※この作品はR-18です。

Replacement   作:ちま

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前編。本編沿い、グロッタまで。


前編 邂逅

 

 

『イレブン。あんたはね……勇者の生まれ変わりなんだよ。』

 

 成人の儀式を終えた後に母…今は養母だとわかった――から実の母の手紙とユグノアの首飾りを渡された。そしてテオの言いつけ通り北の大国デルカダールにやってきて――

 

「災いを呼ぶ悪魔の子よ。お前の命もそれまでと思うがいいだろう。」

 漆黒の鎧のグレイグ将軍はそう言うと、イレブンに背を向け行ってしまった。

「三日…」

 突然の余命宣告に愕然として、暗く冷たい地下牢獄の中でイレブンが呟いた。

 

*

 

イレブンが牢に入れられてどのくらいの時が経ったのだろう。

「一時間ほど外してくれるかしら?囚人と二人きりで話がしたいの。」

 ふいに落ち着いた女声が外から聞こえてきて、牢の壁に寄り掛かり膝を抱えていたイレブンは顔を上げた。

「しかし…」

「大丈夫よ。行って。」

「は、はい…」

 兵士の靴音が遠ざかると、程なくして藍色のマントの襟をブローチで留め、長い黒髪をポニーテールにした美しい女性がイレブンの牢の前にやって来た。彼女は懐から牢の鍵を取り出し、それを使ってイレブンの牢の扉を開けた。

「さ、これで出られるわ。」

「あなたは…」

「私はマルティナ。キミはイレブン、よね?」

「どうして僕の名を?」

「話は後よ。これ……キミの荷物じゃないかしら?向こうの部屋に置いてあったから取り返しておいたわ。」

「あ、ありがとうございます。」

「人払いをしたから一時間はバレないと思うけど、急ぐに越したことはないわ。さ、私についてきて。」

「は、はい。」

 イレブンは身を翻したマルティナの後を追った。

 

 石段を降り、地下水路へとマルティナは迷いなく歩みを進める。暫く歩き、自然洞窟の中に入った。洞窟を奥へと進んで行くと、広い空間に出る。灯りが届く範囲は狭く、暗闇で何も見えなかった。

「ズワーツ!」

 だがその闇の中で松明を高く掲げ、マルティナが大きな声で呼びかける。

「うわっ!」

すると唸り声とともにブラックドラゴンが灯りの中へぬっと顔を出し、イレブンは思わず後退さった。

『我に何用か?』

「ドラゴンが、しゃべった!」

「心配いらないわ。」

マルティナがイレブンを振り返って言うとドラゴンに向き直った。

「私たちを乗せて飛んで欲しいの。」

『承知した。』

 黒竜は諾い、みるみるうちに小さくなって馬くらいの大きさになった。

「こっちよ。」

マルティナが元来た道を引き返し始めると、黒竜も大人しくついてくる。地下水路へと戻り、トンネルのような四角い通路を抜けると、眼前に青空が広がった。そこは大瀑布を傍に臨む大きな岩棚だった。イレブンが思わず眼下に広がるデルカダールの丘を見渡す。

『準備はよいぞ。』

 後ろで声がして振り返ると、黒竜が元の大きさに戻っていた。

「さあ!」

「は、はい!」

 マルティナがひらりと黒竜の背に跨り、手を差し伸べたのでイレブンは彼女の手を取ってドラゴンに跳び乗った。

「しっかり掴まって!ズワーツ、南へ飛んでちょうだい!」

『承知!』

 黒竜は空へと力強く羽ばたいた。

 

*

 

「あれは…」

 デルカダール地方を南へと飛ぶ途中で、銀色の鎧、白いマントの騎士が兵士の一団を率いて南へ向かっているのが見えた。部隊の後方には数台の大砲も運んでいる。

「ホメロス将軍!」

「ええ。彼はイシの村を滅ぼすつもりよ。先回りして止めないと!」

 黒竜はデルカダール兵たちの遥か頭上を滑空していった。

暫くして。

「あれがイシの村かしら?」

 岩場の向こう、眼下に見えてきた集落を示してマルティナが訊く。

「はい。」

「降りるわよ。」

 イレブンの返事にマルティナは黒竜に合図をしてイシの村、教会前の開けた空間に降り立った。突然空から舞い降りた巨大な竜を見て村の人々は悲鳴をあげたが、竜の背から跳び下りたイレブンと黒髪の美女を見とめて遠巻きに見守る。

「イシの村の皆さん!この村に危険が迫っています!暫くの間、家から出ないで下さい!」

 マルティナが呼び掛けると彼女の凛とした態度に打たれたのか、村人たちはわけがわからずともぎこちなく頷き、各々の家へと散って行った。

「キミも、自分の家に隠れていなさい。」

「は…はい!」

 イレブンは彼女の言葉に従って自身の家へと向かい、後にはマルティナと黒竜がその場に残された。マルティナが黒竜を見上げ、労わるように頸を撫でる。

「ズワーツ、ここにいてちょうだい。私がホメロスとの交渉に失敗した時は、イレブンとイシの村の人々を守るのよ。」

『承知した。』

 マルティナはマントを脱ぎ捨てると、強い意志を紫瞳に宿してイシの村の入り口の方へと足を向けた。

 

*

 

「マ、マルティナ姫!?」

 イシの村の入り口の前で腕を組み仁王立ちしているマルティナを見とめてホメロスは驚き、行軍を止めて下馬しマルティナの許へと駆け寄った。

「なぜここに?それにそのお姿は…」

 ホメロスはマルティナの黒いタンクトップとショートスパッツに黄緑色の上下とアームガード、ロングブーツを合わせた、まるで武闘家のような出で立ちを見て尋ねると。

「私がここにいる理由は一つしかないわ。勇者を育てた村、という理由で滅ぼしに来たあなたを止めるためよ。」

マルティナは毅然として答えた。

「姫様、これは王命です。」

「お黙りなさい!何の罪もない村人たちを手にかけることは許さないわ!そんな命令を下すお父様は気が触れているとしか思えない。」

「私は命令に背くことはできません。どうか…」

「それなら、『任務を遂行した』と虚偽の報告をなさい。お父様はあなたの言葉を疑うことはないだろうし、自らここまで出向くこともないはず。」

「で、ですが…」

「聞いてもらえないとなれば、私にも覚悟があるわ。」

 マルティナは腰から“鉄の爪”を取って両手に装備し、ホメロスたちに向かって身構えた。

「……御意。お前たち、引き上げるぞ!」

 暫しの逡巡の後ホメロスは苦渋に満ちた表情で頷き、部下たちに号令を出すと元来た道を引き返して行った。

 

*

 

 ホメロスが去った後。村人たちに安全を伝えたマルティナは、彼らにイレブンの生家を教えてもらい、今後のことを早急に決めるために彼の家へと向かう。そして家を訪ねるとペルラという恰幅の良い中年の婦人が感謝の面差しで出迎えた。

「マルティナさん、イレブンのことも村のことも、本当になんてお礼を言ったらいいか…」

 隠れている間にイレブンに村を出てからの経緯をすべて聞いていたペルラが深々と頭を下げる。

「どうか顔を上げて下さい。人として当然のことをしたまでです。」

マルティナはイレブンの方を見た。

「もう、とうに追手がかかっているでしょうね…。海に出られたらいいんだけど、デルカコスタ地方の波止場もソルティアナ海岸の方も暫く定期船が立ち寄る予定はないわ。」

「黒竜は…」

イレブンが一縷の望みをかけて訊くが。

「ホメロスが去ったらすぐに元居た棲みかに帰らせたわ。黒竜は王国が有事の時の為に地下水路の一角に棲まわせているの。遠い土地まで連れ出すことはできないのよ。」

「そっか…」

 マルティナの応えにがっくりと項垂れる。

「ああ、そうだ!確か父の遺品の中に…」

 その時ペルラが思い出して叫び、急いで何かを持って戻って来た。その手には掌ほどの大きさの青い石が載っていた。

「イレブン、これは父が遺した“魔法の石”だよ。これがあれば東にある“旅立ちの祠”の扉を開けることができるはず。」

「わかった。ありがとう、母さん!」

 イレブンがペルラから魔法の石を受け取る。

「おば様、ありがとうございます。」

「なぜ僕が悪魔の子と呼ばれるのか…真実は自分の目で確かめるよ。じゃあ、もう行くね。」

「ああ、二人とも気をつけて。」

 ペルラは涙を拭いながら二人を見送った。

 

*

 

 イレブンとマルティナは“乗り捨てても村まで帰って来る”という馬を二頭借りてイシの村を発ち、イシの大滝を通ってデルカコスタ地方へと入った。デルカダール神殿を通り過ぎる頃には辺りは昏くなっていた。

「今日はあそこでキャンプをしましょう。」

 キャンプ地を見つけてマルティナが提案する。イレブンにも否やはなく、二人でキャンプの準備に取り掛かった。

 

夕食後、二人は焚火を前にして丸太に並んで座り暖を取っていたが、ふいにマルティナが口を開いた。

「キミを助けられてよかった。もう二度とあの日のような思いはしたくなかったから……」

 イレブンはマルティナの、以前に会ったことがあるような口ぶりに思わず彼女の方を見る。焚火の炎の明かりが彼女のフォルムを彩り、揺れていた。

「16年前、ユグノアが魔物に滅ぼされたあの日…キミとデルカダールの姫を救うためにキミの母、エレノア様は囮になった……」

 マルティナはそこまで話して、身体ごとイレブンに向き直った。

「そう……私こそがエレノア様に命を救われたデルカダール王の娘なの……16年前、キミを抱いたエレノア様に連れられ私はユグノア城を脱出したわ。でも魔物の集団に追い詰められ……エレノア様は私にキミを預けると囮となって私を逃がしてくれた。それなのに……!」

 マルティナは苦し気に貌を歪めて俯いた。

「魔物に見つかり、幼く非力だった私は逃げる途中で川に落ち……キミを…手放してしまった……!…私は、デルカダール兵に助けられて……」

 マルティナが悲痛な面持ちで顔を上げる。

「キミとはぐれた後、私はお父様やグレイグ、ホメロス、兵士たちとともに故郷のデルカダール王国に戻ったわ。それからお父様はユグノアが魔物に滅ぼされたのは勇者のせいだと決めつけ、広めた。」

「…そんな。」

「…あの日から、お父様はおかしいの。まるで人が変わったみたいに。今回も…キミを捕らえ投獄した…だから私は真実を明らかにするために、これからもキミに同行するわ。」

 マルティナが揺るぎない眼差しを向け、イレブンは力強く頷いた。

 

*

 

 イレブンとマルティナが旅を続ける中で、ホムラでベロニカとセーニャが、サマディーでシルビアが仲間になり、一行は虹色の枝を探し求めてグロッタへとやってきた。そして虹色の枝がそこで開催される仮面武闘会の優勝賞品になっていることを知る。

「絶対優勝するしかないわ!この仮面武闘会に参加して何としてでも虹色の枝を勝ち取りましょ!」

 ベロニカの一声で大会への参加が決まり、イレブン、マルティナ、シルビアの三人がエントリーした。まもなくタッグを組む相手を決めるための抽選会が行われると言うので一行は屋上にある闘技場へと向かう。そこはすでに多くの観客や闘士で賑わっていた。

 

 司会者の男性が大抽選会の開始を宣言し、ステージ上の箱の中から番号の記されたボールを一つ選び出す。

「さあ、11番の方、ステージにどうぞ!」

 イレブンは自身の番号が11であることを確認するとステージへと上がった。司会者が次のボールを箱から取り出す。

「8番!8番の方、ステージにどうぞ!」

 ステージに上がってきたのは、イレブンよりやや小柄なツンツンと逆立った青い髪の青年だった。くすんだ緑色の、胸元の大きく開いたフード付きチュニックを着ていて、腰に巻かれた暗赤色のサッシュには短剣が無造作に差してあった。

「よろしくな。」

 青髪の青年がグローブを嵌めた右手を差し出したので、イレブンも彼の手を握り返した。

 抽選はその後も続き、司会が読み上げる数字にある者は喜びある者は嘆き、会場は熱気に包まれたまま抽選は終わった。

 

「俺の名前はカミュ。覚えておいてくれよな。」

 二人が闘技場を出て控え室に戻ると、パートナーに決まった青年がマスクを取って名乗った。彼の端正な顔立ちと蒼天のような瞳にイレブンは思わず目を奪われたが、すぐに我に返り、自身もマスクを取って答えた。

「…僕はイレブン。よろしく。」

「お前、大剣を扱うのか?」

 カミュがイレブンの背に目を遣り、歩き出しながら訊く。

「うん。」

「そいつぁ頼もしいな。」

 カミュが皓い歯を見せて笑う。イレブンは彼の笑顔に釘付けになった。二人は話しながらエレベーターへと乗り込み、後に続いた数人の闘士も乗せると扉が閉まり、振動とともに動き出した。

エレベーターが街の下層に着き、乗っていた人々は皆降りて半円を描く通路を出入り口に向かって歩き出す。

「この大会には毎回出ているの?」

「ん?いや、俺は偶々グロッタに立ち寄った旅人で、出場するのは今回が初めてだ。お前は?」

「僕も旅をしていて、大会のことは偶然…」

「ふはっ、俺と同じだな!」

「イレブン様!」

受付前に差し掛かったとき、イレブンは聞き慣れた声が呼びかけるのを聞いた。

「セーニャ。」

「知り合いか?じゃあな、明日から始まる武闘会、頑張ろうぜ!」

「ああ、えっ…と、カミュ。」

カミュが笑顔で手を振り、去って行こうとしたとき、このまま別れてしまうのが何だか名残惜しくて、イレブンはつい呼び止めてしまっていた。

「ん?」

「あ…」

 カミュが不思議そうな顔で見返すのに、イレブンは言葉に詰まった。彼ともう少し話したいと思ったが、彼を引き留めるだけの理由が思い浮かばなかった。

「え…と、明日、頑張ろうね。」

「ああ。よろしく頼むぜ。」

 ニッと笑って、今度こそカミュは行ってしまった。イレブンは小さく溜息を吐いた。

 

*

 

 翌日。イレブンが闘技場の控え室に入ると、カミュは既に来ていた。

「よぉ、イレブン!俺たちは予選第一試合だ。準備はいいか?」

「うん!」

タッグを組む相手であるカミュがいるのは当然だったが、彼がイレブンのためにここにいるということに感動さえ覚えながらイレブンは力強く頷いた。

「よし、いい返事だ。それじゃ一発ぶちかますとするか!」

 カミュが立てた親指で闘技場を指し示し、片目を瞑ってみせた。

 

晴天の下、屋上の闘技場では予選第一試合が始まろうとしていた。イレブンたちの相手はガレムソン・ベロリンマンチームだった。両チームがステージ上で相対した途端、観客席からどっと歓声が起こる。筋肉隆々の二人を前にすると、イレブン・カミュチームは些か頼りなさそうに見えた。その時。ガレムソンとベロリンマンが小声で話すのがイレブンの耳に辛うじて聞こえてきた。

「おい、相棒。作戦はわかってんな?大剣の兄ちゃんは後回しにしてまずはひょろい青髪の方を叩きのめすんだ。」

「がんばるベロ~ン。」

 両者が構えると同時に、司会の合図で試合が開始された。

 

「カミュは僕の後ろにいて!」

 試合が始まるとすぐに、イレブンはブレードガードで守りを固めた。イレブンは一歩も引かずにガレムソンとベロリンマンの攻撃を弾き、間隙を縫って大剣で重い一撃を叩き込む。カミュも隙を見ては、素早く前に出て二人を攻撃した。反撃しようとしたときにはイレブンの後ろに戻っているカミュに苛立ったベロリンマンが怒りの咆哮とともに矢のようなドロップキックを放つが、カミュはひらりと躱す。

 止むことの無いガレムソンとベロリンマンの攻撃を、イレブンはブレードガードで、カミュは持ち前の素早さで躱しつつ、着実にダメージを与えていった。

そしてかなり体力を削った頃、ガレムソンとベロリンマンがゾーンに入り、連携技・ダブルヒップアタックを仕掛けてきた。空中で手を組み、背中合わせになって回転しながらイレブンたちへと降下してくる。

ドカッ!

「「ぐっ・・!」」

 ガレムソンとベロリンマンの重量級の尻に押し潰されてイレブンとカミュは痛みに呻いたが、二人同時にゾーンに入り、すぐさまゾーンを解き放った。イレブンがガレムソンに大剣を振り下ろすと、いつの間にか背後に回り込んでいたカミュが高い跳躍とともにその背を切り裂き、ガレムソンはとうとう倒れた。相棒が倒されたのを見てベロリンマンが獣じみた唸り声とともに4体に分身する。

「どれが本物かわからねえ。片っ端からやるしかねえな!」

「カミュは僕の後ろでサポートを頼むよ!」

 前に出ようとしたカミュにイレブンが叫び、再び自身にブレードガードを施す。イレブンの指示通りカミュが退がるとすぐに、4人のベロリンマンのイレブンへの猛攻が始まった。時折ヒットを許しつつも、隙を見て渾身斬りを見舞っていく。カミュも隙を見ては素早く横に回り込み、一撃を叩き込み戻るというヒットアンドアウェイを繰り返した。

そしてついに――

「そこまで!!勝者!!イレブン・カミュチーム!!」

 ベロリンマンは倒れ、司会のジャッジが響き渡った。どっと沸く観客にカミュが片手を上げて応える。イレブンの口元にも自然、笑みが浮かんだ。

 

「やったな、相棒!」

 闘技場の控え室に戻るとカミュが嬉しそうにイレブンを振り返り、言った。

「やるじゃねえか!思った以上の強さだ!あそこまで戦えるとは思わなかったぜ!」

 イレブンはカミュに『相棒』と言われたことに妙な擽ったさを感じた。

「君も。」

 はにかみながら答える。彼とともに掴んだ勝利がとても嬉しい。

「ガレムソンの野郎を倒したあの技、『シャドウアタック』とでも名付けようぜ!」

「ふふ、いいね。」

 そのとき闘技場の方から歓声が聞こえた。

「次の試合、始まったみたいだな。俺たちもまだ予選試合を幾つか熟さなきゃだから、休めるときに休んどこうぜ。」

「そうだね。」

イレブンも異論なく頷いた。

 

 その後もイレブンとカミュは危なげなく予選を勝ち進み、ついに決勝トーナメントへと進んだ。

予選試合が終わり、トーナメント出場者がステージ上に集ったとき、イレブンは周りを見渡した。マルティナは去年のチャンピオンだというオレンジ色のバンダナをした大柄な男と、シルビアは派手な青と白の衣装の小柄な金髪の男とペアで勝ち残っていた。

 

 その日のプログラムが全て終わり、イレブンとカミュは闘技場を後にした。昨日のように街の下層へと二人並んで歩き出す。

「お前と組めたのはラッキーだったぜ。ひょっとして優勝できるかもな?」

「もちろん僕は優勝するつもりだよ。君は優勝を目指して参加したんじゃないの?」

「あー…、俺は…そんな大層な目標は持っちゃいないんだ。」

カミュがややきまり悪そうに後ろ頭に手を遣る。

「じゃあ何故?」

「それは…大会に出場する選手とそのツレはグロッタの宿屋にタダで泊まれるって聞いたからよ。ここんとこずっとキャンプ続きでさ。二人とも疲れているようだったから、ちゃんとした宿屋でゆっくり休ませてやりたかったんだ。」

「誰かと一緒に旅をしているの?」

「爺さんと妹。」

「そうなんだ。」

 話しているうちに大会受付の前に着く。出入り口の外では双子がイレブンを待っていた。昨日も見かけたイレブンの仲間らしきセーニャを見とめ、カミュが別れを告げようと振り向く。

「じゃあな。明日は決勝トーナメントだ。頑張ろうぜ。」

「あ、待って!」

 踵を返そうとしたカミュの手首をイレブンは咄嗟に掴んだ。カミュが驚いてイレブンを見返す。

「…あ。」

一体引き留めてどうするつもりだったのか。イレブンはセーニャとベロニカの前であることを思い出し、自身の行動が急に恥ずかしくなってぎこちなく掴んでいた手を放した。

「あ…え…っと、明日、よろしく。」

「こちらこそ。…じゃあな。」

 カミュは微笑み、手をひらひら振って、行ってしまった。

「あんたのパートナーが青髪のツンツン頭に決まったときはどうなることかと思ったけど、アイツも見かけのわりには、そこそこやるじゃない!」

 カミュが立ち去った後、ベロニカが腰に手を当て、勝気な笑みを浮かべながら彼を評価する。

「ともかく、あんたもシルビアもマルティナさんも勝ち残ってよかったわ。」

「よかったですわ。」

「ここにいたのね。」

 その時マルティナの声がして三人が振り向くと、彼女は心配事があるのか深刻そうな顔をしていた。

「妙な噂を聞いたの。今グロッタでは大会に参加している闘士が次々と姿を消す事件が起きているそうよ。」

「行方不明ですか?」

「行方不明事件なんて初めて聞いたわ。やっかいなことが起きなきゃいいけど…」

「イレブン、あなたのパートナーにも気を付けるように言ってあげた方がいいわ。」

「あ…けど、さっき彼と別れてしまった…」

「まだそんなに時間は経ってないわ!アイツの後を追えば見つかるかも!」

「わかった、行ってみるよ!」

 ベロニカの言葉にイレブンは駆け出した。

 

*

 

「カミュ!」

 カミュが立ち去った方向に向かったイレブンは、通りで背の低い老人と話す彼を見かけて駆け寄り、声を掛けた。

「おぉ、イレブン。どうしたよ?」

カミュが振り向くが。

「それでは、儂は行くからの。」

「あ、おい、ロウ!」

 これ幸いとロウと呼ばれた老人はカミュの制止を無視して行ってしまった。

「…ったく。」

「僕、話の邪魔しちゃった?」

「あ、いや、別にいいんだ。いつものことだから…」

 カミュがまいったな、という風に片手で後頭部を摩る。

「まあ、立ち話もナンだから寄ってくか?」

そう言ってカミュは後ろにある宿屋を親指で指し示す。…が。

「…と言いたいところだが、あいにく妹も一緒の部屋だってこと、忘れてたぜ。」

妹の存在を思い出してふぅ、と溜息を吐いた。

「え…と、それなら、もう夕方だし、夕食を一緒に食べない?」

「あー…、そうだな。なら妹にも訊いてくる。ここでちょっと待っていてくれ。」

 カミュは宿屋”ツーリスツ・レスト・イン”に入って行く。イレブンは妹も一緒と聞いてガッカリしている自分に気づき、戸惑った。

カミュは少しして戻って来た。

「マヤ…って妹な?宿の食堂で食べるっていうから、俺たちだけで行こうぜ?」

「う、うん!」

 内心ホッとしつつ、イレブンは歩き出したカミュの横に並んだ。

 

 グロッタの街の上層は円形のフロアの外壁に沿ってドーナツ型に広い通路がぐるりと一周していて、外壁側には様々な露店やパブが立ち並び、ステージも設置されていた。壁灯や壁掛け松明が煌々と活気のある空間を照らしている。

 イレブンとカミュはドアも仕切りもないパブの、テラス席の一つに向かい合って座った。ほどなくしてウェイターが注文を取りに来たので料理を数品とエール、つまみを注文する。

 ウェイターは一旦カウンターに戻った後、料理の前につまみとエールを先に持ってきたため、カミュは笑顔でジョッキを持ち上げてイレブンの方へと差し出し、同じように持ち上げ差し出して来た彼のものとカチン、と合わせた。

「「お疲れ様。」」

互いへの労いの言葉を合図に飲み始める。

「…カミュはいつから旅をしているの?」

「んー…、かれこれもう15年になっかなあ。俺と妹は実は捨て子でさ。雪の中で震えてた俺たち兄妹を偶然通りかかったロウが拾って面倒見てくれたんだ。」

 ジョッキを傾けながらイレブンが訊くと、カミュは特に気にすることなく自身の出自まで話す。あっさり話してくれたということは本人は気にしていないということで、そこに反応するのは返って印象がよくないだろうと判断したイレブンはその部分をスルーした。

「15年…ねえ、カミュって歳いくつ?」

「19だ。お前は?」

「16。」

「え…成人したばっかりじゃねえか。」

「成人してから数か月は経ってるよ。」

 イレブンはカミュに子ども扱いされたくなくて急いで言い足した。

「そーか…。それで?お前は何で旅してるんだ?」

「僕は…ある場所に行こうとしているんだけど、そのために仮面武闘会の優勝賞品である虹色の枝が必要なんだ。」

「なら、絶対優勝しなきゃじゃねえか。」

 傾けていたジョッキを置き、つまみに手を伸ばしながらカミュが言う。

「まあ、優勝できなければ、優勝者にどうにか頼み込んで譲ってもらうしかないんだけど…」

「譲ってもらえるとしても見返りが必要だろうな。」

「うん…」

「まあ、頑張ろうぜ!」

 カミュがニカッと笑い、再びジョッキを傾ける。それから他愛のない話をしてるうちに、注文していた料理が次々と運ばれてきた。

 

「ところでお前、俺に何か用があったんじゃないのか?」

 料理を粗方平らげた頃、ふとカミュが思い出したように言い、イレブンも彼の言葉にはっとした。

――いけない。カミュと二人で過ごせることに舞い上がって忘れるところだった。

「あ、うん。そうなんだ。今グロッタで大会に参加している闘士が次々と姿を消す事件が起きているって聞いて、君に伝えようと…」

「ああ…実はロウもそんな噂を聞いて一人で調べに行っちまったんだよ。危険だからって俺は止めたんだがな。」

 カミュが溜息を吐く。

「けっこう噂になっているのかな。僕はついさっき仲間から聞かされたばかりなんだけど…」

「あー…、あのヘアバンドをした金髪の子か?」

「ううん、予選試合にも出ていたポニーテールの黒髪の女性だよ。」

「え!あの前大会で優勝したハンフリーと組んでるスゲえ足技の人だろ?お前の仲間だったのか!」

「うん、彼女、マルティナって言うんだ。」

「ふうん。金髪のコと言い、マルティナさんと言い、あんなに綺麗な女性たちと旅をしているなんて、一体どーいう関係なんだよ?」

 イレブンはカミュの言葉にドキリとした。

「え…っと、君は彼女たちに興味があるの?」

「え?いや別に…ただ、不思議なだけさ。カップルで旅をしているならまだしも…」

「あ、えーと、セーニャ…金髪の子の方ね?は、ベロニカ…赤い帽子の少女で、さっき受付の前で君も見たよね?とともに僕を守…手助けするために同行しているんだ。マルティナは僕にとって姉のような存在だよ。あと大会に出ていたレディ・マッシブ…彼も仲間なんだ。」

「ふうん。何か込み入った事情がありそうだな?…ま、ロウも遥か昔に栄華を誇った王国を滅ぼした、魔物が化けた奸臣の正体をつきとめるために旅をしていてさ。」

 イレブンがぼんやりと見守る中、カミュはほとんど空になりかけているエールを一口飲んだ。

「長い旅の末に、『ウルノーガ』という名前に辿り着いたんだけど、それから先は手がかりナシさ。」

 酔いが回ってきているのか、頬杖をつき物憂げに話すカミュは柔らかい橙色の灯りの陰影に彩られ、はっとするほど美しかった。

「それじゃあ、行き先が決まっている旅じゃないの?」

 カミュに目を奪われながらも、ちゃんと会話を追っていたイレブンの頭に一つの考えが浮かぶ。

――もしも彼らと一緒に旅ができたら…

「ああ。」

「そ…それなら、さ。仮面武闘会が終わったら…」

だが。イレブンの淡い期待は次のカミュの言葉で打ち砕かれる。

「俺としてはデルカダール王国に行きたいんだがな。」

「デ…デルカダール?」

「ああ。何かマヤが国宝のレッドオーブを見てみたい、って言い出してよ。ま、行ったところで見られるかどうかなんてわかんねえけど、行くだけ行ってみてもいいかなって。」

「そ、そっか…」

「どうかしたのか?」

 考え込むように黙ってしまったイレブンに、カミュが声を掛ける。

「ううん、何でもないよ。」

 ――僕は自身が追われる身だってことを忘れていた…。僕と一緒にいたら彼を危険な目に遭わせてしまうだろうか?

「そうか?」

「…そろそろ戻ろっか?」

「そうだな。明日はいよいよ決勝トーナメントだもんな?早く寝て英気を養おうぜ。」

「うん。」

 イレブンはカミュに精一杯微笑んでみせ、頷いた。

 

*

 

 決勝トーナメント当日。イレブンが闘技場の控え室に行くと、やはりカミュは既に来ていた。

「よぉ、イレブン、いよいよ試合が始まるぜ?準備はできているだろうな?」

「うん!」

「よし、いい返事だ。それじゃ一発ぶちかますとするか!」

 カミュは胸の前で掌にパァン!と拳を打ち付けた。

 

 決勝トーナメント最初の試合はイレブン・カミュチームと、司会の言葉を借りれば『グロッタが誇るお色気美人コンビ』ビビアン・サイデリアチームとの対戦だった。ビビアンは腰の後ろに兎の尻尾のようなポンポンがついた丈の短いピンクのワンピース型戦闘服とうさ耳バンド、サイデリアは黒いショートスパッツの上にピンク色のフォールズ、胸を同色のビキニアーマーで覆い、兜と肩当て、円形の盾を装備していた。

彼女たちが名乗ると観客席――特に男性たち――から熱狂的な歓声が沸き起こった。

「イレブン。色香に惑わされるなよ。決勝トーナメントまで勝ち上がった相手だ。本気で行くぜ!」

 イレブンはカミュの警告にしっかりと頷いた。

 

 いよいよ司会の掛け声とともに試合が開始され、ビビアンはスティックを、サイデリアは片手剣を構えた。

「見た目が可愛くても惑わされるなよ!」

 カミュが短剣を構えながら再びイレブンに注意を促す。イレブンは大剣を背から引き抜き素早くブレードガードを施した。

「うふふ、アタシの魔法でコテンパンにしてあげる♪そぉ~れ!」

 早速ビビアンがベギラマを放ってきた。

「「ぐっ…!」」

 燃え盛る炎の攻撃にイレブンとカミュが耐える。

「行くよっ!あたいのあっつ~い剣技でメロメロに見惚れなよ!」

 サイデリアがカミュに斬りかかるが彼は素早く躱し、ついでとばかりに防御力の低そうなビビアンに一撃を叩き込んだ。

「ちょっとぉ~!」

ビビアンが抗議の声を上げるのに構わず、続けざまにイレブンが渾身斬りを叩き込む。

「いやぁ~ん!」

ビビアンが文句じみた悲鳴をあげる。サイデリアは次にイレブンに攻撃を仕掛けてきた。が、剣で弾かれて舌打ちとともに跳び退る。

「あついわよ~?」

「「うっ…!」」

 二人はギラに再び焼かれた。容赦なく襲い掛かるビビアンのギラ系の魔法とサイデリアの剣による攻撃に耐えながら二人は懸命に反撃し続ける。が…

「うふふっ、どぉ~ぞ?」

サイデリアが”お色気たっぷりキッス”を投げつけ、カミュはうっとりと彼女を見つめた。

「ハハッ…はぁ~…まいったな…」

 イレブンはカミュをちらりと見て顔が熱くなったが、すぐにビビアンとサイデリアに向き直る。二人はゾーンに入ったところだった。

「本気だしちゃう♡サイデリア!」

「あたいの剣よ、燃え盛れ!」

 ビビアンがサイデリアの剣に炎の力をエンチャントし、サイデリアがイレブンに連携技・烈火斬りを放つ。

「うぐっ…!」

 ガードできずにもろに食らってしまった。まずい、と思った矢先。

「イレブン!」

カミュが上薬草を使い、イレブンが持ち直した。間髪入れずサイデリアが”お色気たっぷりキッス”を投げつけてきたがイレブンはそれを振り払う。

「え~い!」

 ビビアンがサイデリアにベホイミをかける。カミュも再度イレブンに上薬草を使った。イレブンがちらりとカミュに目を遣ると、彼はまだサイデリアを見てうっとりとしていた。心を奪われながらも僅かに残った正気の部分がイレブンを回復させる行動を彼に取らせているようだった。気を取り直してイレブンがビビアンに渾身斬りを放つ。

「あん…そんなぁ…」

 ビビアンが倒れると同時にサイデリアが素早く斬りかかってきたが、イレブンがまたも大剣で弾く。続けて一対一で剣戟を振い、激しく打ち合った末にイレブンはついにサイデリアを倒した。

「やったな!相棒!」

 漸く正気に戻ったカミュがイレブンに笑い掛け、イレブンも笑みを返した。

「そこまで!!勝者!!イレブン・カミュチーム!!」

 司会の力強いジャッジに会場がどっと沸く。昨日と同じようにカミュは観客に手を振って応え、イレブンはただ微笑み佇んでいた。

 

*

 

決勝トーナメントはその後もサクサクと進み、準決勝第1試合が始まろうとしていた。

「マルティナ…シルビア…」

 ステージを見てイレブンが呟く。登場したのはハンフリー・マルティナチームとレディ・マッシブ&マスク・ザ・ハンサムチームだった。

 勝負は圧倒的強さでハンフリー・マルティナチームが勝った。

 

 そしてついに決勝戦を迎える。

 

 イレブン・カミュチームとハンフリー・マルティナチームがステージ上で相対する。そしてまさに戦いの火ぶたが切って落とされようとしたとき――

「うっ………!!」

 突然、ハンフリーが胸を押さえて頽れ、苦しみ出した。ハンフリーはスタッフにタンカで運ばれ、結局優勝は不戦勝でイレブン・カミュチームに決まった。表彰式は予定通り行われ、イレブン・カミュチームは優勝賞品である虹色の枝を手に入れた。

 

*

 

「あー、くたびれちまったな。」

 コロシアムを後にしてイレブンと並んで歩きながら、カミュが伸びをする。すべてのプログラムを終えたときは、夕刻に近かった。

「あ、そうだ、虹色の枝はお前にやるよ。必要なんだろ?」

「え?けどそれじゃあ…せめて何かお礼を…」

「いいって!お前の力で勝てたようなモンだしな。」

 そう言うとカミュは真摯な貌でイレブンに向き直った。

「…お前と組めて楽しかったぜ。またいつかどこかで会えるといいな?」

その言葉を聞いた瞬間、イレブンの心がズキリと痛む。

 ――…そうだ。彼とはここでお別れなんだ。でも…

「カミュ!」

「ん?」

「その…僕たちと一緒に旅をしない?」

 ――これで『さよなら』なんて、嫌だ。

「大勢の方が何かと助け合えると思うし…どうかな?」

 ――追われる身だけど、僕が彼を守ればいい。

「あー…まあ、そう、だよな。…けど、ロウとマヤに訊いてから返事をしてもいいか?」

カミュが少し困ったように後ろ頭を撫でる。

「もちろん!」

「お前ももう一日グロッタに泊まるんだろ?明日の朝、返事を伝えに行くぜ。どこに泊まってんだ?」

「闘技場の武闘会受付所の前、左側にある”旅人の宿屋”だよ。」

「わかった。じゃ、明日な?」

 受付前でイレブンの仲間が彼を待っているのが見え、カミュは早々に別れを告げた。

 

*

 

「どう?何か見えない?イレブン。」

 皆が宿屋のイレブンの自室に集まって、虹色の枝を手に精神を集中する彼を固唾を呑んで見守っていた。暫くしてイレブンが目を開ける。

「ダメだ。何も見えない…」

「何も見えないって………その枝、ニセモノ!?まさかあの情報屋にガセネタつかまされたってこと!?ここまで引っ張っといて……ありえないわ!」

 ベロニカが手を腰に当て憤る。

「仕方ありせんわ、お姉様。命の大樹への行き方はきっと他にもあるはず…」

「そうよイレブンちゃん、気長にいきましょ?」

 セーニャとシルビアがその場の空気を明るくしようとする。イレブンは二人の気遣いに感謝して――ふいに皆に話さなければならないことを思い出した。

「あ…そうだ。皆に話しておかなければならないことがあるんだけど…」

「何かしら?」

「その…仮面武闘会で僕のパートナーだったカミュと彼の妹と彼らの育ての親であるご老人をパーティーメンバーに加えてもいいかな?まあ、まだ返事待ちなんだけど。」

「それがイレブン様のご意思なら私に異存はありませんわ。」

「あたしも別に構わないわ。」

「アタシも。」

「私もよ。」

「本当に?よかった。ありがとう、みんな!」

 イレブンは嬉しそうに微笑んだ。

 

 夕食を終え、宿屋の自室で寛いでいたイレブンは扉をノックする音を聞いた。

「カミュの連れのロウじゃよ。おぬしに用があって来たんじゃ。開けてはもらえぬか?」

 扉の向こうから話しかけられ、イレブンが扉を開ける。そこには昨日カミュが通りで話していた背の低い、赤い帽子とチョッキの老人が佇んでいた。

「ふむ。おぬし一人だけか。すまんが仲間を呼んでくれんか?お主らに話があるんじゃ。」

 イレブンは他の仲間を呼び、自室に集めた。

「仮面武闘会でおぬしのパートナーだったカミュが行方不明になってしまってな。街中どこを探しても見つからんのじゃ。」

「え…」

 イレブンは背に冷水を浴びせられた心地がした。

――もし彼の身に何かあったら…

「おそらく何か事件に巻き込まれたのじゃろう。そこで相談なんじゃが……お主らカミュを探すのに協力してくれぬか?」

「ええ、力になります。」

 イレブンが答えると他の皆も頷いた。

「カミュが消息を絶ったのはハンフリーの孤児院の近くじゃ。まずはそこに行ってみるとしよう。」

 

*

 

一行が下層の孤児院を訪ねると、礼拝堂で少年がおろおろと右往左往していた。ただならぬ様子に事情を尋ねると涙目でイレブンを縋るように見上げる。

「大変なんだ。寝てたはずのハンフリー兄ちゃんがいなくなっちゃったんだよ!階下にあるお庭にも見覚えのない地下への階段が開いていて……」

「地下への階段?」

「そこの階段を降りた処だよ。」

 少年が左の通路を指し示す。イレブンはそちらへと向かった。階段を下りると端が吹き抜けになっていて、地上の光が差し込む処に花壇がある広い空間に出た。そこでは10代半ばの少年が部屋の奥の壁に空いた大きな穴の前で途方に暮れた様子で佇んでいた。

「ハンフリーさんがいなくなったから孤児院を隈なく探してたんだ。そしたら…」

イレブンたちに気づくとこれまでの経緯を説明し、穴から続く地下への階段を指し示す。

「この先にハンフリーさんがいるのかもしれないけれど、怖くて行けないよ。」

「カミュの失踪と関係あるかもしれん。」

 ロウがイレブンを見上げる。

「僕たちが行くよ!」

 少年に答えてイレブンは皆の先頭に立ち、迷いなく地下への階段を下りて行った。

 

 地下には入り組んだ巨大な洞窟が広がっていた。洞窟内は処々篝火が焚かれ、人の出入りがあることが伺える。勇者一行は遭遇する魔物を蹴散らしつつ、通路を塞ぐように至る処に張られた大きな蜘蛛の巣をかき分けながら奥へと進んでいく。

 終わりがないのではないかと思い始めた頃、高い段差のフロアに登った通路の先を、赤と緑と青で模様が描かれた鉄板が塞いでいた。一行が近づくと鉄板は転がるように横へと動き、ぽっかりと出入り口が現れる。

 出入り口の先には怪しげなエメラルドグリーンの光を放つだだっ広い空間が広がっていた。その中央に佇む見覚えのある広い背中。そしてその足元に横たわっていたのは――

「カミュ!!ハンフリー、彼に何をした!?」

 ハンフリーがはっとして振り返った。イレブンが怒りの炎を双眸に湛えながら駆け出し、大剣の柄に手を掛けたそのとき、左手の甲の痣が眩い光を放ち――次の瞬間、激しい雷がハンフリーを撃った。

「ぐわあっ!!」

「そ、その痣は…!?」

 ハンフリーが悲鳴と共に地に転がり、ロウが驚愕してイレブンを見た。

「カミュ!」

 イレブンが急いで駆け寄り抱き起すと、カミュがゆっくりと目を開けた。

「んん…イ…レブン?」

「カミュ、大丈夫?」

「ああ…ここは…?」

「見て!」

 ベロニカが叫ぶ。大きな岩のように見えた塊が動いて化け物蜘蛛が全貌を現し、勇者一行の方へと向かって来た。

「カミュ、こっちへ!」

 イレブンはカミュの片腕を自身の肩に廻し、空いた手で彼の腰を支えて立たせ、仲間の後方へと連れて行った。

「ここにいて。」

 イレブンはカミュを安全な所まで運ぶと仲間の許へ戻った。化け物蜘蛛が更に近づいて来る。そのときふとマルティナは天井から垂れ下がっている繭のようなものの中に人が包まれていることに気づいた。

「繭の中に人が囚われているわ!一刻を争うかもしれない!私はみんなを救出する!魔物の方はあなたたちに任せるわ!」

マルティナが叫んでバトルフィールドから抜け、他のメンバーが化け物蜘蛛の前に立ち塞がる。化け物蜘蛛が、倒れたハンフリーを片方しかない目で一瞥した。

「所詮は脆弱な人間よ……。貴様らはこのアラクラトロ様が直々に始末してくれるわ!」

 アラクラトロが洞窟を揺るがすような声で吠えた。

「気を付けるのじゃ!儂も回復を手伝おう。強敵じゃが焦らんようにな。」

「一気に片付けちゃいましょ!」

 ロウが戦闘に加わり、ベロニカが皆を鼓舞する。アラクラトロは鋭利に先の尖った長い脚二本を振り上げた。

「ぐぅっ…」

「きゃっ!」

 ロウとセーニャが攻撃され、悲鳴を上げる。

「ど…毒ですわ!」

 セーニャが震えながら皆に警告する。ロウは怯むことなくドルマを放った。

「まだ倒れるわけには……!」

 セーニャは自身にベホイミをかけ、イレブンはブレードガードを施し、ベロニカがメラを、シルビアが火吹き芸を放つ。アラクラトロはその醜悪な口から糸を放ち、イレブンとシルビアはネバネバした糸に絡めとられた。

「うっ…!」

動けないシルビアをアラクラトロが一方的に攻撃する。セーニャは彼にベホイミをかけ、ロウはセーニャにキアリーをかけて彼女の身体から毒を消した。ベロニカは再びメラを撃つ。

「ぐっ…!」

 絡みつく糸と格闘しているイレブンにアラクラトロの脚が襲う。そしてアラクラトロが再び糸を吐き出し、ベロニカとセーニャを行動不能にした。

「ああっ、糸が巻きついて動けません……!」

「うおぉ!」

 糸から抜け出したイレブンが渾身斬りを放つ。

「あついわよ~~!」

一拍遅れて糸から解放されたシルビアも火吹き芸で攻撃し、ロウは再びドルマを放った。

「うぐっ…!」

 アラクラトロはイレブンに攻撃を仕掛け、彼は毒に侵されてしまった。続けざまにアラクラトロが放った死グモのトゲでメンバー全員が被弾し、守備力まで下がってしまう。だがそのときイレブンとセーニャはゾーンを解放し、連携技・聖なる祈りを発動させた。そしてイレブンが自身にホイミを、ロウがキアリーをかけ、体勢が持ち直したかに見えたとき、アラクラトロがメダパニ―マを唱えてきた。シルビアが混乱し、間髪入れずに放たれた”死グモのトゲ”の衝撃でシルビアは我に返ったが、一行はまたもや瀕死の危機に陥っていた。

 シルビアは守りを固め、イレブンがセーニャにホイミをかける。

「こういうの、どうかしら!」

ベロニカがゾーンに入り、マホトーンでアラクラトロの呪文を封じ込めた。セーニャはベロニカを、ロウがシルビアを癒す。ホッとしたのも束の間、またもや”死グモのトゲ”が襲い掛かる。ベロニカは負傷をものともせず、さらにアラクラトロにルカニをかけ、守備力をかなり下げた。

 それ以降、回復役はほぼセーニャとロウに任せて、“死グモのトゲ”や糸に苦しめられながらもなりふり構わず総攻撃を仕掛けた。そして――

「ぐぅああああーーっ!!」

 ついにアラクラトロの巨体が地響きとともに地に沈み、瘴気となって消える。

「強ぇんだな、あんたたち。」

「カミュ!」

 よろめきながらカミュが一行の許へとやって来るとイレブンが駆け寄り彼を支えた。

「身体、大丈夫?」

「ああ…ここは何処なんだ?」

「教会の地下にある遺構だよ。ハンフリーが君をここに連れてきたんだ。」

「地下…?街に買い出しに行ったことまでしか思い出せねえ…」

「闘士たちは弱っているけど命に別状はないわ。」

 繭から全員を救出し終えて、マルティナが告げる。

「イレブンちゃん!ハンフリーの意識が戻ったわ!」

ハンフリーの状態を確認していたシルビアが叫び、皆が彼の許に集まる。

「さあ、どういうことか説明してもらおうかの?」

「仕方なかったんだ……。オレのような三流闘士の稼ぎでは子供たちを養うことができなかった……」

 ロウが厳格な面持ちで促すと、ハンフリーは膝をつき項垂れ涙を零しながら、ポツリポツリと話し出した。

「アラクラトロは16年前にグレイグ将軍によって受けた傷を癒すためにエキスを必要としていた……。強い人間のエキスを飲めば傷は治る。そのエキスを人間が飲めば無敵の身体になれる。その誘いに、この俺は乗ってしまった……」

「その決意を真っ当な努力に向けず、魔物の甘言に乗ったのはお主の弱さ……。しかし、まだやり直せるはずじゃ。」

 ロウはハンフリーに孤児院への援助を町長に掛け合うことを約束し、皆を振り返った。

「さあ、地上へ戻ろうかの?」

 

 こうしてグロッタの行方不明事件は解決し、勇者一行は宿屋で一晩を明かした。

 

*

 

「イレブン、起きろ……。なあ、起きろよ……。起きろってば!」

 イレブンが目を開けると、蒼天の髪と瞳が視界に跳び込んできた。

「カ、カミュ!?どうしてここに!?」

 一気に目が覚めて跳び起きる。

「ご挨拶だな。返事を伝えに行くって言っただろ?なのにお前はまだ寝てるって言うし…」

「ご、ごめん…」

「いいぜ。」

「え?」

「一緒に旅をしても。」

「ほ、ホント!?」

「ああ。これからよろしくな。」

「こ、こちらこそ。」

 カミュが片目を瞑って右手を差し出したのでイレブンも彼の手を握り返した。

「じゃ、外で待ってるから早く来いよな。」

「うん、すぐに支度するよ。」

「……昨日は助けに来てくれてありがとな。」

 慌ててベッドから降りたイレブンを背に、部屋のドアの前で立ち止まったカミュが静かに言った。

「え…あ…」

 言葉を返す間もなくカミュの後ろでドアは閉められ、イレブンは一人部屋に残された。

 

*

 

 宿屋をチェックアウトし、カミュたちと合流した一行はグロッタの門へと続く石橋でお互いの自己紹介をした。初めて会うマヤはイレブンと同じ16歳で、長い青髪を三つ編みのポニーテールにした活発そうな美少女だった。

 そしてマルティナの番になり。彼女が名を告げたとき、ロウが驚いたようにまじまじと見たのにマルティナは首を傾げた。

「以前何処かでお会いしたことがあったかしら?」

「あ、いや、何でもないんじゃ。」

 ロウがかぶりを振る。

 

 皆が自己紹介を終えると、ロウが口を開いた。

「もう次の行き先は決まっておるのかの?」

「いえ…」

「それなら、ユグノアに向かってくれんかの?ユグノア城跡でイレブン、お主に見せたいものがあるんじゃ。」

「ユグノア……。それってイレブンちゃんの故郷なんじゃ……」

 シルビアが呟き、セーニャとカミュが思わず彼の方を見る。イレブンは真っすぐに仲間たちを見返した。

「よし。行こう、ユグノアへ。」

 

 




中編に続きます。
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