アダルトMOD入ってるせいで超やりにきぃ 作:姫鼠まりあ
ねちゃねちゃと何かを混ぜる音が響く。
陶器とすりこぎ。そこに入っている液体。俺には赤色にしか見えないそれを、彼は延々と混ぜ合わせている。
「世界観。あるいは価値観のズレというものはネ、どちらかが身を引くか、どちらともがぶつかり合うか。この二つでしか解決できないんだヨ」
「……言わんとすることはわかるよ。大体同意見だし」
「そこが人間の最も面白い部分だヨ。魔物や魔族は、意見にこそズレはあるけれド、その世界観はほとんど同一ダ。無論、魔物や魔族の言葉を理解しているわけではないかラ、これは観察結果になるけれどネ」
否。
その通り、だった。
自身を消耗品と知り、捉えているが故に、簡単に命を捨てようとする。深く深くまで踏み込まないと、生きたいという意志が一切見えてこない。魔素の声に苦しんではいる。抗いようのない衝動に嫌気は差している。
けど、それとこれとは別と言わんばかりに──生への渇望が無い。己を律せていない。
まるで礎に、パーツになるために生まれてきたことを、本能に刷り込まれているかのように。
もっともそれは、善の魔族や魔物に限定されるが。
「人間は善悪で完璧に分かれているというのに、それぞれが持つ世界観にズレがある。僕と君もそうだし、彼女らと僕も似ているようで違う部分がいくつかあル。それはたとえば、衆人環視の元に晒されるというのに露出を多くしたいと言ってくるところとか、好きな人の家の近くに建てられたいとかネ」
「ただ変態なだけだろう、それは」
「ただ変態なだけ。──それが価値観の違いだヨ、侵入者君」
リチャード・イングリディアナ。
彼の事業が終わるまでは数か月かかるので、その間に監視の意味を込めての訪問を繰り返している。
理解できないと蓋をして見えないところに置いて、それが原因で管理を怠った、なんてことがあったら、ヒポクリフに顔向けできないからな。
「彼女たちは紛れもない善人ダ。まだ若いのに、その後の人生の全てを棒に振ってまで人類救済の礎にならんとすル。ある意味で魔物や魔族と同じ──自ら消耗品足らんとすル。勿論自己犠牲についての賛否は色々あると思うけれどネ、少なくとも悪人ではないことだけは事実。である以上、彼女らは善人となル」
「否定はない」
「あの時、君が僕らの会話を聞いて吐きそうになっていたのハ、"動けないまま永遠に意識が残り続けること"を自ら受け入れる彼女らが許容できなかったからダ。君の価値観において、それは決して自ら望むようなことではなかっタ」
「……永遠、だからな」
「そうかもしれなイ。彼女たちは無学で浅慮で、だかラ……永遠についての理解が浅イ。そう捉えることもできル。永遠とは苦痛なのだト、あるいは魔素以外の理由でアラダが滅んだ時、取り残さレ、尚も動けないことだって考えられるのだト──そこまで思い至っていないように見えるのかもしれなイ」
「いや。……その説明はしたんだろう?」
「その通りだヨ、侵入者君。僕は人工聖石化の危険性や考え得るありとあらゆる可能性を志願者たちに説いた。志願者は最初五十人くらいいたんだけド、それが篩に賭けられた結果、今の二十一人になったわけダ。僕の提示した"可能性"を聞いて恐ろしさを持てた者達は、しっかりと逃げ出したんだヨ」
なれば。
「逃げ出さなかった二十一人。それが彼女たちダ。それを勇気と取るか、狂気と取るかは……また価値観の話だネ」
「お前はどうなんだ、リチャード・イングリディアナ」
「僕は嫌だヨ。あまり衆目に晒されることを好んでいないシ、意識があるのならいずれやりたいことがでてきてしまう可能性が高イ。ああまぁこの事業が終わったら君に消されるかラ、そこは関係ないカ。でもとにかく、永遠に意識があるまま何もできない、というのを許容できる僕じゃあなイ」
「……」
「ただ……そうだネ。この都市に住まう人間というのがどういう人生を歩んできたか、君はわかるかナ」
「どういう人生? ……なんだ、都市ごとに特色でも出るのか?」
「出るヨ。少なくともこの学術都市アラダはネ。……当然だけド、人類を救うという大層な目的を掲げるのであれバ、冒険者になるのが最も手っ取り早いんダ。凄腕になれば聖剣の類を扱うことだってできル。魔物からも魔素からも人類を守り通すことができル。どこかの国に所属するわけでもないかラ、自由な立ち回りができル」
カラジェットのように。ラヴ・グラットルのように。
人工聖石の石像になる、なんて道を選ばずとも、誰かを守ることはできる。
「けれどネ、その道を選べなかった人々は多イ。力が足りなイ。戦いになると足が竦ム。スキルを覚えられなイ。仲間を見つけられなイ。……力というものを手にできなかった人々は、それでも人類を守らんとしテ、この学術都市アラダに集まった。元の名をアダラ・マキアラダ。その名が意味するところは」
「『人と人が、手を取り合って』……だったか」
「ワオ、勤勉だネ」
「バル……知り合いに聞いた」
「そう、ここはそういう都市サ。力のない人々が知恵によって戦わんとした都市。前文明からそうだったんダ。前文明……今よりももっと魔素の被害の多かった前文明においテ、力なき人々はただ虐げられるだけを望まなかっタ。知恵を振り絞り、知恵を重ね合わせ、叡智を掴み取リ……それさえも滅び尽くしタ」
前文明の滅亡。
これについてはゲーム本編においてはほとんど触れられず、各地に存在する古文書や長命種などから聞くフレーバーテキスト、及び資料室での補完が為されている。
アラダはその前文明の流れを明確に引き継いだ都市の一つ。
「だからネ、これは抵抗なんダ。今も尚この都市にいる人々は力がなイ。この都市にはギルドがなイ。成れて青銅章冒険者、くらいの実力の人間しかいないかラ。でも、それでも人類を守りたイ。力が無いのニ、実力がないのニ、抱いた大望だけは変えられなイ。誰に何を説かれても揺るがなイ。
善人だから。
善人であると定められた以上は、自身を変更できない。
「その最たるが二十一人の志願者ダ。冒険者にはなれズ、英雄にはなれズ、君のような暴虐にもなれズ。そして──悲しいこと二、叡智においても僕達には敵わなイ。『自分が』『人類を』『救わなければならない』。……この言葉を志願者の口から何度聞いたことカ。突出した才のない彼女らが人類を救うためにハ、突出した存在にならなければならなイ。"変態"にならざるを得なイ」
「それが、人工聖石の石像化……」
「僕が今調合しているものが何かわかるかイ?」
「いや」
「これはネ、石材を外部から強化するポーションだヨ。頼まれたんダ。衝撃によって壊されないようニ、間違っても風化しないようニ。そして……誰かの手によって石化が解除されないようニ。この特殊な液体は限定的なスキルや薬効を阻害すル。苦心したヨ、神官スキルや聖女スキルといった特殊なスキルは使い手に出会えなくてネ、大量の資金と時間をかけタ」
リチャード・イングリディアナはその液体を、隣に置いてあった石にかける。ずくずくと染み込んで行くソレ。
「これは僕の抜けた歯を石化させたものダ。試しに何か石化を解除するスキルやアイテムをかけてみるといイ」
市販の石化解除ポーション。パナケイア。エリクシール。口には出さないけど「人間が使えてはならないスキル」も使って……しかし石に変化はない。
ぞっとする。
「彼女たちは僕にこれの製作を頼んダ。僕の知識だけでは厳しいものがあったからね、帝国のある有名なポーション調剤師にも依頼を出して研究に研究を重ねて、ようやく完成したのがコレ。これをかけたが最後、呪詛スキルの術者である僕以外、石像と化した彼女らをもとに戻す手段は無くなル」
「……それは脅しか?」
「エ? ……ああ、君が僕を殺すからカ。違うよそれハ。ああでも、確かに君が彼女らの命を背負わなきゃいけなくなるのは重いカ……」
「……石化の呪いを引き継ぐことはできる。俺なら石化している奴の意識を外に出すこともできる」
「おお、それは良いネ。全てが終わったら消える前に引き継ぎを行うヨ。そして君の寿命が終わりを迎えるギリギリのあたりデ、彼女らに再度意思を聞きに行って欲しイ。あるいはもう永遠を嫌っている子もいるかもしれないからネ」
「ああ……わかった」
自分が死ぬことは確定。
そう言わんばかりの笑み。俺が消滅の呪いをかけているんだ、どの口が、だけど……それはあまりにも異質に映る。
「知識の根絶。これはヒジョーに難しいことだけどネ。パイオニアがいなくなっテ、且つ自身の安全が担保されるのならバ、それは"廃れた知識"として薄れていくものだヨ。あとは"失わせてはならない"と余計な気を回した誰かの資料を葬ってしまえバ、根絶はできル。君はそれができるネ? 侵入者君」
「……」
「おっト……そろそろ限界のようだネ。僕と君は価値観が違い過ぎるかラ、長時間の雑談は毒になル。今日はこの辺りで帰ることをオススメするヨ」
「そうさせてもらう。……邪魔をした。じゃあな」
「またネ」
リチャード・イングリディアナ。
レジーナの兄にして……恐らく、俺の反対側にいる者。
俺は彼の消滅を……いや。
その時になって考えるべきだろう。
はぁ、という……明らかに増した溜め息を聞いて、居ても立っても居られずにシーファとアウラニは彼女へと声をかけた。
「メアリちー」
「メアリーさん」
「……おや、お二人とも。どうかなされましたか? またラブジュースでお部屋を汚したのでしょうか」
「今、自分の溜息を聞かれたことを、察して、話を逸らそうと、しましたね」
「わかりやすいよねーメアリち。最近特にさー」
「む」
丁度洗濯物を終えたところであったメアリーは、二人に向き直る。
元天使と人間のハーフ。現魔族。
他人のことをとやかく言えた口ではないけれど、随分と場が混沌としている……という今更な感想を彼女は抱く。
「ご主人様のこと、まだ気にしてるの?」
「あれは、事故だった、のでしょう?」
「……ああそういう。違いますよ、私が……まぁ、落ち込んでいるのは、別件です」
先日、メアリーはヴェルグに反撃しようと、「彼女の思い通りになる世界」に彼を取り込み、反省を促そうとして──事故が起きた。真相は大馬鹿野郎が勝手に逃げただけなのだけれど、メアリーは彼を飲み込んでしまったと大いに慌て、自害さえ選ぼうとした程に落ち込んでいた。
ただ、どうやら。
強がりでも何でもなく、全くの別件で悩んでいたらしい。
「慰めようと出てきてくれたのですね。ありがとうございます」
「いつもお世話になってるからねー。それで、何に悩んでたの? ご主人様のことじゃないなら……恋、とか?」
「メアリーさんも、誰かと、恋仲になるの、ですか?」
「も、ですか。アウラニ様」
顔を赤らめるアウラニ。彼女はこういう自爆が結構多い。
「アウラニちはおいといてさ。おーしーえーてーよー」
「恋ではありませんので。それでは私は次に」
「教えてくれないと、メアリちのおへそに腕入れちゃうよー」
「……」
メアリーのへそ。
ヴェルグ飲み込み事件を経て、そこが「第二の口の片方」だと知った面々。普通に捕食口なので腕を入れるのは自殺行為に等しいが、メアリーが彼女らを食べないという信頼がある……故の弄り。
普通に乳首やクリトリスを刺激しても意味を為さず、くすぐり攻撃さえも意に介さないメアリーへの、唯一の攻撃手段。
はぁ、と。
メアリーは溜息を吐いた。
「そこまでして隠すことでもないですね。……ご主人様のことなのは間違いないですよ。ただ、彼を飲み込んでしまったことではなく、彼の過去について悩んでいたのです」
「ご主人様の過去?」
「ヴェルグさんの、過去……ですか?」
「ええ、お二人もご存じの通り、ご主人様は過去の魔族侵攻において……おっと。申し訳ありません、今のは全て忘却していただければ」
シーファもアウラニも、ヴェルグと深い関係を築いている。それが良好なものであるかどうかは関係なく、種族という自らの根本部分に触れるような大事なところにまで踏み込んだ仲。
当然彼の過去も知っているものだと……メアリーは勝手にそう思っていた。
どうやらそうではなかったらしい、と。
メアリーの脳が高速で言い訳を考え始める。
「それ……カロちも何か言いかけてた。……聞いておくべき、だよね。私がこんなに助けられてるのに……知らないでいるのは、ズルいもん」
「いえ知らないのであれば知らない方が良いです。特にシーファ様は」
「魔法スキル:グルーハント」
ぬっちゃぁ、と。
突然横合いから飛んできた粘性のある液体がメアリーを包み込み、家の中に引き摺り込む。
何事かと二人がそちらを見れば、そこには手招きをするマスカルウィンの姿が。
「ルウィンち?」
「来い。奴の過去については気になっていた。吐くまで虐めてやろう」
「あのルウィン様、これは意地悪で言っていないのではなく、割合善意で──」
「余計な世話だ。魔族の女。よくわからん女。お前達も聞きたければ来い」
言って家の中に消えていくマスカルウィン。
シーファとアウラニは顔を見合わせて、頷いて……彼女らを追う。
──その近くで蠢く影が、三つ。
最近はマスカルウィン専用の調教部屋と化している地下室。そこでメアリーが虐められて……は、いなかった。
彼女が素直に吐いたからだ。他言無用を念押しして。
して。
地下室の空気は、激重、だった。
彼女が吐いたことは三つ。
ヴェルグが魔族侵攻によって仲間の全てを失ったこと。それから世俗から逃げるようにして姿を消し、帝国で安穏とした生活をし始めたこと。そして──メアリーの調べた限り、シアルル王国及び周辺の町村に、ヴェルグの家族らしい家族や友人が存在していないこと。
脳の損傷について話さなかったのは、あるいはメアリーの最後の意地か。
そしてフレースヴェルグと対面しているアウラニがそのことについて触れなかったのも、メアリーが「ヴェルグの本名はフレースヴェルグである」と言わなかったがためだろう。それぞれを別人として考えたからこそ、そして大馬鹿野郎が自身の視界についての説明を「魔族侵攻の時に脳にダメージを受けた」なんて言ったからこそ、その話は真実味を帯びた。帯びたし、信じられたし、触れられなかった。
これは身から出た錆である。たとえば今から彼女らがスイへ連絡を取ったとして、彼女からも同じ話が出るだろう。だって大馬鹿野郎はスイとの出会いにおいても似たような話を(主語が無い状態で)意味深に語っているのだから。
「……ふむ。謝罪はしよう、異族の女。やはり老眼の耄碌婆という名は捨てない方が良いようだ」
「過去は、そう、ですね。……私の過去は、あるいは現在に、なりますが……」
「私に謝られても困ります。私は脅されて情報を吐かされただけですので。……おや、謝られて然るべきである気がしてきました」
精一杯、だった。
メアリーは精一杯場を茶化している。茶化そうとしている。彼女は基本的にシリアスシーンでもおちゃらけたことを言って場を和ませたいタイプで、シリアスシーンには余り巻き込まれたくない──暗い雰囲気や重い雰囲気を苦手とするタイプだ。
だからなんとか場の空気を和ませようとした。
特に今、無言で俯いている魔族の少女をどうにかしようとした。
「……やば」
でも、遅かった。当然ではあるけれど……もう手遅れ。
あれ? と。自分でも何故そうしているのかわからない様子で、彼女は、シーファは、自身の目を拭う。
「る……ルウィン様。この場で最も年長者であるのはあなたでしょう。なんとかしてください」
「そうは言うがな異族の女。奴の言動と過去を人格形成の一部であると見た時、合点の行くところが多い。成程、知らずにモノを語るというのは愚かだな。ああ、これは自虐であってお前に言っているわけではないぞ、魔族の女」
「いえ、それほとんどシーファ様に刺さっています。ああこの空気の読めない方を頼ったのが間違いでした。アウラニ様、お願いします」
「ごめん、なさい。……でも、シーファさん、は……知りたいと思って、知ったので。……感情の整理には、時を要するとは、思いますが……もうしばらく、耐えてください、メアリーさん」
空気読めない奴とド正論パンチ。
メアリーは──もういっそのこと強硬手段に出ようとして、両側の二人に抑えつけられる。
「……あー。色々無理、言っちゃってたんだなぁ。そっかそっか……一回全員失ってるんだ。そうだよね、だったら……私みたいな弱いの、そばに置いておきたくないよね。怖いもんね」
かつて。それはシーファがツバナの従属の呪いを譲渡された時のこと。
家族についてはさらっと聞いた。執着や愛着についても聞いた。
「酷いこと言っちゃったなぁ……」
──"そんな簡単に愛想尽かせるほど、私達って適当じゃないんだよ。"
逆に言えば、お前はなんでもかんでもに簡単に愛想を尽かす適当な奴だと。ああ──思い出せば沢山出てくる。不平不満。大恩ある存在だ。なんならその一生を捧げてもいいと思えるくらいの恩人だ。
知らずにモノを語ることの愚かさ。そうだ、その通りだ。
何故そうなったのかを知らなかった。知らないままに暴言を吐いた。
その後、凄いことがたくさんあった。なのにまだ謝れていない。
「……ねぇ、ルウィンち。どうやったらご主人様くらい強くなれるかな」
「お前では無理だな、魔族の女。アレは次元が違う。この身の生を三度繰り返してようやく辿り着けるか否か。それくらいの域にいる」
「ちょ、ルウィン様手加減とか」
「……弱くてさ、いつ死ぬかもわからないようなのが……いつまでもいつまでも一緒に居たい、って言ってたら、ルウィンちはどう思う?」
「邪魔だろうな。離れんのならばこっちから離れよう。当然ではないか?」
「ルウィン様!」
「うるさいぞ異族の女。この場で唯一奴と似た高さの目線を語れる者としての務めを果たしているに過ぎん。子供の成長を見届ける間くらいは黙っていろ。アサシンスキル:サイレンス」
「!」
強制的に黙らされるメアリー。
ディスペルのできそうなアウラニに縋るも、彼女もまた首を振った。
「ご主人様って、蘇生スキル持ってるじゃん。……でも、蘇らせられなかった、ってことは」
「惨殺されたのだろうな。凄惨な殺し方……核も残さん程の。あるいは魔化したか。魔族侵攻ともなれば、そのリスクは永遠と付き纏おうさ」
「そういうことがあったらさ……トラウマになるよね」
「奴の性格的にそう簡単にトラウマなど負うとは思えんが、奴もまた気丈に振る舞うことが癖づいているだけの可能性はある」
メアリーの責めによって剥がされた、マスカルウィンの仮面。
長くを生き、そして強く在る者が当然のように被っているソレを、ヴェルグもまた、と。
"俺が嫌いなら他の奴のトコにいけばいい"。
"もう俺がいなくてもやっていけるだろ"。
"好きに生きればいい。俺はお前を止めない"。
いつかシーファは、カローライナに語った。勝手に推し量って、量り間違えて、"どうせすぐに愛想を尽かす"と思っているのが本当にいらいらする、と。
ああ、なんという道化だろうか。勝手に推し量って、量り間違えて"そんな適当にはなれない"なんて。
「私も、目指せ人間性獲得、などと……間違った言葉を、吐きました」
「現在の奴にそれらしいものが無いのは事実だろう。間違えたとするならば、獲得ではなく再獲得にすべきだったくらいではないか?」
「……かも、しれません」
もう少し信頼してくれてもいいのに。
そうだ、やはりシーファの勘は当たっていたのだろう。いずれいなくなるのが怖いから、深入りする存在を積極的に作りたがらない。
さて──ここまで、全ての「慮り」が全くの見当違いであることになど誰も気づくことなく、さらにそこへ盗み聞きをしていた三人が加わる。
この「反省会」の後、彼女らは協議に協議を重ねてある決断をする。
なお、こういう経緯であるからして、この時特に何でもなくエイルニルス公国で公務を行っていた公姫は関係が無く、後に帰って来たヴェルグから「何か吹き込んだのではないか」という疑いの目を向けられた際の真相は、完全なる事実無根、冤罪であることをここに明記しておこう。
それを誰が証明するのかは、全く別の話として。
それは語られなかった話。
語る機会を散逸した話。
「──以上がヴェルグという人物についての総評となる。彼の素性は明らかになっていないが、恐らくは世界に準ずるものであると判断できる」
「最近干渉が激しいねえ世界も。それで? 人間目線から見て、どうだった?」
「脅威。ただ、付き合い方を間違えなければ……良き友人でいられるだろう。その点、貴方の方が詳しいのでは?
「まぁねー。ボクはよく彼に会っているし。でもボクは最終的に敵対するかなぁ。こう、立場的なものがねー」
「おや。では我々判議会もそれに倣ったほうが良いのだろうか」
「ううん、それは必要ないよ。たとえ
どこかの円卓。
オニキス・リオン。そして数名。中心には「暗闇」がローブを纏い、汚れた包帯を晒している。
「では問おうか、世界の陰に潜むモノ。ヴェルグ。彼は何だ?」
「
「解き明かし得るものであれば聞きはしないとも。だけど彼は……所感だが、"別世界の住人"という感覚があった。天界やティル・ナ・ローグのことではないよ。本来この世界に属してはいない存在。善人寄りではあるが、悪心も持っている。裏表のない性格に見えて、内に秘めたるものは恐ろしく多い。万象と会話する特性も含めて──アレは何かな、ファントム」
「それがボクにもわからないんだよね、って言ったら君、信じるかい?」
「信じるとも。何せ貴方はプライドが高い。"自分にはわからない"なんて、本当は口にしたくない。そうだろう?」
「……あー、やだやだ。どうしてこう……五十年も生きていない人間が、そうコロっとボクの事理解しちゃうのかなぁ。ボクの部下とか、何百年とボクに仕えて来て、それでもまだボクのことわかってないなぁ、って思うこと多いのにさ」
くつくつと、くすくすと、周囲の者から笑いが漏れる。
ただそれは馬鹿にしたものではない。
「それは貴方が感情豊かであるからですよ、ファントム」
「ハッハッハ! 人間と言うのは最も機微を読み取ることに長けた生き物だ。逆もまた真なりではあるがな!」
「君は半分人間じゃないだろう。……まぁ、概ね同意見だけれどね」
「……。ねぇ、もしかしてだけどさ。……君達も」
影は、一度言葉を飲み込んで。
それでも──聞く。好奇心から。
「君達もこの姿のボクに……興奮、というか、欲情したり……する?」
「……」
「──?」
「……ん?」
「……ははっ。ああすまない、今一瞬笑い方を忘れてしまってね。……すまないな、私としたことが、言葉を見出せない」
「いやそれがフツーだよ。ああよかった、人間の感性がボクの知らない間におかしくなっちゃったのかと思った」
「……ハッハッハ! 安心しろファントム! 人間はそこまで終わっていない!」
「それはそれで失礼だけど……うん、そうみたいだ。ごめんね、変なことを聞いて」
襤褸布を被った影。汚れた包帯の浮き出た影。
これに対して欲情とか、それ以前に興奮とか。
全く以て意味が分からないと──。
「思うに、それを言ったのはヴェルグだね?」
「おや、何か気付いたのかな、この世界が始まってから今までを見ても"最高"と讃えられておかしくない賢者さんは」
「仮説がね。ふふ、けれど今は口にしないでおこう。あるいは墓場まで持っていくよ」
「……気になるなぁ。そうなんだよね、ヴェルグはボクに服までくれたし……欲情するとか言うし。いろんな意味で危険人物だと思うよ」
「あるいはファントム、貴方が可愛らしいだけかもしれないね?」
「……オニキス・リオン。君がおかしくなるのはマズいよ。人類の希望みたいなところあるのに」
「いやいや。人類は嵐に対する防護手段を既に構築していたからね。私の出る幕は当分ないよ」
それでは、と。
オニキス・リオンが判議会から「退出」をする。
伴って消えていく他のメンバー達。
残されたのは、影一人。
「……まずい。人間がおかしくなっちゃうのは本当にマズい……ど、どんな物語を書けば修正できるんだろう……」
この日、ストーリーテラーは初めてのスランプを経験したとか、なんとか。
| ヴェルグ | ||
| ケル | アサシン | 人間 |
| ツゥ | アサシン | 人間 |
| シーファ | 実験対象 | 魔族 |
| ツバナ | 無職 | 鬼 |
| メアリー | メイド | 上位種族 |
| アウラニ | 呪詛戦士 | 人間 |
| アウラニ | 第六位 | 天使 |
| マスカルウィン | 色狂い | 非人間 |
| バルクス | 終末防衛機構 | 魔物 |
| カローライナ | 第二王女 | 人間 |
| リア | 公姫 | 人間 |
| スイ | 帝国ギルド長 | 人間 |
| ラヴ・グラットル | 主人公 | 人間 |
| メルキオル | 神殿粛清部隊 | 人間 |
| ハルフィー | ポーション店長 | 人間 |
| ノズヴェルガー | 奴隷商人 | 妖狐 |
| ラムナザール四世 | 皇帝 | 人間 |
| ドゥームス | 魔素源王 | |
| ファントム | ストーリーテラー | |
| フレースヴェルグ | 騎士 | 魔化した人間 |
| スヴェロニカ | 王国暗部 | 人間 |
| レジーナ・イングリディアナ | 大罪人魔素研究者 | 人間 |
| リチャード・イングリディアナ | 筆頭研究者 | 人間 |
| カラジェット | 戦士 | 人間 |
| アニス | シーフ | 人間 |
| ユナ | 神官 | 人間 |
| ゴロンド | 戦士 | 人間 |
| グレイス | 母親 | 人間 |
| キンゾイ | 父親 | 人間 |
| ミミカ | 皇妃 | 人間 |
| ラクニシェル | 公国兵団長 | 人間 |
| リザ | 四天王 | 魔族 |
| スライム | 契機 | 魔物 |
| ミラージュオウル | 転換点 | 魔物 |
| カワード | 召喚獣 | 魔物 |
| テュアナ | 転換点 | 魔族 |
| ヒポクリフ | 四天王 | 魔族 |
| トオクス | 十薬。農家 | 鬼 |
| ヤイクニ | 焼邦。元呪われ役人 | 鬼 |
| イサカリ | 剣士 | 人間 |
| リシ | 賢者 | |
| グノーシス | 重要参考人 | 人間 |
| ガーリー | 遺灰 | 人間 |
| アポトシス聖 | 智者 | 人間 |
| アモルファス聖 | 守護者 | 人間 |
| ポリウィック | 聖女 | 人間 |
| ヴァネッサ | 精霊遣い | 人間 |
| オニキス・リオン | 賢者 | 人間 |
| ワォスタクライン | 魔王 | 魔化した人間 |
| ジェスター・ハーネット | 石像 | 魔族 |