グロッタの町を出発した一行は陽の光のほとんど届かない、丈高い草が生い茂る山間の細い道を南西へと進んで行った。
午後も遅い時間になって漸く、北西に清冽な滝、西側に滔々と流れる川、東側には岩山がある、拓けた場所に出た。長い間整備されていないであろう“道”の跡を辿って皆が黙々と歩いていると、日が暮れる頃に川辺のキャンプ地を見つけた。
「今日はここでキャンプしよう。」
イレブンが呼び掛け、皆が準備に取り掛かった。
「明日は幾つか残っている崩れた家屋や周辺の探索をしようと思う。」
皆で焚火を囲み夕食を食べながらイレブンが提案すると、ロウが口を開いた。
「イレブン、おぬしに見せたいものがあるのじゃが、儂とカミュとマヤは途中で抜けてユグノア城跡に向かわせてもらってもよいかの?ちと準備するものがあっての。」
「いいけれど…この辺の魔物は強いから、マルティナも彼らと一緒に行ってもらえるかな?」
「もちろんいいわ。」
「おお、それはありがたい。それでは夕刻になったら城跡まで来てくれんか?それ、そこの石橋を上った先にある円形の広場奥にある井戸から城跡に入れるぞい。」
ロウがキャンプ地から見える湾曲した石橋を指し示す。
「わかった。」
イレブンは頷き、スープを口に運びながら皆をさり気なく見回した。焚火の向かいではマルティナとマヤが和やかに談笑している。両脇ではそれぞれロウとシルビア、双子が時折話しながら夕食を食べていた。そして隣りには…
「ん?」
イレブンが目を向けると、カミュもイレブンの方を見た。今までイレブンの隣りは最初に仲間になったマルティナの定位置だったが、そこにカミュがごく自然に座ってくれたのが彼には嬉しかった。
「いや、何でもないよ。」
イレブンは微笑んで食事に戻った。
就寝時間近くなって、イレブンはふと思い出して荷物を掻き回した。
「あった!」
それはホムラの鍛冶職人のクエストのお礼に、親方にもらったクロスブーメランだった。
「カミュ!これ、誰も使いこなせなくて仕舞い込んだままだったんだけど、君なら扱えるかな?」
イレブンがブーメランを持ってカミュに駆け寄ると、カミュはそれを受け取って少しの間検分していたが、
「ああ、扱えそうだ。」
と言ってイレブンを見た。
「よかったら使って!」
「ありがとな。これ、俺がもらっていいのか?」
「うん!」
カミュは微笑み、ブーメランを自分の荷物の処に置いた。
「よし、そろそろ寝ようぜ?俺、お前と寝るの、楽しみにしてたんだ。」
「え…」
楽しみにしてた、ってカミュ、僕たちまだ付き合ってない…それに同じテントにロウとシルビアもいて――とイレブンが頭の中でぐるぐると考えたが。
「俺、同年代の友達がいたことなくてさ。街の子どもたちが話してた『お泊り会』っつーの?一度やってみたかったんだよな。…まあ、正確には違うけどよ。」
「……」
はにかんだように笑うカミュの言葉にイレブンは自分でも驚くほどガッカリしていた。
「イレブン?」
「え?あ、ああ、ごめん。少しぼーっとしてた。」
「ふはっ、今日はすげー歩いたものな?疲れてんだろ、早く寝ようぜ。」
テントに入っていくカミュを見ながら、イレブンは人知れず溜息を吐いた。
*
翌日。イレブンたちがユグノア地方のキャンプ地周辺の探索を一通り終える頃には陽もだいぶ西に傾いていた。
「そろそろ城跡に向かおうか?」
イレブンがベロニカとセーニャ、シルビアを振り返ると、皆一様に頷いた。
優雅な曲線を描く処々崩れた石橋を上がり、4人がユグノア城下町跡へと足を踏み入れる。眼前に広がる光景に、シルビアは祈るように両手を組み合わせた。
「ここがイレブンちゃんの故郷、ユグノア王国ね……ウワサでは聞いてたけど……酷い有様。」
在りし日は麗しかったに違いない建造物は無残に崩れ、建物の残骸がそこかしこに山を為していた。
「16年前、世界一の歴史を誇るユグノア王国は魔物の大軍勢に襲われ、たった一晩で滅びたそうよ……ユグノア王や王妃も魔物に殺されたと聞いているわ。」
そしてふと何かに気づいたように、イレブンの方を見た。
「もしかして……その王と王妃って、イレブンちゃんのお父さんとお母さん……?」
誰も答えなかった。皆が目の前に横たわる現実をただ見つめていた。
「ここでこうして突っ立っていても仕方ない。ロウが言っていた、円形の広場の奥にあるという井戸を探そう。」
最初にイレブンが我に返って言い、徘徊する魔物を避けつつ広場の奥に辿り着くと、ロウの言葉通り建物の陰に井戸があった。4人は井戸の中に入り、地下道を進んでいく。しばらく進むと、少し広い空間に出た。行き止まりで、真ん中に垂れるロープ以外何もなかったため、一人ずつロープをよじ登る。
井戸の外は瓦礫が散乱するユグノア城跡の中だった。4人はまだ形を保っている目の前の石段を上り、踊り場を廻り更に上ると、壁に突き当たった。西の方角に道が続いていて、その先には夕陽を背にロウが佇んでいた。イレブンがそちらに足を踏み出すと、白い鳩が数羽、飛び立った。
「待っておったぞ。」
4人が近づいたとき、ロウが言った。
「一人だけ?他のみんなは?」
「カミュたちはこの先で待っている。……少しだけこの老人に付き合ってもらうぞ。…こっちじゃ。」
ロウは夕陽に染まる道の先へと歩き出した。暫く黙ってついて行くと、ロウは道の途中で立ち止まり、朱く染まった空を見上げた
「この地は辛い思い出が多くてのう。あの頃、儂は隠居しておって、城下に降りては民と杯を交わし、笑い合う。そんな毎日を過ごしておったのじゃ。じゃが16年前のあの日……魔物たちがすべてを奪っていった。今やかつての栄華は見る影もない。たった一晩でこうなってしまったんじゃ。」
「ロウ、あなたは…?」
イレブンの問いに、ロウははっとして振り返った。
「おおっと、すまんのう。イレブンに見せたかったものは別にあるんじゃ。では、行くとしよう。」
再び歩き出したロウの後を追ったイレブンたちが行きついたのは、一つの墓だった。
「このお墓は?」
「この国の……ユグノアの、国王夫妻の墓じゃよ。」
皆が息を呑む。
「それってつまり、イレブンちゃんの……」
ロウがシルビアを一瞬振り返った。そして墓に掌を当てる。
「さよう。勇者イレブンの実の両親。即ち16年間に亡くなった儂の娘と婿殿の墓じゃよ。」
「えっ?…ということは、あなたは僕のおじいちゃん……?」
「そうじゃ……」
ロウが振り向きイレブンに手を差し伸べ、彼を墓の前へと導いた。
「エレノアよ、アーウィンよ……喜べ、お前たちの息子じゃ。元気に生きておったぞ……」
皆で黙祷を捧げ、終えるとロウは墓に縋り、涙を浮かべて語りかけた。そしてそれは嗚咽に変わり、皆は咽び泣く老人の震える背を、遣る瀬無い思いで見つめ続けた。
*
それからロウの頼みで、ユグノア王家に代々伝えられている鎮魂の儀式を行うために、4人は彼とともに城の裏山にある祭壇へと向かうことになった。その頃には辺りは昏くなりかけていた。山道を登る途中、ロウがぽつりぽつりと話す。
「…ユグノアが滅んだ後、儂は勇者伝説の信棒者であった盟友デルカダール王を頼ろうとした。だが王国を訪れて王の変心を知った。王はまるで人が変わったかのように勇者を悪魔の子と呼び、非難を始めたんじゃ。儂には王が正気であるとは思えなかった。裏で何かが起きている…亡国の真相と盟友の変心・・二つの謎を解き明かすため、儂は旅に出たのじゃ。」
岩のトンネルを抜け、鎮魂の祭壇に着く頃にはすっかり暗くなり、浩々と照らす満月の下、カミュとマヤとマルティナが祭壇の前に佇んでいた。
「待ってたぜ。」
祭壇の上には、幾本かの香木が用意されていた。
「うむ。支度は済ませてくれたようじゃな。ご苦労であった、カミュよ。」
カミュがらしくなく慇懃に一礼して。
「みんな、下がってくれ。鎮魂の儀式はユグノア王家の二人だけで行うからな。…こっちだ。」
他の仲間を祭壇の下へと誘導した。
祭壇ではロウとイレブンがそれぞれ松明を持ち、用意された香木に火を点けた。白い煙が夜空へと立ち上ると、ほどなくして二人の周囲を白く輝くものが飛び交い始める。
「見よ…煙の香気につれられて光り輝く蝶たちがやってきおった。」
光の蝶は瞬く間に増え、夥しい数の蝶が煙とともに夜空へと昇っていく。
「この蝶を人の魂と見立て命の大樹へと送る。それをもって死者の慰めとするのじゃ。」
蝶が織りなす光の川は滔々と命の大樹に向かい、流れて行った。やがて流れが尽き祭壇にいつもの光景が戻った時、ロウはふとイレブンを振り返った。
「姫…マルティナから聞いたのじゃが、おぬしは何故デルカダール王国に赴いたのじゃ?」
ロウに訊かれ、イレブンはウエストポーチから母の手紙を取り出し、渡した。
「おお!これはエレノアの…!この手紙があったからこそおぬしはデルカダール王の許に……」
手紙を広げ、読み始めたロウの手が震え、頬を涙が伝った。
「イレブン。苦労をかけたな……しかしならばこそこうしておぬしと出会うことも叶った。ひとえにエレノアの導きであろう。……すまん。しばらく一人にしてくれ。」
かつての老王の傍、祭壇の上で僅かに燻る香木の煙が緩やかに立ち昇っていた。
*
イレブンは鎮魂の祭壇を離れ、山道を下りて行った。その途中でマヤと双子、シルビアを通り過ぎ、更に下って行くと、岩のトンネルを抜けた処にマルティナが佇んでいた。
「…あのご老人、ユグノアの先王、ロウ様だったのね。ロウ様もお父様の変心には疑念を抱いていた…お父様がキミにした仕打ちを話したら、遥か昔より暗躍する邪悪の化身ウルノーガがお父様を操っているのではないかと仰っていたわ。」
「僕も彼が実の祖父だと知って驚いたよ。…これで真実に一歩近づけたみたいだね。」
「そうね。」
マルティナが悪戯っぽい目をして微笑む。
「彼…カミュなら道のもう少し先にいるわ。」
「え…と、僕は別に…」
「隠さなくてもいいわよ?グロッタでのキミの彼への態度を見ていればわかるわよ。」
と片目を瞑って見せた。
「……も、もう行くね。」
イレブンはしどろもどろになってマルティナに別れを告げた。
イレブンが山道を先へ進むと、一人で夜空を見上げているカミュを見つけた。月光が彼を白く輝かせている。イレブンが近づくとカミュが振り返った。
「イレブン…。……なぁ、歩きながら少し話さねえか?」
イレブンは頷いて歩き出したカミュの隣りに並んだ。
「……聞いたよ。お前、ロウの孫で勇者の生まれ変わりなんだってな?」
「うん。彼の孫だってことはさっき知ったばかりだけど…」
「ロウは俺に、自身の身上とか話したことなくてさ。だから俺もロウがユグノアの先王様だったってこと、今日知ったんだ。」
カミュがイレブンに向き直った。
「お前も…何で何も言ってくれなかったんだよ?」
「ごめん。折を見ていずれ話すつもりだった。」
「……何で、一緒に旅をしようだなんて。」
カミュが俯く。
「追われる身の僕が旅に誘える立場じゃないのはわかってる。でも君は必ず僕が守るから…」
「そ…そんなこと言ってんじゃねえよ。」
「え…?」
「何で、俺なんかを?」
「……」
「武闘会でも見ただろ?俺は特に腕が立つわけでもねえし、他に役に立つことができるわけでもねえ。なのに、なんでそんな大層な目的の旅に俺を…」
すべて言い終える前に、カミュははっとして曲がった山道の向こう側を見た。そこには松明を持った大勢のフルアーマーの兵士たちが何かを探すように辺りを見渡していた。
「あれは…?」
本能的に二人が岩陰に隠れる。
「お前を追ってるっていうデルカダールの兵どもか…?かなりの数だ…」
カミュがイレブンを見た。
「イレブン!急いでみんなの許に戻ろうぜ!」
イレブンは頷いて、二人で山道を山頂へと駆け出した。
だが二人が祭壇の手前のトンネルに差し掛かった処で奥に複数の火が揺れているのが見え、二人は再び岩陰に隠れた。
「祭壇から逃げた連中はいたか?」
「いや、見つからん。悪魔の子は?」
「ダメだ。どこにも見当たらん。くそっ!逃げ足の速い連中だ!」
デルカダール兵たちが話すのが聞こえ、二人はじっと様子を窺っていた。そのとき――
「あ…悪魔の子!」
後ろから声がして二人は反射的に振り向いた。少し離れた草地に、一人のデルカダール兵が立っていた。
「み…みんな!ここに悪魔の子がいるぞー!」
大声で叫ばれて、カミュはイレブンの方を見た。
「くっ!逃げるぞ、イレブン!」
「うん!」
二人は元来た道を駆け下りようとしたが、前から数人の兵士が向かってきて立ち止まった。背後のトンネルからも兵士たちが二人の方へと向かってくる。行く手も退路も塞がれてしまった。
「仲間がいるぞ!どうする!?」
「グレイグ将軍からは悪魔の子を捕らえよとしか言われておらん!構わん!仲間の方は殺してしまえ!」
「くそっ…」
カミュが短剣に手を伸ばそうとしたが、はっとして昨夜イレブンにもらったばかりのクロスブーメランを手に取った。
「これでどうだ!」
取り囲むように距離を詰めるデルカダール兵たちにブーメランを投げる。
「ぐわあっ!」
ブーメランは周囲の兵士たちに当たり、彼らを倒し、吹っ飛ばした。その光景を目の当たりにして後方の兵たちは怯み、二人を遠巻きに見る。
「た…大変だ。グレイグ将軍を呼びに行かないと……」
兵士の一人が呟き、駆けて行った。
「新手を呼びに行ったらしい。イレブン、急いで山を下りてみんなと合流するぞ!」
イレブンが頷き、二人は麓への道を塞ぐ兵たちを薙ぎ倒すと、山道を駆け出した。
イレブンとカミュが道の中ほどまで来たとき、後ろから重い蹄の音が追いかけてきた。それがすぐ後ろまで迫り、頭上を何かが飛び越えて行ったのに驚いて二人が思わず足を止めると、前方に大きな馬に乗ったグレイグ将軍が振り返り、行く手を遮るように立ち塞がった。その威圧感に二人が思わず後退る。
「そこまでだ、悪魔の子よ!デルカダールの将、グレイグ推参!」
複数の足音が近づき、イレブンが後ろを振り向くと、デルカダール兵の一団が追いついて来るところだった。
「デルカダールでマルティナ姫を連れて脱獄した貴様を追い続け、グロッタの町で漸く足取りを掴んだ。よくもここまで逃げ延びたものだな。」
「マルティナは彼女自身の意思で僕と来たんだ!」
イレブンが叫ぶが、彼の言葉など聞こえていないかのようにグレイグ将軍が左手を振り挙げ、それを合図に兵士たちが二人を取り囲んだ。将軍がゆっくり馬を降りる。
「悪魔の子は私が相手をする。もう一人はお前たちに任せた。…ゆくぞ!」
イレブンはグレイグ将軍を前にして、大剣を引き抜き、身構えた。すぐさま激しい剣戟の応酬が始まる。一方カミュはデルカダール兵の一団に取り囲まれていた。ブーメランで怯ませ、近づく敵には素早く短剣に持ち替えて応戦する、ということを繰り返す。
そして攻防の末に――
「どうした!貴様の実力はそんなものか!」
防戦一方になったイレブンにグレイグ将軍が叫ぶ。将軍の圧倒的な強さにイレブンが思わず一歩後退したとき、山道から大分離れてしまっていることに気づき、思わず後ろに目を遣ると、ほんの数歩の距離で岩場は終わり、その先には真っ暗な峡谷が広がっていた。
グレイグ将軍が更に打ち込んできた強力な一撃を剣で防いだ衝撃でイレブンは後ろに倒れ、起き上がれないまま、距離を詰めて来るグレイグ将軍から後退った。
「もう逃げ場はない。ここまでだな。悪魔の子よ。」
グレイグ将軍が大剣を振り被った。雷鳴が轟く。
ピシリ…
そのとき、イレブンの下の岩が嫌な音と共に崩れ始めた。
「イレブン!!」
カミュが叫びデルカダール兵を押し退け、グレイグ将軍の脇を疾風のように駆け抜けて中空に身を躍らせる。途中で張り出した岩を蹴って勢いをつけ、崩れた岩石とともに落下するイレブンに追いつくと、彼をしっかりと抱き締めた。
そして二人は高い水飛沫とともに暗い流れへと飲み込まれていった――
*
――暖かい。とても…
イレブンはゆっくりと目を開けた。最初に目に映ったのは、木の天井。横に顔を向けると赤々と燃える暖炉の炎が見えた。
「よかった、気が付いたんだな、イレブン。」
突然の声にイレブンが驚いて声がした方を見ると、彼の足元の方でカミュが毛布に包まって膝を抱え、座っていた。イレブンは緩慢な動作で身を起こした。
「カミュ…」
「ここはユグノア城跡の南にある山小屋だ。服、濡れちまったから脱がしたぜ?」
そう言われて、イレブンは自身が床に敷いた毛布の上に裸で寝ていたことに気づいた。半身を起こしたことで上掛けの毛布が腰まで滑り落ちた。
「えっと…」
「崖から落ちたのは覚えてるか?」
カミュの言葉にイレブンははっとした。そうだ、グレイグ将軍と戦っているときに…そしてカミュが僕を追って跳び下りて――僕を抱き締めて――…
朧な意識の中での出来事をそこまで思い出してイレブンは頬を染め俯いた。
「うん。…その、君を守ると言ったのに、守ってもらってしまって……ごめん。」
「お前だってグロッタで俺を助けてくれたじゃねえか。」
「それでも…危険だとわかっている旅に君を誘ったのは僕だ。」
イレブンのその言葉でカミュは儀式の後に山道でした彼との会話を思い出した。
「そういや、お前の答えを聞く前にデルカダールの奴らに遭遇しちまったんだったよな?もう一度聞くが、お前は何で俺を旅の仲間に誘ったんだ?」
「え…」
そんなの、カミュと離れたくないからに決まってる。けれど実質出会って5日しか経っていない相手に言うのは躊躇われた。
「ああもちろん、結果的にお前とロウが再会できたのはよかったと思ってるんだぜ?」
イレブンが答えあぐねているとカミュが言った。
「……親切のつもりだったのか?爺さんと妹の世話をしながらの旅は大変だとでも?それなら思い違いだぜ。二人とも自分の面倒は自分で見てるしな。…まあ、ロウはいずれ世話をしなきゃならなくなるとしても、俺もマヤも彼には感謝しているんだ。ロウに拾われたおかげで俺たちは道を外さず真っ当に生きることができた。」
伏し目がちに話すカミュの端正な顔貌に暖炉の炎が陰影を揺らし、その美しさに直視するのが気恥ずかしくなってイレブンは落ち着きなく周りを見回した。すると部屋の角に張られたロープにイレブンとカミュの濡れた服が無造作に掛けられているのが見えた。
――ってことはカミュ、毛布の下は何も着てないの?
イレブンの頬が暖炉の炎とは別の理由で熱くなる。
「…イレブン?聞いてんのか?」
「え?う、うん。」
「で?どうしてなんだ?」
「え…」
「お前が俺を旅の仲間に誘った理由だよ。そのときはまだロウの正体を知らなかったんだろ?何故だ?」
「何故って…」
イレブンは言葉に詰まった。カミュはイレブンを真っすぐ見て返事を待っている。
――会って五日で告白しなきゃならなくなるって、どんな罰ゲーム?
イレブンは今の状況を呪ったがどうにもならず、覚悟を決めた。
「……君と離れたくなかった。たぶん僕は、君を一目見たときから…君に恋してしまったんだと思う。……君が好きだ。」
「…………え?」
カミュが呆気に取られた顔でイレブンを見返し、みるみるうちに頬を染める。だが告白に対する応えはなく、目を逸らし俯いてしまう。
――拒絶も罵声も嘲笑もなくて、この反応……もしかして脈があるってこと?
イレブンの胸が期待に高鳴った。
――カミュの気持ちも言ってもらえたら…
「……ねえ、君は僕が崖から落ちた時、何の迷いもなく僕を追って跳び降りたけれど、それは何故?」
イレブンは優しく微笑みながら、訊いた。
「何故、って…。……友達なんだから、当然だろ?」
「君は知り合って数日しか経っていない友達のために命を懸けるの?」
「……」
今度はカミュが言葉に詰まる番だった。困惑し戸惑った様子のカミュを、イレブンは真綿で首を締めるように追い詰めていく。
「……僕が君にとって“特別”だって、自惚れてもいいのかな?」
沈黙。カミュは頑なに目を逸らしたまま答えない。彼の染まった頬と微かに震えているように見える毛布を握る手が、イレブンを大胆にさせた。イレブンがカミュににじり寄り、彼の顎をそっと持ち上げる。
「え…ちょ…」
「イヤなら僕を突き飛ばして?」
ゆっくりと顔を近づけながら囁く。
「あ…待…」
カミュは反射的にイレブンを押し戻そうとしたが、手を突き出すと包まっている毛布を放さなければならなくなることに気づき、躊躇してしまった。
「う…」
イレブンの唇がカミュのものに重ねられる。角度を変えて何度も食まれ、カミュは耐えるように目を閉じ毛布の端を握り締めた。
「……カミュ。」
顔を離したイレブンがカミュと間近で見つめ合い、熱っぽくその名を呼ぶ。初めて恋した相手とのファーストキスにイレブンは陶酔し、顎を捉えた手にほんの少し力を籠めた。
「あ…」
カミュがそれにより僅かに口を開くと、イレブンはその狭い隙間を自身の口で塞ごうとした――が次の瞬間、両肩を押されて後ろへと押し戻された。――毛布はカミュの肩から滑り落ちた。
「……嫌だった?ごめん、僕――」
調子に乗ってしまったという後悔がイレブンの胸に起きる。カミュが口を開いた。
「違う、嫌なわけじゃねえ。俺は……今まで誰かを好きになったこともねえし、友達もいたことがねえ。だからお前が俺にとって”特別”なのかどうかはわからねえ。……でもたぶん、お前のこと、“好き”だと思う。」
………え………っ!?
イレブンの心は今ほど後悔しかけたのが嘘のように舞い上がった。が、カミュの蒼瞳から涙が零れるのを見て驚く。
「カ、カミュ!?」
「…けど、誰にも知られることなく、いずれ終わりにしなければならないとわかっている関係になんて辛くて踏み出せねえよ…」
「……え?え…とカミュ、僕は君とのことを隠すつもりはないよ?あといずれ終わりにしなければならないって、どういうこと?」
「そ…んなの、…わかんねえのかよ?俺は孤児で、お前は亡国ユグノアの王子で勇者の生まれ変わりだ。そんなお前に俺は到底――”友達”としてさえ――相応しい人間じゃねえ。」
カミュは掌で涙を拭った。
「カミュ…」
――どうしたらいい?どうしたらわかってもらえる?対等な一人の人間として君が好きなんだと――…
イレブンはカミュに微笑んだ。
「君も僕も命の大樹に生い茂る一葉なんだ。王子とか勇者とか…関係ないよ?」
「ふはっ、何だよ、それ?」
カミュが濡れた蒼瞳で笑う。イレブンもつられて笑った。一頻り笑い合った後、二人は自分たちの姿に気づく。夜半に暖かい山小屋の中、毛布の上に――二人とも裸で。互いの姿をそれぞれの目に映し、言葉もなく、どちらからともなく相手に手を伸ばす。互いに素肌に触れ合い、唇を合わせ、砂漠で水を求めるように相手を味わった。
その後は、まるで世界に自分たち二人だけしか存在していないかのように互いに夢中だった。
*
暖炉を背にしたカミュの輪郭を炎の光が明るく縁取り、イレブンは柔らかく輝く彼の撥ねた青髪をくしゃりと撫でた。毛布は腰骨までしか掛けられておらず、彼の滑らかな肌の上で炎の陰影が揺れていた。イレブンがカミュの髪から肩、脇へとそっと掌を滑らせ、素肌の腰に手を休める。
「……王子様みたいなヤツだと、思ったんだよな。」
カミュがぽつりと言った。
「え?」
「仮面武闘会で初めてお前を見たときさ。…ま、実際そうだったわけだけどよ。」
カミュは手を伸ばし、指の甲でイレブンの頬をなぞった。
「俺、誰かとこうなる日が来るなんて考えたこともなかったから、まだ夢でも見ている気分だ。」
「夢じゃないよ。」
イレブンがゆっくりとカミュに覆い被さり、口づける。カミュはイレブンの髪を梳きながら口を開いてイレブンを招き、舌を絡ませ合った。
「ん…はぁ、イレブン。……いつか、この先もできるといいな?」
口づけを解いた後、カミュが言った。結局、二人は触れ合ってキスしただけだった。二人とも初めてだったし、行為の知識があるわけではなかったから。だが今はそれで充分だった。
「そうだね。」
イレブンが微笑んでカミュの上から退き、再び隣りに横になった。
「……正直言って、この旅も行き詰まってしまったんだ。」
「え?」
「命の大樹へ辿り着く方法を探していたんだけど、唯一の手掛かりだった虹色の枝…君に譲ってもらった仮面武闘会の優勝賞品ね?――が、手がかりにならなくて…」
「マジかよ?」
「…次に何処へ行くべきかわからないから、とりあえずロウの提案に乗ってユグノアに来たんだ。」
イレブンが溜息を吐く。
「そうだったのか…けどよ、案外何とかなるモンだぜ?まずは仲間と再会しなきゃな!」
「ふふ、そうだね。…ふぁ、……眠くなってきた。」
「はは、俺も。もう寝ようぜ。」
カミュが上掛けの毛布を肩まで引き上げ、二人は互いの腕の中で眠りに就いた。
*
カミュが目を覚ますと、山小屋の小さな窓から朝の白い光が眩しく差し込んでいた。暖炉の前で毛布の中、抱き合うように寝ていたイレブンの顔に落ちかかった栗色の髪をカミュが耳にかけてやると、彼が身動いだ。
「んん…」
「起きろ、イレブン。」
カミュが起き上がってイレブンの肩を揺するが、彼が起きる気配はなかった。
「……おい、起きろよ、イレブン!」
もう一度大きな声で呼びかけると、イレブンの海のような碧の双眸が現れてカミュを映し、嬉しそうに微笑んだ。
「おはよ、カミュ。」
「…はよ。夜が明けたようだな。」
カミュも微笑み返す。イレブンは彼のこの笑顔を朝の光の中、これから毎日でも見たいと思った。ふとカミュの後ろを見ると暖炉の火はもはや熾火が僅かに燻っているだけだった。起き上がり、ロープに干していた服を確認する。
「ほぼ乾いてるよ。」
「よかったぜ。」
二人は服をロープから外し、身支度を整え始めた。
「……なぁ、イレブン。」
「うん?」
「みんなには、その、俺たちのこと……」
「もちろん言うつもりだよ?」
――君が、僕が君とのことを隠したがってる、と思わないように。
「あー…暫く秘密にしておかねえか?出会って五日でお前とこうなったって知ったらマヤが呆れそうだからよ…」
イレブンが軽い笑い声を立てた。
「わかった。君がそう言うなら。」
「ありがとな。……とりあえず、ユグノア城跡に戻ってみようぜ。」
「そうだね。」
二人は身支度を終えると山小屋を後にした。
イレブンとカミュが山小屋を出てユグノア城跡に向かって歩いていると、突然重い蹄の音が響き、黒馬に乗った漆黒の鎧のグレイグ将軍が二人の前に立ち塞がった。
「やはりな……あのようなことで死ぬとは思わなかったぞ。悪魔の子よ……」
「くっ…、グレイグ将軍…!」
「イレブン!まともに戦って勝てる相手じゃねえ!」
大剣の柄に手を掛けたイレブンをカミュが制す。
「俺に考えがある。」
「何をごちゃごちゃと!」
グレイグ将軍が剣を抜き、二人の方へと馬を駆るのに、カミュは素早くクロスブーメランを放った。――馬へと。
「ヒヒィィン!」
「ぐあっ!」
馬が驚き後ろ足で立ち上がり、その反動でグレイグ将軍は落馬してしまった。
「今だ!」
カミュがグレイグ将軍の馬を奪って乗り、イレブンに手を差し出す。
「乗れ!」
「うん!」
イレブンはその手を取り、カミュの後ろに乗った。
「振り落とされないように気をつけろよ!」
カミュは手綱を取るとすぐさま馬を走らせた。
*
ユグノア城下町跡に続く石橋に着くと二人は下馬し、馬の首をポンと叩いて元の主の許へ帰るように促した。黒馬は一声嘶いて今来た道を駆けて行った。石橋を上ると円形の広場の奥に仲間たちが佇んでいるのが見え、二人はそちらに向かって歩いて行った。
最初にベロニカが自分たちの方へ歩いて来る二人に気づいた。
「あっ!見て!」
ベロニカの指さす方を見て他の仲間も気づき、二人に駆け寄る。
「無事じゃったか、二人とも。」
「心配したぜ、兄貴。」
「ロウ、マヤ。心配かけたな。」
「心配かけてごめん。グレイグ将軍の襲撃を受けたけど、何とか逃げ切ることができたよ。」
「追手はやはりヤツじゃったか。グレイグには確かめたいことがあったがそれには及ばぬようじゃな……奴の主君デルカダール王はウルノーガに操られているのじゃろう……」
ロウが真剣な目をイレブンに向けた。
「よいか、イレブンよ。この世に生きるすべての者たちのためにおぬしはウルノーガと戦わなければならぬ。邪神なきこの時代に勇者としておぬしが生まれたのはそのために違いない。……だがウルノーガは未知な部分が多い。無策でヤツに立ち向かうことはできまい。」
「わかってる。僕たちは“闇の力を祓う何か”が眠っているという命の大樹へ向かおうとしていたんだ。けれど…」
「…導となるべき虹色の枝を手にしてもイレブン様には何も見えなかったのです。」
セーニャがイレブンの言葉を引き取った。
「むう…それでは別の手を考えるしかないのかのう……」
だが誰も良い案は浮かばなかったので、一度キャンプ地に戻り腰を落ち着けて今後のことを話し合うことにした。
勇者一行がユグノア城下町跡を後にしようとしたとき、カミュが突然声を上げた。
「うん?おい、イレブン。お前の荷物が…」
イレブンが荷物袋を見ると、何かが中で光り輝いているのが生地を透過してわかった。急いで袋の口を開けて確認すると、それは虹色の枝だった。イレブンが枝を取り出すと枝が放つ七色の光は一層強くなり、眩いばかりになった。そして――深い森の上にある円形のプラットホーム。そこにある台座に6つのオーブがゆっくりと下りて輝き出すと、命の大樹へと続く虹色の道が架かる。――という映像が見えた。
「ちょっと!何よ今の!?アタシにも見えたわよ!」
「天空に佇む祭壇……あと6つのオーブも見えたわね。」
ベロニカが思案げに呟く。セーニャがぱん、と手を叩いた。
「お姉様!もしやあの祭壇に6つのオーブを捧げれば命の大樹への道が開かれるということでは!?」
「これで大樹への行き方がわかったわ。これが虹色の枝の力……ここまで探し求めてきた甲斐があったわね。」
マルティナがそう言って荷物からイエローオーブを取り出す。
「仮面武闘会の準優勝賞品よ。受け取って?イレブン。」
「ありがとう、マルティナ。」
マルティナがイレブンにイエローオーブを渡すと、済まなそうな顔をした。
「実は…レッドオーブはデルカダール城の宝物庫にあるの。」
「え?そうなの?」
「けれど…お父様は恐らくウルノーガに操られている…正面から頼んでオーブをもらうのは無理…かと言って…厳重な警戒を掻い潜り宝物庫から盗み出すのは不可能に近い…名うての盗賊なら或いは盗み出すことはできるかもしれないけれど、きっと掴まってしまうわ。」
マルティナは溜息を吐いた。
「出奔するときにオーブが必要だとわかっていたら……」
「なんじゃ、それでは6つのオーブを揃えられぬではないか!」
「ええ。……けれどロウ様、真に力のある魔物は自身の存在と力を誇示するものです。ウルノーガのように身を潜めて人を操るような魔物は、強大とまで言える力を持っていないのかもしれません。」
「むむ…言われてみれば、そうじゃな。”闇の力を祓う何か”がなくてもどうにかなるやもしれんのう。」
「たとえそうだとしても…荒野の地下迷宮でデンダという魔物が口にしていた『魔王』がウルノーガのことを指すかどうかはわからない。強敵が別にいることも考えて、やっぱりオーブは集めるべきだよ。」
「そうね、イレブン。レッドオーブは後回しにして、他の4つのオーブを探しながら力をつけて、来るべき決戦に備えましょう。」
「アタシの船で世界へ漕ぎ出すわよ~~!!」
シルビアが元気よく賛同し、皆が頷いた。
「シルビアの船に乗んの、楽しみだな!レッドオーブも見ることができっかも。」
「これ、マヤ!物見遊山の旅ではないのじゃぞ!」
「まあまあ。旅を楽しむのも大事だよ。」
「でもいったいどこから探せば……」
「オーブと言えば子供の頃、海底に沈んだオーブがあるって聞いたけど、そんなの雲を掴むような話だしね……」
セーニャとベロニカが思案顔で話す。
「とにかく今は手がかりがない。世界中くまなく回って、情報を集める他なさそうだな。」
カミュの言葉にイレブンが頷き、力強く宣言した。
「さあ、オーブ探しの旅に出発だ!」
後編に続きます。