※この作品はR-18です。

フェイクラバーズ   作:かえで

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演技なのか 本気なのか・2

 

 

「……よし、全部削れた……!」

 

 ツクヨミと近況報告を交わしているうちに。チーズを全て削り終えた。

 汗はひとつもかいていないけれど。一仕事が終わり、額をぬぐうふりを見せる。

 

 続けてボウルの中に入っているチーズに、でんぷん粉を絡める作業に入る。

 この工程をさぼると、白ワインとチーズが分離してしまう。アリサからそうアドバイスされていた。

 

「えっと、今度は火を……わっ」

 

 チーズにでんぷん粉をまぶし終えて、かまどに向かおうとしたら。

 そばにツクヨミが立っていて、驚きの声を上げた。

 

『……』

 

 ところが、ツクヨミは口を一文字に結んだまま。こちらをじっと見ている。

 

「……どうしたの?」

『それは、こちらの台詞でございます』

「ふぇ?」

『孕ませ疑惑……』

「!?」

『中出しくそ野郎とは、一体何ですか……!』

 

 憎々しげにツクヨミからそう言われて、顔から血の気がさぁーと引いていく。

 

 『エッジ』がミストに来なくなってから。月のものが来ない。

 不安に駆られてローザを頼り、検査を受けたが、妊娠はしていなかった。

 2年前のそんな出来事が、ツクヨミにバレている。

 

 『ツクヨミ』として、この人が怒る演技を見せるのは当然ともいえよう。

 リディアと上司の関係が、プラトニックではなかったことを知ってしまったのだから。

 

「さっき、聞いてたの?」

『はい。ここに近付くうちに、妙な会話が耳に入ってきましてね』

 

(『防音結界』張っておけばよかった……!)

 幻獣界から戻ってきてから、リディアは『防音結界』を使ったことがない。

 もちろん、先ほども張っていなかった。

 

 そんな筒抜け状態の会話を、ツクヨミは廊下で盗み聞き。

 ほとぼりがさめてから、部屋の中に入ってきたようだ。

 

「アリサが、変なこと言って……ごめんなさい」

『なぜ謝るのです。アリサさんは、事実を述べられただけですよ』

「あれはエッジの悪口だもん」

『いいえ。事実です。アリサさんもおっしゃっておりましたが、お館様が何もかも悪いのでございます』

「エッジは何も悪くない……」

『何ですって?』

「わたしが絶対に言わないでおこうって決めたんだもん」

 

 『エッジ』は、やんごとなきお方。どんな結果になろうが、絶対知らせない。

 そう決めたのは、リディアだ。

 なのに、なぜアリサもツクヨミも『エッジ』ばかり責めるのだろう。

 

「結局何もなかったし、もう過ぎた話」

『——あなたがそうおっしゃっても、無責任極まりないことをした事実は消えません』

「え」

『っ、ぶっ殺してやりたくなる……!』

「!?」

 

 演技や冗談ではなく。相手の男を本気で殴り殺してもおかしくない。

 それぐらい、ツクヨミのつぶやきが憎しみに満ちあふれているように聞こえた。

 

「だ、だめっ! そんなことしちゃだめっ!」

『……』

 

 ツクヨミは、自分自身……『エッジ』に本気で憎悪を向けている。

 それがわかり、彼の身体にしがみつきながら必死に叫び続ける。

 

「復讐いいことない! そんなので復讐してたら、みんな死んじゃう! 人類滅亡しちゃうよ!」

『確かにおっしゃる通りですが、感情は別です』

「そっ、それでも、そんな怖いこと考えるのも……絶対にだめっ!」

 

(お願い! 自分責めないで!)

 ツクヨミをなだめながらも。心の片隅でこんなことを思っていた。

 

 —— —— ——

 リディアを不安にさせていたことがわかった途端。

 自責を通り越して、自分自身に憎しみをむき出しにするなんて、異常ではないか?

 —— —— ——

 

「っ!?」

 

 説得もむなしく、ツクヨミに手首をつかまれて、近くの壁に押し付けられてしまった。

 

「な、なに……?」

『アリサさんが、あなたに苛立つお気持ちが非常によくわかりますよ。幻獣界といい、お館様といい。あなたは……どこまでお心が広いのですか……!』

 

 両肩をぐっと押さえながら、ツクヨミが怒気を孕んだ声でそう言った。

 リディアは身が縮む思いで、ただただ見上げることしか出来ない。

 

(こわい……!)

 お面に阻まれてツクヨミの顔は見えないけれど。

 その下は鬼のごとく恐ろしい表情をしているに違いない。

 

 しかも、ツクヨミが話しているうちに。リディアの両肩を壁に押しつけてくる。

 このままだと潰されてしまいそうなぐらい。それはもう強く。

 

「ツ、ツクヨミさん……肩、いたい」

『あっ』

 

 あまりにも痛くて、感じたことをそのまま口にしてしまった。

 すると、はっと我に返ったかのように。ツクヨミが両手をぱっと離してくれた。

 

『大変申し訳ありません。つい熱くなってしまいました』

「い、いえ……」

 

 言葉通り、本当に申し訳なさそうな声で謝られてしまった。

 

 ツクヨミはリディアに苛立っている。それも、演技ではなく本気で。

 話しているうちに興奮して、つい肩を強く押していたようだ。

 

『話は戻しますが、そこまでリディアさまがお館様をかばうのならば、僕も覚悟を見せないとなりませんね』

「はい……?」

『条件を呑んでいただけたら、僕はあなたに従います。仕返しや復讐を考えるのはやめにいたします』

 

 壁にもたれたまま見上げるリディアに、ツクヨミが静かにそう口にした。

 

(またろくでもない条件なんだろうなあ)

 ツクヨミ(の中の人)は、リディアから言質を引き出そうとして姑息な条件を提示した前科持ち。

 それがきっかけで、リディアはこの男に惚れたから。結果としてはよかったのだけれど……。

 

「あの、条件って」

『——一刻も早く、お館様をお忘れになる努力をすると僕に誓ってくださいませ』

 

 ツクヨミが胸に手を当てながら、条件を提示してきたが、その内容にあ然とする。

 

(偽装恋人相手に、そこまで要求するの?)

 かねてからツクヨミは、『エッジ』を好きなリディアに不満を見せていた。

 それでも、偽装恋人という名の友人関係でいい。彼はそう割り切って、契約したはずなのに。

 

「あの、忘れろって……」

『お館様への未練を捨てろ。——僕はそう言っているのです。誓えないとおっしゃるなら、今すぐ帰らせていただきます』

「……チーズフォンデュ、どうするの?」

『どうぞおひとりで、お召し上がり下さい』

「!?」

 

 誓えないのなら、チーズフォンデュを放置してこのまま帰る。

 そう告げたツクヨミに、リディアは開いた口が塞がらない。

 誓いを立てるか、立てないか。

 この忍者はそれだけで、2年越しの夕食を無駄にするつもりなのか?

 

「無茶言わないでよ! こんな重たいものひとりじゃ食べられない!」

『でしたら、誰かお呼びになればよろしいではありませんか』

「まあ、それはそ」

『——申し忘れておりましたが、今すぐここから去るということは契約を破棄することですよ』

「!?」

『今後ミストにも現れません』

 

(これ、脅迫と変わんないよ??)

 ミストから、完全撤退する。そう言い切ったツクヨミに言葉が出ない。

 

 この女は、演技にすっかり騙されている。

 今のツクヨミは、そう思い込んでいるから。誓え誓えと、強気に迫っているように見える。

 残念ながら、リディアはツクヨミの正体を知っている。

 そのため、ツクヨミ(中の人)が何か企んでいるようにしか思えない。

 

「ね、ねえ……」

『何でしょう』

「この間みたいに、カマをかけてるんでしょ?……違うの?」

 

 これは、ただのはったりではないか?

 リディアは、こわごわながらもツクヨミにたずねてみた。

 

『僕は本気ですよ』

「あっ」

 

 ツクヨミがリディアの右手をつかみ、ぐっと持ち上げてから。リディアの手の甲を見せつけてきた。

 その小指で、ペリドットの指輪が淡い光を放っている。

 目の前の男が贈ってくれた、リディアの大事な宝物だ。

 

『こちらを僕に返していただいてから、ここから消えま』

「——どうして返さなきゃならないのっ!?」

『他の男にうつつを抜かすなら、その男に指輪を贈ってもらえばよろしいではありませんか』

「それがあなたの覚悟なの……?」

『はい。それぐらいでないと、改める気がなさそうですから』

 

(誰が返すもんですか!)

 ツクヨミから右手をぱっと離されると、指輪を守るように左手で右手をさっと隠した。

 

 本当にミストに来ないつもりなのか? 

 リディアがいなかったこの2年ですら、出来なかったではないか。

 

(やっぱりあたしにカマをかけているんだ……)

 ならば、こちらからカマをかけてやろう。一瞬そう思ったが、すぐ辞めた。

 

(あの時は行き先が幻獣界だったから、必死で止めてくれたんだ)

 お互い地上で暮らしていれば、『エッジ』なら何とでも出来る。

 もし、今ここでカマをかけるために『誓いません』と答えたら。ツクヨミは、すぐここから消えるだろう。

 

『そうは言っても、この世には永遠の愛を誓い合ったのに離縁する方も、あまたおりますしね』

「……ライザのことですか」

『はい。元ご主人の振る舞いを、よくご存知でしょう』

 

 黙ったまま、小さくうなずいた。ツクヨミの指摘は間違っていない。

 

 —— —— ——

 ライザは世間に出たばかりのお年頃に(元)夫と出会った。

 人となりをよく知らぬうちに愛を誓い合い、結婚した。

 数年後。ミストで起こった様々な出来事で、やっと夫の本性を知り、結局離縁してしまった。

 —— —— ——

 

 もっとも、当のライザもベスもユノも今が一番楽しい。

 そう言って聞かないけれど……。

 

「誓うだけなら、誰でも出来るって言いたいんだ」

『その通りです。あなたも僕にあれを食べてもらうために、その場しのぎで誓いを立てるかもしれません』

「そんなこと」

『——よって誓約後も、そのような気配をにおわせる態度や言動が見られた場合。即座に契約破棄させていただきます』

「っ、何ですって!?」

 

 今後のリディア次第で、偽装恋人関係を解消することもあり得る。

 ツクヨミのそんな宣告を聞いて、目を真ん丸にさせた。

 

(これじゃ、『エッジ』の話題も出せないじゃない……!)

 今この場で誓うだけでなく、これから行動でも示さないとだめなようだ。

 

「偽装なのに、そこまで要求するなんてやりすぎだよ」

『あなたは僕の気持ちを知っておられますよね』

「うっ……」

「最初からこうしておけばよかった。そう悔やまれてなりませんよ……」

 

 ツクヨミが未だ布で覆われた右手を、額に当てて息をつく。

 

 偽装でいいから、出来れば死ぬまで『ツクヨミ』とお付き合いを続けたい。

 リディアはそう思っている。

 けれど、『エッジ』の存在がちらついて、誓いをためらってしまう。

 

 —— —— ——

 リディアは、手のひらを返したミストの住民のように。

 例え演技でも『エッジ』をないがしろにしたくない。

 ツクヨミの正体を知った今も、その思いは変わらない。

 

『エッジなんか大っ嫌い。二度と顔を見たくない』

『エッジ? どうでもいいよ』

 

 姿は違うけれど、当の本人に向かって。『エッジ』が傷つくようなことを言いたくない。

 —— —— ——

 

『この際ですから、はっきり申し上げておきます』

「えっ」

『アリサさんのお言葉を借りたら、今のあなたは悪徳召喚士ですよ』

「ちょ!? ちょっと待っ」

『——悪女とお呼びした方がよいかもしれませんね』

「悪徳でも悪女でもないよっ! 人をペテン師のように言わないでちょうだいっ!」

 

 リディアは、ツクヨミにきつく言い返した。

 もっとも、既にアリサから『魔性の女』と揶揄されたことは秘密だ。

 

 ツクヨミを困らせるつもりで、偽装恋人を続けている訳ではない。

 『エッジ』の素性や彼を取り巻く背景を考えたら、ツクヨミと本物の恋人になってはならない。

 リディアはただ、それを守り続けているだけなのに。

 

『アリサさんは、あなたとお館様の関係をご存知ですよね?』

「……!?」

『ですから、お館様ご本人にも、お館様をお見捨てにならないあなたにも厳しいのです』

 

(これが『不誠実』……)

 詐欺師扱いされたことに納得出来ないでいたら。ツクヨミに優しい声で諭された。

 その途端。先ほどアリサから言われた言葉が頭の中に浮かんできた。

 

 —— —— ——

 リディアがいない2年近く、ツクヨミはミストに通い続けた。

 恋人への献身とも取れる彼の姿は、いつかこの忍者が報われる日が来るといい。

 ミストの住民だけでなく、あのアリサにまでそう思わせた。

 

 アリサはリディアとツクヨミとの関係が、偽装のままな上に。

 リディアが未だ『エッジ』に恋情を寄せていることを知っている。

 

 アリサには、リディアはツクヨミを手玉に取ってころころ転がしている。

 そんな風に見えて、じれったくてたまらないのだ。

 —— —— ——

 

「知ってます。わたしがおかしいの」

『自覚があるのならよいのです。アリサさんのことを責めないように』

「しないよ。アリサすきだもん」

『それで……誓うか、誓わないか。——どうなさいますか?』

 

 選択を迫られて顔をうつむかせると、しばし思案を巡らせる。

 ツクヨミから、ちくちく突き刺さるような視線を感じながら。

 

(どうしよう……)

 ここで誓わず、ツクヨミとさよならするか。

 誓いを立てて、ツクヨミの姿をした『エッジ』と一緒に居続けるか……。

 

「……わかりました。ツクヨミさんに、誓います」

 

 てんびんをかけ終えると顔を上げて、ツクヨミに向かって誓いの言葉を口にし始めた。

 

(この際『エッジ』のことは、置いておこう)

 ルール——セックス中の名前呼びを破り、『エッジ』に逃げられた。

 その時のかなしさを、身をもって知るせいで。

 せっかく贈ってくれた指輪を取り上げられるなんて、絶対に嫌で。

 どんな姿をしていても、この男とのつながりを二度と切らしたくなくて。

 仕方なくツクヨミに譲歩することに決めた。

 

「エッジのこと……忘れるように努力し……あっ!?」

 

 誓いを立てていたら、視界が突然黒一色に変わった。

 ツクヨミに抱きしめられている。そう気付くまでに、時間はかからなかった。

 

『ありがとうございます……!』

「ツ、ツクヨミさん……ちょ、はなして……」

『しばらくこうしていたいので、お断りいたします』

 

(う、嬉しいのは……わかる……けど)

 リディアを抱きしめるツクヨミの腕の力が、だんだんと強さを増していく。

 浮き足立っているような声から、ツクヨミがとても喜んでいるのはわかる。

 けれど、リディアは感動や歓喜以前に息苦しくてたまらない。

 

「ぐ、くるし……っ……!」

 

 苦しさに耐えきれなくなり、両の拳でツクヨミの身体をどんどん叩き始めた。

 

「おねが、い……ちょ……腕、ゆるめて……」

『あぁ……申し訳ございません。つい……』

 

 途切れ途切れに声をかけたら、ツクヨミが腕の力を緩めてくれた。

 

「偽装恋人は気が済むまで……続けるから」

『もちろんです。ただし、今後も変なことをおっしゃったりしないか、耳を傾けておきますね』

「はい……」

 

 ツクヨミの一言で、改めて『防音結界』の再使用を決意した。

 

 犬並みの聴覚を持つ、この忍者。いつどこで聞き耳を立てているかわからない。

 特にライザとふたりでおしゃべりする時は、絶対に結界を張らねば。

 

『偽装だろうが、僕はあなたの恋人です。あなたの心を縛るような男を許せません』

「はあ……」

『今後も誓いを守ってくれると信じております』

 

 ツクヨミの正体を知らぬ者が、今この場面を目の当たりにしたら。

 ツクヨミが、お館様にやきもちを焼いている。みんなそう思うだろうが、リディアは違う。

 ツクヨミは嫉妬を通り越して、本気でお館様——自分自身を憎んでいるとしか思えない。

 

 しかし、それが定かかどうか知る術をリディアは持ち合わせていない。

 正体に気付かぬふりをして、ツクヨミと付き合っていく以上。

 その点については目をつぶるしかなさそう。

 

「……」

『リディアさま?』

 

 ツクヨミとのお付き合いを、ほんのちょっぴり案じていたところ。

 初恋の人と同じ声で、名前を呼ばれてはっと我に返った。

 それから、ツクヨミの胸に顔を押し付けながらこう言った。

 

「忘れるように……努力します……う、っ」

『ぜひお願いいたします』

 

(これぐらいのうそなら……許されるよね)

 ぼそぼそ声での所信表明でも、うれしくなったのか。

 ツクヨミから、ぎゅうぎゅうと更に強く身体を抱きしめられるも。

 手加減しているのだろう。先ほどのような息苦しさはない。

 

「は、い……かしこまりました」

 

 顔が見えない。それをいいことに、リディアはツクヨミの常とう句を口にしてから。

 してやったりの表情でぺろりと舌を出したのであった。

 

(忘れる努力? そんなのしないもんね!)

 例え、偽りの姿だとしても『エッジ』のことがだいすきだから。

 

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