フェイクラバーズ 作:かえで
——9の月11日 昼すぎ
青空に薄い雲がふわふわ漂い、秋の気配を見せている。
ここはファブールの発着場。
ミゼルとジャンヌ、そしてリディアが、端っこに立てられた大きな看板を見上げていた。
「どっち乗って帰るの?」
「左回り」
「右だと、ミスト着くのは夜になっちゃうよ」
「あぁ、そうだった……」
「あと20分もあんのか。——あっちで待つか」
「うん」
ジャンヌが指さしたのは、無人の東屋。
3人はそこへ向かうと、ミゼルとジャンヌがリディアを挟む形でベンチに腰を下ろした。
ファブールの発着場には、時刻表も設置されている。
雨よけや待合室を兼ねて、東屋もいくつか設けられている。
だだっ広い草原しかない、ミストの発着場とは大違い。
今朝早く、バロン城に現れたミゼル夫妻と共にリディアはファブール城を訪問。
ヤンにお礼と帰還報告。その後、昼食を共にして、つい先ほどお城を後にしたばかり。
これからミストへ帰るのだが、リディアはひとつ気になることがあった。
「いいの? おばちゃんたち」
「何がだ」
「え、その……ノアに会っていかなくても……」
ノアはミゼルの亡き知人の息子。
2年前にミゼルが引き取り、一緒に暮らしていた。
しかし、リディアがいない間に、ノアは進路先を決めてミストを離れていた。
現在はファブールの育成施設で、モンクの修行に励んでいる。
先ほど、ジャンヌたちからそう教えてもらったばかり。
「知ってるだろ。身内でも面会禁止なんだよ」
「うん……」
「世界一厳しい施設だからね」
ミゼルとジャンヌのあっさりした返事。それを聞いて、意外に思う。
その一方で、ちょっと冷たいとも思ってしまった。
(せっかくだし、せめて施設に寄って建物の外観だけでものぞいたらいいのに……)
モンク僧育成施設は、一人前になるまで世間と隔絶した環境に置かれる。
親でも面会が禁じられている。それぐらい規律が厳しいと有名であった。
「なんだ。あたしらのこと冷たいって思ってんのか」
「……ちょっとだけ」
思っていたことが表情に出ていたらしい。それでも、正直に答えた。
特にジャンヌはノアを可愛がっていたはずなのに。このまま帰って後悔しないのだろうか。
「心配しなくても、これがあるからへーきなんだよ」
ジャンヌとミゼルが、まるで示し合わせたかのように。それぞれ左手をリディアに見せてきた。
「おじちゃんもお揃いの指輪買ったんだ……」
ジャンヌとミゼルの薬指には、丸い大粒のヒスイの指輪がはまっている。
ジャンヌの指輪は、ミゼルから贈られたものだ。
彼女に贈った当のミゼルも、知らないうちに妻と同じものをはめている……。
「ぼくだけじゃないよ」
「え、ノアにも指輪買ってあげたの?」
「あいつはピアスな」
「進路決めたからミスト出てくって言われて、すぐ3人で買いに行ったんだよ」
行先はジャンヌの指輪を購入した、トロイアのお店。
そこでミゼルは、自分用に妻とお揃いのヒスイの指輪。ノアに、ヒスイのピアスを買ってあげたという。
「規律厳しいのに、ピアスしても怒られないの?」
「あの施設は、俗世間との断絶って意味で厳しいだけなんだと」
「あ、そうなんだ」
「事前に確認したから問題ないよ」
「はぁー、さすがおじちゃん……!」
ミゼルの用意周到さに、リディアは感嘆の息をもらした。
(3人でお揃いの石かぁ……本当の家族みたい……!)
お揃いの石のアクセサリーが、心の支えになっているようだ。
ノアがいなくなっても、ジャンヌはなんとかやっている。
ツクヨミからそう聞いていたけれど。本当だった。
—— —— ——
もっとも、リディアをはじめに、ミストの住民は何も知らない。
ヒスイのアクセサリー。それを除けば、今の話はミゼルたちの真っ赤な嘘だったということを。
—— —— ——
「喜んでくれてるといいけどな」
「大丈夫だよ。ノアはおばちゃんに懐いてたじゃない」
「あのぉ、ぼく」
「——知るか」
「知らないっ」
「ちぇー、まだ根に持ってるよ……」
ぼくにもノアは懐いてくれていた。
そう言いたげに自身を指さすミゼルを、ジャンヌとリディアはきつくあしらった。
朝のことを根に持っている訳ではない。
ジャンヌは前々から、夫にあめとむち(割合的にはあめ3、むち7)を使い分けている。
リディアも彼女に追随しただけである。
「……ところで、こんなの着て暑くないの?」
「大丈夫。ケープがちょうどいい感じに調整してくれてるもん」
「そっか……似合ってるよ。黒魔導士さま」
「へへ、ありがと」
ミゼルが、ローブの黒い布をつまみながら褒めてくれた。
リディアは照れくさそうに笑みを見せてあげた。
今のリディアは、服の上から黒いローブを羽織り、頭にフードをかぶっている。
ぱっと見、一介の黒魔道士にしか見えない。だから、誰もリディアだとは気付かない。
ローブはバロン黒魔道士団の制服。バロン城を去る前、セシルに頼んで譲ってもらった。
見えないケープの特殊機能が、快適な気温を保ち続けてくれる。
そのため、ローブを着ていても暑さ寒さ知らずである。
「おまえ、本当にいいんだな?」
「何を?」
「バロン城で暮らさなくても……」
「もうっ……何回聞いても同じ答えだってぇ……!」
「しょうがないだろ。心配なんだから」
リディアはけらけら笑い出した。この質問、本日これで5回目だ。
その度に、ジャンヌが捨てられた犬のような表情を見せるのも、またおかしくて。
—— —— ——
数時間前。ミゼルがジャンヌを伴い、バロン城にリディアを迎えにきてくれた。
問題はここから。ミゼルが、セシルとローザにに突然こんな提案を持ちかけた。
『リディアは今後ミストではなく、バロン城で暮らした方がいい』
思いがけない内容に、リディアはあ然とするばかり。
ジャンヌも怒ったが、魔法と銀の砂時計を盾に、夫から黙ってろと脅された。
汚いやり口だが、ミゼルから話を聞いた結果。
リディアの立場や幸せを考えた上でのことだったのはよくわかった。
それでもリディアは、みなみな様の前で『今後もミストで暮らす』と宣言。
黒いローブをセシルから譲ってもらい、それを羽織ってからバロン城を後にした。
—— —— ——
「帰ったら、北のばばあどもに気ィ付けろよ」
「……おばさんふたりぐみ?」
「ああ。陰口言わないと死んじまう病気にかかってんだ」
ミストでリディアを快く思わない人が現れ始めた。
幻獣界から脱出して早々。リディアはツクヨミから、そんな話を聞かされていた。
(やっぱり、あの人たちか……)
ジャンヌやツクヨミに言われるまでなく。既にその人物たちにあたりをつけていた。
黒魔法講座の生徒の保護者でもなく、ご近所さんの南区画在住でもない。寄合や行事は旦那任せ。
アリサ風に例えれば『女性版ライザの旦那』。北区画に住む主婦ふたりである。
挨拶すると、毎回怪訝そうな顔をされたから覚えていた。
「放っておけばいいよ。ミストではやること前と変わんないもん」
主婦ふたりが悪口三昧なのは、リディアがミストにいなかったからだ。
これからも、以前と同じようにミストで過ごすつもりでいる。
そうしていたら、うるさく言う人はこれ以上増えないと思う。
「……で、これから外出の時は、これを着るのか」
「そうだよ」
「バロンの子に頼む時はいらないだろ」
「ふふっ……! ルカはバロンの子じゃなくてドワーフの王女さまだよ」
「何!? おまえ、王女をパシらせてるのか!?」
「ごめんごめん、きちんと説明してなかったね」
ジャンヌがルカの正式な肩書きを知り、びっくりしている。
以前ルカのことを『バロンで飛空艇技師の見習いしてる子』と説明していた。
だから、ジャンヌは『バロンの子』と思い込んでいたのだ。
「お出かけする時は、ローブをストールの代わりに持っていくか着ていくつもりでいるの」
「町に寄るかもしれないからか」
「うん、そうだよ」
地底や磁力の洞窟。試練の山にホブス山……。巡回艇が停泊しない場所はルカ。それ以外は巡回艇。
リディアはミストの外に移動する際。そのふたつを使い分けていくことに決めた。
(もっと前から、こうしておけばよかったなあ)
そして、ミストの外ではこのローブを羽織るか、持っていく。
見えないケープのおかげで、いつもの服をそのまま着ていられるから問題ない。
人目を気にしなくていい。ナンパ狙いの男性も寄ってこない。
同伴者——特にアリサやライザに迷惑を掛けない。いいことだらけだ。
「……アリサたちの分もローブ準備してやったらどうだ」
「コスプレみたいになっちゃうけど、怒らないかな?」
「魔法使いごっこ出来るって喜ぶさ」
(おばちゃんはコスプレ興味なさそう……)
ジャンヌが、くくっと喉を鳴らして笑った。
彼女はお城の中以外、人目を気にしない。ローブは不要かもしれない。
「それと、さっきね……」
バロンからファブールへの移動中に、ぴんと思いついた某案を。
ジャンヌたちに打ち明けた。
「……どうかな??」
「っ、ははっ! いいアイデアじゃないか!」
「ラルフさんに一緒に回ってもらおうと思ってるの」
「一世一代の表舞台だ。がつんと言ってやりな」
「うんっ」
リディアが話し終えると、ジャンヌがノリノリで某案を賛成してくれた。
「ねえ、リディアさーん」
「何よ」
「ローブといい、それといい……急にどうしちゃったのー?」
妻と対照的に、ミゼルが何とも頼りなさげな声でたずねてきた。
今後のプランを立てていくリディアに戸惑っているように見える。
「おまえが煽ったから、やる気スイッチ入ったんだよっ」
「そうだよ。おじちゃんはわたしの恩人なの」
(ツクヨミさんも!)
ツクヨミは身体を張って感情をぶつけてまで、地上に引き留めてくれた恩人。
ミゼルは、ミストに留まりたいなら自身の努力も要する。そんな気付きをくれた恩人だ。
—— —— ——
ミゼルが不意打ちで、バロン城暮らし案をぶちまけてくれた。
そのおかげで気付きを得たリディアは、こんな決意を固めた。
この先もミストで普通に暮らしたいのならば。
親友の旦那さまだからと言って、ラルフに一方的に甘えるのではなく。
自ら妥協したり、対策を講じたりせねばならないと。
お出かけの際のローブ着用。そして、ジャンヌたちに打ち明けた某案は、その一環である。
—— —— ——
数年前、バロンの城下町でアリサからお説教を食らった時。
普通を求める生き方を続けるためには、何かしら妥協も必要。リディアはそう学習した。
あの経験がなかったら。ミゼルに流されて、将来バロン城で暮らしていたかもしれない。
「そっかぁ……! ぼくはリディアさんを覚醒に導いた恩」
「——卑怯なのはだめ」
「うっ……」
「今度あんなことしたら許さないから!」
「すみません……」
恩人扱いされて浮き足立っていたミゼルへ、再度喝を入れてあげた。
(本当に『白アドニス』になっちゃだめだよ)
他人、それも妻を黙らせるために。魔法やアイテムを盾にして脅迫なんてとんでもない。
—— —— ——
夫の狡猾なやり方を、妻が黙って見逃す訳がない。
バロン城門を超えた瞬間。ジャンヌは猫かぶりを止めて、夫へこう叫んだ。
『歯ぁ食いしばんな!』
それから、門番や通行人の目を気にすることなく。
ミゼルを路上腹パンチの刑(5回)に処していた……。
—— —— ——
(まずセシルに手紙を送るとか……他にやり方あったんじゃないの?)
ミゼルへのそんな突っ込みは、胸の内に留めておいた。
本人も、ぼこぼこ無抵抗で妻に叩かれ続けていたから。
妻からの報復を覚悟して、あんな提案を持ちかけたのかもしれない。
「はぁ……」
「肩こっちゃった?」
「ああ、城ん中は気が張ってね……」
「おつかれさまでした」
ジャンヌがぼやきながら、首をぐるぐる回したのを目にして。
リディアは立ち上がって背後に回り、ジャンヌの両肩をもみ始めた。
「そう、そこ……」
「うわ、すごい。こりこりしてるよ」
「あぁ、いいねえ……!」
久々のお城訪問で気を張ったのだろう。
肩をもむリディアの手に力が入る度に。ジャンヌが恍惚ともとれる声をもらした。
「今日も借りてきた猫だったもんね」
「ここんとこ、ああいう場とは縁がなかったから余計だな」
「あー、無理しちゃってー。だから、ミストで留守番し」
「——黙れ」
がつん!
ジャンヌが怒気をはらんだ声でミゼルを遮った。すると、大きな音が立った。
(あ、蹴られた)
ジャンヌが何をやったか。彼女の背後にいるリディアからは見えない。
それでも、声と音だけですぐ察することが出来た。
「っ……痛ったぁい!」
ミゼルが情けない声を上げながら、上体をかがめている。
ジャンヌに本気で足を蹴られたのだ。それはもう痛いに決まっている。
「卑怯者! 前もってあたしに相談しろ!」
「あはは……! ばかな、おじちゃーん!」
余計なことを言うから、痛い目を見るのだ。
リディアはミゼルの擁護をするどころか、からから笑ってしまった。
「……はい、これでおわりだよ」
肩もみを始めてから、5分ほど経った頃。
こりもほぐれて、もみ甲斐がなくなってきたことで。
リディアが終わりを告げてから、ジャンヌの肩から手を離す。
「帰ってきて早々、ありがとな」
「これぐらいどうってことないよ」
(ありがとう、おばちゃん)
ジャンヌが肩越しから嬉しそうな声で、お礼を言ってくれた。
リディアも心の中で、姉同然の女性にお礼を伝えた。
ジャンヌは、ミストでは元気いっぱい。けれど、リディア以上にお城やお偉いさまがとても苦手。
本日も硬い表情で、ヤンやセシルたちに丁寧な言葉で返事していた。
そんな苦手なことをしてでも……彼女はリディアに早く会いたかったのだ。
——それから約30分後
リディアたちを乗せた巡回艇が、ファブールを発ってから早数分が経過した。
ダムシアンとカイポを経由して、3時半すぎにミストに到着するだろう。
旅慣れのジャンヌがそう教えてくれた。
「気持ちいいなあ」
甲板上のベンチに座り、風に吹かれながら小さな声でそう言った。
リディアがいない間に、巡回艇の甲板上には複数の座席——ベンチが設けられていた。
野ざらしだが、雨が降らない限り。こうしてベンチで座りながら上空を拝める。
「ね、ね」
「なんだい」
「雨降る気配ある?」
「いーや、全然ないね」
隣に座るジャンヌが足を組みながら、雨降りを否定してくれた。
天気読みが得意な彼女がそう答えたのだ。ミスト到着まで雨は降らない。
「3人で旅って……初めてだよね」
「もう帰るけどな」
ジャンヌだけでなく、ミゼルと一緒にミストの外にいる。
それが、リディアにはものすごく新鮮に感じる。
お出かけだいすきジャンヌ。ミストのかたつむりのミゼル。
そんな夫婦の生活スタイルが、この2年の間で逆転した。ツクヨミからそう聞いていた。
様子を見る限り、ジャンヌはお出かけに愛想を尽かした訳ではなさそう。
「ね。またどこか遊びに行こうよ」
「いくらでも付き合ってやるよ。——ミゼル抜きでな」
リディアとミゼルとジャンヌ。その3人の中で、ミゼルは仲間外れ。いわゆるハブにされている。
馴れ馴れしく空気が読めず、ずる賢いおじさん。
そんなミゼルの本性を知るのは、ジャンヌとリディアだけ。
まともに相手をすると振り回されて、精神的にくたびれる。
ハブにしたり、あめとむちを使い分けたりすることで。
リディアとジャンヌは、ミゼルを図に乗らせないようにしていた。
「……おじちゃんも連れて行ってあげようよ。一応使い道あるし」
「こうしてのんびり出来るのも、あいつのおかげだし、入れてやるか」
「うん」
「あたしたちも、ちっとは貴族気分味わえるな」
ミゼルは、今ここにはいない。
自ら『ジュース買ってくるよ』と言って、艇内設置の売店に行ってくれた。
そのため、リディアもジャンヌも彼のことを好き勝手言いたい放題である。
(午前中、バロン城でやらかしちゃったし……)
ミゼルは空気を読めないことをよくやる。
彼にはパシリとして動いてもらわねば、こちらの割が合わない。
リディアは本気でそう思っていた。おそらく、妻も同じことを考えているはず。
「ただいまー」
程なくして、ミゼルがリディアたちの元に帰ってきた。器用に紙コップを3つ抱えている。
「おかえり」
「100%しぼりたてだって。りんごとオレンジともも。——どれがいい?」
ミゼルが、色とりどりの紙コップを見せてくれた。
のんびりとした口調から。彼は今まで、ぼろかす言われてたことに気付いていなさげ。
「……わたし、これにするっ」
リディアはジャンヌと顔を見合わせて、互いに失笑を浮かべてから。
真っ先に、桃色——もも——の紙コップを手に取ったのであった。
§
氷は入っていなかった。けれど、ひんやり冷たくとっても甘い。
そんな、もものジュースを飲みながら。リディアはジャンヌたちと雑談を続けていた。
「……おばちゃん、おじちゃん」
「何だい」
「なに? 急に改まって」
ジュースの残りを一気にすすると、ジャンヌたちへこう言った。
「っ、まだ話してないこといっぱいあるんだけど……」
(おばちゃんは、めちゃくちゃ怒るだろうなぁ)
ふたりは、リディアの身内……兄姉のような存在である。
この際、全て事情を話しておいた方がいい。そう思ったのだ。
「だろうね。さっきファブール王の報告聞いてたけど、きみの脱出劇だけだったもん」
「……幻獣界のことは、先にミストのみんなに話さなきゃって思ったの。今度の寄合が終わったら、ラルフさんがセシルとヤンにきちんと書状送るって言ってたよ」
「あ、順番を後にしただけか」
「そうだよ。ラルフさんから話、聞いたの?」
「昨日ちょこっとね」
既にミゼルは、一部の内容を報告しなかったことに気付いていたようだ。
—— —— ——
シルフの誕生逸話。今回、リヴァイアサンたちが暴挙に至った動機など。
幻獣界についての話題は、先にミストの住民に報告すべき。
リディアはそう判断して、本日ヤンはおろか、セシルにも報告しなかった。
昨夜ミストでは、月前半の寄合が行われており、ラルフがこう発表くれているはず。
『明日、リディアがミストに帰ってきます』
『後日、緊急で寄合を開きます。その時、本人が詳しい事情を説明しますから、もうしばらくお待ち下さい』
その緊急寄合——リディアによる住民説明会が終わってから。
ラルフが事情を綴った書状を、バロンやファブールに送る予定である。
—— —— ——
ところが、ミゼルの追求はまだ終わらなかった。
「でもさー、ツクヨミさんの名前ぐらい出してもよかったんじゃないの?」
「うっ……」
「あの人、脱出劇のヒーローじゃん。昨日もミスト来てたしさ。その帰りに幻獣界に寄ったら、アスラさまに会わせてもらえたんでしょ?」
「……自分のことは隠して欲しいって、ツクヨミさんから頼まれたんだよ」
***
——昨日 早朝
バロンに向かう道中。リディアとラルフは、ツクヨミからこんなお願いごとをされた。
『どうか、僕のことは国王さまに話さないでください』
「きみの存在を隠すってことかい?」
『はい』
リディアは、ツクヨミが存在を隠したがる気持ちがわかった。
(もし『エッジ』だったとしても、隠していたと思うけど……)
もともとツクヨミ(中の人)は、善行をひけらかそうとしない。
もしセシルやヤンにツクヨミの話をしたら。新聞に名前が載ってしまう。
嫌でも世界中に名が知られてしまうかもしれない。
リディアは、ツクヨミの正体を知っている。だから、想い人でもある彼の真意を理解出来た。
けれど、ラルフは違う。彼の正体を知らないから、そう簡単に『はい』と言わない。
「どうしてだい? 君はバロンやファブール王以上に洞窟に通っていたじゃないか」
この2年近く、ツクヨミは定期的にミストに顔を出してくれていた。
その帰りに幻獣の洞窟へ足を運び、転送盤が復活していないか確認していた。
ツクヨミのそんな行いを、ミストで知らない者はいない。ラルフがそう話した。
(あたしがいないのに、わざわざ?)
ラルフの話は、初耳だった。
ツクヨミはいろんな話をしてくれたのに。それだけは話してくれなかったのだ。
リディアがいないにもかかわらず。ミストに顔を出してくれていたなんて……。
ミストに思い入れがなければ、そこまでやらない。
『それは……』
「偶然でも幻獣界に入って、アスラ様からリディアを託されて連れて帰ってきてくれたんだ。貢献者として表彰されるべきだよ」
「ツクヨミさんは、エブラーナのお城勤ですもん。新聞に載ったら、記者が追いかけてきそうだし……素性がバレちゃうのが嫌なんですよ」
ラルフの言い分はよくわかる。けれど、リディアはツクヨミを擁護した。
ツクヨミの意志を汲んであげたかったのだ。
「ああ……これから仕事がやりづらくなるか」
『はい。その通りでございます』
「……わかった。ただし、ミストでの秘匿事項にするけど、住民には事実を全て報告する。——それでいいね?」
『構いません。配慮していただき、ありがとうございます』
ミストの住民に全て打ち明ける。
そんな条件付きで、ラルフもツクヨミの切なる願いを受容してくれた。
§
その後、リディアとラルフが話し合った結果。
セシルやヤンには、ひとまず幻獣界からの脱出状況だけを報告することに決めた。
—— —— ——
『里帰りの途中に、突然意識を失って……気が付いたら、アスラ様がラムウとオーディンを従えて幻獣王様と喧嘩していたの』
『幻獣界の者を説得するまで、幻獣界を封鎖する。アスラ様にそう言われて、すぐに地底に追い出されちゃったの』
『ひとり小島に放り出されて、これからどうしようって思ってたら、偶然地底に遊びにきた物好きな人が、わたしを見つけてくれてね。事情を話したら、わざわざミストまで送ってくれたの』
—— —— ——
ツクヨミの存在や、幻獣界で何があったか……。
大事なポイントを隠した報告にもかかわらず、セシルもヤンも納得してくれた。
何がなんだかよくわからないうちに、リディアは帰ってこれたようだ。
ふたりともそう思ってくれたようだ。
***
「あの兄さんはそうするだろ。目立ちたくない人だからな」
「そうなの。仕事に差し支え」
「——だったら、それからお面と服装と名前変えたらいいよね」
「……」
「どうして隠そうとするのかなー?」
ジャンヌは納得してくれたが、まだミゼルが突っかかってくる。
(どうして、ツクヨミさんのことになるとそんなにしつこいの?)
むしろ、ミゼルにそう質問し返してやりたくなったが、我慢した。
下手に突っ込むと、彼にツクヨミの正体がバレてしまいそう。
「……別にいいじゃない。今度の寄合でみんなにきちんと話すし、ツクヨミさんもそれでいいって言ってくれたもんっ」
「まあ、最低限ミストのみんなには説明しなきゃね。あの人、しょっちゅうミスト来てたから隠しようないし」
なんとかミゼルが納得してくれたようで、ほっとする。
(ラルフさんの判断、間違ってなかった……!)
もしミストの住民にも、ツクヨミの存在を隠蔽して報告することになっていたら。
ミゼルの追撃は、まだまだ続いていただろう。
「じゃあ、これから話すから、怒らないで聞」
「——ざんねーん。それは無理でーす」
「っ……」
ミゼルが明るい声で、リディアのお願いを突っぱねてきた。
「ラルフくんもツクヨミさんも怒ってたでしょ? 話聞いて、幻獣界のこといい風に思う人。この世界でたぶん誰もいないよ」
「っ、はい……」
「さすがにミストでも、幻獣界を誘拐団のように捉えてる人ばっかりです」
ミゼルの言い分に、リディアはうなだれるしかない。
(やっぱりそうだよね……)
リディアを勝手に閉じ込めて以降。現在地上で幻獣界に好意的な者は、ほぼ皆無と聞いている。
—— —— ——
セシルやヤンも事情を聞けば、決していい思いはしないと思う。
ラルフは、長男オリバがラムウと関わりを持てたからだろう。
怒ってはいなかったが、ずいぶん呆れていたように見えた。
ツクヨミも『ツクヨミ』らしく、静かに怒気をはらませていた。
もし中の人だったら。怒声を上げながら、幻獣界——特にリヴァイアサンをけなしていただろう。
故郷ミストも例外ではない。
『事情を話したら、更に幻獣界への批判が増えるだろう。それだけは覚悟しておいてくれ』
昨日、リディアはラルフからそう事前予告された。
—— —— ——
ミストの先住民でもあるジャンヌやミゼルが、どんな反応を見せるか。
それがわからないほど、リディアは愚かではない。
「それでも、おばちゃんやおじちゃんには先駆けて話しておこうって思ったの」
「……あたしらに気ぃ遣って……嬉しいじゃないか」
「それじゃ、今後の予行演習だと思って話してちょうだいよ」
「うん……」
神妙そうな顔をするジャンヌ。にやにや笑みを浮かべるミゼル。
そんなふたりが早く話せとばかりに、自身たちの間に座るリディアをじっと見てくる。
リディアはどこか居心地の悪さを感じながら。リヴァイアサンたちの企みと犯行動機。
幻獣王夫妻の夫婦喧嘩に、昨日の朝までの出来事。そして、シルフたちの誕生……。
まずは、ミゼルたちが怒りそうな話題から話していった。
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