が取捨選択出来るとわかりましたから」
アスラの執行代理人から、リディアの騎士へ。
いつの間かアスラの中で、エッジの立ち位置が変わっていた。
「守り支えるっつったって、四六時中は無理だ。オレとあいつじゃ住んでるところが違う」
「別に構いません。離れていても、あなたはリディアに何かあれば、すぐに駆けつけてくださるでしょう?」
「……まあな」
「あなたは昔から一貫して、リディアのことを気にかけてくださっています。ですからわたくし、そろそろこういうお願いをしてもよいのではないかと判断いたしましたの」
「……」
「この先、何があろうとも。——誓っていただけますか?」
数年前なら、アスラの依頼を快諾していただろう。
しかし、この時点で『エッジ』は、己の至らなさや諸々の事情から。既にリディアとの関係を切っていた。
アスラの願いを『完全』に聞き入れることは出来ない。
そんな理由から、返事を濁したままアスラの前から去っていたのだ。
***
「口止めを要求するなら、対価が必要だと思いませんか?」
「そうだな……」
「ですから。リディアをこの先、守り支えるとわたくしに誓ってください」
「それが対価か」
「ええ。誓えないなら、口止め以前の問題。今すぐあなたを地上へ送還し、今後わたくしとの面会を禁じます」
「……」
脅しに聞こえる。しかし、今は、リディアが地上に戻れるか戻れないかの瀬戸際。
わがまま言っていられない。エッジは意を決して立ち上がった。
「——幻獣王妃アスラ。この命ある限り、身を盾にしてでも、地上でリディアを守り支えると誓おう」
アスラを射抜くように見据えながら。改まった口調で誓いの言葉を立てた。
相手は一応女性。なので、決して顔を見ぬように。
『ツクヨミ』や他の姿なら、いくらでもリディアを支え守る。
アスラはそれを不本意に思うかもしれないが、これで満足してほしい。
「わかり」
「——だから、あいつを地上に戻してくれ!! 頼む!!」
「エブラーナ王……」
「オレはここじゃ無力だ! こうやって、おまえに頭を下げることしか出来ねえんだよっ!!」
何か言いかけたアスラを遮ると、両膝をつき、額を床につけて叫んだ。
この世界で、エブラーナの風習——土下座が通用するとは思わない。
それでも、アスラにすがらないとどうにもならない。
「あいつの人生は、リヴァイアサンやここの奴らのもんじゃねえ、あいつのもんだ!!」
リディアを地上に戻してもらいたい。
その一心で、エッジはその姿勢を保ったまま、なおも訴え続ける。
「あいつは……地上と幻獣界、どっちも捨てられねえ! それが宙ぶらりんだとしても……っ、オレは……あいつを……助けてやりてえ……」
土下座したまま、無我夢中でアスラに思いのたけをぶつけた。
もっとも最後の方は、つぶやきに変わっていたけれど。
「顔を上げて下さい」
「……」
ゆるゆると頭を上げたら、アスラが目の前に立っていた。
土下座をしている間に、こちらに近付いてきていたらしい。
「あなたの思い、しかと心に受け止めました。お応えしましょう」
「本当か……」
「ええ。二言はありません」
「っ、ありがてえ……!」
(よかった……!!)
アスラが広く響き渡る慈悲深い声で、リディアの救出を約束してくれた。
この時のエッジには、まるでアスラが神か仏のように見えた。
「『子供が幸せであることを喜ばない親はいない』、以前あなたがおっしゃったこと、今でもよく覚えています」
「……っ、知らねえな」
過去にエッジがアスラに説いた言葉を、逆に言われてしまった。
知らないふりをしながら、アスラの視線から逃げる。
この世界の時間的には、たった一瞬の出来事を、よく覚えているものである。
「嘘はいけませんね。あの時あなたがわたくしに会いにこなかったら、リディアは地上で暮らしていなかったかもしれないのですよ?」
「……」
確かに、アスラの言う通りかもしれない。そう思い、黙ったままうなずいた。
エッジはごくたまにしか、ここには来ない。それでも、アスラとの個人的な付き合いは長い。
初めてサシで対面したのは、リディアがミストに帰郷する前。
……セシルとローザが式を挙げた日であった。
***
——11年前
ゼロムスとの戦いが終わってから、数ヶ月経ったある日。
エッジの元に、セシルから書簡が届いた。
この頃、エッジは即位を間近に控えており、自国の復興もあって多忙を極めていた。
セシルも次期国王として、既にバロンの国政に着手していた。
『これからミストの復興に取り組むことにするよ』
そんな一文を見た瞬間。リディアを地上……ミストに戻そう。
エッジはそう心に決めた。
それから数ヶ月後。バロン国王の即位式、並びにセシルとローザの挙式が行われた。
会場となったバロン城で、エッジはリディアと再会した。
半年ぶりとなる想い人との再会を喜びながら。事前に計画していたことを密かに進めていった。
—— —— ——
式が終わり、リディアを送っていくために。ドワーフ王から送迎役を譲ってもらった。
リディアを幻獣の洞窟まで送っていく途中。上空からミストを見せてあげた。
復興は順調に進んでいた。この頃には公民館に続いて、生き残った先住民の住居を建て始めていた。
滅びていなかった故郷を目の当たりにして、リディアは望郷の念を吐露した。
—— —— ——
その後、幻獣の洞窟の前でリディアと別れてから、エッジも幻獣界に赴いた。
……計画には、幻獣王妃アスラとの面会(直談判)も入っていた。
リディアの味方についてくれる可能性が高い。
リヴァイアサンに物申すことが出来る。人間を蔑視しない。
それらを全て満たす幻獣界の者は、アスラぐらいしかいない。
最悪でも話は聞いてもらえるだろう。そう考えてのことだった。
すぐに面会に応じてくれたアスラに、エッジはミストの現状。
そして、帰郷するかどうかリディアが悩み始めたことを伝えてからこう言った。
「子供の幸せを喜ばねえ親はいねえ。おまえも母親なら娘の幸せを後押ししてやれよ」
たかが、人間のくせに。親になったこともないくせに。
親は、これこれこういうものだ。そう偉そうに物申したにもかかわらず。
エッジの言葉は、アスラの心に響いたらしい。
「実は、幻獣王や多くの住民が、リディアを住民にしようと言い出し始めましたの」
「住民って、まさか……」
「わたくしたちと同じ眷属。不老不死になります。ただし、青き星が潰えるまで、ですが」
「期限付きでも変わんねえわ! いつ潰れるかわかんねえだろ!」
「わたくし、夫や彼らに同調していいのか悩んでいたのですが、あなたが訪ねて下さったおかげで、吹っ切ることが出来ました。——リディアがミストに帰りたいのなら、出来る限り支援いたします」
アスラからそんな確約をもらうことが出来た。
これでリディアも大した障害もなく、ミストに帰れるはず。
根回し完了とばかりに、エッジは喜んで幻獣界を後にした。
それから間もなく。アスラがリディアの意志を知り、幻獣王たちを説得したことで。
リディアはミストに帰郷することが出来た。
***
帰郷後リディアは、幻獣界とミストの交流を望むようになった。
しかし、幻獣界の住民は地上やそこに住む人間をさげすんでいる。
実現するまでの道のりはとても遠い。
アスラはリディアを支持している。アスラの意志が変わらないよう、尻を叩くために。
エッジは、リディアに内緒で度々幻獣界へ足を運んでいるうちに。アスラと同志的な間柄になっていた。
「……あんた、いいのか」
「何が?」
「リヴァイアサン、裏切っちまったぞ」
エッジは改めてミトラに意思確認を試みる。
なぜなら、この男。自身をリヴァイアサンの共犯者と称して。
リディアが囚われるまでに至った経緯を、エッジとアスラに打ち明けていたから。
「ミトラも以前のわたくしのように、あなたの行いに心を動かされたのでしょう。——違いますか?」
「おっしゃる通りです」
それからミトラがアスラに密告した経緯を話してくれた。
「転送盤を撤去してからも、人間が度々洞窟に現れて、一度だけ幻獣王に報告したことがあるが……」
「どうせ、ほっとけって言われたんじゃねえのか?」
「察しがいい。それからも監視を続けていたら、君のことが気になった」
「……なんでオレなんだ? セシルたちも洞窟に来てたろ」
「最も多く洞窟にやってきたのは、君だ。——それも、お供をつけず、たったひとりで」
「……」
この門番が口にしたことは、全て事実。何も反論出来なかった。
セシルとローザは、幻獣の洞窟。ヤンもシルフの洞窟に通っていた。
けれどエッジは、彼らの倍以上のペースで洞窟にやってきた自覚はある。
セシルたちと競争していた訳ではない。じっとしていられなかったのだ。
「洞窟にいる時間も、君が一番長かった。奥で一体何をやっているのか気になって、一度君の後をつけてみたんだ」
「そこで、正体を見抜き、罪悪感を覚えたのですね」
「はい。アスラ様」
姿を変えているが、声や口調から、度々アスラに会いに来ていた若者だと気付いた。
しかも、その姿はミトラの目に痛ましく映った。
—— —— ——
この男を含めて、地上の人間たちは何も知らない。
リディアに近しい人間がみんな死んだ頃でないと、リディアは解放されないことを。
この男は不知ゆえに、いつかリディアは地上に戻ってくる。そう信じている。
様子を見る限り、命尽きるまでここに通い続けてもおかしくない。
果たして、これで本当にいいのだろうか?
幻獣王たちは、早く地上の時間が過ぎてくれと祈り続けている。
それぐらいには、リディアの意志を無視して幻獣界につなぎとめようと必死だ。
自分は、そんな彼らの片棒を担いだままでいいのだろうか?
—— —— ——
それ以来、ミトラは幻獣王たちや自身の行いに疑問を感じるようになったという。
「これを見つけたことで、私はアスラ様に告白すべきかどうか悩み始めた」
「そいつは……」
「君が以前置いていったものだ」
ミトラが自身の手のひらの上に、1輪の花を手品のごとくふわりと浮かばせた。
それはエッジが今年の春、転送盤の跡地に置いて帰ったカミツレの花だった。
「なんで枯れてねえんだよ」
「枯れる前に私が力を分け与えた。——アスラ様、どうぞ」
「ええ」
「少し触っていただけるだけで、おわかりになりますよ」
ミトラからカミツレを渡されて、アスラがしばらく黙ったままそれを手にしていた。
「……ああ……そういうことだったのですね……!」
30秒も経たずに、アスラがうっとりしたような声に続き、ため息をもらした。
ミトラもアスラも、花に触れただけで、当時のエッジの思いを読み取ったらしい。
(都合のいい能力ばっか使いやがって!!)
反則に近い能力に文句を言いたかったが、ぐっと我慢した。
そのおかげでリディアが地上に戻れるのだから、何も言えまい。
「やはり、わたくしの見る目は間違っていなかったようですね」
「そうですね。アスラ様」
アスラから受け取ったカミツレ花を、ミトラが消した代わりに。
ぱっと薫衣草のリースを浮かばせて、エッジはぎょっとする。
「おい、ちょっと待てよ!?」
「何かな」
「なんでちっちゃくなってんだ!?」
薫衣草のリースは、もともと20センチほどの大きさだった。
そのはずが、なぜか親指大ほどにまで縮んでいる。
「邪魔になるじゃないか」
「っ……」
しれっと答えたミトラに、ぐうの音も出ない。
リースを潰さないように、本日は煙玉やとんずらでモンスターとの戦闘を回避していた。
この門番。その様子もしっかり見ていたようだ。
「地上の空気に触れてから1時間で元に戻る。それからリディアに渡してあげたらいい」
「ああ……」
紫の花輪を受け取ると、ミトラが「感謝する」とお礼を言ってきた。
「……オレは、礼されること何もやってねえぞ」
「これのおかげで、ようやくアスラ様に打ち明けることが出来たからだよ」
エッジ以外のリディアを待つ者たちの思いが込められていた。
そんなリースが、ミトラの背中を押したようだ。
「下手をすれば、ミトラは命尽きるまで後悔し続けていたでしょう。——ミトラ、身辺の安全はわたくしが保証いたします」
「ありがとうございます」
(こいつが見てくれてなかったら、二度とリディアに会えねえままだったかもしれねえ……)
エッジをはじめとした仲間や、ミストの者たちが。リディアを待ち続けていたことは無駄ではなかった。
以前、エッジが立てた仮説——時間のズレを起こさないコツも含めて。
『想い』は、異世界やその住民にまで影響を及ぼすようだ。
「リディアのこと、頼む……」
(もうすぐ地上に戻れるぞ……!)
エッジは期待で胸が満ちあふれていくのを自覚しながら。
お面をかぶり直すと、ミトラとアスラに改めて膝を折った。
「もちろんです。——ミトラ、『あの方』を連れてきてください」
「かしこまりました」
アスラの私的空間から、ミトラが一旦姿を消した。
「おい、アスラ」
「何でしょう」
「『あの方』って誰だ。話見えねえぞ?」
「ラムウ殿です」
「あー……」
(いたな、そんなじじい)
ラムウは幻獣王夫妻に続いて生を受けた、古株の幻獣。
アスラと並び、リヴァイアサンに物申すことが出来る。
しかも、彼の司る雷はリヴァイアサンが司る海——水に強い。
普段は中立の立場だが、由々しき事態なら動いてくれるという。
§
ミトラがラムウを連れてくるのを待っている間。
エッジはアスラから、幻獣界もろもろの事情を聞かせてもらった。
幻獣界専門家どころか。リディアもびっくりの内容が多かったと記憶している。
§
10分ほど経ってから、ミトラが幻獣を2体連れてアスラの元に戻ってきた。
うち1体は、アスラに命じられていたラムウだ。
ラムウはミトラに連れてこられる直前。ミストの子どもからの召喚に応じていたという。
—— —— ——
何者かが自分を召喚しようとしている。
ラムウは以前からそれを感知していたが、ずっと無視していた。
なぜなら、召喚士は今リディアしかいない。
他の人間の召喚に応じる必要性を感じなかったから。
しかも、毎度同じ人物な上に、日が空いたと思ったら。
突然自身を召喚しようとすることもしばしば。
端的に言えば、うっとおしくてたまらなかった。
そして、つい先ほどの話だ。
また召喚を試みてきたので渋々応じたら、目の前に3人の子どもがいた。
『うわぁー!? ガチのマジでじじいじゃねーか!』
ラムウの姿を見るなり。
男の子のひとり——おそらく召喚した者——が、指をさして笑ってきた。
これまでラムウを『じじい』呼びする者は誰もいなかった。
リディアですら、親しげに『おじいちゃん』呼びだったのに……。
何と怖いもの知らずな子どもたち。これは大物の予感がする。
ラムウが感慨に浸っていたら、突然ある子どもが『おい、じじい!!』と怒鳴ってきた。
『せんせー、幻獣界にいるんだろ!』
『返してよ!!』
『せめて会わせてくれよ』
リディアが幻獣界に帰ってきていた。そんな話、寝耳に水。
ラムウが軽く驚いているうちにも、子どもたちからの口撃は続いた。
『つーか、なんで今まで出てこなかったんだよ!!』
『こいつ、半年前から毎日召喚試してたんだぜ?』
『おじいさんだから、耳遠いの??』
『幻獣は最低1回は現れるって、せんせーが前に言ってたぞ! 俺のことが嫌なら、すぐ消えちまえばよかったんじゃねえのか!?』
『無視するなんてひどいな』
『噂通り、せんせー以外の人間はごみくず扱いなんだね!』
ラムウを召喚した子どもは、父親の書斎に公民館の図書室、事務室……。
詠唱呪文が載った書物を探し続けた。そして、半年前に黒魔法講座の控室でそれを発見。
机の引き出しの中から、こっそりへちって召喚を試みていたという。
—— —— ——
「リディアも面白い子どもたちを育てとるのう……」
(あいつら、いつの間に……つーか、めちゃくちゃ気に入られてんじゃねえか)
その子どもが一体誰なのか。ラムウの話を聞いてすぐに気付いた。
「教え子から訴えられたと言うのもあるが……『奴』の悪い癖がまた始まったようじゃし、久しぶりにそなたの側についてやろうと思ったんじゃ」
「ありがとうございます」
(『奴』呼びか……こいつは幻獣界のご意見番ってとこかね)
言葉の節々から、ラムウがリヴァイアサンに呆れていること。
王ではない彼が、幻獣の王とほぼ対等な位置にいることがとてもよくわかった。
そして、もう1体の幻獣は意外にもオーディンであった。
オーディンは寡黙なのか。相方の馬と共に、ラムウの後ろに黙って立っているだけ。
自ら話そうとする気配すら見せない。
『おい』
「……」
『おい、ミトラ』
エッジは、『ツクヨミ』かつ小さな声で、ミトラに声をかけた。
『エッジ』が幻獣界に来ていることを、幻獣に知られたくない。
「何かな」
『……なんでオーディンもいるんだよ』
「リディアはここに帰ってくると、いつもオーディンに地上のことを教えてあげてたんだ。それが彼の楽しみでね」
(セシルやバロンのことか)
オーディンの前身は、前バロン国王。セシルの大恩人である。
幻獣に変えられても、彼はセシルたちのことを覚えていたようだうだ。
『……このままじゃ、せっかくの楽しみがなくなっちまうな』
「ああ。事情を話したら、アスラ様の味方になってくれると申し出てくれた」
ラムウとオーディンはすぐに、アスラに協力することを表明してくれた。
「では、参りましょう。——しばらく、ここでお待ち下さい」
アスラたち全員が一斉に姿を消した。
ミトラの術で、リヴァイアサンの元に向かったようだ。
§
エッジはひとり残されたが、ここではちっぽけな生き物に過ぎない。
改めて自身の無力さを感じながら、ひたすら待ち続けた。
そして、10分も経たないうちに。ミトラがリディアを連れて戻ってきた。
「ちょっと、ミトラさん、っ……!!」
『お帰りなさいませ』
「——今から君たちを外に送る。すぐに洞窟の入口に結界を張るから、引き続き幻獣界には入れない」
『承知いたしました』
リディアが混乱しているように見える。それでも、『ツクヨミ』として素直に返事した。
今は最初で最後であろう地上帰還のチャンス。気にしていられない。
「……リディアのこと、よろしく頼むよ」
『はい。かしこまりました』
ミトラのその言葉通り、リディアを託された瞬間。
幻獣の洞窟の外——地底世界へ転送されたのであった。
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