アダルトMOD入ってるせいで超やりにきぃ 作:姫鼠まりあ
久方ぶりの感覚だった。
斬る。斬る。斬る。
ゲーム主人公の持ち武器は剣。他、杖やワンドなどにも適性はあるけれど、基本戦闘で使うのは剣だけだ。
対するは悍ましくグロテスクな敵敵敵。
頭のねじれた怪人。左右だけでなく前後からも手足の生えた枯れ木のような老人。四つ首を持つ狼、目が十六個もある鳥。
魔族だ。
動物がモチーフである魔物とは違う、グロテスクであることを意識してデザインされたそれらは、魔族である。
アダルトMODの適用されていない魔族の、ああ、なんと。
「懐かしい」
斬る。
スキルを使うことができない以上、ステータス一つで頑張るしかない。けれど、それがなんだろう。それが俺を、俺達の何を阻むのだろう。
聖王の粛清剣。聖剣アガベー。
夢の世界だ。魔素がどうとかは関係ないのだろうけれど、ああ、この二振りの何と輝かしいことか。
「クライン!」
「……イルーゼ。我は……」
「お願い、お願い──私のために、死んで?」
斬り伏せる。
今にも自らの手でそれを振り払おうとしていたワォスタクライン。けれど、一瞬でも躊躇いを見せた。だから斬った。
「まだ同居するか?」
「……そう、らしい」
「いいさ。とことん付き合うよ。これは俺のためでもあるからな」
イルーゼ。
ワォスタクラインの最愛の人であり、ワォスタクラインの背を刺した女。
かつては愛し合っていたはずの二人は、けれど。
ああ、けれど、けれど、だ。
瀑布のように、怒涛の如く──魔族に混じって、人々が彼を狙いに来る。
見覚えのほとんどない人間たち。
「我は、裏切ればよかったのだろうか」
「知らん。そうしたかったのか?」
「わからん。……心の赴くままに、善を積み重ねたつもりだった。……だが、待っていたのは非難と罪と罰だけだった」
「後悔しているのか、ワォスタクライン」
「しているのだろう。だが、何に対してしているのかが全く分からない。……我は何を後悔している。やったことに後悔はない。築き上げた関係に後悔はない。ではなんだ。我の心に巣食うこれは、何だ」
魔族も、人々も。
一緒くたに斬る。
関係がない、と言わんばかりに。
「……男性は、皆、こうなのでしょうか」
「主語がでかいぞアウラニ。俺とコイツがとびきり馬鹿なだけだ」
「そう、でしょうか。……私にもわかる、話なのに。なぜわからないのですか、ワォスタクラインさん」
未だ落ち込んでいるメアリーを守りながら、徒手空拳で俺達の打ち漏らしを捌くアウラニ。天使になってから徒手空拳なんて使ってないだろうに、良く動けるものだと思う。
メアリーは……落ち込んでいる、ように見えるが……アイツがこの状況で自分の気持ちを優先するとは思えないんだよな。何かやってるんだと予想。
ワォスタクラインが大事な大事な自己問答の最中である以上、俺が打ち漏らしをできるだけ減らすしかない。
「……天使か。お前に告解することは、何か得るものがあるのだろうか」
「知りませんが、考えすぎです。ワォスタクラインさん。なぜ後悔しているのか、では、ないのです。後悔したのに、それをしていないから、あなたは悩んでいる」
「後悔をしたらするべきこと?」
「はい、そうです」
前言撤回。主人公の武器は基本剣だけど、適性はそればかりではない。
聖王の粛清剣を宙に投げて、インベから取り出すは魔爪アングバマル。こっちはアダルトMODが適用されているせいで人間の爪……というか手の骨みたいになっててあんまり好ましくないんだけど、背に腹は代えられなんとか。
手甲としてつけるそれは、手の骨と赤のネイルの入った爪の合体した何か。元の長さやリーチを思い出しつつ、ぐわっと両手を広げて敵の群れを駆け巡る。
対して攻撃力の高くないこれは、格闘家スキルの一部スキルを使う時に有用になる性質を持っている。
貫通力150%──霊衝拳との相性が最高の武器だ。今スキル使えないから貫通力だけを頼りにしてんだけど。
腕を振れば五つの筋が敵に通る。その二重。
なるほど、主人公を操作しているとドラゴンの前爪攻撃とか隙だらけに見えるけど、敵が多いのならばこれほど使いやすい動きもない。戦場を俯瞰できる主人公パーティがおかしいのであって、これは有用だ、確実に。
夢の世界の魔素は夢幻。それが証明された以上、魔素耐性のある装備を着ている必要もない。
そうだ、そうだ。どうせだ。
どうせこの骨武器を使うのなら、全身骨でもまぁ耐えられはするだろう。魔物素材の中でも骨ならばまだ、なんとか、ギリギリ。
骨武器であっても普段使いしてる鉱石武器より強いからな。本来このゲームは魔物狩ってそれを素材に強い武器作るって成長システムだし。
全身に纏うは、大小あれど女性のものだとわかる骨骨骨。
──気にしない。今だけは。
「あなたは、裏切りに、あいました。考えてください。そうしたら、普通は、どうするべきですか?」
「普通は」
だって今、俺とファントム以外が世界に抗おうとしているのだから。
魔素とは何か。
古来よりその研究は行われて来た。
宙から飛来したものでありながら、なぜこうも的確にこの惑星の生物を変質させ得るのか。あるいはありとあらゆる存在が魔素によって変質させられるのか。
なれば魔族とは何か。なぜ元の魔素は魔族になっていないのか。
「まるでそうで在れと、私達がデザインされたかのように、ね」
「面白い着眼点だネ、聖堂の賢者。ただ、逆も考えられると思わないかイ?」
「そうで在れと、魔素の方がそうデザインされている、と?」
「いやいや。僕達という存在があったかラ、魔素は生まれたのだト。つまり、魔素とは宙から降り立ったモノではなく──」
「始まりを見れば、この星が産み出したものである、と?」
「彼はそこまで知っていそうだけどネ」
賢者と智者。
二人がそれを話す空間に──超絶居た堪れない顔をして座っている少女が一人。
「……絶対私の担当ここじゃなかったって……」
「そんなことはないさ。魔素の漏れない魔族。聖堂としても非常に興味深い存在だよ。流石はヴェルグの縁者だね」
「彼女ら人工聖石が魔族に効くのかどうかを試したいところだけド、ああ、いいよいいヨ、その嫌そうな顔を見れば大体わかるかラ」
シーファである。
ここはリチャード・イングリディアナの研究塔。そこにオニキス・リオンとシーファがいて、何故か雑談を……否、学術的歓談を繰り広げている。
「君は魔素を何だと思う?」
「え……うーん。……血?」
「ふふ、面白い解答だネ。ということは魔族は、血で構成されているのかナ?」
「魔素を聖気と対を成すものとして考えるのなら、その考えもありかもしれない。聖気とは輝かしき者達の智であり地であり血であり致であるものだ。魔素も同じ。そう考えるのは悪くないアプローチだろう」
「ああいや、馬鹿にしているわけではないヨ。本当に面白い解答だと思ったんダ。そしてそのアプローチでいくのなラ、天使とは何か、聖気とは何か、に着目するべきかもしれないネ」
難しい顔をするシーファ。
この難しいことを喋る男二人は、結局答えを知らないからはぐらかしているだけなのではないだろうか、という気さえしてくる。
「たとえば聖水。これはなんだと思うかネ?」
「……え、私? ……知らないけど。触ると痛いもの?」
「聖石がなんであるかは知っているかな」
「あー……なんか、喋っちゃいけないことだっていうのはわかってる……けど、開示権限? だっけ? 全然知らないんだけどさー」
「ここにいる私達には何をしゃべってもいいよ」
「んーと、天使の……残骸、だっけ。天使に友達がいるから、あんまり好きじゃない話なんだけど」
「ほウ! 天使の友達! 是非とも紹介してほしいものだネ」
「今は無理。それを無理じゃなくするために聞きに来たんだし。……来るつもりはなかったけど」
シーファがここにいる経緯。
それは「紆余曲折」である。「成り行き」でもいい。
聖堂の蔵書を見る必要があって、アスガードで何やら解析作業を行っていたバルクスの案で色々省いて「取り次ぎ」を行ったところ、シーファだけがオニキス・リオンに連れ去られて──今。
いう程紆余曲折はしていなかったかもしれない。
「話を戻そう。そう、聖石は天使の残骸だ。けれど、聖水は天使と関係がない。同じ聖気を放つ二つでありながら、実は全く違う由来を持っているんだよ」
「僕も、初めて聖水の作り方を知った時は驚いたものだヨ。そんなことでいいのか、とネ」
「そんなこと……。凄く簡単ってこと?」
「そう。とても簡単なことなんだ。何かわかるかな」
「えー……うーん」
聖水。
老衰した天使が自我を放棄しなければ作られない聖石と違って、聖水は広く一般的に出回っているものだ。
これがなんであるか。とても簡単な手法で作られるこれは。
「……そういう泉があるとか」
「もっと簡単だヨ」
「じゃあ、井戸?」
「もっとだね」
「あーもう、わかんないって! ご主人様とかみたいに察し良いわけじゃないから、教えて!」
「答えは、こう、だヨ」
リチャード・イングリディアナが、手を合わせ、指を組む。
そして目を瞑った。
当然、何も起きない。
「……わかんないってば」
「聖女。そう呼ばれるものが、ただの水に向かって祈りを捧げること。ただそれだけで聖水は作られる。水が聖気を帯びる」
「は? ……なにそれ。じゃあなんでもっとたくさん作らないの? 私が言うのもなんだけど、簡単に魔族滅ぼせるじゃん」
「それがそうでもないんダ。聖女と一度話したことがあるのだけどネ。曰く、"尽きる"のだそうだヨ」
「なにが?」
問いに、リチャード・イングリディアナは。
「心が」
そう、答えた。
場所を変えて、帝国。
グノーシスの魔化を含めて、帝国の禁書庫にいる二人。周囲には彼女らと同郷……元
そしてもう一人。
「……そうだ。神殿が把握している限り、前者二パターンを除いた突然の魔化を起こした者は、誰もが善性の塊だった。否、グノーシスなる子供がそうだと言っているわけではないが、悪意を持つ人物たちではなかったとされている。だからこそ記録に残っている、ともいえるが」
「グノーシスも、あれはあれで自分は良いことをしているって思ってたみたいだし、当てはまるのかも」
「善性、ねぇ。あまり好ましくない言葉だけれど。それはどのようにして判断していたのかしら? メルキオルさん」
メルキオル。
神殿の粛清部隊。「建て直し」はアモルファス聖とアポトシス聖が行っているため、案外手が空いているメルキオルである。
此度の調査隊結成時、ケルとツゥははぶられていた……のだけど、流石にアサシン二人。隠し事などできるはずもなく、敢え無くバレてケルとツゥも調査隊に組み込まれた。
その際ラムナザール四世がひょい、とメルキオルの首根っこを掴んで持ってきて、「この者は役に立つ。聞きたいことがあれば聞け」と置いて行ったのだ。
「私達が判断したわけではない。伝承や文献にそう残っているだけだ」
「どう残っている?」
「周囲の人間たち曰く、"あれほど良い人だったあの人がまるで"」
メルキオルは一拍置いて。
「心変わりをしたようだった、と」
そう、括った。
最後に、ありそうでなかった組み合わせのツバナとアウラニ。
二人は今──。
「なにー、もー。置いてけぼりにされて不貞腐れてる私を笑いに来たならどっかいってよー」
「あの、本当に、ルウィンさん、ですか?」
「お主はもっとこう、高圧的な……」
「いつまでもああだと疲れちゃうでしょー。……ねー、酷いと思わないー? ずぅーっと放置されてさー、ようやくヤってくれたと思ったら普通のセックスで全然物足りなくて、かと思ったら次の日にはまた置いてけぼりでさー。……もっと性奴隷したいー!」
アスガードはヴェルグ邸。
最も色々知っていそうなマスカルウィンを頼りに来た二人は、衝撃の光景を目にしていた。
ヴェルグ邸のリビングで、魔法スキル:バウンスバブルに身体をぐでーんと預けてゴロッゴロするマスカルウィン。それはもうゴロッゴロする彼女の、しかもなんか幼い口調の。
「……そーだ、アウラニちゃんって生えてたよね」
「あの……帰り、ますね」
「ヤらせてくれたら質問に答えてあげる」
「帰ります」
「えーやーだーねーえー! 構って構って構って構ってー!」
「本当に……何があったんじゃ」
じたばた暴れるマスカルウィン。
しかし、はた、とその暴れを抑えて──ガバっと起き上がってバウンスバブルをアウラニに投げつけた。咄嗟の事過ぎたのと、マスカルウィンとのステータス差で完全に反応の遅れたアウラニは、そのままバウンスバブルによって弾かれる――ことなく、捕まる。
「!?」
「えっへっへー、強度とか粘度弄ればこういうこともできるんだよねー」
「やり過ぎじゃ。……なに!?」
ツバナがバウンスバブルにチョップを入れる。
けれどそれは、泡を多少たわませるに終わった。
「……鬼の怪力こわーい。本来たわむほど行かないんだけどね。でも破れなかったあたり、成長を感じるなー」
「あの、出して、ください」
「やだ」
空気の抜ける音と共に、バウンスバブルが縮む。
それはアウラニの顔を通過してその顔を外に出し──けれど破裂することなく彼女の身体にぴったりと張り付いた。
バブルのテカりと共に、アウラニのボディラインが浮き彫りになる。
「……ッ、強度が、……動け、ません」
「ヴェルグさんに私がやられたこと、アウラニちゃんにもやってあげよーかなって」
「ヴェルグさん……じゃと……!?」
「あの、ツバナさん、どうでもいいところに、驚いていないで、助けて、ください」
「いや無理じゃろ。私じゃルウィンには勝てん」
「おお、これが噂に名高いふたなり……。ヴェルグさんのより小さいけど、面白そう」
「ツバナ、さん!」
「ええ……私が怒られるのは違うじゃろ……」
言いつつも、マスカルウィンを羽交い締めしにかかるツバナ。
抵抗せずに捕まるマスカルウィン。
「なんじゃ、えらく素直に捕まったな」
「でも私が魔法解除しないとアウラニちゃんはあのままなんだよねー」
「……それが、なんですか」
「これで私が手をぎゅってすると」
「!?」
アウラニの剛直がビクンと跳ねる。
いやそれ以前に、彼女のソレを包むバウンスバブルが、まるで透明の手か何かに捕まれているかのようにへこんでいるではないか。
そのままリズミカルにへこみを繰り返したり、扱かれたりしている。
「この色狂いめ……やめんか! アウラニはシーファの番じゃ、まったく……。前の思慮深さはどこへ捨てた」
「そりゃ何万年も放置されたら心くらい変わるよー。まぁ、それでも私が魔化しなかったのはヴェルグさんのおかげなんだけど」
「……おい今サラっと重要そうなことを」
「ひゃぁっ!?」
羽交い締めにされているマスカルウィンの手がワキワキと卑猥に動く。
連動して痙攣するアウラニ。
よし、と。ツバナは決断を下す。
「アウラニ、すまんの。このまま会話していればルウィンから情報が零れ落ちそうじゃし、もう少し耐えてくれ」
「う、そでしょう!?」
「いいよいいよー。どうせ今回の旅でヴェルグさんは答えを見つけて帰ってくるだろうし、それまであーそーぼー」
尊い犠牲が一人、出たものの。
魔化調査隊の面々は、それぞれが「ある答え」を手に入れたのだった。
悲しい裏切りにあった。救った人々も、重荷を載せて来た国も、最愛の人も。
全員が彼を裏切って、彼は悲劇の英雄となった。
その彼が──人間である内に、やらなかったことが一つだけある。
「──その姿は、まるで魔物のようだな、ヴェルグ」
「世界曰く俺は魔物側らしいからな。それでもいいよ、もう。それで? 天使への告解で、何かを得たかよ」
「ああ──」
アガベーが振り下ろされる。
夢の世界が再現した、彼を裏切った人々に。
ああ、と。
「怒ることを、忘れていた。我は怒るべきだったのだな。……憎むよりも先に、悲しむよりも先に……怒るべきだった」
ザァ、と。
魔族たちが消えていく。
「何故だ、と。我は、何故、と。なぜだと」
唱えるべきだった。
そう言いながら振るう彼の手に、躊躇は一つもない。
「既に国は滅んだ。イルーゼも死んだ。……ああ、ヴェルグ。我はこの怒りを、どこにぶつけるべきだろうか」
「おいおい、節穴か? まだ残ってんだろ。ちゃんとぶつけて来いよ」
「……あれは幻覚だろう」
「幻覚だからなんだよ。怒りの矛先なんだ、幻覚に向ける方が迷惑かけなくていいじゃねえか」
メアリーが、それを生み出す。
主導権を取り返したのだろう。その手が翳す先に──国が一つ出来上がる。
「あれは」
「暴れて来いよ。くだらねえ自問自答で怒りが憎しみに変わっちまうくらいなら、ぶつけてスッキリした方が万倍健康的だ」
「……そうしよう」
ワォスタクラインの姿が消える。
そうして──ある国で、暴虐の嵐が吹き荒れる。今は亡き国だ。全ては幻影。全ては夢幻。
だけど、それは文字通り憂さを晴らすための──ストレス発散のための戦い。
「ご主人様。……これでよかったのですか?」
「ああ。こうでもしないとアイツは一生解放されなかったからな。魔素中毒にならずとも、アイテムボックスを介さずとも……あのままだったらアイツは、また魔化してたよ」
「その口振りは、ご主人様。その原理を解明した、と」
「そーなる。もっと早くに気付けよって話ではあったんだけどな。特にシーファとか、いい例だった」
泣くけれど、怒るけれど。
決して憎むことの無い少女。
今のワォスタクラインもそうだ。
善人。
善なる存在。
けれどそれは、世界が強制させていることに過ぎない。
度というものがある。それを過ぎて尚善で在り続けることは、これまた文字通り健康に良くないんだ。
「だから、善人が自らを見つめ直し──誤った外力のもと善で在らんとして、
ワォスタクラインが悲劇の英雄となり、それでも怒らず、喚かず、ただ憎しみを抱いた時のように。
グノーシスが自己を省みて、自らの信じて来た行いの全てを悪だと見つめ直したことのように。
他にも事例はあったのだろう。
善人でいなければならない枷が故に、悪人となった者達。
それが突然の魔化の原因。
なれば。
「しっかりと喚こう。しっかりと泣こう。しっかりと怒ろう! 我は──裏切りに遭うべきではなかったと! 報われるべきだったと、そう言おう!」
声が響く。
ワォスタクラインの歓喜にも似た声が。
「善を積んだ我は──幸を得るべきだったと、そう、心から叫ぶ!」
消える。消える。
魔族が、そして彼を裏切った人々が。
心に残り続ける憎しみではなく、どこまでも健康的な「怒り」によってかき消される。
夢の世界は再び溶けて、そして外側に結ばれる。
目を開けば。
「礼を。我はもう少しばかり生きるぞ、ヴェルグ。まだ我は、得るべきものを得ておらぬ」
あまりにも晴れやかな顔をした、青年が一人──。
当然のように用意されていた椅子二つに変顔をかましながら、卓に着く。
「ヴェルグ。そう邪険に思わないでくれ。人から教わった気付きではダメなのだ」
「ああいいよいいよ、理解はしたから。話し方も砕けてくれて何より。んで、メアリーにも思いの丈ぶつけちまえよ。うだうだ、ぐだぐだしてんのダルい」
「……だが、彼女は知らない事だ」
「打ち明けて拒絶されたらそこで落ち込めばいいだろうが。拒絶されるかどうかは天運にでも祈っとけ」
「雑な……。フレースヴェルグの方が、少しはデリカシーがあるぞ」
今にも自殺しそうだったワォスタクラインはもういない。
ここにいるのは、魔素も寄り付こうとしない──好青年であった頃の彼だけ。
逆に今一番暗いのはリシだ。隣にアウラニがいるから余計に暗く見える。
「あの、はっきり言ってください。私を知っている様子ですが、具体的にどういう関係なんですか?」
「……」
「面倒ですね。ご主人様、虚偽開告をお願いします」
「コイツには効かん。精神耐性が高すぎる」
「なら、私が、下げましょう、か?」
「否、天使……いいや、アウラニ。こういった問題は、当人間だけで解決すべきだろう。でなければまた糸が絡まる」
素っ頓狂な顔をするアウラニ。俺も多分してる。
ワォスタクライン……もう完全に、か。
「あの、時間はそんなに無いのでは? 早くしてくださいませ、リシ様」
「……君は、かつて……自分がフレースヴェルグの仲間であった、という事実を、覚えているだろうか」
「はい? ……もしかして前の私の話ですか? 私、分裂によって増えるので、似た見た目の別個体の可能性が」
「いいや。……メアリー、君で間違いない。エリス、タルバダ、キロン・シトロン、カルヴァーン、カリギュラ、アッシュ・ユアン、ベリル・トラウオン、カローライナ、スヴェロニカ、スイ、ラクニシェル、イサカリ……まだまだいる。そしてその中には、君もいたんだ。メアリー」
メアリーの頭の上にはずっと「?」が浮かんでいる。
そりゃそーだわな。何の話だって。
「ご主人様。予知能力持ちというのは、皆こうして迂遠な言い回しを好むのでしょうか。それとも私が無知なだけですか?」
「後者」
「そうですか。……ええと、申し訳ないのですが、その記憶は私にありません。今の私はご主人様……ヴェルグ様の家事奴隷です」
「……知っているとも。すまない、混乱させた。君の幸せを奪うつもりはないよ」
まぁ。
ステータスなんかは一周目だけど……コイツの予知能力は、あるいは「別の可能性」も引き当てていたのだろう。
それはつまり、まっとうにフレースヴェルグが主人公である世界を、と。
「あの、そろそろ、良いですか」
「時間を取らせた。本題だ、ヴェルグ。辿り着くための称号を」
「あいよ」
つける。
称号『至者』。それは"答えのないもの"から貰った称号だ。
「ここには今、揃っている。善でありながら、悪に染まり、そして戻った者。上位のものでありながら、奉仕をする者。あってはならない存在から、二つに別たれた者。残った聖樹の全てを引き継いで、世界の夢を終わらせんとする者」
そして。
「世界より生まれ出でし者でありながら、それを否定し続ける者」
テーブルの下。
そこの、死んでいるはずの転移紋が光を放ち始める。
「ユグドラシルよ。聖樹よ。今ここに至りし者を、貴女の御許へ導きくだすれば──」
来る。
察しているのだろう、聖剣アガベーを抜いたワォスタクラインに合わせ、俺も粛清剣を抜き放つ。
「これより岐路へと舵を切る。振り落とされるな」
直後、地がひっくり返った。