アダルトMOD入ってるせいで超やりにきぃ 作:姫鼠まりあ
一方その頃、である。
「これで良しね。さぁ、鏡を見て? どう? 自分でも本当に自分かわからないくらいでしょう?」
「……素晴らしいスキルです」
「口調。自らが粗暴であることを意識した方がいい。丁寧な言葉遣いから気品は漏れる」
「言葉選びも気を付けて。勿論しばらくは一人にはさせないけど、それでもどこかから、ということはあるから」
「ああ……わかった。あくまで"銀閃のカローライナが変装をしている"という思い込みで行く」
「名前もですよ。カローラ様」
「そうだった。私はカローラ。フレ……ヴェルグに買われた奴隷だが、使い道が無くて棄てられた女。そこを心優しきシーファ様に拾われ……」
「ああ、後半は、シーファさんの、悪ふざけなので、覚えなくて、いいですよ」
ヴェルグとマスカルウィンのいない拠点では、奴隷たちとケルがわいわいがやがやしていた。色々あったけどひとまとめに言うとわいわいがやがやだ。
みんなの輪の中心にいるのはカローライナ。彼女の正体は全員に知らされているけれど、口外厳禁であることも言い包められている。そしてそれに反対する者もいなかった。彼女の正体を知れば、どれほど無知な者でも火種であるとしか思えなかったから。
「でもギルド章はどうする気? 確かギルドって二重登録ダメだよね」
「いや、国が違えばいける。なんせする意味がないからな」
「へぇ。カローラちって金章冒険者だっけ?」
「ああそうだ。だが……果たして金章冒険者と白銀章冒険者の差が一つで良いのかどうか疑問に思うことはあるな」
「まぁアレは数に数えちゃダメだよ。ラムナザール四世より強いんだもん。もしもう一個上のランクがギルドから発行されたら、すぐにでも上り詰めるでしょ」
「ヴェルグはもうランク上げに拘って無さそうだけど」
「はいはい、今はヴェルグさんの話ではなく、カローラさんの話よ。今日やることは、カローラさんの冒険者登録と、帝国観光。私とケルは一緒に行く予定なんだけど、もう一人いてもいいかな、と思っているの」
「私はパスじゃ。気分が乗らぬ」
「私も遠慮いたします。家事炊事奴隷ですので」
となると。
「つまーり適任は私とアウラニちのどっちか!」
「アウラニがいい。シーファはうるさい」
「ぐはぁっ!?」
何もされていないのに後ろにぶっ飛ぶシーファ。誰も受け止めてはくれない。
では、パーティの完成だ。
パーティは四人が基本。少しばかり役職に偏りはあるけれど、戦うわけではないので良いのだろう。
「それじゃあ行ってくるから、お留守番よろしくね」
「夕方には帰る」
「はい、いってらっしゃいませ」
実を言うと、ケルやツゥの扱いをどうしようか迷っているのはヴェルグだけだったりする。
他の住民は皆同じ家に住む住民程度の扱いで、互いの距離感も然程近くないし、遠すぎもしない。特にケルは奴隷ではないけれど、「アイツはなんかツゥと一緒になって幸せそうだしあんま仕事振らんとこ」とか余計なこと考えてるヴェルグと違って、ちゃんと家事の手伝いや料理の手伝いをしている。
メアリーが来てから家の掃除をやらなくなったヴェルグとは大違いなのだ。
また、互いが互いにそれなりの事情を抱えていることを知っているから踏み込み過ぎないし、詮索もしない。唯一シーファだけがズカズカと懐に入り込んでくるけど、彼女も空気を読めないわけではないので本当に危ないラインを見定めた瞬間スッと立ち退く良い立ち回りを見せている。
この家に格差らしい格差はない。
余計なことを言って不和を起こしているのは今旅行中の大馬鹿野郎だけなのである。
さて、こういった経緯で作成された女子四人パーティ。
年齢でみるとカローラが一番年上の二十四歳。アウラニが二十一で、ケルとツゥは子供。
きゃぴきゃぴしていた。それはもう。
たとえ彼女たちの姿がアダルトMODを通さないとそれなりの筋骨隆々なアレソレであっても……あるとかは関係なしに、きゃぴきゃぴしていた。
ギルドに入ってすぐ、そこに入り浸っていた男たちが「うっ」となるくらいには。眩しくて消滅しかけた者もいたらしい。
「おや、ケルさんにツゥさんにアウラニさん。今日はお三方が依頼を?」
「いいえ、まずはこの子の冒険者登録をしたいの」
「また新しい方買ったんですかヴェルグさんは」
「ええ、そう」
「ホント好きものですよねぇ。……っとと、じゃあ手続き用の朱肉を持ってきますからね、ちょっとお待ちくださいね」
ギルドの冒険者登録は指紋で行う。
だからカローラとカローライナを結びつけることは容易……なのだが、わざわざ他国に保管されている冒険者の指紋を比較する者などいないし、況してや帝国と王国となるとギルドとしても連携を取りづらいようで、そこからバレることはほぼあり得ない。もしあり得たとしたら、その時はギルド内部に内通者がいたのだろう。諦めるしかない。
アサシン二人の変装技術で指紋を変える、ということも考えられたけれど、一か月でいなくなる"カローラ"のためにそこまで労力を割く必要はないと判断が下った。
何より第二王女はギルド登録をしていないのだから、銀閃のカローライナが変装して帝国に来ているだけ、で押し通せると。
「はいはーい、っと。あ、お嬢さんブラッドフライにアレルギーとかあったりしない? 大丈夫です?」
「問題ない」
「んじゃここに親指ぐーってつけてもらって、それをこっちのシールの裏にぐーってやってもらって、そそそ、そしたらこっちの洗浄液で赤いの取ってもらって。その間に私がこれをこうしてこーやってこーして、はい出来上がり!」
出来上がったのは、カローラからしてみれば昔懐かしの青銅章。
ルーキーの証。第二王女の身で始めた"冒険者ごっこ"は、けれどちゃんと実力でのし上がって金章まで行ったのだ。権力なんか一切使っていないその自信は、彼女を彼女たらしめるパーツの一つだった。
だからこそ、こうして新たなギルド章を身に着けることで、新たな自分を形成──。
「あ、渡しといてなんだけど、帝国じゃ青銅章はあんまり身に着けない方がいいかも。帝国ってね、実力主義でさ。ほら周り見て? みんな銀章冒険者ばっかりでしょ? たまに銅章つけてるのもいるけど、基本は銀章から見せびらかすみたいな悪習がねー」
「そうなのか」
「あ、でもヴェルグさんとこの奴隷だって公表するならつけてても大丈夫かも? 白銀章の庇護下にある人間にちょっかいかける奴はそうそういないだろうし」
「いや。……もう捨てられている。これは隠しておこうと思う」
「え゛。……ケルさんケルさん、なんか重め?」
「買ったくせに使えないと捨てたヴェルグの肩を持つか、買われたけれど何もできなかったカローラの背を押すか」
「カローラさん! 私応援してるから! 頑張って金賞……いや白銀章まで上り詰めてやれー!!」
「あ、ああ。ありがとう」
正直なところ、カローラは皆が言うヴェルグの「大馬鹿野郎なところ」をあんまり見ていない。騎士団長であった頃の優しさが彼から消えていることは彼女も痛感しているけれど、それでも最大限の譲歩をしてくれたと考えている。
魔物を殺せなくなった最強。仲間の全てを惨殺された騎士。一人、また一人と潰えて行く戦場で、最後の最後まで魔族相手に戦い続けた真なる戦士。
王女として生活をしていた頃は、国王である父親から「フレースヴェルグが如何に素晴らしい騎士か」をたくさん聞かされたし、遠目から彼を見た時に抱いた印象も同じものだった。
他の騎士たちと共に、平和である民草の様子に満足気な笑みを浮かべるフレースヴェルグ。自身の功績を誇ることも、立場を使って他者に圧をかけることもなく、ただひたすらに王国の平和を願い続けた男。
かつての彼の同僚たる騎士に話を聞けば、「口を開けば適当ばかり。言うことやることてんでバラバラ。……だってのに、誰よりも王国を大事に想ってて、誰よりも強い。だからあの人はみんなに好かれてたんだ」とか、「僕は団長が死んだとか失踪したとか、そういう噂は信じてません。あの人は本当に凄い人なんです。確かにおちゃらけた言動は目立ってたかもしれない。それが悪印象を与えてしまっていたかもしれない。けれど、彼は責務を放り出すような人じゃない。絶対……絶対、今もどこかで戦い続けているはずなんです」とか。
どうにも王国で聞いたフレースヴェルグ像と帝国におけるフレースヴェルグ……ヴェルグ像がかけ離れすぎていて、まだ像が重なっていないのだ。
「カローラ。大丈夫?」
「あ……ああ。問題ない。すまない、少し考え事に耽ってしまっていて」
「大丈夫です。慣れない、環境では、時折自身を、見つめ直すことも、大事ですから」
他の人よりゆっくり目に喋るアウラニ。その手に引かれてギルドを出る。
出て、自然と「おお」という声が出た。
「ん? あぁ、マスカルウィン城」
「ギルドから出たら真っ先に見えるようになっているのは、そうデザインしたのかしらねえ」
巨大な城。真っ黒な城。
シアルル王国のシアルル城も勿論大きいが、こちらは高い、という印象が初めに来るか。
あるいは──孤独。
「マスカルウィン城、行く?」
「入れる、のか?」
「一般開放されているのよ。ある程度の階層までは自由に行き来できるわ」
「それは……どうなんだ? 皇族の身に何かあったら」
「この国で、最も強い方が、城の主、ですからね」
ラムナザール四世の独裁政権。
王国の民が帝国に対して持っている印象は、その独裁政権下で暴力がのさばっている――という、正直言って幼稚な偏見ばかりだ。理由としては国家間に交易が無く、二つの国を行き来できる冒険者が限られているから、という所にあるが、それ以外にも奴隷制度や存在しない貴族制度などが挙げられるだろう。
完全な実力主義。強き者が偉く、弱き者は傅くしかない。
カローラもこの国へ来るまでは、「それは間違った国だ」なんて思っていた。
けれど、どうだろうか。
本当にそうだろうか。
「行くならこっち」
「ええ、行きましょう。観光ですもの」
手を引かれて向かう。
マスカルウィン城──最強の人間が住まう城へ。
最初に来たのは剣だった。
認識はできた。けれど対応は無理だった。そのままカローラの頭蓋は剣によって叩き割られ。
「……よし。余は目を瞑ろう。ヴェルグ殿が何を考えているかは知らぬが、余とて小競り合い以上のことをしたいわけではない。……改めて、ようこそマスカルウィン城へ。ケル、ツゥ、アウラニ。この娘はそなたらの"仲間"か?」
「そう。だから、一か月の間は目を瞑っていて欲しい」
「承知した。だがこういうことは事前に言え。如何に暗殺者の技能で誤魔化そうと、余のような者には効かぬぞ」
「ええ、ごめんなさい。だから最初に案内したの。余計な勘違いを生まないためにね」
「そうか。強かな女だ。……余は目を瞑るが、余から何か触れを出すことはない。それが余計な勘繰りを生むだろうからな。……最後に、突然剣を向けたことを謝ろう。……まぁなんだ、国へ帰って突然余に攻撃された、とか言わないように」
「もうわかったから、行って。一緒にいると怪しまれる」
「お気遣い、ありがとうございます。ラムナザール四世様」
「うむ。ではな」
嵐が去る。
訪れる静寂に──ドッと戻って来た生気を実感し、大量の汗がカローラの体中を覆う。
死んでいた。今。確実に。
「謝る。ヴェルグは適当だから、障害にならないと判断した相手は気にしない。カローラ。貴女がただ弱いだけのスパイ、という可能性は捨てきれなかった。だからもう少し精度の良い判定機を使った」
「ケルさん、ダメですよ。不敬ですよ」
「そんなことを気にする男じゃない」
どれだけほのぼのとしていても、どれだけ協力的でも。
疑われる立場になるだろう、ということは想定していたカローラ。けれど。
「……疑いは、晴れたか?」
「ええ、ラムナザール四世が見逃したということは、貴女は害のある存在ではないのでしょう。あの方の先を見抜く目は本物ですから」
「もし、害のある存在として……ラムナザール四世が私を斬っていたら」
「その時はヴェルグが来る。ラムナザール四世を倒し、カローラを蘇生する。呪いを眷属の呪いに変えて洗いざらい吐かせる。それだけ」
「蘇生……そんなことまで、可能なのか。あの人は」
最強の騎士団長フレースヴェルグ。
聞きしに勝るとはまさにこのことだ。ただの武力だけではない。数多くの魔法も行使できたことは知っていても、聖なるスキルや呪いにまで精通しているとは知らなかった。
だから、当然のように湧く。
カローラの中で疑念が。
いったい彼は何者なのか、という疑問が。
最強の騎士団長、という肩書きで思考を止めてはいけない。その出自は、彼が歩んできた道筋は。
そしてあの戦場から姿を消したフレースヴェルグが、如何様にして帝国へ辿り着き、どのようにしてあの性格へ落ち着いたのか。
これらは彼を説得する上で必要な情報に思えた。
「今日、帰ったら……ヴェルグの話を聞かせて欲しい。私はあの人のことを知らな過ぎる」
「いいけど、私達もあまり知らない」
「そうねぇ、何か知っていそうなメアリーさんやシーファさんはあまり深くを話してくれないし」
「……私は、嘘を、吐きたくないので、黙って、おきますね」
それは何かを知っている、ということだ。
カローラはとりあえずの標的をアウラニに定める。
──まさかそれが、
視点を戻してもろて。
「聖剣コルネリウス。噂に違わぬ切れ味だ。貰って良いか?」
「良いけどアイテムボックス無いから腰に佩くか背に背負う形になるぞ」
「いや冗談だ。分かれ、人間」
魔化の広がった農村。その一部の人間を救出し、完全に魔化してしまった……俺から見て全裸になっている農民は、まぁ殺した。マスカルウィンが。
預けた聖水と聖剣コルネリウスを使い、自身に魔素の一切を近づけることなく全てを切り伏せた彼女。
ちゅよい。ちゅんよい。
マジで今回俺要らねー。コイツにさがさせりゃ良かったんじゃね感がひしひしと出ている。
あと聖剣コルネリウスまだ二本あるからマジで全然貰ってくれていいんだよね。これ作れる剣だし。
「さて。……蜘蛛か。蜘蛛の女。お前はシチサイヌを取り扱っているか?」
「……い」
「い?」
「いやぁ!!」
文字通り蜘蛛の子を散らすように逃げて行く、絡新婦族の少女。まぁそりゃそうだろう。
魔化したかどうかを一瞬で判断する術を子供が持っているわけもなし。突然おかしくなった大人たちを、突然現れた女が全部斬り伏せた……なんてトラウマ以外のなんでもない。
「捕まえる?」
「悩みどころ。シチサイヌ取り扱ってないなら要らないし、取り扱ってたとしても子供じゃ生活能力ないだろうから、どっちみちだなーって」
「人間味が無さすぎるぞ人間。待っていろ、捕まえてくる」
「お前に言われたかねーってもういねーし」
非人間が何言ってやがる。
そしてすぐに戻ってくるマスカルウィン。子供は糸で出来た網のようなものに入れられている。
「離せ、離して! 嫌だ、おっかぁ、おっとぉ! 助けて!」
「この糸は種族スキルという奴だな。非常に丈夫で粘度も高い。が、まだ子供だ。逃げに放ったスキルで己を絡めとられていては、蜘蛛の名が泣こう」
「……」
「どうした?」
「神官スキル:遮断」
村全体を結界で覆う。
ちょっと。
ちょっと、考える時間が欲しい。
「次元スキル:時間停止」
「おお! それは努力では覚えられんスキルだ。どうやって覚えた、教えろ人間! 次元スキルは前々から興味があったのだが、何を食っても覚えられんのだ!」
「時間あったらな。ちょい待て、考え事してんだ」
止めたのは結界内部の全て。
俺とマスカルウィンと絡新婦族の子供を除くすべてだ。
観察対象は魔化して死んだ村人。
ちょっとばかし"ストーリー性"を感じないでもない展開だけど、悪くはない。
「聖騎士スキル:聖域。聖騎士スキル:魔素耐性。聖騎士スキル:葬列の花畑」
「おい人間、それも努力では手に入らないスキルだぞ! くぅ、俄然お前を食いたくなった!」
「俺を食っても覚えられないよ」
聖騎士になればいいのに。
まぁあそこ人間以外認めないだろうから、マスカルウィンは入れないだろうが。
目の前にある魔化した人間の死体。
これに死者蘇生かけたって、効果は発揮されない。何故か。位相のずれた世界であるティル・ナ・ローグに彼らの魂が存在しないからだ。魔化した時点で核は心臓から魔素へと移り、その時点で魂はティル・ナ・ローグの門番に突き返される。
これら死体に残された道は、ただ朽ち果てるか、処理されるか、他の生物に魔素を流して塵となるか――ゴーストになるかだけ。
だけど、魔化した人間のゴーストって俺見たこと無いんだよな。
魔物の、あるいは魔族の、はあるんだけど……魔化した人間。それも直後の奴のゴーストって、じゃあ何? って話で。
魂ではないのなら、なんなんだ? ゴーストって何?
「や──やめろ! おっとぉに何する気だ!!」
「これがお前の父親か」
「おっとぉ、おっとぉ! 起きて!」
家族。
血の契りは魂に響く契約、だっけ。あの後もうちょっと詳しく聞いたんだけど、最初から家族である者は最初から血の契りが交わされているようなものなんだとか。別に互いの位置とかがわかるわけじゃないけど、虫の知らせ、みたいなのは感じるらしい。
その程度の繋がりは世界が最初から作ってくれるのだと。
であるのならば。
「ルウィン。その子供、こっちへ持って来い」
「……子供を贄にでもする気ならば、断るが」
「お前俺を悪魔かなんかだと思ってるだろ」
「心の無い男だとは思っている。用途を言え。そうでなければ従属の呪いを振り払ってでもこの子供を逃がす」
多分、できるんだろう。
あるいは眷属の呪いでさえも、こいつはレジストできかねん。
心の中で──面倒だな、という感情が鎌首をもたげる。ほら、意思を持つ道具なんて使い勝手が悪くて仕方がない、と。
カット。思考中断。
「その子供を起点に、血の契りの先を探る。害はないはずだ」
「確約はできないか?」
「初の試みだ。だが成功すれば、魔化した人間を人間に戻す手立てが見つかるかもしれない」
「ほう! ……お前の目的はそれなのか、人間」
「いいや、俺の目的は魔族から魔素を切り離すことだ。が、この目的に足掛かりになるのが魔化した人間の処置だと考えている」
マスカルウィンの表情は──歓喜。
「良い。良いな。それは世界に喧嘩を売る行為に等しいということは、当然承知の上なのだろう?」
「無論だが」
「そうか。──ならば、蜘蛛の女。すまない。アサシンスキル:催眠」
「ぁ……」
好奇心が勝ったか。
あるいは
……いや、そういう数で物事を考える奴じゃないか、コイツは。
「心配ならその網はお前が持っていろ」
「ああ、そうさせてもらう。それで? さっき使ったスキル……葬列の花畑、だったか。これについては聞いたこともないスキルだ。何の効果がある?」
「簡単に言えば見えないものを視えるようにするスキルだ」
「簡単に言わなければ?」
「……本来は特定条件下でのみ使用されるスキルだ。ある場所でこのスキルを使うと、そこに安置された死者から伸びる糸筋が見えるようになる。それを辿ることでネフティスのタリスマンを入手できる」
「特定条件下とはなんだ。その場所はどこだ」
「自分で考えろ。俺は俺の考えをまとめるのに忙しい。努力家なんだろう? 答えを急いでも意味ないだろう」
「努力とは努力で辿り着ける域へのみ向かい、行うものだ。アイテムボックスを取得せんとどんな努力をすればいい。同じことよ」
「そうか。呪詛スキル:従属:行動制限:少し黙っててくれ」
「む」
その歳になっても好奇心旺盛なのは結構だけど、今はやめてくれ。
で、えーと。
今俺の視界に映っているのは、全裸で血まみれな男女……は、いい。無の境地を使う必要はない。これは慣れとかじゃなく、礼儀の問題。
それで……絡新婦族の子から伸びる糸筋の向かう先は……上? 二筋あるのは、父親と母親の分だろうけど……上??
……上、ってなんだ。天界……はまぁ上っぽいけどティル・ナ・ローグと同じで別世界にあるし。
上……宇宙?
天空のブーツを装備して、その糸筋を辿る。
も、途中で薄れて切れている。というか見えなくなっているのはわかった。
「ルウィン、ちょっとその子供を東に移動させてみてくれ」
眼下でマスカルウィンが移動する。
すると、糸も追従する。ただし見えなくなっている高さや角度は変わらない。
ってことは、どこかに繋がれているとかじゃなくて、この上に風船みたいなのが浮いている……か?
そして、この糸の真下に先ほどの死体。
「ルウィン、その場に穴を掘るとかできるか? その子供の高度を変えたい」
なんらかのスキルを使うマスカルウィン。……ああ返事ないと思ったら俺が黙らせてたんだっけ。まぁこのままでいいや。
子供の高度が上がろうが下がろうが、糸の消えて行く高度は変わらない。
つまりここになんらかの層があるのだろう。
風船。浮かぶ。空。層。ゴースト。
「発動、
「ッ!? 何をしている人間!」
「ああやっぱり普通にレジストできんのね。まぁ安心しろ、害はない。お前らには」
これもティル・ナ・ローグ関連のアイテムだ。
ネフティスのタリスマンがティル・ナ・ローグを行き来するためのアイテムなら、苦闇のお香はティル・ナ・ローグの存在を確認、あるいは確立するためのアイテムと言える。
死者の無念を追体験という形の幻惑に落とし込むこのアイテムは、その瞬間だけプレイヤーを別空間に飛ばす。ゲーム内では処理の話であって実際の位置移動はなかったはずだけど、それが現実となった今、何が起きるのか。
俺の推測が正しいのならば。
樹があった。巨大な樹。
だけど、逆だ。天から地に向かってこの樹は生えている。俺の上下感覚が正しいのなら、この樹はそう生えている。
そして──その枝。枝という枝。その全てに吊り下げられている──蓑のようなもの。
けれどそれらのつり下がる方向は天だ。天へ向かって吊られ、揺られている。
蓑の中には人間の死体。……だけど、全裸美女美少女が混じっている辺り、魔物の死体も多くある。その全てが傷つき、損壊している。「死んだときのまま」だ。
蓑が揺れるたび、揺れ動くたび、今俺の足元である天に影が投影され、その影法師が半透明な死体を映し出す。
ゴースト。なるほど、死霊ではなく幻影か。
で? 足元の天から伸びる糸を探せば、ああ、あった。ほとんど蓑はその糸の先が枝に絡まっているけれど、この二つだけは。
この二つだけは、まだ絡まっていない。
ずっと左右に動いている。時折高度も変わっている。マスカルウィンが何かやってくれているんだろう。ありがたい。
中を少し確認すれば、胴から上下が二分された死体が二つ。
「──まぁ待てよ。考察する時間くらいくれよ」
「ならぬ」
聖騎士スキル:十字鎧。
咄嗟に出した聖王の粛清剣二本で行う防御スキル。……抜かれないな。
「その二つは樹に括るべき魂だ。取り返させはさせぬ」
「おお、答えを言ってくれてありがとう。──そして時間稼ぎに付き合ってくれたことも礼を言う」
蓑二つに手を当てて、次元スキル:絶対配置を使う。
そのまま、【
苦闇のお香が死者の無念を追体験するアイテムなら、光心のお香は死者の成仏を見届け、現世に戻るアイテムだ。この二つはセットのアイテムであり、どちらを使ってもゲーム的な位置情報は変化しない。
「ならぬ。ならぬ。ならぬ」
「じゃあな、黒無常」
「──お前も例外ではないぞ、フレースヴェルグ」
振り返りはしない。どうせ見えないし。
ティル・ナ・ローグにいる影と同じだ。不可視の……世界が暗いから黒いこいつが見えないだけ説はあるけど、苦闇のお香を使って死者の無念を追体験していると、最後の最後に出てくる中ボスみたいな存在。それが黒無常。
ただ天空のブーツとかイカロスの羽帽子を持っていない限り、基本的に初の空中戦闘となるため、一周目のプレイヤーは何もできずに死んだケースがほとんどだと思う。
そして相変わらず混在している神話民話信仰に頭がくらくらする。
あの樹そのものは樹上葬に使われる樹だろう。ただ黒無常は中国の民間信仰に出てくる死神なので、関連性はほとんどない。んなこといったらフレースヴェルグが北欧神話だしニーズヘッグだのヨルムンガンドだのニンフだのステュクスだのカルラだの、元からごっちゃごちゃなんだけどさ。
けど、今は世界の坩堝なんかどうでもいい話だ。
手に入れた。手に入れたぞ。
魔化した人間の魂!
パチン、と俺を覆っていた黒がはじけ飛ぶ。
そのまま背中から落ちる──けど、天空のブーツで姿勢制御。この辺はもう慣れた。
手を見れば、そこには蓑が……無い。
無いけど、糸は繋がっている。ある。ここにある。
既に魔化した人間たちの魔素は飛ばしてある。聖域張ってるしな。
だから眼下にあるのは、魔化した人間の死体の、魔素抜き。
「よ、っと。……んでこれを」
地面に降り立ち、おっとぉ、おっかぁと呼ばれた二人の上に魂を持ってくる。
「神官スキル:死者蘇生」
ぐんっと飲み込まれる魂。見えないけど糸が場所を知らせてくれるから動きでわかる。
して。
ぐちゃぐちゃと音を立てながら──再生の始まる肉体。
「……成功したのか」
「まだわからん。魔化した人間の核は魔素になる。心臓ではなくなる。それがどう作用するか、だ」
再生が終了し。
その身から──生命の脈動が聞こえ始める。
これは成功か、流石に。
だって死体が、
「っ」
声。呼気。
ミニマップの管理は怠っていなかった。だからこれは、突然の出来事だったはずだ。
「呪詛スキル:自爆! 受け取れ人間!」
だけど、その咄嗟の出来事にもマスカルウィンは対応して見せた。
突如魔化した子供。それを抱いていた体がもう使い物にならないと見るや否や、自分の心臓を自分で貫いて取り出し、俺に投げて来たマスカルウィン。
俺がそれを受け取った直後、彼女は自爆した。子供諸共。
……いや。
「最大主教スキル:完全再生」
「おお。これが生き返る感覚か。初体験だ」
「死者蘇生じゃなくて完全再生だ。心臓から人間の状態に戻しただけだよ」
「なんだつまらん。……それで、どう見る?」
どう見ようね。
あの絡新婦族の子供、さっきまで青点だったと思うんだけどね。
今──全裸で、なんなら四天王とかレベルの魔素放ってるけど。
「おっとぉと、おっかぁを……返せ」
「今生き返らせたんだっつの。……意識が戻るまでには時間がかかるだろうけど」
「返せ!!」
なんだ。
なんだ? 死に寄って来たのだとしても、魔素は祓っている。だってまだ聖域続いてるし。
なんで魔化した? 子供に魔素が付着していたか? いやそんなものをマスカルウィンが見逃すはずがない。俺も見逃さない。
わからん。なんだ、どういう原理で魔化した。
まさかアイテムボックス持ちか?
「殺すなよ、人間。無力化しろ」
「理由を言えよ。もう用はないだろ。俺は実験したかったこと実験できて満足だし、どう見ても敵だろ」
「子供だ。それ以上に理由は要らん」
「子供に甘すぎるだろ」
「そして、殺さずに無力化する術をお前が持っている。まだ理由は必要か?」
……仕方がないので必死に頭を回す。
俺がこの子供を助けるに足る理由を。用済みでしかないNPCを救う理由を。
えーっと、……ワンチャン、この家族がシチサイヌの農家で、ツバナとも確執の無い家説。
都合よすぎだろ。けどこれしか筋無さそう。
「先ほどの次元スキルで良いだろう! 何を迷うている!」
「あんまり同一の場所で時間停めすぎるのもダメなんだよ。ズレが生じすぎると別の問題が発生するの。……マスカルウィンお前天使とか食ってねえの?」
「食う食わぬ以前に奴らは見つからんだろう」
「食っとけよ。便利だぞ調停」
「加えて、高位種族とはいえ仮にも意思疎通の可能な種族を食うのは気が引ける」
「お前俺を食おうとしてただろ」
「食っても再生するだろう、お前は」
「返せぇぇ!!」
うーん。
まぁ無難なので行くか。
「魔法スキル:バインドプラント」
「それでは無理だ。引き千切られるぞ」
「んじゃグルーハント」
「同じだ。むしろそれで捕まえられるのならもうやっている」
確かに。
マスカルウィンがスキルの一切を試さないのは、こいつの保有スキルじゃ捕まえられない……殺さずに無力化ができないからか。
ふぅむ。
じゃあアレだな。
「魔剣士スキル:ダークオーラ。最大主教スキル:封印棺」
ぶわっと現れた闇色のオーラが絡新婦族の子供に殺到し、棺を作る。
いつものね。
……あれ、取引先を見つけるだけの簡単なお仕事では?