アダルトMOD入ってるせいで超やりにきぃ 作:姫鼠まりあ
魔素とはこの世界で生きる人々が成長とともに失っていく心の片割れ。
その善悪が分かれる基準こそ定かではないけれど、善人は善人として悪意を失い、悪人は悪人となりて善意を失う。それら失われた心が魔素という形を取りてドゥームスに集い、あれなる巨星は魔素源王と呼ばれた。
人が産み、別たれたものであるのに、人に捨てられ、宙の海の彼方へと追いやられた彼の星は、憎しみと悲しみを帯びて舞い戻る。自らが片割れの集合体であるのなら──もう片方である人を駆逐せしめれば、支配権は自らに移るのだと信じて。
旧人類を殺し、取り込み、新人類として地を踏まんとす。
世界全体が今、鳴動を始めた"三度目の滅亡"を前に、抗わんとしていた──横で。
「ハルフィーさん。久しぶりだな」
「あらヴェルグさん。本当に久しぶりねぇ、どうしたの今日は」
「ちょいと近くに寄ったんで挨拶巡りって感じ。他のトコにも顔出す予定だけど、ま最初はハルフィーさんかなって」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。あ、そうそう。姉がね、とうとういいヒト見つけたみたいで」
「お、マジか。あのちびっこ拾ってくれる奴ってことは、相当な」
「そそ。相当なのよ。それでいて大きいから穴の周辺をある程度伸縮させられるポーション作れないかって注文が来ててねー」
「まーた劇毒になりそうなものを」
「とりあえず試作はしてみたんだけど、曰く"入るようにはなったけど感覚がなくなっちゃった"とか言って」
「あー」
他愛のない世間話。従業員としてでなくここにいるのは最初にここへ訪れた時以来だけど、気の置けない友人として仲良くできている気がする。
「そうだ、ヴェルグさんがいなくなってから作った新作のポーションがあるんだけど、一個持って行ってくれる?」
「いいのか?」
「勿論。ヴェルグさんにはお世話になったからねぇ。はい、これ」
渡されたのは透明なポーション。
珍しいな。ポーションは大体色付きなんだが。ハルフィーさん自身、無味無臭だと危険だから無色透明のものにはわざと色を付けているとか言ってたような。
「名付けて耐性無効化ポーション!」
「また……薬っつーか毒っつーか」
「元々耐性低下ポーションはあったんだけどねぇ、ヴェルグさんみたいな強い人には効かなくて、一部の層から"俺も全身弛緩状態で女に腰を振られたい"って要望があって、研究に研究を重ねて作り上げたんだよ。アラダの研究者から石化に関するポーションの相談を受けた時にティンと来てね」
そういやなんか言ってたな。リチャード・イングリディアナが。帝国の有名な調剤師がどうこうって。
「これがあれば! ヴェルグさんにも媚薬が効くよ……!」
「ありがとう、ハルフィーさん。色々片付いたら奴隷と一緒に享楽の宴に興じてみるわ」
「気に入ったらまた買いに来とくれ。……ちょっと割高だケド」
「ちなみにいくら?」
ハルフィーさんは指を三本立てる。
たっっっっか。
三十万ですってこのポーション一本に。エグ過ぎる。超大金持ちしか買わないぞそんなん。
「ヴェルグさんなら、ね?」
「まー湯水のようにあるからな。んじゃまた」
「はいよー」
……マスカルウィンか、メアリーか……ハルフィーさんの言う通り自分に使うか。そういえばバルクスってポーション効果あるんだろうか。機械だけど。
なんにせよ、元気そうでよかった。エルシータも。
「ありゃま、旦那さん。お久しぶりですな!」
「おう。繁盛してるか、ノズヴェルガー」
「ぼちぼちでっせ。どうします、見ていきますか? またぞろ訳あり商品、揃ってますよ」
「あー。今回買う気はないんだけど、見るだけ見るとかいいか? 冷やかしになっちまうんだが」
「構いません構いません。商品ってな、見るだけでも楽しいモンですからね」
「奴隷に対してそれを言うのはどうかとは思うが、まぁまぁ」
天幕の中に入り、上下二列に並べられた檻を見ていく。
まーいるわいるわの訳あり商品。リアのようにどっかの滅んだ国の姫だの、騎士だの、精霊遣いだの、聖女だの……。
んー。
「まーこの辺で」
「おい、待て。そろそろ全員爆発しそうなんだ。頼む」
「そうは言うけどなヴォーガー。要らねえんだわ今奴隷。つーか買ったとして役に立たんだろお前らがいる限り。っつかなんで奴隷? 魔物に食われてその後蘇生させたのはわかるけど、誰に売られたんだよ」
「……路銀が底を突いた。蘇生後、そのあたりにあった街で幾つかの依頼を受けたヴァネッサは……しかし、その全てで失敗し、さらには弁償が発生する事態にまでなり……一時は身売りをしようともした。誰にも買われなかったが」
悲惨すぎる。
精霊の試練とは別のところから呪われてんじゃねーの。
「最悪ヴァネッサを買うのは良いんだけど、横のはどうする。俺を死ぬほど睨んできてる聖女は」
「別に奴は要らん。自己蘇生を以てヴァネッサを魔物の胃から引きずり出してくれたことは感謝しているが、それも排泄後に我らがやればよかっただけのこと」
「……アレだ。今ラヴ・グラットルは大事な時期でな。感動の再会は後にしたい。だからもうちょい奴隷でいてくれ」
「それは構わないのだが、私以外の精霊が今にも周囲の人間を惨殺し始めそうでな」
ふむ。
……。
仕方ない。買うか。いやはや、ノズヴェルガーはそういう星の下に生まれて来たんだろうけど、苦労すんな。
「わかったわかった、買いはする。が、もうちょい待て。今俺ショッピング中」
「……承知した。なんとか抑えておく」
「おう。んじゃノズヴェルガー、コイツとコイツ買うから準備してくれ。まだ見たいから会計はちょい待ちで」
「了解でっせ!」
それはもう激しく俺を睨みつけている聖女……ポリウィック。あとサイレンスかなんかかかってんのか、俺を見てからずーっと顔を明るくさせて口をパクパクさせているヴァネッサ。
両名を買って、他はーっと。
あとは知らない顔だから称号だけ見ていくか。えーと。『人類史上最高の娼婦』、『ワーム天井』、『全身性感帯』……これほんとに称号? アダルトMOD適用され過ぎじゃない?
あとこの『クリトリス1m20cm』はマジで何。うわ気になる……買いてえ、死ぬほど買いてえ。けど今一応シリアスシーンでぇ……ラヴ・グラットルの修行に戻らないといけなかったり、なんか禁じられた聖森に行ったらしいケル達の様子を見に行ったりしないといけなかったり、大地洞から出たあと、イサカリを探しに行くとか言ってどっか行ったフレースヴェルグの様子を見に行きたかったり、バルクス曰く「そんな人は見ていません」らしいリシの行方を探さないと行けなかったりする……んだけど。
気になる……とても!!
「おにーさん、あたしが気になるのか?」
「お前……なんかシリアスな過去持ってたりしない?」
「は?」
コイツにシリアスな過去があれば!
こう、良い感じに組み込んだりできないものか!
「ノズヴェルガー、こいつの説明をくれ」
「おっと承知いたしやした。この奴隷はノーラってな名前で、以前はアクラハイルの見世物小屋で働いてたそうで。そいでアクラハイルの名物である見世物遠征……まーなんだ、見世物小屋の商品を他の国で見せて回る、雑技団みたいなのがありましてね。それで外に出てたら、帰って来たころにゃアクラハイルが無くなってるときたもんだ」
「あー」
「なんで見世物遠征の隊長は見世物遠征だけで生活費を稼ごうとしたんですがね、やっぱり大所帯となると人員削減が必要で」
「それであたしが削られたってワケ」
……シリアス、な……過去……。
「ちなみになんで見世物小屋にいたんだお前」
「そりゃ勿論コレよ」
言って自身の股間をまさぐり、普通にしか見えないクリトリスを抓んで「んっ」と声を出すノーラ。それを──ぐいーっと引き出し始めたではないか。
種族は普通に人間。看破を使ってもそれ以上の情報は出てこない。レベルは22。限界突破してるとかでもない。
ただ。
ただ、ただ──。
「ほら見て、あたしのクリトリス。こんなに伸びるの、面白いでしょ」
「……いやまぁ面白いんだが、えっと」
「ん? 面白いでしょ? だから見世物小屋に自分から行って、この伸びるクリを使った芸で日銭を稼いでたわけ。時折娼婦もやったりしてね」
「何かこう、涙なしでは語れない過去とかは」
「ナイナイ。あたしその日のノリで生きてるから。見世物小屋に入ったのも自分の能力を生かせるって思ったからだし、こうして売られてるのも別段気にならないし。店長さん凄く良い人だから、不満とかなーんにも。しいて言えばちょっと性欲が溜まってるくらい? どうおにーさん、買って行かない?」
ん~~~。
ううううん。
個人的な話をするとォ! 超欲しいけどォ!! 今一応シリアス月間でぇ!!!
「ちなみに他にできることあったりするかお前」
「他? んー、まぁ一般的な家事とかお掃除とか、あと見世物小屋で通じる程度の軽業とか?」
ウチの家事炊事は全てメアリーがやっている。本人曰く分け身が使えるので疲弊したらソレにやらせればよくて休みとか必要ない……らしいけど、スキル使ってる以上がっつりした休みではないのは事実。
家事奴隷としては役に立つ、か。兼性奴隷としても。
容姿も、勃たない、ってほどじゃない。ドストライクではないけど、普通にエロい体してる。
「もう一押し。なんか無いか」
「えー。えー? ……そーだな。実はこのクリ、長さに目が行きがちだけど、細さもある程度変えられて……昔相手した男には、それで尿道プレイをしたことあるよ。男のチンポをクリオナホにするって背徳プレイは、あたしにしかできないんじゃない?」
「……もう一声! エロ以外で!」
想像しただけで色々面白そうだとはいえ!
今一応シリアスで! あと俺がちょっと色々画策してる時期で!
なんか! なんかくれなんか!
「そーだなー……うーん、これはアピールポイントになるかわかんないけど」
「なんでもいいよ。俺もお前買いたいんだけどあと一歩って感じだから」
「オッケーわかった! 実はあたし、前世の記憶があって、前世ではお姫様やってました! ……なんて信じてもらえないだろうけど」
「ノズヴェルガー、会計頼む。コイツ買うわ。つーか一番にそれを言ってくれたら他聞かずに買ってたわ」
「ええっ、あたしの長所はこの長クリなのに!」
なんだお姫様って。
どこのだ。つーか前世って……この世界輪廻転生の世界じゃないぞ。え、地球で姫だったってこと? どこの? それとも異世界?
「あいよー、んじゃせしめて……キリよく金貨100枚!」
「割引し過ぎだ。200は固いだろ」
「いやまぁ旦那さんですし」
「俺は金持ちだから定価でいいの。ほれ、貰っとけ」
「へい、すいやせん」
そんなこんなで。
買う気の無かった趣味奴隷と、諸々の兼ね合いを考えたヴァネッサとポリウィックを購入。
……シーファあたりが家に来て「また増やしたの!? 学ばないにも程があるでしょ!!」とか言いそう。言われた所で反省する気は無いけど。
ただどうしよう。まだ挨拶巡りはしたいんだけど……。
「んじゃ改めてよろしく旦那さん! さっき紹介された通りあたしはノーラ。見世物小屋出身で、エロいことどんとこい!」
「おうよろしく。この二人は俺の知り合いでな、だんまりなのは気にしないでくれ」
「あそうなんだ。……片方ずっと口パクパクしてるけど、沈黙の状態異常かかってない?」
「多分うっさかったからかけてあるんだと思う」
「なるへそ!」
さて。
ノズヴェルガーから引き継いだ従属の呪い。ヴァネッサとポリウィックのそれを眷属の呪いに上書きする。ポリウィックとか今すぐにでも寝首を掻きますよって顔してるし。特に問題ないけど一応聖女だからな。
あと……万が一にも魔化されたら困るので、思考レベルの制限をかけておく。
……一旦家に帰ってバルクスに色々頼んで、挨拶巡り再開でいいか。なおヴォーガー以外の精霊は時間停止をかけておくものとする。
「あ」
「よお、スイ。久しぶり──」
「呪詛スキル:炎属性耐性低下、火属性耐性低下──」
「待て待て待て」
「……。なに」
お怒りのご様子である。
それだけのことをした自覚はあります。でもお前俺の風呂入って来たじゃん、という想いもあります。
「久々に帝国に来たから挨拶巡りしてるんだよ」
「……嘘吐いてる」
「いやマジで」
「挨拶巡りじゃなくて、
──……。
「これでも帝国ギルド長。明るい感じで、軽い感じで話して──死地に向かったり、覚悟を決めて何かに挑もうとする冒険者は山ほど見ている。ヴェルグ。今の貴方からは全く同じ感覚を覚えた。知り合い全員を回って、様子を見て……自分が帰って来なくても大丈夫かどうか確認してる」
「俺がそんな甲斐性見せる奴に見えるか? 今さっきだって性奴隷買ったばっかだぞ」
「ヴェルグの欲望と行動が合致しないことくらい知ってる。正確には目的と行動が合致しない、かな。刹那的な欲望による衝動的行為はしつつ、大局を見て行動もしている。だからちぐはぐに見える」
「そこまでわかってんなら許してやったらいいのに、スイも意地っ張りだねぇ」
身辺整理。
まぁ、そう見えるか。やってることも似たようなもんだしな。
「じゃあ、これ以上の言葉は要らんな。──あいつらを頼むわ」
「それは、私達じゃ手伝えないこと?」
「おう。邪魔」
「……ケルさんたち、悲しむ」
「良いんじゃないか。悲しむだけ悲しんだ方が良いさ。その方がもっと近づける」
さて。
あとはレジーナ……は、いいだろ。ラムナザール四世もなんか察してるっぽかったし。
「ヴェルグ」
「ん」
「ソレ。斬り落とすの諦めてないから」
「だから必ず帰ってきて──ってか? 物騒にも程があるよ。じゃーなー」
ギルドを後にする。
なんともアダルトMOD導入世界らしい別れの挨拶なことで。
元
その奥深くの、もう誰もいなくなった止まり木。
俺の転換点は三つ。
一つは今もまだ持ち歩いているスライム。もう一つはテュアナ。
そして最後の一つが、ミラージュオウルだ。
「お前がここにいないことは知っている。俺が供養したようなもんだからな。ただまぁ、お前が善であったことが、全ての方向性を決めた。だから──」
そこに石を置く。【不壊岩】というアイテムで、土属性魔法の効果を高めるアイテムなんだけど、その名の通りアイテムにしては珍しく耐久値が存在しない──不壊属性という隠し属性を持つアイテム。だからこれ投擲なんかのスキルで投げてもフツーに強い。
それを置く。
「俺のケジメとしての墓石ってことで、ここはひとつ」
「墓碑に頼み事とは。相変わらず人間の行動は意味が分からんな」
ゆらり、と。
空間の隙間から出てくる全裸の女性。
「なんだよ。また食あたりか?」
「追悼だ。前と同じくな」
女性──リザは、地べたに胡坐をかいて座る。全裸だから色々マズいけどまぁまぁ今更ではある。
「誰の?」
「クレイドルだ」
「……なんだアイツ、もうやられたのか」
「いいや、これからだ。だが、私があの周辺域にいてはラヴ・グラットルらの気を散らそう。故、既に別れは済ませてあるが……らしくも無い話だ。長年連れ添った同僚なれば、感傷も湧く」
「そうかい」
俺が建てた墓石に、とくとくと液体をかけていくリザ。
「エレーリという、魔族の舌に合う酒だ。お前のソレは……【ソーマ】か。芸の無いことだな」
「なんだよファントムと一緒に盗み見してたのか?」
「何でも同じだ。どうせ死者は飲まないのだから」
「じゃあ最初からケチつけんじゃねーよ」
ふ、と笑うリザ。……ま、長年連れ添った、の規模が桁違いだからな、こいつらは。
色々あるんだろう。
「人間。全ての智に最も近き人間。一つ問いがしたい」
「なんだ」
「魔族とはなんだ。消耗品として生まれ出で、その出自さえもあやふやな我らは……何故この世にいる」
思春期中高生みたいな質問だな。
でもまぁ、この世界の人間は"この世界的"である以上、まだまだ赤子も良い所だ。仕方のないことだろう。
「何が良い?」
「真面目な問いなのだが」
「こっちも真面目な返答だよ。何が良い。何になりたい。魔族としてでなくてもいい。お前個人の願いでもいい。何として生まれたかった?」
誰しもがなりたい自分で生まれてくるわけではない。
そうでなくてはならなかった、という者も大勢いるだろう。
けど、今、現時点で、この時点で。
何が良いか。
「──なりたいものなどない。今が良い」
「んじゃそれが答えだよ。魔族であり真紅の幽姫でありリザであるお前さんは、ファントムの部下であるためにこの世にいるんだ。それ以上に理由が必要なら、ファントムに貰いに行け。俺はお前の上司じゃねーからさ」
それが嫌なら反旗でも翻すんだな。
「……人間」
「なんだよまだあんのか。一つだけなんじゃないのか問いは」
「お前は、何だ。何になりたい。何が良い」
「心から好きな世界に来られて心からハッピーさ」
「そうか」
ああ、そうだ。
そうじゃなくちゃな。
「さいならさん」
「……」
未だ墓碑の前に佇むリザにも花束くらいやれたらカッコついたかねぇ。
魔素を翼のように切り分け、地を掴んだ左手を加速源にラヴの右拳が飛んでいく。彼我の距離は二十メートルはあったのに、瞬きの後には一メートルを切っていた。
カラァンという甲高い何かが落ちる音。けれど気にする暇がない。そちらを見るよりも先に、クレイドルは自らの左腕を犠牲にする道を選んだ。それをそのまま、人体ではあり得ない方向……縦軸に回転させ、拳を巻き上げるように動く。
上ずった声。
その発生源だけに集中して、クレイドルは右の拳を入れる。そこでようやく理解した。先程の甲高い音は、自身の剣が弾かれた音であったことを。
「ぅ、りゃ──天火墜滅!」
「!」
聖気を孕んだ炎。それはクレイドルを焼く──わけではなく、その肉体の方向転換のみに使われる。右の拳は避けられた。だが、奇しくもラヴを両腕で挟み込む形となったのを好機と見て、彼女の身体を掴み、膝を入れる。
今度は入った。
同時、頭部に存在を滅する炎の痛み。
「誰も、方向転換のためだけに使う、なんて言ってないから」
「……良い。"アレ"程圧倒的ではないにもかかわらず──心が躍る」
もっとかかると思っていたから。
あまりにも早い"到達"に、殺さずに返さねば主の意向に背くことになってしまうと少々の気後れを覚えていたから。
だからこそクレイドルは、初めから全開で行くことにした。
「魔素覚醒──」
「天使スキル:天界降誕!」
「!」
周囲、凡そ半径五キロメートル程に疑似的な天界が形成される。故、東の廃砦にいたクレイドルの部下である魔化した魔物たちは、ただそれだけで蒸発した。
クレイドル自身にもまた激しい負荷がかけられている。
一秒。
天界降誕が成立した一秒後、ラヴは自身の眼前に迫る剣を見た。
スキルではない。剣士スキルも戦士スキルも、アモルファス聖がすべての型、及び応用範囲を見せてくれた。だから違う。
これは──ただの、ただただ疾い、斬撃。
「……!」
割れる額。あるいは頭蓋にまで到達しているのだろう剣は、しかし脳にまでは届かない。作用点をズラされたのだ。クレイドルの本気の一撃は、本気の一撃になる前に獲物を捉えてしまった。
「天火、墜滅!!」
今度は足。腿裏から放出される聖なる炎が爆発して加速力を上げ、剣を振り下ろした姿勢であるクレイドルの腹に突き刺さる。骨や肉の折れ潰れる音を響かせた後、クレイドルは吹き飛ばされて。
一秒。
「!?」
「もう、反応して来たか!」
またも一秒後。瞬きと同時に剣がラヴの眼前に来ていた。
黒の剣が煌めく。艶やかな刀身は先ほど少女に刻まれた傷口を精確に捉え、さらに奥へと刃を届かせようとする。
「烈破!」
「判断は良い。だが」
ノックバックを起こさせるスキル選択。年の頃を考えれば高い練度で放たれたその格闘家スキルに対し、クレイドルは
剣は傷口を──浅く傷のついた頭蓋を、ざぐ、と貫いた。
だらんと落ちるラヴの四肢。
「魔剣ニルズヘツグ。お前に見せていたのは縮んだ刀身。この剣は本来この長さだ」
クレイドルはまた剣を縮ませていく。切っ先に串刺しとなったラヴを自らに近づけて──その首を掴み、地面に叩きつける。
「う、ぇ、げぁ……!?」
「やはりまだ生きていたか。死んだふりなど、強者がやることではないな」
そのまま、そのまま。
全体重と腕力。さらにその柔く細い白首に強く爪を立てて、その喉をほじくりたてる。
「ギ──!?」
「久しく──人間は食らっていないが。天使であり人間でもあるモノを食らう、というのは、中々ない体験だ」
殺してはならない。それは知っている。
だから心臓には手を付けていない。ただ──首を噛み千切るくらいであれば、蘇生可能な範囲内だろう。聖獣がいることは確認済み。
ゆえにクレイドルはその美しい首に口を使づけ。
「え゛ん゛じずき゛る゛っ!」
「食事時は静かにしろ。マナーに欠ける」
「っ!」
折れる音がした。
首を持ち、そして今その眼孔に指を入れて、食いやすいように折ったのだ。それでようやく、今度こそ演技ではなく四肢が垂れ下がる。証拠になるのか、少女の股からはボタボタと小水が零れていた。
噛み、付く。
「──曳業回帰」
「?」
今まさに、その柔肌に噛みつき、肉を食い千切ったはずだ。
だというのにクレイドルの口に肉は無いし、どころか少女の肉体も無い。
「今のは、なんだ?」
「教えない」
「当然か。なんにせよ、仕切り直しだな」
クレイドルは見逃さない。地面に落ちているはずの血痕や、先ほど少女が漏らした排水。それらさえも無くなっている事実を。
なればこれは、単なる移動スキルや幻惑ではない。
「時に干渉するか」
「ズルいと思う?」
「全く。だからそんな油断は捨てろ、ラヴ・グラットル。──それに」
零秒。
気付いたら、少女の右腕は肩から先が消えていた。気配は背後。そこにあるクレイドルは刀を振り抜いた姿をしており──剣には、自らが斬られたことに気付いていないかのように、ラヴの腕が引っ付いていた。
「時を戻すまでは適わないが、時間停止に迫る程度のことはできる。──ズルいか?」
「──!」
零秒。
けれど今度は、少女が間に合う。
「天使スキル:整合回帰」
「む」
脚を斬り落とすつもりで放った斬撃は無効化され、同時に先ほど切った腕が雲散霧消し、ラヴの右肩に集合、形成が為される。
「ごめんなさい。甘いことを言った。私は……あたしは、もうこの言葉を吐かない」
「そうしろ。そして、お前の攻略法を見つけた」
「あたしも」
魔剣ニルズヘツグ。魔剣レクナモーセン。
二振りの剣を持って、それを十字に重ねる。
「切り刻む」
「殴り潰す」
聖なる炎と拳を打ち合わせて。
「──主よ。その意に背くことをお許しください。俺はこの娘を本気で殺したい」
「いいよ。君の命の輝きをボクに見せてほしい」
「御意」
夜が訪れる。
それが吹き荒れる魔素の嵐だと気付けたのは、果たしてどれほどの数がいたか。
大半は気付かぬままに──魔化したことだろう。
「魔素解放──凶刃涯劾、朱刃纏楼」
二振りの剣に魔素の混じった元素が絡みつく。
炎属性と風属性。水属性と土属性。
「合成スキル:天聖拳……!」
斬る。
殴る。