アダルトMOD入ってるせいで超やりにきぃ 作:姫鼠まりあ
世界は見届けている。
──終端/終焉。
変更/改造された世界/データはついに、己が中身/フォルダに己/フォルダ以上のリソース/データサイズを抱える異変/バグを迎えた。
魔素源王ドゥームス。
乗っ取り/掌握に成功し、改めて世界/世界となった修復端末でさえも、あの暴虐/バグを修復/初期化することは適わない。
願わくは/叶うのならば。
「酷い/酷い世界/世界に/にしないで/するなよ」
世界は見届ける──。
「ハッピーバースデーだ、ドゥームス!」
「なんだ。結局お前がやるのか、一人目のヴェルグ」
最初の衝突に合図など無かった。開戦の鬨を上げようとしていたドゥームスの背後、虚数の陰から飛び出してきたヴェルグが突然斬りかかったからだ。
その剣圧、最強に相応しく。
複数の世界で「己」を食らって来たドゥームスの身体を易々と切り裂き──。
それを全く意に介さぬ様子で、ドゥームスはまるで洪水のような魔素の高波を引き起こす。
魔素は気体、あるいはエネルギーの一種として扱われる。大量の魔素はそれだけで圧力を生み、濃縮された魔素であれば破壊をも伴う衝撃を作り出せる。
当然、そのような波に呑まれたのなら、たとえ魔素をもととする魔族であってもすり潰される──はずなのだが、彼は剣の一振りでそれを払って見せた。
沈黙は一瞬。
誰の瞬きがあったか、直後に二つの姿は消えていて、先と似た衝撃が上空で響き渡る。「ハッ!」という呼気には、隠しきれない喜色が乗っていた。
「ああ、ああ──久しぶりだ。この光景。この世界!」
「……成程。スキルを一切、使わないと思ったら、分け身か」
「外法:彼岸のケラスス。いつか使ったやつとは別の外法でね、自分の体力を代償に分け身を作るのは同じ。代償が大きければ大きいほど自由も利く。まーなんだ、本体はちょっと色々間に合わなくてまだ作業中でさ、代わりに俺が来たってワケ」
「スキルの一切を使わぬまま、勝ち得ると?」
「俺が勝つつもりはない。俺は後続のための時間稼ぎだ。ハハッ──勝つつもりのない最強が、どれだけウザいか教えてやるよ」
ドゥームスは。
言葉にすることなく、呪詛スキルを使う。消滅の呪い。
スキルを使えない分け身。当然耐性も無い。装備で魔素耐性は上げているようだが、それだけだ。
「それだけだと思うのなら、鍛錬不足だな」
「!」
消滅は実行された。
事実ヴェルグの半身は消し飛んだ──というのに、振り下ろされた剣がドゥームスの身を切り裂く。
本体でないのなら眼中にないと言わんばかりに視線を外していたドゥームスは、そこでようやくヴェルグの姿をしっかりと視認した。
──じゃらじゃらと。
それはもう、装飾か何かのように、全身に揺らめく碧の液体をつけた馬鹿の姿。
「ハッハッハ、どうだ驚いただろ。──エリクシール装備だ。お前がどこを斬ろうと、この身をすり潰そうと──あらゆるところでエリクシールが弾けて、俺は完全回復する。そして」
最後の「そして」はドゥームスの背後で鳴った。
それが声であると認識できるまで数秒。当然だ、今も尚ドゥームスの視界にはヴェルグが映っているのだから。
「成程、幻惑か」
「せーっかい!」
切り裂く。切り裂かれる。
これもまたドゥームスの身体を切り裂き、確実なダメージを与える──が、それは「微々たるもの」である。
本来のヴェルグに生半な攻撃が効かないのと同じだ。回復量がダメージを上回っているから、ドゥームスもまたそれを意に介さない。
「魔剣グランギニョル。スキルを使えない俺がお前に勝つ方法はそりゃ、強い装備使うくらいしかねーだろ?」
「弁えているのか、不遜なのか」
拍。
気付けば"手"がヴェルグの腹部に置かれていた。直後、彼は五百メートル後方にまでぶっ飛ばされる。
空中であるにもかかわらず、踵から飛沫を出して踏みとどまることができたのは、イカロスの羽帽子という装備のおかげだ。
だが──その腹には、大穴が。
「まぁ治るんだが」
エリクシールが腹部を充填する。
万能の霊薬。「HPとMPを全快する」というただそれだけの効果は、現実の事象となった時、あるいは恐ろしさを感じさせる劇薬に見えることだろう。
碧の液体が傷口にぬらりと入り込み、それが肉となり骨となり皮となり血や臓物となり。
部位など関係ない。まるでそれは人体の代替品であるとでもいうかのように、なみなみと揺れる碧が傷を嘲笑う。
そのヴェルグを魔素の隕石が消し飛ばした。
デーモンスキル:魔弾流。上空に打ち上げた濃縮魔素塊を降り注がせる広範囲殲滅スキルであるソレは、グランギニョルによって作り出されたヴェルグの幻影を悉く消し飛ばしていく。また、濃い魔素フィールドをも作り上げ、アカシャの円盤のあらゆる場所が黒に染まっていく。
「"黒胎泥"」
「なんだと?」
消し飛ばしたはずのヴェルグが背後にいたこと。それに驚いたわけではない。
ドゥームスが驚いたのは、それがドゥームスの開発した合成スキルの名だったからだ。
トン、と触れられた背中。直後ドゥームスの腹が大きく膨らむ。合成スキル:黒胎泥。触れた者を母体に作り替え、魔素を生み出す苗床にするスキル。
確かにドゥームスの黒胎泥に触れた人間もこうして腹を膨らませ、破裂し、魔素を撒き散らすが──これは違う。
「聖石か、芸の無い」
「……あ、マジ?」
膨らみはした。
だが、破裂まで行かなかった。
吞み込んだのである。ドゥームスの膨大な魔素が聖石一つの聖気、そしてその爆発。
魔族特効80%を誇る、空間の凝縮さえも引き起こす白の奔流を、黒で食らい尽くした。
「お前がクリフォトを、伐採するまで。全ての魔族の意識は、私と繋がっていた。全て、覚えている」
「成程、既に見せた技は通じないと。んじゃクリフォト斬ったのは正解だったわけだ。その後の事は知らねーんだから」
「その後お前は、魔族と戦っていない。否、ファントムの部下との交戦は、あったようだが」
「俺の話じゃねーんだわさ。んでもって──俺と本体とで、ちょいと違うところがあってな」
こんこん、と。
分け身のヴェルグは自身の頭を小突く。
「
「……?」
「ハッハッハ、俺は外法で生み出された召喚物みてーなもんだからなんだろうな。適用されてない。──だからすまんな、手加減抜きでやれる」
無の境地を使わずとも。
分け身ヴェルグの目に映る黒は、全裸の美女なんかではない。
しっかりとしたグロテスクな化け物──彼の記憶に、知識にある通りの魔素源王。
斬撃も爆殺も厭わない。彼が魔物や魔族を斬れないのは"そう"であるからであって、"そう"見えないのなら彼はただの最強だ。
三周目のステータスと圧倒的な手数。スキルこそ使えずとも、やりようはいくらでもある。
「ま、安心しろ。いつまでも時間稼ぎに付き合わせるつもりはない。あと三十分くらいで本命が到着する。それまでの辛抱だ、ウザったるい羽虫とのダンスに興じてくれや」
「……構わないが、それはそれとする」
眼下。アカシャの円盤に溜まった濃縮魔素。
そこから、ア、ア、という乾いた渇望を上げて、魔が誕生する。
ドゥームスの取り巻き。四天王ではなく、カワードの召喚するスフィンクスと同じような、意思のない造物。それが一瞬にしてアカシャの円盤を埋め尽くし、当然のように外へと溢れかえり始めた。
煮えたぎる溶岩など気にも留めない。いいや、しっかりとやられてはいるけれど、その屍が溶岩を固め、潰し、中和し──コールドスウォームの怒りをようやく静めていく。
魔素の屍。その上をよたよたとはいずり、先へ進んで行く造物たち。
向かう先は当然人間の大陸だ。
「意外だな、止めないのか」
「俺がそんな親切に見えるならお前が今まで見て来た俺とかいうのは全部幻想だよ」
「そうか」
「ああ、そうだ」
濁流だ。魔素の濁流が海へと氾濫する。海中に住まう魔物たちは何が起きたのかもわからず呑まれ行くだろう。突然海水が魔素に変わり、自身が魔化する──災厄。
阿鼻叫喚がしんと落ちる。悲鳴。断末魔。ああけれど、静寂だ。
海を埋め尽くしていく濃縮魔素は、音をも通さない。黒く染まる世界はミュートボタンを押したかのように静かで、無音で、寂しく──息が詰まる。
「──"
「神殿の聖句、その一部か」
「皮肉だよ、ドゥームス」
「その理解を、不要と捨てる」
魔素が固まる。
ドゥームスの手に現れたのは、一振りの剣。魔素を固めて作られたその剣の名は。
「【悲鳴】……だろ?」
「来い、世界最強。分け身であれど、お前を斬り伏せることは、気分が良いはずだ」
魔剣グランギニョルと【悲鳴】。
剣の格で言えば【悲鳴】に圧倒的な軍配が上がるが、単純なステータス比較であれば分け身ヴェルグも勝るとも劣らない。
そして何より今のヴェルグは。
「ハッハッハ、ワォスタクラインの夢の中でもそうだったけど、なんでこう全力出せる時はスキル使えないんだろうなぁ。──で、だってのに、楽しくて堪らないのはなんでだろうな、ドゥームス!」
普段の四割増しで、テンションが高い──!
「結界を強固に張れ! あれは魔素の造物! 触れたのならば瞬時に魔化するぞ!」
「魔素耐性の効果時間を見誤るなよ、我ら一騎一騎、敵に寝返ろうものなら止めるに苦労する!」
ある砂浜。
海底遺跡のあるこの地には、聖堂と神殿がそれぞれに陣を張って迎撃を行っていた。
地上は聖堂の神官が結界で壁を作り、神殿は空中で魔素の造物を叩き落す。既に海は真っ黒に染まっていて、魔素の造物だけでない、魔化した魔物までもが人間を襲いに来ている。
この辺りの海域にいるリヴァイアサンなどはまだ難を逃れているようだが、それも時間の問題だろう。
「聖楔、準備完了いたしました!」
「よし。おおい神殿の! 適当でいい、どっかへぶっ刺してくれ!」
「任せろ!」
聖堂と神殿の蟠りなど今は関係ない。
人類全体が手を取り合わなければ、"三度目の滅亡"が訪れることを誰もが悟っていた。
戦闘力の低い教会もまた各国の守護に回り、癒しの力を遺憾なく発揮している。
神殿の粛清部隊──ではない。既に粛清部隊と普通の信徒の入り混じった編成であるらしいその聖騎士らが、神官の作り上げた【聖楔】を持ち上げる。
そうして、黒キ海へとそれを投擲した。
直後──周囲に聖気が満ちる。
「【聖楔】。一時的にとはいえ聖気フィールドを作る儀式顕装じゃ。これで少しは戦いやすく──」
「ならないようだ。ヘリオトロープ・アラン。君は【聖楔】をこの図の印の箇所に縫い付けて来てくれないかね」
「む……
「それが今必要な情報かな」
「……いや。承知した。──神殿の聖騎士! こちらの賢者から策がある! 少々協力してほしい!」
聖気フィールドが濃縮魔素に飲み込まれて行く様を見て、はぁ、とため息を吐くオニキス・リオン。
実際彼はこの大事な時に"所用で"出かけていたので文句を言われても受け入れる所存であるのだが、一応の緊急事態。ここの指揮官が比較的マトモに話のできるヘリオトロープ・アランで良かったと、心からの安堵を漏らす。
「聖堂の賢者とは貴方か?」
「ああ、私だよ。すまないな、名乗りもせずに聖騎士を借りようなどと、不躾が過ぎた」
「いや構わない。今は形式ばった手続きなどハーピィドッグにでも食わせておけばいい。それより、この場における策などを授かりたい。私はメルキオル。現地における実質的な最高指揮権を持つ聖騎士だ」
「私はオニキス・リオン。
「私のどこを見てそうだと判断したのかは知らないが、あまり人道から外れた命令は受け付けないぞ」
「ふ、神殿が人道を説くのかい? ……いや、今のは余計な失言だった。謝罪しよう」
「過去を省みれば事実だ。だが、聖堂の臆病者がこうして最前線に出てきていることをこちらも驚いている。ああすまない、失言だったな?」
ニヤリ、と。
二人は"悪い顔"をする。
「──今、聖獣様たちが少しばかり荒々しい手法による超広範囲攻撃を練り上げている。今はまだ大丈夫だけれど、力を練れば練るほど聖気が迸ってしまってね、場所が魔素の造物らに伝わってしまうだろう」
「承知した、そこを守護する。成程、攻撃一辺倒の聖騎士には難題たる任務だ。やりがいがある」
「出来得るのならば先ほど【聖楔】を手伝いに行った聖騎士を除くすべての聖騎士に聖獣様を守護してほしい」
「構わないが、この場の守りはどうする?」
「僕がやります」
ふわり、と。
少年がその場に降り立つ。
「子供? ……いや、なんだその聖気は」
「僕の名前はキャスパーです。──あるいは、聖槍カスパール。これだけで通じますか、メルキオルさん」
「……堕天使か! 心強い!」
本当は伝わったらマズいんだけどね、なんて内心で舌を出すリオン。キャスパーの存在、そしてその正体は秘中の秘。
ただ歴史の隠匿者である神殿ならば、カスパールの存在を知っているのも、聖石武器が意思を持つシステムを知っているのも理解の及ぶことである。
「ふぉふぉふぉ、堕天使か。久方ぶりに見るのぅ」
「……これはこれは。神殿のアポトシス聖かな。まさか最前線に来るとは思わなかったよ」
「何を言う、
じゃが。
そう呟いておいて、アポトシス聖は──召喚士スキルを発動する。
「サモン:バレスアーサー」
「え?」
キャスパーが驚いた声をあげるのも無理はないだろう。
その召喚陣から出てきたのは──美しい赤髪の女性。その容姿は、いいや気配は、キャスパーがよく知るものと同じだったのだから。
「バルタザール……?」
「……ええ、お久しぶりですね、カスパール」
「まさか、聖杖バルタザールかい? 成程、神殿が保管していたのか。道理で見つからないわけだね」
「ふぉふぉふぉ、すまんのぅ。本来の持ち主である聖堂に返すべきなのはわかっとったんじゃが……こ奴が儂の召喚獣になると言って聞かなくての」
「ぼ、僕はもう死んでしまったものだと思っていました! ……どうしましょう、今とても大変な事態であることはわかっているのに、心が震えて」
聖杖バルタザール。教会から分派した聖堂。その創始者を聖槍カスパールと共に支えた聖石製の杖であるが、二千年前聖堂から突如姿を消し、以降見つかっていなかった武器。
それがまさか──キャスパーと同じように肉体を得ていて、しかも召喚獣になっているなど誰が思おうか。
「相変わらず貴方は幼いままですね、カスパール。……感動の再会は全てが終わってからにしましょう。今この場で聖なる武具たる私達にできること。それが何かわかりますね?」
「……勿論。オニキス・リオンさん、これから僕達は堕天使となります。当然言葉は通じなくなってしまうので、今のうちに何か言っておきたいことなどは」
「ありませんよ、キャスパー様。──ご友人とどうぞ心ゆくまで踊ってくだされば」
「ありがとうございます。バルタザール……いえ、バレスアーサー。僕の手を、取ってくれますか?」
「喜んで」
爆発する。
誰もがそう錯覚した。瞬きの間に少年と女性は変異──転位する。
黒翼の天使。
恐ろしいまでの聖気をばら撒く二存在は、互いに互いを見合い、笑み。
魔素の造物を、そして魔化した魔物を駆逐し始めた。
「メルキオル。この通りじゃ、後は頼むぞ」
「……アポトシス聖。魔力の残量はしっかりと測るように」
「ふぉふぉふぉ、これこれ、説教臭くなるのはもうちっと歳が足らんぞ」
内心で。
もう一度、オニキス・リオンはため息をついた。
──頑張る意味は、あんまりないのだけどね。ただ──。
ただ。
「人と人とが協力し合う様は、やはり美しく思うよ、私は」
カタルシスをこそ欲しがるストーリーテラーに対して、言葉を添えた。
帝国。
そこは今──戦場になっていた。
聖堂と神殿が討ち漏らしをしたわけではない。ただただ突如、国内に魔素の造物が湧きだしたのだ。
「魔法スキル:エクスプロードマイン……っとと」
「店主、馬鹿野郎! 別に逃げやしねえから一旦出してくれ! 守るだけの力がある!」
「んなこたわかってますよっと。ただあっしは店主でね、お客様への売りモンを戦わせるなんてのは商売根性に反するって奴でさ」
「ノズヴェルガー様、私は元とはいえ聖女です。聖女スキルがあれば、魔素の造物への戦いも」
「だーから、んなことはわかってんでっせ、皆様方。ただね、あっしはアンタらを任されてんのさ。いろんな事情があって奴隷に身を窶し、肌を晒してまで身を隠さなきゃなんねぇ数奇な人生。ここでいつ現れるかもわからねえ救いを待つアンタ達だ、それをこれ以上の危険に晒して堪りますかってんだ」
腰に佩いた二本のククリ刀。そして魔法。
弱い弱いと自身を卑下していたノズヴェルガーだが、戦えないとは言っていない。どころか──強い。
けれど、そうであっても手が足りない。
仮に彼が単身であれば逃げることは容易であっただろう。
だけど、今の彼は多くの奴隷を抱える身。それらを守らねばならない以上、身のこなしの良さを利用して逃げるなんてことはできない。
ぎゃあぎゃあと。
ノズヴェルガーを助けようとする──ノズヴェルガーに恩義を覚えている"訳あり奴隷"達の声を無視して、彼は一つの決意を下す。
「……ま、ここで見たことは他言無用でお願いしまっせ。他の奴隷商人はちゃあんと奴隷引き連れて逃げたってんだ、あっしも出来得る限りを尽くすってなもんでさ」
戦士スキル:覚醒。
そして妖狐族の種族特性──狂暴化。
空間を魔力が叩く。糸目の奥に赤が見え、犬歯は鋭く長く伸び、その尾は九つに別れ行く。
「へっへっへ、この姿になったのはぁ、いつぶりでしょうね。……このあっしを見たら、旦那は何ていうかなァ」
「よぉ、色男。その姿はアタシにしか見せないんじゃあなかったのかい?」
「……!?」
割れる。鏡か何かが割れる。
伴い、そこにいた魔素の造物もまた割れて砕ける。
「……デルフォイアー? なんでまた……いやさ、幻惑かい?」
「馬鹿だねノズヴェルガー。この美貌を幻惑なんかで再現できると思うのかい?」
ああ。
幻惑ではないと、本能でわかる。
ノズヴェルガーは──感情がごちゃ混ぜになって。
背後で鳴ったパキンという音に気付くまでに、数秒を要した。
「……は?」
「おぅいアンタら! さっき吐いた言葉は本当だろうね。アンタらはこの色男の商品で、逃げやしないってさ!」
「誓う! 今までの人生に!」
「恩を忘れることはねぇ! 絶対に!」
「んじゃ一時の自由だ。ひひひ、どうだいノズヴェルガー。この量の従属の呪いをいっぺんに砕かれたのは初めてだろう?」
檻を開けて。
従属の呪いの解けた奴隷たちが、一斉に外に出る。
そうして──老若男女問わず、肌を晒したままにノズヴェルガーの隣に並んだ。
「……はァ、幻惑じゃねーや。なんで今このタイミングでここに来ちまったのかは知らねえが、あっしの……俺の面に泥を塗りに来たってことだけはわかった」
「アンタの面は、泥を塗られた程度で汚れるものかい?」
「へっへっへ、言ってくれる。……奴隷さん方、あっちの倉庫ン中に装備やら武器やらが詰まってる。元々の得物にゃ遠く及ばねえだろうが、使ってくんなっせ」
溜め息の割に、ノズヴェルガーの顔には隠しようもない喜色が浮かんでいた。
獰猛に、凄惨に。
時間稼ぎ用のエクスプロードマインによって爆散していく魔素の造物を見据え──文字通り牙を剝く。
「デルフォイアー」
「わかってるよ。逃げ遅れたのも、だろ?」
「ああ、戦わせる必要は無いから」
「それもわかってる。世話をしてやるつもりはないが、混乱に乗じて逃げられたら上々ってね。ま、アンタのとこだけ奴隷が逃げてないって結果になるんだ、ご近所付き合いはしばらく諦めな」
「へっへっへ、そりゃあこの滅亡を乗り越えられたらの話でさ、知ってるだろうデルフォイアー、俺が未来の話をしねえってことは」
「勿論知ってるさ。アタシが好きになったアンタはそういう奴だからね」
吠える。吠える。黒に吠える。
妖狐の本懐。契約の島から出て来た、仁義と人情の化け物。
それが今、数多の奴隷を伴って動き出す。
「……あんがとね、リシさん。腑抜けのアイツじゃない、アタシが好きになったアイツを見れたのはアンタのおかげさ」
「謝意は不要だ。これは必要な戦力だった。細部に目を届かせることの無い奴は、心配を口に浮かべつつも行動をしない。裏方には裏方の苦労がある」
「残念ながら"未来視の代償契約"についてはアタシでも解けない。だからアンタの言ってることはほとんど理解できないけど、礼が重荷になるってんならこれ以上は言わないさ。……それで? もう少しボディガードはしてくれるのかい?」
「無論。それが契約なれば」
アスガードに強制転移されたはずのリシ。
彼が今まで何をしていたか、など──彼がその身にユグドラシルの残滓を受け入れた時から決まっている。視えた未来に最善を尽くすために動いていた、だ。
ラムナザール四世という圧倒的な暴力があるこの帝国に、更なる戦力を追加投入しなければならない未来。
リシは歯噛みする。
フレースヴェルグがいれば。あるいはあの仲間たちがいれば。
蘇生し得る機会があったのに、心臓を貰い受けて尚あの四人を蘇生させなかったヴェルグが──心底理解できないと。
同時に。
「……帰ってこい。お前も仲間だ」
フレースヴェルグにも増して、一切の予知ができなくなった"他人の空似"へ、言葉を投げる。
ラムナザール四世。
人類最強を謳える彼は、今。
「く……ぬ!」
「ほう、やるではないか、人間。いいや、子孫、とでも言うべきか? 産んだ覚えはないが」
「この……緊急事態に何をしに来たかと思えば! 戯れか、初代皇帝!」
「無論だ。お前達が見えている以上に事態は深刻でな。この戯れさえもできなくなる未来も引き得る。全てが新人類の手によって託された今、この身の後継者と戯れるのも悪くはあるまいよ」
マスカルウィンと、戦っていた。
魔化しているとか狂化、暴走しているとかではない。偽物でもない。
素のマスカルウィン。
「空気を読めと言っている! 今帝国では民が襲われている! それを守れずして何が皇帝か!」
「馬鹿を言うな、子孫。この国の成り立ちを忘れたか? そもそも奴らは守られる身分に無い。──よく見ろ、お前の目が物を見るものとして機能している内に」
見る。
マスカルウィン城の下。眼下に広がる全てを視る。
魔素の造物。黒の徘徊者たちに対し──逃げ惑う人々はどこにもいない。
おお、と。
立ち向かう。立ち上がる。
そこに身分も立場も思想も関係ない。
戦う力のない者は身を寄せ合い、防壁を築き、アイテムやポーションといったもので応戦する。
武に優れ、長けた者は誰よりも前に前にと突出し、またある者は生涯を誓った者を守り通す。
ただただ救いを求めるだけである者など。
この帝国には、一人も存在しないのだ。
おお、おお、おおと。
おお、と。
地鳴りのように、地響きのように。
「思い出したか? ならば続きと行こうじゃないか、子孫。マスカルウィン帝国当代皇帝。お前の言う民草は世界に成果を見せている。──お前だけお前を出せぬというのは、ハ! 中々落ちぶれたものだと罵倒するよ」
「──余は今、歓喜を覚えている。……そうか。そうか。そうか!」
そうだった。
そうだった、と。
ここはマスカルウィン帝国。皇帝の強さに惹かれ、強者が集まった国。
そして。
「余はラムナザール四世。初代皇帝マスカルウィンに挑み、しかし敗北を喫したラムナザール一世の子孫。貴女が適当な理由をつけて初代皇帝を降りてから、なし崩し的にこの座を世襲してきたが──そうか」
今、ようやくか、と。
「名実揃う日が、まさかこんな終末の光景の最中とは──つくづく武に呪われている」
「最初から勝ったつもりとは恐れ入る。──舐めるなよ、人間風情が」
「戦士スキル:暴走制覇!」
発動するは、いつか彼がヴェルグに話していたスキル。
自我を失う暴走。その先。
暴走の恩恵をそのままに、理性を維持する努力の結晶。
「ほう、知らんスキルだ。お前を食えば覚えられるか?」
「逆に食らい返してやるわ、初代皇帝。余に歯を立てられると思うな!」
「ふん、お前に食われてやる気はないわ、浮気者め」
──ここに。
ちょっとしたすれ違いを孕みながらも──時代と時代が衝突する。
世界は見届ける──。