アダルトMOD入ってるせいで超やりにきぃ 作:姫鼠まりあ
ノズヴェルガーは自身が非常に特異な位置にいる奴隷商人であると自覚している。
同じ奴隷市場に肩を並べる者達と違い、仕入れの相手が全てどこぞの国のお偉方。あるいは権力者。もしくは資産家。
自身の扱う奴隷はどれもが──カモフラージュも混ぜてはいるが──何かしらの厄介ごとの種を秘めており、故にこそ買い手を見極める必要がある。
そも。
奴隷制度のある国は大陸全土を見渡しても少ない。いいや、正確な言い回しを使うべきだ。
しっかりとした奴隷制度がある国は、帝国以外には二、三しかないことをノズヴェルガーは知っている。
他の国の奴隷は──ルールもマナーもない、なんでもありの奴隷であると。
奴隷であっても勝手に殺してはいけない。奴隷であっても最低限の生活は保障しなければならない。
公の場で奴隷を辱めれば主人に嫌悪が向くし、奴隷とされている者に傷があればこれもまた同じ。奴隷制度の存在は認めつつも、決して奴隷を下には見ていない──それが帝国だ。
と。
少なくともノズヴェルガーはそう思っている。他の奴隷商人と話し合ったことはないので彼ら彼女らがどういう考えを持っているかはわからないが。
「というわけでね、あっしはある程度の治癒スキルや護身術を使えるわけでして。旦那さんがあっしに感じたのはそういう点なんじゃねぇかって」
「ああいいよ、そういうことにしてやるからそんな必死に言い訳しなくて。別に秘すべきことがある仲だとしても、友人にはなれるだろう?」
「……ええ、んじゃあ、ありがたく」
こつんと陶器のグラスを当てて、乾杯。
ここはノズヴェルガーと旦那さん──ヴェルグしかいない部屋。盗み聞きも絶対にない場だという。
「それで、ホントの用事ってのはなんなんですかい? まさか旦那さん、あっしなんかと酒を飲みに来ただけ、ってことはありませんでしょうに」
「そのまさかなんだなぁこれが。いやさ、ウチのも酒を嗜むやつはいるんだよ。ツバナとかメアリーとか。でも弱いんだわ。特にツバナとか、鬼の癖に一升で酔いつぶれやがる。深い話なんぞできやしねえ」
「種族差別はいただけやせんよ旦那。鬼にも酒に弱いのはいましょうや」
「そうかぁ? だって妖狐に酒の弱い奴はいねぇだろ」
言われ、故郷を思い返せば。
……という沈黙がノズヴェルガーの脳裏に流れる。
「確かにそうかもしれません……まぁ鬼は鬼、狐は狐でさぁ。いいじゃありませんか、鬼にも酒に弱い奴がいると知れたのは、大きな情報かもしれませんよ?」
「たとえば鬼退治に酒を使って酔い潰してその寝首を、ってか」
「旦那さんがそんな搦め手を使う機会が来るとは思えませんが」
「違いない」
何が面白かったのかはわからないが、ヴェルグはクク、と小さく笑う。
乾杯した酒を飲まないのも悪い。だからノズヴェルガーはその陶器瓶を一献呷り──思わず「おお」という声を漏らした。
「こりゃあ美味い。……旦那さん、なんですかいこれは」
「
「ああいや、旦那さんの口から魔物を殺した、なんて話が出るとは思いませんで。その貴重そうな酒にも驚きやしやしたが、そうか、旦那さんはコトがある前は」
「ああ。これでもかってくらい魔物を狩ってたよ。殺しまくってた。総数は……確かリザルトの、えーと? 2695万……らしい。ま、この数字はもう増えないと思うがね」
商人だからこそ想像のつく数字に冷や汗を流しながら、けれどそんな彼の身に遭ったと思われる事件を思い浮かべる。
ヴェルグ。フレースヴェルグの遭遇した、一年前のあの件を。
「すまんすまん、酒の席に出す話じゃなかった。そうだな、明るい話……冒険の話でもするか?」
「冒険、ですかい?」
「ああ。一応俺は全世界を巡ってきてるのさ。行ったことの無い場所はない。ああいや、誰かの家の中とか言われたらそりゃ無理だが」
「全、世界……。そりゃまた、スケールのでけぇ話ですね」
「そうだな。だが、周る価値のある世界だった。いろんなものをみて、いろんなところで感動を味わった。苦い思いをしたことも勿論あるが、俺に取っちゃこの世界は美しいと評価できるモンになってる」
「そりゃ、なんだか安心しましたよ。んじゃ聞いちまいましょうかね。ずばり、どこが一番きれいでした? 街並みでも景色でもいい、絶景でも秘境でもいい。あっしに聞かせてくれやしませんかね」
「一番きれいだった場所、ってのは決められないが、一番好きなのはコールドスウォームだな。知ってるか?」
「ああ、魔族大陸にあるっていう極寒の山。……旦那さん、またすんげぇ所を出しますね」
聞いたことがある程度ではあるが、ノズヴェルガーの知っている場所だった。
あらゆるものが凍り付く山。魔物も魔族も凍り付き、自然も何もかも──時間さえも凍ったとされる場所。足を踏み入れたその瞬間から足が凍り、出てくる頃には氷漬け。そんな場所だ。
そこの風景を、酒も入っているのだろうが、楽しそうに語るヴェルグ。
「凍ったまま飛んでいる鳥を見たことがあるか? その鳥の周囲の空間も凍っていて、だからあれらは凍っているのに地面に落ちない」
「そりゃまた不思議なことですね。んじゃその鳥はいつその山に近づいたんでしょう。少なくともそこに来るまでには飛んでなきゃいけないはずなのに」
「ああ、そりゃコールドスウォームが形成された経緯について話さにゃならん。……っと、お前の開示権限幾つだっけ?」
「いやぁ、旦那さん。やめてくださいよ、酒の席で仕事の話は。ああなんですか、コールドスウォームの形成経緯ってのはそんな機密情報なんですかい」
「最上位だから……ま、無理か」
「いやね、聞いたあっしが悪いのもそうですけど、出す情報は選んでくだせえや。あぶねえあぶねえ、首の皮一枚って奴ですよ。酒が入ってても口を割らねえのは流石ですけどね」
無論、そうでなければ開示権限など与えらえないが。
階位が高ければ高いほど、どんな状況においても口を割らない者である証拠なのだから。
「……ふむ。じゃあ女の話をするか」
「あっしは一応既婚者でっせ。故郷に嫁がいます」
「ほぉー? どんな奴だ? どこが可愛い。どこに惚れた?」
「惚れたのは気骨ですねぇ。前も話した通り、あっしは妖狐としちゃ異端。そんなあっしを"そのままでいい"と認めてくれた奴でして。可愛いさ……というよりはカッコよさにあっしが惚れちまった感じでさぁ」
「おいおい、そんないい嫁がいてなんで出稼ぎ来てんだよお前。北の孤島で爪弾きになったって経緯は知ってるが、んなこと知るかって居座ってりゃ良かったのに。あるいはその嫁も帝国へ呼んだりは」
「いやぁ、あっしもそれを考えて、帝国に一度呼んだことがあるんでさ。んで、あっしの今の仕事を見せたらこりゃもうカンカンで! そりゃそうだ、あっしの故郷には奴隷制度なんてねぇし、裸の女を飾っておくなんて言語道断。この仕事辞めるまで帰ってくるなと言われちまいまして」
「あー。そりゃご愁傷様だ。が、そこで離婚を言い出さねえあたり良い女だな」
「ええ、あっしには過分な、良い女です。……で、旦那さんは?」
酒が美味いので話が進む。身の上話など話したのはいつぶりか。ノズヴェルガーはヴェルグの歳も聞いているからだろう、段々と旧友と話すような心持ちになっていく。
「俺はなぁ、特定の女を幸せにすんのも、大勢の女を均等に愛すのも、どっちも向いてねえんだわ。できねえことは言わねえ、って主義を掲げてはいるものの、他は完全な適当人間。惚れた腫れたが自分に向けば、すぐに矛先を逸らそうとする最低野郎さ」
「旦那さん程の人なら良い女は勝手に集まってきそうなもんですがねぇ」
「釣り合わない……っていうと語弊があるけどな。可哀想だろ、相手は本気で愛してくれてんのに、俺は一切の興味を向けられない、なんてさ。勿論俺にだって顔の好みや性格の好みはある。つかこの前売ってくれたグレイスが一番勃った。だが──」
遠い目で。
ヴェルグは、また酒を呷る。
「そこにいるべき奴は、そこにいるべき、ってのが持論でな。もし俺に春が来るんだとしたら、それは俺に必要な奴なんだろうよ。だが、果たして俺に必要な奴ってのは、どんな奴なのかねぇ」
「……いいじゃありやせんか、旦那さん。アンタのそれはまだ可能性があるってことだ。少なくとも誰も彼も、絶対に嫁に取らねえって公言してるわけじゃねえんでしょ?」
「ああ。仲間にも友人にも奴隷にも、そうは言ってないな」
「ひひひ、んじゃあ旦那さん。アンタはいつか必要な女に巡り合えまっせ。なんせ人ってのは誰かを必要とし続けるもんだ。旦那さんは今色んな奴に必要とされてるから気付けねえでしょうけど、実は案外近くに"必要"ってのはいるもんで」
「流石、命より人情を重視する商人、ってか?」
「ええ、これがあっしの売りでさぁ」
夜は更けていく。
この後もノズヴェルガーとヴェルグは「良い女談義」や「猥談」に手を伸ばし、酒を呷って仲を深める。
秘すことは秘したまま、手を取り合える友人として。
彼女、シーファは怒っていた。
魔素が漏れない体であり、種族階位も上がり、その際のやり取りで「ヴェルグには絶対に手を出したくない」ということを伝えた──というのに、あのクソ野郎は一切手を出してこないのだ。
メアリーからマウントを取られた際に聞いた、ヴェルグのサディスティックな要素。それだ。それをこそシーファに発揮してほしいのに、折角身体も大きくなったのに、一切手を付けてこない。
これはそろそろ反乱を起こすべきなのでは。
シーファは決心した。
しかし、単純に抗議したところで通じるはずはないし、襲ったら返り討ちが関の山。また色情魔にさせられてツバナに迷惑をかけかねない。
だから仲間を得ることにした。
「あの、シーファさん、何度も言ってますが、私はその、そういう話題はあまり、好んでいなくてですね」
「でもアウラニちなら、従属の呪いを掻い潜って行動制限系のスキルかけられるよね!?」
「いえ、ですから」
まずはアウラニだ。
シーファは誰とでも仲が良いけれど、特にアウラニと仲が良い。何故ってシーファに敬意を持ってくれているから。ツバナとメアリーは最近シーファを雑に扱い過ぎる。彼女の扱い方がわかってきた、とはヴェルグ談だが、そしてそういう扱いも結構クるのだが、それはそれとして対等に話せる友達は欲しいもので。
アウラニに「生えている」という情報から一瞬罅割れかけた関係性も、アウラニの寛容さとシーファの諦めの良さで修復。
したかに思われた。
「この際です、シーファさん。言っておきます、が──」
「む! ふっふっふ、その程度の怒気と聖気! 種族階位の上がった私には全く」
「天使スキル、魂の鎖」
「のぉぉおおお!?」
どこからともなく現れた鎖がシーファを縛る。いいや、シーファの肉体を通り抜けて、よくわからないドコカを縛る。
それは初めて過ぎる感覚だった。快楽だったかもしれない。
「お、おぉ、おへぇ……?」
「確かに、この天使の、スキルは、従属の呪いを、掻い潜れます。ですが、シーファさん。私には」
「お……な、こ、おおぉ? み、身動ぎしようとするだけで、へへへ、ヘンなところが締め付けられ」
「ヴェルグさんを、害そうとか、どうにかしようとか、そういう気持ちは、一切ないので」
「た、魂って言ってた? まさかこれ魂の感触!? 新触感過ぎる……しかも魂に鎖が当たる感覚気持ちいい! なにこれ!」
「……天使スキル、調停」
がしゃん。
何かが下りる。具体的には檻っぽいものが。
「え……へ?」
「人の話は、聞きましょうね。しばらくそこで、反省しているように」
「え! あのこれアウラニち!? 何にも動けない……指一本動かせないんだけど! これ何!? どういう状況!?」
「私は、メアリーさんと、お買い物に、行ってきます」
「ほ、放置プレイするにしてもせめてナニかしてからにして! 何もできないだけはただただひたすらに苦痛だよ!? アウラニち──!!」
現実は非情である。
アウラニは部屋を離れた。戻ってくる気配はない。
「……ふっふっふ、私が魔族なのを忘れていたねアウラニち。こんなスキル、ちょっと魔素でどうにか……え、あれ! 魔素が操れない! 確かに出ない体質だけど、体内の魔素まで操れないのは聞いてない!」
「先ほどからうるさいぞシーファ。何しとるんじゃ。……半裸で尻を振って伏せ……? 男を誘うポーズとしてはまぁ最適じゃろうが、ここには生憎と女しかおらんぞ」
「叩いてほしいんじゃない? ふぁあ……もう一回寝てくる。あんまりうるさいようだったらシーファの口に何か詰めといて」
「あいわかった。いつもお疲れ様じゃよ、ケル」
「ん」
言われてようやく自身の姿勢を知る。
本当に何が起きたのかはわからないが、どうやらシーファは今尻を突き出した格好で且つ顔と両手を地面につけているような、そんな姿勢らしい。
「で?」
「いや、これはアウラニちが」
「アウラニはそのテの話が嫌いじゃ。こんな卑猥な格好を強制させるわけがないじゃろ。で、何をして欲しいのかはよ言え。暇つぶしにやってやらんこともない」
「え! ……え、え! それは……新境地かもしれない」
「あんまり騒ぐと布を噛ませるぞ」
「是非!!」
シーファはあんまり同性愛に興味がない。ただ、もの扱いしてくれるのであれば別に男女は関係ない。それが性的であればなおのこといい。
肉体の周りに仮初の肉体を纏っているようなシーファ。ゆえに耐久性の面ではこの家随一だ。ヴェルグを除いて。だから多少の無茶にも耐えられる。
たとえば。
「ツバナちさ、わ、私のお尻、叩いてみる気とか、ない?」
「ない。話は以上じゃな。私は行く」
「わー! わー!」
「うるさいと言うておるが」
「んむぐぅ」
布を丸めたものがシーファの口に詰め込まれる。実はシーファの声は外側の肉体ではなく内側の肉体から出ているのであんまり関係なかったりするのだが、ここは「んむぐぅ」になっていた方が良いと彼女は判断した。ちゃんと唾液も出るようにしてあるし。
「む、しかし困ったな。これでは何がしたかったか聞けぬ。……まぁ良いか。それじゃあの、シーファ。折角の休日じゃが、そこで大人しくしておれ」
「んむぅぅうう!?」
本当に行ってしまったツバナ。この家の住民は非情な者ばかりだとシーファは嘆く。
「──楽しそうですね、シーファ様」
「むっ、っぷ!?」
「ええ、アウラニ様と買い物に行っている最中ですよ。ただ私は幾らかの分け身のスキルを持っていまして。これもその一つでございます」
にんまり。
それはもうサディスティックな笑みのメアリーがシーファを覗き込んでいる。
「確かに残念、いえ勿体ないとは思っておりました。シーファ様という最大規模のマゾヒズムを持つ方がおられるというのに、この家にはそれを愉しめる方が少ない。唯一の希望のヴェルグ様はシーファ様にはあまり興味がない様子。──であればこのメアリー、一肌脱ぎましょう」
「……これは塞がれていない方の口で言う言葉だけど、メアリちって常識はある、よね?」
「無論です。守るかどうかは別として」
ひんやり。
今目の前にメアリーがいて、見降ろされているのに、シーファの尻になにかひんやりとしたものが当たる。それは彼女の菊穴をさすさすとさすり……ずるり、と中に入ってくる。
「ちょ、結構ヤバいスキルかもこれ! 痙攣も出来ない! 全部の感覚あるし喋れるのに生理反応が起きないよこれアウラニち!?」
「天使スキルですか。これは私も門外漢。……ふむふむ。お手上げですね。では続きを」
「そ──そもそもまず何!? これ! 私のお尻に入ってきてるの何!?」
「シーファ様はイッチースネークという魔物をご存じでしょうか」
「──やってることヤバ」
ぞっとする。
イッチースネーク。スネーク種の中でも比較的弱い魔物で、遭遇したとしてもあちらが逃げ出すような相手。
ただし彼らは彼らなりの自己防衛方法を身に着けていて、それが。
「ぅ──ぁ、ああ!?」
「おお、本当に痙攣すらしませんね。皮膚が粟立つこともないとは。天使スキル、中々」
「かゆい──かゆいかゆい痒い痒い! お腹の、お尻の中が痒い!!」
「ご安心くださいシーファ様。イッチースネークの痒みは半日ほどで収まります。──毒液から離れて半日後なので、体内にいる場合は……ふふふ、どうなるんでしょうね」
「か、掻いて! お願いメアリち! なんでもいい、棒で掻いて、これ死んじゃうこれ死んじゃう!」
「いいんですか? 今シーファ様のお尻に棒を突っ込むということは、中にするりと入ったイッチースネークも潰してしまうことに外なりません。そうなればその牙、その皮膚に溜まった原液である痒み毒が──」
「それでもいいから掻いてぇ!!」
にたぁ、と。
メアリーの口角が、弧を描くように上がる。
とても。
とても、ヴェルグには見せられない──ちゃんとした化け物の貌が。
じゃあお言葉に甘えて、とメアリーが火かき棒のようなものをシーファの尻に突っ込もうとした──その瞬間。
「うるさい」
「あ」
思いっきりドアを開けたケルの、その勢いで──メアリーがべちゃぁとなる。分け身である、というのは本当らしく、それらスキルに共通する弱点──衝撃に弱いがモロに出たのだ。
べちゃぁとなったメアリーは、最後に残った口で、衝撃の言葉を吐いた。
「ああ、シーファさん。そんなでもイッチースネークは魔物ですから、ご主人様の前でひり出したりしないように。ご主人様が気絶してしまいかねませんよ?」
そんなことを言って消えていくメアリー。
あとに残されたのは。
「ケルち、ケルち……一生のお願いがあります」
「なに」
「私のお尻に手を突っ込んで、イッチースネークを引っ張り出してください!」
「汚いから嫌。アサシンスキル:サイレンス」
「──!?」
アサシンスキル:サイレンス。
効果は沈黙……詠唱が必要なスキルや魔法を一時的に封じるスキル。そしてそれはそのまま声を出せなくなることと同義であり。
「──! ──、──! ──!」
シーファはアウラニが帰ってくるまでの間、割と真面目にエゲつない責め苦を味わったのだった。
なお、アウラニが帰ってきてすぐ彼女はシーファの惨状に気付き、イッチースネークを取り除き、痒み止めの効果を持つスキルを彼女へとかけ、シーファが「アウラニちのせいじゃないって!」とどれだけ言っても謝り倒すのをやめなかったから、「じゃ、じゃあ一回だけセックスしない?」と断られる前提で冗談を言ってみたら──「そう、ですね。それくらいのことを、私はしました」なんて──約束が交わせてしまって、逆に困り果てるシーファのその後については。
また今度語るとしよう。
アニスが突然の休暇申請を出し、故郷のエイルニルス公国へ帰ったのはつい先日の事。
そして数日後である今日、幾らかの怪我を負いながらも彼女は無事に帰ってきて、だからその祝杯を挙げた……のが先ほどのこと。
酒をそこまで嗜まないカラジェットは一人酒場を出て、夜風に当たる。
人はそれぞれ色々なことを抱えている。アニスもそうだし、ユナも何かやりたいことがある様子。
カラジェットより年上でありながらどこか子供っぽさの抜けないゴロンドにだって、何か郷愁めいた表情が見え隠れする。
だからこそカラジェットは、少しばかり皆が羨ましかった。
無いのだ。
カラジェットには、そう大した過去が無い。冒険者を志したのもなんとなくだし、人々を助けたいと思ったのもなんとなくだ。何か大きな決心や大望があってのことではない。
だから、この状態を強いて言葉で言い表すのなら。
「自信を失くしている……か?」
「っ……君は?」
「あぁ、すまねえな。アンタより自分ってもんを見抜けてなかった大馬鹿野郎だよ、俺は」
「……酔っているのか。こんなところで酔いつぶれていては危ない。家はわかるかい? 送っていくよ」
青い髪の男。
身長は高く、鍛えてはいるようだが、ギルド章の類はない。無論実力者の全てがギルドに所属しているわけではないが、生活費を賄う手段としては最も"らしい"ものであるのも事実だ。
特にスキルによってできることが限られるこの世界においては、使い方でどんなスキルも化かせる冒険者を志す者は少なくない。
「名前は?」
「……キンゾイ」
「そうかい。僕……私はカラジェット。この王都でイグニスというパーティを率いている。だから、というわけじゃないが、物盗りの類ではないと信頼してほしい」
「……はぁ」
一気に酒気が抜ける。
キンゾイと名乗った男は、どこまでも真面目なカラジェットに。
「すまん。揶揄った。……お噂の品行方正冒険者が本物なのかどうか、な」
「ああ、試されていただけなのか。ならよかった。酔いつぶれていたわけではないんだね」
「う、ぐぅぅう!」
「ど、どうしたんだい!?」
「やめてくれ……酔い潰れていたのは事実なんだ。俺は自分の馬鹿さ加減に、そしてようやく巡り合えたあの親子に、感情を取り戻してくれた彼女に……合わせる顔が無くて、八つ当たりにこんなことをやって……それでお前は、そんな、そんな……ぐあああああ!」
苦しむキンゾイ。
けれど何か病がある、とかではなさそうだとカラジェットは判断する。
これは。
「今はダメだ……良い奴を見ると心が苦しくなる……俺は結局善性気取りの歳食っただけのガキで、本物じゃなかったんだ……ぐぅぅぁあああ!」
「えっと……大丈夫かい?」
大丈夫ではなさそうだが、一応聞く。
ただ同時に大丈夫そうだな、とも思った。カラジェットには人を見る目がある。
「……聞いてくれるか、イグニスのリーダー」
「あ、ああ。私で良ければ。何でも話してくれ。それと、カラジェットで構わない」
「……告白されたんだ」
「う、うん?」
「告白されたんだ……グレイスに! 俺はそんなつもりはなかったんだ! ただ俺のクソどうでもいい倫理観にアイツを巻き込んじまったことに責任を感じて、ただそれだけを果たしたくて今までやってきたってだけなのに……子供と再会して、心を取り戻したグレイスが、開口一番なんて言ったと思う!? "あなたのおかげよ、キンゾイ"だぞ!? ──俺は恩を売りたくて彼女を助けたわけじゃない!」
怒っているのか泣いているのかはわからないが、とりあえず自身を責めていることだけは伝わった。
ので、カラジェットは正しい言葉を吐く。
「じゃあ君は、そのグレイスさんの想いは偽物だと、そう言うのかい?」
「……ッ!」
「君は……君の視点から見れば、確かに弱みに付け込むような形となってしまったのかもしれない。弱っている女性の味方をして、その目的を手助けし、見事叶えて見せた。けれど、君の自己満足で終わるはずだったこの話が、思いのほかグレイスさんの心を満たしてしまった。ゆえに彼女は君に求婚した。……どうかな、私の解釈は合っているだろうか」
「あ……ああ、怖いくらい、当たっている」
「なら君はまず、彼女の視点に立つべきだ。君は既に彼女の視点に立ったつもりでいるのかもしれない。だからこそ己を否定しているのかもしれない。だけど、そうじゃない。
「……」
カラジェットは──「君はグレイスさんに求められていることを忘れているよ」と続けようとして、言葉に詰まってしまった。
いつもならこのまま言葉をつづけられたのに。
どうしてか、出ない。
どうしてか。
「……自信を失くしているから、か?」
「っ……先ほどと、同じ言葉だね。……ああそうか、君は既にここまで辿り着いているのか。だから……あの言葉は私に言ったのではなく、自分を責める言葉なのか」
「……」
でも、やはりカラジェットにも刺さる言葉だった。
自信が無い。根拠がない。
己の行いは己にとっての善を基準にしているが、果たしてそれは、その結末にあるものはなんなのか。
アニスのように故国を想う心も、ゴロンドのように故郷へ馳せる想いも、ユナのようにまだ見ぬ世界へ懸ける願いも。
カラジェットには、何もないというのに。
「すまん、頼みがある。カラジェット」
「なにかな」
「酔ってる体で悪いんだがよ。試合ってもんをしてくれねえか。真剣なもんじゃなくていい、稽古をつける感覚で良い」
「……見えないだろうけれど、私にも酒が入っていてね。あまりいい結果を出せるとは思えないが」
「いや、いい。というかぶん殴ってくれたらそれで良いんだが、多分アンタそういうことできないだろ。元ご主人サマなら、何の躊躇もなくぶん殴ってくれてそうだが……自分から断ち切った縁だ。今更泣き言は言わないさ」
よくわからないが。
よくわからないなりに、カラジェットは理解した。
だから。
「これを」
アイテムボックスから木剣を二本取り出す。カラジェットが幼少の頃に使っていた、玩具にも等しい剣だ。
「こんな棒切れしか持ち合わせていないんだ。これでも良かったら、相手になるよ」
「──感謝する」
合図はない。膠着もない。
互いに酒に回った身で行う一本勝負。
カァン、と弾き飛ばされたのは──当然、キンゾイの剣。
そして、カラジェットはいつもならやらないことを敢行した。
そのまま、弾いたまま──木剣で止めを刺したのだ。それはつまり殴打したということだけど。
「……っ」
「酔いが醒めたのなら、今すぐにグレイスさんに会ってくるべきだ。彼女は今も寂しい夜を過ごしているはずだよ、キンゾイ君」
「……何から何まで、ありがたい」
そう言って夜の闇に消えていくキンゾイ。
普段ならやらない。無力化した相手に追い打ちなど、絶対にしない。
それでもやった。理由はわからない。わからないけど──。
「……悪い気がしないのは、何故だろうな」
「そりゃお前、良いことしたからだよ! ガハハハッ、カラジェット、お前いつも良いことした後にシケた面してんの見てらんなかったが、ようやく気付いたか!」
「お、わっ、ゴロンド!? いつの間に」
「私もいるぞ!」
「勿論私もいます!」
みんないた。
みんないて、みんな──なんだか生暖かい目をしていた。
「知らなかったかカラジェット! 良いことしたら、良い気分になれる。それが人間なんだよ。偽善だなんだと言ってくる奴はぶっ飛ばせ! 情報の取捨選択や裏どりは俺達がしっかりやってやる! お前さんが道を違えないようにな! だから――」
「毎回毎回、もうちょっと喜びな! カラジェット、アンタが遠慮がちだとこっちの酒まで不味くなる! なぁユナ!」
「は、はい! 今日ばかりは強く言わせていただきます! とても良いことをした後のはずなのに、どこか悔やんでいるような、苦々しく思っているようなカラジェットさんを見ると、お酒もお料理も進みません! 早く自覚して、早く私達と一緒に騒げるようになってください!」
「……ちょっと勝手すぎないか、みんな」
「おっと、カラジェット。まだ抵抗するか。──んじゃ今日はお前を酔わせ潰す。アニス、店に迷惑かけないように宿との直通路だけ頼むぞ」
「了解した! そして私はカラジェットを拘束する係をする! ゴロンド、飲ませると良い!!」
「逃げようとしても無駄ですからね! 私の持つ神官スキルの全てを使ってでもカラジェットさんを拘束します!」
よし。
カラジェットの判断は早かった。戦士スキル:神速を使い、その場から。
「しかし残念だ! 神速より私の空間圧縮の方が早い! 見誤ったなカラジェット! 確保!!」
「クッ、わかった、わかったから! 皆の話はわかったし、これから気を付けるから! これ以上の暴挙は──」
「いーや許さん。自信がないなら俺達がつけさせてやる。お前がどんだけすごいのかをお前の前で語ってやる。お前が羞恥に伏せようと、俺が吟遊詩人の如く歌に乗せてお前の英雄譚を語ってやる!」
「酒場の人たちにも事情を話せば、カラジェットさんがどれだけ凄くてどれだけ優しいかを語ってくれる人はいっぱいいると思います!」
「夜は長い! 諦めろカラジェット! 大人しく辱めを受けろ! 今後"自信を失くしている"なんて言わせないよう叩き直してやる!」
「いや言ったのは私ではなくキンゾイ君──」
「問答無用だ!!」
夜は更けていく。
声のでかい女と、酒が回り切っていつもよりテンションの高いドジっ娘、なんでもできると思い込んでいた弟分が落ち込んでいると知ってはりきりが止まらない年長者。
そして「己に帰ってくることを期待してやっているつもりはないが、善行とは帰ってくるものでは……?」と羞恥の海に沈んでいるまだ若き青年。
それと、ぶん殴られた頬を隠そうともせずに、ようやくいろんなことに向き合い始めた男と、彼を受け入れた女。
あと、折角再会できた母についてた金魚の糞をどうやって排除しようかと考える娘。
今日も今日とて王国は──騒がしい夜を過ごすのであった。
簡易登場人物紹介
ヴェルグ 三周目ステータスゴリ押しドライマン
ケル 元奴隷アサシン
リア 元奴隷現公姫
シーファ 実験対象兼奴隷兼バッファー(一応)
ツバナ 奴隷兼前衛(半人前)
メアリー 奴隷兼メイド
アウラニ 奴隷兼???
ノズヴェルガー 奴隷商人
カラジェット イグニスリーダー
アニス イグニス斥候
ユナ イグニス神官
ゴロンド イグニスタンク
キンゾイ 元奴隷
グレイス 元奴隷
ヴァネッサ 麻袋
ハルフィー 癒し
スイ 癒し寄り
ラムナザール四世 ポジティブ皇帝
皇妃(ミミカ) 元呪われ皇妃
ラクニシェル 公国騎士団長
スヴェロニカ 王国暗部
レジーナ・イングリディアナ 研究者
ドゥームス 魔素源王
ファントム 全裸包帯
リザ †真紅の幽姫†
スライム 哀れ