アダルトMOD入ってるせいで超やりにきぃ 作:姫鼠まりあ
世界でも最高峰と言える集団が高みを目指す会を開いた頃。
帝国に建てられた一軒家で、少女たちが幾つもの資料をもとに云々と唸り声をあげていた。
「唐突な魔化が心の変化を原因としている……というのは確実なようじゃが、じゃからなんじゃという話じゃな」
「心を失くしたところで魔化には関係ない。
「むかーしの話だけど、聖水作りに心を費やした聖女がいたらしくてさ。その人間の心は枯れちゃったらしいんだけど、別に魔化はしなかったって記録があるんだって。だから」
だから。
「……八方塞がり、です、ね」
「答えの出ない話を考えていても仕方ありませんし、とりあえずお茶にしませんか? はい、どうぞ」
「ありがとーメアリち。……メアリち?」
「はい。お久しぶりですね、皆様。お元気でしたでしょうか」
いつの間にかいたメアリー。
それと。
「お茶菓子を持ってきましたの。折角ですし、皆さんで食べませんか?」
「リア。久しぶり」
「ええ、お久しぶりですわ、ケルさん」
リア。喋ってはいないけれどラクニシェルもいる。
「私は久しぶりではないが……ん、なんじゃその荷物」
「まぁまぁ。まずはお茶菓子で心を落ち着けてから、ですわ。何かに行き詰まった時はまず、一度下がった場所から全体を眺めてみると答えが出てくるものですの。ですから、ね?」
そういえば最近開いていなかった奴隷女子会。
それも兼ねてのチルタイム──皆の凝り固まった肩をほぐす会が始まったのだった。
あれ? と。
何気なしに出されたソレ──お茶菓子を食べたシーファが声を漏らす。
「どうかしましたか、シーファさん」
「……美味しくてビックリしちゃった」
「あら。口に合いましたのなら、もっと食べてくださいな」
「……」
そのシーファの様子に"気付いた"のは二人。
メアリーとアウラニだ。
「すみません、ラクニシェル様。この茶菓子の成分、あるいはレシピなどはお教え頂けますでしょうか」
「あーっと、すまねえな、私は兵団長であってコックじゃねえ。そんなに気に入ったんなら今度聞いてくるよ」
「何か特別な材料を使っているわけではない、のですね? エイルニルス公国原産の果実などは」
「あれが生るのはまだまだ先ですわ。ですから……特に特別な材料は入っていないはずですの。美味しさは保証しますが……」
「失礼、ですが、少し、鑑定をしても、いいですか?」
「え、ええ。構いませんのよ」
鑑定スキル。誰しもが持っているわけではないけれど、ある程度の冒険者なら練度は違えど保有しているそのスキルで茶菓子を鑑定するアウラニ。
けれど、当然。
「……魔素、及び、高位魔物の素材は、使われていない、ようです」
「何当たり前のこと言ってるのアウラニさん。そんなもの使われていたら、私達が──」
ツゥが途中までそれを言いかけて、ようやく気付いたようにシーファを見る。
俯いたまま無言で、けれどはぐはぐとお茶菓子を食べているシーファ。
美味しそうに。
「おーい何かに気付いとる組。何もわからん無知蒙昧な私らに恵みを分けとくれ~」
「一緒にしないで欲しい」
「酷いの最近特に!」
美味しそうに、本当に美味しそうにお茶菓子を食べきったシーファは、言う。
「美味しい!!」
「……そういえば、シーファが家事奴隷をしなかったのって」
「ええ、そうです。シーファ様は料理ができないということはないのですが、魔族であるが故に人間と感性が違うため、人間が美味しいと思うものを作れない──という欠点がありました。ですが」
「凄い凄い、こんな、魔物素材ほとんど使ってない……使ってても植物魔物の素材だけな奴食べて美味しいって思ったの初めて!」
どれだけ普通に接していても、どれだけ普通に喋っていても。
シーファは魔族である。
根本の部分で人間と違うし、感性も価値観も世界観も人間のそれとは異なる。
だというのに、美味しかった。
人間が美味しくあれとして作ったお菓子が美味しかった。
「考えられる理由は三つ。一つはシーファ様が魔族でなくなった可能性」
「いやぁ……まだ魔族かなー。出してないけど魔素操れるし」
「二つ目は、感性が違うのは魔素が原因で、故に魔素と切り離されたという可能性」
「それも同じ理由で違うかも」
「三つめは──何か違う理由で。何かが起きて、シーファさんだけでなく、魔族全体に変化が起きた、という可能性」
「一番曖昧だけどそれだと思う」
ツバナの「それって結局何が分かったんじゃ?」という呆け顔。
そんな彼女らの様子をして、リアがため息を吐く。
「全く……落ち着いてくださいと言いましたのに。けれど、如何なる時でも学びと観察をやめない姿勢は見習うべきものですわ。──いいでしょう、お話の続きをしましょう。ラクニシェル、食べ終わったお菓子の食器を……って、あら」
「既に片付け終わっております。お仕事を奪ってしまったことを謝罪します、ラクニシェル様」
「いや良いけどよ。……早業ってレベルじゃねぇな、メイドさん」
片付けられて拭き掃除までされたテーブル。
幾度か頷いて、リアはソレ……持って来た資料をテーブルに置いていく。
どれもこれもが古い書物。高位魔物の皮をなめして作られた文書まである。相当な年代ものだ。
「エイルニルス公国の年代記……特に禁書、秘蔵書扱いとされていたもの。一度は滅んだ我が国ですが、魔族も、知性無きゴブリンたちも、こういった古めかしい本には手を出して行かなかったのですわ。ですから、これらの中には賢者シルドラの書いた本もありますの」
「シルドラ?」
「賢者シルドラ。エイルニルス公国の建国者でありながら、初めて白銀章に至った冒険者と言われている方ですね」
「ええ。故にここには、彼の冒険日誌もありますのよ。ただ、古すぎて今の時代と使用している文字が違う点が多くありましたの」
「では解読作業からですか」
「いえ、それは既に頼んでありますから、私達は他のものに手をつけましょう。魔素。魔化。心。魔族。それらが記された本を全て持ってきましたから、あとは人海戦術ですわ」
お茶菓子の糖分で休んだ脳。
一歩引いた視点。
すわどんな解決策が出るのかと心のどこかで期待していた一部の者達はそのスーパーパワープレイに落胆したけれど、「そういえばリアってこうだったっけ……」と心を持ち直す。
そして、全員が全員本の虫となる時間が始まった。
ただ、ここで意外な才能を見せつける者が出る。
「ねーここの『終了から遠ざかる構造』って何のことだと思う?」
「治癒装置のことじゃろな。古い書物によくある表現じゃ。死という直接的な表現は、文字の形であっても残したがらない。その本が呪われる――そんな迷信があった時代もあったらしくての」
「じゃあこっちは? 『黄金と白銀、六つの色に輝く水』」
「魔力じゃよそれは。黄金は余剰魔力、白銀は極限状態の魔力。六つは言うまでもないじゃろうが、五大属性のことじゃ」
ツバナである。
予てからの趣味──古いもの好き、年代物や歴史のあるものの収集、鑑賞を趣味としているツバナは、「その時代でしか使われていなかった言い回し」や「時代背景を鑑みた曖昧に指されている何か」をバシバシと言い当てる。
それはあるいは考古学者もびっくりな、という冠がつく程の知識量であったが──実は【古銭】に始まり、たまーにヴェルグが「反応が面白いから」という理由で見せてくる歴史的価値のあるアイテム群のおかげで、そんじょそこらの学者よりも"本物"を知っているのである。
「ツバナ。シルドラが生きていた時代での魔素ってどんな言い方をされてた?」
「うーむ、魔素については微妙なんじゃよな。先も言った通り、文字に起こすことでそれがその性質を帯びる、という迷信のあった時代があっての。そこで一度魔素だの魔化だの魔族だの、死だの老いだの……そういう言葉が焚書にされたことがあったようなんじゃ」
「ということは、疫病や流行り病といった表記が魔素である可能性は」
「低いじゃろうな。それはそのまま疫病や流行り病である可能性の方が高い。じゃが……私が読んだことのある書物には、"彼の者の意思"という表現が為されていたことを覚えておる」
「え、それって」
「うむ。シーファが言っていた通りのことじゃろう。……思えばそれがわかるということは、もしや魔族が書いた書物、というのもあるのか?」
バッと顔を上げて、パラパラとページを捲り出すアウラニ。続くケルとメアリー。
彼女らがそれぞれ開いたページ。指差すそこに書かれているのは、「声」や「意思」、「湧き上がる心」。
「う、うむ。それらは魔素の意であるかもしれんの」
「著者は誰ですの、それ」
「ハープーン・テッペルヴィナ、ですね。ご存知でしょうか」
「あ、これもハープーン・テッペルヴィナだ」
「こちらも、です」
「テッペルヴィナ……。ラクニシェル」
「はい。すぐに調べます」
ただ。
「……私がいうのもなんだけど、魔族が人間のために本を残すとか……無いと思うんだよね」
「魔族のために、ということは、ないのですか?」
「ナイナイ。私達って寿命かなり長いし、本にするくらいならその素材食べるし。何より書き残すべきこととか無いし。……うーん、こういう言い方すると皆は怒ると思うけど、魔族って消耗品だからさ。そもそも魔族のあれそれは遺るべきじゃないんだよね」
魔族の痕跡。舞台の消耗品は、舞台に汚れを落とすべきではない。
故に魔族も魔物も、そこに魂を捨て置かない。存在自体がそうである魔族が何かを遺す、本を書き記すなど──考えもしない。
「魔化した人間でも、ですか?」
「うん。魔化した時点でそう考えるようになるはず」
「シーファさんも、そう、ですか?」
「……どうなんだろ。私は……でも、みんなで撮った写真とかは消したいとは思わないし、みんなに忘れて欲しくないって思ってるし……」
「では、ハープーン・テッペルヴィナ様も同じかもしれませんね」
「同じ?」
少なくとも事実としてここに本があって。
魔化した人間なのか、魔族なのかはわからないにせよ──魔素の声が聞こえている状態で筆を執っていて。
なれば。
「忘れられたくないと、消耗品ではなくなりたいと──自らを愛することのできた魔族。今のシーファ様と同じように、です」
心変わり。
人間にそれが起こり得るのならば、その延長線上にいる魔族にだって。
「何かいい雰囲気になりかけているところ心苦しいんじゃむがもご」
「ツバナ。別に全体に共有する必要はない。こっちはこっちでやることをやっておくのが正解」
「む。……そうじゃな。シーファにしかわからんこともあるじゃろうし。であるならば……ケル、ツゥ少しばかり質問をしたいんじゃが……その、言いたくなかったら答えんでいい」
「なに?」
「私も?」
シーファについてを考察する組と、本を読み漁る組。
自然と分かたれた二グループ。
「その……
「ん。いいよ、特に気にしないから何でも聞いて」
「死した者……
「ええと、それは……
「うむ。時代の遷移、そして国ごとに葬法というものは変わる。たとえば鬼の国の葬法は埋葬じゃった。地下の大空洞への埋葬。帝国は火葬じゃな。エイルニルス公国は埋葬……聞いた話でしかないが、アクラハイルという街は水葬だったと聞いておる」
ケルとツゥは顔を見合わせる。
見合わせて……何かを握るような手をして、それを互いの左胸に向け、刺す動作をした。
「?」
「任務で死んだら、火葬。骨も残さない。施設の中で死んだら、埋葬。反抗による死は、見せしめに死体を磔にして、肉体を魔物に食べさせて……それで終わり、だったはず」
「心臓と眼球は抜くのよね。一度手伝わせられたことがあるわ。なんなら私の死もそれだし」
「……」
「参考になった?」
「……それは誰の考案なのか、と思っての。確か組織のトップがグノーシスで、裏で操っておったのがガーリー、じゃったよな」
「うん」
「ええ、そうね」
「書物で読んだだけじゃが……それと全く同じ葬法の国があった。『善し者、火の情を受けて美しく。哀し者、土の下で安らかに。悪し者、晒し乾きて走狗の餌に』」
「へぇ。それはどこなの?」
「現在は『禁じられた聖森』とされている場所。かつての名は
どことなく
けれど二人に心当たりはないようで、首をかしげるばかり。
「それで何が分かる? そこがどう関係する?」
「この
「あら。でも、意思や声は魔素の意、なのよね」
「ああ。じゃから気になった。魔族が住んでいた国とは考え難いが、記述を見ればそうとしか思えぬ。そこであちらの話……もし魔族や魔化した人間の中に、例外と言うべき存在が生まれていたとしたら、どうじゃろうか」
「例外」
「シーファのような。あるいは真偽は確かめねばならんものの、ハープーン・テッペルヴィナのような、じゃな」
禁じられた聖森に
「そこへ行って調査してみるのが良いでしょうね」
「おわっ」
「メアリー。そっちの話は終わった?」
「終わりました。というよりツバナ様が水を差した時点で終わっていたようなものでした。なので聞き耳を立てて話を聞いていた次第でございます」
「……私はエイルニルス公国に帰って祆国なる国について調べてみますわ。賢者シルドラの冒険日誌の解読結果もそろそろ届くころでしょうし」
「そういえばだれに頼んでたの?」
「バルクスさんですのよ」
「……ならまずバルクスに聞けばいい。祆国のこと」
「確かに。ルウィンちもなんか知ってそー」
文字通りの生き字引。アスガードに寄ってから禁じられた聖森へ。
当然激しい戦闘が予想されるので、ちゃんと準備してから──という次第となった。
「祆国ですか。はい、知識データベースに該当があります。座標は……マップデータによれば、現在は禁じられた聖森と呼ばれている森になりますね」
「いつ滅んだか、とかわかる?」
「二千年前です。時期を見ると、聖堂が教会から別れた頃合いですね」
「ほう、聖堂は教会と元を同じとしておったのか」
「はい。大陸には元々教会と神殿という二派が存在していました。どちらもそれぞれ神を擁していましたから、ある意味で異教として対立する関係にあったと言えるでしょう。ただ、神殿は秘密主義ですので早々に雲隠れをし、教会もまた自らの教義に固執するあまり聖堂という一派を生み出すに至りました」
故に聖堂には神とされる魔物がいない──というのは、彼女らの知らぬ話。
「他に聞きたいことはありますか?」
「滅んだ理由とかは」
「……データベースに該当がありません。恐らく私へ知識のインストールを行った人類にとって、都合の悪い情報だったものと思われます。この場合に指す"人類"は私を建造した国というより、その子孫……つまり二千年前のシアルル王国になります」
「おや。その頃のバルクス様は封印されていたのでは?」
「はい。知識のインストールに関しては別窓……シアルル王国王家に伝わる水晶を通して行われる歴史の編纂であり、私が封印されている事とはあまり関係がありません。正確に言えば、私という終末防衛機構が封印されたのち、しかしただ封印しておくのはリソースの無駄であると判断した当時のシアルル王国王家が、私のメモリールームを書庫とした、というべきでしょう」
敵性存在を正しく認識できなくなった終末防衛機構B.A.R.C.U.S.の暴走した理由──はまだ語られないものであるが、永遠に封印を施すのであれば、と当時の王家はバルクスの再利用を考えた。
それがバルクスの書庫化。知識データベースに間借りする形でサブライブラリを付け加えた。ただしマップデータや王国に関係のない国の情報の全てを記録しているわけではないから、時折の更新が必要となる。
それでも彼女が覚えているということはつまり。
「……シアルル王国が祆国を滅ぼした、という可能性もありますね」
「誰が悪いかとか、どういう目的があったとかは今よくない? 調べるのは人間の大陸に魔族が住んでいたかどうか、って事と、なんで住めていたのか、ってトコじゃん。あんまり考えること増やすと何が目的だったのか忘れちゃうよ」
「その通りじゃな。よし、バルクス。助かった。ところでルウィンはどうした?」
「ルウィンさんはデルヴァーザン丘陵にいます」
「……なんでまたそんな辺鄙な場所に。まぁ良いわ。バルクス、お主は行くかの、禁じられた聖森」
「いえ、私はまだ解析作業中ですので。リアライズさんに頼まれたものもありますし」
「そういえばそうじゃったな。……よし、それでは──行くか、禁じられた聖森!」
「おー」
あるいは牛歩であるのかもしれない。
それでも着実に、確実に。
力技のヴェルグとは別口で──世界の真実には、少しずつ。
アカシャの円盤。
そう呼ばれる場所に、フレースヴェルグはいた。魔素源王ドゥームスは大地洞と呼ばれる異空間に籠って戻って来なくなった……かと思えば、突然現れた影と襤褸布のナニカによってその大地洞の入り口ごとどこかに送られてしまった。
その時にかけられた言葉。「やぁ、ボクの元宿敵。全てを終えた君に用はないよ。舞台に戻って来られるように、せいぜいソレを有効活用してみるといい。じゃあね~」。
ソレ。
隠していたソレは、ヴェルグが投げ渡してきたものである。
「……」
キューブ。
鑑定スキルを使えば【逐条の曹灰硼石塊】と出てくるソレ。聖気を帯びているわけでも、魔素を増幅するわけでもないソレ。
フレースヴェルグは様々な物を見て来た自信がある。曹灰硼石自体も知っている。
けれど、このアイテムは知らなかった。
ヴェルグが渡してきて、あのナニカが指摘してきた以上は何かある。
けれど。
「……ん。らしくねーな。魔化してからというもの、考えがネガティブになりがちでいけねぇや」
一瞬リスクを考えようとした頭を振る。
魔素源王によってネレットを含む五人──とイゴナ──を人質に取られ、二の足を踏んでいたフレースヴェルグ。
けれど。
ああ、けれど、だ。
「それは、らしくない」
アイテムボックスから取り出した魔剣の一振り。
それを──思いっきり振る。
齎されるは絶大なる破壊痕。
縛りは。
「──感謝するよ、名も知らん化け物。アンタのおかげだ」
聞こえないどこかで「うわ、ボクに感謝するとか流石フレースヴェルグ……ってコレ前も言ったような」とかなんとか言ってるのなんて当然聞こえないままに。
フレースヴェルグは疾走する。
アカシャの円盤は見た目以上に広い。故にネレット達が囚われている場所まで多少なりとも時間がかかる。
それを。
「デーモンスキル:影地発倒」
抜く。
床に手を付け、狙いを済ませた突き。威力が出るとは思えない姿勢から放たれたそれは、しかし剣先にあったあらゆる障害を崩し尽くす破壊力を持つ。
フレースヴェルグは、その開いた穴に。
「ハ! 甘くて結構、エグくて結構!」
躊躇なく飛び込む。
縛り。ドゥームスによってつけられた縛りは──世界を超えて尚も発動している。彼の身体を蝕んでいる。そしてそれは、ネレット達も、なのだろう。
けれど。
「知っているさ。だから一緒にいるんだよ、馬鹿め」
落ちながら、否、穴の壁を蹴って加速しながら。
フレースヴェルグは奥へ奥へ、底へ底へと降りていく。ねじ曲がった空間もものともせずに、深く深く、深淵へと降下していき──。
少女らの眼前へとたどり着いた。
四肢をX字に開かれ、磔にされている少女五人。と、女性一人。
衣服を剥かれ、痛めつけられ……見るも無残な姿になっている少女らは、けれど生きている。当然だ、生きていなければフレースヴェルグへの人質にならない。
「悪い。遅くなった」
「……フレースヴェルグ?」
「ああ。ちょいとな、他人の空似と、よく知らん化け物に背中叩かれたんで、発奮して来た。全員生きてんな? よーし、出るぞ、こっから」
「……馬鹿。近づくな。わかってんだろ、課せられた縛り。オマエやべーぞ」
ヤバい。
何が、だろうか。
それは、フレースヴェルグの左腕がひしゃげていることを言っているのだろうか。それとも頬から右目にかけてが抉れていること? あるいは腹部に大穴が開いていることか。
当然ながらドゥームスは言葉だけの縛りを課したわけではない。痛み。苦しみ。傷。破れば目に見えて現れるソレを見せしめに、彼を縛らんとした。
「ばーか、そりゃお前らもだろ。すまんな、俺が近づいたからお前らもヤバくなっちまった」
「ばかは、あなたです。……わたしたちみたいな弱小魔族……放っておけば、死ぬような、ゴミなのに……」
「ネレットもっと強く言え。もう叫ぶ気力がない」
「来るなバカ! オマエは純粋な魔族じゃないんだから、死ぬぞ! 魔素で回復できないだろ!!」
「純粋な魔族なんか、最初からいないさ。……ああ、そういうことを言いたいんじゃない。……変わらねえよ。これで俺がこの場から離れたら、何か変わるか。馬鹿言え、俺はまた魔素源王の奴隷になって、お前らのことで一喜一憂する日々を送る。やりたくもねぇ魔族侵攻で人間滅ぼして……あーあー、そうだよそうだよ。結局アイツが全部滅茶苦茶にしたから、俺のやりたかったこともできてねーんじゃん。そう考えるとイライラして来たな。これ割ってやろうか」
寄って来たシリアスは、けれどどこかへ抛り捨てられる。
フレースヴェルグが計画していた魔王の乗っ取り作戦。それは全てパァになった。他人の空似のせいで。
それで今、あの他人はドゥームスを倒すことを他人に任せて、どこかで自分のやりたいことをやっているらしい。
「……」
フレースヴェルグは【逐条の曹灰硼石塊】をアイテムボックスから出す。
有効活用。
何がだ、と。
けれど同時に。
「発動、【逐条の曹灰硼石塊】」
感情とは別口で脳を回転させられるのがフレースヴェルグの強さの最たる部分だ。苛立ち。驚き。悲しみ。怒り。そういったものを感じておきながら、酷く冷静に状況を整理できる。
そしてその脳は言っていた。今が使い時だと。
だから、従う。
前兆に従う。それはフレースヴェルグの座右の銘でもある。
して――それは正しかった。
「これは」
「……なんだ? あたしから……ううん、皆から何かが伸びてる」
「呪詛と契約の可視化……? おいおい、なんつーピンポイントなアイテム持ってやがる」
ただの呪詛スキルであればレジストができた。たとえ魔素を抑えられたといっても、そもそもがフレースヴェルグである。ネレットらとフレースヴェルグの間に結ばれたパスを考えれば、その魔力の糸を追うことさえもできた。
けれど単純な呪詛スキルではなかった。契約スキルと混じった呪詛スキル……恐らくはドゥームス固有のスキル。
故に手出しが出来ず、尖兵に身を窶すしかなかった。
でも。
「ああ……人生は何が起こるかわからない。騎士時代に妖狐族と関りがあって良かった」
かつて最強の騎士団長と呼ばれていた頃のフレースヴェルグ。
彼が対応した様々な事件の中には、契約スキルの被害者となった者もいた。それは誰もが手を焼くものであったけれど、丁度行商に来ていた北の孤島出身の妖狐族の助けがあって、無事解決した……という、それだけの話。
その妖狐族はデルフォイアーという名の女性で、「ただ見ていられなかったから手を貸しただけだ」「お礼なんか要らないよ、重荷でしかない」なんて言っていたものだから、フレースヴェルグは頭を下げたのだ。
辟易するデルフォイアーに、「感謝を述べたいから、何か適当なことを教えて欲しい」と。
その目的と手段がごっちゃになった頼みに女性は苦笑し、「じゃ、次に似たようなことがあった時、アタシがいるとは限らないからね」と……契約スキルの解き方のコツをフレースヴェルグに伝授した。
妖狐族と関わったのはそれきりで、ただの一回であったけれど。
「二度目の感謝を述べよう。ありがたい!」
フレースヴェルグ。
一を聞けば百を覚え、千に応じて万を得る男。それがこうして、【逐条の曹灰硼石塊】によって可視化、細分化された呪詛スキルと契約スキルの絡み合いを見せられたのなら──それを解くことなど些事に等しい。
たとえ体がボロボロでも、死にかけでも。
彼の頭が鈍ることはない。
そうして。