真・女神転生〜ジャッジメントデビルサマナー〜 作:葉隠小太郎
牛遊宴
かつて神室町で暴れ回っていた半グレ集団との戦いに巻き込まれた韓国人の店主〔キム〕さんが経営している焼肉店。
店の移り変わりの速さはロンドンやニューヨーク等の大都市と同じく、いつの間にか店舗移転や潰れて新しい店が出来るを繰り返す。
その中でも、老舗の焼肉店【韓来】とシノギを削るのがこの店である。
希少部位をお客の好みに様々な形でカットし、十種類の付けタレを選んで食べることが出来る。
厚めにカットされたタン塩、秘伝の漬けタレで漬け込んだカルビ、甘い脂がとろけるハラミ。
大根で作ったカクテキ、手で揉んで割ったキュウリ、魚醤が隠し味のえごま、からし菜、そして白菜のキムチ盛り合わせ。
火事まっしぐらだが焦がすことで旨味が出るテッチャンホルモン、酸味の強いドレッシングでさっぱりさせるサラダ、そして常連客のリクエストで始まった辛さ控えめキムチチャーハン等。
そんじょそこらでは味わえない焼肉店として今も元気に営業をしている。
「という訳で新人のティー・サリヴァンウォーカーさんです。拍手」
「…………はぁ?」
最初に出た声は理解し難い状況に出てくる方面の物。
付けタレに浸したカルビが箸からすり抜け、べチャリと取皿の上に落ちる。
相当驚きに満ちたこと故に、流石の海藤も口を開けたままでいた。
「いや、だから…彼女が卒論テーマとして、日本の軽犯罪事情とか探偵の在り方についてを調べるためにウチで雇って欲しいという訳でね?」
「そこじゃねぇよそこじゃ」
最初に説明で、八神の隣に居る美人についてを聞いて理解したが。
「何でウチなんだよ?」
「そりゃ……源田先生の知り合いの孫娘さんだって話だし…、任せられるからって訳でしょ?」
「何なんだそれ?」
分かったようで分からない状況に海藤はふと横目でティーの姿を見る。
背中まで覆うブロンド。
黒のセーターは女性らしさを見せる凹凸のラインを作り、モデル顔負けの美貌と身長が更に際立たせる。
物静かな雰囲気を纏う英国出身の彼女に、後数年早く生まれていたならば一つ声をかけてお茶飲みでも誘っていたと若干邪な考えが出てきてしまう。
「…兎も角。彼女を研修って形で雇う事にしたから、海藤さんも頼むよ?」
「マジかよ。俺は年頃の女の子ってのはちょいと苦手だぜ?」
「そんな事百も承知だよ。事前に源田先生とも相談したから」
「………はぁ…」
溜息をこぼす。
生粋の強面で通っている自分に教育といったものがどれほど難しいかを言おうとするも、正直悲しくなってくることを踏まえて口を紡ぐこととする。
「…あの。八神所長」
「ん?ああ、ゴメンね。さっきも言ったけれど……こう新人が入ったりする感じの所じゃないからさ?…」
「そう、ですか」
そもそもが不定給かつ開店休業状態になりやすい探偵業。
大手とは異なり、顧問的な立場にはならず、個別相談を受けていることも要因である。
故に、自分達より若く、しかも女性を雇用するのは想定外だった。
「まっ、何時かはデカくなるだろ?って思ってた所だし…。新しい所員ってのは悪くねぇじゃねぇか!」
だが、持ち前の明るさで海藤が盛り上げるように口を開き、ティーの前へグラスと瓶のコーラを注ぐ。
「あ、ありがとう…御座います」
「今日は歓迎会を含めて親睦深めようじゃないか!カンパーイ!!」
「はいはい、かんぱい」
「か…かんぱい」
グラスとジョッキが軽く小突き、海藤が大きく喉を鳴らして生ビールを飲む。
ティーは少な目に傾け、八神はグラスのビールを飲み干す。
「そんじゃあドンドン焼いてくか!すいませーーん!!タン塩とカルビを6人前お願いーー!!」
「ちょっ、海藤さん頼みすぎだよ」
「良いじゃねぇか。お嬢さんだって食べる口じゃない?」
「あっ、は…はぁ…?」
「食べねぇって、体型考えろよ…」
八神は思う。
細身の身体に其れ等の何処に内臓が入っているのか?と言わんばかりのスタイルのティーに其れだけの肉が入るとは到底思えない。
下手すれば毎日朝晩スムージーやロカボメニューで生活しているモデルや女優業と同じ生活と勝手に考えてしまう。
「あの…。"ヤキニク"とは何なのですか?」
「「……えっ?」」
ただ、予想外の問いが返ってくる。
「テーブルの中央にグリルがあるのでこれで焼くのは分かりましたが…?」
まさかのカルチャーギャップ。
近年、肉類の高騰や焼き方などのこだわりで敷居が高くなっている焼肉店であるが。
元を正せば朝鮮半島で振る舞われていたサムギョプサルを含めて捨てられていた豚ホルモン等を下処理し、客に焼かせるスタイルが日本全国で流行った大衆料理である。
半球遠い国出身であるティーにとって見れば、真っ赤に焼けた炭団の上に金網を載せたグリルはアメリカで言うバーベキューをイメージ出来るものの。
「如何せん、小さいですね。これではモモ肉や肩バラを焼くことは難しいと思われますが?」
彼女が問う様に、5キロ等の単位で長時間焼くには不十分だと感じられた。
「あ……其処からか」
「普通に食ってたけど考えたら他の国でも其処まで無いかも…」
ティーの反応に2人は思わず納得した。
焼肉というのが朝鮮半島と日本の独自進化した肉料理であることを再確認させる。
「そうだな…。とりあえず肉を焼く所を見ててくれ。難しい食べ物じゃねぇからさ」
「分かりました。ご指導ご鞭撻の方を宜しくお願い致します」
「そんな肩肘張らなくて良いって…」
若干やりづらいと思いながら、店員から注文を受けたタン塩とカルビがテーブルへと置かれていく。
銀色に輝くステンレスの小判皿へ丁寧に味付けされた肉が乗る。
厚めのうす切りにカットされたタン塩は斜め格子状の切れ込みを入れて噛み切りやすく施され、薄い塩と胡椒とごま油を掛けてある。
次にカルビには秘伝の漬けダレに3日かけて漬け込み、仕上げに白胡麻と隠し味として礒五郎の七味が振られている。
どれも店主が考えては試行錯誤の末に見つけた秘伝であり、この味を求めて足繁く通う常連客が多く居る。
「お〜〜美味そうだな」
「…タン塩?何ですか?」
「ああ。牛の舌だよ。他の国じゃシチューにしてる話聞いたけど?」
「………
海藤の言葉に衝撃を受ける。
ちなみに舌を食べるのは本場韓国と中国、だいぶ離れてアイスランド等で消費されているが殆どの国では捨てられているか、貧乏料理の代表として扱われている。
つまりティーの国であるイギリスでは殆ど食されていないゲテモノ食いの類である。
「Japaneseが話術上手なのは舌を食べてるからですかホーリーシット!!」
「いやいやいや、今やタン塩貴重で此れがないと焼肉食う理由ないってほどだぜ?」
「まぁ、海藤さん。舌食べるなんて普通考えないだろうしさ?難易度高いかもよ?」
「そっかぁ…折角キムさんが手に入れた貴重なタン元なのになぁ…」
毒づくティーに残念がりながら、熱くなった金網の上へタン塩を並べていく。
ゆっくりと焼いて1分半、他店比較でも分厚いタンの旨味を閉じ込めるべく片面を焼くことがポイント。
「ひっくり返さず、上に薬味のネギを乗せ、適度な火加減で皿に取る。片面をしっかり焼けば半生で美味く作り上げられる訳だ」
「成る程」
「ってのは普通のタン塩で、この店のタン塩は分厚いから片側3分ひっくり返して1分焼くのがオススメだ」
「確かに。結構厚く切られてますね?」
「其れが売りなのさ」
こんがりと焼けたタン塩を個別の取皿へと乗せていく。
「後は添えてあるレモン汁を好みの量掛けていただいてくれ」
「はい…では」
そっと手を合わせ、お辞儀をしてから器用に箸を持ち、タン塩を挟む。
繊維を断ち切るように斜めに切れ込まれたタン塩を恐る恐る口に運び、少しばかり齧る。
(あっ、切れ込みが入っているせいか歯切れがいい)
スッと前歯で噛み切れ、一片を口の中で咀嚼。
ゲテモノと思っていたが想像より臭みなどはなく、寧ろレモンの爽やかな風味と表面の焦げによって出てくるアミノカルボニル反応の風味が味わいによく出てくる。
純粋な旨味、食感は独特なれど柔らかな感触が伝わり、残った肉も口に入れて咀嚼する。
「どうだい?ホルモンの一種だけど中々イケるだろ?」
「………はい。美味しいです!」
思わぬ味わいを感じている反応を眺め、海藤は誇らしく笑みを浮かべた。
「海藤さんが作ったわけじゃ無いでしょ?」
「ター坊。そういうことじゃねぇだろ?こうやって焼いて食べるのも乙なものって事だろ?」
「全く分からん」
ちょくちょく育てた肉を取っていくことの多い海藤がその様な接待上手な部分があったのか不思議に思う。
「さてさて。どんどん焼いてくから食べな」
「はい。いただきます」
そんな事はつゆとも知らず、海藤は金網の上へと肉を乗せ、どんどん焼き始めた。
5分後…。
「ホルモンは焦げるまで焼く。真っ黒に焦げて漸く食べられるんだって昔の大先輩が言ってたもんだ」
「へぇ…成る程…」
「ティーちゃんはホルモンとか食べるクチ?」
「ええ。キドニーパイという臓物をミートパイの要領で作った料理があります」
「何じゃそりゃ…」
シマチョウを黒く焦がしながら、火加減に注意し、焼いていく。
15分後…。
「すみません。ライスおかわり」
(大盛りライスまたかよ!?)
(4杯目だぞ…?)
30分後…。
「カルビクッパ美味しいですね!」
(マジかよ…ホルモン20人前とカルビハラミ10人前ずつ食べちゃったぞ?)
(何処に入ってるんだ?)
俺の胃袋は宇宙だ。
と言わんばかりに綺麗な食べ振る舞いで米一粒残さず空のどんぶりが出来上がった。
「スゴイねお嬢サン。ワタシもココまで食べっぷり良いとウレシーデスヨ」
「いえいえ。店長さんが丁寧に下処理して作られている事がよく分かるお味でした。新鮮な内臓肉は臭みが無くて、甘い脂と漬けダレが絶妙にマリアージュしていました」
「スバラシイ!此れはウチノ奢りね!」
店長に気に入られ、食後のデザートであるバニラアイスクリームが提供された。
「うん!美味しい」
「店長、俺等には?」
「はっ?アル訳ナイでしょ?」
「ひでぇなオイ!?」
奢りの範囲がティーのみに限定されたことに差別的扱いを受けて抗議が出るも、あくまでも店側が決めるサービスの一環である以上、贔屓にするのも致し方ない。
「じゃあ、俺等も食後のデザートにアイス頼めば良いじゃん」
「そういう問題じゃねぇんだよター坊!俺は客としてある程度の公平性ってのをさ!!」
ようは駄々をこねる。
そんな呆れる一文が頭の中に浮かぶのだった。
その様なやり取りの最中。
突然
「な…なんだ?」
接客中の従業員の男性が慌てて玄関先へと向かうといきなり足蹴を腹部に受け、近くのテーブルまで蹴飛ばされた。
「キャァァァアアア!?」
「なっ!?何だ!!?」
「わっ…わぁぁ…」
どよめく店内。
「だ、ダイジョーブ!?早く店の奥に…うわっ!?」
腹部を押さえて苦悶の声を出す従業員を介抱しようと店長が近づくも、突然に襟首を掴まれ、そのまま座敷の方へと投げ飛ばされる。
「うぎゃっ!?」
「あっ…?」
投げ飛ばされた拍子、ティーの持っていたアイスの器が弾き飛ばされ、熱々の金網の上へと落ちる。
超高温の火の中では如何なる頑丈な氷でも溶けて蒸気となり、アイスクリームも例に漏れず液状に変わり果てて焦げたキャラメル臭を放って消え失せるのだった。
「…………」
「…ティー…ちゃん?」
いたたまれない。
そんな雰囲気に纏う少女を尻目に、店長は店に入ってきた闖入者によって胸ぐらを掴まれ、引き摺られるようにホールの真ん中へ出される。
「おい、店長さんよ?聞きてぇ事あるんだけど?」
「な…何なのアンタ達ぃ!?」
「なに…、ちょいと"お話"するだけだよ?」
グレーのストライプ柄のスーツに黒のワイシャツを着けた厳ついサングラスの男が床に片膝をつき、地面に店長を押し付けながら問いかける。
「店長。この店でバイトしてた〔錠前サオリ〕って娘。知ってるよね?住んでるとこ何処?」
「なっ、何の…コトです?」
「とぼけたって無駄だよ?此方はそれなりに調べてるタチだし?もうこの店で働いてる所…見てたぜ?」
男の他にも鉄パイプや木刀、バール等の長い得物を持つチンピラ達が店内にゾロゾロと入っていき、店長の周りを囲む。
「答えなよ?"錠前サオリ"は何処に居る!!」
「しっ…知らないっ!?そんな人ワタシ知らないっ!!?」
「答えなきゃどうするか分かってんだろ!?」
言い渋る店長に苛立ち、男は胸ぐらを掴んだまま無理やり立ち上がらさせ、炭団を焼いている七輪の前へと引き摺り込む。
「てめぇが言わねぇならその顔一生見れねぇツラにしてやるよ!!」
「やっ、止めぇっ!止めてクダサイ!?ホントにシラナイんです!!?イャァァアアア!!?」
赤く光る高温に熱された炭団の上に冷や汗が落ち、一瞬で蒸発。
其れが皮膚やその下の筋肉等に及べば重傷は免れない。
顔を押さえつけられ、近づく度にジリジリと産毛が焼け、焦げ臭さが周りに充満。
触れる一歩手前まで差し迫った瞬間。
男の顔面を生ビールジョッキが投げ込まれ、めり込み、数歩後ろに吹き飛ばされた。
「ア、アニキっ!?」
取り巻きの一人が鼻の折れてサングラスが砕けた男を介抱するも小さく呻き声をあげるしか出来なくなっている。
「だっ…誰だっ!!」
ジョッキが投げられた方向へチンピラ達が目を向ける。
その隙に店長が這いながら逃げる。
向けられた先、無表情を貫くティーの姿があった。
「何だガキィ!!」
「ブチ殺すぞ!!」
怒りを最高潮に到達させる集団に対し、ティーはそのまま座敷から靴を履き、前まで歩いていく。
「…どうするのこれ?」
「どうする?そりゃあ、一つだろ?」
「まぁー、そうだよね」
新人が立ち向かうのに自分達は座ったままでは示しがつかない。
其れを考えて、立ち上がっては靴を履き、ティーの側へと歩く。
「なんだぁ?てめぇ等?」
「悪いね?コッチはこの娘の雇用人なので」
「そうそう。大人としてって意味で」
左右に挟むように仁王立ちで不敵に笑う海藤と八神にチンピラ達は最早限界を迎えていた。
「ぶっ殺し「…シィッ!!」ガッ!?」
一人が手にしている木刀を振ろうとした瞬間、下顎に一発の掌底が入り、頭蓋内の脳を揺らすように弾かれる。
そのイメージは鈴を鳴らす方法として中身を揺らすのと同じ原理であり、揺れた脳は三半規管は勿論の事、視野不良や認識障害を起こさせ、吐き気を催させ、膝から崩れ落とす。
「あっ…?」
あまりにも不可思議な光景故に一瞬だけその場が凍り付いて身動きが取れなくなる。
掌底を放ったのは、この中で唯一女性であるティーであり、その素早く身を屈めた勢いのある全身アッパーカット、もしくはガゼルパンチの異名を持つ一撃は顎を砕く代物であった。
「ひゅぅ〜♪」
「すげぇ、一撃で伸びてやがる」
その可憐な姿に似合わない秘めた実力を持つ少女へ海藤と八神が賞賛する。
伸び切った男を一瞥し、チンピラ達は得物を握り直し。
「殺っちまえ!!!」
「「「「うおりぁぁぁあ!!!」」」」
ティー、海藤、八神へ襲いかかった。
ガラスが割れる。
ゴロゴロと顔を腫らした男が転がり、道の向かい側に倒れて気絶。
「ギャァァァアアア!!?」
地面に突っ伏した者。
投げ飛ばされてた者。
顔が変貌してしまった者。
鼻っ面を折られた者。
最初に仕掛けた者達が全員返り討ちという憂い目に遭う事態に晒されたのだった。
「に…逃げろっ…!?」
「クソッ…!!」
「覚えてろよ…!!」
蜘蛛の子を散らすよう足早に逃げていく。
その様は何処かのアウトロー映画を思わせた。
「よく捨て台詞に「覚えてろ」ってあるけどよ?俺等が覚える必要あるか?」
「さぁ?」
よくよく考えた結果、全く意味がない事に海藤は疑問に思うも、そもそも考えることでもない事というのを八神は思う。
「………もう少し痛めつけたかったです」
「まぁまぁ…イマ隣の店でデカいの作って貰ってるから落ちついて?」
「……………しょうがないですね」
一方で、色々と台無しにされたティーの顔は未だ怒りを覚えた無表情のままで仁王立ちをしており、一つ琴線に触れた瞬間、何が起こるか分からない。
おっかなびっくりに落ち着くよう店長が出来る限りの手段を講じつつ、宥め続ける。
それから大きなアイスクリームのタワーを胃に収め、機嫌が良くなったティーを2人が送りつつ、話に花を咲かせていた。
「しかし〔チャコ〕嬢は中々強いな。カンフー…って感じじゃねぇな?」
「ええ。
「成る程…さっぱり分からん」
聞いても理解は出来ない海藤。
店内で披露した強烈な蹴りと掌底で3人のチンピラを伸して泡を吹かせた実力は相当な修練で得た事だと考えたけれども、どんな物か想像がつかないでいる。
とその前に。
「海藤さん?何その、〔チャコ〕嬢ってさ?」
「あん?そりゃあティーちゃんって何だか呼び辛いし…俺としてはね?」
「いやいやいや」
海藤がティーに対してそう呼ぶ理由。
其れを指摘してみると。
「構いません。本当はちょっと複雑な名前なので略称めいた言い方にしていますのでアレですが」
「だってさ?」
「ふー…まぁ…本人がそう言うなら…」
満更でもない様子で返す姿に八神も其れを受け入れるしか無く、海藤が付けた愛称で呼ぶこととなる。
「所で、その複雑な名前ってのは?何ていうの?」
「其れは秘密です」
「そう…かぁ…」
本当の呼び名が気になり問うも、彼女は其れを即答して聞く気を無くさせる。
言えない理由なのかも知れないと八神は理解し、其れを飲み込む事とする。
其れから他愛のない話をし続け、神室町のタクシー乗り場へと到着する。
一台のタクシーを捕まえている最中。
「そういえばター坊、さっき店長と何か話してなかったか?」
思い出したかのように海藤が問いかける。
店から出る際、牛遊宴の店長から頭を下げられて懇願していたのを一瞥していた為である。
「あ…あれか。ちょっと人探しを依頼されたんだ」
「人探し?」
「そう。あのチンピラ連中も探してる娘でね」
ジーンズのポケットからスマートフォンを取り出し、画像を開いて見せる。
「〔錠前サオリ〕ちゃん。あんまり笑ったりしないけど積極的に働いててシフトの方も融通してくれてた良い子だってさ」
「はぁ〜〜。中々美人だな…狙われるのも何となく分かる気がする」
「この人を探すという訳ですか?」
「そういう事」
脇から気になって画像を覗き見るティー。
深々とキャップを被り、マスクをする黒髪の女性の姿は多くの男性が目線を追ってしまうだろうと考えられる。
「アイツ等みたいなのも追ってる辺り、何かしたのか?」
「分からない。店長も三日前に電話口で謝罪しながらバイト辞めると言ってたから」
「だいぶ急ですね。半グレに追われる辺りトラブルとは考えられますが…」
どの様な経緯があったのか。
其れを今此処で考えても答えは出てこない以上。
「兎に角、本人を探して見つけるのが先決だ。店長も働いた分のお給料払いたいって言ってたから」
「分かりました。では明日から人探し開始ですね?」
本人を見つける事で自ずと解決出来る。
そう解釈し、明日から始まる仕事に意気込もうとした時。
「あっ、ちょっと待ってくれ!!」
海藤が突然に思い出したかのように口を開いた。
「どうしたの海藤さん?」
「ター坊。前に動物保護団体から河川敷の野良犬とか野良猫を捕まえた時あるだろ?」
「ああ。男手欲しいからって大家さんから家賃半年分でやったやつね?」
「そうそう。その団体のリーダーさんから電話があったんだよ」
「最近起きてる、【動物怪死事件】ってのについて」
to be continued