フェイクラバーズ 作:かえで
リディアとツクヨミを乗せた国有艇は、深夜ミストの発着場に到着。
エンジンを止めて、運転スペースの中でラルフの目覚めを待つことにした。
——9の月10日 午前5時まえ
「う、っ……」
目を開けてみたら、ガラス張りの壁の向こう側に明け方前の薄暗い空。
そして、木製の丸い輪っかがついた運転席が見えた。
毛布をかぶりながら、座席そばの壁にもたれて座っていたはずが。
いつの間にか眠ってしまい、ツクヨミが毛布を掛けてくれたらしい。
毛布の中に埋もれている右手から、ほんのり温かい感触と重みが伝わってくる。
毛布をそっとずらしてみると、ツクヨミが左手でリディアの右手を上から覆ってくれていた。
それを目にした途端、ばくばく鼓動し始めた心臓をそのままに。
右隣で、腰を下ろしている男を横からじっと眺める。
(『短眠の術』使ったのかな?)
ツクヨミが毛布をかぶらず、壁にもたれてうつむき加減で眠っている。
短時間で睡眠をとる忍術を使ったのか。ちっとも起きる気配を見せない。
「……ツクヨミさん?」
小さな声で、左手の主である男の名を呼んだ瞬間。リディアの胸が更に高鳴りを増した。
—— —— ——
地上時間で、約2年前。
幻獣界に日帰り帰省したリディアが、幻獣の町を歩いていたら。
突然仲の良い子どもたちに、銀の砂時計を使われた。
次に気が付いて、真っ先に視界に入ってきた光景にぎょっとした。
町にいたはずが、なぜかリヴァイアサンの私室にいる。
なぜか、アスラがラムウとオーディンを従えて、前面に『怒り』の顔を向けた真なる姿で。
リヴァイアサンに怒気怒声を発しているではないか。
夫も真の姿に戻っており、妻に及び腰になりながらも。
『わっ、わしだけが悪いのではないぞぉー!』
などと、何か言い訳めいたことを口にしている。
異世界の王さまと女王さまの夫婦喧嘩をあ然と眺めていたら。
アスラが真剣味を帯びた声で、リディアにこう告げた。
『今すぐ地上に帰るのです。こちらには来てはなりませんよ』
母親と慕うアスラからの出入り禁止令は、大きな衝撃を与えた。
なぜならリディアは、他者から拒絶された経験がほとんどなかったから。
アスラに理由を問い質そうとするも、ミトラに連れられる格好で。
リディアはアスラの私的空間へ瞬間移動させられた。
何があったのか。これからどうなるのか。ミトラにたずねても、話を聞いてくれない。
それどころか、彼はまたまた転送術を使って、今度はツクヨミと共に幻獣の洞窟の外。
……地底に、ぽいっと放り出して。洞窟に結界を張ってしまった。
アスラや幻獣界から拒絶されたことが悲しくて。両親代わりのふたりに、仲直りしてほしくて。
リディアは見えない壁と化した、幻獣の洞窟の入口を叩き続けた。
……ツクヨミにビンタされるまで。
§
その後、ツクヨミが事情説明してくれたことで、ミトラは期間限定で結界を張ったこと。
なぜ、銀の砂時計を使われたか。なぜ、夫婦喧嘩していたのか。
……疑問はほぼ解消された。
リディアがいない2年の間。セシルたちやミストの住民(一部除く)が、帰りをずっと待ってくれていたこと。
地上やミストでは何があったかも、ツクヨミが簡潔に教えてくれた。
—— —— ——
幻獣界の住民にされずに、無事ミストに戻ってこれた。
ライザがベスとユノを連れて、ミストに戻ってきてくれた。
ミトラの裏切りにより、ツクヨミが幻獣界に迎えにきてくれた。
そして今。ツクヨミがそばにいてくれて、右手を握りしめてくれている。
……嬉しくてたまらない。
ツクヨミの左手から、右手を離して毛布をめくってから。
もぞもぞ移動しながら、ツクヨミの対面になるように座り直した。
やはり、ツクヨミは『短眠の術』を使ったらしい。リディアが何をしても起きない。
この忍者が無防備を晒す姿を見せるのはとても珍しい。
「珍しい。手袋して……あれ??」
(右手だけ……?)
よく見れば、ツクヨミが右手に指なしの手袋をはめている。
左手は、以前と同じ手の甲だけ隠した状態。
怪我をしているのか気になって。そっと触ってみたが、ただの手袋。
とりあえず、おしゃれということにしておいた。
今度は、ツクヨミの顔に向かって両手をそろそろ伸ばしていく。
指先がこつんと白い狐のお面に当たってしまい、慌てて両手を胸元に引き戻した。
ツクヨミの顔を隠すお面を外したい。そう思ったことは一度もない。
お面を外さなくても、リディアは既に彼の正体に気付いている。
リディアの右手を大事にしてくれる。そんな人……想い人しかいない。
「……ありがと」
(エッジ)
ささやくような声でお礼を口にしたが、名前は心の中で呼ぶだけに留めた。
ツクヨミ——想い人に聞かれたら、逃げられてしまいそう。
名前を呼んで、この人に逃げられた経験がある。だからこそ、怖くて名を呼べない。
「うそつきなんだからっ……」
微笑みながら、眠るツクヨミにそう話しかけた。
(最初っから素直に話してくれたらよかったのに)
普通なら、『行かないでくれ!!』と。自身の希望や感情をぶつけるところを。
ツクヨミは、11年前と同じ場所で同じこと——リディアにカマをかけてきた。
アスラとリヴァイアサンの夫婦喧嘩を止めるために、幻獣界に一旦帰りたい。
リディアはそう思っただけで、永住する気はさらさらなかった。
それなのに、ツクヨミときたら、永住しろ永住しろとしつこく煽ってくる。
仕返しに、ツクヨミにカマをかけてあげたところ。
ようやく『行かないでくれっ!!』と叫び、後ろから抱きしめてくれた。
あの時、リディアがどれだけ嬉しかったか。この人は気付いているだろうか?
(幻獣界に入れない間、ミストで出来ることをやればいいんだもん!)
リディアがすぐにそう前向きになれたのも。ツクヨミがそばにいてくれたからだと思っている。
偶然か。偶然を装った必然なのかは、神のみぞ知るところだが。
ゼロムスの戦いが終わってから、リディアの元に人生の節目や大きな出来事が訪れると。
この人は、その場に駆けつけてくれる。例え姿を変えてでも。
今日だってそうだった。
あなたを迎えにきました。そう言わんばかりに、ツクヨミがそばにいてくれた。
彼は人生にはなくてはならない人。改めてそう気付かされた。
そして、ついついこう思ってしまう。ツクヨミと『本物の恋人』になりたいと。
「だめっ、だめだめ……」
リディアは首を横に振りながら、そうつぶやくことで。
頭の中にふっと湧いた望みを断ち切った。
(ツクヨミさんから誘われても、『はい』なんて答えられないよ……)
ツクヨミの正体は、とある国のやんごとなきお方だ。
昨夜『ツクヨミ』として、話をたくさん聞かせてもらった。
けれど、話の節々から、彼は今もお世継ぎどころか。お妃さますら娶っていないように感じた。
そもそも、家族がいたら、こんな時間にひとりで地底にやってこないだろう。
『ツクヨミ』と『本物の恋人』になってはいけない。
偽物の恋人として、恋人ごっこをしながら。お友だちとして付き合い続けるしかない。
そう思ってはいるけれど。時折いやらしい欲望が湧き上がってしまうのも、事実。
情けないことに、ちょうど今。この人にキスしたい。
心の中でそんな欲望が、ちらっちらちらっちら見え隠れしている。
(ど、どうか目が覚めませんように……!)
前からツクヨミは、手の甲に口付けしたがっていたし。後ろから抱きついてくれたし。
直接肌には触れない、お面になら唇を寄せても……。
誘惑に負けて、自身にそんな言い訳をしながら。すうっと息を吸ってから。
『短眠の術』が切れぬことを祈りながら。顔をゆっくりと白狐のお面に近付けていく。
『っ!?』
(起きちゃった!)
あとほんの少しというところで。ツクヨミの寝息が止まった。
リディアは慌てて、座ったままずるずる後ずさりする。
「……おは」
『——リディアさま?』
「は、はいっ?」
ツクヨミが小さく息をふっともらすと、足を組み替えながらこう言った。
『僕に何をしようとしていらっしゃったのですか?』
「っ!?」
どこか含みのあるようなツクヨミの声に。心臓ごとつかまれるような衝撃を受けた。
(やっぱり気付かれてた!!)
キスしようとしていたことがバレている。
目を開けたら、ゼロ距離でリディアの顔があったら疑いたくもなるだろう。
この女は、やはり好きモノではないか。そう思っているかもしれない。
「そ、その……いつ起きるんだろうと……思って……でも、全然起きないし……もしかして、死んでるんじゃないかって……」
キスをしようとしました。決してそれは認めてはならない。
リディアが困惑した表情で、しどろもどろに嘘っぱちの言い訳を口にしていると。
『っ……ふふっ』
ツクヨミがぷっと吹き出して、口に右手を当ててお上品に笑い始めた。
「……笑わないでちょうだい」
『本当に可愛い方ですね』
「ど、どうも……」
可愛いと言われてこそばゆくなる。うつむいて返事をすると。
突然ツクヨミが右手をつかんできて、「ひゃっ!?」と驚きの声を上げた。
(もう許してあげてもいいよね)
少しずつ、右手がツクヨミの面前に引っ張られていく。
これから何をされるのか、すぐ察した。けれど、無言無抵抗を貫く。
ツクヨミもその反応で、了承と受けとってくれたのか。
上体を少しかがめながら、リディアの手の甲に自身の唇を寄せてくれた。
『……改めまして』
「は、はいっ」
『——おはようございます。リディアさま』
念願叶って、よほどうれしかったのだろうか。
ツクヨミが右手をつかんだまま、口角をあげて微笑んでくれた。
「おはよう……ツクヨミさん」
リディアもはにかむような笑顔を見せながら、ツクヨミへ挨拶してあげた。
この人と一緒に一夜を明かしたのは、実に2年ぶりになる。
もっともリディアの体感的には、まだ半年も経っていないけれど。
あの夜以来、朝まで一緒にいられた。その事実だけで胸がほこほこするのであった。
§
その後、午前5時半を過ぎてから。
リディアはツクヨミを伴い、ラルフの自宅を訪れた。
息子伝いで、じきリディアが戻ってくることを知っていたからだろう。
ラルフは特に驚いた様子を見せなかった。
『発着場で待っていてくれないかな。6時にそっちに行くよ』
巨体に似合わない小さなひそひそ声で。ラルフからそんな指示をもらい、自宅を後にした。
実はこの時、既にアリサも起きていたが。リディアたちが来たことに気付いていない。
後でラルフがそう教えてくれた。
§
発着場に停めていた国有艇のそばで、待つこと30分ほど。ラルフが発着場に現れた。
ちょっといい服に着替えた彼は、ツクヨミに頭を下げながらこう言った。
「今からリディアと僕を、バロンに連れて行ってもらえないだろうか?」
帰還報告並びに、事情説明のためにリディアを連れて。
バロン城にいるセシルの元へ行きたいという。
「僕は邪魔で仕方がないだろうけど……移動中、君たちには近付かないと誓うよ」
『はい、かしこまりました』
(ラルフさん、あたしたちにすごく気を遣ってる……)
ラルフからの申し出を、ツクヨミは難なく受け入れて。
リディアたちはエブラーナの国有艇に乗り込み、ミストを発った。
ちなみに、ラルフは事前の申し出通り。移動中、国有艇の甲板のはしっこに座っていた。
——午前7時すぎ
朝焼けに照らされたバロン城。その城門の前に3人の男女がやってきた。
「こんな時間まで付き合っていただいて、ありがとうございました」
「急なお願い引き受けてくれて、本当に感謝しかないよ」
『いいえ、とんでもございません』
リディアとラルフは、ツクヨミに向かって頭を下げた。
ここでふたりは、ツクヨミとお別れである。
バロンの発着場でお別れしたら、早くエブラーナに帰れたのに。
ツクヨミはここまでずっとついてきてくれた。
—— —— ——
ミストから、バロンに向かう道中。リディアはラルフから、今後の予定をこう提示された。
『今日はバロン城に泊まって、明日ファブール城に寄ってからミストに帰っておいで。今晩の寄合で、きみの帰還を大々的に発表しておくよ』
リディアは、ラルフの提案をすぐ受け入れた。
セシルはローザと共に赤い翼に乗り、定期的に幻獣の洞窟へ足を運んでくれた。
ヤンも同じく、定期的にシルフの洞窟に足を運んでくれていた。
ツクヨミからそう聞いていたため、お礼を言わねばならない。そう思っていたから。
仮にセシルが不在でも、ローザやシドにルカ……。
バロン城には、誰かしらリディアの仲間がいるため問題はない。
ラルフはそれを知っていたから、1泊するように勧めてくれたと思われる。
—— —— ——
『ミストにお帰りになられたら、息子さんたちを褒めてあげてください』
「そうだな……ラムウが現れて、話を聞いてくれたってはしゃいでたからなあ」
『怖いもの知らずなところがお気に召したようです』
悪ガキたちは、リディア帰還の影の功労者でもある。
向こう見ずな言動を見せたからだろう。ラムウは悪ガキたちを大層気に入ったらしい。
彼らの訴え——リディアを地上に戻せ——を聞き入れて、アスラに協力してくれた。
「ラムウのことを『じじい』って呼んだの、オリバたちが初めてなんですよ」
「——何だって!?」
息子たちの向こう見ずな発言を知って。ラルフが目を真ん丸にして驚いている。
「あれ? オリバから聞いてません?」
「あ、ああ……リディアをミストに戻すと確約をもらえたとしか……」
ラルフが困惑したような表情で頭を抱えてしまった。
ラムウの風貌は人型の老人男性。リヴァイアサンの人間体も同じだ。
ふたりは言葉遣いも性格も、人間のお年寄りとあまり変わらない。
そんなふたりを、嘲笑込みの『じじい』と呼ぶ者は誰もいない。
特にリヴァイアサンをそう呼ぼうものなら、たちまち大津波にやられてしまう。
リディアですら、ラムウを『おじいちゃん』と呼んだことが2、3回あるぐらい。
『リディアさまのために長期に渡り、召喚を試み続けていた点も評価されたのだと思います』
「そうなのか……まあ、契約してもらえるかどうかは未知数だな」
『そこはリディアさまの今後の指導次第でしょう』
「任せてください。ラムウと早く契約出来るようにがんばります」
「ありがとう。リディアがそこまで言ってくれるなら、なんとかなりそうだな」
—— —— ——
ラムウは去り際に、オリバへこんな約束をしてくれたという。
『今後もリディアの下で精進するのじゃ。さすれば、そなたとの契約を前向きに考えてやろう』
リディアが黒魔法講座に復帰すれば、召喚術の指導も復活。
ようやくオリバはラムウと交流が出来るようになる。
—— —— ——
『……それでは、僕はこれで失礼いたします』
話題が落ち着いたところで、ツクヨミが一礼を済ませると。
リディアたちに背を向けて、元来た道を戻っていく。
人目——門番を気にしたのだろう。瞬間移動さながらのジャンプでの撤退は避けたようだ。
「ツクヨミさんっ!」
『はい、何でしょう?』
ツクヨミの後ろ姿が小さくなっていく。
大きな声で彼の名を呼んだら。ツクヨミが立ち止まり、こちらを振り向いてくれた。
「今度こそ……チーズフォンデュ食べにきてねっ!」
『はい。かしこまりました』
「気を付けてね!」
(忙しいのに……朝まで付き合ってくれてありがとう……!)
リディアから、改めて夕食のお誘いをされたツクヨミ。
良返事を残して、再び背を向けて発着場へと歩いていった。
—— —— ——
ツクヨミとの夕食は、彼と接触出来る唯一の機会である。
昨夜リディアは、2年前のリベンジの確約をもらっていた。
日取りは、後日ツクヨミが伝書鳩を介して、連絡してくれることになっている。
—— —— ——
「うらやましいなあ……僕も入れてくれない?」
「アリサがぷんぷんに怒るから、だめでーす」
「ははっ、冗談だよ」
ツクヨミを見送りながら、ラルフが仲間入りを申し出てきたが。
リディアはおどけたようにお断りさせていただいた。
(すごく真面目なのに、冗談言えるんだ……)
ラルフは、空の移動中だけならず。発着場からバロン城への移動中も。
肩を並べて歩くリディアとツクヨミの後ろを歩いていたぐらいだ。
ふたりの仲を気にする人間が、夕食を一緒に囲もうと思わないだろう。
「日にち決まったら教えてよ」
「ええ、ぜひそうさせてもらいます」
「うちも久しぶりにチーズ争奪戦するかなあ……?」
ラルフの実家は農牧業。乳牛を育てており、チーズやバターなど乳製品を生産している。
アリサ経由で、チーズをお取り寄せしてもらわねばならない。
「……ツクヨミくんは本当にいい人だね」
ツクヨミの姿が見えなくなり、ラルフがその方向を感慨深げに見ながらそう言った。
昨夜ツクヨミから聞いた話。ミストからここまでの道中の様子を見る限り。
ラルフは、前任のミゼル並みにツクヨミと信頼関係を築いているように感じる。
もしかしたら、ミゼル以上かもしれない。
「そうでしょ?」
「あのアリサが褒めるぐらいだからなぁ」
「ええっ!?」
アリサは口が悪く、高慢ちきな面がある。それでも、自身が認めた内々の者の面倒見はとてもいい。
リディアがいない間に、その内々の中にツクヨミも入ったようだ。
「帰ったらあいつに聞いてみるといいよ」
「ええ、ぜひ」
「今でも『しもべ』呼びだけどね」
「もう、っ……相変わらずなんだから、あははっ……!」
ラルフの話を聞いてからから笑った。さすがにツクヨミからはその話は聞いていない。
あの人は、もともとアリサが大の苦手だった。
自ら『僕はアリサさんから「しもべ」と呼ばれています』なんて言いたくないだろう。
もっとも、ツクヨミの正体を知った途端。アリサは手のひら返しするだろうけれど。
「行こうか。国王ご夫妻に顔を見せてあげないとね」
「はい」
「王妃さまはずいぶん心配されてたから、泣くかもしれないなあ」
「やっぱり、そうなりますか」
「ぴんとこないだろう?」
「……ええ。大きな声で言えませんが」
ツクヨミやラルフと話していて、しばしば感じたことだが。
昨日まで、リディアの身体や意識は2年も置いてけぼりにされていた。
自分とそれ以外の者との間で。良かれ悪かれ、時間の流れにズレがあると感じてしまった。
—— —— ——
セシルたちにとって、リディアとの対面は2年ぶりになる。再会が待ち遠しいだろう。
リディアは彼らの気持ちが理解出来ても、感情が追いついてこない。
なぜなら、セシルたちに会うのは、ミストの大掃除の集会以来。……ちょっと前の感覚だから。
—— —— ——
「気にしなくてもいいさ」
「大丈夫ですかね」
「2年『で』済んでよかったと思えばいいんだよ」
「……わたしは幻獣界に100年ぐらい閉じ込められるって、ラルフさんは予想してたんですよね」
「ツクヨミくん、そこまで話したのか……!?」
「はい。どんぴしゃでしたね」
「まさか、幻獣王が一緒のことを考えてたとはなあ。住民にされてなくて本当によかったよ」
ラルフが、ほっと胸をなでおろしているように見える。
彼はミストの村長でありながら、幻獣界専門家でもある。
もちろん、リディアはいつか必ず帰ってくると信じてくれていた。一方で、悲観的な予想もしていた。
それが、リヴァイアサンの思惑とほぼ合致していたとは思ってもみなかっただろう。
「まあ、ミストに帰って、日常に戻ったらどうでもよくなるよ。今日と明日は特別だと思えばいいさ」
「そうですね……」
「と言う訳で、今から感動のご対面を拝ませてもらうよ」
「はいっ、よろしくお願いします」
励ましてくれたラルフに、リディアは威勢よく返事をすると。
セシルとローザに面会するために。ラルフとふたりでバロン城の城門に立つ門番の元に向かった。
——翌朝 バロン城 某室
「……え? 何? 聞こえなかった」
「これからきみは、バロン城で暮らした方がいいって言った」
「っ、ふふっ……あはははっ!」
ミゼルの言葉を聞いて、リディアはぷっと吹き出してから笑い始めた。
こんな朝っぱらから、よくジョークを言えるものだ。
……しかも、バロン国王さまと王妃さまの目の前で。
***
——昨日の朝
ラルフと共にバロン城を訪れて、セシルやローザと2年ぶりに再会を果たした。
『明日の朝、誰かを迎えに寄越すよ。その人たちと一緒にファブール城に寄ってから帰っておいで』
報告を早々に終えると、ラルフがそう言い残してミストへ帰った。
リディアはバロン城に残り、ローザやセシル、セオドアたちと夕食を共にして。
客間でぐっすり眠らせていただいた。
一夜明けた本日。朝食を済ませて客間に戻ってから。
誰がミストから迎えにきてくれるのか。ぼんやり予想していたら。
王妃付きの侍女が現れて、セシルとローザの私室に連れていってくれた。
私室では、セシルとローザが応接スペースのソファに座り、誰かと話をしていた。
よく見れば、ミゼルとジャンヌ……。
ミストからのお迎え役は、このふたりだったようだ。
後は挨拶して帰るだけ。そう思っていたら。
ミゼルが、自身とジャンヌの間に座るよう勧めてくる。
言われるがまま、リディアが腰を下ろしたところ。
ミゼルが、セシルとローザにこんなお願いを申し出た。
「今後、リディアがバロン城に居住することを、お二方にぜひご一考いただきますようお願い申し上げます」
***
「笑うような話じゃないよ」
「っ、だって……こんなところで、冗談辞め」
「——ぼくは本気で言ってるんだ」
「っ!?」
リディアはぴたっと笑いを止めてしまった。
あまり聞いたことのないミゼルの低く重たい声に。言葉通り、本気だと感じさせられて。
(どうして今更……?)
なぜ、今の今になって、バロン城で暮らすよう勧めてくるのか。ミゼルが不思議でならない。
彼は村長をつとめている間。
普通の暮らしを望むリディアに助力してくれていたのに。
きらびやかな場所が苦手なことも知っているはずなのに。
「……おまえ、何ばかなこと言ってんだ!」
隣に座っていたジャンヌが、勢いよく立ち上がり怒声を上げた。
彼女にとっても、ミゼルの提案は寝耳に水の話だったようだ。
「こいつは昨日、地上に帰ってきたばかりだぞ!? ミストにもまだ帰ってないのに……よくそんなこと言えるなっ!」
「おばちゃん」
「ミストからこいつがいなくなるんだぞ? おまえ本当にそれでいいのか!?」
国王夫妻の面前にもかかわらず。ジャンヌがミゼルに詰め寄り、抗議している。
(お城の中では、大人しく猫をかぶっているのに……)
ミストにいる時と変わらない、ジャンヌの荒ぶりようを見る限り。
とんでもない提案を申し出た夫に、我慢がならなかったということだ。
「うるさいよ。きみのせいで話進まないじゃないか」
「何だと!?」
「それ以上、邪魔すると黙らせるよ」
「っ……!」
「ちょ、ちょっとおじちゃん! 脅しはだめでしょ!?」
「こんの白アドニスが……!」
(白アドニスってなに??)
ジャンヌが憎々し気に口にした言葉の意味がわからず。
この時のリディアは、首をかしげるだけであった。
「何ならこれ使ってもいいんだよ?」
そう言いながら、ミゼルが懐からガラス管を取り出した。
銀の砂が入ったその正体は、銀の砂時計。
「!?」
「うそ……!」
リディアとジャンヌは表情を失くして絶句した。
セシルとローザは黙っていたけれど、びっくりしていたに違いない。
(こんな使い方するためにおつかいさせられたの?)
銀の砂時計は、時間停止魔法ストップの効果を持つアイテム。
以前ミゼルから頼まれて、幻獣の町で買ってきてあげたものだ。
なお、このアイテムのお値段1本9800ギル……。
決して安くないそれを、脅し目的で使おうとするミゼルに腹立たしくなる。
「何もされたくなかったら、そこに座って黙ってて」
「この野郎、っ……後で覚えとけよ……!」
「そうだよ。ぼっこぼこにされても知らないからっ!」
ジャンヌが元の席に座りながら、恨みがましく捨て台詞を吐いても。
リディアが鼻息荒くして、文句を言っても。ミゼルは無視。
「痴話喧嘩を見せてしまい、大変申し訳ございません」
「い、いえ……」
「謝らなくても……」
「では、話を戻しましょう」
あ然としたような表情を見せる国王陛下夫妻に向かって。
ミゼルは無礼を振る舞った謝罪をしてから。無理くり話を再開させたのであった。
§
「あの、ミゼルさん……」
「何でしょう?」
「バロン城で暮らすとおっしゃられても……ミストはリディアを受け入れる態勢だと聞いています」
セシルが困惑したような顔を見せながら、ミゼルにたずねた。
セシルたちにとっても、ミゼルの提案は不意打ちだったようだ。
昨日ラルフと話をした。しかし、バロン城で暮らせなんて一言も言われなかった。
ツクヨミもそれをほのめかすようなことを、一切口にはしていなかった。
「今もその方針に変わりはございません」
「それなら」
「——新聞が軒並みあんなことを書くまでは、ぼくもそれでいいと思っていました」
「……っ、やっぱり……報道規制を掛けておけば……大変申し訳ない……!」
「セシル……」
セシルが苦渋に満ちたような表情で、頭を抱えた。
すぐさま隣に座るローザが、夫の肩に手を添えて身体を支えた。
あなたのせいではない、そう言いたげだ。
—— —— ——
幻獣界から解放されてすぐ。リディアは、ツクヨミからこんな話を教えてもらった。
リディアがなかなか幻獣界から帰ってこない。
幻獣界に入れない状態、なおかつ幻獣界が何のサインを出さないからだろう。
『リディアは幻獣界に永住を決めたから戻ってこない』
『ミストや地上は、リディアと幻獣界に見捨てられた』
新聞各紙がこの月に入ってから、そんないわれもない憶測を報じたという。
—— —— ——
ミゼルは、ほぼ全ての新聞を購読している。
各紙読んだ結果。勝手にリディアのバロン城暮らしを思いついたのだろう。
そして、セシルたちにこうしてお願いしたらしい。
「セシルが謝ることないよ」
「いや、そういう訳には……」
「謝罪文載せるように抗議するって、ラルフさんから聞いてるもん」
「かぁー、甘いなー。リディアさん」
「……どこが?」
「謝罪文ってのは『申し訳ございませんでした。あの記事はなかったことにしてください。以後気を付けます』って新聞に載せるだけ」
「そ、それぐらい知ってるよっ」
「その一文だけじゃ、全ての読み手が感情を覆すとは言えないよ」
「そうよ。あなたの心象がそれ以前のものに戻るとは限らないの」
(ローザはおじちゃんの味方するよね……)
ミゼルに続き、リディアを諭してきたのはローザであった。
—— —— ——
思えば、ゼロムスの戦いが終わる前。
セシルやローザから、こんなお誘いを持ちかけられたことがあった。
『戦いが終わったら、バロンで暮らさない?』
『あなたには近くにいてほしいわ』
当時セシルよりも、ローザが積極的にお誘いしてくれた。そう記憶している。
—— —— ——
リディアと一緒にバロン城で暮らせる。
そんな願ってもないチャンスが巡ってきたからだろう。
ローザはミゼルに賛成とみえる。
「それだけでここに暮らせって決めたの?」
「十分でしょ。きみすごく目立つもん」
「うん、まあ……」
「今まで以上に、ミストの外で好奇の視線に晒される。町も自由に歩けない。好きに巡回艇にも乗れないよ?」
幻獣界特製の服のおかげで、一度ナンパされて困ったことはある。
けれど、普段はミストで過ごしているので、周囲の視線をあまり気にしたことはない。
「それはミストの外の話でしょ」
「でも、お出かけする機会はあるでしょ? ずっとひきこもりでいられるの?」
「っ、それは……」
「——大丈夫よ。ルカがいるじゃない」
答えを言い淀んでいたら、ローザがすかさず口を挟んできた。
「あの子なら、あなたを連れてどこでも回ってくれるわ」
「だったら、その子に頼めばいいね。でも、ミストの人がそれを見たらどう思うだろうね?」
「!!」
(ルカに頼りっきりじゃ……)
みなが巡回艇で移動する中。ひとりだけルカのチャーターであっちこっち移動……。
仕方がない。そう目をつぶってくれる人もいるだろう。
特別扱いずるい。そう思ってしまう人も現れるかもしれない。
「だから、バロン城で暮らせって言うんだ」
「ミストの人から、白い目で見られたら嫌でしょ?」
「それはそうだけど……」
(おばちゃんの言う通りだよ。あたし、まだミストに帰ってもないのに……)
リディアは、だんだんいらいらしてきた。
こうなるああなる(それも悪い内容)を想定して、話を進めないで欲しい。
「ねえ、ちょっと待っ」
「——赤い翼でもいいのよ」
「え??」
「ねえ? セシル」
「あ、ああ……そうだね……」
王妃さまは、ミゼルに便乗してもうノリノリである。
そんな彼女と対照的に、国王さまはちょっと引き気味。
(ミストに来たことがあるからかな?)
セシルは、ミストで日常を満喫するリディアを見たことがあるから。
ローザのように積極的になれないのかもしれない。
「バロン城で暮らしたら、召喚術教えられないじゃない」
「通勤出来るでしょ」
「うっ……!」
「それこそ移動はルカに頼めばいいわね。ルカがいない時は赤い翼にお願いしたらいいのよ」
「さすが、バロン。太っ腹ですねー」
「これぐらいどうってことはありませんわ」
「ちょっと! ローザもおじちゃんも、勝手に話決めないでちょうだい!」
楽しそうな表情で話すミゼルとローザに、我慢出来ず。ふたりに怒鳴った。
赤い翼やルカの送迎で、通勤なんて……。
巡回艇で通勤しているエライアに、申し訳が立たない。
そもそも、移動手段を全てルカに依存する気もない。
それ以前の話、バロン城で暮らす気はないというのに。
「決めてないよ」
「うそばっかり! のりのりでしゃべってるじゃない!」
「あなたの今後を案じているだけよ?」
「今までは、きみの人となりがカバーしてたから、ミストできみに嫉妬する人はほとんどいなかった。でも、これからもそうとは限らない」
「わたしの悪口を言い始めた人がいるって聞いた……」
「そうだよ。きみの意志にかかわらず、きみの存在は大きすぎる。これから、ミストの環境に収まらなくなっていくかもしれない」
「リディアの立場的には、バロン城が生活の場として一番適している……ミゼルさんは、そうおっしゃりたいのですね」
「その通りです。ミストのモットーは崩したくありませんから」
(そういうことか……)
セシルの問いにも、毅然と答えたミゼルを見て。
リディアは彼が意図するところが、おぼろげにわかってきた。
—— —— ——
ミストのモットーは『住民は出来る限り平等であれ』である。
リディアは、以前から話題の人だった。
ところが、幽閉を機にそれまで以上に有名人になっている。
ミストも、リディアを特別扱いする機会が増えるかもしれない。
リディアも、普通で暮らしたい。その一心で、ミストに注文をつけ始めたらモットーが崩れる。
他の住民との間に、溝が入ってしまう可能性もある。
しかも、リディアは現時点でひとりしかいない召喚士でもある。
リディアはああだった、こうだったと。この先、ミストに現れるであろう召喚士が。
リディアの特別扱いを盾に、特権を訴えるようになるかもしれない。
—— —— ——
(おじちゃんは……昔のミストに戻らないか心配してるんだ)
ミストが以前のような、魔法実力主義社会に戻ってしまう。
ミゼルは、それを恐れているのだ。
「あれは名演説でしたね」
「あぁ、覚えておられましたか……!」
「今でも施政者として見習わねばと思っています」
「ありがとうございます。今後も徹底するよう、現村長に引き継いでおります」
バロン国王さまが、小さな村の村長の話——それも2年前——を覚えてくれていた。
ミゼルが嬉しそうにセシルに頭を下げてから。リディアを心配そうに見つめてきた。
「リディアさん……」
「なに……」
「帰ってきて早々、嫌な話で申し訳ない」
(ばっかじゃないの! 謝るならあたしより、おばちゃんでしょ!)
ミゼルに謝罪されたが、謝る相手が違う。
不審げにミゼルをにらみ、すぐ反対側に視線を移した。
ジャンヌが沈痛な面持ちでうつむいたまま。身体を強張らせている。
意見を言わせぬように、夫に脅しをかけられたからだ。
(ひどい旦那さん!!)
セシルとローザを夫婦の模範例として見習え。そう言いたくなる。
胸中で怒り狂うリディアをよそに、ミゼルがなおも話を続ける。
「きみは満足出来なかったかもしれないけど、村長の間は、きみの希望に沿うよう……努力したつもりだ」
「知ってるよ。おじちゃんにはすごく感謝してる」
「ありがとう。——でも一方で、いつかこういう状況が起こるかもしれないって恐れてた」
「!」
「きみが誘拐された時。ミストの大掃除。幻獣界から戻ってこない時……いろいろあった。その都度、ミストだけではどうにも出来ないからこうして国王さまたちを頼ってる。この先もこれが続くと……」
「普通の住民じゃなくなっちゃうね……」
「そうなんだよ。ミストは……きみのためだけにある村じゃないから……他の人たちとの兼ね合いも考えないと」
ミゼルが歯切れの悪い声で、話し終えた途端。
胸に様々な感情が込み上げてきて。視界がゆらゆら揺れはじめた。
(あたし、おじちゃんにずっと甘えてばっかり……情けない)
村の長は、全方面——全住民に気を配らないとならない。
『住民は、出来る限り平等であれ』がモットーなら尚更だ。
一方で、ミゼルが昔も今も、幼なじみの娘——リディアのことを親身に考えてくれている。
それがわかり、すごく嬉しくてたまらない。
「昔……こちらのバロン国王さまと王妃さまにここに住まないかと誘われたことがあるよね?」
「う、ん……」
「このお二方は昔も今も変わらず、きみが申し分ない生活を送れるように尽力して下さる。——そうですよね?」
「もちろんです」
「ええ。リディアのためならいくらでも」
「ね? ちょうどいい機会だし、お二方にも事前に話を通しておこうと思ってさ……」
(あの時と一緒……!)
話を聞いているうちに、数年前の出来事が脳裏に蘇ってきた。
—— —— ——
当時リディアは、夜のバロン城下町の大通りで、アリサにお説教された。
『一庶民は、よほど大ごとにならない限り、記事にも噂にもならないわよ。でも、あんたは違う。そうなりたいってだけで、実際はギルバート様と似たような立場でしょ』
アリサのそんな言葉に、改めて自分の立場の大きさを認識させられた。
そして……。
—— —— ——
リディアは手の甲で、目をぐいぐい何度もこする。
目にたまった涙を追いやりながら、改めて決意を固めていく。
「すぐに決めなくてもいい。一度ミストに帰っ」
「——おじちゃん、もういいよ」
「はい??」
ミゼルの言葉を遮ると、大きく息を吸ってからこう言った。
「みなさんのお気持ちはありがたいです。でも、わたしはこれからもミストで暮らします」
リディアは同席者のみなさまに、ミスト居住をきっぱりと宣言した。
「まあ……!」
「そうだろうね」
虚を突かれたのか、ローザが驚きの声を上げた。
一方セシルは、やはりとばかりに薄く笑みを浮かべている。
「え、いいの? 大丈夫……?」
「さっき言ったでしょ!? だから、この話はもう終わりっ!」
信じられないと言ったような顔をするミゼルへ。
きつい口調で話を打ち切ってから、うつむいたままのジャンヌの肩を叩く。
「おばちゃん、もうしゃべっていいよ」
「……おまえ」
「えっ?」
「おまえ……本当にこれでいいんだな?」
ジャンヌがちらりとこちらを見上げながら、再確認してくる。
(おばちゃん、心配でならなかったよね)
喜びと不安が入り交じったようなジャンヌの表情から。
彼女がどんな思いで、ここまでやりとりを黙って聞いていたのがよくわかる。
—— —— ——
召喚術の指導はもちろん。
夫にいじめられるジャンヌを、妹として守ってあげたい。
この先、女手一つで娘を養わなければならないライザを。アリサと一緒に助けてあげたい。
何より、バロン城で暮らしたら。『あの人』に、会えなくなってしまう。
—— —— ——
いろいろ考えてくれたミゼルには、申し訳ないけれど。
リディアはミストで普通の暮らしを続けたいのだ。
「いいんだよ。いろいろ言ってもらったけど、ミストしか頭になかったもん」
「っ、よかった……!」
ミスト一択。そう改めてジャンヌに伝えてあげたら。
両手を組み祈るように額に押し当てて、安堵したような声をもらした。
「それより、お城から出たらそこのおじさんに腹パンだよ」
「……その5倍だな」
「うんうん。それぐらいやり返さなきゃね」
報復をそそのかすと、ジャンヌが顔を上げて夫をにらみつけた。
「ひいい……」
(自業自得だよ!)
腹パン5発をほのめかされて、ミゼルが妻に怯えている。
「ローザ」
「何?」
「いろいろ考えてくれてありがとう。でも、今までみたいにミストで暮らしたいの」
「ええ。少し期待していたけど……無理強いする気はないわ」
あっさり引き下がってくれたローザに続いて。
セシルが安堵したような顔を見せながら、こう話しかけくれた。
「何か困ったことがあったら、連絡して。いつでも相談に乗るよ」
「……」
セシルにそう言われたが、返事をせずに視線を落とす。
視界に入ったのは、薄い緑の布で覆われた自身の胸元。
(今からファブール城……そうだ!)
それを見て、リディアはとてもいいことを思いついた。
すぐに顔を上げて、セシルに笑みを向けながらこう言った。
「じゃあ、早速お願い聞いてもらってもいい?」
「いいよ。何かな?」
「——黒魔導士団のローブ、1着譲ってください」
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