真・女神転生〜ジャッジメントデビルサマナー〜 作:葉隠小太郎
マンション騒動が終わってから数日後。
「初めまして。少々遠い孫弟子に当たる君に会えて光栄だよ」
診療所にやって来たのは高齢と言うべき年頃の男性とロングヘアを後ろに流した若い男性の2人。
彼等は、恐らく宮本さんの知り合いなのだろう。
「おっ?〔荒巻〕部長に〔プロト〕君じゃん!おひさ〜♪」
「生江さん。お久しぶりです、相変わらずお元気そうで何より」
「暗い世の中、空元気でも有ったほうが良いからねー!お茶淹れてくるから待ってて〜!」
直ぐ様、ない世さんが診療所の奥へと入ってお茶の準備をしていった。
少し、気まずさを覚えると。
「…お父上の事は聞いている。お悔やみ申し上げます」
「あっ…い、いいえ…。お気遣いなく…」
「鳴海君は次代の【ライドウ】候補として優秀だった男だ。たとえなれずとも、クズノハに必要な人材を喪った…」
「…そう言って頂けたら嬉しいです」
亡くなった父を偲ぶ言葉を贈ってくれた。
荒巻と呼ばれた老紳士は良い人なのだろうと思われる。
「して高嶋さん。真之介は何処へ?」
「あー…。今は西新宿の【私立北原病院】に出てます。どうにも救急搬送が多いとか何とか…」
「そうか。であれば致し方無いな」
どうにも用事があるのは宮本さんらしいが、今不在でかつ少々電話にも出れそうに無い状況下でもある為、待ってもらう事にする。
「それでどーしたん?新しい精力剤必要ならマカとか調合したの持ってくるけど?」
「生憎使う機会も使うつもりも毛頭ない。少しばかり話に来たのが目的だ」
「まあ、お爺ちゃんが飲んだら多分泡吹いて腹上死しちゃいそうだわ」
流石に失礼でしょ?
というより何を飲ませるつもりなのだろうか?
「では、ない世君ならばある程度は知っているだろう」
「何々?」
「先月起こった被疑者の塩化現象の事だ」
「あ〜、あの"腹違い姉弟"心中事件か…色々とゲボ吐きそう…」
吐かれても困る。
あの事件の発端を掻い摘んで話すと。
かつては退魔の一族だったりする織斑家であったが、戦後の占領政策で軒並み潰された一部だったりする。
しかも戦地で憂き目に遭った者も少なくなく、唯一の生き残りも予備の予備としか言い様がなく、結果的にお取り潰しとなってしまった。
その後、出自も知らない世代である織斑一夏の父親が成人を迎えて数年経った頃、彼は一月に一度の逢瀬を行う関係の女性が居た。
其れが山田真耶の母親である。
まだ結婚する前であり、ある程度は自由な交際をし続けていたが、落ちぶれていても名家。
意地と見栄のために【京都ヤタガラス】より退魔の一族から三女との婚約が決まり、別れざる得なかった。
其れが正妻となり、織斑一夏の母親となる。
が、しかし。
20年経って直ぐ、後継者である〔織斑千冬〕が成人すると、直ぐに家を追い出された。
そもそも夫婦関係は冷めに冷めているという事も考えると、必要無くなれば外に放り出す事もよくあったりする。
そんな男も更なる不幸が重なる。
【多発性骨髄腫】
骨髄に形質細胞腫が発生すると、本来抗体になるはずのタンパク質がMタンパクという役立たずの物質を出してしまう。
他にも、高カルシウム血症や腎臓等の臓器不全、免疫低下に造血作用低下も起こる酷い病気。
治療方法はMタンパクを減少させ、抗がん剤による骨髄腫細胞を死滅してから造血作用の回復の為に自家末梢血管細胞移植を行う。
但し、彼の場合は既にステージ4、つまり末期に相当する状態であり、どうにも出来る状況ではない事態になっていた。
たった一人通院生活をする中で、現れたのが山田真耶だったとのこと。
最初は恨まれていたと思ったらしく、罵詈雑言を受けるつもりだったが、彼女の方から介助を願った。
理由は、残り少ない父親と親子の時間を作りたかったから。
その為に全てを捨てて亡くなる迄の数ヶ月間を過ごした。
最後は安らかな顔で息を引き取ったと担当の医師が供述。
その後、山田真耶はやりたかったデザイナーの仕事に就き、このマンションに住まいを移した。
残念なことにマンションの内情は知らなかったらしい。
一方で弟とは知らなかった織斑一夏は一方的に恨みを持っていたと実姉の千冬氏が語る。
曰く、2年にわたりずっと好意を向けてたり、頼れる男性として見栄を張ったりしていたと語るも、内情を知っていた山田真耶にとっては禁断の恋であり、一緒になることは不可能であった。
「…所で一つ聞いてもいいかな?」
「う〜ん。内容によります」
「そうか…。では」
荒巻さんが湯呑の茶を飲みつつ、質問を述べる。
「…一体どうして
ちょっとギョッとしてしまった。
顔には出てない事を祈りつつ、少し考えるフリをするために顎に指を当てる。
こういったハンドシグナルも油断とか色々を誘うミスディレクションだと宮本さんから教わっている。
右手のジャブに紛れ込ませて死角から左アッパーという簡単なものから高等テクであるトランプマジックも勉強中である。
(正直やり込み過ぎじゃないか?って思いますが…)
「……ちょっとした火事場のクソ力とか…物凄いスーパーパワーが芽生えたとかそうじゃないですか?」
「……まぁ、"現場"に残された物が無い以上、そう考えるのが妥当だろうな」
私の意見をそのまま採用するのだろうか?
そんな勢いで納得する荒巻さんの目的がよく見えない。
怖い。
そんな印象が強く出る中。
「お爺ちゃんそんなに意地悪しなくても良いじゃん」
ない世ちゃんがキャスター付き椅子を転がしながら割り込んできた。
プロトさんと何かしてたのでは?と思っていると、既に彼の頭は盛り髪を施されており、まるで二郎系ラーメンかチャレンジ企画のパフェみたいにされている。
顔が虚無の領域となっている彼を哀れに思いつつ、割り込むない世ちゃんの方へ目を向けた。
「生江君。君の意見も聞いてみたいが?」
「友奈ちゃんと以下同文。デカくなるだけデカくなったけどまるで空気詰めた風船みたいなもんだよ?パンッ!って弾けて消えちゃった」
「……そうか」
同じ回答ではと思ったのだろう。
用意された湯呑みの茶を飲み干し、一つ咳払いを行う。
「では失礼した。今度は茶菓子の一つでも用意しておこう。行くぞプロト」
「……ハイ」
キチンと礼儀正しく頭を下げ、会釈。
揺れる頭髪を崩さぬように歩く様はシュール過ぎると感じながら、外に停められた車が走るのを眺めるのだった。
物事の始まりというものは基本的に知らずに行われているケースが多くある。
カトリックの祖が馬小屋の中で処女から出産されたと言われているのも。
何処かの山中で育ったという鞍馬天狗の弟子であり、後に八艘飛びを行った若武者も。
出自が曖昧であったならば後年の者達が面白可笑しく付け加える事も、無茶苦茶な後付も行われる場合も存在する。
今回もまた、事情を知らぬ他者が其れを流布していく。
「前に辞めた山田先生って不倫してたみたいだって?」
「マジマジ〜。やっぱ女だったわけかぁ…」
「ほら?鴨志田にセクハラされてたって言ってたけど実は誘ってたんじゃないの?」
女子同士がケラケラと無責任な言動を述べ、消耗品の如く他愛の無い会話を続ける。
授業を終え、放課後で部活に所属していない彼女達はこのまま帰宅するか、何処かに寄って暇をつぶすかの何方かを選んでいる。
思春期のモラトリアムをただ毒にも薬にもならない状況で浪費する行為。
傍目から見れば怠惰なキリギリスにしか見えず、何時しか何も考えない愚者へと堕ちる事は間違いない。
「……ねぇ、真耶ちゃんの事あんま悪く言うの止めねぇ?」
「どーしたの〔メイ子〕?去年ヒステリックに怒られたの忘れたん?」
女子グループの中の一人、褐色に日焼けした女子が悪口を窘める。
も、他の女子からはおかしな顔で首を傾げ始めた。
「アンタ、頬引っ叩かれたよね?アレ絶対に体罰だよ体罰」
「そーそー。じだいさくごーって奴でしょ?」
「そ…其れは…そう…だけど…」
他の女子からも述べられ、軽く後退りする中で、奥歯を噛み締め、息を吸い、口を開く。
「それでも…あーし達の事考えて言ってくれたじゃん。無闇矢鱈"ハルウリ"なんてしちゃいけないって…!それでトラブルになった先輩だって居るって…」
「そんなの失敗する方が悪いっしょ?」
「そーそー!ワタシ等、失敗しませんから!ギャハハハ〜〜!!」
──何かがおかしい。
普段から軽はずみな言動を話すことは珍しくはない。
だが、メイ子自身が知っている彼女達が此処まで軽薄な人間性とは思っても居らず、まるで
「じゃ、メイ子。良い子ちゃんはとっとと家にでも帰ってパパのソーセージでもしゃぶりついてな」
「じゃあねぇ〜♪」
「あっ、ちょっ…!?待って…」
グループの不和となり得る存在を排除する。
そんな動物のコミューンめいた行動をされ、メイ子は尻餅をつく。
通りかがる人は何人か居ても誰も彼女に手を差し伸べようとはしない。
誰もが其処に人が居ると思わないように。
「……くそっ…」
少しばかり手の平に擦り傷が出来てしまう。
顔が痛覚で少し歪む中、立ち上がり、スカートに付いた砂利やホコリを手で叩いて払い落とす。
「……帰ろ」
消沈した気持ちで帰路につこうと前を見る。
「………はっ?」
彼女の視界に映るのは
今まで居た商店街のアーケードには無い筈の空間に立っていた。
「はっ?へっ?」
突然の事に目を見開き、瞼が高速で開閉を繰り返す。
どんよりと湿気った空気が漂い、所々でカビ臭さが鼻孔へチクチクと突いてくる。
──此処は違う。
そこまで長い人生で無くとも、今居た場所とは異なる事は理解した。
しかし、前を見ようとも後ろを振り向いて見ようともただ同じ裏路地が広がるばかり。
「うそ…ここ、何処?」
周りを見渡す。
乾き切れずに残った泥だらけの水溜り。
ただ鎮座されている丸いバケツのゴミ箱。
薄緑色の腐った汁が垂れ流れるポリ袋。
様式に則った人が歩くに躊躇する空間が其処にある。
「……何なの?えっ?何なの一体!?」
誰かの悪戯か?
そう考えてみるも唐突過ぎる事と、どうやって此処に連れて来られたのかも理解が出来ないでいる。
ここに留まって居ても意味はない。
そう感じ、メイ子は不気味な雰囲気の中をゆっくりと一歩ずつ足を踏み入れる。
一歩歩く度に周りを見ては荒い呼吸を落ち着かせようと深く息を吸う。
何十分何時間と時が流れたのか分からない。
ただ変わらない光景と差し込むこともない夕焼けがビルの切れ目から覗く。
落ち着く事が出来ない。
子供の頃からお化け屋敷等の恐怖を煽る施設が苦手であり、遊園地で従兄弟に手を掴まれ無理矢理入らされてから軽いトラウマになっている。
故に、不安ばかり募らせる空間は自分を追い詰めさせようとしているとしか思えず、無情に時間が過ぎる。
「……だ…誰か…居ないの?」
出来る限り声を上げて遠くまで呼び掛ける。
周りに反響し、遠くまで木霊していくものの、誰かが呼び掛けてくれることは一切ない。
仕方がなく、メイ子は歩く。
どうしようもないと思いながら一歩一歩進んでいくと。
「キィシャァァ…」
「……なっ!?何っ?」
何かの音が耳に入った。
直ぐ後ろを見るも誰かが居る訳が無い。
更に不安がチップの如く乗せられる。
怖いという感情がコールタール状に全てを塗り潰し、遂に一歩も動く事が出来なくなった。
「あっ…う…うそっ…?」
躙り寄るナニカを感じる。
其れでもそれに立ち向かう勇気は無く、ただ毒牙を向けられながら恐怖で歯を鳴らすだけ。
「…■■■■■■…!!」
言語として成り立たない叫び声が発される。
小さくヒィと鳴くしか出来ない彼女は迫りくる存在を見続けるしか無く。
白い粘液が飛び出し、身体に纏わりついた。
「やぁっ!!?やめっ…キャァァァ!!?」
粘液と思われる其れは、蜘蛛の糸のようなもの。
獲物を絡みつかせて捕まえるソレは人間を白い繭に巻きつけ、毒を注入しながらゆっくりと汁を啜る。
文字通り"蜘蛛の化物"が少女へ喰らいついていく。
「あっ…うぁ…」
糸の成分には催淫作用や麻酔効果が含まれており、獲物の動きを緩慢にさせ、藻掻いて手間取る事が無いように考えられたのだろう。
制服の裾や袖をめくりあげ、少女の肌へ刷り込む様に糸が貼り付く。
これで一つ、哀れな餌へと変わり果てて行くのだった。
「…や…やだぁ…。死にたく……ない…」
必死の訴えも虚空に消える。
手を伸ばそうにも筋肉等の緩和が見られ、上げることも難しい。
ズルズルと地面を擦られながら引き摺り回され、餌場へと連れて行かれるのだろう。
程なく永遠の夢の中へと堕ちていく。
狩人は痛みを与えること無く、啜る行為で一種のエクスタシーを感じさせる事も出来る。
ある意味では普通の死に方よりも幸せかも知れない快楽死を与えられる。
だが其れでも。
「…助…け…」
彼女の目からは一筋涙が零れて頬を伝う。
死にたくないと懇願するように。
「ぬっんっ!!」
空を切る。
傍目からは見ることの叶わない円錐状に尖らせた手刀が狩人の脳天を貫く。
「ガギィッ!?」
脳漿を飛び散らせ、けたたましい断末魔を呼ぶ前に。
「死に晒せ【せつなさみだれづき】」
両方の手刀が狩人の胴体を五月雨の如く穿ち、抉り、爆ぜさせる。
肉体はボロボロに砕け、文字通り死に晒し、無情に霧散していくのだった。
狩人を殺した男が獲物となったメイ子を見る。
「………おい」
返事は無い。
恐らく陶酔状態で失神しているのだろう。
男はため息を吐き、どうするべきかを考えた後に。
「…仕方がない」
糸に絡まったままの彼女を肩へと担ぎ、跳躍。
目にも止まらぬ速さで壁を駆けてビルの間を抜けていった。
to be continued