真・女神転生〜ジャッジメントデビルサマナー〜 作:葉隠小太郎
Chapter2
始まります。
神室の探偵
約2ヶ月前
神奈川県横浜市伊勢崎異人町
幕末に起こった開国により、多くの外国人街が建ち並び、多国籍の貿易港として発展した横浜の一画。
大陸の情勢悪化や朝鮮戦争に逃げ延びてきた大陸系民族が根を張り、カルテルとなり、今の日本社会で生き延びた者達が多い。
地元極道組織の【横浜星龍会】、コリアンタウンを仕切る韓国系マフィア【コミジュル】、チャイニーズマフィアの大元【
この3組織による均衡の取れた体制により、関東最大組織【東城会】や関西最大手【近江連合】がおいそれと手を出すことが出来ず、何処とも異なる異様な雰囲気を醸し出している。
其れ故に治安はあまり良くなく、何らかの失敗や失業で流れ着く者達のドン底と噂されていた。
その町の中で起こったありふれた一幕の話。
雨上がりの曇り空が広がる。
濡れた地面を否応なしに踏み進めれば大きく水しぶきが飛んでズボンの裾を濡らす。
普段の男からすれば顔をしかめて注意する所だが、そうと言っていられる状況ではない。
────追われている。
自身が貯め込んだ借金の形に土地の権利書を手に入れようと躍起になっている新興ヤクザから。
無論、極道資本の消費者金融から金銭を借りた以上こうなることも明白ではあったものの、一年後に利子ともども返済を終わらせていた。
しかし相手は手数料の払い込みと称して記載されていなかった筈の契約書を取り出し、完済させない意志を示した事で逃げる事を決めた。
最初から土地の権利を目的としていた。
風の噂で、彼の持つ土地が新しい再開発計画の
どうしてもそこを抜きには出来ず、下手な事となれば計画自体が頓挫し、其処に賭けていたヤクザにとってはおまんまの食い上げ処では無い。
故に。
「……もう逃げられねぇぜ?」
所有者の指紋と登録された判子とセットで手に入れようと妖しく光る刃物や鉄パイプ等の凶器を取り出していてもおかしくはない。
「…駄目だ。この場所は…!俺がいつか…」
「てめぇの"いつか"なんているかボケェ!!」
権利書を抱える男を囲むように、ヤクザ達が集まる。
手にする白鞘の短刀と樫の木で作られた木刀、工事現場で使われなくなった鉄パイプや五寸釘の打ち込まれたバット。
明らかに危険物と言える武器を持った集団が脅迫とも言える行為をその場で犯していた。
「指の一本二本切り落としてでも持って来いって言われとるんじゃ…!」
「海沈めるって手もあるけんのぉ…!!」
「今なら山で原型留めずって手もあるぞ?」
男に迫る。
人生を奪い、甘い蜜のみを吸い付くさんとする寄生虫が如く。
誰も助ける者は居ない。
そもそもこの路地裏にやってくる酔狂な人間は殆ど居ないだろう。
そう思われる中で。
「あの〜すいません。明らかに脅迫と金融商品取引法違反に抵触してますよね?」
ヤクザ達の背後から声が掛けられた。
それに反応した一人が振り向き、がんを飛ばすようにキツい目つきで睨みつける。
「あぁん?何だテメェ?」
声の主と思われる男に目を向ける。
30代程度の軽薄そうな優男。
黒のライダースジャケットにUネックの白シャツ、スリムデニムとスニーカーという何処にでも居そうで何処にも居なさそうな服装をしている。
「あっ、いやぁ〜。俺、"その人"から依頼を受けた探偵って所なんでね?ちょっとお話でもって思ったり…」
「ふざけんじゃねぇぞ!?此方は50億も注ぎ込んだ計画なんだぞ!?」
「あっ、やっぱり?随分金掛かってるんだねぇ…ホント」
探偵。
そう名乗った男はため息を吐き、仕方なしに足を踏み入れる。
「じゃあ、コッチも…」
向かうのはヤクザの一人。
この集団の中で年齢の高く、日々の手入れが面倒そうな髭を生やした男を狙い定め。
「ちょっと痛い目に遭わせなきゃねぇ!!」
「はぁっ?へぇっ?」
肩を掴み、足払いを行い、男の後頭部を地面へと叩きつけた。
「ぐえっ!?」
「っ兄貴っ!?」
思わぬ奇襲で年長の男は昏倒。
債務者に向けられていた刃が次々と探偵の方へと突き付けられる。
「テメェ舐めたマネしやがって…!!やっちまえ!!」
「「オラァ!!」」
次々と手にしている武器を振りかざし、探偵を傷付けんとする。
鋭利な刃の短刀は皮膚を切り裂き、時として血管や筋繊維を切断される。
しかしその刃が届くよりも先に探偵の手刀が短刀の持ち手を叩き落とす。
鉄パイプ、木刀、釘バット。
振りかぶられた獲物を寸前で避け、探偵はカウンターとして拳を作り、ヤクザの顔面へめり込ませた。
「ガハッ!?」
「チッ…!?クソがっ!!」
釘バットを横振りに振るい、探偵が半歩分後退、空振りに終わった瞬間に裏拳が顎を砕く。
「おりゃっ!!」
「グァあっ!?」
下から滑り込み、掌底で下顎を打ち抜く。
「ぎゃぁっ!?」
膝打ちによる腹部打撲。
後ろ回し蹴りが側頭部に当たり、独楽のように回転しながら倒れ伏せる。
探偵が行う近接格闘の度にヤクザ達は殴打で顔面を膨れ上がらせ、吐血し、気絶する。
「終わりだっ!!」
「ガァァァッ!?」
上段蹴りが顔面を砕く。
鼻腔から大量の鼻血を噴出させ、前歯二本を折る痛々しさを見せながら、リーダー格と思われるヤクザは大の字に突っ伏すのだった。
「お…ごぉ…」
「…………」
「い…てぇぇ…」
痛みで悶え苦しむうめき声が木霊すのみ。
その光景を一瞥してから探偵は座り込んでいた依頼主へと足を進め。
「ってなわけで。これ以上はどうしたって無理だろうし…すまないけど売るしか無いよ?」
「で…でもっ…!」
「こんなチンピラ相手なら兎も角…金が掛かってるなら殺し屋とか専門家呼んで知らぬ間にって事も起こる場合がなぁ…」
「………」
依頼主は探偵の言葉を直ぐに理解する。
今度はこの様な直接的な事をしてこない。
場合によっては依頼主の家族にも何らかの危険が迫る可能性があった。
そうと理解したならば意を決するしか無く。
「…や、〔八神〕さん。どうか…お願いします」
「分かりました。良い司法書士と相談し、出来る限り好条件で取れるようにします」
「…ありがとう…!」
依頼主は涙を貯めて咽び泣く事だけだった。
新宿区神室町
中道通りの2つ目の路地に入った先、第一ビルディングにある興信所【八神探偵事務所】。
どんな依頼でも受ける何でも屋の様な形態の探偵業を生業にする。
所長〔八神隆之〕は元弁護士(バッチは返却していない)であり、法律相談も請け負い、時としてかつての勤め先である【源田法律事務所】に裁判を依頼する。
「……なぁ…〔ター坊〕。エアコン、点けねぇ?」
「〔海藤〕さん?そんな金無いのよ?俺等」
「……くっそあちぃ…!!」
時期にして7月上旬。
梅雨明け間近ということもあり、ジリジリと熱波が迫りつつ、立ち昇る湿気が多くの人を苛つかせる要因となり、場合によっては熱中症という生死に関わる事態も及ぼす。
茹だるような熱気の狭い事務所内で、汗をかく海藤と呼ばれた中年男性がソファの上で死んだように身体を預ける。
一方で、八神は自身のデスクに置かれているノートPCに向かいながらキーボードで文字を入力。
依頼内容を全て書き込み、エンターキーを押し、依頼主へと送信が完了すると、背中と両腕を伸ばして立ち上がる。
「これで終了、と…!」
「おうおう。この間の土地買収のやつか?異人町でドデカイモールなんて出来るんだっけ?」
「ああ。と言っても多分…」
「………白紙で終わるかもな」
全てを終えて一件落着と言いづらい二人は苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。
土地買収の折、幾つかの権利者から抗議が殺到した事を源田法律事務所に属している〔星野一生〕から耳にしていた。
内容も、各店舗をモール内で営業出来る様に纏める事を念頭に契約を行ったものの、どういう訳か建設予定の施設には別店舗が入ることがリークされ、破棄手続きの裁判がなされている。
「確か…【笑い男】だったか?どっかのコーヒーチェーン店みたいなロゴマーク使ってる愉快犯の?」
「ああ。2年前の【アドデック9】でも名前が挙がってた。先端創薬センター内で厚労省役人の天下り先斡旋問題やら、当時の脳症治療向け【マイクロマシン】は思った以上の効果は無いってのとか」
「あれ以来、マスコミ殺到で厚労省も閉鎖を余儀なく……あれ?今どうなってるんだ?」
「さぁ?前に見た新聞に外資系企業が買収したとかなんとか…」
八神が言うアドデック9は、厚労省直下の機関である医療システム産業開発機構の一つ【先端創薬開発センター】で開発されたアルツハイマー病等の認知症治療薬であり、認知症を及ぼすアミロイドβと呼ばれる物質を細胞の自食作用で活性化させ、脳機能の再生が期待されていた。
しかし、自食作用が起こるよりも体内に毒素が発生し、死に至らしめる事が判明、眼球が青く変色する副作用も見つかった事で研究は頓挫し、センターも閉鎖が決まった。
その後、何処かの外資系企業が施設全てを買い取り、閉鎖準備をしていた職員等も再雇用が決まった事が紙面に載っていた事を思い出す。
「まぁ、新型感染症の治療薬とかワクチンを開発したことで株価もウナギのぼりって言ってたかな?」
「そりゃすげぇな。どんな企業だそれ?」
「うーーん。たしか…」
唸り声を上げつつ、目を閉じて思い出そうとするも。
「…何とかウォーカー…。あのビスケットの会社みたいな名前だったかな?」
「何だそれ」
出かかった記憶と言うものは、歯の間に詰まった肉片と同じく、取りたくとも取りづらい位置にある為無性にイライラが溜まる状態が続く為、非常に厄介極まりない。
どの様に唸ろうとも何をしようにも恐らくは出る事は無い。
「まぁター坊。どうせ後々で思い出すと思うから、少し早いが飲みに行こうぜ?」
「はぁ…海藤さんは全く…」
「良いじゃねぇか。今日の所は焼肉だな」
「……分かったよ。牛遊宴で良い?」
「おう」
まだ日は沈んでいないが店じまいということで海藤が看板をCLOSEにひっくり返す。
流石に報酬が入っていない中で豪勢には難しいと思いつつ、日頃勤労にいそしむ所員へ少しばかり融通を効かせたいと考えながら財布と相談していると、手持ちのスマートフォンからベルが鳴り響いた。
「ん?誰からだ?」
ポケットに入れたスマートフォンを取り出し、表示された画面を見る。
「……〔源田〕先生?珍しいな」
〔源田龍造〕
八神にとって弁護士の道を示した恩師であり、親父とも呼べる人物。
今現在でも弁護依頼の調査や資料作成を手伝うなど、交流を続けている。
「もしもし?」
その恩師から珍しく電話が来ている事に疑問を思いつつ、電話に出る。
『よう、八神…元気にしてるか?』
「まぁ…相変わらずです。って言っても先週の親権争いで妻側の金遣いの荒さ調べで会いましたよね?」
『ああ〜そうだったな。あの時は良く調べられたお陰で勝率1割の方に持ってこれた。助かったよ』
「其れは良かった。……ちなみにその話じゃないですよね?」
『そうだ。その話じゃない』
軽い世間話を終え、源田が一つ咳払いをしてから口を開く。
『ちょっと、今ウチに来れるか?用事を頼みたいんだが?』
「それって仕事ですか?」
『まぁ、そんな所だが…詳しくは事務所でな?』
「……分かりました。直ぐ行きます」
『ああ、待ってるぜ』
一体どの様な用事なのか。
呼び出される理由を考えてみるも思い当たる節は見当たらない。
「どうしたター坊。源田先生に何か頼まれたのか?」
「あっ、うん。直ぐ来てくれってさ…何なんだ?」
「ふーん。仕事の依頼…って所か?」
幾つか考えてみてもそれ位しか思い当たる事はなく、八神と海藤は互いにそう認識する。
「じゃあ直ぐ行かないとな?」
「…海藤さんは先に店行ってて。直ぐ済むと思うし」
「いやいや。1人で待ってるのはちと厳しいぜ?」
「そう?別に俺は…」
「少し電話番でもしてるさ。もしかしたら依頼来るかもしれねぇだろ?」
「来るかなそれ?」
一人焼肉に何かあったのだろうか?
海藤の苦い過去が少し気になりつつ、来るかどうかわからない電話番を任せる事に決めた。
「じゃあ、6時位に牛遊宴に」
「分かった」
そう伝え、八神は中道通りから劇場前通りと七福通りを辿る道のりで源田法律事務所へと向かって出た。
一方で、家主の居なくなった所内で一人海藤は見送りつつ所長の席へと座る。
「……さて。ああは言ったが…来るかな…?」
八神が述べた通り、今月の依頼は異人町で受けた物だけ。
後の予定表として壁に付いている書き込めるカレンダーにはまっさらな状態で其処にある。
つまり、先日の依頼で最後。
このままでは焼肉を食べる前に滞納している家賃や新型ドローンの分割支払いに影響が出てしまいかねず、思い出す度に苦虫を噛み潰したような表情をするのだった。
「……誰か何でも良いから依頼を…いやっ、一応常識的な範囲でって意味でな?」
一縷の望みを賭けるように固定電話機へ念を込めてみるも、そんな事が起こるはずもなく。
「グオオオオッ…!!」
念じ続けて2分。
ジリジリと昔風のベル音が鳴った。
「…おっ…!ハイハイ!!」
2コール目が鳴る前に受話器を手に取り、耳元へ寄せる。
「ハイ!此方八神探偵事務所です!何かお困りの事でもありますか!!」
見えなくとも満面の笑みで。
と何処ぞのコールセンターでも研修で受けるテクニックを見聞きし、其れを若干強面の男が見せる。
『…………』
「…あれ?もしもし?」
しかし、声が帰ってこない。
何かがあったのだろうか?
そう思い、海藤は口を開く。
「もしもし?此方八神探偵事務所ですが…どうかなさいましたか?」
再度声を掛けてみる。
『…た…』
「た?」
『…助けて下さい』
源田法律事務所は七福通りの角に位置しており、意外と目立つところにある。
「さて…と」
前にトラブルを解決した和菓子屋の店主から夏に向けた試作のお菓子を入手。
これで〔さおり〕さんや所長の手土産もバッチリだろう。
事務所の玄関は2階にあり、階段を使って上る。
「はい!其れでは行ってきま…あっ!八神さん!」
「よっ、星野君」
彼は〔星野一生〕
今時の若者という草食系男子と思われるが、これでも司法試験一発合格でかつトップの成績を誇り、空手の有段者であったり、見た目通りとはいかない源田法律事務所のホープだ。
「すいません、直ぐ共同弁護の方に行かなきゃいけないんで、失礼ですが!」
「へぇ、そうか…誰と一緒に弁護するの?」
「あっ、はい。〔成歩堂〕先生です。どうにも交通事故案件で…場合によっては保険金額も差が出るって話です」
「成歩堂君か…。彼は良い人だからよく学んで吸収しときな」
「はい!では失礼します!!」
背をピシッと伸ばして直ぐに外へと出ていく。
前は一流の二番手でいいとか言っていた彼も今は法律家の自覚を持って弁護に挑んでいる。
流れる時間が少しばかり恨めしい気持ちも少なからず有るけれど、後輩が育っていく姿は嬉しい物だ。
「おっと、俺も用事を済ませないと」
先ずは源田先生からの頼まれごとを聞かなければならない。
途中の階段を上り、事務所の玄関ドアを開く。
「お待たせしました。源田先生」
「おう、八神」
早速出迎えてくれたのが、この事務所の主である〔源田龍造〕先生で、御年70を越えようとしても弁護士として裁判の一線で活躍している。
そんな尊敬すべき人物からどんな仕事が来るのだろうか?
事務所の中に入り、応接用のソファに座る彼を見て、隣に女性が居ることに気がついた。
「まっ、早速紹介しよう」
先生が口を開くと彼女も立ち上がり、此方の方へ目を向ける。
もう滅多に見られないであろう綺麗なブロンドのロングヘアと宝石の様な青い瞳。
スラリと細身の身体に纏うテーラードジャケットとスカートがよく似合う。
おっと、初対面の女性に其処までジロジロ見るのは失礼だな。
「初めましてMr.八神。源田先生からお話はお伺いしています」
「ど、どうも」
シェイクハンド、もしくは握手を意味する行為を行う。
パッと見て北欧とか欧米の人だと思うが、とても流暢な日本語で喋る所が凄い。
「私の名前は〔ティー・サリヴァンウォーカー〕。今日から八神さんの元で働かせて貰います」
「ああ、宜し……く?」
いきなりとんでもない事を聞かされた様で若干聞き間違えでもあったみたいだ。
もう一度聞こうと問い掛けてみようと矢先に。
「…八神。彼女のお祖父さんとは昔ロンドンで知り合ってな?スコットランドヤードで勤めてた時には色んな事件を解決し、それこそ親友と言える立場になったんだ」
「………それで?」
源田先生、今それ必要かな?
とはお首に出さないが、Ms.サリヴァンウォーカーから口が開かれる。
「大変お世話になった源田先生の元で色々学びたい。大学の卒論テーマとして日本社会における軽犯罪や裁判の内容を纏めようと考え、決めました」
「それでだ八神。お前が彼女を雇い入れれば良い感じで揃えられると思わないか?」
「いや、何が?」
本当に何のことなのかさっぱりと分からない。
一応彼女の方は大学の卒業論文のテーマとして日本に来日した事は理解した。
ただ何で俺達みたいな零細企業めいた探偵事務所に来るのだろうか?
せめてもう少しまともな所と、思うが。
「新宿区神室町。かつて【東城会】と呼ばれる極道組織が支配していた東洋一の歓楽街。そんな街で探偵事務所を行うということは、其れこそ鬼気迫る内容になると思います」
「はっ…はぁ…?」
「八神。お前気付いてないのか分からんがハッキリ言っとくぞ」
「えっ?」
褒めてるかどうか分からない彼女の言葉に先生が補足するように述べ始める。
「最近、依頼の内容にもちょいとお前と海藤じゃ出来ない事柄も出てきてねぇか?例えば…」
と腕を組んでは自分のデスクに向かい、置かれている紙を一枚手にとって此方へと戻ってくると。
「怪しいサロンとか、女性限定施設の潜入とか、其れに彼女が必要になるだろう?」
「…そうかな?」
「ええ。近年では女性限定でしか利用出来ない施設も多く、Mr.八神や海藤氏では入ることは無理だと思われます」
まぁ、確かに。
男では無理な事でも女性ならば入ることが出来る。
そんな施設やイベント等に潜入することを考えたならそうなのかも知れない。
それでも、彼女のような麗しい女性であれば男は顔を綻ばせ、女性は同性と言う事で話し辛い事を聞くことが出来るだろう。
源田先生の面子も考えて、此処は受け取ることも必要かも知れない。
「どうだ八神?」
ただ、少し問題があるとすれば。
「給与の方はボランティア活動の一環として、大学側から言われています。宿泊費等の費用は実費負担が原則なのでご心配ありません」
「えっ…そ、そうなの?」
「はい。社会貢献は
成る程。
彼女は英国の貴族階級で、ノブリス・オブリージュという物を遵守している訳だ。
であれば良いのだろうか?と思ってしまうが、今は考えない方が良いかも知れない。
「…其処まで言われたら俺もこう言わざる得ないな」
少し溜めつつ、彼女に向けて話す。
「八神探偵事務所所長、八神隆之はティー・サリヴァンウォーカーを期間限定で雇用する事を決めます」
こういうのはちょっとだけでも雰囲気として出したい。
普段ちゃらんぽらんな姿を見せている源田先生にも少しだけでも責任に気を張る大人というのを見てもらいたい。
そんな見栄っ張りな自分に。
「ありがとうございます。Mr.八神」
応えるよう彼女も深々と頭を下げた。
「…あの、さ?ちょっと…Mr.とかは良いから…もうちょっと噛み砕いた呼び方でお願い出来る?」
「はっ…はぁ…?」
「八神さんとかで良いよ?事務所の所員になったならば固っ苦しいのは抜きにしたいし」
「……分かりました。〔八神さん〕」
良かった。
意外と柔軟な考え方の彼女で幸いと思いつつ。
「では、私の事も〔ティー〕と呼んで下さい」
「あっ、いやっ…流石に名前…で?」
外国だと名前呼びなのだろうか?
ちょっとカルチャーギャップに悩むけれど、本人からそう言われたならば仕方がなく。
「……、〔ティー〕…ちゃん?」
「………とりあえず、それで構いません」
何でだろうか。
ちょっとだけ鋭利な刃物を突き立てられた感じがある。
どう呼べば良いか少し分からない中で若干むず痒い感覚を覚えた。
「さて、これで八神探偵事務所に新しい風が吹き始めたって所だな!」
と、先生が柏手を一つ。
まぁ、少なくとも良い傾向にはなったと思われる。
「ではよろしくお願いします。八神さん」
「あ、ああ。宜しくティーちゃん」
再度、入所の挨拶として握手をする。
これが後に俺達に巻き起こる事件簿の始まりとは梅雨とも知らずに。
to be continued