フェイクラバーズ 作:かえで
——11の月上旬 午後3時半すぎ
澄み切った青い空、さわやかな秋晴れの中。
公民館の裏庭では、4人の子どもがリディアから召喚術の指導を受けていた。
「じゃあ、最後。オリバおねがいね」
「はーい! 【……」
オリバが威勢よく返事してから、両手を組んだ。
すると目を閉じ、はっきりとした声で詠唱呪文を唱え始めた。
「……】いでよっ! 俺の相棒ラムウっ!」
「こら! まだ契約してないでしょ!」
「気が早いよ!」
「ぎゃははっ!」
(せっかちなんだから!)
詠唱を終えて決まり文句を叫んだオリバを、すかさずたしなめる。
悪友ふたりもげらげら笑っている。
「……ばかばかしい」
ベスがオリバたちをじと目で見ながら、呆れたようにつぶやいた。
彼女は男の子のふざけあいについていけないのだ。
「また会えたのう」
程なくして、杖を手にした人型の幻獣がぱっと上空に現れた。
「あっ、来たっ!」
「わしゃとてもうれしいぞ」
幻獣——ラムウが笑みを浮かべながら、オリバの前に降り立った。
ラムウは、長い白ひげをたくわえた老人の風貌をしている。
身体の大きさは人間の倍以上ある。それでも幻獣の中では小さい方だ。
「やい! じじいっ!」
「おぉ、おぉ。今日も元気がよいのう」
オリバが指さしながら、あけすけもないあだ名で呼べば。
ラムウがしわだらけの顔を更にしわくちゃにさせて、高らかに笑った。
「今日こそ俺と契やく」
「——こらっ」
「っ!」
リディアが手にしていたノートを丸めて、オリバの頭を叩くと。
ぽこんと、気の抜けたような音が立った。
「自分から契約誘っちゃだめって、何度言ったらわかるの?」
「っ、痛ってーなぁ。叩かなくてもいーじゃねーか……」
「あと、あだ名で呼ばない」
「なんで??」
「幻獣はデリケートなの。へそ曲げて、出てこなくなっても知らないよ」
「おじいさん怒ってないよ」
「幻獣にへこへこしない。えらっそうにしない。対等にお付き合いしろって。せんせー、いつも言ってるじゃん」
「うっ……」
オリバの悪友ふたりにやりこめられて、言葉を詰まらせる。
彼らは授業の内容をよく覚えてくれている。指導者冥利に尽きるが、素直に喜べない。
「リディアよ」
「なに……?」
「わしはそんなささいなことで、この子らを拒否せんよ」
「やったぜっ!」
「さすが、幻獣界きっての常識幻獣ラムウさまだね!」
「年齢と引き換えに、きれーな心をゲットしたんだな!!」
「ほっほっほ……」
子どもたちに持ち上げられて、ラムウは上機嫌。
笑いながら杖をつくと、裏庭の隅にたたずむ大きな石の上に座った。
オリバたち悪ガキトリオは、ラムウととっても仲がいい。
しかも、彼らはリディアの幻獣界幽閉を解除してくれた恩人でもあるのだ。
—— —— ——
2年前。オリバはチョコボと契約。晴れて召喚士のたまごとなった。
『これからいろんな幻獣と契約するぞー!』
そう意気込んでいた矢先。リディアが幻獣界に囚われてしまった。
同時に召喚術の指導もストップしてしまったが、オリバはめげなかった。
リディアの帰りを待ちながら、黒魔法習得に専念することにした。
1年半近くでサンダラとブリザラを習得したが、リディアが帰ってくる気配はない。
オリバはしびれを切らして、習得予定だったラムウかイフリートを内緒で召喚しようと考えた。
『でもさぁー、イフリートって炎でしょ』
『下手こいたら、ミストがまた火事になっちまうぜ』
『ミゼルのトラウマだもんな。——じゃあ、ラムウにすっか!』
悪ガキたちと相談した結果。オリバはラムウを召喚することにした。
ただし、そのためには詠唱呪文が必要。彼らは大人の目を盗み、それが載った教本を探した。
自宅のラルフの書斎。公民館の事務室などに忍び込み、黒魔法講座の控室で教本を発見。
早速ラムウの召喚を試みたが、なかなか出てきてくれない。
『もー、出てこないよ-!』
『シカトって大人気ねえな。オリバ、諦めるか?』
『諦めねーよ。せんせー前に言ってたろ。喚んだ奴の人間性を見極めるから最低1回は現れるって』
『あー、そういやそうだったな!』
『だから、俺はまだ拒否られてねーってこった』
『……じゃあ、出てくるまで召喚続けるしかないね』
『これから毎日1回、召喚するぜ!』
オリバは、リディアから教えられたことをしっかり覚えていた。
そのため、ラムウが出てくるまで諦めずに召喚を試み続けた。
§
一方、幻獣界のラムウはと言えば……無視一辺倒であった。
誰かが自分を召喚しようとしていることは察知していたが。
リディア以外の人間の召喚に応じる気はなかったのだ。
(リディアが推薦した者ならまだわかるが、そうではないしのう)
同じ人間が毎度毎度召喚しようとしてくる。しつこい。
そう思って呼びかけを無視し続けていたが、召喚要請は止まらない。
仕方なく召喚に応じたら、オリバたちから『せんせーを返せ』と猛抗議されてしまった。
半年かけて召喚したのに出てこなかったことも含めて、だ。
そこではじめて、リディアが幻獣界に囚われていると知って。
女性好きの幻獣王へ久しぶりにお灸を据えることを決めた。
—— —— ——
(この子たちとラムウは問題なさそうだね)
オリバたちは、いずれラムウから契約を持ちかけてもらえるだろう。
もっとも、『いつ?』と聞かれても、どう答えていいかわからないけれど。
「ひい、ふう、みい………今日も4人しかおらぬな」
「召喚出来るの、こんだけしかいねーって前に言ったぞ」
オリバが自身の悪友ふたりとベスを見せびらかすように、ひらひら手を振った。
—— —— ——
ミストの黒魔法講座は週に5日、多目的室で行われている。
先月——10の月から、講座の週2日は二部制に変更された。
前半は、いつも通り黒魔法の授業。
後半は、それと並行して、リディアが一部の生徒向けに屋外で授業を行うようになった。
屋外での授業は、生徒がひとりずつ幻獣を召喚。親交を深めることに費やされる。
リディアの仕事は監督業。幻獣と子どもの仲が険悪にならぬように、間を取り持つことだ。
—— —— ——
屋外授業の生徒は、最低でもチョコボやシルフのどちらかをを召喚出来る者に限られている。
よって、現在はオリバと、チョコボと交流中のオリバの悪友ふたり。
そして、シルフと交流中のベス。この4人だけである。
「すまんのう。じじいはすぐ忘れるんじゃよ」
「そのうち生徒が増えて、たくさん呼ばれるようになるよ。その時はまたよろしくね」
「相分かった。そなたのたっての頼みじゃからのう」
ラムウは長いひげを撫でながら、笑みを見せた。
(あたしと契約してから、性格変わっちゃったのかな??)
リディアが契約するまで、ラムウは偏屈おじいちゃんだった。
ぎすぎすした交流を重ねて契約にこぎつけたのに。今では、すっかり好々爺。
それだけ彼が、悪ガキたちのことが大のお気に入りという証左でもある。
§
その後も、オリバとラムウが孫とおじいちゃんのような雑談を交わしているところを。
リディアと他の子どもたちが見守っていたら。
じりじりじり……!
突然、目覚まし時計の鐘が辺り一面に鳴り響いた。
足元に置いてあった目覚まし時計を、リディアがさっと拾い上げてボタンを押す。
途端に、やかましい音は止まった。
「時間じゃな」
「えー、もう終わりー??」
「幻獣は20分経ったら、嫌でも帰っちゃうっていつも言ってるじゃない……」
「ちぇー」
「また次ね」
(午後3時55分か……ちょうどいい時間だね)
不満げな表情を見せるオリバと話しながら、現在の時刻を確かめると、時計をまた地面に置いた。
「それじゃあ、ラムウ。今日もありが」
「——リディアよ」
「なぁに?」
「帰る前に、ひとつ朗報じゃよ」
大きな石に腰掛けていたラムウが、杖の先で地面をひと叩き。
自身の身体を宙に浮かせながら、にんまり笑んでリディアにこう言った。
「ようやく夫婦喧嘩が終わったぞ」
「っ、ふたりともお怪我は!?」
「ちいとも。幻獣王の部屋がめちゃめちゃになっただけじゃ」
「あぁ……よかった……!」
「これからアスラが順に住民の説得に入る。いや、もう始まっとるかのう……?』
「それが終わったら、せんせーそっちに入れるんだね!」
「いつになるかははっきり言えんがな。わしもアスラを手伝おうと思っとる」
「うん、待ってる。教えてくれてありがとう」
リディアは上空を見上げながら、ラムウにお礼を言った。
以前よりラムウから、逐一幻獣界の現状を教えてもらっていたけれど。
吉兆と呼べるものは、これがはじめてであった。
人として生きさせたいアスラ。自分たちの眷属に迎えたいリヴァイアサンたち。
リディアの生き方を巡り、幻獣界で長く続いていた対立が終わりを迎えて。
地上との往来が再び可能になる日に一歩近付いた。
「ねー、けんかって殴り合い??」
「いやいや、水と聖。力と力のぶつかり合いじゃ」
「……ぴんとこねーな」
「相性いいとも、悪いとも言えないね」
「部屋びっしょびしょじゃん」
「大丈夫じゃよ。他の住民がちょちょいのちょいで直……!』
ラムウがご機嫌よく悪ガキたちと話していたが、突然表情を硬くさせて言葉を切った。
「じじい、どーした?」
「……そこに誰かおるぞ」
「えー?」
「気配がだだ漏れじゃ」
ラムウが自身の杖で指し示した方向へ、みな一斉に視線を向けると。
木陰から人影がにゅっと現れた。
「さすが幻獣だな。バレちまった……」
「パロム!?」
ひとりの少年が悔しそうな表情でぼやきながら、こちらに近付いてきた。
実はこの少年、リディアの古くからの友人であった。
「なんじゃ、そなたは」
「俺? 俺は天才黒魔導士パロム様!」
(確かに天才だけど、自分で自分のこと天才ってよく言えるなぁ)
閉口するリディアや、あ然とする子どもたちをよそに。
パロムが自信満々気な表情で、胸元を親指でびしっと指して自己紹介してから。
ラムウが浮かぶ真下に移動して、上空を見上げながらこう言った。
「あんたに頼みがあってさ」
「頼み? なんじゃ」
「人間が幻獣界に入れるようになったら、俺を弟子にしてくれよ」
「ちょっと!! まだそんなこと言ってるの!?」
「当たり前だろ。俺の悲願なんだよ」
「ポロムもミンウさまも、お許しになってないでしょ」
パロムの幻獣界への飛び込み志願は、これで2回目である。
—— —— ——
前回は、2年前。リディアが幻獣界に幽閉される直前だった。
『俺を幻獣界に連れてってくれよ!』
授業中にパロムが突然現れて、リディアにそうせがんできた。
黒魔法の指導者として成長するまで、パロムはミシディアから出さない。
そんなミンウの意向を裏切る訳にはいかない。
授業の邪魔をされたこともあって、即座にお断りしたら。パロムは逆ギレして姿を消した。
—— —— ——
パロムとは、約2年ぶりの再会である。
しかし、リディアは『ついこないだ会ったばかり』という感覚だ。
「こっちじゃ、俺のやることねーもん。幻獣界で水や風魔法覚えてーんだよ」
「弟子入りいーなー」
「なんかずるくね?」
「まずはチョコボ召喚からスタートだろ」
「そーそー、チョコボと仲良くしてからだよー」
ラムウへの師事を目論むパロムに、オリバたちが文句をぶうぶう言う。
年数をかけて、召喚士の道を歩んでいるオリバたちからしてみれば。
突然現れた若者が、幻獣に弟子入りして召喚術を習得しようとしたら面白くないだろう。
いくらその人物が天才黒魔導士と世界で名を馳せていても、だ。
「がたがたうるせえな!——ぬるい授業受けてる、おまえらと一緒にすんじゃねーよ!」
「!?」
パロムが悪ガキたちに怒鳴りながら言った言葉に、耳を疑う。
なぜなら、子どもたちやリディアの授業をばかにしているようなものだから。
「アドニスと……そっくり……」
ベスのつぶやきは実に言い得て妙だ。
今のパロムは、自身を特別な人間だと思っている節が見られる。
(これじゃ、ポロムやミンウさまが怒ってもしょうがないよ)
ミンウやポロムは、パロムのやや傲慢な気質を案じて、ミシディア内に留めているようだ。
「っ、いい加減にしなさい。パロムもまだ子ど」
「——気にいらんっ!」
「えっ!?」
パロムに怒鳴ろうとしたリディアを、ラムウが重苦しい声で遮ると。
厳しい表情でパロムを上空から見下ろしながら、こう告げた。
「そなたを弟子にする気はない」
「あっそ。だったら、他の奴に」
「——無駄じゃ。そなたのような者など誰も弟子にとらん。それ以前に契約もせんわ」
「っ、マジかよ……」
ラムウに厳しい宣告を下されて、パロムが呆然としたような表情で立ち尽くす。
(これじゃ、召喚士にはなれないよ)
召喚士どころか、下手をすれば幻獣界のブラックリスト入り。
人間の出入りが再び可能になっても、パロムは入れてもらえないかもしれない。
心を入れ替えて、やっとワンチャンスもらえるかどうか。
「いいこと言うじゃん!」
「じじい。かっこいー!!」
「おとこまえー!」
パロムに一矢報いてくれたからだろう。
オリバたちが、やんややんやとラムウをはやし立てる。
「おぉおぉ、ようわかっとるのう」
ラムウも和らいだ表情で、オリバたちに手を振り返している。
「と、言う訳で。——わしゃ、もう帰る」
「ありがとう、ラムウ。またお願いね」
「みなの者……さらばじゃ」
「じじい、ばいばーい」
「またなー」
「……」
弟子入りどころか、幻獣界から拒絶同然の扱いをされて、放心状態のパロムをよそに。
ラムウは別れの挨拶を告げると、ぱっと姿を消した。
「……ちっくしょうっ! 俺のどこが、だめだってんだよっ!」
ラムウが、自身とリディアたちとで露骨に態度が違う。
それにむしゃくしゃしたのだろう。大きな声で叫んだパロムの背後にリディアは忍び寄る。
「——そういうとこだよっ!」
「痛い痛い痛いっ! 引っ張んなってっ!!」
パロムの後頭部から垂れる長い三つ編みの先っちょを、力強く引っ張ってすぐ離した。
シメる時はそれぐらいやってもいい。事前に姉——ポロムからそんなお許しをもらっていた。
「またミシディアから逃げてきて!」
「……知らねーなぁー」
「気がついたら、どこにもいないって、ポロム困ってた!」
「ちっ……! あいつ、余計なことしかしねーな」
「ポロムが何もしなくても、パロムの逃げ癖は有名なんだよ」
パロムは頻繁にミシディアを抜け出し、ミンウやポロムを困らせている。
数年前から魔導士界隈で、そんな話がすっかり有名になっている。
(エッジの若い時もこんな感じ……ううん、違うかも)
エッジはオリバたちに、あんなひどいこと言わない。
反抗期特有のとげとげしさゆえか。生来の気質かどうかはわからないけれど。
他者への情の厚さというものが、今のパロムからは感じられない。
「なー、せんせー」
「何よ」
「このにーちゃん。せんせーがいなくなる前に、ここきてたよな」
「せんせーのダチ?」
「うん、一応ね……」
「おい、待てよ! 一応じゃねえだろ!?」
「ふんっ!」
リディアは顔をパロムの反対側にぷいっとそむけた。
『あんたなんか知らない!』と言われないだけマシだと思って欲しい。
ところが、リディアのそんな意を知ってか知らずか。
悪ガキたちが揃いも揃ってにやにや笑い出す。
「もしかして、せんせー……」
「このにーちゃんと、浮気してんじゃねーの!?」
「ど、どうしてそうなるの!?」
「だっ、誰がリディアなんかと!」
悪ガキたちからの質問を、リディアとパロムはほぼ同時に否定した。
一体どこをどう見たら、自分たちがそういった関係になるのか。
「おい! 今度ツクヨミがきたらチクってやろうぜ!」
「!?」
リディアとパロムが否定したにもかかわらず。
オリバが他のふたりに、ツクヨミへの密告をそそのかしている。
「いーねー、それ」
「あいつぜってー怒るぞ!」
「しゅらば見たーい!」
「たのしそー!」
「ちょっとやめてよっ!!」
底意地の悪い笑みを浮かべるオリバたちを、リディアは慌てて止めた。
もし、ツクヨミに知られたら厄介なことになる。
「なあなあ」
「なーにー?」
「リディア、付き合ってる奴いんの?」
パロムの質問を聞いて、まるでこの世の終わりを迎えたような絶望感を感じた。
(あぁ、終わったぁ……)
恋人がいることを、仲間の誰にも報告していなかったのに。
よりにもよって、一番知られたくない人物に最初に知られてしまった。
「いるよ?」
「マジか!! どんな奴だ?」
「お面かぶってるけど、声はめちゃめちゃイケメン」
「へー……ってことは、エブラーナの奴だな」
「そーそー。背ェ高くて足長くてー」
「顔以外は、いー男だよな」
「きざで、いけすかねえけど」
なー、と口にしながら、互いの顔を見合わせるオリバたちをよそに。
パロムがリディアのそばにやってきた。
「おまえ、そいつの素顔見たことあんの?」
「うん、口元だけなら」
「な、くち……?」
「上半分しかないお面かぶってるから、そこだけがら空きなんだよー」
「顔も知らね-のに付き合ってんのか!?」
「口開けとかなきゃ、ちゅー出来ねえし」
「お面にちゅーしても、意味ないしね」
「違うっ!! 普通のお面じゃ、ごはん食べられないからっ!!」
悪ガキたちに向かって、リディアは大声で怒鳴った。
どうしてこうも、子どもはちゅーちゅーちゅーちゅーうるさいのだろう。
「えー?」
「その時だけ外したらいいじゃん」
「いちいち外すの面倒じゃない。だから半面に変えてくれたの」
「だから、なんでお面ありきなんだよ!? はがして顔確認しろよ!」
「いいのっ! パロムに関係ないでしょっ!」
リディアはパロムの反論に真っ向から立ち向かう。
リディアはあの狐面そのものを、もはや顔として認識している。
だから、ツクヨミのお面を外そうと思ったことが一度もない。
正体を知った今も、それは変わらない。
「それ、表向きの理由じゃないの?」
「本当はちゅーするからだって、はっきり言えばいいのにさー」
「っ、違うもん……」
「せんせー、顔赤いよー」
「照れてる照れてる」
「本当は、それ以上のことやってんじゃねーの?」
「おいおいオリバー。野暮なこと聞いてやるなよ」
「ううっ……!!」
オリバたちにからかわれて、唇をぐっと噛む。
(あーあ……あの時、キスしておけばよかった……)
勝手なことを言ってくれるものだが、現実は子どもたちの推測とは程遠い。
リディアとツクヨミは、至って健全な関係でしかないし。
幻獣界から戻ってきた朝を最後に、ツクヨミは手の甲への口付けを仕掛けてもこなくなった。
「なんか、おもしろそうだな……! 今度、エブラーナにそいつの顔を拝みにいくとすっか」
「!?」
聞き捨てならないパロムの言葉に、彼や子どもたちをぎっとにらんだ。
「きょ、今日の授業はもう終わりっ! みんな早くおうち帰んなさい!」
パロムたちに向かって、手をぶんぶん振って帰宅を促す。
(これだからパロムに知られたくなかったのに……!)
パロムは、知り合いの色恋やトラブルに首を突っ込みたがる。いわゆる、野次馬根性の持ち主。
悪ガキたちもそれに近い。
これ以上、彼らに付き合っていたら、こちらの精神が保たない。
「えー、なんでー」
「せんせーの恋バナ聞きてーのに」
「いいから! 早くっ!」
「……先生……先生」
帰れと言われて、悪ガキたちが素直に帰る訳もなく。
それでも必死で帰宅を促していると、ベスに見えないケープを引っ張られていた。
「あ、ごめんね。ユノと入口で待っててくれる?」
「……あっちみて」
「え?……うそぉっ!?」
ベスが指で指し示した方向に視線を向けた途端。リディアは驚きの声を上げた。
なぜなら、視線の先にある木陰に、既視感のある黒い人物がもたれていたから。
『こんにちは、リディアさま』
「……こ、こんにちは」
噂をすればなんとやら。黒い人物——ツクヨミが、こちらに近付いてきた。
「うわぁ、マジでミストきた!」
「偶然って怖えー!」
予想していなかったのだろう。オリバたちもさすがに、顔を引きつらせている。
「い、今来たばかりだよね?」
『いいえ。ここに来た時、ベスさんがシルフを召喚しておりました』
「それ、1時間ぐらい前だぜ!?」
「このにーちゃんより、先にいたの?」
『ええ。そうですよ』
「じじい気付いてなかったぞ?」
『気配を消していましたからね。——そこの方と違って』
「ぐっ……!」
ツクヨミがパロムの方を向きながら。最後の部分だけ取って付けたように、嫌味ったらしく言った。
未熟者だと言われたようなものだ。パロムが悔しそうな表情で歯ぎしりしている。
「おいオリバ」
「なんだ?」
「これってさ、ガチのマジでしゅらばじゃね!?」
「……おもしろそー」
悪友の『しゅらば』という言葉に、オリバがあくどい笑みを浮かべた。
ツクヨミとパロムが戦うのを見たくてたまらず、舌なめずりしているように見える。
『——あなたたち』
「っ!」
「ひっ……」
「はい……」
オリバたちが、ツクヨミの威圧に押されたのか。
先ほどまでと打って変わって、神妙な面持ちで返事をしている。
『先生がお困りです。——早くお家に帰りなさい』
「……オリバ、どーする」
「敵に回すとやべー……帰るぜっ」
「じゃーな、せんせー」
「しゅらば、がんばってねー」
「また休み明けー」
オリバたちはツクヨミの圧に負けて、この場からの撤退を決めるやいなや。
余計な一言を残して、駆け足で裏庭から去っていった。
(ツクヨミさん、うらやましい)
オリバたちは、リディアの言うことをろくに聞かないのに。
なぜ、ツクヨミ相手にはああも従順なのだろう。
「ほらパロムも」
「何だよ」
「わたしたちもおうちに帰るから、パロムも早くミシディアに帰るの」
(帰ったら、ミンウさまやポロムにお灸を据えてもらってちょうだい!)
リディアがしっしと手を振って、ひとり残ったパロムに再度帰宅を促した。
「俺はここの生徒じゃねーぞ? 関係ねーだろ」
「う……!」
「ここに来たのも、リディアと会うのも。久しぶりだしなっ!」
「ああっ、ちょっと!」
リディアの話をちっとも聞かず、パロムがツクヨミのそばに近付いた。
『……』
「へー。あんたがリディアの彼氏かー」
パロムが、ツクヨミの周りをちょこまか動きながら。頭からつま先へ、前から背後へ。
まるで品定めをするかのようにじろじろ見ている。
『……リディアさまに、軽々しい口を叩くとは。何者ですか』
「俺はリディアと『10』年来のダチ」
先ほどの仕返しとばかりに、パロムが勝ち誇ったような表情で。
自己紹介ついでに、リディアと出会ってからの年数をアピールした。
『じゅう……』
「あれ? あんた、セシルと声そっくりだな」
『そう……ですか……』
ツクヨミは、10という数字をぽつりと口にしたっきり。
それ以上、何を言われてもろくに返事をしなくなった。
「ま、いいや。その頃から、リディアは色っぺー女だったぜー?」
「ばっ、ばか!! そのときあんた7つでしょ!?」
リディアとの付き合いは長いですアピールを続けるパロムに。
リディアはかあぁっと顔を赤らめさせながら怒った。
(女の人が色っぽいかどうか、子どもが判断出来る訳ないでしょ!)
アピールするのは勝手だが、その内容はどうなのだ。
「あれー? あんた、もしかしてさ」
ところが、パロムはリディアの訴えをまたもや無視。
意地悪そうな顔でツクヨミに声をかけると、続けてこう言った。
「リディアが男のダチとしゃべっただけで、嫉妬してんのかぁ!?」
『……』
パロムが煽るようにたずねても、ツクヨミは何も答えない。
「だっせぇ奴だな! いい年した大人なら余裕ぶっこいてみろよ!!」
(そういう演技してるの!!)
無言を肯定と勝手に受け取り、パロムが腹を抱えてツクヨミをあざ笑う。
「パロム!! いい加減ミシ」
『——黙りなさい』
パロムに喝を入れようとしたら。ツクヨミの低くどすの利いたような声に遮られた。
「うわっ!?」
(まだ手袋してる!!)
ツクヨミが指ぬき手袋に覆われた右手で、パロムの胸倉をつかむ。
すると、地面に足先がつかないくらいまで身体を持ち上げた。
「ちょ、こら! 離せよっ!!」
パロムが抵抗とばかりに足をばたつかせているが、全て空振っている。
『普段は見逃すのですが、リディアさまを困らせたとなれば話は別です』
「……へえ? 俺をぶっ刺すのか」
『そんなこといたしません』
「だったら、さっさと俺を投げ飛ばしたらどうだ?」
『そうですね』
「そん時は、ろくな忍者いねーって、エッジに文句言ってやっからさ」
(そのひとが、エッジなんだけど……)
背を向けているため、リディアからはツクヨミの顔が見えない。
それでも彼が、煽るパロムにとても怒っているのはわかった。
『リディアさまのためなら、それぐらいどうってことはありませんよ……っ!!』
「なんだよ。威嚇で俺がびびると思っ……ぅ、っ!?」
意気軒昂に振る舞っていたパロムが、突然言葉を切った。
どうやらツクヨミが殺気を飛ばし始めたようだ。
『……!』
「く、っ……」
パロムの顔がみるみるうちに青ざめていく。
普通の人なら既に気絶しているが、パロムも相当な実力者。歯を食いしばって耐えている。
「ツクヨミさん、もうやめ」
「——先生だめっ……!」
ツクヨミを止めに入るため、リディアは駆け出そうとしたが。
寸前のところで、ベスに身体をつかまれてしまった。
「離してベス! あのままじゃ……」
「いやっ……!」
「どうしてっ?」
「こ、ここから動くと……先生も……巻き込まれちゃう……」
「!」
ベスの言葉に従い、リディアは身体の力を緩ませた。
近付けば、殺気にやられる。感受性の鋭い彼女がそう言うのだから、間違いない。
「っ、くっ……!」
『リディアさまが悲しまれるので、やめにしておきます』
「っ、あぁっ!!」
ツクヨミに投げ飛ばされて、パロムが地面に叩きつけられた。
起き上がれず、その場に横たわる少年のそばにツクヨミが近付き、こう言った。
『早くここから退散しなさい』
「くそっ……エッジに訴えてやるからなっ!」
パロムがおもむろに上体を起こしてから。
ツクヨミを憎々しげに、にらみつけながら大声で叫んだ。
『お館様も不良少年など相手にしないと思いますけれど。それでもよければ、いくらでもどうぞ』
「っ、ガキ扱いしやがって……! てめえ、本当はおっさんかじじいだろ!!」
子ども扱いされたからか。今すぐ飛びかかろうとするぐらい。
怒りを露わにするパロムに向かって、ツクヨミがふっと鼻で笑った。
『ばかなことを……僕はリディアさまと同い年ですよ?』
「うそつけっ! 若作りしてるに決まってんだ!」
「うそじゃないよ! わたしたち同い年!」
「おまえ……こいつにだまされてんだよ! 目ェ覚ませっ!」
「だまされてないもん!」
「自称同い年かもしれねーって、ちったあ疑えよ!」
「疑わないよ! わたし、ツクヨミさんのこと信じてるもん!」
リディアは顔を真っ赤にしながら、ツクヨミをかばい続けた。
パロムは、ツクヨミの正体を暴きたがっているようだが、絶対にさせない。
もし正体をばらされたら、ツクヨミは間違いなく消える。
またリディアの前から……『エッジ』が逃げてしまう。
「くそっ! こんな男に骨抜きにされちまって……」
「ツクヨミさん訴えたら。あたし、パロムが好き勝手して授業めちゃくちゃにしたって証言するから!」
「ちっ……」
リディアの熱意に負けたのか、パロムが舌打ちして立ち上がると。
ツクヨミをびしっと指さしてこう叫んだ。
「てめえの化けの面、いつかぜってーはがしてやるからなっ!」
『そうですか。どうぞがんばってください』
「覚えとけよっ!」
悪人さながらの捨て台詞を吐いて、パロムは裏庭から去っていった。
その後、彼がミシディアにまっすぐ帰ったのかどうか。リディアたちには知る由もない……。
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