アダルトMOD入ってるせいで超やりにきぃ 作:姫鼠まりあ
とはいえである。
マスカルウィンが超絶パワーアップを遂げたとて──魔素を克服したわけではない。というか、魔素のない草案世界では聖騎士、聖女、神官、司教……といった対魔素系統のスキルが一切発現せず、同じく聖石をどうこうする技術も生まれなかったとかなんとか。
そりゃそーだわな、って。
だから今回マスカルウィンはお留守番。ついでにバルクスも【太陽の石】と【サンライトソード】の解析をもう少しやってみたいそうでお留守番。
よってお供としてついてきたのは未だ聖水袋状態のメアリーだけ。
どこへって勿論。
「凄まじい、ですね」
「ティル・ナ・ローグはこんな場所じゃあないが、地獄絵図とはこういうものをいうんだろうな、とは思うよ」
──魔族大陸。
今俺とメアリーは上空にいる……のだけど、眼下は暗鬱ではなく煌々だった。
アレからそれなりの時が過ぎているにもかかわらず、赤々と地を這いまわる溶岩。コールドスウォームの方を見やれば、ドカンドカンとまだ噴火が続いているのがわかる。
ただ──ただ、それでも、だ。
それでもなお、ちらほらと動く影が見える。飛行可能な魔族か、あるいは熱耐性のある者達か。
アダルトMODのせいで全裸で溶岩の上を踊る姿は恐ろしさ倍増なんだけど、やはり"適応"の権化だけあって早くもこの環境に慣れつつあるようだった。
「行くか」
「はい」
他にも、球体に張られた結界らしきものが溶岩の侵入を防いでいたり、山脈に新たな村が築かれていたり。
早いとこ魔族と魔素を切り離す手段を見つけて、さらにドゥームスをなんとかしないと……また魔族侵攻起きそうだな、って。
気合を入れなおせた。
メアリーを伴って来た場所。
それは勿論、かつてのホーリーウッドの森だ。相変わらずマップ上ではその名になっていないけれど、ここで間違いはない。
ここもまた半球の結界が張られていて、周囲を灼熱の溶岩に囲われているにもかかわらず──無事だ。
枯れた樹木と、小さなユグドラシルの生えているだけの場所を「無事」と呼ぶのかどうかはわからないけれど、少なくとも俺の目的は果たせそう。
「しかし、どのようにして入るのですか? この類の結界は転移でも弾かれそうですが」
「俺達が来たことくらい見抜いてるよあいつは」
だから自由落下のまま結界に衝突──せず、もわーんと開いたその穴に入って、普通に着地を決める。穴はすぐに閉じた。
ぱち、ぱちと……乾いた拍手が響く。
「来訪を歓迎しよう。ヴェルグ。そしてメアリー。ただ……数手、足りないな。焦り過ぎだ」
「そこまでわかってんなら茶の準備でもしててくれよ。お前がその数手を埋めておいてくれてもよかっただろうにさ」
「準備はしてある。だが、指し手はヴェルグ、君だ。盤上の駒の一つに過ぎない私では、盤外の要素に触れることはできない」
「……つまり、立ち話もなんだから、とりあえず話を聞け、ついてこい……で良いんだな?」
「論ずるまでもない」
メアリーの頭に「?」が浮かんでいるけれど、仲間になってない時のリシはずっとこうだ。仲間になるとちょっと柔らかくかみ砕いて話してくれる。
ちなみにゲーム本編における加入レベルは250。仲間になるNPCの中でもぶっちぎりに高いそのレベルは、この魔族大陸にありながら人間の身で一人でやっていけていることからわかることだろう。
促されもしないけれど、どうせついてこいって意味なんだろうなと思ってリシの後を付いて行けば、そこは懐かしさすら覚えない、最近見たばかりの洞──ユグドラシルの根元、その転移紋のあった場所。
そこに簡素な手作りテーブルと椅子があって、三人分のお茶が淹れられていた。
……食器類、そしてお茶そのものも……全て俺がマトモに見得るもの。魔物素材は見える場所に一つもない。
「リシ。俺はお前が思っているより気が長くない。お前しか頼れないとも思っていない。あまり迂遠な話口はやめてくれると助かる」
「封印しているワォスタクラインを人間に戻せ。天運が見放していないのならば、ここの結界も魔素の干渉を受け付けないだろう」
「……それが一手目でいいんだな?」
「君がリシという老人を信ずるのならば」
ワォスタクラインを人間に戻す。
一応俺なりの理由があってやってなかったことだ。魔化した人間であるワォスタクラインは、なんなら封印などせずとも魔王城で人間に戻すことも可能だった。加えてその言動が全てドゥームスによるものであれば、リスクなどほとんど考えずに。
やっていなかった理由は──彼が自害を選ぶと思ったから。
「メアリー。君は少し下がっていなさい。ワォスタクラインから解き放たれる魔素は、肉体に聖水を蓄えた程度でどうにかなるものではない」
「……そう気安く呼ばれる筋合いはありません」
「……そうだね。すまないと謝罪するよ」
今ので、少し理解した。
今のコイツにどんな記憶があるのか。どんな未来を予知したのか。
まぁいい、従ってやろう。
メアリーをリシに任せ、ユグドラシルからも少し離れた場所で──ワォスタクラインの封印棺を取り出す。
既に棺の蓋は弾け飛ぶ寸前で、封印棺自体からも魔素が溢れ始めている……そんな様相を呈す彼。
スピード勝負だ。
ガコンと大きな音を立ててぶっ飛んだ封印棺の蓋。まるで飛んでくる場所がわかっていた、とでもいうかのように開いた結界の穴を通ってどこかへ行ったソレ……なんか気にする暇も無く、意識を取り戻しつつあるワォスタクラインを──。
という感じだ、と。
説明する。
「……。……無茶苦茶な男だな」
魔化した人間を人間に戻す術。
それを今更おさらいするつもりはない。スピード勝負で行ったソレは無事に成功し、晴れてワォスタクラインはドエロイ恰好の美女から赤茶けた肌に銀髪赤目のイケメンに戻った。コイツもカラジェット君と同じく本来ゴリマッチョばかりのMODなし世界においてもイケメンだった内の一人。
MODによって多少の補正はされているとはいえ、ほとんど導入前と変わらないグラをしている。
「それで、何故我は縛られている?」
「その縛りを解けばお前は自害を選ぶだろう」
「当然だ。あまりにも多くの過ちを犯した。復讐などに手を出したのが愚かだった。我は……役目を果たしたのだ。ならば、大人しく死していればよかったものを。魔素の声に唆され……」
悲劇の英雄ワォスタクライン。
人々を救い、魔族侵攻を単身で退け、しかし人々に裏切られた元最強。
時代が違えば、あるいは彼を御さんとした国が違えば──あらゆる国に英雄像が建っていてもおかしくない功績の持ち主。ド善人。
「だから縛り付けてある。……で、リシ。言う通りワォスタクラインを解放したぞ。なんか報酬くれ」
「俗だな、ヴェルグ。そして現実を見ろ。ワォスタクラインはまだ解放されていない」
……。
まぁね。
ワォスタクラインを人間に戻した際、一度は弾け飛んだ魔素。
しかしそれは、ホーリーウッドの森の結界内部で形を取り戻し──再度ワォスタクラインを狙ってくる、という挙動を見せた。俺が聖騎士スキルや聖石装備で防壁を作ってなけりゃ、ワォスタクラインはまた魔王に戻るだろう。
っとにしつけーなドゥームス。
「殺せ。本意ではない殺しなど、したくはない」
「断る。……リシ。この状況をどうにかすること。それが一手目か?」
「然り」
焦り過ぎ。成程ね、答えを急きすぎたか。
概念との対話で全部終わると思ったんだけどな、甘かった。
さて──この極限状態でワォスタクラインを殺さずに解放する方法。まさか死が解放だとは言わないだろうし、俺もそうは思っていない。
しかし……どうしたものか。
魔素を散らすことはできる。ただアレが意思を持つ魔素だというのなら話は別だ。あるいは魔族と同じくらいには厄介で、且つ変幻自在の動きができる。
アダルトMODの全裸美女化が行われていないから敵扱いじゃない……っぽいんだけど、確実に意思を持ってワォスタクラインを狙ってきているからコンフュージョンデュアルとかは意味無さそう。
「リシ、ヒント」
「悪い癖だ。ヴェルグ。メアリー……彼女に言われたばかりだろう。軽口と思うべきではない」
「言いづらいのであれば呼び捨てでも構いません。なぜそうも親近感を持たれているのか理解できませんが」
メアリーに言われたこと。軽口。
……んー。直近のだと、「再会のご歓談中」とか? いや軽口ってレベルじゃないか。えーと。
えーと。
「──"ご主人様は相談とかあまりしませんからね。基本的に自分自身の事情で他人を左右するのが苦手です"。……私が言ったばかりの軽口はこれだと思いますが、どうでしょうか」
……。
ああ。
「ああ、そういうことね。結局迂遠なんだよなーお前。んで、メアリー。どうやら今回お前を連れて来たことには意味があったらしい。癪だが、そういうことなのかと今理解した」
「悪い癖だと言った」
そうだな。
悪い癖だ。俺は心の底からそれをしたがらないから。
「アウラニ。頼んでいいか?」
「頼るのが、遅すぎます」
降誕する。
ああ──あまりにも静謐な聖気。魔族大陸にあってはいけない量の、黒を否定し尽くす乳白。
そこに、彼女がいた。
「天使スキル、光束招来」
またも落ちる場所がわかっていたかのように結界に穴が開き、そこを真白の光線が通過する。結界内に入り込んだ光は一瞬にして無数の光線に解け、結界内に満ちる魔素の悉くを潰し尽くした。
一瞬。圧巻。
俺の聖騎士スキルでもこうはいかない。これこそが魔素の天敵、天使。
「久しぶりだな、アウラニ。相変わらず……だな」
「どこ見て、言ってるんですか。……久しぶりの、再会なのに、相変わらず過ぎて、嫌になりますね」
天使アウラニ。
称号は『天界の歌声』のまま。レベルは300……じゃねえな。え?
「お前限界突破してねぇ?」
「はい。あのままでは、上位の天使には、勝てないという……己の、限界を、知ったので。ウリエルに、術を聞いて、自身の限界を、越えました」
マジか。
ウリエルが知ってたのもびっくりだけど、NPCだけで限界突破ってできたのか。
「改めまして、天界においては、第六位を預かっています、アウラニです。すぐにでも、上位の天使を、下すつもりでは、あります」
「アウラニ様、お久しぶりです」
「メアリーさん、お久しぶりです」
流石天使。
結界の外にもいた魔素までもが退いて行っている。
「天使か……実物を見るのは二度目だ。……この際天使でもいい。我を殺せ。たとえ今魔素を退けたとしても、この身の好む魔素はいずれ我を」
「アウラニ。来て早々ですまんが、コイツ天界に連れて行ってくれねぇ? もうすぐだからさ。魔素と魔族を切り離す術。あと少しで届きそうなんだ」
「ヴェルグ。それは違う」
「……えー。天界なら魔素届かないから解放になるだろ」
「自分で吐いた言葉にも、意味を見出せ」
んー。
ん-。……焦り過ぎ、か。今の俺。
急がば回れの説明欄に俺の名が刻まれるくらい焦ってるか。
さて、考えろ考えろ。
俺がすべきはなんだ。俺が何を吐いた。
……。
「メアリー」
「はい」
「俺と、ワォスタクラインと、アウラニと……できるならお前も。夢の世界に連れて行ってくれないか?」
「……それはつまり、また事故を」
「いやいや、あれは俺が悪いんだ。あと世界が。まぁ今度はああいうことにはならないからさ。メアリー。お前を連れてきたことには意味がある。どうやらそうらしい」
ごくりと生唾を飲むメアリー。
まぁトラウマに近いだろうからな。つーかその人形そんな機能ついてたんだ。
「リシ。メアリーの身体は護れよ、そこまで言うんだから」
「当然。かつて仲間であった全てを忘れた覚えはない。イサカリも保護している」
「仲間、ですか?」
「今のは失言だろうさ。メアリー、頼むわ」
珍しく迂闊だな。
だけど……そうか。
「ワォスタクライン。お前アイテムボックス持ちだよな」
「……ああ」
「そこに入れてるだろ。エリス、タルバダ、キロン・シトロン、カルヴァーン。全員の心臓」
「傷一つなく、保存している」
「成程ね。リシ、お前案外欲張りだな。ああだが、スマン。カリギュラは」
「あの子は、あの子の路を貫いた。言葉は不要だろう」
そうかいそうかい。
ああ、だからカローライナ助けたのか。
「あの、ご主人様」
「ん。やっぱ怖いか、メアリー」
「いえ。……もしまた、同じ事故が起きたら……屈服の呪いから、私の命を奪ってください。そうすれば、少なくとも出ることは──」
ビンッと。
結構な威力のデコピンがメアリーを襲った。
……俺じゃない。アウラニだ。
「ああ、お腹じゃないと、ダメージは、ないのでしたか。では」
「ま、待ってくださいアウラニ様! 今のアウラニ様の力でそれをやられたら、私は気絶してしまいます!」
「そうですか。……はぁ。あの家の、方々は、これだから。……いいですか、たとえなにか、事故が起きたとしても。私は、犠牲による、未来など、認めません。──家主がそうなのですから、ね?」
そんな高尚なつもりはねーけどな。
ただ……精神的な成熟は、あの家の誰よりも、なんじゃないかな、今の天使アウラニは。
「……素直に羨ましいという言葉を吐こう。仲間に恵まれているのだな、お前は」
「そうらしい。フレースヴェルグの奴もそうだった。んで……もう一人もな」
「なんと。それは……安心の出来る言葉だ。魔は栄えぬか。そうか、そうか……」
本当に嬉しいという顔で、大声を上げないまでも笑うワォスタクライン。
お前……本当にすごいな。だって人間って、お前の大切な全てを奪って、お前自身を捨てて。ドゥームスの声が無くとも憎悪に染まっていたっておかしくないのに。
「メアリー。頼む!」
「はい。怪異スキル:招来」
世界が歪む。溶けるように。
その最中、リシが見えた。彼が戦闘終了後などによくやるモーション──『天運に祈る』だ。
「行ってくる」
「焦るなよ。悪癖を自覚しろ。自己を省みろ。──手を詰めろ、ヴェルグ。掴み取るために」
そうして、そこに来た。
夢の世界。
前にも来たそこは──しかし、全く違う様相を呈していた。
当然のように焦るメアリー。彼女が用意した空間ではないのだから当然だろう。
「も、申し訳……やはりだめです、ご主人様。私はこのスキルを使うべきでは」
「いや、大丈夫だ。ここへは来るべくして来た」
「……広い草原、ですね。けれど……どうして、でしょう。どこか、寂しい、光景、です」
「それは、この風景が我の原風景だから、だろう。……成程、我の解放とは、我の根底にある悪しき心を解くことにあったか」
どこまでも広がる草原。
トラーヴァの魔本のあった空間にも似たその場所は、否、当然なのだ。似ているのは当然──同じ場所なのだから。
「自害はしないと約束する。だから解いてくれ」
「ああ」
バインドプラントを解除する。
それによって自由になったワォスタクラインは──自身のアイテムボックスから、剣と、そして四つの心臓を取り出した。
「渡しておく」
「確かに受け取った」
心臓。
フレースヴェルグと共に戦った四人の。
……ああ、傷一つない。成程ね、そこも「せめてもの抵抗」をしたのか。つくづく頭の下がる善人だ。
「聖剣アガベー。嫌な思い出しかないんじゃないのか?」
「まさか。人々を救い続けたこの剣には感謝しかない。たとえその最後が血にまみれたものだったとしても、我はこの剣を掲げたことを悔やんだことは一度としてない」
聖王の粛清剣を手に取る。
ついでだ、称号も『最後の聖王』に変えておく。
「スキルは、使えませんか。ここは、そういう世界、ということですか?」
「……はい。この世界では、私以外スキルを使うことはできません。……ただ、本来このような世界ではない上に……どうやら私もスキルを使うことができなくなっているようで。……ただただ、申し訳ないばかりで……」
「だから予定調和だから気にすんなって。そうなるようになってたんだよ」
「……だとしても、私が役立たずであることに変わりはゴフッ」
グーだ。
アウラニのグーパンがメアリーの腹に突き刺さった。
「ネガティブな言葉を、吐く口は、ここ、ですね?」
「いや腹だったように見えたが」
「ああアイツは口があそこなんだよ」
「なんと。魔族には見えなかったが……人語を解す魔物か」
その辺どうなってんのかはよくわからん。
メアリー・スーはアダルトMOD適用されてたけど、今のメアリーは普通だし。
「アウラニ、メアリーが立ち直るまで守っててくれ。俺とワォスタクラインは、ちょいと激しくやるからさ」
「承知、しました。ただ、いつまでも、うだうだ、ぐだぐだと、落ち込んでいる、ようなら……最終手段を、使います」
「おー好きにしてくれ」
来る。
遠く、遠く。
それは群れだった。軍勢だった。
「ヴェルグ。我は口では聖人ぶった言葉ばかりを吐いているが……どうやら悪しき心が巣喰ったままらしい。全ての所業に目を瞑れとは言わないが、今この時ばかりは手を貸してほしい」
「お前の所業なんか知らないし、興味も無いから覚えてない。ただその功績についちゃ尊敬してんだ、いつまでも燻ぶったままでいてくれんなよ、英雄」
正直──すげーありがたい。
メアリーがかつて俺にやろうとしたように、夢の世界のもう一つの特徴として、「反省を促す」「己を省みさせる」という機能がある。
対象はワォスタクライン。
故にだろう、今彼の元に向かってきているのは、人魔だった。
ありがたい。
ワォスタクラインの記憶だからか──アダルトMODが適用されていない!
「未だに憎いか、当然だよなぁワォスタクライン! 報いはあって然るべきだ、それだけのことを成し遂げたのだから!」
「ああ……そうだな。我は憎かったらしい。我は無視していたらしい。本能の憎悪を抑えつけていたらしい」
「なら今ここで晴らそうぜ。なぁに、どうせ夢の中だ。誰にも迷惑はかかんねーよ」
「スキルを使わず、己が身一つ。──存分に」
正当な理由があっての憂さ晴らしの時間だ。
健康的だよ、そっちの方が。飲み込んでなかったことにしようとするよりはさ。
グノーシスが魔化してラムナザール四世に殺された、という話。
それを聞いた時のケルは、穏やかとも悲しみとも取れぬ顔をしていた。隣にいたツゥは無感情。
ただ、気になる、と。
シーファとアウラニ、そしてツバナはマスカルウィン城を訪ねた。
「ホントに何にもなかったの?」
「うむ。本当に何もなかった。兆候も無ければ接触もない。むしろグノーシスという子供も協力的な姿勢を見せていたし、
「ふーん……そこはどーでもいいけどさ。……魔化、かぁ」
「実際のところ、どうなのだ? 魔族なのだろう、お前は」
「うーん。……しょーじき何にもわからない。そもそも私は魔族として生まれた魔族だから、人間から魔族になったわけじゃないから……そこで何が起きているのか、っていうのを知らないんだよね」
シーファが魔族であること。
それは秘されていることではあるけれど、流石に一部の者達……ラムナザール四世を始めとした高い開示権限を持ち、ヴェルグと関りのある者は知っている事実でもある。
危険性を唱える者はいない。当然だ。完全実力主義の帝国において、あの暴力を目にした者達は、重箱の隅を楊枝でほじくるような真似はしない。
「元、天使の感覚を、曲がりなりにも、持っていた私からすると……魔化には、三つの、パターンがあると、言えます」
「一つは魔素中毒からの魔化。もう一つはアイテムボックスからの魔化だな?」
「一つ目は、そうですが……二つ目は、正確に言うと、精神汚染からの、魔化、というべきです」
精神汚染からの魔化。
アイテムボックスがたまたま精神と密接に繋がっているからアイテムボックスから魔化しているように見えるだけで、アイテムボックスを介さずとも精神が魔素に汚染されたら魔化するのだとアウラニは言う。
「三つ目は、突然の魔化。……ですが、これにも、法則性が、あるような、気はしています」
「私は知識がないんじゃが、こういったケースはどれほどあったんじゃ? こう……今までの帝国史において」
「うむ、それは余も気になって調べてある。アイテムボックスを要因とするだろうものを弾いてみると、帝国史だけで言えば三件。他の国での事例も合わせると七件。……聖堂が保存している二千年の歴史を紐解いてみても、これだけしかない」
「え、それだけ?」
「うむ。これだけだ」
ラムナザール四世曰く、今回のグノーシスの魔化の調査のために、聖堂も一枚噛んできたのだという。神殿は今あまり機能していないのを良いことに、と。その際に聞きだしたとか。
どのようにして聞きだしたのかは……聞かないシーファたち。見えているドラゴンの尾を踏むほど彼女たちは愚かではない。
「……ってことはさ、フツーはあり得ないこと、ってことだよね? 何か凄いことが無いと起こり得ない……なんていうのかな、えーと、実は魔素には意思があるんだけど……その意思にとってもイレギュラーなこと、っていうか」
「魔素に、意思? ……詳しく話してくれ」
「あ……っと。うーんと。魔族ってね、生まれた時からずーっと頭の中に声が響いてるの。人間を殺せ、奪え、潰せ、殺し尽くせーって。そういう、人間に対する過剰なまでの殺意が」
全魔族がそうであると。
そして恐らく、魔化した人間もそうであると。
シーファは説明をする。
「……」
「魔素の意思については、私にも、知識があります。……魔素源王。魔王ワォスタクラインとは、違う、魔素の王。恐らく意思とは、これのことかと」
「なんじゃ、それならその魔素源王とやらを殺せばすべての魔素が消えるのかの」
「……今の話をヴェルグが知らんはずはない。そして奴の力を考えれば、魔素源王なる者を殺すことも容易であるように思う。……それをしないのは」
それをしないのは。
全員の視線が──シーファに向く。
向けられたシーファは。
「……落ち込むなぁ、それ」
落ち込んでいた。
当然である。彼女らが今回家出……というか独立を選んだのは、ヴェルグに家族と思ってもらうため。マスカルウィンとメアリーによる超絶勘違い見当違い落ち込みを経験したシーファは、さらにヴェルグの悩みの種が自身であると知って……それはもう、それはもうである。
「ああ……あ奴の研究。魔素と魔族を切り離すとは、そういうことか」
「うぇぇぇ……落ち込む、落ち込む……」
「ふ、なんだなんだ。何を落ち込む必要がある。これでわかったのだ。──ヴェルグはしっかりとお前達を大切に思っていると。むしろ余は安心した。目に見えた脅威の排除を、身内を慮って遠回しな手法に切り替えることができる、という事実に」
「確かに。あ奴は困難や苦難を力技で解決しがちじゃが、ちゃんと色々考えておったんじゃな。……うーむ、そうなってくると……私達も何か助力できそうではないか?」
「と、いうと?」
「じゃから、グノーシスの魔化について私達なりのアプローチをして、理由や答えを見つけることで……あ奴の目指す研究の補助ができるかもしれんというわけじゃ。無論高望みはしないし、私達ができる程度のことをヴェルグができんとは考えぬ。じゃが、あ奴グノーシスの話を聞いても帝国に戻ってこなかったじゃろ? どころかツゥ曰く"ちょっと出てくるわ。じゃ"などと言う書き置きが残してあったそうじゃ」
それは、ケルがグノーシスの魔化についてを知らせた後、ケルが無駄に簡略化していないかを心配したツゥが再度連絡に行った時の話。
折り合いをつけたと言ってもケルはグノーシスを家族だと思い続けているくらいには確執がある。だから何か言うべきことを言っていないのではないかと憂慮したツゥがアスガードへ向かい、そしてその「コイツ書き置きって何か知ってるのかな」みたいな書き置きを発見した次第だ。
「つまり今ヴェルグはグノーシスの魔化に興味がない。そこで私らの出番じゃ。この件を調べ尽くし、奴の負担を少しでも減らすことは……まぁ、なんじゃ。私らの恩義とか、シーファ、お前の今感じている罪悪感とか……諸々の返済になるんじゃないかとな」
「それくらいで返済できる、とは思わないけど……そう、だね」
「ふむ。……ふむふむ。よし、余としてもヴェルグには恩があるし、"魔素と魔族を切り離す"手法が見つかり、お前が魔素から切り離された暁には、魔素源王なる者も消える……ということであると見た。ならば、余も手を貸そう。なに、これでも皇帝よ。禁書の類もいくらかは閲覧を許可できるぞ」
人、それを「やる気が出て来た」というのだろう。
帝国のトップ。そして王国の第二王女。エイルニルス公国の公姫。
ヴェルグが繋ぎ、彼女たちが結び直した繋がりは、案外多くて。
──ここに。
グノーシスの魔化調査隊は結成されたのである。
果たしてそれは、奇しくもあちらと連動する動きであったとは。
無論、どこぞのストーリーテラーしか知らない話である。