アダルトMOD入ってるせいで超やりにきぃ 作:姫鼠まりあ
夜──孤島の岩石の頂点に座って、考える。昼間のことだ。
エリザヴェータと呼ばれていた少女──特に何の捻りも無くデルフォイアーの娘だったらしい忍者娘を彼女のもとへ返し、その時にひと悶着あって、まぁそれは和やかな家族の団欒って感じだったので置いておくにして。
マギピコクとノスフェラトゥのことだ。
マギピコクはクジャクっぽい魔物で、強力な幻惑を使う……も、あんまりにもわざとらしすぎるからすぐに幻影だってわかってしまう、なんて特徴の魔物。ゲームのグラフィックを参考にするなら体高は大きくても主人公の2/3程度。
あんな巨大じゃないし、あんな強い攻撃は出せない。出せないから幻惑してくるのだし。
見た目と実際の大きさの差については今更過ぎるので論ずるまでもないにせよ、知識との相違が激しすぎるのはちょいと問題だ。
考えられるのは二つ。
一つは突然変異体……ツバナに聞いた話だけど、王国周辺には通常では考えられない大きさのレイドホークが出るらしい。いつかラヴ・グラットル達が狩りをしていた時も似た話をしていたように思う。
そういう、普通種は普通種でいて、ここにいるのだけ超巨大、という説。
もう一つは、ノスフェラトゥの言葉が嘘の可能性。
正直こっちの方が信じられる。ノスフェラトゥは文句無しの魔族だ。言っちゃなんだけどシーファなんかでは比べ物にならないほどの。しかも限界突破しててレベル300とくれば、相当長生きで相当強かなはず。
日常的に嘘を吐いていてもおかしくない……マギピコクと呼ばれた件の魔物が自身の眷属や配下で、俺を警戒してそう呼んだ、という可能性の方が追いやすい。
ノスフェラトゥ。
邪神崇拝派に所属した時のイベントクエストに出てくる、超がつくほどの強大な魔族だ。
教団+どこに所属しているかで敵対かそうでないかが決まる。敵対した場合はほとんどレイドボスと変わらない戦いになり、味方……というか「敵ではない」状態になると特になんでもない違うボスとの戦いになる。
不滅の王とされるこの魔族は、アンダーテイカーのアンデッドキング、アンデッドクイーンとは一線を画す強さをしている上、ラムナザール四世と同じで「倒しても殺し切れないボス」に分類される。倒した後「中々やるな」って立ち上がるヤーツね。
初めは人間に化けている……セレマの右腕みたいな位置にいて、非常に尊大な態度を取り続けた後、正体がバレるとその残忍性を増して、主人公の所属派閥と敵対している派閥の国を全滅させる。そういう、なんというか完全に人間をゴミだとしか思っていない、100%悪人の魔族。
なんだけど。
……あんな肝っ玉母さんみたいなのじゃない、はず……なんだけど。なんだけど……。
わからん。
敵対表示といい強さといい、ノスフェラトゥなら何の疑念も無く納得できる。
同時にあんなのノスフェラトゥじゃない! って全俺が叫んでいる。
全存在全裸化計画からまだ三週間しか経ってないんだぞ。そう簡単に悪人が善へと転がるとは思えないし、エリザヴェータの反応からして前からいる奴っぽいし。
心化のせいで魔素が漏れなくなっているから余計にわからん。魔族かそうでないかを見分ける手段がない。
これを自業自得と言うのはちょっと抵抗が。
「"対偶"と"認識"……」
認識がパインズのそれだとして。
ノスフェラトゥが"対偶"……なのか?
そもそも俺の対偶ってなんだ。そもそも俺の命題ってなんだ。
……俺頭良くないって毎回言ってんのにさぁ。つーかおかしくね? 仮に未来の俺だったとして、俺がそんなワード使うか? アイツ俺か??
「ご主人様、起きていますか?」
「なんだメアリー・スー。今考え事中だから悪戯には付き合ってやれんぞ」
「……情緒の無い異邦人め。それと、今はアリスです。昔の名で呼ぶことはやめてください」
「ああ、悪かったよ。お前がそういう呼び方してこなきゃ俺も呼ばないんだけどな」
「それは申し訳ないことをしました。──ヴェルグさん。少々込み入った話をしたいので、結界を張って頂けないでしょうか」
「ん。神官スキル:遮断」
なんだ。
シリアスするならメイド服着てくれないかな。なんでまた全裸に戻ってんだ。
「話したいことって?」
「三つ。一つは個体メアリーのこと。もう一つはエリザヴェータ様のこと。最後が、お気づきでしょうがこの島にいる魔族のことです」
「ああお前も把握してたのか。それならいい。話してくれ、俺も頭を整理しながら聞く」
「わかりました。では」
メアリー・スー……もとい、アリスは居住まいを正す。全裸で。
……メイド服着てくれないかな。でも服着てる方が逆に恥ずかしいとか言ってたっけ。じゃあ強制は無理か……。
「個体メアリー。貴方のそばにいる"私達"についてですが──あれから何も聞いていない、ということであっていますよね」
「何が、っつーか何を?」
「消耗について、です」
「あー……っと、そりゃまさか、怪異だから怖がられないと消え細って行く的な?」
「いえ、そんな奇妙な生態はしていません。……そうですね、まず、夢の一族とは何か、について軽く話しておきます」
それは正直ありがたい。
ゲーム本編のメアリーも特に自語りはしなかったし、資料室にもほとんど情報無かったし。
「夢の一族。その発生は創世にまで遡ります。創世神話をご存知でしょうか」
「ああ、白が熱を与え、影を与え、影が大地を作り、熱は生物を作り、世界となった……だったか」
「その影が私達でございます」
……マジ?
あ、でもそうか。あの時は魔素のこととか色々わかってなかったから魔族とか魔素そのもののことだと思ってたけど……魔素が完全人間由来なら、影が先にある方がおかしいもんな。
「話が脱線するかも知らんが聞いておきたい。熱は太陽であってるか?」
「はい。こちらの世界に分かたれたアルターも同じです」
「なら白は?」
「魔力」
……とすると。
「お前達は魔物の中でも極端な魔力生物……って感じか」
「はい」
全てを置き換えると、魔力が太陽を作り、夢の一族を作り、夢の一族が大地を作り、太陽が生物を作り、世界となった……になる。
うわ。
嫌な想像したな俺今。
「ご想像通りです」
「本気で言ってる?」
「はい。──私達夢の一族は"魔力"が夢見た"焦がれの影"。何もない暗黒の中に揺蕩い始めた魔力の中で、私達はその生を受け……そして死ぬことで、大地となって行きました。私達は魔力さえあれば生きて行くことができる上、交尾を必要とせずに数を増やせます。それは他生物がいない創世において最も大事なことでした」
その上で、際限なく成長する体。古い記憶の無いメアリーでさえマスカルウィン城よりでかいんだ。創世において何億もの年月を経た個体であれば、惑星となってもおかしくはない。
……んでもってアレか。ゲームにおいてどんだけ掘ってもずっと土である、っていうのは……そもそも大地がこいつらだから、変わりようがないとかそういうこと?
「待て、損耗?」
「それもまたご想像通りです」
「……何が必要だ。魔力は常に見張っているぞ」
「必要なものはありませんが、必定にございます。──この私も例に漏れずですが、私達は大地になるために生まれて来た種族。ゆえにその運命を変えることはできません。ですから、分裂し、記憶や知識を端子接続によって継承し、そういった世代交代を経て生きて行くのです」
ま……ずい、な。
これは。
俺は、問題ないと考えている。それの何が悪いのだ、と。
これは、傷か?
「ですが──ヴェルグさん。世界全土で起きた"魂の変質"現象。アレは貴方の仕業ですね?」
「ああ……外界では心化と呼ばれているが、そうだな」
「ではそちらに倣いましょう。"心化"によって、私達にも変化が起きました。今までは分裂することでしか個体を増やせず、ゆえに進化も何もなかった私達ですが……この変質により子を成せるようになったのです」
「それは」
「はい。現在の個体名メアリーを個であると認識するのならば、是非、彼女との子をお作りください。あと十年程もすれば個体名メアリーも分裂し、元の肉体を土へと変じることでしょう。無論、分裂後の彼女を現在の彼女と同一視できるのならこの話は無かったことになります。現に貴方は私をメアリー・スーだと……あちらの世界で会った時の私であると認識していますし」
ヤバイ。わからん。
善悪が分からん。
……前にバルクスの一件で述べたように、俺はどこでもドアもスワンプマンも「特に変わらない」と考えている。俺という存在がそうであるように、たとえ肉体が変わろうとも記憶や人格が同じであれば同一人物である、と。
ただそれは俺の考えだ。だから……そうだな。
聞けばいい。メアリーに、どうしたいのか。
ケルやらシーファやらには悪いけど、メアリーになら勃つし。本当に子供を作れるのなら……アイツがそれをしたいというのなら、それ自体は吝かではない。
「考えは決まった模様。では次の話です」
「ああ、頼む」
「──エリザヴェータ様について。正直な話、こちらの方が厄介な問題です」
アリスの話は続く。
エリザヴェータ。
北の孤島の住民に姓というものは存在しないので、ただのエリザヴェータ。
彼女はアリスがデルフォイアーに拾われる前に生まれた娘だそうで、ノズヴェルガーが孤島を追われながらもすくすくと元気に育ち、現在五歳になる。
少々夢見がちな言動が目立つものの、五歳にして戦士スキルを三つも覚えているなど戦士としての適性が高く、身のこなしも抜群。妖狐族として強大な魔力量を保有しているなど、どこに出しても恥ずかしくない──最近の言動以外──娘らしい。
すっかり親気分で自慢してくるアリスには多少面食らったけれど、まぁコイツが幸せそうなのでそれはいいにしても。
「……何が厄介な問題なのかを頼む」
「ああ、すみません。……厄介な問題は、彼女の能力にあります」
「なんかヤベーの持ってんのか」
「はい。今はまだエリザヴェータ様に自覚がないので正式名称はわかりませんが、仮称『魔物誘引体質』。彼女はただそこにいるだけでありとあらゆる魔物に好かれます」
「うわ」
いくらでもヤベーことが想像できる。
「……ちなみに性的な意味では」
「既に片鱗が。私どもで守っていますが……彼女が旅に出るなどと言い出したら、恐ろしいですね。心化の影響で仮に魔物に犯されたとしても孕んでしまう世界になりましたから」
「流石にそこまで背負えんぞ」
「こちらも責めるつもりはありません。──どうにかなりませんか、という漫然とした問いになるのですが」
「あー……友人の娘だ。どうにかしてやりたい気持ちはあるが、まだ本人は困ってないんだろ? それに戦士としての素質も見せてる。特に俺がどうこうせずとも」
「それはつまり、どうにもならないということですね」
「まぁ。……天賦の能力がどうしようもないってのは、それこそ創世から生きて来たんなら知ってるだろ。アイテムボックスだの短距離転移だの……後天的に習得、あるいは消すってのは無理なんだよ」
「貴方ほどのでたらめさがあっても無理ですか」
「……対策はできるよ。戦士スキルの威圧とか重圧を早めに覚えさせて、常に使わせるようにするとか。ただ魔物オンリーの対策じゃなくて全存在を威圧しちゃうから……魔物だけってなると」
それこそ俺がこの世界に来て一番に使った臭い袋……魔物の嫌いな臭いを発するあのアイテムをしこたま持っておくとかしか無理じゃないか。
「苦汁を飲んで島の外に出さないか、出すなら出すで強力な護衛でもつけるか。すまんが俺からはこれ以上は出せん」
「そう、ですか……」
「そういやお前らも魔物と言えば魔物なんだっけ? 実は犯したくなったりしてんの?」
「……恥ずかしながら」
なんともエロい体質だな、とか思っちゃうのは俺の思考が染まり過ぎだとしても。
まー、本人に自覚させて、ちゃんと強くなってから外に出す、くらいじゃねーかな。
「……じゃあ、最後の話です……」
「メアリーの話より厄介って、お前にとって厄介って話?」
「当然でしょう。どこまでいっても個体名メアリーは同族。エリザヴェータ様の危険や私達が彼女を襲ってしまいかねないことに敵う話ではありません」
「ああそう。……いいよ、次行って」
「では」
アリスを抱き寄せて、聖騎士スキル:十字鎧。
……ん、抜かれるな。ああそうか、聖気が弱点じゃなくなったから効きが悪いのか。
デルフォイアー達を考えて道士スキル:軌道補正からの戦士スキル:トラッシュキック。戦士スキルには珍しい蹴り技で、ダメージは出ないけどノックバックが入る。本来眼前に蹴り出すそれは軌道補正によって直上へと蹴り上げるものへと変化し、ソイツを蹴っ飛ばす。
「アリス、メアリーが来ようとしたら止めといてくれ。んじゃ」
「はい」
天空のブーツに履き替えて、俺も上空へ。
今の一瞬で追撃なりなんなりもできただろうに、特に何をすることも無く蹴り飛ばされてくれたのを見るに、アリスやこの島に対して何かをしようという気があるわけじゃなさそうだ。
ただ、アリスが問題視していたのも事実。
それが何かは聞けなかったけれど──ま、本人に聞けばいいってな。
「昼間ぶりだな、ノスフェラトゥ。俺は明日にでも出ていくつもりだけど、それより先に追い出したかったか?」
「いや? 昼間言ったのは社交辞令みたいなもんさ。"この島に住み着いている魔族"で、"何かしらの事情でこの島を気に入っている奴"が、"アンタみたいな精霊力垂れ流しの大馬鹿野郎"を嫌わなかったら"おかしい"だろう?」
「話が早いと助かるよ。──全部嘘で、なんかを狙ってここにいるってことでいいんだな」
「当然。じゃなきゃ何が悲しくて人間の世話なんか見なきゃいけないんだか」
ああ──やりやすい。
流石にもう見慣れた魔剣ソロヴォリヨを取り出し、装備も対魔素ではなく火力重視のものにする。
「……へぇ。魔剣ソロヴォリヨ。魔剣としては文句なしに最高の一品だ。ならこっちも」
「魔杖アンフィスバエナ、だろ?」
「──正解」
声は後ろ。攻撃は前。
どちらが本命、とか無い。
どっちもだ。だからどっちも防ぐ。
魔杖アンフィスバエナ。背骨の中腹あたりで二つにわかれた全裸の美女……のような見た目の杖。
「おっと……なんだい、名前は知ってても対応はできないってのがこういうののオチだろう。涼しい顔して対処してんじゃないよ」
「名前と効果を知ってんだから対処法思い浮かべながら先に言うのが華だろ。鼻っ柱叩き折るにはそれが一番だ」
「名は?」
「ヴェルグ」
「良い名前だ。でも本名じゃないね」
「お前だって種族名だろ」
「バーリアントゥ。私の名前だ。ほら、アンタの本名教えな」
「やなこった。聞きたかったら力尽くで聞き出せよ、ノスフェラトゥおばさん」
沈黙は一瞬。
二つは月光を存分に浴びて、舞踏会を始める。
久方ぶりのガチバトルだ。"まだ"正体バレしたくないらしいノスフェラトゥ……バーリアントゥは、打ち下ろし系の攻撃をほぼしてこない。同時に俺からのそういう攻撃は受けるのではなく躱す。
俺もまた北の孤島に迷惑をかけたいわけじゃないから、そういう攻撃はほぼしない。
故に、ぐんぐんと──上へ上へと昇って行く戦いが始まる。
正直に言えば、心が躍っている。
結局俺はこういうバトルをほぼしていない。ドゥームスのとこに行かせた外法がちっとはバトったっぽいけど、俺に記憶が反映されるでもなし。
して──ああ、バーリアントゥは文句なしの悪人であるにもかかわらず、練り上げられた技術を持っている。
彼女にならば、テュアナの武を穢すことなくHPを削らせてもいいと思えるくらいには。
剣と杖の衝突が大気を震わせ、雲を消し飛ばす。
良い舞踏会にしよう。あるいはこれが、最後になるかもしれないからな。
最初の衝突で吹き飛んだ雲。ゆえに遮蔽物は何一つとて無い。身を隠す場所がないということは不意の打ちようがないことと同義で在り──そして同時に、互いにとって不意打ちなどハナから考えに無いのもまた事実である。
剣閃。杖と剣、互いが互いに最高の一品なれば、差は技術にこそ現れる。
──どこまで行ってもヴェルグは素人だ。数か月前にこの世界に現れた、元プレイヤーであるだけの一般人。あるいはその精神性こそ逸脱しているのかもしれないが、剣を振る動きは学生時代の剣道経験の域を出ない。
対し、バーリアントゥには技術があった。生粋の戦士で且つ、クレイドルのような虚数に属した者と違い、この世界の中で生き続けた猛者。そして既に軛からは外れているものの、それまでは世界によって「主人公の敵」として在るためにいた舞台装置。
巧拙など語るまでも無い。
それでも押しているのはヴェルグだった。
「ハ」
嗤う。
「ハハハ!」
嗤う。
「ハハハハハハ!!」
嗤う嗤う嗤う。
繕いなど簡単に解けた。仮面など容易に剥がれた。
「やはりお前か! ──私の敵は!!」
「可能性はまぁ、あったな」
ラヴ・グラットルが王国派であるから、彼女が何かの間違いで邪神崇拝教団ハーミットに所属していたら、帝国派であるヴェルグとは敵対していたかもしれない。
その未来は引かれなかったけれど、だからこそ。
用意されておきながら起きなかった未来──その舞台装置達の燻ぶりは、ヴェルグの思い至らぬ位置にあるもの。
かつてネレット・テッペルヴィナが吐いていたように。
平和こそを至上とする者だけではない。
戦って死する──意義を以て死する。そのためだけに生きている者もいる。
「一目見た時から底知れぬ敵意があった。お前がこの島へ入ってきた時、私は運命のようなものを覚えた。因果。宿命。世界の奴隷から解放されたがゆえに、連なる者を求めていた私に──ああ!」
デーモンスキル:真黒不味。契約スキル:借用:怪異スキル:餓者髑髏。
遥か高空に描かれる昏い陣。壁を破るは骨の腕。ヴェルグにどう見えているかはさておいて、召喚獣にも似たそれは、バーリアントゥの背後を守るようにして佇む。
放たれる極細のドリル。
それの貫通力を知っていたが故に背面へと身を折るヴェルグ。彼は見上げることになるだろう。
巨大にして極大。
奇しくも「宙から降り立つモノ」にさえ見える、漆黒の岩石を。
「──北の孤島は大事なんじゃなかったのか!」
「天秤は此方に傾いた。千秋の無明と数年の退屈。どちらを取るかなど赤子でもわかろう!」
「んじゃ見せてやるさ。──召喚士スキル:サモン:ポイニクス!」
紫と赤に波打つ陣。通常の召喚陣とは違う、異彩な輝きを放つソレから、甲高い声を上げて最強の魔物が召喚される。
「ポイニクス。あれ、やれるか。──ああ、全力で良い。ただ破片なんかも飛ばすな。全部消し飛ばせ」
「魔物の言葉を解す術! 成程、マギピコクの言に狂いはなかったか!」
燃ゆる鳥。否、炎が巨鳥の形をしている、と言った方が的確だ。
大きな、それでいて優雅な翼をはためかせ、ポイニクスは飛来する岩石へと一心に向かう。いくら巨鳥といっても桁違いの大きさを誇る黒岩に、何の躊躇いもなく突っ込んで行く焔。
「召喚士スキル:同調。魔剣士スキル:フレイムオーラ、マナエクステンド。魔法スキル:フレイムロード、螺旋炎陣」
骨の腕がヴェルグを叩く。殴る。
けれどそれに動じることはない。防御すらしない。
何故なら攻撃した方の腕が砕け散っている――基礎防御力を抜けないと、彼は知っていたから。
「俺に攻撃を通せるのはお前自身か、さっきの貫通力高いスキルだけだ。くだらんパフォーマンスしてないでガツガツ来いよ。こっちには魔力切れもスタミナ切れもないぞ」
背後、上空。
同調によって最大限のバフを受けたポイニクスが、その巨石を劫火の餌として食い尽くす。砕いたわけではない。衝突したわけではない。焼き、焦がし、崩し、溶かし。
その最中にあっても健在。ポイニクスは悠然と空を行き、意思無き巨石は塵一つ落とさず消えて去る。
真昼のような白みを上げた空の下で、二たび三たびと剣戟が鳴り始めた。
不滅の王。不滅の権化。ノスフェラトゥがバーリアントゥ。
彼女が目にするは「不変」。
技術に勝る彼女が隙を突き、その剣の隙間から杖を通せども。人間とは思えない硬度の肉体に穴を穿ち、吐き出した魔法で臓物を掻き回せども。
瞬きの後には戻っている。呼気の後には治っている。
押している。押されている。押し返されている。ダメージの量で言えばバーリアントゥが圧倒的に上だ。魔杖アンフィスバエナが防がれた一度目と二度目以降、それに加えて増やした手数には対応しきれず、傷を負って行っているはずのヴェルグは、それでも退かない。
死なずの怪物。不死の怪物。
ノスフェラトゥとしてあった自信に罅を入れる程の「不変」。
たびたびの、数々の攻撃を食らって、少しずつ少しずつ──彼の顔は曇って行く。
「──なんだ、どうした。……はじめと違って、楽しくなさそうではないか、ヴェルグ」
「ん。……なんかな」
チート使ってる気分でさ。
なんて吐き出す彼の顔は、申し訳なさに溢れていた。
かつて。
草案世界の救済とこの世界の心化。それを行う前の彼であればまだ楽しめたのだろう。
何故なら死ぬ可能性があって、何故ならまだ範疇内の身体で。
けれど今の彼は違う。
最早バーリアントゥの攻撃を防ぐ必要もない。防げなかった攻撃は、しかし自然治癒力が勝手に治してしまう。千秋の技巧をステータス差が覆す──そんなこと、むしろ今までは故意にやってきたはずなのに。
三周目ステータスゴリ押しマンだの、圧倒的手数初見殺しマンだのとふざけてやってきていたのは、けれどまだ逆転されるチャンスがあったからだ。ステータスはカウントストップしていた。これ以上強くなることはない。だから自身を超える者が必ず現れる。
そのはずだった。
期待していたのだ、勝手に。レイドボスクラスであれば。イベントクエストの最終ボスであれば。限界突破後も堕落することなく研鑽を重ねた魔族であれば。
命を燃やすに足り得ると。
「成程」
と。
独り言ちた。
飽く──。それはいつかマスカルウィンも吐いていた言葉。
救いと言えるのは、彼にとって戦闘だけが快楽ではない点だろう。他にもやりたいことがある内はまだ良い。怪物にならずに済む。
けれど。
「気に入らない顔だ」
──それは古の儀。それは太古の因。
彼女が生まれ落ちた時、その手に持っていた邪悪の書。
「外法:邪神招来」
「え……お前がヴィシャス呼ぶのか? アイツより強いだろお前」
「誰があんな偽物を呼ぶものか。──これは本物だ。なぁ、
現出する。
アンバーの光が辺り一帯を飲み込み、揺らぎ、呻き、微睡む声が不思議な音色で大気を叩く。
咆哮。
魔素源王が「宙から降り立ったモノ」であるのなら、彼は「宙を泳ぎ行くモノ」である。
マール・イー・ガースエンディエトハ。
蛇のような尾を引く巨星──即ち彗星の化身が解き放たれたのである。
名前も姿も初めて見るその竜に、ヴェルグは。
「良い奴だな、お前」
「生まれて初めて言われたよ」
瞳に光を取り戻す。「世界にはまだ希望が存在する」とでも言わんばかりの光を。
──少女は見上げている。